墟 AT-4・戦闘前
百物語
三船さん。
頼んでいた件はどうなった?
議員がついに金石グループと金石会の分離を承諾しました。
いま三船さんが会長の座を継ぎさえすれば、それはすぐにも叶います。
ふっ、それなら代替わりの儀式を、明晩の花火大会と同時に行うのはどうだ?
鉄斎の態度は相変わらずですし、星熊まで加勢しに来た今、本当にたった一日で……
成せるとも。
眉が少し動いたな。何を考えているか察しはつくぞ。お前は、俺がこの手の冗談を言う人間ではないと知っていながら、俺にそれを成せるとは思っていないんだろう。それに……
お前は、あの老いぼれの筆跡を真似させてまで星熊を呼び戻して、無暗に面倒事を増やす必要はなかったと思っているな?
……
二十数年前、星熊の盾は数多の血を流させた。なにせ、あれはあの老いぼれの最後の作品だからな……澪、お前は奴の家に行ったことはあるか?
何年も前のことですが。
奴の家に何より多くあるものは何だった?
テレビでしたね。
そう、テレビだ。
あのジジイは昔かたぎだが、鼻が利く時もある。
争いを続けていれば、金石会はいずれ滅びると奴にはわかっていたんだ。それで奴は、源石素子結晶に目を付けた。
素材への理解を深めるにつれ、奴の加工場は素子結晶の製作所へと様変わりし、大きな成功を収めるに至った。そうして、奴は愛する武具製作にかまける余裕をなくしていった。
その後、ちょうど源石結晶産業が軌道に乗った頃、奴は光元派の没落した公家から、盾の材料とその製法を買い取った。
なんでも、そのために当時の組の流動資金の半分近くを費やしたらしい。
それほどまでに重要視され、恐らくは奴の最後の作品になるだろう盾が、当時の金石会にとってどんな意味を持つと思う?
……組を継ぐ者の証、ですね。
そう――お前にもわかるようなことを、あのジジイは明言するでもなく、南院の第一回議員選挙の開催目前まで先延ばしにし続けた。
お前たちの世代からすれば、議会という概念は馴染み深いものだろうが、当時の俺たちはそれが何なのかすら理解していなかった。
俺たちは当初、官制を改めるものとばかり思っていたが、結局奴らがそこに手を入れたのは何年も経ってからのことだ。
実際のところ、当時聞いたのは、「議員」は平民から選ばれるということだけだった。これを聞いた時は、南院全体がどよめいたものだが……その後、名乗りを上げたのがあの惟任という不運な男だ。
……例の議員候補ですか?
ああ。奴の公約は多岐にわたっていたが、その中心となっているのは、俺たち金石会を鍛冶町から追い出すことだった。
そして奴は、烏合の衆を集めて連日鍛冶町の外で騒ぎ立て、俺たちの商売を邪魔してきたんだ。
とはいえ、あのジジイは――いや、それどころか金石会全体が、初めは惟任のことなど相手にしていなかった。だが、その後あの男はどんどん支持者を増やしていった。
それで……三船さんは、惟任を排除すると決めたのですね。
そうだ。そのあとのことは、お前も知っての通りだろう。あの議員候補が死んだあと、金石会は民意の恐ろしさを思い知らされた。
そうして、俺もようやく気付いたんだ。四大名家を前にすれば、議員などお飾りに過ぎないが……
俺たちのような人間からすれば、議員の一言や、うなずき一つが、往々にして生死を分かつものなのだと。
……失礼ながら申し上げますと、鉄斎会長が従わなかった場合は、代替わりの儀式に般若が必要になる、とはっきりお伝えいただいても良かったのですが。
お前は時折、鉄斎に似ているな。
無論、奴が俺の上に立ち続けていることや、お前が忠義に厚く、知りうるすべてを話してくれることを除いての話だが。
俺が金石会の会長となったあと、金石グループと金石会が分離すれば、二つを掛け持ちするわけにはいかなくなる。となれば、次に金石会を継ぐ人間などお前以外にいないだろう。
……
俺が政界に入り、権力を手にした暁には、お前と、お前の金石会に必ず報いると約束しよう。
三船は高らかに笑い出した。
その一方、眼前の女性は相変わらずの無表情で、それがこうしたことに慣れているためか、自分の耳を疑っているためか、あるいは遠大な未来を描くことに無関心であるためかは判然としなかった。
どうあれ、現状俺たちの最優先目標はやはり萌々香だな。
あいつは知りすぎた。それに、あの情報屋とも繋がっている。
加えて、佐野口の刀を――あの折れた刀を渡すまいと、窓から飛び降りてまで逃げたとなれば、それが意味するところは明白だろう?
