緋染めのビロードAD-2・戦闘前悲劇のリハーサル
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緋染めのビロード AD-2・戦闘前

悲劇のリハーサル

マイケル

不幸にも殺された兄など忘れて、俺と駆け落ちしよう、ミズ・デュポン!

メラニー

目を覚まして!

あのトランスポーターの話を聞いたでしょう。「ミズ・デュポン」なんて存在しないのよ。何が高貴で、優雅で、知的よ……私は……あなたたちが愛していたのは、全てが偽りで幻だったのよ……

私は、あなたたち三兄弟の誰の妻にも相応しくないわ。

マイケル

俺はお前を愛している。たとえお前がデュポンでなくとも愛しているんだ!

全てお前の兄が悪い! 死んだあいつが、お前をずっと利用していたんだ。何も知らされていなかったお前は被害者でもある。自分を責める必要はない!

メラニー

でも……

マイケル

でも何だ?

メラニー

客間にはまだ弔問に訪れたお客様がたくさんいらっしゃるわ。「デュポン」は偽りではあるけれど、どんな理由であっても、いま彼らを前にしてこの場を離れるべきではないと思うの……

マイケル

今すぐ密かに屋敷を去り、二度と一族の争いに巻き込まれずに済む方法がある。

メラニー

どうすればいいの?

マイケル

忘れたのか? 俺は軍人なんだ。

見てみろ!

メラニー

こ、これは……

マイケル

屋敷の物置から材料を集めてジップラインを作った……これをしっかり掴んでぶら下がれば、バルコニーから直接庭園を飛び越え、裏の森まで行ける。

俺についてこい。富も階級も気にしなくていい場所へ行こう!

メラニー

あぁ、軍人さん、これは野蛮すぎるわ!

万が一、途中で滑車が引っかかりでもしたら、誰かが見つけるまで私たちは何時間も宙吊りのままになってしまう……それにロープが切れて森に落ちでもしたら……

マイケル

信じてくれ、この装置は安全だ。お前に怪我は負わせない。

メラニー

ほ、本当なの、ロックフェラー? お、落ちそうよ――


シェリー

きゃあ――!

ジップライン。スリング。宙吊り。落下。

落下。

落下。

「人が落ちたぞ! は、早く救急車を! 地面が血まみれだ……シェリー! 何をぼうっとしてる!」

背筋に寒気が走り、指はぴくりとも動かない。ロープがゆっくりと切れていく音に伴って、神経も引っ張られ続けた。

「一体どういうことだ……」

「つまり、制作チームの結論は、彼女の死はワイヤーロープの自然劣化による事故ってこと? そんな簡単に片付けるの? 人が死んでるのよ!」

似ていない……そう……二つの事故は少しも似ていない。ダルトンはナイフで死に、五年前の女優は転落して死んだ。

ギシ。ギシ。不吉な断裂音が再び響く。どこから? 一体どこからなんだ?

???

……シェリー、シェリー!

ぼうっとするな、早くそこを離れろ。荷物箱が落ちるぞ!


シェリー

お……落ちる?

シェリーはその場で固まり、呆然と見上げる。

荷物箱が頭上に迫ってくるのを、彼女はじっと見つめていた。まるで自分の方が空中に吊り下げられ、今にも地面へと落ちていくかのような錯覚に陥った。

荷物箱がシェリーの視界を遮った次の瞬間、傍らに影が現れ、力強い手が彼女の腕を掴んだ。


視界の歪みを感じたシェリーが我に返った時には、すでに元いた場所から離れており、撮影現場の反対側にしっかりと立っていた。

ルシアン

……

シェリー

ルシアンさん……あ、ありがとうございます。

ルシアン

もう手を放して大丈夫だ。

シェリー

あっ、ごめんなさい。

ルシアン

君に言ったのではない。

モイラ、だったか……もう手を放してもいい。


モイラ

は……はい。

シェリーはその時になってようやく、荷物箱に繋がれたロープを小柄な小道具担当が必死に握り締めていることに気づいた。彼女の腕は震えて、顔も真っ赤になっている。

ルシアンがさらにもう一度言葉を繰り返すと、彼女はようやくゆっくりと手を緩めた。

ルシアン

気を張り詰めすぎだ。

モイラ

こ、これは小道具班の班長としての私の責任です。

シェリー

これは一体どういうこと……

スタッフ

どういうことって、聞きたいのはこっちよ。どういうことなの?

この荷物箱は確かに古くて、ロープが緩まないように再確認する必要があるけど、あなた――

本当にイカれてるわ、シェリー!

急に訳の分からないことを叫び出して、撮影の中断をさせただけでなく、箱が落ちてきても逃げようともしないなんて!

何びびってるのよ。ワイヤーアクションの撮影を見るのは初めてってわけじゃないでしょう?

