闇夜に生きる DM-ST-1・幕間
生存
このまま進むつもり?
治療しないと、間違いなく感染するわよ。
――魔族の話なんて信じるもんか!
魔族……魔族ねぇ。
周りが「魔族」だらけだから、その呼び方自体忘れかけてたわ。
クソッ、ついてくるなよ!
十分離れてるでしょ?
殺したいなら今すぐ殺せばいいだろ!
ル、ルブレフ君、あまりあの人を刺激しないほうがいいよ……
……ああもう! わかったよ。行くぞ。
あんな奴、気にするな。
ご、ごめん……
魔族と関わるより、病気になるほうがマシなんだからな!
……うん。
ふーん……
そう言えば、この近くに廃病院があるわよ。チェルノボーグの地区病院。
どこにあるか、教えてあげましょうか?
……
ルブレフ君……?
無視しろ、俺たちを騙そうとしてるんだ。
……あいつを撒こう。
あの街道が見えるか? そこの角から走っていって、一分以内に逃げ込むぞ!
……わかった。
――よし、走れ!
へえ、なかなか速いじゃない。
あ、あいつはなんでこんな早く追いついて来るんだ――うっ!
ルブレフ君……足が! 血、血が黒くなってる……
クソッ、お前を助けてなけりゃ、あんな奴簡単に撒けるのに……!
ごめんね、ごめんね……
もういい! 静かにしろ。
隠れるぞ。
......
この先の道を左に曲がると、廃墟になった広場があるわ。
広場の西側に見える、一番大きな白い建物が病院よ。
打ち捨てられた病院。
……僕たち、見つかってるみたい……
お前が言うこと聞かないからだろ――もういいよ。
おい、魔族。
……なんで俺たちにそんなこと教えるんだ?
ただの気まぐれよ。
あんたたち、どんな関係?
……
……食べ物を探してたら、こいつを見つけたんだ。
ルブレフ君は、僕を助けてくれた……
へぇ……だからその子の言うことを聞いてるの?
……
そしたら今度は、あんたが恩人を助ける番じゃない?
こいつに何をさせるつもりだ?
ルブレフ君……
別に何もさせないわよ。ただ、この先のそう遠くないところに病院があるなあっていうだけで。
レユニオンは医療物資をただ放置しておくほど馬鹿じゃないわ。だから、もしあんたがそのルブレフ君を助けたいなら……奪うしかない。
あそこは暴徒と化した感染者で溢れてる。あんたらの家族や親戚、友達を殺した奴らよ。
だけど、鉱石病の初期症状を抑える薬があるのはあそこだけ。
奪うのが無理なら、盗んでもいいと思うけど――
あそこにいる人が手を貸してくれるなんて、甘いことは考えないようにね。
行くなよ! こいつの言うことなんて聞かなくていい!
で、でも……
――行くな?
ルブレフ、この子はあんたの名前を知ってるみたいだけど、あんたはこの子の名前を知ってるの?
そんなこと、お前に関係ないだろ!?
おい、絶対に行くな! お前には無理だ! あそこはみんな――
僕は――
僕は……やってみたい……
ルブレフ君以外にも、天災で怪我をした人はたくさんいる……
みんな痛い思いをしてるんだ……だから、僕が……
クソッ、こんな悪魔にそそのかされて! 何で俺の言うことを聞かないんだ!
僕は……
この子に、あんたの言うことを聞く義務なんてないわ。
みんなを助けたい。いい考えね。
教えてあげる。あの病院の医療物資は、地下倉庫にあるわ。
駐車場の通気口から忍び込んでもいいし、科学廃棄物だらけになってなければ、排水溝を進んでもいい。
もしかしたら、死んじゃうかもしれないけどね。
……
ほら、足が震えてるじゃないか! やめとけ! こんな魔族の言うことなんて聞かないほうがいいんだ!
さっさと行くぞ!
待ってよ、ルブレフ君! 僕は……
うわっ――
な、何だ?
