相見歓 OR-3・戦闘前
油潑撦麺
今日の先生との議論は大変勉強になりました。ですが現在行われている新政に関する種々の問題については、やはり自分の意見は変わりません。
今日残った課題は、引き続き考えたいと思います。
構いません。この学宮は様々な思想や声を受け入れるに十分な広さを持っています。私の意見に納得できないのであれば、相手が講師の身分にあるからといって無理に同意すべきではありません。
この学宮の学生であるなら、天下の民草への益を自らの責とすべきです。ですがくれぐれも想像や空論に溺れないように、注意を払っておきなさい。
ありがとうございます、先生。
古風な建物の先端に掛かっている時計の針と太陽の位置が揃って動く。澄んだ鐘の音が響くと、ほどなくして、賑やかな群衆で学宮が埋め尽くされた。
一つの影が人の流れに逆らって歩いている。肩がこすり合うような人混みの中、看守もその見知らぬ顔に気づくことはなかった。
あの……? 何かお困りですか?
ありがとうございます。学生資料が保管されている資料室はどちらでしょうか?
それならば学生課でしょうか。どういったご用ですか?
私は新しく来た助教で、教授から過去の卒業生の資料を整理するよう頼まれまして……
おかしいですね……
どちらの教授ですか?
兵部付属の学院にて軍事理論に関して教鞭を執られている景(ジィン)教授です。
彼女は今日一日講義が詰まっており、このように頼まれました。
あっ……!
どうされました?
学生課はここから先へ進んで、本館を過ぎて右に曲がったら見える丙申号館にあります。
あの……早く行ってください、絶対に遅れたらいけません!
……感謝します。
こほん、どの料理店にもある絶対規則を教えよう――厨房に入ったら、料理長の命令は絶対だ。
鼎豊楼の料理人選抜に合格してモー・ブフーに会いたいなら、今から私の指示に素直に従うこと、いいね?
なんでそんな上から目線でやってやるって感じなの。賞金は三対七で分配するって決めたんだし、私たちは対等なパートナーでしょ。
はいはい。いいから、細かいことでぐちぐち言わないでよ。元々料理を学びたいって言ってたでしょ?
それともなに? モー・ブフーに会いたくないの?
会いたいけど、私はエリートオペレーターであってシェフが本業ってわけじゃないから料理が得意でもないし。名前からして、その大会ってそんな簡単なものじゃないよね?
君はどうして自分で参加しないの?
私はここ「余味居」の料理長なんだよ。鼎豊楼で開かれる試験に参加したら、自分から箔を落とすようなものじゃないか。
だから、あんたにチャンスをあげるよ。私の直弟子として、料理大会で存分に腕を振るってモー・ブフーの鼻っ面を折ってくるんだ。
料理だったら、私よりシィンズゥちゃんの方がいいんじゃないの?
申し訳ございません、批評家としての「シィンズゥサンレン」の名はすでによく知られておりますので、こういった催し事への参加は具合が悪くて……
無駄話はこの辺にしとこう。この大会の理解を深めるために、まずは鼎豊楼について紹介するよ。
百灶に来てからずっと歴史ある店だって名前を聞くけど、鼎豊楼ってそんなにすごいとこなの?
