墟 AT-3・戦闘前
夜逃げの誘い
「神様」?
せや。俺が思うに、御机で噂になっとる怪談は全部「神様の祟り」で説明がつく。そんで俺が探しとんのは、数いる神様の内の一柱ってわけや。
……
そういうの、君は信じへんみたいやな。
鬼族は多少なりとも寺院との縁があるものだからな。
それに、一輪車に乗って私の家を呪いに来るほど暇な神様がいるとは考えにくい。
ははっ、大抵の鬼族はそうやろな。
あなたが「神様」を探す理由は? それこそ、祟りにでも遭ったのか?
いいや、それどころかよう助けてもろたんや。せやけど、いつからか見かけんようになってもてなぁ。
それが先ほどの「輪入道」か?
かもしれへんけど、確証はあらへん。なんせ、あの一輪車に乗った神様がどんな姿かもわからへんからな。
そこで、ちょっと手ぇ貸してほしいんやけど。
君が神様に追いついたとして……そのお姿を運良く拝めるようやったら、これに似とるか確かめてほしいねん。
森内が懐から取り出した鍵束には、小さなキーホルダーがついていた。
招き猫か? これは、極東のフェリーンが獣眷に着想を得て作った縁起物だろう。
俺が見た神様はこれにそっくりやった。こんなちっこくはなかったけどな。
星熊さん、君が幽霊やないなら、輪入道を追っかけてる理由は大方実家に何が起きたんか知りたいってとこやろ?
……
森内さん、自己紹介をした覚えはないが。
あなたは金石会の人間か?
ちゃうちゃう。金石会の人間がこないなとこで屋台出すわけないやろ。
では警察の密偵か?
もし、せやったら、俺はほんまもんの命知らずやな。
情報屋か。
どうやろな。
ふっ、それもそうか。情報屋かと問われて、それを認める情報屋などいない。
だが、報酬も出さずに頼み事だけをする「取引」など、虫が良すぎないか?
ははっ、ほんなら報酬に何が欲しいか言うてみ。情報やったら知っとることなら何でも話したるで。
急ぎの用は現状ないな。どんな情報が必要か、わかり次第頼むことにしよう。
話せば死人が出るような情報でも出してもらえるか? ああ、無論その場合は、伝える前に相談してほしいが。巻き込まれたくはないからな。
……
ほんまに役立つ手がかりをくれるんやったら、どんな情報でも教えるで。
二言はないな?
当然や。
よし、ではその輪入道を探そう。どこへ向かえばいい? 神社か?
まさか、この街が「南院行在御机大社(なんいんあんざいみつくえたいしゃ)」であるからには、数ある神社をすべて回れとは言わないだろうな?
そんなんよう言わんて。君、「縁結び神社」って知っとる?
聞いたことはある。
しかし、そこまで詳しいなら、なぜ自分で行かない?
神様ってもんは気まぐれや。姿を見せる人、見せない人をしっかり選びはる。そんで、見せへんと決めたら、どう頑張っても会うてくれはらへん。
あなたは姿を見せてもらえないほうだと?
あの神様が俺の前から消えて以来な。
大将! スクーターが壊れちゃったの、直してくれない!? 今追われてて!
ひっ! どうしてあなたがここに?
……まだ私を幽霊だと思っていたのか?
ゆ、幽霊じゃなかったんだ……
やれやれ。
萌々香? えらい慌てとんな。どしたんや?
だから、追われてるんだってば! スクーターでようやく振り切れたのに、この辺りまで来たところで故障しちゃって! ねえ、お願いだから直して!
追われとるって、誰に?
み、澪さんに……
澪さんに? せやったらおとなしく戻っとき。また食べすぎて怒られとるとか、そんなとこやろ?
違うの、澪さんに……処分されそうなの!
うちのテレビが急におかしくなって、怖い映像がいっぱい流れてきてね!
その中で澪さんと三船さんも話してたの! 二人は――処分するとか、鉱石病にしてやるとか、そんな話をしてて! だからお願い、助けて!
萌々香は支離滅裂な発言をし始めた。
すると、森内が動くより前に、星熊がスクーターのそばまで歩み寄る。
その言葉を聞くに、お前は彼らを怒らせたのか? 萌々香。
私はただ投稿をしただけで、何かを企んでなんかないんだよ。ましてや、鉄斎さんと通じてなんかないし!
鉄斎の叔父貴と……?
……
このスクーター、直せるかどうか見てみよう。
先に輪入道を追いかけたほうがええんちゃう?
