落日の向こうへ GO-ST-2・幕間
童話の終わり
ノーポート区の通り
1098月12月26日 p.m. 5:23
ダグザ、そっちの状況はどうだ?
リーンさんはまだ生きていたが、足を引きずっていた。彼の一番仲良かった兄弟は持たなかったってよ、当時の古馴染み何人かに聞いたが……
彼の兄弟がいつ逝っちまったのかは誰にもわからねー。ノーポート区から逃げた時かもしれねーし、連合軍の反撃時に追い込まれたサルカズに……
リーンには会ったのか?
ああ、今は貨物港で働いてる。過去の日々についてはあんまし話さねーし、兄弟についてはだんまりだ。
けど彼は、今はちゃんと生きなきゃいけないと思ってる。
……*ヴィクトリアスラング*。
俺も、前にうちのシマだった工場を回ってきた。若いのが湧いててよ、俺たちグラスゴーのことを聞いたことすらねぇってよ。
ガキが。マジでムカつくぜ!
……私たちがよく行ってた古いレストランには行ったか?
……
ぶっつぶれてた。街にある店の元店主たちに連絡を取るため議会が人を送り込んだが、ぼろぼろすぎて修復できねぇやつや元店主が見つからねぇやつは全部取り壊して再建するつもりなんだと。
ホテル・サンセットストリートもポールのバーも、あのカジミエーシュのガキが開いた雑誌屋も……全部なくなっちまった。
ハンナ……
あいつらが言ってた墓地にも行ってきた。マクラーレンの墓は見つからなかったんだ、それから――
(咽び泣く)クソが、なんであそこの墓は名前を刻んでくれないんだ。
……
チッ、お前の前で泣いてたまるかよ。
行こう、帰ろうぜ。モーガンが待ち切れねぇだろうからよ。
てっきり……ジムの状況はもっとひどいものかと思ってたよ。
ありがとね。
あんたがずっと見ててくれたみたいだね。
オマエたちが生きてたら、いずれ戻ってくるだろうと思ってな……何がどうあろうと、オレもグラスゴーの一員なわけだし。
あんたはあの時一緒にウィンダミア公爵の軍艦に乗らなかったよね――
公爵貴族サマの助けが必要なほどオレはまだ腐っちゃいねぇよ。
だが……あん時のオレは確かに少しばかりバカ野郎だったのは認める。その後、オレは兄弟たちを連れてノーポート区周囲の魔族どもとずっとやり合ってた。
その魔族どもの口から模範軍のことを聞いた。
オマエらはオレが考えもしなかったことをやりやがった。ハッ、軍隊だと……外の戦場がめちゃくちゃだった時、オレはほかの奴らと前線に行ってやれることをやった。
だがオレらにできることなんてたかが知れてて、結局怪我までしちまった――
……あんたも感染しちゃったの?
ああ……インドラも少し前に戦場で負傷して感染したって聞いた。
オマエらみたいなダチがそばについてて、あいつはほんとラッキーだったな。
モーガンははっとした。なぜなら、その問題を考えたことがなかったからだ。インドラ自身でさえ考えたことがない。
待って、あんたにそう言われるのはなんか変な感じだね。うーん、どこが変なのかはよくわかんないけど。
ハッ、好きにしろ。とにかく、機会がありゃオレの代わりにシージに謝っといてくれ。
残って自分で言えばいいじゃん。
オレのグラスゴーはもうない。オマエらが帰ってきたなら、オレはもう行く。
デルフィーンは一緒じゃねぇのか?
あの子はヴィーナのそばにいるよ。
ハッ、どうやらオマエらも喧嘩したみてぇだな。ラジオで、あいつの母親の話は聞いたよ……身分が何であれ、少なくともあいつは度胸のある奴だ。
これからどこ行くの?
ノーポート区の再建にはまだまだ人手が必要だ。貨物港じゃ、毎日貨物が都市の外から運ばれてくる。オレと兄弟たちとで見張ってなきゃならない。
それから……中央区から来たクソ商人どもを叩きのめして――いや――
……
どうだろうな。モーガン、ノーポート区はもう変わったんだ。
オレのよく知る奴はいなくなり、よく行く店もなくなった。街に新しく湧いてきた何もわかっちゃいねぇガキどもはバカみてぇに争ってる……
――まっいずれにせよ、ジムは返したぞ。
ラジオで議会が色んな新しいことを話してたからな。兄弟たちと相談して、しばらくしたらほかの公爵領に行ってみることにした。
新たなシマを見つけるさ。
新たなシマ、新たな始まり。時間を多少かけなきゃ忘れなんないことがあるからな……
……
モーガン、今出てったのって、カドールか?
