人々、我々 PA-1・戦闘前
「カトルガ区へようこそ」
この廊下、ロウソクしか灯っていないようだけれど、宮殿ですら節電しているの? だとしたら……
備蓄エネルギーは節約して民衆に分け与えよ、という陛下のお心遣いです。
ですがご安心を。これはあくまで陛下が節約のため提案されたことであり、宮中の生活にも、今年の冬季舞踏会にも影響はございません。
間もなく到着いたします。ロストワ様、コートをお預かりしましょう。
ありがとう。
いえ、当然のことでございます。
眩しいわね……
それでは、私はこれにて失礼いたします。楽しいひとときをお過ごしください。
待って、まだいくつか聞きたいことが――
――ナターシェンカ?
えっ? そこにいらっしゃるのは、まさか……
ヴォロンツォーワ伯爵夫人?
ああ……本当にあなたなのね。
少し離れた位置にいた夫人は、ロサの姿を認めると足早に歩み寄った。驚きと喜びのあまり、貴族としての振る舞いを忘れたような様子で。
まるで目の前の女性が幻ではないことを確かめるかのように、夫人はロサの腕をぎゅっと握り締める。
ナターシェンカ……本当によかったわ。また元気そうなあなたに会えるなんて……
チェルノボーグでの出来事を聞いた時は、本当に胸が張り裂けるような思いだったのよ。どうして運命はあなたたちのような心優しい一家を弄ぶのかしらって……
ご心配をおかけしました。資産はいくらか失ってしまいましたが、家族の無事と比べれば取るに足らないことです……それに、もう全部過ぎたことですから。
ええ、ええ。嫌なことはもう忘れてしまいましょう……あなたからサンクト・グリファーブルクへ来るという手紙を受け取った時、私はこの上なく嬉しかったのよ。
だから、ここで穏やかな日々を過ごしてほしかったのだけれど……見ての通り、今はサンクト・グリファーブルクも決して平和な場所とは言えないわ。
どこへ行っても不満を抱えた人がいて、恩知らずな愚痴が聞こえてくるのよ――無礼な軍人の騒ぎに便乗して、平民までこの街の体制を覆そうと暴れているわ。
……
あら、私ったら。実は最近の出来事のせいで、ずっと神経質になってよく眠れていなくて。でも、街に戻ったばかりの旧友の娘に会って早々、こんな話をしてはいけないわね。
……いえ、おばさまのお話なら、なんでも喜んでお聞きします。
あなたは本当にいい子ね。でも、今はこんな話よりも他の話をしましょう。
ねえ、お母様は元気? アンドレイ……お父様はどこにいらして?
もし彼もサンクト・グリファーブルクにいらしているのに、私には人を送らず、あなただけを舞踏会に参加させたのなら……
それも、私たちの家が長く疎遠になりすぎたせいね。私は友人失格だと思われても仕方ないわ。
そんなことはありません。もしここでおばさまとお会いしたら、代わりに挨拶をしてくれと父から頼まれていますから。長く連絡できずに申し訳ないと。
母については言うまでもなく、今もおばさまを一番の親友だと思っています。ですが今のロストフ家は、中部に残った数少ない資産をなんとか維持しなければならない状況なのです。
「これ以上体裁を失うわけにはいかない」と。ですから本当に申し訳ないのですが……両親は、もうしばらく手が離せないのです。
もちろんわかっているわ。でもね、今の話は「だから、私がここに来ました」で締めくくらなきゃ。
だって見てごらんなさい、あなたはもう立派なレディよ。それもロストフ家を代表できるほどのね。そうでしょう?
