アテヌス復讐記ME-ST-2・幕間声なきある夜
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ヴィクトリアサルゴンミノスシエスタ
クルビアボリバルヴィクトリアサルゴンミノスシエスタ

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アテヌス復讐記 ME-ST-2・幕間

声なきある夜

カサンドラ

こちらが、本物のケレセイラのリラです。

祭司が駄獣牧場の片隅にある柵に手を伸ばし、伸び放題の牧草を数本抜き取ると、柵の一部となっているリラが姿を現した。

その古めかしい楽器はもはや牧場と一体化しており、その近くでは駄獣たちが、祭司にもらったニンジンを悠々とかじりながら、時折満足げに鼻を鳴らしていた。

ティティ

……これは色もくすんでいるし、台座の塗装も剥げていますよね。装飾が残ってこそいますが、表面には駄獣の歯形や蹄を擦った跡までありますし、牧場の片隅に置かれた装飾品にしか見えませんよ。

あなたを疑うべきではないと思っていますが……それでも、これは……さすがに信じがたいです。

カサンドラ

この分野の専門家たるあなたなら、鑑定方法も、確認の基準も一通りご存知でしょう。詳しく調べていただいても構いませんよ。

ティティ

では、失礼して……確かに、この胴体は当時の旧アテヌス付近に生えていた杉の木で出来ているようですね。造形も、私が持参したリラより古風で自然に見えます。

しかしこの弦は、当時の物ではないようですね。新しすぎますし、近年流行している金属弦では……?

カサンドラ

ええ。元の弦はとうに切れておりますし、最近私がこちらの弦に張り替えたのです。

伝統的に使われていた、動物の腸を用いた弦も試してみたのですが……何を使おうと、結果は同じことでした。

伝承に語られる通り、旧アテヌスが陥落したあの日から、ケレセイラのリラは沈黙し、二度と音を発することはなくなってしまったのです。

弦をあれこれと張り替えながら、毎月ここへやってきては、これを奏でてみているのですが、私には一度として、これを本物の楽器とすることは叶いませんでした。

ティティ

……それでも、これがケレセイラのリラであることに変わりはないはずです――あなたの仰ったことがすべて本当なのであれば。

時代は変わり、今はサルゴン人がミノスを占拠していたあの頃とは違うのですから、このような場所に隠してまで守る必要はないはずです。

以前私が第一神殿での儀式を提案した際に……いえ、それよりも以前、監督官と文化財交換の約束を取り付けた段階で、あなたはこのことを知っていたんですよね?

なぜあの時に、これを持ち出して来なかったんですか?

カサンドラ

鳴らぬリラは、美しいだけの木の塊も同然ですから。

これは牧場の柵としても使えますし、駄獣のおもちゃにもなりますが……神殿の完成を祝う儀において、皆を一つに束ねることだけはできません。

ティティ

……なぜそう思うのかわかりません。私たちが持ってきた贋作ですら、音を奏でて人々の心を動かすことはできるのに。

カサンドラ

ゆえにこそ、それは贋作にすぎないのです。このリラに関して私がお伝えしたことが信じられないようでしたら、どうぞ試してみてください。

ティティ

……

カサンドラ

ご遠慮なさらず、触れて大丈夫ですよ。あなたが疑念を抱くことは当然ですし。

仮に、これを奏でることが……我らに奇跡をもたらすことができたなら、これをあなたが持参したリラとして、取引を成し遂げていただいても構いません。

このリラの所在を知る者として、そうお約束しましょう。

ティティ

あの、すみませんが、もう一つ聞かせてください……なぜ私なんですか? 私にも、第一神殿にも、この本物のリラが必要なことは確かですけど……

カサンドラ

私はエンディミオン神殿の祭司ですから……

我々神託の祭司は、民のために夢を解釈し、神託を読み解いて未来を示すもの。

時として自発的に些細な慰めを与えることもありますが、多くの場合は、定められた事実と英雄の意志に黙して従うのみなのです。

ゆえに、私が言葉を紡いでいても、それは私の意志によるものではありません。それと同じく、私の両目に映る光景も、往々にして私が望んだものであるとは限らないのです。

我々は時として、偶然を運命と呼ぶこともありますが、本当の運命が訪れた時には、連ねられた美辞麗句など意味を失うもの。

太陽が輝くことも、川が高所から低所へと流れることも、誰かの許しによって為されるものではないように……

あなたはケレセイラのリラを携え、アテヌスへ現れました。そのリラが贋作であろうとも、その事実自体が一つの予兆なのです。この数日の間に起きたことはすべて、その裏付けとなるものでした。