以前申し上げたことがありますが、百灶には炎国の東西南北各地方の四大料理を特色とした「四大名楼」というものがあるのです。
およそ四百年前、数名の腕のいい料理人が相次いで百灶へとやってきて店を開きました。「流派の確立」と言ってもよいでしょう。これが四大料理の正式な成り立ちとされています。
この優秀な者たちを集めたのが、他でもない当時の鼎豊楼の初代料理長なのです。
この伝説の料理人の名はすでに失伝していて、ようとしてしれません。残されている話によると、彼自身は北方料理の代表的人物ですが、他の三大料理にも非常に精通していたとのことです。
他の三店舗の料理人は、いずれも料理の腕を研鑽し合う中で彼に敗れ、彼の招きに応じて百灶へとやってきました。
このような経緯があることから、鼎豊楼は名声において当然のことながら他の三店舗を凌駕し、四大名楼の随一と評価されるようになりました。「百灶第一楼」といったところですね。
あんたが説明しちゃったじゃないか。
あ、申し訳ございません……
ふんっ……けど、この人が言ったことは大体間違いないよ。百灶の四大名楼には確かにそういう過去話がある。ただ後に名利を争う茶番に発展していったんだ。ほんとに鬱陶しいね。
元々はみんなで交流して学び合ってほしかったのに、結局派閥争いに発展して、各店の交流なんて何の冗談だみたいな雰囲気になってさ。こうなるなら……
こうなるなら?
こほんっ……! とにかく、鼎豊楼は百灶で最も長い歴史と名声を誇る店なだけあって、料理人選びの基準もとんでもなく高いってことを知っておかなきゃいけない。
鼎豊楼はもう何年も料理人見習いを採っていない。ここ最近トラブルに見舞われて、そのうえ百珍宴の準備で人手不足になっていなければ、こんな風に大会を開催することもなかっただろうね。
ですが、モー料理長はご高齢になるまで、後釜に据えられる弟子が見つかっていないとも聞いています……
試験の方式は様々で、毎回違うんだ。唯一変わらない条件は、参加する料理人が自分の一番得意な料理を作らなきゃいけないことで――
ストップ、スト~ップ――
君たちずっとしゃべってるけどさ、そんなレベルの試験に出て私が合格できると思ってるの?
そりゃあ普通に考えれば大して料理経験のない人を鼎豊楼の料理大会に合格させるなんて現実的じゃないよ。
でも私がいるからね。簡単に覚えられて、しかも絶対に百珍宴で出される料理を教えてあげる。それは――
長寿麺だ。
長寿麺? 百珍宴でどうして長寿麺を食べるの?
当代の真龍の誕生日は、ちょうど中秋節当日なのです。ですから毎年百珍宴では、真龍のために必ず長寿麺が献上されるのです。
そうは言うものの、一般的に長寿麺の調理法は非常に簡素でごく家庭的なものです……本当にこのような試験に出す料理として適しているのでしょうか?
家庭料理じゃ料理人の腕が分からないって誰が言ったの?
披露してあげようじゃない……いい? 見逃さないでよ。
これ、何の匂いだろう……良い香り! なんでこんなに良い匂いなの!
ふっふーん――
どう?
ほんと奇術みたい。さっきの食材を鍋に入れて煮ただけなのに、こうなっちゃったの?
活きのいい甲獣に、椎茸、刻みネギ、青梗菜……
使用していたのはありふれた食材で、調理法も何の変哲もないものでした……ですが、香りが格別です。
鍋の中に表れる料理の腕っていうのはね、見えないところに隠されてるんだ。この長寿麺一つ取っても、ものすごく奥が深いんだよ。
同じ食材でも、最適な配分と火加減を見つけることで、味には天と地ほどの差が出る。このレシピにたどり着くまでに私がどれだけ磨き上げたと思うの? きっと想像もつかないよ。
ほらぼさっとしてないで。冷める前に食べてみなよ。
ふぅ……
君への評価は撤回するよ!
丸吞みしてたけど……ほんとにこの料理のすごさが分かったの?
もしもホァン様がこの味を完全に再現することができれば、鼎豊楼の総料理長にお目にかかれるかもしれませんね……
ですがホァン様に……本当にできますでしょうか?
この秘伝のレシピを考え出すのは簡単なことじゃない。だけどレシピに通りにきちんと作れば、再現するのは難しくないよ。
これまでに料理をした経験は?
もちろんあるよ!
それなら話は早いね。
今からこの料理のレシピと作り方を詳しく教えてあげるから。見よう見まねでやれば、そのうち作れるようになるよ。
オッケー! 一生懸命頑張る、がっかりさせたりしないから安心して!
