挽歌が灰に還る時 EA-8・戦闘前
夜明けの時
ネモスは棺を要塞の外へ引きずり出した。
彫像がそびえ立つ広場には誰もいない。外出禁止の時間になった今も、彼女は炎に身を焼かれながら、赤き龍の棺を引いていた。
彼女が通れば、闇は退く。彼女が去れば、闇が再びその場を支配した。
ふふっ、クランさん……あなたが本当に羨ましいです。
あんな大きな彫像を引きずれば、たとえ眠っていたとしても、誰もがその音で目覚め、騒いで外へ出てきたことでしょうから。
それに比べて、私はどうでしょう?
まさか「赤き龍は死んだ」と叫んで回れとは言いませんよね?
頭を上げ、彫像と目を合わせる。紫の炎を宿したその目は、彼女に何の答えも返さなかった。
ネモスは、何年も前、霊の守人たちと共に死者の前で歌った歌を思い出した。当時葬儀に参列していた街の人は、途中で歌詞を忘れる者も多かったとはいえ、声を合わせて歌っていた。
……ターラーの人たちが、ああした古い歌を今も忘れていなければいいんですが。
そういえば、あなたの死を告げるにあたってはどんな歌を歌えばいいのでしょうね、赤き龍よ。
いっそ『ティム・フェンの通夜』でも歌いましょうか。もしかすると、あなたの葬儀でもあの曲にあるように皆が乱闘を始め、酒を死者へとぶちまけて、あまりのにおいに死者が蘇るかも。
いえ、やめておきましょう。あなたの復活など誰も望んでいませんから。
そうして彼女は、ふと脳裏に浮かんだ曲を口ずさみ始めた。
寒風が山と丘を抜け、黒雲が沼と谷を覆う……♪
夜明けに出会った旅人は、黄金の原野への道を尋ねてきた……♪
はぐれ者の守人はかすれた声で歌いながら、燃える棺を引き歩いていく。彼女の記憶に深く刻まれた、かつて人々が暮らしていたナ・シアーシャのあらゆる場所へと。
そうして人家の前を通るたび、紫の炎が窓を照らしていることを、そして霊の守人の挽歌が中へ届いていることを確かめるために、しばらく立ち止まっていた。
歌えば歌うほど、その炎は彼女の身体を親しげに包み込み、鈍った感覚を貫いて、歩くたびに苦痛をもたらしてくる……
だが同時に、どの窓からもかすかな音が聞こえてきた。
ターラー語教室? キーラン、それってタダじゃないんだよな?
この値段なら……まあいいか。酒を多少我慢すればいいだけだし。
*ヴィクトリアスラング*、キーラン、あの時俺がもっと力になってやれてたら、お前がヴィクトリア人に捕まることもなかっただろうに……
クソッタレの黒い霧め。赤き龍がこの霧を払ってくれないってんなら、俺がやってやる!
寒風が山と丘を抜け、黒雲が沼と谷を覆う……♪
夜明けに出会った旅人は、黄金の原野への道を尋ねてきた……♪
誰だ? ……ネモスか? こんな夜中に何を歌ってやがるんだ?
あいつが引きずってる、あの燃えてるもんは一体……
ねえあなた、ターラー人のために何かしたいからって、何も軍隊に行かなくてもいいじゃない?
……わかった。ここでずっとあなたの帰りを待っているわ。私たちが自由を勝ち取るその日まで。
はあ、やっと静かになったわね。手が痛い手が痛いっていつまでもうるさいのよ。腕を丸ごと失くしてるのに何が痛むって言うの? そう言えば薬がもらえるとでも思った?
あなたなんて、いっそ帰ってこなければよかったのに。こんなことになるくらいなら、一生あなたを想い続けるほうがマシだったわ……
私は言った……♪ どれほど長き旅になるかはわからない……♪
だが望むなら、共に歩もう……♪ 黄金の原野へ続く道を……♪
これって、死者を悼む歌じゃない?
あの紫の炎……死者ってまさか……!?
何!? 敵が黒き森へ侵入し、街の外まで来ているだと!?
ネモス、俺はもうじっとしてはいられない。徴兵所はどこだ? すぐに武器を持って向かう!
