バベル BB-1・戦闘前
壮大な未来図
カズデル地区 スカーモール
首のプレートを無くすんじゃないぞ、奴隷野郎! お前は俺の大事な財産なんだからな!
わかってんのか!? *サルカズスラング*、ちったあ金になってくれりゃいいんだが。
……
けっ、じっとしてろ。……よう、あんたが検品担当か?
奴隷商人は傭兵の後ろで押し黙る奴隷を一瞥すると、軽く首を振った。
ブツの出処は?
こいつはな、路肩でひからびて裂獣に殺されかけてたとこを拾ったんだ。
俺は……カズデルから来た……金なら……
奴隷の出身地にゃ興味ねえよ。お前のために金を出すやつがいるんなら、サルカズだろうが極東人だろうが誰でもいい。
俺はお前の「尻尾」の有無を確認してるだけだ。こいつら傭兵はいつも仕事が雑だからな。
まがいもんじゃねぇってことは俺が保証する。
それが本当ならいいんだがな。で、欲しいのは金か、ブツか?
金に換えたところで死んじゃ意味がねぇ。良い武器と交換したい。
そうかい。そいつはせいぜい二級品ってとこだから、新品の剣二本だな。
……目が腐ってんのか?
二級品に良い服を着せたところで二級品だ。値段に納得いかねぇんなら失せな。
あと、物騒なもんはしまうことだな……
ここはスカーモールだぞ。
……もう少し色をつけちゃくれねぇか? 俺はリターニアの国境付近から来たんだ。あの辺の混戦に関する情報も出せる――
一つアドバイスをしてやろう。ここに来たら、余計なことはしゃべるな。
自分は価値のある情報を持ってますってか? んなこと宣ってっとテメーの末路がどうなっちまうのか……想像してみることだな。
ブツを置いてとっとと帰りな。待ってる客が他にもいるんだ。
くっ。
不満か? そこのバーでうちのボス「スカーアイ」が作った酒でも浴びてこいよ。フンッ、金がなくても構わねぇ。あいつらはお前の武器だって担保にしてくれるからな、傭兵さんよ。
じゃあ……懸賞依頼はどこで受けられる? 俺は大金を稼ぐために来たんだ。
バーに喜んで教えてくれる奴がいるだろうよ。
*サルカズスラング*。
傭兵はカズデル地下の巨大な空洞に隠れた絶壁のたまり場を見た。
彼の耳には、奴隷たちのうめき声のほかに、モール下で源石粉塵が絶えず爆発する音、溶岩が逆巻く音がかすかに聞こえている。
険しい道を目にして、彼は地上からモールまでの危険な道のりを思い出し、ぞっとした。
この下の深い溝に、一体どれだけの……人が積まれてるんだ?
飛び降りても死なねぇ程度だな。歓迎するぜ新人、お前もすぐにスカーモールを気に入るさ。
……あっちでは何をやってるんだ? どうしてあんなに人が?
またどっかの大物でも来たんだろうよ。
「大金を稼ぎたい」んだろ? 行ってこいよ。俺は余計なことには関わりたくないから興味ねぇがな。
傭兵は雑然とした薄暗い通りを白い影がよぎるのを見た。
白い服? カズデルでは珍しい。
……
怪我をしているようだな。
余計なお世話だ。
ひっ! あっ、お、おい――
……?
前回来た時は、別の者が仕切っていたはずだが。
は、はい……
それは私の祖父です。あの人は死ぬまで、あなたと一戦交えられたことを自慢していました。
祖父を覚えていてくださったなんて、本当に……あの爺さんはデタラメを言ってたわけではないんですね。たしか、もう六十年も前のことですよね……
……テレシス将軍。
六十年、か。残念ながら、ここは何も変わらないな。
きっと、あのお方……殿下もいらっしゃってるんでしょう? 今回も六十年前のようにスカーモールをどうにかしちまおうなんてわけじゃないですよね?
あなた方にこっぴどくやられても、スカーモールはご覧の通り元通りです。カズデルの動乱がやまない限り、この商売は続いていく。そうは思いませんか?
祖父が自慢していた時に言っていたことを今でも覚えています。祖父はあなたに「カズデルという土地は我々を必要としている」なんて見得を切ったとか。
テレシスは檻の中でうなだれている奴隷に目をやり、剣を抜いた。
戦争、動乱。それらがこの百年に渡り存在するこの「市場」を生み出し、育んでいるのだ。
しょ、将軍、俺は……
お前たちが生きて地上に戻れたのなら、再びカズデルに目を向けてみよ。
間もなく、お前たちのよく知る物事のすべてに変化が訪れる。どのサルカズも例外ではない。
……どのサルカズも? 我々も含めてですか?