さっきは料理できるって言ったじゃないか!?
だってインスタントの麺は最初から出来てるし。小麦粉がどうやったら麺になるかなんて知るわけないでしょ?
あんたほんと、教えても教えても穴が開いた鍋みたいじゃないか!
まだ大して教えてもらってないもん……
これ以上どう教えろって言うの? 生地をこねてる間にいくつお椀を壊したの? この厨房の広さじゃすぐにあんたにめちゃくちゃにされちゃうよ――
うわぁ……あちゃー……
気をつけてくださいよ、後生ですから……この鍋やらお椀やらも安くないし、壊したら新調しなくちゃいけないんですよ――
はぁ……
……なぜ見つからない?
どういうこと……
グー・チュエン、ヴィクトリアからの帰国炎僑、1074年炎国に定住、1076年百灶学宮に入学し、学業を終えたのち礼部に入職……
あの事件で出た死者の唯一残された人事資料だ。
学宮の卒業後に朝廷六部に勤めた官吏は全員学宮に資料が保管されているはず……なぜ見つからない?
グー・チュエン、あなたは一体……
教授、ただ確認しただけですから、わざわざ来ていただく必要はなかったのですが……
その人物は新しく来た助教を名乗っていたのですか? そんな話、私は聞いていませんが?
ですが、その方は教授をよく知っているご様子でしたので……
これまでも繰り返してきましたが、学宮の資料は機密に触れるものが多いのです。普段から機密保持には気をつけねばなりません――
まあいいでしょう、自分で確認します。
まずい……!
ん……?
部屋には誰もおらず、机の上の書類の並びは以前のままで、移動した痕跡はない。
……
チンイェン、もう大きいのに、まだかくれんぼがしたいのですか?
ね……姉様……
大理寺少卿として、犯人を追って学校までいらしたのですか?
大理寺の事件捜査で、過去の資料を調べたいのです。ね……ジィン教授、どうか協力していただけませんか。
構いませんよ。大理寺の正式な事件捜査であるなら、公文書を見せてください。
……急いで出てきたので、執務室に忘れてきました。
そうですか。では大理寺に直接電話をして確認しても問題はありませんね?
ま……待ってください!
教授? 大丈夫そうですか?
あの……警備員を呼んできましょうか?
こほん……
(許しを請う眼差し)
……
問題はありません、私が失念していただけのようです。少し前に別の先生に資料を取ってきてもらうよう頼んでいたのでした。
無駄足を踏ませてしまってすみません。
そんなこと! 問題ありませんよ。それではお先に失礼しますね!
さてと、これで二人きりですね。
あ……ありがとうございます……
はぁ、チンイェン……
これまで君のことは分別のあるしっかりした子だと思っていたのですよ。楽(ラウ)くんに君の話をするたびに、チンイェンを手本にするようにと言い聞かせてきたのです。
それが一体何をしているのですか? 君の今の姿を御覧なさい。大理寺少卿でありながらこそこそと、みっともない。
事件の調査です……
どのような事件であれば堂々と調査できず、正常な手続きも踏めないのですか。
古い事件です……死亡した人物はかつて百灶学宮の学生でした。ですがつい先ほど、学宮のデータベースの中に、この人に関する情報が全く見つからないことを発見しました。
学宮に入学した学生は、皆ここのデータベースに資料が残ります。君の言うその人物……学宮の学生であるという情報はどこで得たのですか?
大理寺に保管されている資料です……
大理寺の資料は直接礼部から取り寄せたものです。しかし礼部の文献は学宮のものと一致しません。どちらかに誤りがあるに違いありません……
学宮のデータベースが、何者かによって改ざんされた可能性はありますか?
ありえません。
学宮は、炎国を統治するために人材を輩出するという重要な使命を担っています。全ての学生の資料は厳重に保管されており、取扱いにおいてはいかなる過ちも認められません。
資料を修正する権限を持つ人物が存在するというのならば、それは……
それは……?
