命ある者の旅 MT-4・戦闘前
求道
……
なぜそのような窮屈な姿勢で壁にもたれてらっしゃるのですか? 危うく彫像と見間違えるところでしたよ……
もう少し早く来ておれば、ワシの関節が鳴る音が聞けたかもしれんな、ははっ。
暇を見て職人の先生に、腰のところにクッションでも取り付けられんか聞いてみねばのう……
銃騎士装甲の設計士は、そんなご老体を労わるような設計は検討してくれないと思いますが……
大型銃器の反動を吸収するためじゃ、それなら若い銃騎士にも必要じゃろ!
ところで、明日は降誕の儀式じゃが、育児聖堂のほうはどうなっとる?
例の母親なら、状態は安定しています。アンドアインがよくお世話をしてくれていますから、明日には元気で美しい赤ちゃんが生まれるでしょう。
そうか。となれば明日は、ウィシャデル議長とカズデル使節団、双子の女帝とリターニア使節団、エーギル展望研究所執政官代表団、炎国宣礼使が率いる天師団……
聖都を訪れたすべての客人が育児聖堂へと招かれ、共に新たな命の誕生を見守ることになるのう。
じゃが、すべてが順調であるならば、おぬしがワシに会いに来た理由は何じゃ?
我らが新人枢機卿が……
レミュアンか?
彼女が、わざわざ総主教に会いに来たのです。思うに――
彼女が爆破事件の調査中「偶然」通りかかり、「ついでに」様子を見に来て、「気まぐれで」第七庁の名の下に育児聖堂への協力を申し出る、などということはないはずですよね?
初めはアンドアイン襲撃事件の件で来たのかと思ったのですが、総主教に会ったあとの態度を見る限り……明らかに、それ以外にも多くの疑念を抱いている様子でした。
彼女の疑念は払しょくしたものと思っておったがのう。
レミュアンはしばしば、誰よりも鋭い洞察力を見せますから。何かに注意を向けている時は、特に。ゆえに実際、彼女が第七庁枢機卿としてこの上なく適格であると言いたいのは山々ですが……
同時に不適格な面もあるのです。彼女が注意を向ける先は、大抵彼女自身の私的な判断によって決まりますから。
ははっ。ではおぬしは、彼女を警戒すべきだと?
……その言い方では、まるで私たちがラテラーノ転覆を狙って陰謀を企む悪役かのように聞こえますね。
あるいはそうかもしれんのう。
ある者たちからすれば、ワシらが迎えようとしておる未来は、彼らのよく知る生活を転覆させるものかもしれんのだからな。
この未来が実現すれば、ワシらの共感、そして同胞や家族、さらには「サンクタ」という概念そのものすらも……従来の制限を捨て去ることになる。
これは本来、ラテラーノが歩んできた道においては定められた終着点じゃったが、その道のりがあまりに長すぎた。
ゆえに、道中で生じた取るに足らぬ偶発的な現象を、在って当然のことと見なし、本来定められた終着点を受け入れられぬ者もおるのやもしれん。
ええ、確かに。
やはり、早めに手を打っておくべきですね。
レミュアンの件はワシが何とかしよう。おぬしは育児聖堂へ戻り、明日の儀式に専念するがよい。
この都市に、これより先も主の祝福があらんことを。
蒼白と藍色が織りなす密林の中を、赤髪のサンクタが、雨の中で揺れる小さな火のように駆け回っている。
あのモビールについてる雲、クロワッサンのワゴン車くらい大きいなぁ……それにあの揺りかご、コンテナが二つは入りそう……
モビールから吊り下がる雲は陽射しを遮るほどに大きく、揺りかごを掲げる両手は天を衝くような高さにある。
この聖堂の中では、あらゆる生き物が小さく見えた。
ん?
嘘でしょ……
すごく静かだし、ぱっと見は全部空っぽだと思ったのに……育児室の半分以上に人がいる。
子供も、異種族の人もいるし、挙句に堕天使までいるなんて……あの人たち、ずいぶん前からここに寝泊まりしてるみたい。
保育士が忙しそうに駆け回ってるけど、あいつら、ここの施設はまだほとんど稼働してないとか、あの何とか言う儀式が終わるまで開放しないとか言ってなかったっけ?
全然話が違うじゃん!