窓の中に光はなく、人の声もしない。
右へと曲がり、不滅の王城を過ぎ、美酒の川を渡って……♪
川辺で喉を潤したなら、黄金の原野への道を行こう……♪
ねえネモスさん、戦争が終わったら、クランさんと一緒にここに住んでよ。
そっか、残念。僕の代わりに、クランさんにご飯を作ってくれたらと思ってたんだけど……
ラフシニー殿下が戻られる前に……工房の扉を直しておくべきかもしれませんね。
(鼻をすする)
願わくば君が黄金の原野を見つけられますように……♪ 裏切らぬ帰るべき場所を火中で見つけられますように……♪
さすれば君は迷わずに、原野への道を往けるだろう……♪
死に飲まれかけた霊の守人が歌ったところで、誰を目覚めさせられると言うんだ?
お前は自分自身すら目覚めさせられてはいないというのに。
……
どうあれ、ブリギッドよ、我が血をかすかに受け継いだ愚かな子よ……
どうかここには戻ってくるな。
この街に、お前が命を懸けるほどの価値はない。
ネモスは、その夜まだ足を踏み入れていなかった最後の通りへと歩いていた。
ナ・シアーシャのほぼ全域を歩き回る中で、彼女にはどの扉の向こうからも喧騒とざわめきが聞こえていたが、それでいて彼女のために開かれる扉は一つもなかった。
はぐれ者の守人は徐々に感覚を失っており、その声もだんだん弱々しくなっていた。記憶にあった守人の歌ももはや歌い尽くしつつあり、『ティム・フェンの通夜』もとうに歌い終えていた。
そうして、彼女は本来なら歌いたくはなかったあの最後の一曲を、歌わざるを得なくなった。
……
明け方の黒き森へと踏み込んで、霧を呼ぶ……♪
戦場に続く道へと踏み出していく……♪
ネモス……
……エマさん!
すぐにあなただとわかりませんでした。あなたは……まだ……
いいえ、私はもう持たないわ。じきに死ぬの。さっきまで……このまま、ベッドの上で死にたいと思って……横になっていたのよ。
全身の関節が痛んで、喉が焼けるように熱くて……最近は、いなくなった人の姿ばかり見えるの。
だけどそんな時に、あなたの歌が聞こえて、棺を引くあなたの姿も見えて! どうせ死ぬんだから、出てもいいと思って……こうして出てきたの……げほっ、げほっ!
黒い霧は、どこなのかしら?
森にいるかもしれませんし、街にいるかもしれません。あるいは背後へ迫っているのかもしれませんが、わかりませんし、興味もありません。
ふふ……ふ……そうね、私も……興味は、ないわ。
一つだけ、聞かせて……それを聞けたら、安心して、死ぬことができる……こんな苦しみからも、解放されて……
(荒く呼吸する)……その棺の中にいるのは……本当に……私たちの、赤き龍なの?
玄関の階段上によろめきながら立つエマは、今にも崩れかけている薪のように――絶望の炎を上げながら、塵に還ろうとする薪のように見えた。
はい。私がこの手で、赤き龍の遺体を棺に納めました。
あの方は、なぜ亡くなったの……
誰が殺したの?
誰が!?
エマの弱々しくも怒りに満ちた虚ろな声が、通りに響き渡る。
誰なの!?
誰なんだ!?
誰がそんな真似を……
その問いは幾度も幾度も聞こえてきた。
ネモスが振り返っても、通りには相変わらず誰もいなかったが、彼女にはそれを口にしていた人々の姿がはっきりと見えていた。
固く閉じられた無数の扉の向こうに潜む、エマと同じく血走った目の持ち主たちだ。
ネモスはそびえ立つ要塞の方へ目を向けたが、そこには何もなかった。
あなたたちはまだ……復讐を……望むのですか?
そうよ。この身体が、動く限り……
赤き龍のために、復讐を。
ネモスは絶望と共に身を翻した。
そうしてもはや歌いもせず、ただ棺を引いて一歩ずつ広場へと歩いていく。
待って、ネモス、待って!
何度言えばわかるの、黒い霧。エブラナはもう死んでしまった、私がこの手で殺したんだ!
遺体はネモスが引いている棺の中にあるってことを、みんなに伝えないと――それを知ったうえで炎を返さなきゃ、紫の炎は消えないんだから!
はぁ、はぁ……
エブラナが約束なんて気にかけたことがある? そこまで彼女との約束を信じたいのなら――
ラフシニーは少しずつ後退するうちに、行き止まりへと追い詰められてしまった。その時、彼女の槍の穂先から灼熱の炎が迸り、冷たく光る植物を溶かした。
それなら、はっきり教えてあげる。赤き龍はもう、キミの目の前にいる一人しかいないんだ。
何を約束されたかは知らないけど、それを与えられるのはもう私だけだよ。
遠くから扉が開く音が聞こえたでしょう?