いや……やはりありえません。
変な妄想はやめて、早くここを出なさい。
じきに食事時です。人通りが多くなりますから、君がここにいることをまた誰かに見られでもしたら、さらに面倒なことになります……
それと、今後はもうこのようなバカげた真似はよしなさい。
食事……
我々は百灶へ調査のために向かうのです。どうして、旅行ガイドをチェックしているのですか?
これ全部、親父が手紙の中で言ってた場所なんだよ。
「守拙園」に「明徳書局」……それと親父の学生時代、校門近くに「尚蜀小館」っていうお店があって、回鍋肉(ホイコーロー)が絶品だったんだって!
今回百灶に行ったら、親父が言ってた場所を全部回ってみたいんだよね……
学宮の付近に……「尚蜀小館」という料理屋はありますか?
おや? 尚蜀料理が食べたくなりましたか?
けれど、その店は三十年以上前に閉店しましたよ……妙ですね。君がなぜその店を知っているのでしょう?
三十年以上前? 本当ですか?
ええ。あれは……ああ、思い出しました。1065年です。私がまだ学生だった頃です、間違いはありません。
「尚蜀小館」は学宮から近く、値段も手頃だったため、学生の間で人気でしたからね。
しかし、その年尚蜀が天災に見舞われて、店主が郷里に帰りましてね。当時の学生たちは自発的に募金も行っていました。
……ヴィクトリアに長く住み、1074年に初めて炎国に来た者がなぜその店を知っている?
まさか……
彼は以前炎国に来たことがある、あるいは……そもそもヴィクトリアの帰国炎僑ではなく、炎国人だった……
どうしたのですか?
もしも……礼部におけるグー・チュエンの情報が誤りであり、かつて彼が間違いなく学宮の学生だったとしたら、学宮のデータベースから必ず手がかりが見つかるはず……
ホァンの生年月日から遡れば……
この学籍システムで、1052年から1062年の間に入学した学生の情報を検索できますか?
君は……
お願いします。協力してください。本当に重要なことなのです……
毎年何千という学生が学宮から入学します。一気に十年分もの資料を調べようとすれば、どれほどの時間がかかると思いますか?
その者は礼部に勤めていましたので、学宮でも恐らく礼部付属の学院にいたはずです。これで少しは範囲が狭まるかもしれません。
……君の探すその人物が要職に就いていなければ、1055年以降から探せばいいかもしれませんね。
その年に制度改革が行われ、学宮の運営方針が単なる行政機関への人材の輩出から教育の普及へ変わりました。そのため募集の枠を広げることとなったのです。
……ありがとうございます!
急ぎなさい……猶予は一刻しかありません。
あった。
……顧笙(グー・シェン)。
男、1037年琅珆にて生まれる、1055年百灶学宮入学、礼部付属の教育科に入った……学宮制度改革後に入学した一期生。
在学期間中、全ての科目で甲等一級の成績。しかし……修了していない?
資料の更新日時は……1062年?
この資料は……行方不明者記録?
「グー・シェンおよび妻と娘は、1062年に失踪。以上をもって記録を終了し、資料を保管する。」
彼は百灶にいた頃からすでに家族がいた……一家三人、全員が失踪……
1062年……なぜよりによって1062年?
もう一度確認します……
あなたは1062年、ヴィクトリアで生まれた。間違いありませんね?
そうだよ、物心ついた頃から、私はヴィクトリアで暮らしていた。
私は、どこで生まれたかと聞いているんです……!
そんなの覚えてないよ――
グー・チュエン……グー・シェン……
チンイェン、そろそろ時間です。行きますよ。
彼は何て言ってた?
ダメでした。こねた麺の生地がやはり使いものにならないと。もう一度やりましょう。
でも、これで二十回目だよ!