三船さん――
お前が萌々香の件を忍びなく思いながらも、俺に隠し事をしていないのは良いことだ。俺もそれに応えて、あいつを鉱石病にさせるという件は考え直しても構わん。
だが、そのためにもまずは、あいつを連れ戻してこい。
あの刀の鍔だけは、何があっても回収するんだ。
それと、あいつにタレントを続けさせることはできんぞ。これからは、俺たちの厳しい監視のもとに置かねばならんからな。
この条件で納得できるか?
寛大なお取り計らいに感謝いたします。
その言葉は、あいつからお前に対して言わせるべきだな。
太陽がゆっくりと頭上へ昇っていく。
境内には、ほかの訪問者の姿はなくとも、今や四人と一柱の神の姿があり、もはや静かでひと気のない場所とは言えなかった。
吉星は荷物の中から文字を書き込めそうなものすべてを取り出し、萌々香にサインを求めている。萌々香はというと、その凄まじい勢いにたじろぎながらも、素早くサインをしてやっていた。
境内の反対側では、先ほどまであちこち跳ね回っていた神を抱えた宮司が、星熊と何かを話していた。
先ほどは神様があなた方と遊びたがっておられたので、神職としては口を挟めず傍観するしかなかったのです。何卒ご容赦ください。
んなこと言って、お前も結構楽しんでたじゃねえか。
おや、そうでしょうか?
私にもそう見えた。
誠心誠意神様にご奉仕すれば、おのずと心が晴れやかになるものですので。先ほどの星熊さんと萌々香さんもそうではありませんでしたか?
それよりも、なぜこの神様が私の家へ夜中に侵入してきたのかが気になるんだが。
「夜中に侵入」だぁ? 俺がヤバい奴みたいに言うんじゃねえよ。お前だって、昔死人が出た家に、ゴミを漁ったり寝泊りしたりする奴が急に現れたら、なんか妙だと思うだろ?
昔不幸があったというだけでか? 御机では殺人事件など珍しくもないし、鍛冶町も平和とは言い難い。だというのに、うちを覗いた理由はなんだ?
そりゃ怪談話のタネになってるからさ。
……あなたはその怪談に関わっているのか?
バカ言えって。「事件現場に現れる」のと「怪談話の元凶」じゃ、まるっきりワケが違うだろ?
自力で怪談のタネになれるような奴が、わざわざ一輪車なんぞで駆けまわったりすると思うか?
つまりあなたは、単なる野次馬だったのに、怪談話の元凶だと勘違いされていると?
そういうこった。なかなか理解力があるな。
言っとくが、神ってのは運任せの商売なんだ。
ここは縁結びの神社として知られててな。大抵の人間は、一生ほかの人間と付き合っていくわけだし、普通なら「縁」ほど大事なもんはないだろう?
世間が平穏無事だったら、皆、今ある縁が長続きしますようにと願うだろうし、逆に世間の雲行きが怪しければ、縁を頼りに困難を乗り越えたいとか、新たな縁を結びたいとか願うもんだ。
だがこの十数年のうちに、参拝者がどんどん減っててな。今じゃ日に十数人来りゃいいほうだ。
宮司様、それは本当か?
少し大げさな仰りようではありますが、近頃参拝者が減ってきているのは確かですね。
神の中には怠け者もいて、そういう奴は人が訪ねてこなければこないほど喜ぶが、俺は違う。なんかが起きてくれねえと退屈すぎて死にそうになるんだ――
噂をすりゃ、怠け者のおでましだな。
怠け者?
ああ、お前の足元まで来てるぞ。
星熊は足元を見下ろしたが、神社の石畳以外、何も目に入ってはこなかった。
おーい、我らが神社の大看板様よ、客に顔くらい見せてやったらどうだ?
……
星熊は手を伸ばして足元を探る。
神職の目から見れば、その手は神の身体と重なっているように見えていたが、星熊自身には何の感触もなかった。
うちの神社が縁結びで知られてんのは、こいつのおかげなのさ。こいつは、直近で縁に恵まれてるなと感じた奴の前にだけ姿を現すんだ。
逆に、縁に恵まれない奴や、今ある縁が切れそうな奴の前には絶対に姿を見せないが。
こんなに言っても姿を見せないってことは、お前の持ってる縁はもうじき切れちまうらしいな。
……
すべては人の努力次第です。このような一方的な発言を真に受けることはありませんよ、星熊さん。
お前なあ、自分とこの神の言葉を否定してどうすんだ?
