挽歌が灰に還る時 EA-6・戦闘前
迷い人
つまり、返し火の儀を行うためであっても、街へ行く気はないってことだよね?
あなたから伺った状況はあまりに異常ですし、あなたのお言葉だけで都市の住民の生死を確かめることはできませんので。
それに、返し火の儀はあくまで葬儀にすぎませんから、過度な期待はなさらないでください。
……そう。それなら、もう戻ってもらって大丈夫。どうあれ、キミたちの協力に感謝するよ。
我らの同行がなくとも、ナ・シアーシャへ戻られるのですか?
モランたちはすっかり馴染んでいるようだし、もう心配ないでしょう。ネモスからの頼みも聞き届けたし……
やるべきことはもう、他にないから。
どうかお気をつけて。
うん。
赤き龍はひとり、来た道を再び歩み始めた。昨日の出来事は今や、まぶたに映るおぼろげな影のようであり――
また、小さな炎のようでもあった。
「返し火」……
死にに戻る決意が固まったのか?
あなたは……
ちょうどよかった、少し聞きたいことがあったんだ。もし力を貸してくれるなら――
お前は赤き龍の歴史を学ぶ上で、ラヴラーハという不運な男の物語を聞いたことがあるか?
――えっ?
ハッ、知らんようだな。
長年家を出ていて久方ぶりに王城に帰ってみれば、愛する弟の顔も見ぬうちに衛兵に連れ出され、剣で胸を刺し貫かれて死んだ男さ……
その話なら、知ってるよ。
お前もその男のような底なしの間抜けになるつもりか?
ここを離れろ。お前は姉に会うことができ、そのうえでまだ生きているというだけでも、ラヴラーハより随分とマシな境遇だろう?
ラヴラーハとアリルの物語と、私とエブラナの物語は違うから。
……ふん、それなら余計なお節介だとでも思ってくれ。それで、聞きたいことというのは?
街で行う返し火の儀式について聞きたいんだ。
本当は儀式の準備をしてくれる人を探していただけなんだけど、あなたはターラーの歴史や故事に詳しいみたいだし、力になってもらえないかなって……
歴史に故事か。
では、歩きながら話すとしよう。こちらへ。
でも、黒き森は向こうでしょう。
その黒き森にいた時と同じように、私についてこいと言っているんだ。
……王城の遺跡?
ここなら前に来たことがあるよ。源石が密集していて、安全とは言えな――
歴史と故事を知りたいなら、ターラー中でここ以上に*古代ティェンゲ語スラング*な王城はほかにない。
今、どんな王城だって言ったの?
チッ、気にするな。
黒き森で助けてもらったことには本当に感謝しているけど、今は急ぎの用事があるから、あまり時間が取れなくて……
用事というのは、死にに行くことを言っているのか?
お前と姉は本当に似ても似つかんな。あいつは呪われた炎を持ってこそいるものの、赤き龍としては典型的な性格をしている。傲慢で他人の言葉など少しも耳に入っていない。だがお前は――
確かに私たちは似てはいないけど、姉さんはあなたが言うような人じゃないよ。
だが、お前たちがどれほど違っていようとも、赤き龍は争いに身を投じる定めにある。お前がただ巻き込まれるばかりの存在であろうともな。
そして、争いがもたらす結末は一つ――お前の死か、彼女の死だ。
……
つまり、どちらかは死ぬことになる。ならば何を焦ることがある?
もう少し落ち着いたらどうだ、若人よ。じきに目的地だ。
着いたぞ。この祭壇だ。
祭壇って、中央にあるあれのこと? でも、あれって……炉じゃないの?