これじゃダメだ……爆弾は解体しなきゃ!
ここを吹っ飛ばせば儀式を止められると思ってたけど、まさかこんなに人でいっぱいだなんて……
やっとあの警備を潜り抜けてきたのに、ほんと勘弁してよ……
……あーあ、みんながここにいればなぁ。
テキサスに警備を全員ノックアウトして外に運んでもらうとか、もしくはクロワッサンを部屋の中に突撃させて、中の人を全員連れ出してもらうとか……
それでもダメなら、儀式の最中、ボスに向かいでファンミーティングでも開いてもらって、注意を惹き付けるとか……
ああもうやめやめ、とにかく動こう。時間がないし。
爆弾を解体したら、また別の方法を考えて――
青い線から先に切れば、もっとスムーズにバラせるわよ。
うわっ……
いつの間に戻ってきたの?
エル。
……
ごく普通の住宅ですね。特筆すべき点と言えば、屋上からの視界くらいでしょう――ここはちょうど、育児聖堂の広場を見渡せる位置にありますので。
あなたがこの場所を隠れ家に選んだ理由はそれですか? アルトリア。
あら、また会ったわね。
思ったよりずっと早かったじゃない。
あなたは自身の足取りを隠そうとはしていませんでしたので。
ここまでにあなたは、紙のトンボを用いて抜け出し、あえて目立つ手がかりを残していた――ツヴィリングトゥルムの時にも、類似の音楽アーツを使っていたのを私は何度も見ています。
ううん、認めたくはないけれど……
あなたは私の秘密をたくさん知っているみたいね、フェディ。
あの、あなたたちは……
シスター・ヒルデガルト、彼は教えてくれなかったの? 私が彼の姉さんだってこと。
えっ?
我々が遠縁の親類であるという事実は、執行人としてあなたを監視下に置き、管理しない理由にはなりません。
あなたをラテラーノへ連れ戻す前、ツヴィリングトゥルムの郊外で警告したはずです――
私はあなたに対してさらなる警戒を維持し、あなたの行動の主観的動機と、起こり得る客観的結果を慎重に判断すると。
その上で疑わしい点を発見すれば、私はあなたを射殺します。
あの日の夕焼けは、今でも覚えているわ。
ねえ、シスター・ヒルデガルト、彼って本当に面白いくらいの堅物でしょう?
アルトリアさん……あなたはこれまで、ずっと私たちの仕事に協力的でしたよね。ですから監視期間中も、ランデン修道院はあまり厳しく接することはしてきませんでした。
それなのに、あなたは私たちを騙していたんですね!
本当にごめんなさい、シスター。
私の無礼な行いが、あなたに、そしてランデン修道院に悪影響を及ぼさなければいいのだけれど。
……
ランデン修道院を無断で離れた理由を説明してください。
この聖堂を見てちょうだい、フェディ。
なんて雄大で生命力に満ちた建築かしら。リターニアが誇る女帝の双塔をも遥かにしのぐ、雲まで届くような高さよね……
これこそが、ラテラーノが自らのために築き上げた「恩寵」と「権威」の表れなのかしら?
……
あの中に導かれていった、光輪を持たざる異種族をご覧なさい。
ラテラーノは彼らに何を求めているのかしらね?
アルトリア、あなたは一体何に気付いたのですか?
ラテラーノへ戻る前、私たちはロドスに短期滞在したわよね。
私はそこで秘密のお客さんに会ったの。その人との会話の中で示唆されたのは――いつの日か、ラテラーノはサンクタだけの温かな家ではなくなるかもしれないということだった。
あなたたちは、この景色を見てこう思わない? その日はもう来ているんじゃないかって。
我らの誇る聖都は、なぜ変わってしまったのかしら?
ど、どういう意味ですか?
……
フェディ、いつも一歩引いた目線で見ているあなたなら、何かに気付いているのでしょう?
そうでなければ、私を見た瞬間に銃を構えていたはずだもの。
それって、爆弾?
かなり威力がありそうね。
姉ちゃん、その足良くなったの!?
ええ。
よかったー!
エル、あの日私がヨヴィータ通りで見たのも、アモス補佐官が銃工房の外で見かけたっていう赤い髪のサンクタも、きっとあなたなのよね?
