光冠残蝕 10-14・戦闘前
照準
一般人十三名、兵士九名がいなくなったか。
ロドス……
面倒事を起こしてくれたな。
将軍、残りのダブリン兵を数え終えました。
その者たちにはチャンスを与えろ。
我々に加わる者は、傭兵隊に編成するのだ。
それを拒む者は……わかるね。
はっ!
素晴らしき戦果とは言い難いですね、マンフレッド将軍。
……聴罪師のトランスポーターがまだ残っていたとはな。
リーダーも摂政王同様、このとるに足らない場所の戦況を気にかけておられるのです。
ブラッドブルードの大君も例外ではないのであろう。
昨夜は彼の惜しみない助力のおかげで、我々の負担がかなり軽減されたからね。
そういえば、大君からあなたに言伝を預かっています。この付近の空気はあまりにも濁っているため、あまり長居するつもりはないとのことです。
彼は今ある工場主の住居を徴用し、遅めのディナーを楽しんでおられます。
徴用?
……大君に「徴用」された住まいの元の所有者が我々の同盟者でなければいいのだが。
それは重要でしょうか?
設備が洗練されていない工場では我々に有用な資源などいくらも生産できません。害虫が湧くことを考慮すれば、むしろ残しておく方が問題でしょう。
大君の我慢も次の夜が訪れるまでしか持ちませんよ。
もしあなたが彼に満足のいく宴を提供できなければ、彼は自らの方法でこれらの不潔な街を「一掃」するでしょう。
……
それは大君の意向か、それとも軍事委員会の決定か?
あなたはいつもつまらないことに拘られる。それがあなたをこのような狭い土地に縛りつけているが、殿下は今以上の活躍を期待しているはずです。
……大君に伝えておいてくれたまえ。先の援助には感謝する、我々はすぐに次の段階の行動に移ると。
それはよかった。我々はあなたの働きに期待していますよ。
……
王庭の者と話をするのは、戦場に立つより疲れるんじゃないか?
ここに隠れていたのか。
サボってはいない。
その危うく失いかけた腕を下ろせ。その怪我は君の昔馴染みに爆破されたのか、それとももう一人の昔馴染みに斬られたのか?
すまない、痛くて思い出せないんだ。
いずれにせよ君にはまだ剣を持てる腕が残されたわけだ。どうやら彼女たちにもまだ少しは情けがあったようだね。
……
夜が明ける。
……そうだな。
なにを呆けている。休憩時間は終わりだ。
傭兵には休みを取る資格などない。そうだろう?
行こうか。この戦いはまだまだ終わってはいない。
負傷者はどれだけいる? すぐに治療を!
私も手伝います!
ええ、ありがとう。
ハマーを呼んできて。撤退のペースを速めないといけない。
それから……トランスポーターを都市から送り出してくれ。最悪の状況に備えて、仲間を都市外に移す準備をしなければならない。
はい、指揮官!
シージさん……
……
シージさん?
あぁ……すまない。貴様の声を聞くと、つい余計なことを考えてしまう。
きっと疲れているんだろう。私たちの戦士もみんなそうだ。
私は大丈夫だ、気遣いに感謝する。
キミが持ち帰った情報――第六隊の戦士が極めて恐ろしいアーツにより全滅したという情報は、私たちにとって非常に重要なものだ。
しかしもっと早くに地上へ行って彼らの状況を確認できなかったのは悔やまれる……
いいや、その場合キミも危険な状態に陥っただろう。
悔やむことはない、十分によくやってくれた。もしキミたちが迅速に動いていなければ、第六隊だけでなく、他の戦士やロドスの者たちも奴とかち合っていたのだから。
あれは何者だ? サルカズ兵たちは大君と呼んでいたが。
……三ヶ月前、ロンディニウム北部である貴族のパーティーが行われた。
パーティーは何事もなく賑やかに始まり、明かりは一晩中消えることはなかった。だが翌朝、掃除に向かった使用人が発見したのは、ホールで音を流すレコードプレイヤーだけだった。
全部死んだのか?
それだけではない。全員がほぼ同時に殺害されたと思われる。グラスを掲げたまま死の時を迎えた者たちも多数いたらしい。
……
死者の中には、我々と連絡を取り合っていた者も少なくなかった。ハイディもよく知っている連中だ。
ええ。
あのパーティーの後、私は多くの旧友を失い、自救軍も一つの区域に関する情報を断たれました。
私たちが城壁の縁まで後退したのも……理由があるんだ。
しかしハイディのたゆまぬ努力のおかげで、どうにか戦力を保ってこれた。もうしばらくすれば、サルカズに正面から抗うこともできるようになる。
その準備が整うまで……どうにかあの恐ろしいサルカズの目をかいくぐって、生き延びなければならない。
アーミヤ、キミは大君と呼ばれるのが何者であるか知っていたりしないか?
