アテヌス復讐記ME-6・戦闘前往日の詩
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ヴィクトリアサルゴンミノスシエスタ
クルビアボリバルヴィクトリアサルゴンミノスシエスタ

名前

アテヌス復讐記 ME-6・戦闘前

往日の詩

パラス

……

ティティ

……

もう夜も更けてきたし、それぞれの準備に取り掛かりましょう。

パラス

本当に実行する気なのですか?

ティティ

ええ。ベフヌイさんに贋作だと知られて以降、あのリラにはガードマンがつけられて監視下に置かれ、少しも近付けなくなっているけど……

今夜は問題が起きないように、一層警備が強化されてしまうにしても、明日の交換の儀であれば話は別よ。

パラス

彼はリラを公の場に出さざるを得ず、そうなれば我々にもチャンスが生まれるということですね……

ティティ

その通りよ。

パラス

しかし、その後はどうするのですか?

ティティ

サルゴン政府が事件について形式的な謝罪をするでしょうね。それで、水面下では改めて外交官を派遣したうえで監督官と交渉を行うはずよ。

表向きは、サルゴンの使節がミノスの国宝を持って逃亡したということになるけど、実際には贋作が失われただけだという事実が、両国の関係者間で周知されるでしょう。

パラス

そうではなく、あなたはどうするのかと聞いているのです。

ティティ

私?

偽物のリラとミオと一緒に、古道からここを離れるわ。多分、ミナトハマイには戻れなくなるわね。パーディシャーの衛兵が追いかけてくるでしょうから。

そこで捕まってしまったら、ベフヌイさんもパーディシャーも、不利な証拠をもみ消して、ミノスに責任を押し付けかねないわ。

でも、私が捕まらず逃げ続ければ、サルゴンの有力貴族たちも、この「盗難事件」に勝手な結論を下すことはできないはず。私は、リラだけじゃなく、真実を持ち去るつもりでいるの。

パラス

ティティ……

ティティ

ね、だから止めないで。

ほかにもっといい方法があれば、私だってこんな重たいリラを抱えてテラ中駆け回りたくなんかないわ。

ほら、もう戻って。しばらく一人にさせてちょうだい。明日の朝、また会いましょう。

パラス

わかりました……

ティティ

……


ティティは広場の客席にもたれると、空を仰いだ。

ミノスの夜空は常に澄み渡っており、星の観測を愛する人々を惹きつけてやまない魅力がある。そしてそれゆえに、ミノス人は古来より、英雄と星々の位置とを関連付けてきた。

幼い頃、ティティの父は星空を見上げながら、英雄譚を語り聞かせてくれたものだった。

そうした物語には、書物に記されているものも、出典のないものもあった。今思えば、もしかするとあれは、何の権威も持たないただの文学愛好家だった父の作り話なのかもしれない。

その父は病で早逝してしまったが、それでもティティは、父が語り聞かせてくれた物語の一つ一つを今も鮮明に覚えている。

父が語ったミノスの物語の中に、リラを抱えて逃亡する英雄など存在しただろうか?

夜空には数多の星々が瞬いていたが、ティティにはその答えを見つけることはできなかった。


ヘカデモス

こんな時間に、何か御用ですか? 退勤時間はとっくに過ぎているので、明日出勤してからで――

???

書記官さん、私です。

ヘカデモス

カサンドラさん?

カサンドラ

申し訳ありません。もうお休みになられていることは承知していたのですが……

ヘカデモス

ええと……こんな時間に、どうなさったんですか?

カサンドラ

クサントスさんたちの起こした窃盗事件について、リディア監督官から何かお聞きになっていませんか?

先ほど、監督官執務室で演劇の儀式の演目について相談した際、その事件についても触れたのですが、監督官は曖昧な態度を示しておられたので。

ヘカデモス

ええと……監督官には監督官のお考えがあるんだと思います。交換の儀は明日に迫っていますし、その段取りの調整のみならず、サルゴン使節団への対応もありますから。

カサンドラ

まさに、それが心配なのです。

仮にサルゴン使節団側が、両国の信頼関係への影響を考慮して事件への評価を改めよ、と要求してきた場合、外交を担当する彼女にはそれを拒むことなどほぼ不可能でしょう。

実際、相談の最中、彼女の表情には少し緊張が見られましたし、傍らのデスクには、ミノス法律大全と事件の調査報告書が積まれていました。

つまるところ、すでにサルゴン側から圧力を受けている可能性は高いと思います。となれば、師弟の罪は重くなるばかりでしょう。それに……

ヘカデモス

それに?

カサンドラ

ソファーのひじ掛けの後ろにヴァルポのしっぽが見えていますが、きっとそれは、鉱石病感染者であるあなたの級友が命の危機に瀕しているからこそですね?

