緋染めのビロード AD-7・戦闘前
「緋き貴石」の歌声
これが*ランクウッド現場用語*グレータの撮影計画なのか!?
源石嵐の真横じゃないか! 明らかに俺たちを殺そうとしてるぞ!
いえ……違うわ……きっと犯人の仕業よ! この前の爆発音、聞こえなかったの?
この区画の操縦室が誰かに爆破された……私たちは、もう区画の移動速度と進路を変える手立てが全くない……
いま区画が接しているのはまだ天災の一番外側よ。もし本格的に中心へと突っ込んでくことがあれば……
何にも残らないくらい全部バラバラになってしまうわ……ううぅ……
いいから、もうそれ以上言うな!
一体誰がこんなことしたんだ? これだけ人が死んでもまだ飽き足らず、今度は全員の命を危険にさらす気か!?
は、犯人は小道具班のモイラだ……
何だって? 話してるのは誰だ?
区画で起きた三つの殺人事件、犯人はモイラだって言ってるんだ!
モイラ……そんな……あの地味なザラックの子が?
グレータさんが犯行現場に居合わせたんだよ!
もしルシアンさんがいなければ、俺たちも殺られてたんだ!
……モイラはどこだ? 責任を取らせてやる!
さっきまでビビってたやつが、とち狂った殺人鬼に何を言ったところで無駄だ!
あいつには何の報いも与えられないのかよ? モイラが犯人だって知らないメンバーがまた殺されたらどうする!
お前が思いつくことを、俺が対策してないとでも?
警戒させるために、無線のトランシーバーを放送モードに切り替えておいた。今はもう全員の耳に真相が届いてるはずだ。
犯人は下手に動けないだろうよ。
俺は絶対に生き延びなきゃならないんだ。金になるネタを掴んだんだから……ランクウッドの中心部に戻って、ここ数日で集めたどでかいスキャンダルを売れば、シエスタに別荘が買えるんだよ――
まずい! 区画がまた源石嵐の方へと移動してる!
そうだ、陸上艇! 例の陸上艇があれば助かるわ!
……ない。
何だって?
緊急脱出室に行って確認したが、陸上艇は全部源石嵐にやられた……一隻も残ってはいない……
もうここから逃げ出せないってことね……
……嵐の中で死ぬくらいなら、地面から飛び下りた方がましよ……私は……
バカ言ってんじゃねぇ!
とりあえず逃げるぞ、どこだろうと撮影エリアよりは安全だ。まずは地下動力層に避難するぞ!
ホラー映画のセットデザインは確かに参考にできる部分がたくさんあるわね……ありがとう、ティッピ。
何てことありませんよ!
実際にどう映るかを見るために、戻って見本を作ってみます。スティーヴン監督の脚本が完成したら、また細かいところをじっくり詰めていきましょう。
絶対に「ミズ・デュポン」が映画史に刻まれるくらい最高のラストシーンが撮れるセットを作り上げてみせるって約束したから、やりますよ!
ええ、一緒に頑張りましょう。
(あれ、もうこんな時間? モリーは区画から逃げ出す方法を見つけたかな――)
わわっ――!
な、なに?
おかしいわ。
待ってください、メラニーさん、無線から声がする……
……天災……(ノイズ)……制御室……ばく……
さすがに電波悪すぎん? これ、アブナーさんの撮影アシスタントかな? またテキトーな噂を言いふらして――
制御室……爆破された……
この区画が……天災に突っ込んでる……
……犯人は……モイラだ……
ティッピはトランシーバーを握り締め、ボリュームのつまみを勢いよく回したが、それ以上の情報は聞こえてこなかった……
きっと聞き間違いだと思った。
しかし、メラニーさんはなぜこんなにも憂えるような目で自分を見てくるのだろう?
そ、そんな……ありえないよ……
ティッピ……こんな状況で冗談を言う人なんていないわ……
でも……モリーには犯行に及ぶ時間なんてありませんよ?
シェリーさんが閉じ込められた日、マイケルさん、マリオンさんが殺された夜、モリーはあたしと一緒に映画を見てて、そんな時間全く――
本当になかったか?
ティッピは心の中で自分に問いかける。
映画を見ていた時、モリーは毎回、一晩中ずっと一緒だっただろうか。片時も離れずに?
