幕開く者たち PV-3・戦闘前
悪客万来
1100年11月1日 p.m. 8:10
その後、狩人の子孫もまた、そのスッキリした快適な装いに慣れていき……次第に、それは今日のシラクーザ人が広く親しむスーツへと発展していったのです。
……その突拍子もないお話、ぼくが物心ついたくらいの小さい頃から話してるよね、おじいちゃん。ぼくもう十代なんだけど。
……
ルキーノ。このスーツ二着は、ほとんど出来上がっている。あとはボタンをつければ完成だ。
お前はもう、自分の意思で注文を受けているのだから、お客様がどんな方であっても、いい加減な仕事をしてはいけないよ。
奥の部屋から、サルッツォの紋章が入った特製のボタンを取ってきなさい。見間違えることはないはずだ。
でも、前に教えてくれた決まりでは、その前にそれをラップランドさんの所に持っていって試着してもらってから、手直しをして――
あのサルッツォ家のお嬢さんには、それは必要ないんだ。服が合っているかは私が判断しよう。
でも、注文を受けた時にはそんなこと聞いて……
お前が何を期待しているかはわかっているよ、ルキーノ。
お客様のスーツに対する要求は、時として複雑で細かいこともあれば、漠然としていることもある。けれど我々には、あれこれ尋ねることはできない。
デ・モンターノが高く評価されているのは、決して仕立ての技術だけが理由ではないことを覚えておきなさい。
我々は、人を相手にするときも、生地を相手にするときも同じように、触れていいか、触れてはならないかを自分で判断しなければならないんだよ。
さあ、ボタンを取ってきなさい。そろそろ仕上げをしなければ。
うん……わかったよ。
ルキーノはその限りなく豪華な二着のスーツを見やった。それはどちらも、祖父がこれまでに手がけたどんな一着とも異なっていた。
紛れもなく「デ・モンターノ」の名を冠するにふさわしい傑作だ。彼は、自分もそれに関わることができたらと切望せずにはいられなかった。
ルキーノが思わず自分のポケットを探ると、そこには彼がこっそり作ったボタンがいくつか静かに転がっていた。そのボタンには、サルッツォ家の紋章が刻まれている。
すぐに取ってくるよ、おじいちゃん。
……はぁ。
長い間ドアの外に立っていらっしゃいますね。お入りください。
ウンベルト。アントニオさんからのご依頼は、これ以上先延ばしにはできないぞ。
ドンがもうすぐヌオバ・ウォルシーニに到着なさる。今すぐ行けばまだ間に合う。カルネヴァーレのパレード前に、ドンの新しい服をお仕立てできるんだ。
ほかの依頼は全部置いといて、一緒にヴェネツィア自工まで来てくれ。そう時間は取らせないからよ。
……今いただいているご依頼も、おろそかにはできませんので。
おじいちゃん、もしかしてお客さん?
……なあ、ウンベルト。採寸くらいの簡単な仕事なら、あんたが行く必要ないよな。
小僧、本当の大物に会ってみたいと思わないか?
え? お、大物? ねえおじいちゃん、ぼく――
ルキーノ、先にボタンを。
あっ、はい!
……どうぞ、おじいちゃん。
見習いサルトリアは緊張した様子で祖父の顔をまじまじと見た。
……
……
悪くはない。
――!
だが、まだこの服に使えるレベルではないな。
で、でも、じっくり見比べてみたけど何も違いはなかったよ!
ボタンをたくさん縫っていくうちに、違いもわかってくるものだ。今は、私のボタンを取ってきなさい。
ここにあるよ、ほら、全部持ってきたから!
……ぼ、ぼくはただ、おじいちゃんの仕事を手伝いたかっただけなのに!
ウンベルト、子供に対して厳しすぎやしないか。
練習を続けるんだ、ルキーノ。
……
わかった、練習するよ。おじいちゃんの薬を取ってきたら、おとなしく練習するから!
ご覧の通り、あの子はまだそそっかしいところがあるのです。
……あまりバカにしてくれるなよ、ウンベルト。
申し訳ありませんが、カルネヴァーレが目前に迫った今は、あまりに多くのご注文をいただいているもので、本当に手が回らないのですよ。
このご注文の対応を終え次第、私自らお屋敷へお詫びに伺います。
もちろん、その後の料金はすべてこちらで負担しますので。
アントニオさんがそんなこと気にするわけないだろ? 俺だって無事に祭りを過ごせさえすればそれでいいが、そのためには――
ウンベルト・デ・モンターノ、やはりここにいたんだね。
あなたはここにいるべきではないでしょう、ザーロ。
牙を抜かれた敗北者として荒野へ戻り、次のゲームの始まりを静かに待つべきよ。
そう急くな、カエサル。
お前が今回のゲームにおいて、狼の頂点に最も近づいている以上、気が急いてしまうのはわかるがな。
……
あなたから、強烈な人間の匂いがするわ。もう新しいおもちゃを見つけたの?