「ターラーの戦士すべての武器を熔かし、王朝の運命を覆したという伝説の炉」……死した戦士を蘇らせるというあの溶炉。
ハッ、今の連中はそう呼んでいるのか? 仰々しい響きだが、「祭壇」より力強く聞こえるな。
だが残念ながら、あれは他より大きいだけの単なる祭壇だ。王城はあの祭壇を中心に建てられたものでな。ゲル王の戴冠式に用いられたストーンサークルが元になっているんだ。
そして老いた赤き龍が死んだ時も、人々はここで返し火の儀を行っていた。
返し火っていうと……
お前があの石頭どもと見たものと同じ儀式だ。奴らときたら、幾年も過ぎた今になってもよく隅々まで覚えているものだな。
だが、当時の返し火は、かがり火に火を灯すだけで終わるようなものではなかった。
マイリェードの婆さんの時代には、ゲル王の位を継いだ赤き龍の兄弟や姉妹は、ただ水ぶくれができるまで炎に腕を突っ込んでいるだけで済むようになっていた。
しかし、これは伝説に過ぎん話だが、さらに昔まで遡ると――王の兄弟や姉妹は皆、炎の中へ身を投じて葬られねばならないという頃もあったそうだ。
……
随分顔色が悪くなってきているぞ。
彼が手を上げると、袖口から流れ出た紫の炎が、祭壇の中で燃える同じ紫色をした炎の中へと流れ込む。
炎は、母の腕で眠る赤子のように、静かに呼吸していた。
あなたの炎も紫なの?
というか、あなたはドラコだったんだね……まさか――
この件についてだけは驚くほど鈍かったな。だが、もう逃れられんぞ。腕をこの中に入れるんだ。
なっ……
ナ・シアーシャへ火を返したいのだろう? ならば腕を出せ。
赤き龍は黙り込み、腕を伸ばして溶炉の中の火種に触れた。すると――その炎に相変わらず温もりはなかったが、想像していたほど冷たくもなかった。
お前をここに連れてきたのは、お前に見せてやるためだ。
今のターラーの悲劇も、赤き龍に長らく付きまとってきた汚名も……すべては残酷な運命の繰り返しに起因することなのだと。
私はお前の姉と同じ、死の炎を吐く異端者だが、もはや死者に無礼を働くつもりはないし、その力もない。ただ、この地で命を落とした者たちを……
彼らの運命を見せに来ただけだ。
……あなたであろうと、そうして死を軽んじ、犠牲という言葉で正当化するのは許されないことだよ。
あなたを殺したヴィクトリア人は、もうみんな追い払ったのに!
最後に残ったあのガキも、私の前で……死んだのに……
あなたも……それをただ傍観していた人間の一人ということ?
……これは、ある戦争での場面だよ。
戦いの相手はヴィクトリア。エブラナは、ターラーの持つべき権利をアスランの手から取り返そうとしたんだ。これは、その戦争の最終局面。
……
違う……あれは喜びなんかじゃない。それとは真逆の――
私とエブラナの育ての親だった、ワーウィック伯爵。
エブラナは言っていたよ。伯爵はターラー人に希望を見せたけど、それは水を求める旅人を狂わす幻のような、見えこそすれど決して届かない希望に過ぎなかったと。それが彼の行ったすべてだった。
当時彼の手には細い糸が握られていた。その糸は、ようやく名前を取り戻したターラー人と、ずっと権力を握り続けてきた抑圧者を繋ぐものだった。
……そしてその糸というのが、姉さんと私だったんだ。
今思えば……最初に紫の炎に侵されたのはあの人だったのかもしれない。
……ハッ。
お前は姉への同情心のみならず、深い理解をも持ち合わせているようだな。道理で奴を殺そうとしないわけだ。
だけど、私は絶対に姉さんのようにはならない。それに、大人しく首を差し出すつもりもないよ。
この一連の出来事、あるいは歴史と言うべきかもしれないけど――これを振り返らせたのは、私に何を証明するためなの?
ターラーの歴史は、単なる過去の残骸を積み重ね組み合わせたものにすぎないということを証明するためさ。私もお前と同じ物を見てきたが、新しい発見など何一つなかった。
でも、私が見た物は過去の残骸なんかじゃない。あれは……炎の根源だった。
ナ・シアーシャを包む炎は確かに姉さんのものだけど、それと同時にあの血塗られた過去の背後にある、巨大で行き場のない悲しみでもあるんだ。
戦争が……ううん、戦争より前からずっと続いてきた苦痛や抑圧、奪われ続けてきた物が、みんなの心に火を灯したんだよ。
姉さんはそうした悲しみを憎しみに変えて、ターラーの原野を焼き払い、ヴィクトリア人を追い出した。
でも、今はもう悲しみを復讐で覆い隠すことはできない。だからその炎は彼ら自身を焼き尽くして、次々と生ける屍へと変えていくしかなくなっているんだ。
悪くない要約だな。だが、たった一度の返し火で、街で起きているすべてを解決できると本気で思うのか?
