緋染めのビロード AD-3・戦闘前
ドラマチックに
……シェリーさんが死んじゃった。
え?
初めはダルトン、次にシェリー……なんてこと。一体何が起きているの?
シェリーさんが、死んじゃったって言ってるでしょ。
何その言い方?
あたしとマイケルをわざわざ呼び止めて、うちのチームでまた事故が起こったことを教えてくれてありがと。すっごく驚いた。
シェリーさんが亡くなる前に最後に会ったのが、マイケルさんなんだよ。
……
言いがかりはよしてよ。
シェリーは昨日、あんたとモイラと一緒に部屋で映画を観ていたんでしょ。もう聞いてるんだから。
だからこそだよ! 昨日の夜シェリーさんと一緒にいたからこそ、彼女が途中でメッセージを受け取るなり出て行った時に、あたしとモリーは何も聞かず、ついていってもあげなくて……
それでこんなことになっちゃったから。だからこそ、一体何が起きたのか、あたしとモリーは突き止めなきゃいけないんだよ。それで色んな人に聞いて回ったんだけど――
あるスタッフが、あの倉庫からそう遠くないスタジオで彼女があんたと会ってたって言ってたんだから!
偶然会っただけだ!
俺はただ、シェリーの気の抜けた様子を見て、撮影を中断させてしまったことにまだ罪悪感を感じているのかと思って、慰めようとしたんだ。
はぁ、まさか本当に思い詰めてたなんてな。
へ~。スタジオに、あんたたち二人っきりで、慰めねぇ?
ハニー、信じてくれ。俺の心には君しかいないよ。
黙りなさい!
つまり、ほんとにあんたがシェリーを殺したの?
たった数日の間に二件も事故か。
しかも、どっちも人が死んでる。スタッフを募集してる制作チームはランクウッドに山ほどあったのに、どうしてよりによってこの場所を選んじゃったかな。はぁ、やっぱり私ついてないよ……
それくらいにしとけ。急にペンキ缶がひっくり返ったり、スタジオの外を黒い影が横切ったり、都市間ネットワークが繋がらなかったりするのまで、何でもかんでも自分の不運のせいにするなよ。
俺はむしろ自分がラッキーだと思うぞ! 事件が起きてからすぐの現場情報はゴシップ誌に高値で売れるし――
ってなわけで、ちょっとどいてくれ、シェリーの死体の細かいところがよく見えないじゃないか。
そんなの見なくていいよ……スタジオへ手伝いに行かないとでしょ。
先に行っててくれ、ホーティン。これ全部メモっとかないといけないからな!
……
……にしても、どうしたんだろうな。アブナーさんが言ってたが、シェリーさんは昔から変だったらしい。まさかダルトンさんのことがショックすぎて自殺したのか?
理にはかなってるが、そうだとしたら少しつまらんな。
もし何か裏の事情があるとしたら……へへ、半年分の家賃の心配はしなくて済むぜ。一日中ガンマイクを掲げる人型スタンドなんておさらばだ!
ん?
シェリーさんは凍死だって医療チームが言ってたよな。なら左の手の平にどうしてこんなにたくさんの傷が?
うっ――気味が悪い。呪いの儀式か何かか……
呪いではなく、抗った痕跡だ。
……抗った痕跡?
シェリーさんは精神的ストレスに押しつぶされ、ヤケになって冷凍庫に入っていったんじゃなかったのか? まさか本当に裏が――
って、ルシアンさん! なんで気配を消してるんだよ。びっくりしただろ!
幻覚に抗うために痛みを用いるのがいいと、私がアドバイスした。
ミズ・シェリーの耳元では過去の残響がこだましていたが、その状況でも彼女は自らの仕事を全うし、映画に円満な結末をもたらそうとした。
彼女が絶望のあまり自ら命を絶つことはない。自傷の血の痕が何よりの証拠だ。
ただ今回、彼女は痛みを用いても幻の中から逃れられなかった。
あの頑固で、神経質で、人の話を聞かないシェリーさんがあんたのアドバイスに従ったって? 信じられんな……
あんた彼女のことをよく理解しているんだな、ルシアンさん。
そこまでではない。
勘弁してくれよ。どう考えたらそうなるんだ!
俺がシェリーに言い寄ってフラれたから殺したって? ハニー、そんなバカげた話よく思いつくな?
……
そうそう、ティッピちゃん。シェリーがメッセージを受け取るなり急に出て行ったって言ってたよな?
俺も彼女が端末を握っているのを見た。つまり、メッセージを送った人物こそが彼女をおびき出して殺した犯人だ。そうだろ?
それ、あんたじゃないの?
納得のいく説明がほしいわね、マイケル。
冷凍庫に入れっぱだったせいで端末は故障してるから、記録の復元はできないよ。でもあたしたちの端末はチームから支給されたもので、連絡先リストにはチームメンバーしか載ってない……
いい加減にしろよ。あのな? 名探偵ティッピ?
グレータさんか、メラニーさんがやった可能性だってあるだろ?
昼間シェリーに撮影の邪魔をされて、二人とも機嫌が悪かったじゃないか。ちょっと懲らしめようとでもしたんだろ。
グレータさんはシェリーさんと仕事中ずっと一緒だし、急な問題を処理する機会なんていくらでもあるよ。昼間のことくらいで嫌がらせなんかしない。
メラニーさんはメラニーさんで、現場のマナーやルールを厳守する人だから、チームのスケジュールを尊重してるし、ほかのメンバーの休憩を妨げるようなことなんかしない。
今のところわかってる事実は、事件直前に彼女があんたと会ってたってことだけだよ。
おい、俺は誰があいつにメッセージを送ったかなんて知らないんだよ。たまたまスタジオで鉢合わせただけだ!
