墟 AT-8・戦闘前
往く川の流れ
ああ、俺だ! 今さっき議員殿のところから戻ってきた!
星熊はどこにいる?
スタジオだと!?
澪はどうした? 奴らを止められなかったのか?
なに!? 立ち去っただと!?
裏切り者め……!
だったら、中の状況は撮影できたのか? 星熊の様子は?
……チッ、いいからさっさと編集しろ! 澪と戦っている場面を、星熊が発狂した証拠として仕立て上げるんだ――
もう遅いとはどういうことだ!? サイバーニンジャの侵入を受けただと!? 回線は!? ジャックされたのか!? 動画の編集もできないと!?
……この役立たずめ! 編集ができないならさっさと電気系統を落として通信を切断しろ! 今夜はもう謝罪の声明を出すだけなんだからな!
俺のテレビでこれ以上勝手なことを喋らせるな――
おい、聞いてるのか!?
*極東スラング*、回線が切られたか?
あのクソ議員め、「君が直接説明しにこい」などと! 俺が出張れば敵に付け入る隙を与えることになるだろうが!
奴と無駄話をしている間に、何もかも予定が狂っちまった! おまけに般若まで……
……
はぁ……
落ち着こう。
事態に始末をつけて、初めからやり直せばいいだけだ。何も問題はない。これが初めてではないんだからな。
まずはスタジオに向かい、あのゴミどもを止めるんだ。星熊の件は議員の了承を得ているし、世論さえ片付ければ……
……
ハッ、「星熊の姉御」と騒ぎを起こしに来たわけか?
星熊……?
やれやれ、お前の勇気を称賛してやるべきか、あるいはいっそ愛らしいほどに愚かだと言うべきか。
随分と傷を負っているようだな。俺の部下たちはお前が用済みだと知らず、ままごと遊びに付き合っているわけか。
その真剣は誰から奪ったんだ? 俺が返しておいてやろう。でないと持ち主が怒るだろうからな。
金兵衛……貴様……
なんだ?
今はお前と遊んでいる時間などないんだよ。
お前が子供の頃に父親から教わったその剣術は、基礎にするには悪くないが、戦場で敵を斬るには程遠い。
目隠しなんぞに仲を裂かれた父子関係を思えば、奴に教わった剣技をお前がどの程度理解しているかは怪しいものだな。
なんだと!?
ハッ、仲を裂かれた、か……ああ、そうさ……
話は終わりだ。さっさと失せろ。さもないと、お前を鉄斎の元へ手ずから送ってやるぞ。
親父の元へ行くべきなのは……お前のほうだ!
皆さん……こん……ばんは。
私は、羽生……萌々香です。怪談話が怖いのに、怪異に憑りつかれてる萌々香です。
まずは謝らせてください。さっきあんな放送事故があったばかりなのに、またお騒がせすることになってごめんなさい……
モモっち!?
あの子行方不明じゃなかったっけ? どうして急に出てきたの?
彼女が出てくるってことは、さっきの警報はやっぱり怪異だったのか!?
だとしたら……今怪異に巻き込まれてるモモっちが、助けを求めてるってこと?
でも、私はご覧の通り、こうしてまたここに立っています。
私の身に変わったことが起きるのは、当たり前のことにすらなってますよね。だって、怪談ってそういうものですから。噂が流れては消えて、消えたと思えばまた新しい噂が流れて……
だけど、私が……怪談話は全部嘘で、怪異なんてもの実在しないって言ったら、皆さんはどう思いますか?
行方不明騒ぎじゃ飽き足らず、町中巻き込んで話題作りしようだなんて、金石テレビは彼女のプロモーションにどれだけお金かけてるんでしょうね。次はどんな怪談に便乗させるつもりかしら。
……彼女、怪談話は全部嘘だって言ってるぞ。
はぁ? そんなわけないでしょ?
本人がそう言ってるんだって。気になるなら、俺に突っかかってないで見ればいいだろ。
確かに、神様が関わっている本当の怪談もごくわずかに存在はしています。ですが、私が出演してきた番組で扱った怪談も、経験してきた怪異も……全部偽物だったって言ったら、どう思いますか?
これは単なる仮定ではありません。実際すべては嘘だったんです。
金石テレビと芸能事務所は、皆さんを騙していました。そして、私はずっとその事実を知らされずに過ごしてきたとはいえ、結果的に皆さんを騙した共犯者になってしまいました。
本当にごめんなさい!
皆さんを騙してしまったことに言い訳をするつもりはありません。叱責の言葉は、すべて受け止めさせていただきます。
こら、今夜はもうテレビを見ちゃダメって言ったでしょう?