ヘカデモス

……

???

……

カサンドラ

ロドスの事務所責任者、ラナさん。やっとお目にかかれましたね。

ラナ

初めまして、カサンドラさん……

ヘカデモス

ラナさんは、クサントスさんとリュケイオンの主治医なんです。だから獄中の二人に薬を届けたい一心で、俺に助力を求めてきただけで……

カサンドラ

おや? ですが、通常の留置場であれば、ラナさんが薬を届けることは難しくないのでは?

どうやら、私の推測は概ね正しいようですね。監督官は、サルゴン側の要求を満たすべく、師弟を重罰に処すつもりなのでしょう。師弟は今頃、死刑囚として扱われ、拘置所に投獄されているのでは?

ヘカデモス

夢の解釈を司るというカサンドラ祭司が、まさか推理にもこれほど長けていらっしゃるとは……

カサンドラ

とはいえ、ヘカデモスさんもご存知の通り、たとえ書記官であっても、拘置所の囚人への面会はかないません。

あなたがよほど危険な考えを抱いていない限りは、ですが。そう、たとえば――

拘置所に侵入する、だとか。

ヘカデモス

……

二人を鉱石病の急性発作で獄死させたくはないんです。過ちを犯したことは確かですが、あの裁きはあまりに重すぎますから。

カサンドラさん、こうしませんか。今夜あなたは俺の家を訪れてはおらず、窃盗事件の犯人が厳罰に処されることも知らなかった……

そういうことにして、この件は内密にしていただけませんか? もし英雄たちが天から俺たちを見守っているなら、こんな理不尽な出来事を黙って見過ごすはずがないと思うんです。

カサンドラ

ラナさんも、人助けが目的なのですか?

ラナ

ええ。

私は患者さんたちのことも、妹みたいなあの子のことも助けたいと思うの。リディアが監督官として抱く志や、その苦しみは理解しているけれど、過ちを繰り返させるわけにはいかないわ……

ヘカデモス

明日は交換の儀が大勢の注目を集めるでしょうから、チャンスなんです。コネを使って刑務所の設計図は手に入れましたし、ルートも考えてあります。

二人を連れ出せたら、そうでなくともせめて抑制剤の一本でも打ってあげられたらと……

カサンドラ

ルートを考えておくだけでは足りませんよ。監督官執務室と拘置所の二ヶ所で、時間稼ぎをする人員が必要でしょう。

ラナ

リディアのところには私が行くわ。拘置所のほうは……

カサンドラ

私がお力になりましょう。


リュケイオン

ご老人、あなたはミノス人の物と言い切れる物などないと仰いますが……そんなことはないと思います。

浮浪者?

ハッ。俺たちが放牧してる駄獣くらいは見たことがあるだろう?

あいつらの視界を制限するために、頭に被せられてる頭巾だの面だのは、サルゴンの物じゃないか。

リュケイオン

あれが何を意味するかをご存知ないのですね。実のところは――

浮浪者?

「占領期にサルゴン人が俺たちに頭巾を被せていたことを皮肉る風刺表現だ」なんて言うのはよせよ、坊主。

嘲笑も賛美も大して変わらん。どちらも、奴らがミノスの文化に残した痕跡には違いないだろう。

リュケイオン

その両者を同列に扱うなど……

浮浪者?

不満なのか? だったら、この土地について話してみようじゃないか。

百年以上前、ミノスは大地に根差し、自然の川に寄り添う楽園だった。だが今はどうだ?

「対岸の女王」パーディシャー・マラがサルゴンとミノスの技術者に加えて、無数の労働力を集め、三都市を鋼鉄の履帯の上に移動させたことで、アテヌスはとうに元の場所を離れているんだぞ。

リュケイオン

それは論点のすり替えです。たとえサルゴン人がいなくとも、都市はいずれ移動区画へと移されていたでしょう。これは単なる技術の発展に伴う必然的な変化であり……

浮浪者?

ほう、なかなか弁が立つ! 坊主、テーロス神殿で過ごした経験があるな? だが、一つ見落としているぞ。それは今この瞬間、俺たちが議論に使っている言語すら、「混血児」だということだ。

本来のミノス語は、サルゴンの占領期に失われてしまった。その後祭司たちが苦労して編み上げた現代ミノス語の中に、お前たちが敵視する国に由来する言葉がどれほど含まれると思う?

リュケイオン

あなたは――

クサントス

もうよせ!

リュケイオン

……

クサントス

リュケイオン。お前は、この方の言葉の意味を理解していないな。

戦争が残した傷跡は消えず、停戦協定が結ばれようと、すべてが過去になるわけではない。俺たちは、己が心のミノスのために戦うことなどできない。なぜならそれは、とうに存在しないからだ。

浮浪者?