……
私の予想が当たっていれば、今私たちの頭上で行動しているのは、恐らく……ブラッドブルードです。
……難しいよ。
どれくらい?
ぶっちゃけると、この破片をくっつけるより、あたしが一から作った方がよっぽど楽だよ。
材料がねぇんだ。
嘘でしょ!
俺たちはロンディニウムにいるんだぜ。工業用の材料は大体サルカズに管理されてる。うまいこと使えるジャンクをかき集めて、戦場で役に立ないおもちゃを作るのなんて無理だ。
君たちの仕事環境って、なんかすごい……
しょぼいんだろ? 素直に言えよ、指揮官はここにいねぇんだし。
……すんごいやりがいがあるかな、コホンッ。
クロージャさん……
どうしたの?
そ……そのな? やりがいって言った瞬間にあんたの目が……「物理的」に光ってたぞ。
あれ? そう? ちょっと興奮しちゃったからかな……怖かった?
いや……大丈夫だ。
正直さ、あんたと知り合ってから……えっと、サルカズも喧嘩しか知らないわけじゃないってわかったんだ。
あー……うん、喧嘩があんま得意じゃない人だっているよ、例えばあたしとかね。
まあもちろん、ブラッドブルードだし、あたしにだって役に立つ能力はあるよ。
わあ! ななな……なんだよそのスピードは!? 一晩で俺の一週間分の仕事をこなせるんじゃねぇか!?
でなきゃロドスの大黒柱になれるわけないでしょ?
あたしの目を見て。もしロドス全員がブラッドブルードだったら、夜の仕事は心配ご無用だし、電気代だって半分削れちゃうよ。
ブラッドブルードには……エンジニアが多いのか?
そんなわけないでしょ! ブラッドブルードは……みんな……
え、どうして震えてるんだ?
これも全部ロンディニウムのせいだよ。邪悪の巣窟に近付くと感じるこの悪寒は久々。ほら、あたしの自慢の手だってこわばっちゃって大変なんだから!
まさか、第六隊の奴らが遭遇したのって……
そうじゃなきゃいいんだけどね。
もしそうなら……君たちにものすごく真剣な警告をしておくね。
万が一……あたし以外のブラッドブルードに遭遇したら、とっとと逃げるんだよ!
いや、遭遇しちゃったらもう逃げる機会はないかもしれない。
だから君たちが一生……一生あいつらに出会わないことを祈るよ。
モーガン、インドラと共に自救軍の移動を手伝ってくれ。
ああ、私もすぐに行く。
ヴィーナ。
ドクター?
私に……用か?
ダグザは……彼女には自分の選択がある。
私……私が彼女たちのリーダーにならねばならぬとしても、どうすることが最適であるかをずっと考えている。
そしてロドスで、貴様のやり方を見てきた。
まあまあだな……ただ、ダグザのことが心配だ。
とはいえこれは、今の貴様が私の心配をしているのと同じことだドクター。これは我々が担うべき役目だ。
ダグザは……彼女は私の境遇と似ている。
私のそばにいる時、彼女の行動は常に責任によって縛られる。私が何度彼女に選択させようとしたところで、結果は一緒だ。
本当の意味で選択の余地があってこそ、選択の権利というのは真実になるんだ。でなければ、それはただ形を変えた強制にすぎない。
私はもう彼女が何かに押されるがまま進むのを見たくない。彼女は自分の心と向き合い、そして将来の道を自分の足で歩いていかねばならないんだ。
君の選択は?
君がどんな決定をしようと、自分とロドスは君を支持する。
……
単なる戦士でいるのは、一番楽な選択かもしれない。
しかし私の姓……貴様らが私をどう呼ぼうと、私は自分の名を否定することはできない。これは持って生まれた私の一部だ。
私が話す真実が、貴様にとって受け入れ難くないといいのだが。
ケルシー先生は彼女の口から打ち明けてもいいと言ってくれたが、自分で貴様に告げることにした。
君の姓は……ヴィクトリア?
その表情……随分と落ち着いているな。
……過去を覚えていないか?
それにより貴様は多くの苦しみを受けたに違いない……だが私は、本当に過去を覚えていないのであれば、気楽に生きていけるのではないかと思ってしまう。
そうだな……最も重要なのは、常に今だ。
ヴィクトリアを去ると決めた時、私が望んでいたのは、今この瞬間自分とインドラたちが生存することだった。
未来……
私の未来は……どこへ向かっているのだろうか?
