約束されざる地 UR-4・戦闘前
晴天の乱流
ですから、お入りになれません。
だから、俺はライン生命所属なんだ。あんたよりもずっとパーク内施設の管理規定を知っている。クラウドレストランに入るには特別な権限なんていらないはずだ。
普段はそうかもしれませんが、今日はVIPの方がいらっしゃいますので。
中に入れてあげたまえ。その若者は私に用があるはずだ。
ライン生命生態研究園の事故の後処理が終わったようだね?
さすがミスター・ギュスターヴ、耳がお早い。
いやなに、昔馴染みが幾人かこのパークでクルビアの新事業のために尽力しているのでね。
その中にはゴードン・タネンも含まれているわけですね?
どうやら君がやってきたのは、ライン生命が被った損失を取り戻すためではないようだ。
正式な手続きを飛ばして、直接もっと上に特例の対応を申請したとしても、ライン生命はもうエキスポに間に合いません。
まずはこちらの点検報告書をご覧ください。
新興のテクノロジー企業がパークに留まるため、点検時に発見した工学面での欠陥をごく短時間で解決した……これが、なにか問題でも?
「ラッキーシスティビースト」は再点検時にまったく基準に達していませんでした。規定通りであれば、本日中にパークから退去すべきです。
しかし先ほど、彼らの支配人と会った際に、彼らを数ヶ月悩ませていたエネルギー供給の問題を完全に解決したと言われました。
エキスポを目前にしたこの時期においては、締め切り、科学、奇跡……こうしたものは言わば「ポテトチップスの定番フレーバー」でしかない。
いえ、こちらのページをご覧ください――
通常の点検ではチェック項目にないパーツをいくつか見てみたのですが、いずれも出力効率が規格を十倍以上上回っています。あ、簡単に言うと――
名詞の説明はいらないよ。君が持ち歩いているその『クルビア源石部品の制式及び基準』は私が主導して定めたのだからね。
つまり、君は「ラッキーシスティビースト」がたった数時間で、クルビアの定める基準をはるかに上回る動力パーツを「発明」した、と言いたいのかね?
「発明」? 連中にそのような能力がないのはわかってます。俺は本来生き残れるはずのないデカブツに、クルビアのものではない心臓を移植したやつがいると考えているんです。
君もパークの規定は承知しているだろう。今や各国が我々の浮遊テクノロジー分野における発展と成果に釘付けだからね。安全保障上の考慮からすべてのパーツはクルビア産のものに限られているよ。
ご安心ください。俺の考えが事実だとしても、管理局の過失にはならないでしょう。
一般の実務担当者が、ライン生命の定期検査と不定期のランダム点検対象から特定の企業を外すことはできません。それが可能であるとしたら、エンジニア部門の点検順番を操作できる人間です。
そして偶然にも、ナスティ主任は、ある長官と協定を結んでいるんですよ……
ゴードン・タネンか。
ゴードンはあの手この手でライン生命の手足を縛りあげようとしています。我々こそが「プロペラパラダイス」の真の提唱者ですし、エンジニア部門はあいつの秘密を発見しうる目ですから。
だから君はゴードン・タネンが管理者としての務めをまっとうしていないどころか、むしろ職務を隠れ蓑に、「サプライヤー」をやっていると推測していると?
君、これはかなり重大な告発になるぞ。
だからこそあなたにしか打ち明けられないのです、ミスター・ギュスターヴ。
D.C.に到着する前の現状、このパーク内で「職務に忠実」な部下に対処できる志と力を持つのは、あなたただ一人ですから。
ふと興味が湧いたのだが――君の上司はこの件を知っているかね?
もしナスティ主任が何らかの手を打ってくれてたら、ライン生命もここまで落ちぶれずに済みましたよ……
不幸中の幸いだ。
それは、どういう意味でしょうか?