兜の兄さん、あんたはなかなかまともなことを言うな。

クサントス

……あなたのご年齢を鑑みるに、占領期の当事者であるとは思えませんが、先ほどのお言葉からは、あの時代への深い理解が感じられました。

浮浪者?

見ず知らずの相手の来歴などを当て推量してどうする。時間の無駄だぞ。

今の俺はもう、路上で死のうと獄中で死のうと変わらんような浮浪者だ。昔はそれなりに出来のいいせがれがいたんだが、あいつも夢にさらわれてしまったからな。

クサントス

夢ですか?

浮浪者?

九年前のある朝、あいつが部屋から飛び出してきてな。酔って寝ていた俺を揺り起こすなり、川の夢を見たから、もう行かないと、なんて言い出したんだ。

それは血染めの川だったそうでな。ハッ、エンディミオン神殿の祭司を訪ねるまでもなく、俺にもその意味は読み解けたさ。

きっとあいつは、俺から逃げたがっていたか、戦場に行きたいあまり頭がおかしくなっていたかのどっちかだろう。うちの祖先が何を経験し、俺がなぜ酒と博打に溺れる廃人になったかも忘れてな……

クサントス

神託……血染めの川……

……もしやあなたは、イサコスの父君なのですか?


ティティ

……

ミオ

ティティ! 遅いぞ! こんな時間までどこ行ってたのさ。てっきりどこかに雲隠れしちゃったのかと思ったよ。

ティティ

本当にそうなるかもしれないわよ、ミオ。

ミオ

はあ!? これだけ外をうろついておいて、そんな考えしか思い浮かばなかったのか? しかも僕まで巻き込むなんて!

ティティ

贋作のリラを持って私が逃げれば、すべての過ちは個人による「窃盗行為」で収まるはず。これが、私の思いつく中で一番の解決策なのよ。

ミオ

それは一番の解決策じゃなくて、一番「メジェティクティらしい」解決策だろ!

ティティ

えっ?

ミオ

三週間前、使節団がサルゴンを離れる時、お前はケレセイラの歩んだ道を追体験したいとか言って、わざわざ古道を通ることを選んだよね。

だけど本当は、ベフヌイと部下の護衛どもが圧力かけてくるのに気付いたから、揉め事を避けつつ、文化財が粗末に扱われずに済むように、一人であの大きくて重たいリラを運ぶことにしたんだろ?

それにお前は何ヶ月か前、ミナトハマイでも、あのペペって娘を庇うために、ボトル一本分のワインを浴びたりしてたよね?

僕らが知り合って以来、ずっとお前はそれを愚痴ってたよな。館長の給料はたいして高くないのに、あのクリーニング代は高くついたとかなんとか。

だけどお前は、ペペのせいだとは一言も言わなかったし、それどころか、あれは友達として当然の務めだとすら思ってただろ。

お前の考える解決策っていうのが、全部自分を犠牲にするようなものなんだったら、最初から投げ出したほうがマシだと思うぞ!

ティティ

ぷっ……

ミオ

何がおかしい!

ティティ

いいえ、何にも。だけど、あなたがそう言うなら、やっぱり私のやり方は間違ってないように思えてきたの。

クサントスさんたちもきっと同じなんだと思うわ。二人はミノスに返還されるべき文化財が外交の道具として扱われることを嫌ったから、リラを盗み出し、すべての結果を引き受けようとしている。

その真意まではわからないけど、私は彼らの行いも、英雄譚として語られてもいいとすら思ってるわ。

今の私はただの「模倣者」であって、英雄的精神の何たるかまでを理解したとは言えないけど、私も自分だけの物語を紡いでいきたいの。

「英雄」と呼べるものではなく、逃げることしかできない主人公になるのだとしてもね。

???

あなたがそこまでの覚悟をお持ちであるとは、驚きました。

ティティ

カサンドラさん?

カサンドラ

リラを盗み出した二人を責めるお気持ちはないのですか? あの事件がなければ、たとえリラが偽物であろうとも、交換の儀は無事に済んでいたでしょうに。

ティティ

責められるはずがありませんよ。真実を明らかにしたのは、あの二人なんですから。

きっとベフヌイさんは先手を打って、監督官に圧力をかけ、二人に不当な判決を下させようとしているんでしょうけど……

私がリラを持ち去ることで、対立の争点を逸らして、二人の命を救えるのなら、それだけでも……

というか、あなたはどうして、使節団が持ってきたリラが贋作だとご存知なんですか?

カサンドラ

……

ついてきてください、メジェティクティさん。