だとしたら、なぜ私の所に来たのかしら? 私にもっと慰めてほしいの?
若き狼を欺いてきたお前の手など見飽きているさ、「オバアサン」よ。
お前をここへ呼んだのは、興味深い秘密を――いまだ姿を現わさぬ最後の牙の居場所を教えてやるためだ。
我々がゲームに介入するのはルール違反でしょう! 脱落者の身で何を!
だが、脱落者というのは得てして無責任な傍観者であることを何より好むものだ。
カエサル、お前のその慈悲深げな外見の下に隠された血生臭い一面と、勝利を舐めたいという渇望は……私には隠し通せんぞ。
加えて言えば、お前がこの秘密を知りたくないと言うのなら、私はそれで構わない。いずれにせよ、この楽しみを味わうまでだ。
……
お前の若き狼は嗅覚に優れている。だが残念ながら、このゲームにおいて今に至るまで姿を見せないあの牙は、数十年をかけて狼の匂いを洗い流してしまったのだ。
ウンベルト・デ・モンターノ。あの哀れなサルトリアはな。
このゲームが終われば、あなたは私たちに噛み千切られる苦痛を存分に味わうことになるわよ、ザーロ。
お前の怒りは今なお美味いな、カエサルよ。
しかし、惜しいことに、私はこのルールに楯突いた初めの狼ですらないのだ。
ヴァルポ……? 観光客か? 悪いが、デ・モンターノの予約はもういっぱいでな。しばらくは休業の予定なんだ。
貴方は店主?
あんたにゃ関係――
彼はそれ以上言葉を継げなかった。
相手の剣を見たからだ。
そう、剣だ。この都市で、こうも当然のように武器を提げて出歩く人間を見るのはいつぶりだろうか?
女はまだ口の端に笑みを浮かべている。だが、彼にはある種の予感があった。これ以上一言でも発すれば、相手の剣が自分の喉を貫くだろう。ここがヌオバ・ウォルシーニであっても。
こほん、こちらはヴェネツィア自工の従業員の方です。
「ヴェネツィア自工」? どうやら私のいない間に、我が家は随分と変わったみたいだね。
……
(顔に傷のある、ヴァルポ……この服に、この剣は――)
(こいつ、あの時ファミリーを裏切って逃げた殺人狂か……だが、六年前すでに……)
失礼ながら、今回はお引き取り願えますか、お客様。アントニオさんにはよろしくお伝えください。もちろん、先ほどのお約束は有効ですので。
チッ……お前なあ……俺は……*シラクーザスラング*。
(ありがとうよ、ウンベルト……)
以前とほとんどお変わりありませんね、イングリッドさん。
私を知っているの?
当時は長いこと、あなたの写真が新聞のトップニュースを独占していましたので。
シラクーザに戻ることがあれば、先にファミリーの方に知らせるものだと思っていましたが。
私はヴェネツィアファミリーを抜けて何年も経っているからね。今回は君を訪ねてきたんだ。
……私を殺しに来た、というわけではないようですね。あなたからはよく知る香りがします。
バーゴ、ですね?
そうだよ。彼はツテを頼りに極東までやってきてね。私たちはある取引をしたんだ。
……
君は本気で、この紅葉の中でごろごろ日向ぼっこをしながら私とおしゃべりするつもりかな?
ふわあ~……
ほかに何があると言うんだ?
あの狼との付き合いがなければ、私はわざわざ伝言をする気などなかったくらいだぞ。
私にシラクーザへ戻って……ボディーガードをしろと言うの?
「厄介ごとを片付けて」ほしいんだと。
そうすれば、お前はずっと探し求めていた真相を知ることができるわけだ。
当時お前はあれだけの人間を殺したというのに、娘を傷つけた犯人が見つからなかったのはなぜか。そして、そいつは一体誰なのか。
……
それは本当に、私を駆り立てるために考えた口実ではないんだね?
ふぁ~あ……信じる信じないは好きにしろ。
あの男を除けば、この神社でお前を嫌っていないのは私くらいのものだろう、イングリッド。
お前があの男に一目会うために外から殴り込んでくるのを見るたびに、私はそれなりに楽しい気持ちになるんだ。あれがなければ、神社での暮らしは退屈すぎる。
正直な話、お前がシラクーザに戻るのについていきたいとさえ思っているほどだ。
あの場所は深い泥沼なんだよ……君みたいに頑固でぐうたらな奴にとっては気に入らない場所だろうね。
じゃあ、彼に伝えておいて。シラクーザに帰ると。
自分で伝えたらどうだ?