クラスの子から、すごい番組やってるよって聞いたんだもん! ほら見て! 怪談アイドル本人が、怪談は嘘だったって話してるんだよ!
私が関わってしまった嘘は……数えきれないほどあります。
たとえば、一連の怪談の発端になった、鍛冶町にある「金石会の青鬼」の旧宅のこと。そこに住む人が次々に亡くなったという「幽霊屋敷」ですが――
あれは幽霊の仕業なんかじゃなくて、正真正銘の殺人事件だったんです。
私はここに告発します。三船光平が――金石テレビと芸能事務所のオーナーであり、金石会の実質的な支配者である彼こそがその犯人であり、真の黒幕だと。
三船は、彼が敵対している鉄斎さんと私が内通しているのでは、と根拠のない疑念を向けてきました。そして、私が状況を把握していないうちから、私を鉱石病に感染させようとしてきたんです。
さらに、いわゆる「金石会の青鬼」というのは、何年も前、彼の代わりに罪を被り、御机を去った人物でした。彼女は私を救ってくれたにも関わらず、「誘拐犯」に仕立て上げられてしまったんです。
そしてその後、私が偶然怪談の真実に触れてしまった時、三船は口封じに私を殺そうとし、私が芸能界を引退するというデマまで流しました……
惟任さん! 上層部はもうカンカンですよ!
「放送を中止させろ」と指示が来るのはかれこれ八回目になりますが、どうしますか……?
七回目までどうしてきた?
……どうもしませんでしたが。
だったら、これまで通りでいいだろ?
お前たちが陰で俺のことどう愚痴ってるかくらい知ってる。「じきに良くなる」と何度も繰り返してるうちに、自分でもその言葉に自信がなくなってきたところだった。
とはいえ、とりあえず今夜は俺が盾になろう。この一晩だけでも、警察が誰の顔色も窺わずに動けるようにしたいんだ。これはお前たちへの餞別とでも思ってくれ。
……以上が、今夜私からどうしてもお伝えしたかったことです。
あとは、少し話が逸れてしまうんですが……私自身のことをほんの少しだけ、話させてください。
大勢の人が、番組に出演している私の怖がり方を、大げさすぎるとか……わざとらしいとか、そんなふうに感じていることは知っています。
ですが、私の人生には、ずっと恐怖が付きまとっていたことは事実なんです。
もちろん、私が怖がりになった原因として、子供の頃に大人から怖い話をたくさん聞かされたこともあるんですが……
それより大きな原因は、私の故郷が後川にあるからなんです。水質汚染で知られている、あの後川です。
あの場所に存在する恐怖は、夜中に町をうろつく殺人鬼だとか、不幸を招く輪入道だとか、地獄に続いているエレベーターだとか、そういうものじゃありません。
後川では、親族の誰かが突然起き上がれなくなったり、歩いているだけで訳もなく転んだり、気分が悪くても手の痺れを確かめる勇気すら湧かなくなったりする、それを恐怖と呼ぶんです。
そうしたすべては当たり前のように起こり、気付いた時には……手遅れになっている。そういうものなんです。
それに比べれば、私は本当に幸運でした。御机に来て、私を愛してくれる人や、見てくれる人、そして私を嫌う人の視線を受けていられるんですから。
これまで私が抱いていた恐怖は、病や死に対するものでなくなり、お客さんの評価や、ファンを失うこと、事務所からの圧力、そして作り話だった怪談に対するものへと変わりました。
ですが、こうして再び命の危険に晒されてから思い返すと、そんなことを恐れていられるなんて……とても贅沢なことだったと思うんです。
怪談を怖がっていられるのは、実のところ……幸せなことなんじゃないでしょうか?
差し迫った現実の危険に向き合う必要もなく、ただ布団に寝転がって、真偽不明の物語に悲鳴を上げ、緊張とそこからの解放に満足感を得ればそれだけでいいんですから。
でも、私は……これから先の私は、そういう楽しみを味わうことはもうできないと思います。
怪談の裏に欺瞞があり、誰かの欲望があり、そして殺人の隠蔽にもそれが使われていたことを知った以上、それをそんなふうに消費することなんてできませんから。
ですから、羽生萌々香は「怪談に憑りつかれたアイドル」ではなくなります。
今後私は、金石会傘下の芸能事務所との関わりをすべて断ち切ることをここに宣言します!