そうだよ。
お別れを言いに来て、ついでにこれを返してくれた。
彼女は一本のバタフライナイフを取り出した。少し欠けていたが、依然としてグラスゴーのマークははっきりと見て取れる。
ベアードのバタフライナイフだ――インドラが見間違えるはずがない。そのマークは当時彼女がベアードに勝った後に無理やり刻ませたものだ。
……
……
カドールが、死んだ清掃員の持ち物からこれを見つけたんだよ……でも、その場所を探し回っても、ベアードちゃんは見つからなかったって。
俺もその場所に行った。
壁に意味わかんねぇ文字が書いてあるだけだった。しかも雨が降って、ほとんど消えちまってたしよ。けど一つ確かなのは……
ベアードはあそこに行った。俺には分かる、あいつの書いた――
「私も願ってる」って字がよ……
たしか、ビデオシアターで映画を見る時、ベアードはめそめそした追悼シーンを一番嫌ってたよね。
そうだよ。ベアードちゃんは死が悲しむべきものだとは思っていなかったから。
ナイフを貸せ。壁に掛けとくからよ。
なら吾輩は酒を取ってこよっかな。我が家に帰ってきたことを祝して、それとベアードちゃんに敬意を表して!
……ヴィーナを待つか?
帰ってくる暇なんてないでしょ。
だが万が一――
なら完全に酔っ払うまで待つとしようよ、ハンナちゃん。
お酒は人を待ってくれないよ。
連れてきました、ボス。
ですが……本当に大丈夫なんでしょうか? 議会の目のある中で死刑囚の死体を運び出すなんて――
誰かさんの黙認なしに、あなたなんかが、本当に運び出せるとでも思っているのかしら?
――!?
あのクルビア人は?
あまり機嫌が良くありません……ボス、このブツを本当に彼に運ばせるんですか? 万が一――
「ミルスカー」は何も言わない。傭兵はため息をついた。
分かりました……ボス、わざと怒らせたいわけじゃありません。ただ議会が我々に一度手を出してきてから、みんなまだ少し恐れているだけです。
……あなたたちとは関係ないわ。
あのクルビア人は私が対応しておく。
エリシオさん、もう私の自己紹介は不要でしょう。
「ミルスカー」さん……あなたのことは知っています。
よかった、それなら無駄なおしゃべりは遠慮させてもらうわ。あなたにはこちらのブツをかくまいつつロンディニウムを離れてもらいたい。
もちろん見返りはある。あの「死人」も一緒に送り出してあげてもいいわ。
ロンディニウムからできるだけ遠くにね。
彼女にはダイアンという名前があります、「ミルスカー」。
私からしたら、彼女が誰かはどうでもいいの。
重要なのは、彼女が二度とロンディニウムに現れないということ。
……それを見返りと呼ぶのですか? 家に帰ってきたばかりの人に去れと言うのですか?
エリシオさん、彼女がこの都市に留まることができないのはよく分かっているでしょう。皆にとって、彼女はすでに死んでいるのよ。絞首台の上でね。
……
ヴィーナは、愚かなことをしたわ。この人が生きている限り、彼女が街にいる限り、それはいずれ誰かがヴィーナを突き刺すナイフとなってしまう。
はぁ、ヴィーナはもっと果断であるべきよ。
エリシオさん、彼女の感染状況はあなたが一番によく分かっているはずでしょう。もとより長くは生きられないわ。
もちろん、やらなくたっていいのよ。だけどこの面倒事はヴィーナに代わって私が解決するでしょう。私のやり方でね。
……
あなたの伝説は聞いたことがあります、「ミルスカー」さん。あるいは、アラデル・カンバーランド閣下と呼ぶべきでしょうか。
あなたの物語は色々と存在しますが、いずれもかつて「高潔不変のカンバーランド」と称するに相応しい方であるのは変わりません。
いいでしょう、ダイアンさんは私が連れていきます。クルビアでなら、より彼女の力になれます。
満足しましたか?