龍門で色々あったから……ここにも影響が出てるのね。
天災が起きて、怪我人が溢れて……今のチェルノボーグでは医療物資は貴重よ。みんな放っておくわけはないわ。
魔族のあたしが、ここの病院についてこんなに詳しいのは……どうしてだと思う?
この――うっ、ああ――
僕は……僕は……
――あの子、苦しそうね。このままの勢いで悪化すれば、いずれ薬も効かなくなる。
もしあんたが今、決断しないんだったら……
二人とも、ここで死ねばいいわ。
ああ……
おい、お、お前、何するつもりだ! 近づくな!
行くの?
行かないの?
ああ……でも今から行っても遅いかもね。もう暴動が起こってるみたいだし、盗み出すのもきっとかなり難しくなった――
で、でも……ぼ、僕は行くよ。
――へぇ……死ぬわよ。
な、なんでそいつの言うことを聞くんだ、せっかく俺が助けてやったのに!
で、でも……僕は、やってみたいんだ……
そんなこと……お前にできるわけないだろ! 大丈夫、このまま薬局と食べ物を探して歩いてれば、きっとどうにかなる!
でも――
ごめん……ごめんね! ルブレフ君!
おい……おい! 待てよ! 行くな! おい!
あの子の名前すら知らないあんたが、止められるわけないのよ。可哀想に。
お前……あいつを騙したな!
騙す?
嘘は一つも言ってないわ。
もちろん、信じる信じないはあんた次第だけど。
あの子を信じるかどうかも、あんた次第よ。
……クソッ、俺が、あいつを止めに行く、うぐ……
どうして? あの子を信じられないの?
あ、あいつは、俺がいなきゃ何にもできないんだ……
あの子が逃げないか心配してるのね。
あんたはこう考えてるんでしょ……あいつはどうして俺をこんな魔族のところに残していったんだ、俺が殺されてもいいのかって。
デタラメ言うな!
*ウルサススラング*! この化物め――
――黙って。
……ここで一歩も動かず、あの子を待ちなさい。
そうじゃなきゃ、今すぐにでも殺すわよ。
うう――
あんたは知らないだろうけど……
あたしは殺人鬼よ。
この街を破壊し、あんたの両親や友達を傷つけた殺人鬼。
……ああ、アハハ、そうだ。
あんたはまだその刀を持ってるんだったわね。その血に染まった柄の装飾は、サルカズのものよ。
血は、誰のだと思う?
う……うう、し、知らない……お前はあいつを……クソッ、こっち見るな!
……泣けばいいわ。子供は泣くものだから。
これからの生死は……あんたたち次第だけどね。
あいつには無理だ……
そうかしら?
だって、俺が瓦礫の下から掘り出さなかったら、あいつはとっくに……
……だからあいつは、俺なしじゃダメなんだ。
......
誰にも……その人がいないとダメなんて相手はいないのよ。
そう、誰にもね。
……
静かになってきたわね。
あの大虐殺以来、抵抗する奴は減ったわ。いい傾向ねぇ。楽ができるし、死人も減る。
病院の方も静かになった。
……
あいつは……もしかしたら……
何?
あいつはもしかしたら……行ってないかも……
もうこんなに……うう、時間が経ったのに……
そうね、逃げたのかもね。
……
だけど、あんたがあの子を助けたんだから、あの子もあんたのために頑張るはずでしょう?
……俺は……
それとも、あんたはあの子を救えるけど、あの子はあんたを救えないと思ってるの?
あいつは……ずっと何をさせてもダメだったんだ!
食べ物を探しに行ったときもそうだ! あいつは店の中に人がいることにも気づかなかった!
あいつのせいだ! あいつのせいで俺の足が――
......
……
どこに行くつもり?
……一人で帰る。
言ったでしょ、ここを離れたら死ぬって。
でもあいつは逃げたんだ!
へぇ――
その目……あんた、あの子を恨んでるのね。
ち、違う!
だって、もし……本当に行ってても……こんなに時間が経ってる……きっともう……あいつは……
――黙りなさい。
あの子が戻るまで、あんたに本当のことはわからない。
あの子が帰って来るって思っててもいいし、帰ってこないって思っててもいいわ。
だけどあの子じゃ無理だなんて思ったり、恨んだりするのは、あんた自身に問題があるわ。
……あんたはどうして、あの子が失敗するか、逃げるに違いないって決めつけてるの?