あれはネモス以外に、今夜初めて夜の外出禁止令を破った人が家を出た音だよ。
その人のためにも、その人に続いて街へ出てくる何千人もの人たちのためにも、キミにはここで止まってもらう。
私がナ・シアーシャに託した答えが失敗に終わり、人々が生ける屍と化して黒い霧に食らいつき始めるまでは、暗闇に踏み込んだ者の命を奪う権利なんてキミにはない。
これが傲慢だというの?
ターラーのために必要なことなら、私は今よりもっと、もっと傲慢になってみせるよ。
赤き龍はそれきり口をつぐみ、ただ槍の穂先に命の炎を燃やした。
そうして彼女は、氷のように冷たい枝を避けもせず、身体中に次々と傷跡が刻まれていくことも構わずに、前へと進んでいった。
巨大な彫像の下に立つ、二つの小さな人影は、まるで亡霊のように見えた。
だがネモスは、広場にいるのがエマと自分だけではないように感じていた。ナ・シアーシャ中の人々が集まっているかのように、無数の人々がそこに立ち並んでいるかのように思ったのだ。
彼らは身に着けた源石ランプの不気味な紫の炎を輝かせながら、その場を見て、聞いていた。
否、正確にはランプだけが輝いているのではなく……彼ら自身もまた同じ炎を燃やしていた。
赤き龍を殺したのは……
ネモスにはわかっていた。彼らは何一つ変わっておらず、今も呪われるべき名が彼女の口から語られるのを待っているだけで、その後はその名の持ち主を、あるいは己を滅ぼすばかりだということが。
ラフシニーの名を挙げたとて、赤き龍が二人いたなどと信じる者はいないはずだ。
ならば、誰の名を挙げればいいのだろう? 生と死を手のひらの上で弄ぶあの赤き龍を、誰になら殺せるのだろうか?
……いっそのこと、黒い霧か、ヴィクトリア人がやったとでも言おうか。ネモスの脳裏にふと、抑えきれずそんな考えが浮かんだ。
「復讐」こそ、正しい選択だ。この狂人たちを黒い霧へと駆り立てて、あの赤き龍のために死なせてやればいい。
そうすれば、望まれた復讐すべてが叶うのだ。紫に染まったこの街は滅びることになるだろう。もとより恥辱のうちに生まれた街なのだから、狂気の中で死んでいくのがふさわしい。
そうだ、皆死ねばいい。この街に残った人々も、ここから出て行った者たちと同じように、霧の中へと消えていけば――
……明け方の黒き森へと踏み込んで、霧を呼ぶ……♪
ネモスは巨龍の骸骨の彫像を振り返り、ついこの間のことを、混乱と悲しみに満ちた夕暮れを思い出した。
彫像を広場まで引きずっていったあの人は、何を思っていたのだろう? 心の中でどんな歌を歌っていたのだろう?
もしかするとそれは、遥か昔のことのようにすら思えるあの日、一緒にテオを救った時に、あの子に教えたこの歌だったのだろうか?
その瞬間、彼女にわずかに残った理性が、死に至るほどの怒りの炎の中からあるべき答えを掴みとった。
物語の始まりから今に至るまでずっと漂い続けてきた、赤き龍の、姉妹の、鏡と影の、命と死の炎にまつわる答えを。
うっ、うう……クランさん……
っ……もしも、あなたが……命を賭してまで、この人たちを守ろうとして、いなければ……
……
赤き龍を殺したのは、他でもなく……赤き龍……
彼女自身です。
目の前の女性は呆然とネモスを見つめていた。その声が少しも届いていないかのように。
ゆえに、ネモスは力いっぱい、街全体に向かって大声を上げた。
赤き龍こそが、自分自身を殺したのです!
知らぬ間にあなたたちの身に炎を灯してしまった赤き龍は、皆さんがその炎に焼き尽くされぬようにと、己の命を差し出したのです!
彼女はあなたたちを守るために死んだのに、あなたたちは……
無意味な復讐のために、彼女が命と引き換えに得たすべてを無駄にするつもりですか!?