あなたは善良な人ね、エリシオさん。あなたという友人がいて、彼女は幸運だわ。
準備をしておきなさい。いつ出発になるか分からないわよ。
……英雄のように死ぬか、生き延びて自分が悪人になるのを目を見開いて見ているか――
過去のあなたは、自分が今の姿になることを想像していましたか?
……
フッ、それは私に限った話なの?
この戦争で生き延びた英雄は万を下らないわ。最も輝かしい人から誰も記憶しない人まで、現実の前でその者たちがどんな姿になるのか見てみたいものね。
草地に深く沈む兵士はかすかなくすぐったさを感じ、冷たい風が草の先端を握ってそっと彼女の顔をかく。
死後の大地とはこういうものなのだろうか? 目を開けると、彼女は意外な人物を見た。
えっ――あれ?
起きましたか。
貴殿は――
私です、エリシオですよ。ダイアンさん、挨拶もなしに身勝手にも危険を冒してはなりませんよ。
わ――私はたしか絞首台で……
あなたは確かに死んだのです。処刑現場を目の当たりにした人々にとっては。
都市を去る前にロドスの方にあなたの感染状況の再検査を依頼しました。結果は予断を許しません。
あなたの体のいくつもの重要な器官がすでに結晶化しています。言い換えれば、あなたのいくつもの重要な器官が源石に置き換わっているのです。
つまり……私はまだ死んでいないのですか? ……これは幸運なのでしょうか、それとも不幸なのでしょうか?
議長がこのことを事前に知っていたからこそあなたを……
ヴィーナさんが私を見逃したのですか? 彼女は本当にお人よしですね。
正直、私は本当にあなたたちのことが理解できません。はぁ……ですが、申し訳ありません、ダイアンさん、あなたは恐らくもうロンディニウムには帰れません。
……
彼女はこの時になってようやく、自分たちがロンディニウムにいないことに気づいた。さほど遠くない所に、移動都市の巨大な轍があるのを彼女は見た。
そして前方では、サルカズの子供たちが草原を駆けながら、彼女に手を振っている。
故郷を離れたサルカズのほとんどが、目に戸惑いを浮かべている。彼らはどこにでも行けるが、どこも彼らの家にはなりえない。
ダイアンさん、あなたをクルビアへと連れていきます。あそこならもっとあなたの力になれると思いますから。
……
分かりました。クルビアですか……
たしか、機会があれば貴殿の言うクルビアが一体どんな場所か行ってみたいと話した記憶があります……
エリシオ殿、クルビアまではあとどの程度ですか?
えーっと、とても遠いです。今地図を出して確認――
私の状態で、そこまで持つのですか?
……
……分かりました。一つ約束していただけますか、エリシオ殿?
あなたが何を言いたいかは分かります、ダイアンさん。
その日が来たら、あなたを家へと、ロンディニウムへと連れて帰ります。
その時、ロンディニウムがどのような姿になっているか私も気になります。
うーん……ヴィーナ……
……布団、誰がかけてくれたの?
うぅ、頭いったー。今何時だろ――
モーガン、いつもいつもバカみたいにこんなに飲むなと言わなかったか?
ハッ、ハンナたちは大ざっぱなんだ。貴様が見てやらなければならないんだろ?
……ん? ヴィーナ? ヴィーナ!
モーガンは素早くソファから跳ね上がると、低いテーブルを越えてヴィーナへと飛びついた。
ヴィーナ、帰ってきたんだね!
吾輩てっきり、てっきり……
てっきり何だ?
ハンナちゃん、どうして起こしてくれなかったの!
昨日もお前、ヴィーナは絶対に帰ってこねぇってわめいてただろ?
フンッ、結果今一番興奮してるのはお前じゃねぇかよ。
そんなことないもん!
強情な奴だ。
静かに、モーガン、ダグザがまだ寝ている。
(うーん……)
インドラの膝で眠るその人は耳をピクピクと動かして、いまだアルコールによる甘美な夢に酔いしれている。
ダグザさんが一番飲んだようですね。空き瓶をたくさん片付けましたよ。
彼女は機嫌が悪かったみたいですよ、ヴィーナさん。
……すまない。
だが、遅くなってなければいいんだが。
もちろんなってないよ!
おい、昨日はそんなこと言ってなかっただろ、モーガン。
(黙ってて、ハンナちゃん!)
おかえり、ヴィーナ!