ああ。私はお前たちのような者に道理を説くのは得意ではない。だが、彼女が戻るまでしばらくここで待つとする。
その間、お前たちの挑戦を歓迎しよう。……六十年前と同じようにな。
私はお前たちをカズデルへ連れて行くために訪れた。有無を言わせるつもりはないが、異論があるのなら受けて立とう。
彼の声は決して重くはない。しかしその音には、その場にいたサルカズが一言一句を頭に刻み込みたくなるような力があった。
混血のサルカズがそこに立っている。従者も、軍隊も伴わずに一人きりで。ただ飾り気のない長剣だけを無造作に握って。
彼の冷ややかな視線は暗い通りを抜け、唯一気に留めている人物の方へと注がれていた。
周囲の傭兵は撤退させて構わないわ。あなたの事だから、最も頼りになる精鋭部隊をいざという時のために潜ませているんでしょう?
こいつは魔王に対する敬意だ。あの将軍を除いて、あんたの本当の考えを理解できる奴なんていねぇからな。
殿下、あんたらはこれでサルカズの運命を変えられると本気で思ってるのか? 自分たちが繰り返される哀れな歴史の一部に過ぎないとは思わねぇのか?
すべてが片づいたら、自ずと答えを得られるわ。
あの辛勝の後、私たちは一からあの移動する都市を建てた。あれはサルカズの土地をもう百年余りも走り続けている……
おかげで天災や異族の軍隊を避けられるようになって、ようやく自給自足できるまでに至ったけれど。これでもまだ足りないの。
地平線ではとうに嵐が渦巻いていたというのに、私たちは気付くのがあまりに遅すぎた。まるで、いつまでも立ち上がって歩き出すことの出来ない老いた駄獣のようにね。
リターニアとガリアの例の戦争のことだな。
ええ。戦争が今どの程度まで発展しているかは、きっとあなたの耳にも届いているんでしょう。
コルシカⅠ世は私たちの王庭術師をひそかに顧問として雇うほどに周到だった。でも長きに渡る沈黙を破ったリターニアの巫王は、最初の攻撃でガリアの先鋒部隊をすっかり抑え込んでしまったわ。
そして今、ウルサスとヴィクトリアまでもが、戦争に加わる宣言をした。
客観的に見て、これらの国家が持つ力は、百三十年余り前に私たちがカズデルのすべてを尽くして勝利した敵よりも遥かに上よ。
あの時ですら、多大な犠牲を払ってやっと得た勝利だったわ。もし今のカズデルが当時以上の窮地に追い込まれたとしたら、どんな結果が待っていると思う?
……
それで、あんたらはその「カズデル軍事委員会」とやらを作りたいと。
街での贅沢な生活を手放したくねぇ旧王庭派の連中は、自分たちが享受してる特権をあんたらが侵そうとしてる、なんて見当違いの不満を抱いてるぞ。
百余年の安定は、彼らにいくつかのことを忘れさせるのには十分なのよ。
それで、ここのどこにあんたのような御方がわざわざ足を運ぶ価値があんだ? 「スカーモール」も底辺の人間が楽しみにふけって暮らしてる、一種の「王庭」だとでも?
私はただ、より多くのサルカズに古い秩序によって目が曇った人々の声に立ち向かってほしいだけよ。
殿下、そいつはつまり「脅迫」と「粛清」をやろうってことか?
すべてを根絶やしにする必要はないわ。
それで、報酬は?
スカーモールは王庭のようにはいかねぇぜ。俺らは利益で結びついてるだけだからな。傭兵に直接命令を下せる奴なんていない。金がなけりゃ、俺も連中を説得できないぞ。
……「報酬」?
あなたが戦火の中からかすめ取った財や権力は、本来痩せた都市で振る舞われるごちそうになるはずだったものよ。それで胃袋を満たして満足しているの?