もしナスティの知るところならば、君がしばらくここへ残ることについて賛同は得られないだろうからね。君ほど鋭い感覚を備えた勇敢な若者には滅多に出会えないので良かったよ。
ミスター・ギュスターヴ――
ゴードンに相対する「志と力を持つ」のは、私ただ一人……はは、実に面白い話だ。あれは確かに昔よく私に逆らっていた。だがそれは君と同じで、若者の一時的な無鉄砲さに過ぎなかった。
そして私がゴードンに教えた初めての心得とは、クルビアを代表する時、我々は永遠に一心同体だ、というものなのだよ。
なっ……!
ギュスターヴが自分の腰から点検報告書を抜き取り、身を翻してレストランの奥へと進んでいく姿を、若いライン生命研究員はただ見ていた。
スカイは驚き、怒り、飛び出そうとした。だが老紳士が軽く手を振ると、ボディガードたちは易々と彼を取り押さえ、両腕を背後で交差させた。彼は痛みと悔しさに呻くことしかできなかった。
どなたかな?
……ふっ、まさか偶然ではあるまいな?
スカイはボディガードたちに拘束されたまま外へと連行される。向かう先がパーク下層の監獄なのか、それとも密室になるのかはわからなかった。
曖昧な意識の隅でギュスターヴに通信が入ったのが聞こえる。ゴードンに知らせているに違いない。スカイは証拠をナスティ主任に渡さなかったことを後悔した。もし生態研究園に戻れたら――
そこで、痛みが唐突に消えた。ボディガードたちは手を離し、彼をクラウドレストランから離れるためのエレベーターに追い込んだのだ。
……
おーい! 外のお兄さん、俺の声が聞こえるか!
ゴードン長官が源石製品を密輸していることは絶対に言いふらさないと誓うって! 本当にわざとコレクション室に入ったわけじゃないんだ!
少し休みなよ、オークリー。これ以上続けるとあの人たち、やっぱり死んだやつの口が一番堅いって気付きそうだし。
ううっ……
えぇ、また泣き出すの? 安心しなって。看守が囚人の相手をしないのはよくあることだから。
まるで監獄にぶち込まれ慣れてるみたいな言い草だな……
あたしがどこでコミュニケーション能力を鍛えたと思ってるの?
言葉が通じなくて長槍を持って追っかけてくるようなアダクリス人が相手でも、表情と身振り手振りでだいたいは何とかできるんだから。
本当に俺たちはこの監獄から出られると思ってるのか?
あなた、ボーンヤードって行ったことある?
ない……あそこの砂嵐の前じゃ金属すら防御としては役立たずで、探検家は嵐に遭遇した瞬間に肉を持ってかれて骸骨にされるって聞いた。だから「ボーンヤード」なんだって。
そー。禁足地には立入禁止区域たる所以があると、ガイドはみんな信じてるから、どの旅行会社もそこを目的地にしたりしないんだよね。
だけどあたしは誰かから聞いた話だけで「不可能」だって決めつけたりしたくないの。
まさか行ったのか……よく生きて出てこられたな?
ただの灰色の砂漠だったよ。
ヤバいくらいの日照りで砂が光ってるみたいだったし、丘の後ろには暗い紫色した断壁があって、サボテンがあたしやあなたよりも背が高いの。
確かに危険だったよ。吹き荒れる風のせいで足元が地面か空洞かもわからなかった。けど、砂嵐に肉まで持ってかれるってのはデマ。ナイフのがよっぽど鋭いよ。
信じられない……
「『不可能』ってのは、人が臆病と怠惰を満足させるために使う言い訳だ。」――父さんがよく口にしていた言葉だよ。
父さんのおかげで、あたしは禁足地にも行くような、ちょっとばかり他と違うガイドになれたんだよ。
そんな風に応援してくれる父親がいるの、羨ましいよ。
うん、まあね……
だから、ま、元気出しなって。バンシーのお客さんの願いも、あなたの願いも、あたしが全部叶えてあげるから。あたしたちの旅はこれからだよ。
おい、お前ら。
な、何をするつもりだ! 近寄るな!
……どういうことだ?
大人しくついてこい、ゴードン長官がお呼びだ。
ね、言ったとおりでしょ? まだこれからって。
はい、了解しました……長官、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
*クルビアスラング*食えないジジイめ。叱る時の口調が昔と全く変わんねぇ。クルビアの法律じゃとっくに定年なんだぞ、ちったぁ決まりを尊重したらどうだ。
俺はもう昔みたいにコーヒーを買うパシリしか任されない上に、間違えて砂糖を入れたせいでボロクソ叱られるようなガキじゃねぇんだ!