まあとにかく、暇を持て余した人間がどうでもいいことに熱中するのと同じように、神もそうするもんなのさ。
御机じゃ、ちょうどお前がいなくなった頃から、怪談話が流行り始めてな。となりゃ暇つぶしにそれを追いかけたって構わねえだろ?
どうした、急に黙り込んで。もうじき縁が切れちまうのがそんなに怖いのか?
いや。そうではなく、神様ですら、そんな掴みどころのない話を追いかけるとはと思ってな。
何だとこら!
どうあれ、あなたは森内さんが探している神様ではないようだ。
当ったり前だろ。
それでもいいから、一緒に来てくれないか? 私の説明だけでは信じてもらえそうもないが、あなたから彼に対して、先ほどと同じような話をしてくれたら……
おい宮司様、助けてくれよ! この鬼、お前んとこの神様を連れ去ろうとしてるぞ!
そうですねえ……ここ数年は、森内君のおかげで、おでんを切らさずに済んでいるのですが。
チッ。
まあいい、俺は心の広い神だからな。ちょっとくらい付き合ってやる。
星熊さん、宮司様とのお話はまとまった?
大体な。吉星はどうした?
店番があるからって、先に帰ったよ。
こいつも行くのか?
ああ。萌々香は「怪異」を引き寄せる体質だからな。彼女が一緒なら、あなたもやる気が出るだろう。
付き合ってやるっつったからには、誰が一緒でも同じだけどな。
そうは言いながらも、神は萌々香のそばまで一輪車を転がすと、興味深げにくんくんと鼻を鳴らした。
お嬢ちゃんの出てる番組はよく見るんだが、ひょっとしてお前、呪われ体質なんじゃないか?
そ、そんなのわかんないってば!
実は私、怪談苦手なんだよね。これから先は、二度と怖いことなんて起こらず平和に暮らせたら、それが一番いいんだけど。
へえ、そういうの興味ないのか?
私はただ普通に芸能活動でキャリアを積みたいだけだから。
怪談関係のことで人気が出たのは確かだけど……それってなんか……正しいことじゃない気がして。
芸能人なら、自分の実力でみんなを楽しませてこそだと思うの。
今どきそんなこと考える奴は珍しいな。面白いじゃねえか。
あっ、そうだ! 聞きたいことがあるんだけど……実は昨日の夜、うちですっごく怖いことが起きたんだ!
うちのテレビから突然、私のライブの映像が流れて、それからテレビ局の警報音まで鳴り始めて……
最後にはなぜか、すごく怖い映像が流れてきてさ……
へえ! そりゃどんな映像だ? 未確認生物でも映ってたのか? それとも殺人現場とか?
ううん、そうじゃなくて澪さんが映ってたの……それで、そのあとすぐ、澪さんが本当にうちに来て……
ただの回線トラブルじゃねえの? 俺が求めてる怪異は、そんなんじゃねえんだけどなあ。
と言うと?
怪異を追いかけていると言っても、その手のものは結局人間の仕業だと思っているから追っているのではないのか?
お前ときたらロマンを知らねえ奴だな。全部が全部人間の仕業だったら、俺が追っかける意味なんざないだろ?
怪異ってのはどうしても原因がわからねえもんのことを言うんだ。
人間は原因がわからねえことに出くわすと、森内みてえに、俺たち神の仕業にしようとするが……
神にすらその原因を紐解けねえもんがあったとしたら、そいつはつまり、もっとでかくて神秘的でわくわくするような何かが、裏で糸引いてるに違いねえってこったろ。
だが、現に輪入道の噂はあなたの仕業だっただろう。
ごほん、そんなんどうでもいいじゃねえか。話をそらすなって!
……つまり、あなたも神様を追っているというわけか? 「神様」の上に立つ「神様」を?
その通り!
あっ、吉星さんからかな?
連絡先を交換したのか?
うん。ファンと直接交流する機会なんて事務所は滅多にくれないけど、あの子はすっごく熱心でいてくれるから。
もしもし? 吉星さん?
えっ?
ええっ!?
違うよ! そんなつもりない――私、そんなこと言ってない!
そうだよ! 引退するなんて一度も言ったことないもん!
うん、うん……
……えっ? これ以上話せない? 誰かにつけられてるかもしれないって!?
わかった! じゃあ今すぐ……
うそ、神社にも?
了解、すぐみんなに知らせるね! そっちも気を付けて!
お前が引退するという噂が広まっていると?