本当はもっと早く帰ってきたかったんだが、議会じゃ面倒事な仕事が多くてな。
なら……どうして……
まあ、しばらくはホルンさんに頑張ってもらうしかない。
恐らくは今頃私が抜け出したことに気づいているだろう――
そんじゃやっぱ……戻るってことか?
……責任からは逃れられないからな。
だが貴様らにも詫びを入れねばならない。
ヴィーナ、そんな必要は――
えっ、シージ? ヴィーナ!
私はどんだけ寝てたんだ!?
安心しろ、ヴィーナの帰りを寝過ごしちゃいねぇからよ。
……壁のあのバタフライナイフは――
あの子のだよ。カドールが届けてくれたんだ。
カドール!?
この場所まだ覚えてる?
それじゃあ今回も、誰が速いか勝負といくか?
ヴィーナが話し終わらぬうちに、インドラは飛び出していた。
ハンナちゃん、ずるいよ!
ヴィーナは数を数えるなんて言ってねぇだろ。いつもの場所は俺のものだ!
フンッ。
怪我してから、明らかに遅くなったな、インドラ。
俺に追いついてからほざいてろ。
え? あ?
どういうこと? 置いてかないでください!
遅れるな、デルフィーン、ついてこい!
聞こえたかな、「デルちゃん」、遅いんだから~!
数人の影が素早く街を駆け抜け、家に帰る労働者たちがこの人目を引く者たちに好奇の目を向ける。
この者たちが誰なのか、彼らは思い出せなかった――
「どうせまた、どこからかノーポート区に引っ越してきたばかりのよそ者だろう。」
工場を繋ぐ高架の上、グラスゴーは懐かしの場所へと戻ってきた。
ここで彼女たちは低い工場を眼下に敷いて、中央区にそびえるザ・シャードの先端を望むことができる。
彼女たちはここから始まり、ここで故郷に別れを告げた。巡り巡って、また懐かしの場所へと戻ってきた。
ただ――
ベアードにも一杯残しておいたぜ。
ダグザ、もういいのか?
いい。もうヴィーナの前で失態を演じたくねーからな。
じゃあ、あんたの分を全部ヴィーナにあげちゃおう。
「デルちゃん」、あんたほんとにジュースだけでいいの?
あの、その呼び方はやめてください。やはりお酒の味にはあまり慣れないんです。
好きに飲めばいい。私が見といてやるから。
っしゃあ! やっぱり酒はここじゃないとな!
ベアードに乾杯! グラスゴーに乾杯!
ベアードに乾杯! グラスゴーに乾杯!
ロドスに乾杯! 模範軍に乾杯!
この戦争で戦った全ての人に!
それと、それと、家に帰るために命を投げうった全ての人に!
全ての生き延びた人、去っていった人……我々のそばにいまだいてくれている人々に……
――努力と涙を捧げた人たち、終わりの見えない暗闇と苦しみの中でもがいた人たちに……
……ヴィクトリアに乾杯。
ヴィクトリアに乾杯!
悲しむべきではない。生きている者は今を銘記し、去った者も希望を残している。
羽獣たちが飛び回りながらささやき、彼女たちの声に合わせる。
デルフィーン、お前も行くのか?
はい。一時的にですが、リンカルダンに戻らなければいけません。シアラー少尉も療養のため、私と共に行きます。
どうせおうちにいるバカたちにどうしようもなく腹が立ったら、いつでもここに帰ってこれるしね。
ここはあんたの家でもあるんだからさ~。
当然です! ヴィーナさんにも約束しましたから。
ヴィーナ、いつかどうしても放り出したくなったら――
戻ってくる。
だが、私にはまだできることがある。
ロンディニウムの人々に幸せであってほしいし、本当に素晴らしい生活を送ってほしい。これは彼らが当然得るべきものだ。
皆が私たちのように笑顔であるべきだ。涙も、飢えもないそういう顔で。
我々が得た全てを無駄にしたくはない――
奪おうとする奴がいるなら、私がやり返そう。
過去に我々がここでやっていたように……
ヴィーナ……
ヴィーナだろうが、アレクサンドリナだろうが、私にとっては何も変わらない。違うか?
ゲフッ――
もしベアードがいたなら、彼女もきっと私がこうすることを願うだろう。
そうだよ、ヴィーナ。
私もそう願ってる……
グラスゴーに、あなたたちみんなに乾杯。
おかえりなさい、みんな。