とはいえ、何よりも重要なのは、あなた自身が持つ資質。それはあなたと共にこの国へ来た彼にはないものです。あなただからこそ、リラとの精神的な共鳴を期待できるのですよ。

ティティ

……私は……

カサンドラ

まずはこのリラに向けて、英雄の賛歌を捧げてみてください。これをつま弾き、心をゆだねて対話を試みるのです。

そうすれば、もしかすると、本当に音が奏でられ、奇跡が起こるかもしれません。


ミオ

やっと行ったか……もったいぶっちゃってさ~……

ティティ

……

ミオ

なんだよ、座り込んじゃって。それを弾いてみるつもり? 本気で今のを信じたの?

ティティ

彼女はミノスの祭司だし、パラスの友人なんだから、この件で私を騙すわけがないと思うの。

それに……本物のリラを以て儀式を成し遂げられるなら、偽のリラを抱えてテラ中を逃げ回るよりも、ずっといいもの。

これが彼女の言う「本当の運命」の訪れか、あるいはミノス人の課した試練かなんてどうでもいいから、とにかくまずはやってみないと。

ミオ

やってみるって、どうするつもり? 心をゆだねるだの、奇跡を起こすだの、できるわけないだろ。

ティティ

……とにかく、まずは弾いてみましょう。


ミオ

うわ、ひどい音!

ティティ

ダメね。どう弾いても、こういう鈍い音しか出せないわ。

……リラが損傷しているのが原因かしら? だけど、この手持ち式のリラの構造から言って、問題はそこじゃなさそうね……

弦の張り具合も調整してみたけど、あまり効果はないみたい。もしかして、内部パーツに問題があるのかしら? でも、ここには工具はないし、分解してしまったら元通りにはできないし……

はぁ……

ミオ

面倒くさいな。

やっぱり、あの偽のリラを盗む案でいけば? 最悪、僕が盗ってきてやるから。

別に、あれを盗んだからって必ずしも放浪の旅に出なきゃいけないわけでもないだろ? まあ、そうするならするでいいけど、その前にペペのところに寄って、逃走資金を分けてもらうとかさ。

ティティ

……

だけど、本物のリラがここにあるのに、そんな道を選んだら、それこそ逃げてるみたいじゃない。

ミオ

チッ。逃げるって言い回しが嫌なら、戦略的撤退とか言っとけば。

ティティ

だけど……子供の頃に父から聞いたお話の中の英雄たちは、逃げることなんてしなかったわ。


苛立たしげな貴族

あんな役立たずの葬式に出ないとならんとは、まったくツイてないな。

奴は何一つ成し遂げられなかったんだぞ。パーディシャーに与えられたチャンスも掴めず、我が一族の名声にまで傷をつけて……

軽薄な貴族

まあまあ、子供の前でそんな言い方することないじゃない。

苛立たしげな貴族

子供の前だからなんだ? 俺は本人の前でも同じことを言ってやったんだぞ! だというのに、奴はただ笑うだけで、一言も言い返して来なかったんだ!

軍功もなければ、財産を管理する能力もなく、鑑定が少しできると言っても宝石の良し悪しすら見分けられず、値打ちのわからんミノスの古書ばかり買い漁って……

一日中そんなくだらん物に夢中になっているような男だからな!

軽薄な貴族

もしかすると、詩人たちの歌うロマンって、そういうものなのかもしれないわね。

苛立たしげな貴族

ロマンだと? ハッ、お前ならロマンと宝石のどちらを選ぶと言うんだ?