焦らないでください。丸一日練習して、技術と力加減の問題は大幅に改善されています。挑戦するたびに進歩しているのですから、成功もそう遠くないでしょう。
ほんとごめんね。こんな時間まで付き合ってもらっちゃって。君も一緒になって辛い思いしなくていいのに……
そんなこと。平気ですから、気にしないでください。
こんなに熱心に手伝ってくれるなんて、シィンズゥちゃんにとってもあの点心が本当にあるかは重要なんだよね?
よし! ちょっと待っててね。すぐに生地のこね方をマスターして晩ご飯に麺を作ってあげるから。
先ほど……何かわたくしに言おうとしていませんでしたか?
何の話?
いえ……何でもありません……
客観的に見て、あの小さな料理長のレシピはすごく綺麗に分かりやすくまとめられています。彼もまさか、ホァン様にとって最大の難点が麺をこねることだとは予想していなかったことでしょう……
そんなフォロー入れなくてもやるよ!
ごめんなさい……
だけど、私にもどうしようもないんだよ。こういう体質なんだから……動くと体温がすぐに上がって、数回こねただけで生地がぱさぱさになっちゃうんだ。
小麦粉に水を加えて、水を加えたら小麦粉を加えて、そしたらまた小麦粉を加えてまたまた水を加えて……元々はこぶし大だった生地が、今じゃ頭くらいになってる!
ホァン様の体質は確かに珍しいですね……
とはいえ前向きに考えれば、麺さえうまくこねることができれば、この長寿麺は習得したようなものですよ。
ところでホァン様はあまり料理の経験がないのに、包丁さばきはなかなかお上手です。
ロドスにいた時――ロドスって言うのは私が働いてる場所なんだけどね、非常時には私みたいなエリートオペレーターはみんな、自分で自分の手術をするんだよ。
小さな料理長がやるように滑らかに野菜を切るならともかく、そうじゃなければメスも包丁も使い勝手はあんまり変わらないかな。
傷口を縫う時に鍛えた腕で、服の修繕もできるくらいにはなったかな。
まさか……ホァン様のお仕事がそんなにも危険なものだったとは……
まっ、誰だって、何にもできないところからちょっとずつ学んでできるようになってくものでしょ。
ああ、考えてたら腹が立ってきた。新しい技術の習得なんてそんなものなんだから、あのちび料理長はもうちょっと辛抱強くなれないのかな!
あれ? 待って、その力加減で合っていますよ。そのままこねてください!
私は、まだ、夜ご飯すら、食べてない!
その怒った感覚を保ちましょう! 折り畳んで、こね続けてください。もっと怒ってもいいですよ!
ダメだ、もう怒れないよ……料理長の作った麺は本当に美味しいんだもん!
ダメだ。もう力が入らないよ――
疲れたぁ……なんで料理が戦闘訓練よりも疲れるの……
うーん、確かにホァン様にしてみれば難儀なことかもしれません……
もうあのおちびに言われるのは嫌だ! シィンズゥちゃんが先生になってよ。美食家なら、料理も人に教えられるでしょ!
ご容赦ください……料理の腕に関して、わたくしは料理長の足元にも及びませんよ。
それにお恥ずかしい話ですが、実のところわたくしは自分のために作られた長寿麺を食べたことがないのです。
そうなの? 長寿麺ってただの麺でしょ? 色んなお店で食べてきたんなら、食べてそうなものなのに。
確かにわたくしがこれまで訪れた多くのお店で長寿麺が出されていましたが、長寿麺は誕生日の時に食べてこそ意味があるのではありませんか?
誕生日の日は、家にいなければなりませんでしたので、わたくしはいつも誕生日を家で過ごしていたのです。
だとしても、両親は作ってくれなかったの?