いや……
あたしたちはいつもホラー映画を何本も見てたから、ディスクを換える時、モリーは少しの間だけ席を外す時があった……
グレータさんが呼んでるからって言う時も、撮影現場に忘れ物があるから取りに行かなきゃって言う時もあった……
メラニーさん、あなたも知ってるはずです。モリーは小道具班の班長になったばかりで、プレッシャーがとても大きくて、すっごくすっごく仕事熱心だって……
ティッピ……
というか、ううん、今のってせいぜいモリーには犯罪ができる条件が整ってるって言えるだけで、彼女が犯人だっていう直接的証拠じゃないです……
大体、動機は? どうして彼女が無関係な人たちを殺さなきゃいけないんですか? どうしてあたしは何も知らないの?
ティッピ、もしかしたら、あなたは自分が思うほど友人のことをあまり知らなかったのかもしれないわ……
……
映画に集中しようよ……モリーったら、いつも気を散らしてばっかり!
ごめんね、最近チーム内でたくさんのことが起きて、私……少し気を張ってて……
あたしがそばにいるでしょ!
……
あたしが何者だったとしても、このチームの中では、あんたのいっちばんの友達だからね!
それか、モリーは、初めからあたしを、友達だと思ってなかったのかもしれません……
ただ、あたしを利用したかっただけなのかも……
リーベリの少女は背中が丸まるほど項垂れた。
彼女には、もう何も言えることはなかった。
……
メラニーは、そっとティッピに近付くと、目の前の小柄なリーベリを抱きしめた。
ほんの少し前までは明るく自分を慰めてくれた少女が、今は肩に額を寄せて泣き声を上げている。
メラニーが少女の背中を優しく撫でる。それ以上何かを問うことはせず、これは成長の代償であるなどとありがちな慰めを口にすることもなく、ただただ抱きしめる……
とりあえず、今は私と一緒にここを離れましょう。
建物の中は複雑な構造になっているから、このまま区画が天災の中心に近付くようなら、ここに居ては危険よ。
急いで地下に避難しましょう。でもまあ、区画が進行方向を変えない限り、正直意味はないけどね……
地下……
メラニーの肩越しに、つい先ほど二人でホラー映画を参考に整理した資料をティッピは見た。
「地下」というキーワードが彼女の頭の中で駆け巡る。
……
待って、わかった!
どうしたの、もう立ち直ったのかしら?
そうじゃなくて、区画の進路を変える方法を思いついたんです!
昔、ある制作チームが区画のレンタル代をケチるために、他の制作チームが使ってる区画の地下構造に忍び込んでロケ撮影して、はちゃめちゃにすごいホラー映画を制作したんです……
つい最近また観ちゃったばっかりだったんですけど。
その映画に出てくる区画と、あたしたちの足元にあるこの区画は、同時期に作られたランクウッド製のスタジオ区画なんですよ……
つまり、規格も構造もほぼ同じってことです。
だとすると、あたしの推測が間違いじゃなければ……この区画も動力層の奥深くに予備の機械制御室があるはず。
……その推測に間違いはないという自信はどれだけあるの?
正直……全くありません。
でも、どうしてもやらなきゃいけません。
物事には、あれこれ考えてるだけじゃ答えが出ないこともあります。とりあえず目の前のピンチを解決しないと……
あたしは彼女に聞きに行けないんです。
(優しい歌声♪)
(澄んだ口笛♪)
ルシアンさん、いらっしゃい。
……
これは姉さんが一番好きな歌だったんです。撮影の合間に、よく空を見上げてこの歌を口ずさんでいました。
てっきり、もう目は覚めているものだと思っていた。
目は覚めていますよ。
おかげさまで、見て見ぬふりをしてきた真実と向き合うことができました……本当に、残酷すぎました。
ならば君は今、何をしている?