あの時間、普段のあんただったらセルフバーで美術班のお姉さんとお酒を飲んでるか、マリオンさんの部屋にいるんじゃないの。
夜はあんたにとって、すっごく大切な時間でしょ?
それなのに、どうしてスタジオエリアに戻ったの?
あぁ、なんだよ。そういうことか、可愛い可愛いリーベリちゃん、さては俺と一緒に酒が飲めなくて不機嫌なんだろ?
もうちょっと大きくなったら、一緒に飲む機会もあるからさ――
少なくとも、あんたは目的があってスタジオに行ったはずだよ。それで小道具部屋を出て行ったシェリーさんに遭遇した。本当に一言慰めたかっただけなら、どうしてあたしの質問に正直に答えないの?
シェリーさんの死は、本当にあんたとは無関係なの?
……
どうしたんだよ、ティッピちゃん。雑用に、スタジオセット、スプレーアーティスト、ランクウッドで色んな仕事をやってきただけじゃ満足いかなくて、今度は探偵ごっこをやろうってのか?
それとも、ホラー映画を一緒に見たくらいで、君とモイラちゃんの仲良しコンビにシェリーっていう新たなメンバーが加入したってのか。
いい子ちゃんぶるなよ。
仕事の時、君が描いた落書きみたいな薄気味悪い背景画に対して、あいつは何度も大声で文句言ってたじゃないか。シェリーとは大した仲でもないだろ、なんで俺に噛みついてくる?
全ての不慮の事故の裏には真犯人がいるって? 映画の観すぎなんだよ!
……シェリーさんと知り合ってからの二ヶ月、彼女がチームメンバーに微笑むことも、誰かを褒めることもほとんどなかった。
あたしへの指摘が一番多かったのもシェリーさん。二人で納得できる背景画が出来上がるまで、あたしは何度も残業したよ。
でも毎日撮影した素材をチェックする時に嬉しそうな表情を浮かべてたことは知ってんの。一見奇想天外な背景画にどれだけマイナー映画のオマージュを盛り込んだかも、彼女だけがわかってくれた。
もしほんとにシェリーさんが苦しくて苦しくて、死ぬことで解放されたいって思ってたなら……あたしは彼女の決定を尊重するよ。
けど! もし誰かが彼女の感情をコントロールして、心を踏みにじって、映画を愛し続ける権利を奪ったなら、あたしは許せない!
……
シェリーとは本当に偶然出会っただけだ。昨日の夜に俺がスタジオに行ったのは……ある人に会うためだ。
ある人に会う? 誰か証明できる人はいるの!?
それは……
私だよ。
……
モリー?
昨日の夜、マイケルさんは私に会いに来たの。
シェリーさんとは親しかったのか?
彼女の痛みを私も理解できたというだけだ。
彼女には正気を保っておかなければならない理由があった、私がそうであったように。
(小声)謎の呪い、それとも愛による恨みか……どっちの話のほうが読者ウケがいいだろう……
おっほん、それで昨日の夜あんたはどこにいたんだ?
二階のオフィスだ。
あのオフィスはグレータさんとシェリーさんが重要書類を置いている場所だろう、何しにそこへ?
謎を解きに。
証人はいるか?
ミス・クリスティーンだ。
ハッ、あんたのそばにいる小さなバケモノを信じろって? そいつはしゃべれもしないじゃないか!
……
ルシアンさん、そんなむっとしないでくれよ……
あの日のダルトンさんとの演技は見たからな。あんたがどれだけすごい役者かってのは知ってる……誠実なふりをするのは、あんたにとっちゃ難しいことじゃないだろう。
正直なとこ、俺としてはシェリーさんがなんで死んだかなんぞ興味なくてな。つまり、たとえ彼女の死が本当にあんたと関係があろうが、俺は絶対に通報しない。
むしろ、あんたがもしくだらんゴシップ紙に載ったら、警察はあんたへの疑いを弱めるだろうよ――ゴシップ紙に書いてあることが本当だなんて誰も信じちゃいない、面白半分に見てるだけさ。
だからもう少し協力してくれ――オフィスで解いてた謎ってのは一体何なんだ? もしかしてシェリーさんをどうやって罠にはめるか計画してたのか?
君は移動区画で殺人事件が起きたことに恐怖を感じないのか?
はぁ、制作チーム内での恨みつらみなんてランクウッドじゃ珍しくもない……じゃなきゃ俺はおまんまの食い上げだよ。撮影アシスタントで食ってけるとでも?
たとえその謎の答えが全ての人の命を脅かすことになるとしてもか?
ハッ! 大袈裟だな。
では伝えるが、この話は内密に……
そりゃあ、もちろん! 独占ネタを誰にも譲る気はねぇからな!
ルシアンは撮影アシスタントの耳元に近付き、隠された真相をそっと明かした。
撮影アシスタントの目が興奮から恐怖へと変わた。
何だって!
アシスタントの手からゴシップ用のノートとペンが床に落ち、驚愕したフォルテの叫びが倉庫全体に響き渡る。
事故現場の片付けを続けていた制作チームのメンバーたちの不満げな視線がルシアンと撮影アシスタントに突き刺さる。しかし次の瞬間、衝撃的なニュースが全員の耳に届いた。
この区画がもうすぐ天災に見舞われるかもしれないだって!?