まだ素知らぬふりをするつもりか? 情報屋。
まあ、私は彼女を二度も怖がらせてしまったからな。困っているのなら、手を貸すべきだろう。
私がいる限り、お前を傷つけさせはしないと約束しよう。
ありがとう……
――仁田街のほうから誰か来てる! もしかして追手?
金石会のもんか……萌々香の話はほんまみたいやな。
大将! 幽霊さん! 助けて!
幽霊さんというのは、私のことだな?
ごめんなさい! なんて呼べばいいかわからなくて……
とにかく、スクーターは直ったぞ。
あとは任せて、乗ってくれ。
幽霊さん!
よお、こんなところまで逃げてくるとはな、「モモっち」。
何にもしねえから、おとなしく俺たちと戻ろうぜ。言うこと聞いてくれや。
み、澪さんはどこ? 聞きたいことがあるの!
なんだ、交渉でもしたいってか?
いい子で着いてきてくれりゃ、今日のことは水に流してもいい。だが、これ以上逃げ続ける気なら、その綺麗な顔に傷が残らねえ保証はないぜ。
つべこべ言う前に自分の心配でもするんだな。
なんだてめえは?
萌々香、先に行け。こいつらは私が片付ける。
あなただけ置いて行けないよ!
では、後部座席で露払いをしよう。
こんの*極東スラング*が! ハッタリかましやがって何様だ! そこをどきやがれ!
出してくれ!
逃がすか、*極東スラング*!
萌々香がエンジンをかけると、一本角の鬼が後部座席に飛び乗り、ヤクザの武器が空を切る――すべては一瞬の出来事だった。
*極東スラング*、撃て、撃て! 邪魔な鬼もろとも、あのおんぼろスクーターを蜂の巣にしてやれ!
どうすればいいの!?
お前は運転に集中して、できるだけ飛ばしてくれ。それ以外のことは私に任せろ。
その言葉は、萌々香の耳にはまるで届いていなかった。彼女は元よりベソをかいていたが、今や恐怖のあまり声を上げて泣き出している。
それでも、その後矢が飛んでくる気配はなくなり、背後からはただ金属がぶつかり合う音と、人が何かにぶつかるような鈍い音だけが響いてくるようになった。
後ろで何が起きているのかと不安になった萌々香が、思わず泣きながら振り返れば――
そこでは、クロスボウの矢も、振られたドスも、突っ込んでくる無法者も、すべてが「幽霊さん」の持つ盾に弾かれていた。
その盾は彼女の身長の半分ほどしかないはずだが、一本角の鬼が手にすれば、車体の後部に壁がそそり立っているかのようにすら思えた。
曲がるよ!
私の心配はしなくていい。それより、ここまでのスピードを出した経験はあるのか?
映画の撮影で運転するフリしたことしかないけどしょうがないじゃん私だってほんとはこんなにスピード出したくないよ!
その撮影の時、演技指導をされなかったか?
は、ハンドルを逆に切って、それから重心を……
その通りにしてくれ。
逆ハンドルでカーブを曲がるなどと想像しただけで、萌々香はもっと大きな声を上げて泣き始めた。
彼女の脳裏には、自分がカーブを曲がり切れずに「幽霊さん」共々振り落とされ、ヤクザたちに囲まれる光景が浮かんでいたが――
もうどうにでもなれ~~~~~っ!!
車体は地面にこすれて火花を上げていたが、それでもなんとかカーブを曲がり切る。
直線に入ったところで、萌々香は唇を噛みしめて思い切りアクセルをひねった。風は彼女の頬を伝っていた涙までもをさらっていく。
背後から迫る追手の声は、次第に遠ざかっていった。
どこへ行きたい? まずはお前を送っていこう。そのあとは、森内さんからの頼まれごとを片付けに、神社へ向かわねば。
森内さんが……あなたに頼みごとを?
私が見た怪異の追跡を頼まれたんだ。見えない何かが乗った一輪車なんだが、神社へ探しに行ってほしいと言われてな。
その一輪車は、私が夜中に寝ていたら不意に現れたんだ。それを追いかけていたら森内さんの屋台の前に辿り着き、そこにお前が現れた。
夜中に……か、怪異が……?
怖いのなら、ここから別行動としよう。
ううん、一緒に行くよ。家にはもう帰れないし、事務所にも行けないし……
私……行く当てがないんだ。
……
ついてっちゃダメ?
構わないが、大声を出すのはやめてくれ。追手が寄ってきてしまうからな。あれだけ叫んで、喉はかれてないのか?
全然! 私はボイトレちゃんとやってるからね。ステージに立ってない時も、発声法は守ってるの!