両親には会ったことがありません……
えっ、ごめん。
両親に会ったことはありませんが、別の家族がいます。誕生日のたびに、家ではわたくしのためにそれはそれは賑やかな宴席を設けてくださいました。
あのような場では、長寿麺など、恐らく重要なものでもなかったのでしょう。
わたくしは、これまでずっと誕生日が来るのが少し怖くもありました……
君の誕生日を気にかけてくれる人がいるんだから、それはいいことなんじゃないの?
どういう感覚なのか、わたくしも上手く言葉にできません。誕生日のたびにたくさんの人に囲まれ、笑顔を求められたり、涙を期待されたりするように感じたのです……
けど、わたくしがそこにいようがいなかろうが、重要ではないようでした……
わたくしの話はよいのです……ところで、ホァン様はヴィクトリアの方ですよね。あちらにも長寿麺を食べる風習があるのですか?
私はただヴィクトリアで育っただけで、両親は二人とも炎国人だから――少なくとも血筋上はね。
子供の頃から誕生日になると母さんが長寿麺を作ってくれたんだ。味も特別なものなんかじゃなくて、ただの家庭料理だったよ。
それから家を離れて、母さんのご飯を食べられなくなってからは、誕生日を祝うこと自体を忘れてたな。
あの日の晩まではね……
調味料のパックに、かやく……ソーセージも二本くらい足しちゃおう。へへ……どうして食堂の明かりがついてないんだろ?
うわ! なんでいるの? ビックリした……
シッ、静かに。
いやそれより、こんなに夜遅くに寝ないで食堂で何してるの?
……Ace、どうしてそんな神妙な面持ちで見てくるの……また緊急任務か何かじゃないよね?
お前が持ってるのはなんだ? カップ麺か?
午後は訓練場にずっといたから夜ご飯が足りなかったんだよ……!
別にエリートオペレーターになってもカップ麺くらい食べてもいいでしょ!
あなたの隊長は、いつもの如くジャンクフードをお腹に詰め込もうとしているのを責めているのではありません。彼は……
今日は誕生日だというのに、そんなものを食べるのかとあなたに聞きたいんです。
誕生日……?
でもケルシー先生が……
だから静かにしろと言ったんだ。
あまり派手に騒ぎさえしなければ、彼女ならたとえ聞こえても知らないふりをするだろう。
どちらかというと、君の誕生日会を開いてほしくて、ケルシーが私たちの外勤任務の空きをわざと一緒にしたのではないかと疑っている。
彼女からの誕生日の祝福として受け取っておくといい……想像しがたいとは思うがな。
ブレイズ、あなたは私たちの一員でロドスの仲間なのです。一人ではありませんよ。
みんな……その、ありがとう!
よし、零時になったな。誕生日おめでとう、ブレイズ。
誕生日おめでとう、ドラ猫さん!
誕生日おめでとう。
誕生日おめでとうございます! それと本艦を留守にしているアーミヤさんから祝福の言葉を預かっています。お誕生日おめでとうございます、いつまでも楽しく健康でありますように、と。
ウサギちゃん……
さて、ロウソクを消してケーキを切る準備をするか、それともやっぱりカップ麺を食うか、どうするか決まったか?
あんなにたくさんの人に誕生日を祝ってもらったのは、あれが初めてだったな。あのカップ麺が「長寿麺」になったんだ。
私が誕生日パーティーをしたがってたのをみんな知ってたんだけど「これが欲しかったんでしょ」って誰一人言わなかったんだよ。
みんな、なんの変哲もない感じで普通に祝ってくれた。何回もやったことのある誕生日パーティーのうちの一回にすぎないようにね。
そういう「普通」の感覚が好きなんだ。
……
なんだか、羨ましいですね……
そうだ! 誰かが自分のために作った長寿麺を食べたことないなら私が作ってあげるよ!
ですが、ホァン様は麺をこねることすらできていませんよ……
麺はこねられないけど、出来合いの麺の茹で方なら知ってるよ。乾麺がないかジャンに聞いてくる。
待ってください……手打ち麺……乾麺……
いけるかもしれません!