都市は沈黙し、紫の炎が揺らめく中、都市の入り口に漂う黒い霧だけが、獲物を待つように蠢き続けている。
赤き龍は……私たちに復讐をさせないために、自分の命を絶ったというの……!?
じゃあ……私たちは一体、どうすれば?
ネモスは目眩を覚えた。都市全体が同時に彼女に問いかけてきていたのだ。
血走った目は訃報にまぶたを閉ざすことなく、問いかけてくる。
食いしばった歯は訃報に力を緩めることなく、問いかけてくる。
青筋の浮いた腕は訃報に垂れ下がることなく、問いかけてくる。
沈黙、抑圧、そして困惑。
赤き龍の手で、復讐が最も強い形で否定されたのなら、この悲しみはどこへ向ければいいというのだろうか?
ニルス……まだ見ぬ私の子……赤き龍……誰か、教えて……
エマさん……
復讐すら叶わないなら、私に何ができると言うの?
私にはもう何もない。戦争がすべてを奪っていった……
どうやって生きていけばいいの? 教えて、ニルス……赤き龍……
誰でもいいから、教えてちょうだい。私は一体、どうやって生きていけばいいの?
あるいは、私は……あなたたちに……会いに行くべきなのかしら?
エマさん、いけません!
もう……これしか道はないでしょう?
明け方の黒き森へと踏み込んで、霧を呼ぶ……♪
ニルス、あなたなの? ようやく来てくれたのね?
……!
戦場に続く道へと踏み出していく……♪
笛の音も、軍鼓の音もなく……♪
背後に響く鐘の音ばかりが、霧を突き抜けていく……♪
やめてちょうだい!
その歌が私からニルスを奪ったのよ! なのにどうして、その歌を歌うの!?
エマはもはや狂気に囚われかけていた。そんな中、同じ旋律をそっと口ずさむ声が聞こえ始めたが、その歌詞は誰も聞いたことのないものだった。
夜盲症の女性が、霊の守人に手を引かれながら、ゆっくりと広場へ歩いていく。
もう一度、黒き森を抜け――♪
やめてと言ったでしょう!
――待って、「もう一度」って……?
……
恐れながら、私はこの歌に一節加えたいと思ったのです……
というのは、あの勇敢な人々が……私たちのもとを去った後、二度と会うこともできぬまま、私たちと同じように霧の中を永遠に彷徨い続けることなど、私は望んでいないからです。
……
もう一度、黒き森を抜け、霧を払う……♪
勇ましき者たちと永久に別れ、胸は痛む……♪
ゆえに夢路に幾度も旅立って、森にかがり火を灯そう……♪
再会のためでなく、ただ君が行く道を、霧を照らすために……♪
……再会のためでなく……君が行く道を照らすため……?
エマの目から涙が零れ落ち、やせこけた頬を伝った。
あなたの火を、赤き龍から授かった祝福を……返しましょう。
火を……?
この祝福を……私たちに宿る炎を赤き龍に返せば、彼らの行く道を照らすことができるの?
炎を赤き龍へと返せば、彷徨う死者たちも炎へと帰り、安らかな眠りに就けるでしょう。
そんな、嫌よ……私はただ……もう一度ニルスに会いたいだけなの……
こんな形で命を落とせば、あなたたちは霧の中で幾度もすれ違うだけです。
じゃあ……どうすれば?
生きるんですよ。
彼が自ら進んで霧の中へと踏み込んだのは、あなたが霧の中で迷わないようにするためなんです。
……
彼に火を返して、行く道を照らしてあげてください。そうして、時が過ぎ、人生がもう一度始まって、そのうちあなたの髪が白くなる頃……彼が、自分の願いが叶ったと知った時にこそ……
あなたたちは再会を果たすでしょう。
エマは顔を覆い、地面にくずおれた。涙がその指の隙間からあふれ出す。
モランは彼女に一本の蝋燭を差し出した。エマが嗚咽を漏らしながらそれを受け取ると、その手の中で蝋燭の炎が、瞬く間に紫色に変わっていく。
霊の守人と流民たちの歌声は、夜雨が止んだ後のせせらぎのようにゆっくりとナ・シアーシャの通りを流れていった。
清らかとも言い難く、まして激しい勢いもなく――それは数百年に及ぶ苦痛の歴史を流れる、今にも途切れてしまいそうな、塵と鮮血に塗れた、苦く濁った流れだった。
だがまさにその苦さと濁りこそが、光なき夜の中、この都市の本当の姿を映し出していた。
写真を握りしめて眠った夜や、失くした四肢の鈍い痛みに目覚めた朝。
誰も踏み入れぬ廃墟と化した家屋。奇跡的な帰還を果たした者たちの前に散らばる、埃を被った人形……
扉が……開いた?