……
昔、「スカーモールは無数のサルカズの戦士に庇護と生存の道を提供している」なんて言っていたわよね……でもこの深い谷には、あなたが彼らの骨を噛み砕く音がずっと響き渡っているわ。
申し訳ねぇが、この業界でやっていくには人を食って骨を吐き出さねぇことが肝心なんだ。
「スカーアイ」。
あなたもサルカズ。カズデルの一部なのよ。
……
テレジアからは「スカーアイ」のマスクの下に隠された表情はうかがい知れない。しかしその感情は、彼女の戴く黒い王冠の下にさらけ出されている。
王庭――それはカズデルの一般人からすれば、一生逆らうことのできない対象だった。
しかしテレジアが彼の感情に見たのは、狂気と血への渇望のみだった。
あなたは断らないわ。
……ハッ。
断る理由もねぇだろ? まさか連中の報復を恐れているとでも思うか? 王庭なんぞ俺からすりゃ神秘でもなんでもねぇ。殿下、あんたなら分かるだろ。
それに、殿下。あんたはもう……最高の「報酬」を約束してくれている。
あんたらがカズデルにどんな混乱をもたらすか、俺には「視える」んでな。その混乱は俺たちをさらに強大にするだろう。
……あなたが「スカー」という名を使い続けているのは、まだ過去の理想を傷跡として心に抱き続けているということかしら。
あんたの言うとおり、テラ諸国の実力は百年前の比じゃねぇ……たとえ干からびたレヴァナントを何人か溶炉に突っ込んで火を強めたところで、その差は埋まらないだろう。
それを知っていてなお、「本来異なる種族」を無理やり一つにまとめて「サルカズ」なんて名を付けて、「カズデル」なんて叩くのに誂え向きな巨大な的を建ててやる必要はあるのか?
例の四国間の戦争において、諸国は俺たちが傭兵という形で存在することを受け入れると証明した。それならスカーモールは奴らのためにパイプを提供するまでだ。
わかるだろ。傭兵の仲介が一つのコミュニティーとなり、町にまで発展したのは、強者崇拝や血統論に満ちた王庭社会に溶け込めねぇ奴があまりにも多すぎるからだ。
長年やってきて、これまで俺の助けを借りて新たな生き方を見つけたってサルカズの数は、六英雄の配下にも引けを取らねぇかもな。
この言葉に一切の恥はねぇぜ、魔王殿下。
テレジアは答えず、ただ微笑みながら目の前のサイクロプスを見つめただけだった。
あぁ――「スカーアイ」はふと気付いた。目の前の魔王はいかなる王庭にも属しておらず、いずれかの血統を象徴する者でもない。
カズデルという存在を作り上げられるとは信じておらず、そのために罪を犯すサルカズたちを彼女はただ説得しようとしているだけなのだ。
……だがそんな者が、あの惨劇から、彼の視た結末から抜け出すことができるのだろうか?
ここまで話して、一つだけわからねぇことがある。殿下、あんたに力を貸すことには同意するが……
あんたとテレシス将軍はなぜ今日ここを滅ぼさない? その気があれば、俺に勝ち目はねぇと思うが。
六十年前あんたたちがそうしたようにな。
あなたはさっき、「カズデル」は的だと言ったわね。それで、あなたたちは別の方法を用いて大地の諸国に取り入りたいと。
そうだ。
それじゃあ、あなたは遠見でカズデルの破滅を視たのかしら?
私の死、テレシスの死、それとあなたが腹立たしく思うものの破滅は視たかしら?
……
……あなた自身のことは? あなた自身の死はどのような景色だったかしら? 鉱石病の苦しみの中で命を失う? それとも異郷の地の戦場や、陰謀に溺れて逝くの?
ここを離れ、今のカズデルを見たことはある?
あなたは本当に「未来」を見たことはあるの?
……俺の予言は安売りしねぇんだ。もちろん、あんたになら割引を考えなくもないがな、殿下。
良い度胸ね。どうりでこの不毛の地で傭兵の楽園を再建できたわけだわ。
でも、予言は結構よ。
予言と運命には何の価値もないもの。
もうこんな時間ね、あなたたちがカズデルに戻るその時を楽しみにしているわ。
……
彼女が去るのを見送り、足音も聞こえなくなってから、「スカーアイ」はようやく息を吐き出した。
畜生が。
遠見だ? 予言だ? 自分の死だ?
――彼は今朝にはもう、棺の用意まで終わらせていた。
損失を計算しろ。
ボス、あの奴隷たちですが……
行かせておけ。どうせ戦争が始まれば、いずれスカーモールに関わることになる。大した損にはならねぇよ。
さっきテレシス将軍に手を出して、死ななかった奴はいるか?