吉星さんが言うには、掲示板でそういう話が広がってるんだって。それも、誰かが適当に流した噂じゃなくて、金石テレビが発端らしくて……
吉星自身には何があったんだ?
金石会の人に尾行されてるみたい。それに、さっき門を出る時怪しい人影を見たから、神社の周りも危ないかもって言ってた。
では、今度吉星さんに会われる時には、その旨ご一報いただいたお礼をお伝えください。
とはいえ、こちらのことはご心配なく。御机で幅を利かせる極道者も、境内で騒ぎを起こせば報いを受けるだけですから。
それと、身を隠しておきたいということであれば、あとのことは私が引き受けますので屋内へどうぞ。あるいは神社を出られるようなら、道をお教えしますので、そちらから逃げてください。
急いで戻ったほうがいい。ぐずぐずしていても、向こうの手勢が包囲を強めるばかりだ。
萌々香、運転は任せたぞ。
わかった! 昨日一晩乗ってたおかげで、ちょっとはコツも掴めてきたからね!
では宮司様、これで失礼する。
ってことは、俺もお前らについていけば、あのヤクザどもと追っかけっこになるわけか?
すまない、なるべく目立たないようにするから――
だったら、俺が代わりに目立ってやるよ。
と言うと――
おとりになってくれるってこと?
結果的にはそうなるな。たまにはあの間抜けなヤクザどもをからかうのも楽しそうだ。怪異を追っかけるほど面白かないだろうがな。
そんじゃ、まずは俺が正門から飛び出して、ヤクザどもの注意を引こう。その隙にお前らは裏から逃げな。あとで森内のバカんとこで集合な!
返事をする間もなく、一輪車は風を切って門の外へと駆けだした。そのペダルは、昼の太陽の下でも残像しか見えないほどのスピードで回転していた。
どうやら、神様はお二人を気に入っておられるようですね。
えへへ……
ですが、今はそれに感銘を受けている暇はありませんよ。さあ、こちらへ。私がご案内しましょう。
ここに来るまで、あっちに行ったり、こっちに行ったり……すごく見つけにくい道ですね。
それでも、誰にも見つからないとも限りません。急いでここを離れてください。
ご協力に感謝する。
お気になさらず――
向こうで音がしたぞ! 早く来い、カメラ! 誰かいるかもしれない!
この辺りも一応境内でしょう、勝手に入ったりしたら……
三船さんの命令と、神社なんかのしきたり、どっちが大事だと思うんだ? さっさとしろ!
俺たちはチンピラどもと違って、誰かを殴ったり喚き散らしたりしなくても、マイクとカメラさえありゃ飯が食えるんだぞ。こんないい仕事ほかにあるか? ほら、急げって!
……
宮司様、ど、どうしましょう?
宮司は口を閉ざしており、穏やかで楽しげだった表情も、時折見せていた満足げな様子も、その顔からは消え失せていた。
しばしこちらでお待ちください。
まさか……宮司様が直々に?
ただいつも通り、邪を祓うだけですよ。
宮司がその場で御幣を軽く一振りすると、風鈴の音が止まり、一方で木の葉が微かに震えた。そして息が詰まるような緊迫感と共に、空気が一気に澄み渡っていく。
彼の袖元からは、水晶のように煌めく炎が噴き出した。それは迸りも揺らぎもせず、時が停まったかのように空中を漂っている。するとやがて、門のほうから風音が響いてきた。
それは、神が人と戯れる時には決して起こらないような、刃の如く鋭い暴風だった。
そうして裏庭で狐火がぼうっと燃え上がるのを見るや、門のほうにいた神はハンドルを離して立ち上がり、得意げに前足を上げて、空に向かって一振りした。すると――
煌めく炎が退魔の雷の如く弾け、神社を取り囲む注連縄がたちまち狐火に包まれて、俗世と神域を切り離す。
そして、神域外の風は激しさを増し――別の物にカムフラージュされていた盗聴器やドローン、カメラなどがその姿を現し、果てには丸ごと空中に吹き飛んで行く。
なんて風だ――機材が、機材が飛んでいく!
御幣が風の中心を切り裂き、神域外に広がっていた狐火が突然分裂した。風が機材の外殻を剥ぎ取り、剥き出しになった機構を炎が貫いていく。
炎に貫かれた機材は、内側から音もなく鮮やかな白い炎を上げ、少し間をおいて次々に弾け飛んで黒焦げの炭と化した。
宮司様って……実はアーツの名手だったんですか?
珍しくもない、ちょっとした特技くらいのものですよ。
今のうちです。急いでここを離れてください。