ええ、開きました。
人々は決壊した堤防から溢れる水のように、通りへ、広場へと流れ込んでいく。
その中には家から蝋燭を持ってくる者もいたが、ほとんどはエマのように霊の守人から炎を受け取っていた。
その炎は変わらず紫色をしていたが、どこか柔らかく、温もりを帯びていた。
ああ、やっと……
ネモス、赤き龍の棺を彫像の台座まで運んでくれ。
今宵このナ・シアーシャでは、盛大な返し火の儀が執り行われることになりそうだからな。
では、まずはお前から始めよう。
私が? 赤き龍の葬儀なのに……いいのですか?
これは赤き龍だけの葬儀ではあるまい?
霊の守人は辺りを見回し、見知らぬ影を探そうとした。
だが、たとえあの亡霊が彼女を避けずに姿を現していたとしても、本人の口からあのあまりに遅い赦しの言葉を聞くことは叶わなかっただろう。
……
これで貸し借りはなしだな、石頭ども。
ネモスは霊の守人から灯火を受け取ると、赤き龍の彫像の下で燃える棺に向かって一礼した。
……どうか安らかに。
ネモスはあえて死者の名前を口にしなかった。そうして灯火を棺の前に置いた時、ついに堪えきれない涙が炎の中へ零れ落ちた。
紫の炎は瞬く間に天へと舞い上がり、棺から赤き龍の彫像へと燃え広がっていく。
やがて、彫像全体が炎に包まれた。
人々は手にした炎を彫像のそばに捧げ、炎に色を与えた者へ紫の炎を返した。
黙り込む者もいれば、赤き龍の名をつぶやく者もいる。そしてそれより多くの人が、戦争で失った最も大切なものの名を口にして……
雨のように涙を流していた。
抑圧されたもの、約束されたもの、捻じ曲げられたもの、煽動されたもの……煌びやかな虚飾のすべては涙に洗い流され、あとにはただ、生活が打ち砕かれたことの悲しみだけが現れた。
粗く、鋭く、濁っていて、喉が詰まるほどの悲しみが――今この時初めて慟哭となって溢れ出した悲しみが。
涙の雨は歌声のせせらぎに溶け込み、彫像の周りに溜まっていく。像を包む炎の熱でその涙は蒸発し、天まで立ち昇り、やがて広場の奥にそびえる要塞までもが炎の中に包まれていった。
……
言ったでしょう。これが……私の答えだって。
黒い霧は押し黙り、それからしばらくして、ラフシニーの耳元にようやく長いため息が届いた。
黒い霧は夢の如く消えていき、ラフシニーは頭上に本物の黒雲を見た。
そして、彼女は広場へと歩き出した。
死者に火を返すために。
ラフシニーは都市の入り口から赤き龍の広場までの道を引き返していく。今なお生きている者はみな、燃え盛る彫像の前に集まっていた。
要塞の片側はすでに立ち昇る紫の炎に包まれており、誰も近寄れなくなっていたが、それがかえってラフシニーのための空間となっていた。
ここからでも……返し火はできるよね。
願わくば、ターラーが……二度と姉さんの炎を必要としませんように。
ラフシニーの手から小さな火花が散る。それが葬儀のしきたりに則るものかはわからなかったが、彼女はただ本能のままにそうした。
明るい黄色の火花は、紫の烈火の中にひらひらと飛び込んでいく。ラフシニーもまた、炎を返したほかの人々と同じように、ただ静かにそこに立ち尽くした。
だが、炎は消えなかった。
広場の全員が炎を返し終えても、紫の炎は依然として、空の半分を自分の色で染め上げている。人々が腰に下げた源石ランプも、変わらず冷たい紫色のままだ。
そうしてラフシニーはようやく気付いた。広場で燃え盛っていたはずの巨龍が、いつの間にか目の前に立っていることに。
彼女は巨龍と目を合わせた。
それはエブラナの目をしていた。
まだ諦めていないんだね。
わかった、それなら私が……
最後にもう一度付き合ってあげる。
ラフシニーの槍の穂先にまばゆい炎が灯る。巨龍は翼を広げ、ラフシニーへと飛び掛かった。