この問いは私にしか答えることはできないな。私に答えを与えられる者はいない。
ふぅ……貴様と一緒にいると、いつも簡単に気を抜いてしまう……
それは……真実を知った今でも、貴様は私のことを「シージ」というオペレーターとして見ているから……
ヴィクトリアではなくな。
ロンディニウムに戻ってから、多くの思い出が呼び覚まされた。
それと同時に、数多くの変化も目にした。
私の下す決断は、もはやグラスゴーという小隊だけに関わることではない。
ドクター……私は「選択」を、自分を停滞させる言い訳になどしたくない。
かつて言われた。己の道を見つけられるだろうと。
ヴィーナ、この言葉は、君にも贈りたいと思う。
……
選択権はいつだって君の手の中にある。
……ハイディさん。
アーミヤ? 今負傷した戦士のお世話をしていたところです……
ハイディさんは……医術の心得があるんですか?
付け焼刃の看護知識だけですよ。
この仕事はどうしても危険と隣り合わせですから。自分や仲間が生き残る可能性を増やすために、せめて救急箱の使い方くらいは学んでおかなければと思いまして。
素晴らしいですね。
いいえ、私たちがしているのは自分の家を守ることに過ぎません。ですがケルシー……それにアーミヤ、あなた方が背負っている責任は私たちの比ではありません。
……今回の作戦で、私たちは多くの仲間を失いました。
私……私は自救軍の戦士の苦しみを感じました。以前彼らが戦っていた敵はあれほどまで恐ろしいものではありませんでした。
あのブラッドブルードの大君……彼が現れたのは、私たちがここに来たからでしょうか?
アーミヤ、あなたが求めているのは否定ではありませんね。
はい……
クロヴィシアさんは、私たちが自救軍を彼らとは無関係の戦場に巻き込んでしまうのではないか心配していると言っていました。
もし協力が彼らに更なる危険をもたらすのなら……
アーミヤ、昨夜の作戦にロドスが参加していなければ、どうなっていたでしょうか?
Wさんの協力がなければ、彼女があの傭兵のリーダーを止めてくれてなければ……他のオペレーターがマンフレッドを牽制してくれなければ、この会話すらなかったはずです。
誰かの命を別の命に引き換える、こんな計算式は、ロドスからすれば当然成り立ちません――
けれど、仮にケルシーが今この場にいたとしても、きっとこう言うのでしょうね。「チャンスというのは、常にリスクが伴うものだ」と。
……
あなたの言いたいことはわかっています。
だからこそ、私たちはより完璧な備えをしておかないといけないんです。
ハイディさん、都市内の情報がもっと必要です。ブラッドブルードの大君以外にサルカズの王は何名ロンディニウムにいますか?
パンを一袋ください。
お嬢さん、お金はいらないわ。このパン全部持って行きなさい。
えっ?
早く行きなさい。今後は街へ出ない方がいいわよ。
それはつまり……
あなたたちが誰かは知ってるわ。私だけじゃなくて、みんな気付いてるわよ。
装備を外して、服を着替えても、目つきや動作は変えられないの。
……ありがとうございます。
私も家に帰るわ。今日はもう商売できなそうだから。
この通りをくまなく探せ! リストに載ってる奴は、一人残らず連れていけ!
な、なんだ? お……俺はレストランで働いてるだけですよ。あなたもうちで鱗獣フライを食べたことあるじゃないですか……
お前を探してたぞ。
はん、随分とうまく隠れてたじゃねぇか。昼間は鱗獣フライを俺たちに売って、夜になったら反乱軍に俺たちの情報を売るたぁな?
連れてけ! それと隣の時計屋の店主もだ。こいつら全員反乱軍の連中だ!
……
どうしてサルカズが突然あちこちで人を捕らえ始めたの?
早く、早く行くぞ。あの路地に入って、ほかの奴の所に――
あっ――!
こいつも始末した。
お前ら、あの路地だ。早く追え、他の区画に逃げようとする奴は、一人として逃すな。
報告します。出た途端すぐにサルカズに遭遇しました……
いえ、都市を出る通路を固められていたわけではなく、道の途中で突然現れたのです!
指揮官、我々の通信が傍受されていたのでしょうか?
指揮官も気を付けてください……都市の外に送り込んだ戦士は全員犠牲になりました……私ももう長く持ちません!
私は――
クソッ、どうやっても振り切れないぞ?
なんだっていうんだ。サルカズに地上での行動ルートを全部掌握されたとでもいうのか!
たった……一晩の間で……
昨日の夜に一体何が起きたってんだ?
ハハ、お前たちにはもう知る機会がない。
うっ――? 誰だ? なぜ俺の剣が折れてんだ――
その格好……あなたはロドスのオペレーターか? ありがとう……またロドスに助けられた。
早く戻れ。
いや、その前にドクターとアーミヤに伝えてくれ。地下も安全じゃないとな。
昨日俺たちがかかった罠は……あれだけじゃない。まだ気付いていないものがある。