……そうか。
お前……戻ってきたのか?
ちょっと用事があって……物を届けに来ただけだ。
また金兵衛の使いっ走りか? いらん。いいから帰れ、仕事の邪魔だ。
それ……星熊の盾、「般若」だろ?
あいつに会ったのか?
会ってなくてもわかるだろ。もう何年もあんたの話を聞かされ続けて、耳にタコができてんだから。
その妙な目隠しを外せ。
俺がこれを着けてると何か問題でもあるのか?
そいつを着け始めたのは、金兵衛のところに行ったあと、奴に勧められてのことだろう?
お前は感情が顔に出すぎて、人の上に立てる器じゃねえ。そんなお前にできることなんざ、せいぜい家ん中で八つ当たりして、そのボロい木刀で障子をブチ抜くくらいのもんだ。
奴に表情を隠せと言われたら、その通りにするわけか? 中に何が仕込まれてるかもわからねえってのに。
仮に爆薬が仕込まれてたとして、俺がそいつで死んだって、あんたには関係ねえだろ。
……てめえ!
今すぐ出ていけ。そのふざけた目隠し共々、さっさと行け!
出ていけって、そんなことしたら、母さんはどうなる?
あいつがどうしたってんだ?
今日は母さんの命日だぞ、鉄斎会長さんよ!
なっ、今日が……!?
すっかり忘れてたわけか。あんたの頭は、もう一度動かし始めたあの炉のことでいっぱいなんだな。
……だとしても、それはお前があの毒蛇野郎と――金兵衛とつるんでいい理由にはならん。
何が毒蛇だ! 母さんが死んだ理由を覚えてないのか? その時あんたは何をしてた? 三船さんは何をしてた? あの人が毒蛇だったら、あんたは何だってんだ!
黙れ――
あんたの金石会にとって、俺と母さんは一体何なんだ!?
……
……
……もういい。元々、俺たちは話すことなんてないんだ。
家に上がって母さんに手を合わせてくる。邪魔するなよ。
っ、これ――
どうした?
三船さんが……テレビに出てる? 何年ぶりだ?
あー打った打った! パチンコさいこー! 明日は神社に行かないとだし、今日のところは……二階に上がって、うちに帰って寝ちゃお!
今日は七千五百文の負けか。ってなると、今月の生活費は……
まあ、ギリギリいけるっしょ。
十分十分。どうせ月初めには、鉄斎じいさんから店番の給料もらえるし。
負けを気にせず打ってる分には、パチンコってほんと楽しいわ。
顔は洗ったし歯も磨いたし、あとはテレビつけて、端末の充電して……
ん?
臨時ニュース? また何かあったのかな?
って、なんであいつが――
吉星は布団から飛び起きると、テレビに映った見覚えのある顔を呆然と眺めた。
金兵衛じゃん!?
ログ、キャッシュ、ハードの痕跡も……
証拠隠滅完了。
端末の位置特定から、信号をジャックして、後処理するまで一通りやって大体……二時間くらいだったかな?
確認は全部終わったね。映像の再生、リアルタイムでのカメラへの接続、字幕表示も、ちゃんと動いてた。
途中で信号が乱れたせいでちょっとしたトラブルはあったけど、許容範囲内だったし、もう少し手を加えれば次は問題ないはず。ほぼ完璧!
……
すっごく疲れちゃった。眠すぎ……
やっぱり二時間集中してると限界来ちゃうなあ。
ダメダメ、ここで寝ちゃ。金石テレビの調整室なんかで寝てたら、いくら私がここのスタッフでも疑われちゃうよ。
さっさとあの狭くてボロいオフィスに戻らないと――
えっ、臨時ニュース?
やば! 隠れないと!
ええ、調整室に着きました。機材を確認しますので少々お待ちを……
はい? いえ、私以外には誰もいませんよ。
ええ、はい。
準備完了しました。いつでも放送を始められますよ。
まいど――なんや珍しい、澪さんやん。
うちの一押しは何と言ってもこのちくわやけど、駄すじと玉子も絶品やで。夜食にたんぱく質はいらん言うなら、大根と結び昆布でも――
とぼけるのはやめなよ、森内。萌々香と青鬼はどこに行った?
知らん知らん。
いくら欲しいの? 金石会が言い値を出すよ。
俺みたいな普通のおでん屋が、お客さんの行き先まで知っとるわけあらへんやん。
適度な駆け引きであれば大目に見てあげられるけど、あまり続けるなら協力拒否と見なすからね。
キツいなぁ、そんなんとちゃうって。
せやけど、ようわからんな。相手は君らの言いなりで働いとるタレントやろ。街に頼れる人もおらんのに、どこへ行った言うんや? 仮に逃げたとして、金石会に不都合でもあるん?