あなたの教養や振る舞いは、サンクト・グリファーブルクで生まれ育った多くの人よりずっと優れているわ――そう遠くないうちに、ロストフ家の名がこの街の記憶に刻まれることは間違いないわね。
いえ……わかっているのです、私はまだ学ぶべきことばかりだと。
それでおばさま、現在のこの街の情勢について、ぜひ教えていただきたいのですが……
ナターシェンカ、焦らないで。戸惑う気持ちはわかるけれど、それは簡単に説明できるような問題じゃないの。
こんなにいい機会なんだから、あなたは自分の目で見ることを学ばなきゃ。その第一歩が、この舞踏会を思いっきり楽しむことよ。
陛下が到着されるまでは、あなたが悩んでいる問題も、すぐに知りたがっている答えも、未来についての不毛な話も全部忘れて、ただ今を楽しむこと。
若者らしく、踊って、笑っていなさい。
もしどこかの若い将校を見初めたなら、あなたのお母様のために、仲を取り持ってあげるわ。その相手が、たとえあの頑固なボルコンスキー家の子息だとしてもね。
とにかく、陛下のご加護の下で平和に楽しむこと――それこそが、この首都で忠誠心を持って生きる私たちの特権よ。
そのことを学ばなきゃ、あなたは本当の意味でこの街に溶け込めないままだわ。
……坑夫たちは今も飢えに苦しんでいます。サンクト・グリファーブルクでさえ、オドエフ区の人々は暖房すら使えません。カトルガ区にいたっては、操業停止後は電力も暖房も完全に絶たれました。
それなのに、貴族は楽しむことしか頭にないのですね。
よくわかんないけど……陛下が宮殿を節電させてるって言ってたよね。余った電気はどこに行っちゃったの? それにどうして――
こいつらずーっと訳わかんねーことばっか話してんな。これだから「お偉いさん」ってのはめんどくせーんだよ。
ロサお姉ちゃん、本当に一人で大丈夫なのかな?
連合大会が開かれる数日前に、ナターリアから提案されたのです。ロストフ家の跡取りとして舞踏会に潜入し、情報を集めると。
なにしろ、貴族にしか知らされず、他の者には知らされない情報も多いので。それがどんなものでも、知っておいて損はありません。
ナターリアならうまくやれるとソニアは信じていますし、私にも反対する理由はありませんでした。盗聴器の音声もクリアですし、想定通りの会話であること以外は順調と言えるでしょう。
「ボタニ」って学生の機材が、思ったより使えて助かったぜ。
あとは計画通り、デモに合わせて行動するだけです。
あっ、ズィマーお姉ちゃんがこっちに手を振ってるよ! 合流しなきゃ!
どうやら、ソニアの方も話がついたようですね。私たちも機材を片付けて向かいましょう。
リェータ、あなたはここに残りますか?
いや……待て、ちょっと静かにしろ。
なんか様子がおかしいぞ……
……てっきり、今年の冬季舞踏会は開催されないものとばかり……
あの無礼な反逆者どもめ、戦力に物を言わせて陛下を脅すとは。ですが正直なところ、陛下が彼らにどのような裁きを下すべきか、私には見当もつきませんな……
陛下は勇気と先見性を持っておられる方ですのよ。このような時だからこそ、我々は胸を張ってすべきことをしていればよいのです。
それこそが、何より強力な反撃ですわ。彼らが起こした暴動など恐れるに足らず、一度失敗した反逆者どもに打ち負かされることなどないと、態度をもって示してやりましょう。
状況を見定められず、反逆者に協力した愚か者どもについては……来年にでも、彼らの墓に百合の花束を供えてやればよいでしょう。
……
危ない!
――おっと、失礼。
そちらの……名前も知らない殿方。こちらの親切なレディのドレスはともかく、貴方が今しがた溢したのは、それはそれは上等なワインですのよ。
ああ、申し訳ありません! どうか無礼をお許しください、ヴォルキナ公爵閣下――
私よりも、ドレスが汚れてしまったレディに謝罪しなさい。
あっ、その……
お気になさらないで。
一体誰がこのような無作法者を招いたのですかな?
ウェイターが通したのだから、まったく無名の一般市民ではないのでしょう。名前を伺ってもよろしくて?
はい、パヴロヴィッチと申します! 一介の下院議員ですが、最近になって陛下より枢密官の任を賜り、この度カトルガ区の近況に関する特別全権代表に――
カトルガ区の代表? ああ、思い出しましたわ。
なんと、覚えていてくださったとは! この上ない光栄でございます!
もちろんです。カトルガ区という厄介事を解決するにあたり、なかなか適任者が決まらないと聞いておりましたが、その重責を任されたということは、よほど並外れた能力をお持ちなのでしょうね。
残念だわ。もし近頃、第二軍の冬季物資の手配に追われていなければ、とっくに祝いの使者を送っていたでしょうに。
いえいえ、私には畏れ多いお言葉です……実を申し上げますと、私がカトルガ区に着任してもう二ヶ月になるのですが。
なぜ私などがこのような大役を任されたのか、自分でもわかりかねます。ですが、陛下のご期待を裏切るわけにはまいりません。
ご存知の通り、カトルガ区は世間で言われているほど無価値な地域ではありません。あの古い工業地帯は、再び活気を取り戻す機会を得られていないだけなのです……
(小声)このような方がいるなど、聞いたこともありませんぞ。
あなたは立派な邸宅に籠ってお休みしていたせいで、中枢部の人事に疎くなったのでしょうね。庭のロッキングチェアで退屈している時くらい、新聞でも読んではいかが?