私には、それ以外の道は残されていないから。
確かにな。だが、果たしてその道はどのように歩むべきだと思う?
さあ、来い。お前の分は見終えた。次は私の番だ。
(古代ティェンゲ語)泣くな、泣くんじゃない。あいつはただの雲獣だろう。
(古代ティェンゲ語)でも、「灰の爪」はあたしが小さい頃から育ててきた子なんだよ……
(古代ティェンゲ語)ねえパパ、みんなが言ってたのを聞いたの。パパの炎はみんなとは違うって。パパは生きてる人を治すことはできないけど、死んだ人を元に戻せるんだって……
(古代ティェンゲ語)あれは戻しているわけじゃない。動いているだけの抜け殻だ。
(古代ティェンゲ語)それでもいいからお願い、パパ……もう一度「灰の爪」の鳴き声が聞きたいだけなの……
紫の炎が……獣の群れに?
それで、結局その炎はどうやって鎮めたの?
ここは……ナ・シアーシャの要塞にあった廊下……?
ここで……何が起きたの?
愚かなラヴラーハは、お前が見たような過ちを幾度となく繰り返すうちに弱っていき、己の死期を悟り始めた。
そうして、サウィン祭の前夜にふと思い立ち、遊牧生活で手に入れた最上級の贈り物を携えて、二十年ぶりに弟に会いに来たんだ。
儀式を司どる祭司たちを説得し、弟に引き合わせてほしいと頼んでな。
祭司たちは彼の思いに心を動かされ、彼を城の中に引き入れてくれた。だがいつの間にか、彼を案内する者の声も、姿も、態度も、何もかもが変わってしまっていたんだ。
彼は、この廊下へと連れられてきて――
……
兄の処刑を命じたアリルは、恐らく扉の向こうのバルコニーにはいなかったのだろう。私は死の間際まで目を見開いていたが、あの隙間からはあいつの炎は見えはしなかったから。
私は一体何を間違えたのだろうな。
街の祭司が、私を王族として遇したことが弟の機嫌を損ねたのか、あるいは何も言わずに二十年もの間離れていたこと自体が、弟からすれば裏切りと取れることだったのか。
もしくは……処刑を命じたのは別の者で、弟はそれに従っただけなのかもしれないが。
私には何もわからない。
あの瞬きの間に終えられた殺人の中、私がその場で、深く確信したのはたった一つ――
赤き龍は決してその恨みを捨てず、ターラーの歴史よりも長く胸に宿し続けると言うことだ。
だが、お前に伝えたいことはそれだけではない。
私の死後、アリルは部下に命じて私の棺を王城内で引き回し、その末路を皆に見せつけた。
すると、かつて私が一族と共に滞在していた牧場すべてにおいて紫の炎が燃え上がり、その炎に侵されていた者は例外なく命を失い、死だけがその場を支配した。
それから七日後、祭司たちは黒き森の外に広がる荒野で、私に返し火の儀を執り行った。そうして返し火が消えると、牧場で燃えていた紫の炎も徐々に消え始めた。
そこでようやく、死後もかすかに残り続けていた私の意識は、完全に暗闇に飲まれるに至り――
炎に侵されていた生命は、獣も人も……すべて灰と化した。
お前の姉は、嘘などついていない。彼女が死なない限り、炎は広がり続けるだけだ。
……
しかし彼女は、この上なく赤き龍らしい人物でもある。ゆえに人々を生き延びさせるために己の命を投げ出すような気高さなどないはずだ。お前を帰らせたのも、何かの罠に違いない。
だから逃げろ。助けを求め、声を上げるんだ。奴と渡り合える者を探し出し、いつまで広がり続けるか知れない炎を消してほしいと頼め。手立てはもはやそれだけだ。
だけど、もし姉さんが、ダンスパートナーに相応しいのは私だけだと決めてしまっていたとしたら?
それに私が、まだ救えるかもしれない街の人たちを見殺しにはできないと思っているとしたら?
それで、生きている人間に返し火を行おうと?
そういうこと。
生者への返し火に効果がないとしたらどうする?
……
いずれにせよ、私は戻るよ。
しばらくのち、ラフシニーの耳にため息だけが届いた。
(古代ティェンゲ語)やはり愚かさと頑固さというのは、代々受け継がれてしまうものなのだな。