シェリー

いいえ……メラニーさんとマイケルさんの姿を見て、五年前のあの落下を思い出して――

グレータ

シェリー、あなたは先に休んでなさい。撮影の邪魔をしないで。

シェリー

……

ルシアン

……

ミス・クリスティーン

(道具箱を飛び越える)

(ルシアンに近付く)

シェリー

だ、大丈夫です。この謎の黒い生き物がさっきあそこを走り回ってて、それで驚いて……

申し訳ありませんでした、撮影を続けてください。

ミス・クリスティーン

……

(二本の尻尾を不満げに振る)


マイケル

よく見れば……案外シェリーの見た目も悪くないのにな。いつも些細なことにビクビクして、薄気味悪い。

今のシーンが邪魔されたのは残念だ。俺の感情はいい具合に高まってたのに……

メラニー

「いい具合に高まってた」ですって?

マイケル、あのコーディネーターに感謝することね。彼女が邪魔をしてなかったら、私に怒鳴られていたところよ。

セリフも、動きも、感情表現も……何一つできていない。撮影開始から丸二ヶ月も経ってるのに、未だにあなたの演技はワンシーンしか演じていないあの新人にも及ばないわ。

撮影にプライベートでのやり方を持ち込まないでって言ったわよね。こうしてみるに、根本的な問題はグレータの見る目にありそうだわ。

そもそも、赤い耳を持っているというだけの理由で役を得たアイドル系俳優を主演に起用すべきじゃなかった。しかも一人三役を任せるだなんてね。

マイケル

……

そうですね。あなたの言う通りですよ。

メラニー

あら、しおらしいわね。どうしたの?

普段だったら、とっくにふざけた口調で言い訳をしてるのにね。

マイケル

可哀想なダルトンさんを思い出したんです……

俺はあなたほどのキャリアはないし、映画撮影の経験も多くない。シェリーに邪魔をされて、今は少し不安になってます。

メラニー

プロ意識を持ちなさい。

ハプニング、失敗、否定的な評価……こんな些細なことで演技が左右されてたら、ランクウッドでやっていけないわよ。

マイケル

はぁ、俺もまだまだ精神を鍛えないと。メラニーさんから勉強させてもらわないといけませんね……

マリアンナさんがたった二十八日で撮り終えた映画でランクウッド映画祭の賞を総なめにした時、あなたは彼女の後ろにいたそうですね?

メラニー

……

マイケル

たとえ賞を一つも取れず、新聞や記者に冷やかされても、あなたはいつも通り現場に戻り、その日の撮影を終わらせた。

もしも俺がマリアンナさんみたいな輝かしい役者と張り合わなきゃいけなくなったとしたら、とっくに役者を辞めていたでしょうね……

メラニー

何が言いたいの?

マイケル

俺は……おっと!

いやいや、誤解ですよ。他意はありません。俺はただダルトンさんの事故に直面しても冷静さを保てる秘訣を知りたいだけです!

メラニー

秘訣? 秘訣なんてないわ。ただ、ダルトンとはそこまでの仲じゃないし、あの事件に私は全く関わっていないもの。

むしろあなたよ。

ダルトンのことでずっとそわそわしてるけど、まさか彼の死に関係してるの?

マイケル

……


シェリー

……

本当に全てただの偶然なの?

私が疑いすぎているだけなの?

本当に精神科に言って診てもらうべきなの?

???

ミス・クリスティーンを言い訳にしないでもらえるか。

シェリー

誰!

ルシアン

ミズ・シェリー。ミス・クリスティーンはあの時に君が言っていた場所にはいなかった。ましてや走り回って驚かせてなどいない。

シェリー

それは……

ルシアンさん、代わりにあなたのパートナーに謝罪をしておいていただけませんか。

ルシアン

わかった。

それで、君は一体何に恐怖している?

シェリー

……五年前の撮影中に事故が起きてから、怖くないものなんて何もありませんよ。

ルシアン

……

シェリー

すごく興味があるみたいですね。

教えてあげても構いません――実のところ秘密でも何でもありませんし。人に聞けばすぐにわかることです。

事故に遭ったのは、ローラという名の女の子でした。

彼女はランクウッドに来たばかりの新人女優で、グレータさんにスカウトされてキャスティングされました。仕事に対しては熱心すぎるくらいでしたが、業界のルールを何も理解していませんでした。

ダルトンさんは当時すでにアルコール中毒でしたが、まだ人気がありました。礼儀のなっていない後輩への当てつけで、わざとシーンを増やして、ローラをワイヤーで六、七時間も吊るしたんです。

誰も想像していませんでした、装置が劣化していて、ワイヤーが緩み……ローラが転落死するなんて。

落ちた次の瞬間には、血が彼女の下で広がっていました。この前のダルトンさんみたいに……

ルシアンはシェリーの腕に目を向けた。無意識の不安が彼女を自傷へと駆り立て、血の痕が至る所にある。

シェリーはまくっていた袖をすぐに下ろす。表情には不安が浮かんでいる。

シェリー

自分の問題は自分で解決します。

ルシアン

君はいわゆる「問題」を、甘く見ている。

時を経るごとに「問題」が現れる間隔は短くなり、元々は似たような音を聞いた時だけ幻覚が起きていたものが、今では椅子を引きずるだけでも、君は過去へと引き戻されるだろう。

