テラ飯 DT-6・戦闘前
海鮮盛り
ハンターが落ちる――
――流星の如く。
それは深海に棲まう者にとって、滅多に見ることのない光景だ。
欲望と陰謀に溺れ、一度として空を仰ぎ見たことのない司教が、流星を知ろうはずもない。
しかし、彼女たちは違った。
憂鬱と犠牲から逃れるべく、アビサルハンターが懸命に上を目指して泳ぐ時……海面へと浮上し、果てなき星空を静かに眺める時……
ハンターたちは短命の星が背負った運命を心に刻んだものだった。
それでも、星は――暗闇を切り開くのだ。
――死になさい。
三つの流星が、ほの暗い通路を照らす。
司教は強く恐怖した。彼には肺も、声帯もない。響き渡るその鳴き声が、「それ」の新たな身体に於ける悲鳴の代替品だった。
崩落した瓦礫群の中、死にゆく怪物の膨れ上がった肉体が洞窟の大部分を塞いでいた。奇妙な美しさを放っていたその奇怪な体は、死の恐怖を前に硬直している。
まずい状況だな。
この都市の周りには、生き物の気配すらない……
ここではまともな補給など期待できそうもないぞ。
……みんな、何か発見はあったか?
……何も。この町のほかの場所にいる連中も、言葉を話せない奴らばかりだった。
食べ物には反応するが、質問には答えちゃくれない。
物資に関しちゃ、分けてもらうどころか、こっちが残りの食料をあいつらに渡してやったくらいだ。
俺もだ。この町の住居はほとんどが荒れ果ててしまっていて……
こんな環境で生きていけるとは思えないほどだった。
わしは市場をいくつか回ってみたが、いずれも長らく営業していない様子だ。
つまり、この地の住民の大半が、長きにわたりまともな食事を取っていないということになる。
本当に心の痛む光景だ。
うーん……
私は海辺のほうへ向かう人を追いかけてみたんだ。何か発見がないかと思ったんだけど――
あ……あァ……
その人も、他の人たちと同じで、あてもなく海辺をさまよったり、砂浜に埋まってる食べ物でも探してるのかなって感じで砂を掘ったりしてて……
腹、減った……
鱗獣、貝、食える。
食おう、食おう。
……
センシは手にした斧を置き、二人の前に急ぎ足で歩み寄ると、手を伸ばして彼らの包みを開いた。
その中には、砂浜から拾ってきたばかりの鱗獣と貝が山積みになっていたが、いずれも少し腐っていて、耐えがたい生臭さを放っている。
けれども二人は一切気にする様子もなく、センシに奪われるのを恐れてか、急いで口に詰め込んだ。
ううむ、なんという……
悲惨すぎるな……
役に立ちそうなものもないし、なるべく早く離れるぞ。
この場所、本当に雰囲気が変だよね。みんなあんまり友好的とは言えないし……
……
これは推測だが。
思うに、この地の人々は長年まともな食事を取っていないせいで、周囲の物事すべてに対して無感覚になっているのだろう。
彼らにも美味いものを食べさせてやれば、感覚を取り戻させてやれるかもしれん。
そんなことあるか……?
うむ。お前には理解できずとも不思議ではないが、長期間にわたる食料不足に陥り、生活環境が圧迫されていくと、人間は少しずつ麻痺していくものだ。
経験したような言い方だな。
……
できることなら、ここにいる人々にも腹いっぱい食わせてやりたいと思う。
……いずれにせよ、自分たちの食料も探さなければ、俺たちも遠くへは行けない。そうだろ、チルチャック。
……はぁ、そうだな。
ただし、先に言っておくが、物資を失ったのはお前たちがサーミでイカれて暴走しちまったせいだから、俺を当てにすんじゃねーぞ!
それはもちろん。
彷徨える旅人よ。君たちは食料を探しているのでは?
あれっ、あなた話せるの?
ああ。
よかった! 私たちは――
待て、マルシル。ほかの連中は会話にならないのに、こいつだけ話が通じるなんて、おかしいと思わないか?
……そうして警戒するのも当然だ。
しかし、どうか安心してほしい。私は、君たちを導くためにここへ来たのだから。
お前、何者だ?
私は、各地を渡り、人々に海の教えをもたらさんとする宣教師。
そちらは? イベリア人には見えないが、なぜサルヴィエントへ?
旅の物資を調達できないかと思って寄ったんだ。
見たところ、上手くいっていないようだな。
……
だが、大丈夫だ。我らが来たからには、ひもじい思いはさせない。
……「我ら」?