……
三船の足元には、傷だらけの哲也が倒れこんでいた。
彼が生きているのは、三船が加減したからのことではない。
実際、三船は何度もとどめを刺そうとしていたが、狂える鬼は我が身も顧みず、刺し違えてでも相手に一撃食らわせようと突撃してきたのだ。
さらには、横のスクリーンから聞こえる萌々香の言葉一つ一つが彼の両手を震わせたことで、何度も狙いが逸れてしまった。
そうして、彼の目的は一撃で命を奪うことから無力化することへと変わり、やがてこの狂人を振り切り事態を収拾することへと変わっていった。しかし、哲也はどれほど傷が増えても立ち上がり……
萌々香の声明もまた、終わりに差し掛かっていた。
私はこれからも、芸能活動を続けていきます。何があっても、生きている限り、この道を歩み続けるつもりです!
だって私は、みんなに希望を届けたいから。困ってる人や、恐怖に縛られてる人に、「あなたたちと似た経験をした人が、その気持ちに共感できる人がいる」ってことを――
そして、「あなたたちの物語を歌にして歌い、演じる人がいる」ってことを、「あなたたちの声が消えないように、全力で頑張る人がいる」ってことを、伝えたいんです。
萌々香の額から伝い落ちた汗を、彼女は軽く手で拭った。
なんかすっごい大口叩いちゃったかも。
そう思うと、急に怖くなってきちゃいました。やっぱり私って、臆病者なんですよね。
ふと思ったんですけど、私たちの人生には怪談話だけじゃなくて、ほかにも数え切れないほどの嘘があるのかもしれません。今ある豊かな生活だって……
……そういう嘘の上に成り立ってるのかも。
身の程知らずの狂人め、何をほざいている!?
すべては人々の信じる心があってこそ成り立っているんだぞ! 誰かがこの話を信じて、パニックが広がったら――
でも……それが私たちの人生なんです。もしかしたら永遠にそうして続いていくのかもしれない、人生なんです。
たとえそれが、嘘の上に……いいえ、儚い泡の上に成り立っているものだとしても、そしてその泡が明日には弾けてしまうのだとしても、それが私たちの人生であって……
そんな人生を、好きになるしかないんです。
それに、いつかそうして消えてしまうかもしれなくたって、人生は……美しいものだと思いませんか?
ほんの一瞬の美しさであっても、それが心に深く刻まれたなら、破滅が訪れたあとにも、その美しさが貴重な温もりとなって暗い夜に寄り添ってくれるはずです。
お話ししたかったことは……以上です。
貴重な時間を割いていただいてごめんなさい。羽生萌々香でした。
もしかすると……ううん、皆さんとは、きっとまたすぐお会いできると信じてます。
もはやこの状況を覆すことはできない。
フィディアは呆然と立ち尽くし、ただスクリーンに映る彼女を見つめていた。
……
ほう、まだ立ち上がるか。
だったら一戦交えるか?
邪魔くさい女の長ったらしい狂言が、ようやく終わったところだからな。父親の仇討ちがしたければ付き合ってやる。
若き鬼はふらつきながらも構えを取った。一方で、ついに冷静さを取り戻したフィディアは、すでに相手の脇腹に隙があるのを見極めており、次に動けば命を奪うつもりでいた。
しかし、鬼は一向に向かってこようとしなかった。
怖気づいたか?
いいや。
俺みたいなバカな奴にも、お前がもう死んでることはわかるってだけだ。
哲也が背を向けても、三船はただ青ざめた顔をしたまま、手を下すことはしなかった。
俺は背中を晒したぞ。殺さないのか?
興が冷めた。お前より先に殺さねばならん奴が山ほどいるんでな。
お前は後回しだ。
ああ、それと……
三船は哲也の背を見つめながら、ふいに、自分でもなぜそれを口にしたのかわからないような言葉を呟いた。
……お前の親父に言ったことは、実のところお前に向けたものだったんだ。
哲也にはそれが三船の挑発なのか、あるいは別の意図がある言葉なのかはわからなかった。だが、彼は振り返り、充血した眼で三船を睨むと、ふらふらとその場を後にした。
はぁ……
……
すべては夢のように非現実的に思えた。
長い告白を終えた後、彼女は激しく揺れ動く感情のあまり、ステージに倒れこんでしまった。
その後のことは、萌々香からすると曖昧だったが……どうあれ、星熊は屋上へ向かい、森内、吉星、更紗は萌々香を連れて階下へ降りてくれたようだった。
途中で戦闘や、爆発があったようにも思えたが、そうしたすべては遥か遠くの出来事のようで――
ここ、どこ? 吉星さんは? 森内さんは? みんなどこに……
更紗さん!? どうして倒れて……って、寝ちゃってる!?