リサのこととなれば、理解してくれるはずだよ。
それでシラクーザに戻ったあとは、狼主にも会ってきた。ウンベルト・デ・モンターノ……貴方のような人を選んだなんて、彼の口から聞いていなければ到底想像もできなかったよ。
まさか私のようなしがないサルトリアが、と?
ああ。
バーゴがあなたにどう話したかは知りませんが、私と彼の間には、ちょっとした認識の違いがあるのです。
それにしても、貴方は調子が悪そうに見えるけどね。
バーゴの説明によれば、狼に選ばれた人間はある面において優れた才能を持っているはずなのに、貴方は弱りすぎている。
さっき出て行ったあの子は、貴方の……
ルキーノは賢い子です。けれども、時間には打ち勝てないという事実をまだ受け入れられずにいるのですよ。
私は年を取った。それだけのことです、イングリッドさん。
バーゴは元気にしていましたか?
彼らにとっての元気がどういう状態なのかわからないからね。私には判断しかねるけど……彼は貴方を訪ねてこないの?
彼はもう何年も私を訪ねてきていませんから、とうに見捨てられたものと思っていました。
貴方にこれ以上自分の匂いを移したくないだけかもね。そうしたほうが貴方にとっては安全だから、とか。推測だけどね。
……そうでしょうか?
正直に言うと、貴方とバーゴの間の話には特に興味がないんだ。
私はただ、貴方に代わって厄介ごとを片付けに来ただけだから。
それで、彼は牙の見分け方をいくつか残してくれてね。その人たちが貴方にちょっかい出してくるのを待つよりも、私のほうから手を出した方が手っ取り早いと思うんだけど。
貴方はどう思う?
どうやら、彼が提示した条件はあなたでも断れないほどのものと見えますね。
ですが、この泥沼に一度足を踏み入れたら、そう簡単には抜け出せませんよ。
1100年11月5日 p.m. 11:00
うーん……アルベルトさんに会ったら、このスーツのデザインについて詳しく説明したほうがいいかな?
――いやダメだ、おじいちゃんが知ったら絶対怒る。
でも、アルベルトさんのほうから聞かれたら、さすがに断れないよね。
サルッツォファミリーのドンとお近づきになれたら、デ・モンターノにとっても悪くない話だ……
そうなれば、おじいちゃんのためにもっと良い薬を手に入れることもできるだろうし、もしかしたら、クルビアに連れて行ってもっと良いお医者さんに診てもらうことだってできるかも。
……
はぁ、バカな想像はやめろよ、ルキーノ。
ラップランドさんがくれた住所は、こっちの方向だったはず――
ん……トラック?
あんなスピードで運転してたらぶつかるぞ!
止まって――
ルキーノはスーツの入った精巧なケースを抱きかかえたままそこに立ち、交通事故を目撃した。
荷物を満載したトラックが、交差点を曲がろうとしていた乗用車に突然衝突したのだ。
現場にはガラスの破片が散らばり、乗用車の車体も変形してしまっていた。そしてトラックの荷台からは、タイヤが一つ飛び出してきた。
……そ、そうだ……助けないと!
クソッ、今はみんな、コンテストを見にメインエリアに行っちゃってる頃だ……
聞こえますか! しっかりしてください! 何とかして助けますから――
えっ、なんだこれ……タイヤの中に何か詰まってる?
ガンビーノ、見ろ。俺たちが探してた例の車だ!
コーヒーをたった一口飲んでる間に、何があったってんだよ……これじゃ全部おしまいだ!
そもそも、輸送の援護なんてだるい雑用やらされるだけでもツイてねえってのに! 苦労してばっかで手柄も立てらんねえし……
おまけに今は、目の前でブツに問題が出ちまった!
それだけじゃねえ。ぶつけられたほうの車、見覚えがあるよな?
こんな時に誰にぶつけたとかどうでも――
待てよ、ありゃあレオントゥッツォの……
……
……
今にしてみれば、龍門に帰るっつうお前の計画も悪くなかったと思えてくるぜ。
ここは警察とボスに気づかれねえうちに、さっさとずらかろうや。俺たちの間のケリをつけるのは、龍門に戻った後ゆっくりやっても遅くねえだろ。
できるかよ。今はようやく、未来に希望が見えてきたところなんだぞ。俺たちがヌオバ・ウォルシーニまで来て、ヴェネツィア自工へ入った理由を忘れるんじゃねえ!