ゴードン長官……これ以上零五四に鱗獣用餌を遣りますと、お腹がいっぱいで目を回してしまいそうですよ……
(泡を吐く)
ふん、なら代わりに餌をやれ。
……
何一つ思い通りにならねぇ。邪魔くせぇライン生命をパークから追い出せなかったばかりか、ジジイとナスティの手下に俺の商売がバレちまった……
何より、せっかく集めた珍しいアーツユニットの数々が、二人の大バカ野郎に半分以上ぶっ壊された。この世に二つとない珍しい品もあったってのに!
アーツユニット……商売……
長官、今まで私に説明してくださらなかった空白の時間は……密輸取引を行っていた、ということですか?
テクノロジー企業が空で自分の席を見つける手伝いをすることが、規定違反だってのかよ?
いえ、意見をするつもりは毛頭ございません。ですが……
先ほど二名の乱入者を連れてこさせたのは、処分するためでしょうか?
何をピリピリしてんだ。あいつらに任せなけりゃいけねぇ大事な要件があんだよ。個人的な恨みよりそっちのが優先だ。
確固たる証拠がねぇ限り、俺のパークへの管理権限を剝奪できる奴はいねぇ。誰かが横槍を入れてくる前に、コレクション室の残りの装置をできる限り早く、外に運び出さなきゃいけねぇんだ。
あの者たちに禁制品を運び出させるのですか?
ですが、パークを出入りするすべての物資は、厳格な審査を受ける必要があります。たとえ長官の緊急許可があったとしても、ランダム検査に遭う可能性は排除できません。しかも……
本来の物流ルートはエンジニア部門の改造の影響で、しばらくの間は止まったまんまってんだろ。確かにそんなに長くは待てねぇよ。
ナスティの奴が、エネルギーシステムの改造だなんだをし始めたせいで、あちこち浮遊プランターユニットとライン生命の人間だらけだ。
待てよ、ライン生命……
ふっははは、そうだ。ちょうどいいじゃねぇか。そっちが俺の輸送ルートを塞いだんなら、こっちだって借りるしかないだろう。
ライン生命生態研究園地下にある、大型設備や基礎建築材料輸送に用いる建設輸送口のことをおっしゃっていますか?
ああ。生態研究園が封鎖された以上、ライン生命のシマが一番安全なカモフラージュだ。ジジイの動向は把握しているが、ナスティは……
長官、あの二名の乱入者の安全を保障してくださるのでしたら、ナスティ主任のことは私にお任せください。
あ? どうにかできんのか?
長官が計画を遂行されている間、彼女を引き留めておきましょう。
ただ一つ、あなたがフェルネさんから没収した品物を――バンシーの骨筆をお渡しいただければ。
お前らさっさと歩け、ゴードン長官を待たせるな。
(小声)俺たちが長官のコレクション室を壊してしまったから、絶対責任取らされるって!
(小声)お金を払えば終わりならまだわかりやすくていいよ。一番怖いのが「取引」を持ち出された場合で……
着いたぞ。
マーシアさん、長官がお呼びの二人が到着しました。
お疲れ様です。ありがとうございました、持ち場に戻っていただいて構いません。
マーシアさん、あたしのお客さんは――
申し訳ございません。ゴードン長官はどうやらそのお客様の失踪とは無関係のようです。私もできる限り気付けるようにしますので。
あのバンシーさん、いったいどこに行ったんだろう……
その方のことはひとまずお忘れください。もしこのパークから離れたいのでしたら、このドアを入った後には必ずゴードン長官の命令に従ってください。
……いったい何をするつもり?
あなた方が拒めないような「取引」をなさるつもりです。
スカイの歩みがだんだんと遅くなっていく。今まで彼はいつもこの廊下を走り抜けていた。同僚はいつも冗談半分で彼のせっかちに文句を言っていたものだ。
しかし、どうして急がずにいられるのだろうか?