そういえば、テレビ局内でも寝てたような……疲れやすい体質か何かなのかな?
だったら、今度は私が更紗さんを背負って逃げないと――
萌々香、どこ? 更紗もいるの?
二人とも、一体どこの路地に入り込んじゃったわけ?
私はここに――
む、む~~っ!
ハハッ、ようやく捕まえたぞ!
フッ、ハハハッ……まさか一人でこの女を捕らえられるとはな! これは大手柄だぞ……
口をふさげるテープを持ってて良かったぜ。歌手に大声で喚かれたらたまったもんじゃねえからな。
はぁ……この業界に入る前は「忍具」に憧れてたもんだが、結局俺みたいな奴が持てるのはガラクタばっかだ。高級品は全部先輩のとこに行っちまうし……
っと、急いで上に報告しないと――
チッ、そうだった。裏通りのカフェで午後中サボるつもりだったから、端末のバッテリーをカラにしてたんだ。
それがまさか、この女を捕まえられるなんて、俺もつくづくツイてるな。
「源石回路兵糧丸」はどこにやった? えーっと……ここか。
忍者は、「源石回路兵糧丸」という名の、球形の源石電子機器からコードが一本伸びたものを取り出すと、画面が真っ暗になった端末に繋いだ。
充電遅すぎだろ……
おいお前、充電中暇だし、テープを剥がしてやるからちょっと歌ってくれよ。
むうう、む~~~っ!!
仮にやるって言ったって、逃がしちゃやらねえけどな。
お前がスクーターで逃げ回ってたあの夜、俺たちはずーっとお前を追っかけさせられてたんだぜ。だから、お前の家も俺がひっくり返してやったんだ。
むう~っ!
あの家と来たら、貧乏くさかったな。こっちはお前みたいな人気アイドルなら大豪邸に住んでるだろうと思ってんのに、大したもんが置かれてなくてよ。
そういや、窓辺に並べてたありゃ一体何だったんだ? 変な収集癖でもあんのか? ハハッ!
むううっ――ぷはっ、げほ、ごほっ!
あなた、今なんて言った!?
この女、テープを剥がしやがった!
ハッ、まあいいさ。どうせ弱っちいアイドルだしな。
聞きたいんなら教えてやる。窓辺に並んでた妙なもんは一通り検めたし、あの枯れかけの木は俺が切ってやったんだ。
葉助を殺したのはあなただったの!?
「葉助」? まさかあのひょろい木に名前なんか付けてたのか。
それが何だってんだ? どう世話してたかは知らんが、あんな葉っぱまで黄ばんでカサカサの木に未来なんかねえだろ。だから切ってやったんだよ。
俺も花を育てたことくらいはあるが、植物を育てるのに必要なのは忍耐だ。そんで、一番大事なのは細かい気配りと愛情なんだよ、わかってんのか? お前みたいな奴は――
なっ、た、立ち上がりやがった! このテープ効果なさすぎだろ!
そうか、アーツでも使ったんだな? お前はエーギルだし、水に関するアーツだとか? だからテープが外れたんだな。
いや待てよ、先輩の話じゃ感染者以外は素手でアーツを使えないらしいが……そうなると説明がつかねえぞ。腕力で引きちぎったわけじゃねえだろうしな!
つっても、こんなひ弱そうな奴がテープをちぎれるとも思えねえしやっぱアーツか、そうに決まってる!
だが所詮はその程度だろ? 次はどうする、俺の顔に水でもぶっかけてみるか?
そう挑発しながらも、忍者は萌々香の目から視線を離さずにいた。
手負いの獣は厄介なものだ。この女も例外ではないだろう。抵抗してくるとして、そのアーツは霧か、高圧の水流か、あるいは……酸でも扱うものだろうか?
気を緩めてはならない、と忍者は思った。彼女が戦闘経験のないアイドルだからと言って油断は禁物だ。
とはいえ、恐らくそこまで強力なアーツではないだろうし、あのマイクのようなアーツユニットらしきものを見ているよりは、相手の目を見ておくべきだ、と彼は考えた。
目には心中思っていることが映し出されるものだ。
たとえば……殺意などが。
「身の程知らずめ」と忍者は思った。
だが、彼女ももはやこれまでだ。もう少し観察を続けていれば、その目から情報を得られるに違いない。彼女の狙いや、アーツの発動タイミング、あるいは……
おかしい。なぜ殺意しか見えてこないのだろうか?
そう思った瞬間、突然「ガンッ」と音が響いて彼の頭に衝撃が走った。
お、お前のアーツは……マイクでぶん殴ることなのか?
葉助の仇!