はぁ……読んだところで、気が滅入るだけです。
とんでもない……私など、ゴリツィン伯爵閣下の注目に足るほどの人間ではございません。今年、伯爵閣下のワイナリーは大変な盛況だそうで、さぞかしお忙しいことでしょうし……
お世辞はそのあたりにして――そろそろ、そちらのレディにきちんと謝ってはいかが?
親切なレディ、お名前を伺っても?
はい、公爵閣下。私はナターリア・ロストワと申します。
ロストワ? 聞き慣れない家の名前ね……
私も初耳ですな。
ああ! あなたはきっと、チェルノボーグのアンドレイ伯爵のご令嬢でしょう!
まさか父のことをご存知だなんて……
もちろん存じ上げております。素晴らしい先見性をお持ちの方で、チェルノボーグからいち早く身を引き、全財産をあの地で失うことを防いだとか――まことに賢明なご判断です!
……それは、もう過ぎたことです。
実に驚かされましたわ、パヴロヴィッチ様はずいぶん……見識の広い方ですのね。
でもお嬢さん、あなたは先にそのドレスを着替えた方がよろしくてよ。どれほど芳醇な美酒であっても、シルクに飲ませるものではありませんもの。
ええ。お気遣い、感謝いたします……
ロサは気まずさから逃れるように、その場を立ち去った。背後からは、彼らの熱心な話し声がまだ微かに聞こえている。
ヴォルキナ公爵閣下! カトルガ区の運用を全面的に停止する案にご反対と伺いましたが、私も当然ながら同じ意見でして……
……あの地区の産業は、依然として……
……しかし我々が協力すれば、あるいは……
……メルニコフ殿、言葉には気をつけたまえ。クライニ・セーヴェルの一件については、まだ陛下も結論を下されていない。
閣下、どうか誤解なきよう。先ほどの発言は、決してあなたや女大公個人を非難するものではなかったのです。
ただ、私はエリザヴェータがクライニ・セーヴェルを混乱に陥れる以前より、度々ブレジェノイの懸念点を警告しておりました。しかし、あなた方は口を揃えて陛下に彼女の忠誠を保証したでしょう。
あなた方、旧派の全員が議会と陛下の信頼を裏切ったのです。
では、公聴会でもそのように堂々と供述することを期待しよう。今の言葉を一字一句違えず、貴殿がウルサスの礎となる者をどれほど蔑視しているか、全員に知らしめるとよい。
いや、その時を待つまでもありません。
今晩、会場に陛下がお越しになった暁には、必ずやあなた方の罪を余さず訴えさせていただきましょう!
その大声に、居合わせた人々の視線が集まった。使用人たちは慌てて駆け寄り、理由はわからないが激昂している貴族たちを宥めようとする。
ロサは寒気をごまかすように、袖を軽く引っ張った。会場の暖炉はウルサスのどこより暖かく燃え立ち、暖房も一日中切れることがないにもかかわらず。
その傍らでは、使用人がルームフレグランスを取り替えている。ベルガモットとネロリの濃厚な香りが、アルコールが揮発するつんとした臭いを覆い隠す。ロサはそこで安堵の息をついた。
ナターシェンカ、楽しんでいるかしら? いい話し相手はまだ見つからないの?
まあ、そのドレス――誰がそんな失礼なことを? 相手の名前を教えてちょうだい、私がしっかり叱っておくわ!
おばさま、お気になさらないでください。これはあるご夫人を助けた時についた「勲章」のようなものですから。
あなたは本当に優しい子ね。でも約束して、今度からは自分の安全を第一に考えるって。媚を売ることしかできない愚か者が何をしでかすかなんて、わかったものじゃないわ。
お気遣いいただきありがとうございます。でも、それが今夜一番の面白い出来事でした。
今夜耳にした話は、例の女大公に関係することばかりで。私なりに理解しようと尋ねてみたりもしたのですが、こういった話題に必要な知識が足りず、どうしても会話が続かなかったのです。
それこそ、ご両親があなたをここへ送った理由よ。
これまで私はたくさんの令嬢を見てきたけれど、料理人や仕立屋、医者に心酔する子ばかり。法律を定め、反乱を鎮めて、税制を決めるような地位のある方々に興味を示す子は滅多にいないわ……
私たちを支えているのは、そんな方々だというのにね。あなたもそう思うでしょう?