シェリー

お気遣いありがとうございます、ルシアン「先生」。

頭の中の邪悪な囁きとはもう五年の付き合いになりますから、よく理解しています。

私にできるのは、その囁きと競争をすることだけ。恐怖と非理性が私の脳を完全に支配する前に、できる限りのことをします。

ダルトンさんの死は本当に事故だったのかもしれません。ですが、五年前の出来事を繰り返さないために、私はあらゆるリスクと脅威を排除する必要があるんです。

たとえ、それらの脅威がチームを立ち上げた人から与えられるものであっても……

ルシアン

ほかにも懸念があるようだ。

シェリー

グレータさんは私に何かを隠しています。

私たちには共用のオフィスがあって、この移動区画がランクウッド中心部を離れる前、彼女のデスクに奇妙なファイルがあるのを見つけたんです。開こうと思ったら彼女に止められてしまいました。

謎が増えていくばかりなのに、私や顔馴染みのメンバーたちは思い出したくない記憶を共有していて、どこか後ろめたさを抱えたまま交流しています。

それだけでも十分煩わしいのに、今度は邪悪な囁きや幻覚が頭の中をかき乱すんです……

ルシアン

痛みは一種の緩和方法だ。

シェリー

え……何ですか?

ルシアン

「痛み」だ。

痛みでは君の幻覚やヒステリーを解消することはできないが、息をつく機会は与えてくれる。君は本当に望むことを行う猶予を得て、未知の謎を解き明かすこともできるはずだ。

真偽の区別がつかない声や影は小さな隙間に潜み、君が自分自身を取り戻そうとする時に飛び出してきて、邪魔をするだろう……

痛みはそうした障害に抗う手段だ。ただ、爪の硬さだけでは恐らく足りない。

ペン先でも刃物の切っ先でもいい……適切な力加減で扱うことができるなら、鋭利な人工物はどれも君の役に立つ。

舌、手の甲、足の付け根……これらの部位は痛みにより敏感だ。

シェリー

あなた……ほんと変な人ですね。だけど、幻覚をよく理解しているようです。

痛みで幻覚を制御していた経験でもあるんですか?

あなたは一体、何者なんです?


痛みは一種の緩和方法だ。

奇妙な囁き、恐ろしい光景……

彼もそれらに苛まれた。だが、シェリーとは異なり、彼が直面していたのは、そうしたものへの恐怖ではなく、渇望だった。

劇団メンバーA

ルシアンはまだ源石蓄音機を返しにきていないのか?

劇団メンバーB

まだだ。

きっと焦ってるんだろう。最近のあいつは不安で一晩中眠れてないって「ズルカマラ」が言ってたじゃないか。

あいつの演じる狂喜や、悲愴は表層的すぎるんだ。ルシアンは複雑で極端な情感を体得することができない。演技の壁を突破できないのも当然だ……

劇団メンバーA

けどまだ若いだろ。そんなに焦る必要があるか?

劇団メンバーB

ルシアンも劇団に入って六、七年経ってるからな。しかも初めはすごく有望視されてた。誰よりも心を動かす歌声を持ち、劇団長から直々に指導を受けて……

ようやく主演の機会を得たというのに、リハーサルで壁にぶち当たったってわけだ。焦りもするだろ。

劇団メンバーA

だからって、何枚かのレコードを繰り返し聞いたところで、問題の解決にはならないだろ!

ルシアン

……

感情は役者の武器だ。まず初めに、それを理解する必要がある。

狂喜も悲愴も表層的なものだ。形ばかりを模倣していては、より複雑な情感に対する繊細な知覚を失うだけだと、先生は言っていた。

だがどうすれば……

絶望だ。真の絶望とは、最も大切なものを喪わせ、同時に新たな扉を押し開く……

かつて聞いたことのない囁きを耳にし、かつて見たことのない光景を目にし、かつて味わったことのない感情を己のものとするだろう……

お前は万物を映す鏡に、そして演劇それ自体となるだろう。

このように――

げほっ、ごほごほっ――

ルシアンは自らの喉を潰した。

源石結晶が一瞬にして傷口に流れ込み、痛みと絶望が彼を吞み込んだ。

アビス

血……

ルシアン

痛い……

アビス

ルシアン、落ち着いて。私がここにいます!

一体何が起きたのですか?

ルシアン

(しわがれた嗚咽)

(変化した声)これ……こそが……

アビス

ルシアン、自分で、したのですか?

……

以前の私の公演を……暗殺のことを覚えていますか?

私は失敗しました。私のことを哀れな臆病者だと皆が言っていました。

ルシアン、私はもう期待を受ける芸術の子ではありません。孤立や嘲笑を気にもしません。なぜなら、私の心はあの公演以降、もはや劇団にはないのですから……

ですが、それでも私は残ることにしたのです……あなたと私は同じ故郷の生まれ。私たちは……友人です。

約束してくれたでしょう。彼らのようにはならないと……

ルシアン

先生の言葉は……正しい……

アビス

嫌だ……

私には……この劇団が、そして今のあなたが恐ろしいです。


ルシアン

何にせよ、先ほど伝えた方法は、君が想像しているよりもよく効く。

シェリー

……

あなたから教わった「テクニック」を使う日が来ないことを願っています。