あんたがあの子を助けたから? あんたの方が上だから?
……うう。
うわああ――
まだ泣く元気があるのね。
安心して、すぐに痛みで泣く余裕すらなくなるわ。
あんたはまだ小さいしサルカズでもないから、ホントに耐えられなくなったらあたしに言って。
楽にしてあげるから。
......
う……ううん……うう……
意識が混濁してきたわね。
あーあ……間に合わないかぁ。
やめろ……俺はまだ……
あいつを……待……
......
死ぬのが怖いから、あの子を信じることにしたの?
子供は人の顔色を窺うのが上手ね。そうやってあたしの機嫌をとっても、何にもならないわよ。
……うう……
だけどあの子……確かに時間がかかりすぎね。
……最後に、もう十分だけ待ってあげる。
安心して。いくらあたしだって、子供を苦しんで死なせるなんてことはしないわ。
……
……大人しくなったわね。
……泣く余裕もなくなったの?
あたしを恨んでる? それともあの子を?
もしかして、お節介で人を助けて、怪我したことを後悔してる?
……して……ない……
そう?
まだ喋れるのね。ちょっと感心したわ。
……
ルブレフ。
あの子の……人の行いを決めるのは、何だと思う?
出身? 立場? 過去? それとも約束?
……どれも違うわ。
答えはね、あの子の人生があの子にもたらす影響の全て、変化し続けるあの子自身の信念と考え方よ。
それと、あの子がどれほど自分を信じてるか。
あんたはあの子を助けた。でも心の奥ではあの子を信じてないし、見下してるでしょ。自分があの子の救世主だなんて思って。
でも、あの子はどう? すごく単純よ。あんたに助けられたから、あんたのことを助けたい、ただそれだけだもの。
その点で言えば、あの子はあんたより強いわ。
刀をしっかり持っておきなさい。それはサルカズの刀だけど、持ち主に代わって、あたしがあんたにプレゼントするわ。
それを使いこなすもよし、売ってお金に換えるもよし、好きにすればいい。
――それだけよ。
お前……何を言って……
ル、ルブレフ君! 大丈夫!?
見て! 見て!
医療キットを盗んできた! 痛み止めも、包帯もあるよ!
えっ、なんで返事しないの? ルブレフ君、まさか――
うるさい、なぁ……生きてるよ……
よかった……! じゃあ僕、傷口の手当をするね……!
えっと、包帯はどうやって使うんだっけ……これが抑制剤? あ、開けてみよう……
……お前の親、医者じゃないのかよ?
そうだけど……使い方は教わってないよ。でもやってみる……痛っ……
……怪我、してんのか?
うん……でも大丈夫、大したことないよ……鉄パイプでちょっと殴られただけだから……
全然……ちょっとじゃない……だろ。この、ばかやろう……
……ヘヘ……
あの……サルカズは?
あれ……僕が来たときにはいなかったよ……ずっと一緒にいたの?
……
ルブレフ君?
……
……えっと、その……お、お前の名前は?
えっ? ……アンドレイ。
フルネームは……?
アンドレイ・フョードロヴィチ・オストロフスキーだよ……へへ。
何笑ってんだよ?
やっと聞いてくれたね、ルブレフ君。
……ごめんな。
そ、そんなつもりじゃないよ……謝らないで……
これでよし。少しは楽になった?
ああ……
よかった!
じゃあ支えるから、一緒に戻ろう。
みんな、この医療キットを見たら喜ぶよ!
あの二人の子供を見ながら、あたしは微笑んでいた。
不安の種が消えたとき、あの子たちは本当の意味で、この街で……この大地で生きていくことができるようになるだろう。
生きなさい。生きてこそ、苦しむこともできる。
炎に向かう虫のように、罠に飛び込む獣のように。
代価を払ってでも、何かを追い続けなさい。
そうでしょう?
……タルラ。