そう、我らはこの都市を守る教会の者。教会においては、誰もが皆兄弟姉妹なのだ。
君たちのような外から来た人間であっても、導きを聞き入れるのなら兄弟の一員と見なそう。
我らは決して、兄弟が飢えに苦しむのを黙って見過ごしはしない。
(なんかすごく怪しいんだけど……)
導きを聞くだけで飢えが解消されるのなら、素晴らしいことじゃないか?
その気になるなって!
はっはっは、海の恩恵は尽きせぬものだ。その幾兆分の一ほどの恵みくらい、惜しみなく分け与えてくれるだろう。
だが、それを得られるのは十二分に強大な者のみだ。
どういう意味だ?
……多分、こいつは食べ物の在り処を知っているが、それを生きて手に入れられるとは限らないって言いたいんだろ。
そのように理解してもらって構わない。
リスクを冒せと強制しているわけではないのだ。ただ――
教えてくれ、その場所を。俺たちはそれなりに経験を積んだ冒険者だし、多少の危険なら対処できる。
……海岸線沿いに南へ進むと、そこに一つの洞窟がある。
その中に、君たちの望むものがあるだろう。
ライオス、あいつ絶対おかしいぞ。
わかってる。
それでも言われた通りにするつもりか?
この辺りの雰囲気が妙なのは、彼の言っていた教会と何かしらの関係があるんじゃないかと思うんだ。
だから、彼の言う「導き」に従えば、何か発見があるはずだ。
それに、何かが待ち伏せしていたとしても、チルチャックなら事前に察知してくれるだろう!
やめろ、俺に責任を押し付けるな。
……ん? これは――
クラーケンか! 大きいなあ。
ライオス、気をつけて!
大丈夫だ。こいつはもう動かない。
えっ、死んじゃってるの?
このクラーケン、なんて巨大なんだ……あの宣教師が言ったことは本当だったのか!
見てくれ、この足、それにこの吸盤。イソギンチャクのような器官は――頭部なのか?
生きているところを見てみたかったな。ちょっとした塔くらいの大きさはありそうだ。さぞかし立派だったろう。
……
……でも、クラーケンは不味いんだよな……
これはクラーケンではない。ただし、起源は共通しているように見える。
胃が痛くなってきた……
こんな得体のしれないもの、絶対に食べちゃだめだからね!
同感だ。わしもこれは食べるべきではないと思う。
えっ?
海洋生物は、死後体内で毒素を分泌することがある。たとえばカニなどは、死んでからそれほど経っていなくとも、病原菌に汚染されている可能性があるのだ。
ゆえに、本気で食べようと思うのなら……
生きた寄生虫をこの中から探すしかない!
なんでそうなる!
こいつらにまともな結論を期待しても無駄だ。
それにしても何者だろう、これほど巨大な生物を殺したのは。この触腕をいなすのは相当な労力がいるぞ。
待った、ライオス。何か聞こえる……
マルシルが、ぬるついた長い糸状の発光する物を棒で拾い上げた。
うえ……なんか気持ち悪い。
日中でもこんなふうに輝くのか、綺麗だな……
ダメ、これは捨てるから!
もったいない……おや、今何かに当たらなかったか?
……
何だ?
!!
――うわあっ!!
どうしたの?
ライオス、足元!
――ッ! これは、海草か?
気を付けろ。この海草を踏むと、何やら不快な感触がする。
ん?言われてみれば……なんだか痺れるような感覚がするな。
みんな、海藻は避けろ!
そんなこと言われたって、足の踏み場がねえよ。
……
となると、洞窟内の植物も全部魔物だったのか?
俺たちが今、この巨大なクラーケンのような魔物の巣穴にいることは間違いない。
そして、洞窟の中から出てきたこいつらは、どれもそのそばで生活していた共生生物だ。
つまり……
全部新鮮な食材だ!
マルシル、この海草に魔術で火をつけてくれないか?
えっ?
頭大丈夫か? こんなとこで火をつけたら、洞窟の中の怪物たちに居場所を教えるようなもんだろ?
それが目的なんだ。
この海草は洞窟の奥から広がっている。怪物を追って深入りすればこちらが不利になるだけだ。
それなら、俺たちがここにいることを教えてやったほうがいい。
……そりゃあ、さぞかし熟慮の上でお出しになった結論なんでしょうね。
大丈夫、無理はしないさ。食材が十分手に入ったら、さっき来た道から撤退するから、チルチャックは外にいてくれ。
そうすれば、本当に何か起きたとしても、チルチャックが対処できるだろ。
……くそ、勝手にしろ。
やはり、チルチャックはまだ子供だな。
……ねえ、ところで、ライオスは当然私が言うこと聞いてくれるものと思ってるでしょ。
えっ?
マルシルの言った通りであることは、ライオスの表情を見れば見当がついた。
はぁ、もういい。じゃあ、耳を塞いで。