足元からは轟音が響き、区画は天災に向けて速度を上げていた。人々は狼狽えた様子で避難するのに忙しく、小道具部屋に来ようとするスタッフはもはやいない……
だが、その裏で小道具師は彼女の本来の仕事を始めていた。
彼女は小道具部屋を行き来して人形を一体一体丁寧に配置し、それらに服を着させ、姿勢を整える……その姿は真剣そのものだった。
つい先ほど、どうやってローラのことを知ったのかやっと思い出したんです。
恐らく……ある人物に会ったのだろう。
そうです、優しいフェリーンの方でした。
あれは天気が悪い日でした。私はベンチに長い間座り込んでいました。顔は雨粒か、涙で濡れていて……
その前に参加していた現場でトラブルがあったんです。明らかに責任者の不注意による事故だったのに、賠償するために全財産を失って、チームから追い出されたのは、私でした。
ランクウッドで人脈もなかったし、似たようなことは何回も経験してきました。
私は故郷から逃げ出してきたんです。両親が亡くなったあと行く当てがなくなってしまって、残った選択肢はもう……
死だけ。
その方は、一人ぼっちで雨に打たれている私の隣に座りました。彼は声をかけてくることもなく、ただ寄り添うように私の気持ちが落ち着くのを静かに待っていました……
彼が去って行った後、私は膝の上にビデオテープがあることに気づきました。
絶望の淵に立たされて何一つ光が見えなかったあの時、その方は私の人生にローラを連れてきてくれたんです。
ローラは私の姉となって、私を守り、励まし、少しずつ元気を取り戻させてくれました……
その時すでにローラは亡くなっていた。
ローラは出身、経歴、そして容姿すらも君に似ている。その者は、絶望の中にいる君に必要な原動力を与え……
同時に怒りと困惑、底知れない憎悪、そして復讐への渇望をもたらした……
間違いなく、君をこれまでとは別種の絶望的状況へと叩き込んだ。
……
ルシアンさん、今あなたの目に微かな悲しみが見えました……いえ、憐みでしょうか? いや、違いますね……
むしろある種の理解や、共感に近い感じです。
あなたにも、似たような経験があるんですか?
あなたもあの人を知っているんですか?
もちろん。
あの者は本来存在しない喜怒哀楽を他者の人生に植え込むのが得意だ。まるで手前勝手な監督が、退屈だと感じた物語に横暴にも……
そう、私が新しく覚えた映画用語で言うところの――「シーン差し込み」をするかのように。
他者を絶望から掬い上げたかと思えば、また別種の絶望的状況へ足を踏み入れるよう導く。そうすることで、いわゆる劇の美を引き出そうとするのだ。
……あの者は私の旧い知り合いであり、師であり、私のあらゆる苦しみの根源、とうに死んだはずの亡霊だ。
君を見つけ、彼を見つける……
そのために私はここへ来た。
……
ミズ・モイラ、君の全てを否定したことを申し訳なく思う。
……
いいえ。そんなことありません、ルシアンさん。
モイラは最後の人形を整えると、小道具部屋の中央へと戻った。
彼女はルシアンに一礼をし、指を軽く曲げる。
ルシアンが瞬時に異常を察知して顔を上げると、並んだ人形たちに「命」が吹き込まれていた――
あなたが私の何かを否定したとは思いません。
人生で最も絶望していた時、ローラが私の前に現れて、長く辛い時間を一緒に過ごしてくれました……
だからローラは私の姉で、私は彼女の妹です。
彼女のために復讐をしたことにも、彼女のために罪を背負うことにも後悔はしていません。
それに、ローラという女優が生きていたことを皆が忘れようと、私は最後まで覚えています。
姉さんがいたから私は泣いて、笑って、怒って、戸惑って、憎んで、悲しんで、懐かしんだ……
本来であれば手に入ることのできなかった強烈な実感を得たんです――
私は、生きていると。
人形たちが動き出した。
人形たちのモデルが誰であるか、ルシアンには一目でわかった……それは死んだダルトン、シェリー、マイケル、マリオン、そして、彼女自身だった。
モイラは手を伸ばし、そばを通る人形一体一体と腕を組み、そしてすれ違っていく。
音楽もなく、床も揺れ続けていたが、小柄なザラックの小道具担当は今この瞬間、踊ることしか頭にないダンサーになったかのように、無数の人々と抱擁を交わす……
それは不気味でありながら優雅だった。
ルシアンさんには感謝しないといけません。あなたが気付かせてくれたんです……
「モイラ」が何もかも失った時……
私は鏡になれるんです。私は――
何者にだってなれるんです!
正気に戻れ。
絶望から生まれる満足など、毒薬でしかない。
私の人生で今ほど正気な瞬間はありませんよ、ルシアンさん。
あなたも、私のダンスパートナーになってくれますか?
……この人形たちみたいに。
モイラが言葉を終えた瞬間、彼女のダンスパートナーたちがルシアンに襲い掛かった――