彼は当たり前のように進学して研究をする者たちとは違う。ズタボロな家庭環境のせいで、彼は多くの時間を研究以外に費やすほかなかった。
今や彼はようやくライン生命という巨人の肩に立ち、クルビアの応用科学領域の頂点で、あの奇跡を見届けた蒼穹に触れようとしているのだ。
何ものにも妨げられてはならない。偉大なる事業の妨げとなる資格は誰にもないはずだ。
ゴードン長官の秘密を主任に伝えなくては、そして……彼女に謝らなくては。
足音? ライン生命の研究員は全員実験エリアから撤収したはずだぞ?
ねえ、これって取り外せない? 浮遊回転バーの、遠心力安全セーフティプロテクターっぽく見えるんだけど。
下手に触るな、後で新しい雇用主に聞こうぜ。
ナスティさんはまだオフィスから出てこないの?
私たちやあの強張った顔の若者を助けるために、この生態研究園まで差し出したって話でしょ。
しー。ナスティさんがいい人だってことだけ知っていればいい、余計な口は出すな。
強張った顔の若造……俺か?
わざわざお時間を割いていただき、ありがとうございました。良い協力関係を築けることを祈ります。
ギュスターヴの側近の秘書か? 何しに来た!
ああ、あなたが例のスカイ・ジャガーさんですか……
当方とナスティ主任の話し合いはすでに終わりましたので、ここで失礼します。
……
戻ったか。
ギュスターヴに頭を下げたのですか?
ああ。
現場の主導権を完全に譲り渡して、二度と積極的に審査を行わないと?
そうだ。
ということは、ライン生命は実質上このエキスポから身を引いたことになり、パンフレットの名簿一覧にも残らないと?
そうだな。
……
もう少しすればここに整理し終わった実験器具を置く必要がある。まだ体力があるのなら手伝え。
主任……
なんだ?
俺がやらかすだろうってことも、俺がただの凡才であることもとっくに見抜いていたから、エンジニアリングチェックとプランターユニットを俺に任せたんですか。
あなたの判断通りでした。結局のところ俺はドブの中でのたくってる鼷獣でしかなかった。何が偉大かを理解はできても、その一部にはなれませんでした。
許され、救われ、庇われて……俺は部屋中のモニターの人たちと同じで、遠くに置いて行かれる一般人でしかない。もしあなたの手助けがなければ、今だってここにいられなかったでしょう。
私には新しい従業員たちと、助手が一人必要、ただそれだけだ。
クルビアに来たばかりの頃、私は開拓者のグループに拾われた。彼らは私がバンシーのくせに呪文に長けてないことを嫌悪し、私は彼らが作る狩猟用の檻の効率が低いことを嫌っていた。
我々のコミュニケーションに受動態が存在することは一度もなかった――常に互いに許し合い、救い合い、庇い合っていた。
今のように。そして本来あるべきように。
今の生態研究園は依然として静かなままだ。しかし入ってきたモニターたちによって、理性と金属の気配が漂う実験室にどうやら変化が生じたようだ。
いつもこじ開けるのに苦労するプレパラートの収納箱に、針金でできた歪んだ取っ手が取り付けられた。いつも背中が凍えるほど寒い送風口の下に、風よけのベニヤ板が下げられた。
スカイが怒った時によくぶつかってしまうガラス扉には、「注意」と書かれた付箋が何枚か増えた。
その付箋の数々が、スカイに妹を思い出させた――
凡庸で、普通で、彼から見ればいつだって「守られて」いなければならない人間。
偉大なる奇跡を見届けて以降、一度も振り返らなかった相手。
もし前に進むことが振り返ってはならないのと同義なら、己が最初に選んだ道を進み続けていることをどうやって確認する?
もし進歩が選別を意味するのなら、少数だけが到達できる未来に何の意味がある?
スカイ、なぜ一般人は置いて行かれなくてはいけないのだ?
……
あなたがこんなに……演説が上手いとは思いませんでした。
私は事実のみを述べる。質問し、解決し、それを繰り返すだけだ。
偉大なる道理と理想が君の頭脳を騙す前に、まずは動け。