爆発物は教皇庁によって厳格に管理されているはずなのに、こんなにたくさん爆弾を作れるなんて……相変わらず、こういうことは得意みたいね。
へへっ。
それで、あなたの目的は?
この聖堂を爆破すること?
降誕の儀式を阻止すること?
それとも、万国サミットそのものを台無しにすることかしら?
来ないで、姉ちゃん。
二人の間を裂くように、巨大な柱の影が落ちる。レミュアンは立ち止まり、それ以上エクシアに近づくのをやめた。
姉ちゃんが着てるのって、枢機卿の制服だよね?
似合う?
すっごく似合ってる! 超かっこいいよ!
そう、よかった。実はちょっとサイズが大きかったんだけど、着任前日に受け取ったあと、夜なべして自分でウエストラインを直したの。
はぁ、せっかくの再会なのに、こんな制服姿で出迎えることになるなんてね。
エルは一人で帰ってきたの? それとも近くに誰かお友達もいるのかしら?
あははっ、カマかけようとしてるでしょ!
エルは純粋な子だもの。ここは学校じゃないし、卒業式があるわけでもないのに、ただの気まぐれでこんなふうに盛り上げようとするとは思えないわ。
黒幕は誰? その人はどうして、あなたにこんな役目を押し付けたの?
んー……
それじゃ――合言葉いうよ、「マヨネーズアップルパイは!」
……
「焼いたらすぐに食べるべし。」ね。
やー、子供の頃のこと、まだ覚えててくれたんだね!
口ゲンカの決着がつかない時や、話したくない秘密がある時に、合言葉を口にしたら一時休戦の合図、よね。
あなたの気持ちは伝わってくるわ。葛藤、焦り、苛立ち。どこから話せばいいかもわからないって思ってる……
だけど、万国サミットを壊そうとする危険分子を捕らえることがお姉ちゃんの役目なの。だから教皇庁に申し出て、この件について今後の処理も引き受けるつもりよ。
サンクタの姉妹は対峙したまま、互いに一歩も動かず、一言も発さずにいた。そうしてついに、レミュアンが沈黙を破り、長いため息をついた。
はぁ~……
それとほぼ同時に、エクシアは姉に飛びつき抱きしめた。
……こうでなくちゃね。あなたって、トラブルを起こした時は毎回こう来るんだもの。
えへへ、会いたかったよ、姉ちゃん!
随分会ってなかったけど、ちょっと背が伸びたんじゃない?
あははは、そんなわけないじゃん! ラテラーノを出た時には成人してたもん!
その言い方、心配性のお母さんみたいだね。
ふふふ、そうかしら?
エル、髪は自分で結んだの? ゆるんじゃってるわよ。
あとで結び直してあげるわ……相変わらず大雑把なんだから。
そりゃ、姉ちゃんほど上手くは結べないけどさ。
ところで、姉ちゃんはどうしてここに来たの? まさかあたしが来るって知ってたわけじゃないよね?
聖堂の警備状況を確認しに来ただけよ……サルカズの妊婦のために祈る総主教に会っただけでも、十分変わったことだったのに……
まさかあなたに会うとはね。
――
(総主教とかいうやつが……サルカズの妊婦のために……祈りを……?)
(まさか、降誕の儀式って……)
あはは、それじゃ姉ちゃんもこの聖堂に何があるのかは知らないんだね!
まさか私にカマをかけようとしてるの?
そんなこと、誰に教わったのかしら?
姉ちゃん、あたしは悪いことなんて教わってないからね。今あたしを助けてくれてる人は――誓って言うけど、すごく頼りになる人なんだ!
あたしは一人で戦ってるわけでも、誰かに利用されてるわけでもないんだよ。
でも、今の状況は何もかもがおかしいのに、それをどう説明していいかわからないから……もうちょっと時間が欲しいんだ。
やるべきことが終わったら、家に帰るからさ!
……
レミュアンは、妹の髪型が崩れないように、しっかりとヘアゴムを結んでやった。
だが、その次の瞬間には、腕の中には誰もいなかった。
悪いけど、残りの爆弾は枢機卿様がバラしといて!
あちこちで、爆発までのカウントダウンの音が同時に鳴り響く。レミュアンは妹が消えていった方向を見つめながらも、追いかけることはできなかった。
……まったく、しょうがない子ね。