この人でなし!
血も涙もない悪魔!
私のかわいい葉助になんてことするの!!
お、落ち着い――
落ち着けるわけないでしょ!
あの子はまだ生きてたのに、くだらない気まぐれなんかであの子の命を――
奪うなんて!!
ステージ上での凛とした姿とは打って変わって、萌々香は恨み言を吐きながら……
手にしたマイクを何度も何度も、比類なき怒りを込めて忍者にぶつけていく。
や、やめてくれ、やめ――
やめるわけないでしょ! あなたみたいな人でなし、ボッコボコにしてやるんだから!!
萌々香!? 何してるの!?
このサイテー男を殴ってるの!! こいつが私の葉助を殺した犯人だったんだよ!!
えーっと、じゃあ萌々香自身は……無事だったってことね?
私は平気! 何ともないよ! でもちょっと待ってて、今はこの人をギタギタにするので忙しいから!!
あのさ、ちょっと落ち着きなって……まずは逃げないと……
雨あられと浴びせられていた殴打がようやく終わり、二人の足音が遠ざかっていく。
あの驚いた様子の声の主は、萌々香と共にいた吉星だろう。彼女が萌々香を連れて行ってくれたに違いない。
「ありがとう、吉星。お前はまさしく吉兆の星そのものだ――」
忍者は気を失い、それを口にすることもできなかったが、心から彼女に感謝した。
随分待たされたが、これほど長い歳月が過ぎても、やはりお前を止められる者などいなかったな。
……気取った口ぶりはよせ。お前の部下はとうに逃げ出したぞ。ここに至るまで、誰の邪魔も入らなかったんだ。
大勢が決した今、金石会の青鬼自らここへ足を運んでくるとは、一体どういう用件だ?
お前自身や、鉄斎のことで復讐をしに来たのなら、刀を抜け。
星熊は首を横に振った。
お前の罪は、今やお前が掌握していたはずのテレビですべて暴露された。お前の上にいる「議員殿」がどれほどの金を受け取っていようと、もはや助けに来てはくれまい。
その議員は恐らく、お前との裏取引や、お前にさせた隠蔽工作、そしてそれに対して対価を払ったやり取りを隠すのに躍起になっていることだろうが、私はそこに興味はない。
お前が殺した人々の無念は必ず晴らされるだろうと、私は確信している。それだけで十分だ。
警官のような口ぶりだな。
ああ、龍門では警官をやっているからな。
……本当か?
本当だとも。
実に笑える話だが、今夜ばかりは笑うに笑えん。「龍門近衛局」などという肩書は、見せかけだけだと思っていたからな。
……
私はただ、二十年前に果たしておくべきだったことを、果たしに来ただけだ。極東に残していた最後の因縁を断ち切るためにこそ、私はここに立っている。
ハッ、そんなことが叶うとでも? 過去に起きたことのすべては断ち切れんものだ。宿業と因縁は、いつまでも纏わりついてくるからな。
たとえそれを箱に押し込め、幾重にも重ねた鎖で縛っておいたとしても、それはお前が油断した瞬間に飛び出して、すべてを引き裂くんだ。
お前に断ち切れるものなど俺の喉笛くらいのものだ。斬ったところでそれは形ばかりのことで、単なる憂さ晴らしにすぎんだろう。
……ああ、形ばかりで構わない。
お前にも御机にも、もはや贅沢なことは望まない。私が求めるのは形ばかりのケジメだ。
絶縁状を書き、御机中に知らしめろ。星熊は御机と、金石会と、そしていわゆる「青鬼の怪談」との関わりを、断ち切るものとする、と。
背の高いフィディアは一瞬呆気にとられた様子だったが、後からくつくつと笑い出した。
龍門はお前を骨の髄までサツにしちまったらしいな。
だが、それに応じるつもりはない。組織から組員を追い出すなら、もっといいやり方があるからな。
刀を抜け。かかってこい。俺という現会長に逆らうんだ。俺たちのどちらが倒れることになろうとも、金石会はお前を一家の一員とは認めなくなるだろう。
ほかに方法はないのか?
これぞ、二十年前に果たせなかったことそのものだろう。
ただ……
三船は自分の執務室を見回した。
この場所はそれなりに気に入っているんでな。壊すには惜しい。場所を変えるとしよう。
どこへ向かうつもりだ?
鍛冶町さ。
あの場所はお前が更地にしただろう。
だとしても、あそこは俺とお前の思い出の場所だろう?
……悪趣味な奴め。
さあ、行こう。少し急げば、花火大会の終わりくらいには間に合うかもしれんぞ。