おっしゃることは理解しています。ですが、私は中部の小さな伯爵家の跡取りに過ぎません。そのような地位のある方々が、忙しい時間の合間を縫ってまで私に目を向けてくださるでしょうか?
……あなたは古い友人の一人娘よ。だからこそ、はっきり言っておくわ。
政治から逃れて生きられる人なんていないの。特に貴族の爵位を受け継ぐあなたには、すでに重い責任がかかっているのよ。
そのような責任は、こうして気軽に会話を楽しむだけで果たせるものなのでしょうか……
ナターシェンカ……
私たちがここで取りとめのない議論をしている理由を、あなたは誤解しているのね。私たちは、ここでの話が現実になると思ってもいないし、そもそも本音すら口に出していないのよ。
では……一体何のために?
それはね、集団に溶け込むためよ。一部の人とは境界線を引いて、また一部の人とは関係を築くの。
サインの入った一枚の書類だけで、両親を再起させることも、子供を塹壕から遠ざけることも、あるいは友人を荘園で穏やかに過ごさせることもできるかもしれないのよ。
享楽に溺れていれば、彼らの目から逃れられるだなんて思ってはいけないわ。そうしていたら、あなたはもっと乱暴に扱われて、拒否する余地も無くなってしまうから。
本物の効率的な社交の場というのは、そうして動くものよ。ナターシェンカ、わかってくれたかしら。
……どうやら、私はまだまだ学ばないといけないようですね。
幸い、若い子にはいくらでも時間があるわ。
(小声)議長閣下がいらっしゃったぞ――
ヴァシリー副議長もだ! あの二人が議会以外で揃って姿を現すなど、珍しいこともあるものだ……
滅多に舞踏会に参加されないはずの議長閣下が登場し、陛下は一向にお越しにならない……これは何かの暗示だろうか?
我々を落ち着かせるためかもしれん。
だとしたら、少々遅かったようだな。
……
あちらのお二方は……?
二人が姿を現した瞬間、会場中の視線が彼らへと集まった。貴族たちが自ずと開けた道は、ホールの中央まで続いている。
群衆の間からは、声高ではあるが本意の読み取れない挨拶が次々と上がっていく。
ロサは人混みに揉まれながら、注意深く二人の様子を観察した。
黒髪の男は何もない前方を無表情で見据え、群衆の間を無言で通り過ぎていく。その確固たる眼差しには、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。
「副議長」と呼ばれた男は、彼より頭一つ分背の低い黒髪の男に従い、敬意を払って半歩の距離を保っている。人々に会釈する彼の表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
……金髪の殿方は、ヴァシリー・ゴルシコフ公爵よ。近衛軍の名誉大将であり、帝国議会の常務副議長でもあるわ。
(小声)そして、彼の前を歩く黒髪の方が――
イスラーム・ヴィッテ議長ですね。
ええ……あなたもサンクト・グリファーブルクの人間だし、知っていて当然よね。
いいえ、都市間ネットワークで議長の演説動画を拝見したのです。「トゥーリスカヤ特別技術学校落成式に寄せて」という題で、簡潔でありながら胸を打つ、とても印象的な演説でした。
ああ、都市間ネットワークね……そういう流行りものはさっぱりだわ。
さあ、行きなさい。あのお二方の近くで、何を話しているのか聞いてくるのよ。きっといい勉強になるわ。
はい、おばさま。それでは――
その時、楽しげな談笑で満たされたホールに、突如としてガラスの割れる鋭い音が響き渡った。参加者たちは、反射的にその耳障りな音の出所を探している。
オサドチー伯爵、具合でも悪いのかね?
……い、いや、違う! 奴らだ……奴らが下の階に来たんだ!
何だ? 誰かがブレーカーを落としたのか、それとも停電か――
いや、宮殿で停電などあり得ない。きっと反逆者が――
まったく、宮殿の使用人どもは一体何をしている? ブレーカーのメンテナンスすらまともにできんのか――
……そうじゃない! 外を見てくれ!
反逆者がいる! それも、窓のすぐ外にだ!