ええ、記録してあります。
そいつらを物資倉庫に呼んで報酬を与えろ。肝が据わった連中だ。
報酬を渡し終わったら、バーの入り口まで連れて行って全員の前で殺せ。死体は詫びとしてテレシス将軍に渡すんだ。
……わかりました。
そいつらへの報酬は、連中の家族や友人への補償としておけ。
スカーモールで金を稼ぎてぇ傭兵全員に改めて伝えろ。「誰であろうが」、俺のシマで手を出すのは見たくねぇってな。
彼が一人バーへと歩く。コートにぶら下げた認識票が、ジャラジャラと音を鳴らした。
群衆の中で最も目立つ場所に立つと、傭兵たちの目が彼らの血に濡れた刀の下で次第に光を失っていく様を眺めた。
それなのに、相も変わらず一人として彼に刃を向ける者はいない。
彼は失望した。
今日のバーは全部タダだ。両殿下がお前らの命を留めてくれたこと……
そして、お前ら全員に大仕事が入ったことの祝いだ。ターゲットは……カズデルだ。
準備しておけ。すぐに都市に入ることになるぞ。
カズデル地区 スカーモールの裏出入口
先ほどから何故黙っている、テレジア。
迷っているのか?
いえ、あなたならば成し遂げてくれると信じているから。戦争議会の再編も必至だと思う、ただ……
あの都市の未来について考えていたのよ。戦火はガリアに留まりはしない。私たちの歩みは随分と遅れているわ。
コルシカⅠ世の配下には無敵の巨艦と近衛隊がいて、リターニアの狂気の王がガリアの先鋒を打ち砕いたのは、彼のアーツの力によるものだけではない。
そしてウルサスとヴィクトリアが大規模な戦争の中で見せた工業力は私たちの想像をはるかに超えていた……
いかにも。そして、戦争の中で長く生きてさえいれば、戦争自体を掌握できると思い込んでいる者があまりに多い。
いまだ百余年前の例の大戦と現在の戦争を同列に認識しているのであれば、それは戦争が帝国や強権を育む速度をあまりに見くびっているというもの。
つまり、これこそ我々が軍事委員会を必要とする理由だ。
理由はそれだけじゃないでしょう、テレシス。
……わかっている。
来たる日が訪れた時、サルカズが生き残るためには、あちこちが軋む脆い都市だけじゃ――
まるで足りないわ。
……
ケルシーと一緒にこの都市の計画を立てていた時、私が提案したことを覚えている?
「バベル」。
種族や国家の垣根を越え、理想と叙事詩のこだまに満ち――
……一人のサルカズによって、打ち建てられる組織。
そう。そして、やがて訪れる危機に備えてカズデルに力を付け、サルカズを万年苦しめてきた飢えと疾病の解決を試み、全テラに向けてメッセージを発信するの――
未来が来たらんとする時、私たちは共に立つべきであり、サルカズもまたテラの運命の一部なのだ、と。
テレシスが彼女の考えを聞くのはこれが初めてではない。
幾年も前にカズデルの移動都市建設に参画した後に去っていったあの士爵を除けば、この魔王の真意を知る者は彼ただ一人だった。
カズデルは、今はまだその「塔」を受け入れぬ。それは互いに承知の上だろう。
かようなものは、現実を覆そうとするただの夢にすぎぬ。
ええ……少なくとも今、私たち自身の事すら対処できないのであれば、そんな理想を語っている場合じゃないわね。
だけど、私はこの「塔」がカズデルの一部になることを願っているの。
覚悟はできているのか?
当初の私の回答のように、そなたに反対する者は他を顧みる余裕がない国々だけでなく、カズデル自身、そして恨みを捨てきれぬサルカズをも含むのだぞ。
その者たちに妥協や諦めを強いるのは残酷だ。サルカズに対する迫害は過去形で表すものではなく、歴史でもない。いまだ多くの者たちが古き恨みを抱きながら、今日まで生き延びてきたのだ。
私は魔王よ。すべての責任を負い、彼らに生きる道を指し示さなければならないの。
……よかろう。
ならば、望むようにやればよい。
テレジア、やはり私はそなたの考えに賛同できぬ。しかし、そなたの決定を支持しよう。未来の軍事委員会も同じように支持するであろう。
そなたの視線が、足元を顧みられないほどに遠くを見据えているのであれば、私が歩みを阻む障害をすべて取り除こう。これまでと同様に。
ええ。
行こう。帰る頃合いだ。これよりカズデルに起こるであろう事態には、まだ我らが必要なのだから。
そういえば、「スカーアイ」が去り際に、またあの予言の話をしたわ……
悲観的な運命の予言を。
そなたの考えは?