ミズ・シチリアも、グレイホールも、ほかのファミリーとのしがらみさえも、ここにはないんだ。
この場所でなら、自分たちのファミリーを作ることだってできるかもしれないんだぞ、ガンビーノ。
通りの向こうにいる、ケースを抱いたガキ――ここで事故を目撃したのはあいつだけだ。もしかすると、トラックに隠された別のもんまでうっかり見られたかもしれん。そうは思わないか?
……言いてえことはわかったよ。確かに、あいつが見たかどうかを決めるのは俺たちだ。つくづくお前は、根っからの悪党だな、カポネ。
生き延びるついでに、ボスにアピールする方法を見つけただけのことさ。
行くぞ。あいつを連れ帰って報告するんだ。現場の唯一の目撃者は押さえたとな。
……このブツはどうする?
それは受取人が考えることだろ。ボスが再三言ってたじゃねえか。俺たちは単なる援護要員だってな。
レオントゥッツォのことについては……フン、せいぜい無事を祈るとしようや。
急げ、あのガキをほかの奴にかっさらわれたらたまんねえからな。
あれ、手伝ってくれるんですか!?
こっちです、車の中にまだ人が――
気ぃ失ってんな。
俺が担いでいく。
こいつの持ってたケースは……
まとめて持ってくしかねえだろ。証拠を残すわけにはいかねえ。
それより、本当に監視カメラには映ってねえんだろうな?
くだらんことを聞くんじゃねえ。ここに来た時、周りの状況は最初に把握しておいてんだよ。
行くぞ。
「準備中」。
カフェの店内は静まり返り、入り口の看板から時折「ジジ」とノイズが響くばかりだ。
「三日間休業します。お客様各位、コンテストでは娘のオフィーリアに清き一票を! 娘がフロート車に火を灯す資格を得た暁には、一週間コーヒー無料とさせていただきます!」
匂い、濃い。
レッド、わかってる。おまえ、ここに隠れた。
飛んできた矢とレッドのナイフが火花を散らし、その衝撃で彼女の手はわずかにしびれた。
反応が早いな。道理で、ルナカブの狩りにこれだけ耐えられるわけだ!
だが、かかったな――えっ?
捕まえた。
痛っ……! お前が牙でなければ、群れに加わるように誘いたかったところなのだ。
残念ながら、アンニェーゼは賛成しないだろうけどな。
オバアサン、まだ、レッドを待ってる……まず、おまえを狩る……そのあと、最後の一人を狩る。
ん? お前、ためらってるのか?
……違う。レッド、もうためらわない。ケルシー、失望させたくない。でも、オバアサン、もっと失望させたくない。
狩人に近づきすぎないことだな!
ルナカブは振り返りざまに矢を放つと同時に、素早く身を傾けてガラスを突き破り、通りへ出た。
動くな。この矢は絶対に外さないぞ。
お前をアンニェーゼの所に連れて行く前に、確認しないとならないことが――
どうやらバーゴは、私に嘘は言っていなかったようだね。
案の定、群狼はじっとしていられなくなっている。
君たちを見つけるのには、随分と苦労したよ。
だけど、ここからは簡単だ。
……お前からは、アンニェーゼが嫌ってる匂いがする。だけどお前は牙じゃないな。
レッド、こいつを知ってるか? 大丈夫だから出てくるのだ。ルナカブは弓を引く手を滑らせたりはしない。
レッド、知らない。
でも、こいつの剣、レッドのより、鋭い。
……お前にも、勝算がないのか?
だが、このままでは決着をつけられないぞ。
わかってる。
レッド、おまえより速い。
赤い影が素早くイングリッドに向けて突進し、ルナカブの弓もまた剣を持つヴァルポのほうへと素早く向いた。
でも、ルナカブの矢ほどは速くないぞ。
三本射るうちに、そいつを隅に追い詰める。
後ろだ。
気をそらすつもり? チッ。
私は昔、シラクーザでこれよりも厄介な状況に対処してきたんだ。同時に相手をした数も、今の比じゃない。
だけどいつだって、倒れるのは私ではなかった。
彼女の握る鞘には、三本の矢が収まっていた。
人間を獣の群れと同じだとは思わないほうがいい。君の獣を狩るための技術は、私には通用しないよ。
試し続けてもいいけれどね。もちろん、君もだよ、「レッド」。
……
……
ルナカブは、必ずお前をまた見つける。
レッドのナイフ、もっと鋭くする必要、ある……
かかってきなさい。
……?
長くは隠れられないよ。こちらも、バーゴからの回答が待ちきれないからね。
――この都市の警察はこんなに有能なの? 私も引かないといけないね。
交通事故に、牙、そしてヴェネツィアファミリーの影……
やれやれ、シラクーザはやはり、一層大きなサプライズを以て私の帰りを祝ってくれるようだね。