軽薄な貴族

私からすれば、大きな宝石こそがロマンよ。だって私は詩人じゃないもの。

父の葬儀の日、街の貴族たちはそう言って、私と母の前で父を嘲笑してきたのよ。

だけど母は、私たちはサルゴンの由緒正しき一族なのだから、礼節を保たねばならない、と言うばかりで。結局私は、取り繕った表情を顔に貼り付けておくしかなかったの。

あの人たちの言葉は、もしかすると正しいのかもしれないってことはわかってたわ。父は気弱な人で、何一つ成し遂げられなかったから。

それでも……あんなふうに、勝手に評価を下されるのは嫌だった。


ティティ

父の語る英雄譚に出てくる主人公はみんな勇敢で、自分の責任から逃れるような真似はしなかった。

どんな障害を前にしても、いつも揺るがぬ意思を持って、向き合わねばならない困難を直視し続ける人ばかりだったわ。

父は……弱い人だったのに、どうしてそんな英雄譚をあれほど愛していたのか、私にも正直なところよくわからないの。

物語への愛を持っていながら、その愛はなぜ父自身には影響せず、普段の言動や人との接し方を変えるに至らなかったのか、まるで見当がつかなくて。

ミオ

言葉選ばずに言うけど、へこむなよ? ……ちっぽけな人間だからこそ、自分にないものに憧れる奴もいるんじゃないか。

ティティ

……そうかもね。

だけど、父が英雄譚を語る時の力強い声音は今も忘れられないの。

私も、あの英雄譚が好きだったから。

あの英雄たちは……優しく、強く、不屈の精神を持っていて……いつも自分の道を歩んでいた。私も、彼らのようになりたいの。

もっと大きな目標や、理想を持たないと、ただ生きているだけ……そんな人生に、何の意味があるかわからないもの。

「英雄とは、運命が訪れた瞬間に、それを正面から受け止めて、責務を担う勇気を持たねばならぬもの。」

父の物語では……いつもそう語られていたから……

あの英雄譚に出てきた……シオピ……沈黙の英雄……秘密を守る……ケレセイラ……ヘラセス……

私が……何とかしないと……

ティティは牧場であらゆる手立てを試した末に、次第に眠りに落ちていった。その中で、彼女は夢を見た。夢の中の彼女は、まだ七、八歳ほどだ。

当時すでに重病を患っていた父は、冷えた手で彼女を懐へと抱き寄せると、もう片方の手で膝に乗せた大きな本をめくりながら、ゆっくりと読み聞かせをしてくれていた。

父は彼女に児童書を買い与えることも、手ずから本を選んでやることもせず、自分の好きな本を読み聞かせるばかりだったが、彼女はそれで構わなかった。そうした物語が好きだったからだ。

そうして語られる英雄譚の中では、沈黙の英雄シオピが、ある秘密を守るべく三十年の間無言を貫き、ケレセイラは異邦人のために音を奏でることを拒み、月桂樹の梢にリラを掛けていた。

それが夢の中の光景だからか、父はとても大きく見えており、記憶の中ではいつも少し曲がっていた背筋もぴんと伸びていて、その声には揺らがぬ意志が宿っていた。

「我々の誰もが、英雄になる機会を与えられるものなんだ。負うべき責務が降りかかってきた時、勇気をもってそれを受け止めたらいいんだよ、ティティ。」

本当に? 私もなれる? どうしてそんなふうに言い切れるの?

ティティは、久々に会う父にそう問いかけたかったが、それは単なる夢であり、夢の中のすべては彼女の意志では動かせず、その問いを口にすることもできなかった。

双月の柔らかな光が牧場に、彼女のもとに降り注ぐ。

大地は一面が銀色に染まっていた。そよ風が吹いて、ティティの帯を、そして駄獣の頭に巻かれた布をはためかせている。

その月明かりの中では、古びて傷だらけに見えるリラでさえ、柔らかな輝きを放っているように見えた。

ティティの目からは一粒の涙が零れ落ち、それは足元の草むらに当たったと思えば、跡形もなく消えていく。


ミオ

気付いたら寝ちゃってたな……小娘も起こしてくれたらいいのに。

なんだ、こいつも寝てたのか。

ふん、涙なんかこぼしちゃってさ。

いつもは強がって、泣いてないとか言い張るくせに。これなら言い逃れできないぞ。証拠を残してやらないと。

この端末で……写真を撮るって、どうするんだっけ。おっ、ここを押せばいいんだな。よーし!

……

はぁ……小娘が泣いてたって何にも面白くないっての。

仕方ないな……

この数日食わせてもらった礼として、力を貸してやるか。

要するに「奇跡」が欲しいんだろ? そのくらい簡単さ!

大きな駄獣

モー……?


メリッタ

今日はすっごくいい天気だね!

まずは駄獣を山の上の放牧地まで誘導して、それから天気がいいうちに柵を直せば――

な、なにこれ……!? どうしてうちの駄獣がみんな逃げちゃってるの!?