気にしていないわ。
私もだ。
カズデル。見慣れぬようでいて馴染み深い名。
この大地の多くの人にとって、ここは「魔窟」だった。魔族が罪を織りなした地獄であり、近づきがたい恐ろしい土地だ。
そしてサルカズにとっても、カズデルとは複雑な感情が付きまとう名である。
彼らの間では、サルカズの故郷はカズデルにあると何代にも渡って口伝で教えられてきた。だが、そこで語られるカズデルとは、果たしてこの都市だけなのだろうか? あるいは大地全体であろうか?
その答えは、彼らだけが知るのかもしれない。
出てきた時は城壁がこんなに高いだなんて思ってもみなかったな……いずれにせよ、生きて家に帰れるなんて、本当に運が良かった。
スカーモールに現れたあの人……あれがテレシス将軍だったのか。この都市の創造者の一人で、あの伝説的な戦争の英雄。
はぁ、勇気を出してそばに置いてくれと言っていれば、もしかしたら……
いや……俺は何を夢見てるんだか。
壁の上に座った彼は、初めて「生まれ変わった」ような心地に包まれていた。
死の脅威に対して恐れを抱かないサルカズの子供を除いて、カズデルに住む普通のサルカズが城壁の上に登ることは滅多にない。
奴隷の足元にある巨大なパイプを積み上げてできた高台を城壁と呼べるのであれば、だが。
入り乱れた源石の棘が生み出した「密林」は足を踏み外した者の命をいとも容易く奪っていく。しかしそれは、盗人や傭兵が私物を隠すのに最適な場所でもあった。
密輸犯や浮浪者は暗い地下を歩き、鉱区や工場の地下道――あるいは排水管から外の様子をうかがいながら、都市の一角から別の一角へと逃げていく。
それこそが奴隷の慣れ親しんだ生活だった。
将軍が新たな命をくださったんだ。これからどうしよう?
彼は遠くで赤々と燃えている炉を眺めた。数え切れないほどの労働者が源石を、鋼鉄を、土石をその中へと運び入れている。
溶炉の炎はカズデルが移動するための動力を提供し、流れ出る鉄の水が、再びこの都市の一部となる。
百年間絶えず吐き出され続ける黒い煙が、灰燼なのか源石粉塵なのかを知る者はいない。それをレヴァナントたちの恨みや叫びだと言う者もいる。
空高くに掲げられた巫術の祭壇は時折まばゆい光を放った。奴隷はそれらにまつわる都市伝説をいくつか聞いたことがあった。
その中でもっとも恐ろしいものは、王庭の術師が日夜祭壇の上から巫術で都市の人々の一挙手一投足を監視しているというものだ。
俺も工場に行ってみるか。
……生きて帰ってこれたんだし。
離れてから、もう数ヶ月になる。何人知り合いが生きていることやら……
カズデル地区 移動都市カズデル
*サルカズスラング*、街でいったい何が起こってるんだ?
どこの家も扉を開けっ放しで、ボロボロの家具が散らばってやがる……
「プルタブ」!? 帰ってきたのね!
お前か、久し振りだな! なにやってんだ? その抱えてる彫刻はどうしたんだ?
街で大変なことが起きたのよ。あまり見かけない王庭貴族が、急にやって来た傭兵に囲まれて殺されたの。でも街の衛兵たちは知らぬ存ぜぬって感じでさ。
それで、空き家になった貴族の家からこっそり色々拝借しちゃってるってわけ!
にしても、よく生きてたわね? 街を出て生きる道を探すって聞いたけど……もう野垂れ死んでるだろってみんなで言ってたのに。
へへ、運が良くてな。まだ死ぬなってことだろうよ。飢えと渇きで死にかけたかと思えば、スカーモールに連れて行かれて……結果どうなったと思う?
なんと、テレシス将軍に命を助けられたんだぜ! そんで帰り道で今度はトランスポーターを自称する光輪付きに出くわして、そいつが都市の外まで護衛してくれたんだ。
だから、その幸運にあやかって今日から俺は「グッドラック」って名乗ることに決めたんだ。これまでのへぼい名前は忘れてくれ。
チッ、光輪付きってサンクタ? というか将軍に助けられた? 嘘がうまくなったわね、「グッドラック」さん。
信じる信じないは好きにしろよ。とにかく今日から俺はやり直すんだ。まずは鉱員になって――
そうだ。空になったナハツェーラーの住みかも見つけたのよ。熱気球を手に入れたから、それに乗って、一緒に運試ししない?
行くとするか!
こういう時は返事が早いのね。
里帰りっていいもんだな。
グッドラックが通りでごった返す人々を一瞥する。見慣れた生活がそこにはあった。
彼が生きたいと思えば、この都市は彼に生きる道を与えるだろう。
ありがたいことだ。将軍様にも感謝しねえと。