私から情報を引き出そうとしているの?
滅相もない。
澪さんも、あの子とは長い付き合いやろ。それも、俺より長く一緒に過ごしとるはずや。
俺があの子と顔見知りになったんは、うちのおでんが絶品やったんと、俺が街の怪談に詳しいんと、多少慰めの言葉くらいはかけてやれるってだけのことや。正直、そないに親しいってほどでもない。
ただ、そんくらいの付き合いでもわかんねん。あの子はちょっと抜けとって流されやすいだけで、悪意なんか持っとらん普通の女の子やって。長い付き合いの君のほうこそ、思うとこはあるんちゃう?
どうしても話したくないみたいだね。
そう睨まんといてや。
ええから、うまいこと口添えしてくれへん? 三船には、俺が足元見てふっかけてきた、とか言うてごまかしてくれたら十分やから。
ほんなら、機嫌直しに美味しいおでんでも食べていかへん?
ちくわ、駄すじ、玉子、大根、それと昆布を一つずつ。
えっ、澪さん、君……
何かな、その反応は。最初から私に食べさせる気はなかったということ? 萌々香は良くて、私はダメ、と?
ちゃうちゃう! 今までは、一度もここで食べてくれへんかったやろ。てっきり今日も断られるもんやと思てたわ。
はい、お待ちどうさん。
いただきます。
澪は料理に手を合わせ、頭を下げると、器からちくわを取り出し、小さくかじった。
熱っ――
その時、仁田街の喧騒がふいに少し静まった。
通りにいる人々が、同じ木に留まった羽獣がそうするように、その瞬間ぴたりとお喋りをやめたのだ。
だが、静寂が続いたのはほんの数秒で、ほどなく街中のテレビから一斉に同じ声が聞こえ始めた。
御机の皆様、こんばんは。
お時間をいただいて申し訳ありません。私、三船光平から、緊急で皆様にお伝えしたいことがございます。
……君んとこの親分さんがテレビに出るんはいつぶりやろな?
十数年ぶりだね。
……歌手であり、俳優の羽生萌々香さんが、現在行方不明となっています。
繰り返します。弊社と長期契約を結んでいる人気タレントであり、歌手、俳優の羽生萌々香さんが、現在行方不明となっています。
信頼できる情報筋によると、彼女の失踪は、市内で噂されている怪談と関係があるのではということでした。
現状、その怪談が具体的にどう関わっているかまではわかりませんが、確かなこととしてこの事件には、怪談に語られる中心人物……
「金石会の青鬼」「一本角の鬼」と呼ばれるその人に関係していると見られます。なお、この人物は、ほかにも多くの呼び名を持っています。
「青鬼」は鬼族の女性であり、一本角に緑色の長髪、背丈は高く屈強な体格の持ち主で、大きな三角形の盾を所持しているという情報も入っています。
彼女は二十年前に行方不明となっており、一説には、すでに死んだ彼女の怨霊だけが真夜中に御机の通りを彷徨って、自分と関わりのある人物を殺して回っていると言う噂もあるようです。
先日、萌々香さんのライブの際に、多くの方がこの鬼を目にされたことと思います。
それが果たして、生きた本人か、あるいは偽物か、それとも幽霊なのかは現時点では判明しておりません。
萌々香さんの所属事務所の責任者として、御机市民の皆様に心よりお願い申し上げます。どうか情報提供にご協力ください。発見に繋がる情報には、謝礼を用意いたします。
萌々香さん自身、皆様のご協力を望んでいることでしょう……
……
……にしても、萌々香と青鬼を見つけるためだけに、ここまでやりよるんか。
あの子ら、一体何しでかして三船を怒らせたんや?
君には関係のないことだよ。
わからんなぁ。君んとこの親分さんが、あんな女の子一人にこない騒ぎ立てる理由が。
今のはまるで、テレビを見た人全員の目ぇ借りて網を張ろうとしよるみたいやった。そこまで大掛かりなことするんは――
森内の眼前で何かが不意にきらめいた。
それは一本のドスだった。
反応しようがないほど一瞬のうちに、その刃は屋台の木板に突き刺さっていた。
話さないと決めたのなら、沈黙を貫き、無駄口は叩かないようにしたほうがいい。よく覚えておくんだね。
御机から君のおでん屋が消えてしまったら、残念だから。