驚靂蕭然 12-3・戦闘前
善意の裏切り
アーミヤ、ドクター、来たか。
ハハッ、ご覧の通りだ。我々の士気は……低迷している。
少々散らかっているが、気にしないでくれ。アラデルが……我々の元を去ってからというもの、補給面に頭を悩ませていてな。
だが、目の前にある面倒事の中では、これが最も解決しやすい問題だろう。
先の戦闘により、人員不足が深刻化している。我々はこうした犠牲は無駄ではないと考えていた。サルカズの推進するプロジェクトを阻止できるのならば、すべてを挽回する余地はまだあると。
しかし残念なことに、奴らの行動は我々の想像よりずっと迅速だ。
サルカズたちは……ザ・シャードを手にしただけでは飽き足らず、例の「飛空船」までをも作り出していたのだ。
皆の手には、すでに報告書が渡っていることだろう。連中の飛空船は偽装すらせずに、ダイレクトにウィンダミア公爵の軍隊を襲撃した。見せかけの平和はもはや存在しなくなったのだ。
そして、ザ・シャード……サルカズが自らこの戦争を引き起こしたからには、奴らによるザ・シャードの掌握も……我々の想定よりも早く進んでいる公算が高い。
私は、負ける可能性のある賭けをすることはできない。
……アラデルは、この剣の伝説について話してくれた。
天災を両断する「諸王の息」こそ、ヴィクトリアの最も堅固な盾であり、この剣一振りがあれば、引き寄せられる嵐を防ぐには十分だと彼女は言っていた。
ならばきっと、彼女はこれについてもキミに話しただろう。この力を呼び起こせる人物はごく少数しかいない。だからこそ王宮地下に「剣の台座」が存在しているのだと。
シージ、本当にその剣から何も感じ取れないのか?
その……なんというか、呼びかけ的な? じゃなかったら微かに熱を帯びてる感覚とか? それか突然すげーアーツが使えるようになる的なものとか。
だってシージなら、きっと……
……
いや、何も感じない。
この剣は冷たく硬い。振るうとハンマーよりも少し軽いが、力加減が掴めないな。
他には? ちょっと気になるところとかでもいいからさ──
……戦場へ持ち込む前に念入りに研いでやるべきだな、少し鈍ってしまっている。
どうやら、現時点ではその剣は使えないようだ。ザ・シャードの脅威から我々を救うことは期待できないらしい。
そうだな、ロドスのドクター。この剣は他の勢力が有しているよりも我々の手にあった方がいい。少なくともこの剣が戦争に加担することを避けられる、それだけでも十分に大事なことだ。
……十分に大事、そうなのか、それだけでも十分に大事なこと。
(小声)アラデル、もし私が……
落ち込まないでください、シージさん。まだコツを掴んでないか、まだその時ではないということかもしれません。
……
例の補給ルートの分析は大体終わったよ、ドクター。
出発点はロンディニウム郊外のブレントウードと断定して問題ないけど、終点はたくさんあるんだよね。
ハイベリー区の軍事工場以外にも、ザ・シャードの地下にまで直通するルートが存在する可能性がすごく高いよ。
ちぇっ、気付くのが遅すぎたね。もしあと一ヶ月くらい早ければ──いや、せめて十日くらい早ければ、こんな事態にはならなかったはずなのに。
だがドクター、現在の状況でも、この補給ルートの情報には意味がある。
もしこれが大型物資の輸送を担えるルートであり、ザ・シャードの地下まで通じているならば──
その通り。
戦争勃発後、テレシスの周囲には恐らくあまり多くの護衛はいないはずだ。それに各王庭の主は、自らの部下を指揮し各大公爵に対応する必要に迫られている。
リッチの参戦が問題になるかもしれないが……だが私の知る限り、奴らが誰かを支持するようなことはない。しかも、ケルシー医師がすでに奴らのトランスポーターと話をつけているはずだ。
奴らがケルシー医師の忠告を聞き入れることを願うばかりだ。
今後、我々は──
ヴィーナ、お前ノーポート区の話忘れてんじゃねぇだろうな!
サルカズのアホどもがロンディニウムから放り出したのは、俺たちの街だろ! それにあそこにゃまだベアードがいんだろうが!
*ヴィクトリアスラング*! 補給ルートだとか反撃の話とかんなのはどうだっていい。俺たちはあいつを助けに行かなきゃなんねぇんだよ!
落ち着いてくれ。全体の状況を考慮する必要があって……
あぁ? 騎士様は、全体を見ろってか? サルカズのあのバケモンをどうぶちのめすかなんて知ったことか。俺のダチが危険に晒されてんだ! 家が危険に晒されてんだよ!
それを黙って見過ごせって言うのかよ、テメーは!?
違う、あんたが焦る気持ちは分かる、だけどあらゆる可能性を想定しなきゃならないんだ。
私もキミたちの単独行動はお勧めしない。できれば、国剣を奪おうとした者が完全に計画を放棄したと確信できるまで──
穴ぐらに隠れて臆病者を演じてろってか! ふざけんな! 陰でコソコソしてる連中なら、俺たちでどうとでもできる! 今一番重要なのは──
そこまでだ、インドラ。
けど俺は……チッ! わーったよ。
テレシスに対処する作戦はいつ始める?
そこまで急ぎではない。まずは補給ルートの詳細な状況を偵察する必要がある。
ザ・シャードの内部構造に関しても調査が必要だ。テレシスは……非常に強い。いかなる油断も命取りになる。
具体的にどれくらい掛かる?
半月以内だ。奴がザ・シャードを起動する前に……今言ったことを片付けたい。
十分だ。
Dr.、一時的な部隊からの離脱を申請したい。安心しろ、任務開始までには戻ってくる。
では、やはりノーポート区に向かうのか。
……クロヴィシアさん、私はすでに多くの友人を失った。
これ以上、黙って見過ごすわけにはいかないんだ。
これは私情だ。それを否定はしない。
だが同時に、チャンスだとも思っている。我々が正式に作戦を始める前に、潜在的な危険を排除することのできるチャンスだ。
……例えば、アラデルを傷つけた者たち、「諸王の息」を欲する者たち。
それが大公爵の誰かであることは間違いない。そいつが今後どんな立場でいるつもりにせよ、私は……そいつとしっかり「話し合い」をすべきだと思う。
アスカロンさんの言った通り、我々はあまり時間に余裕があるわけではない。
理解している。
上手くやるさ。
……ドクター、キミはどう思う?
......
その区画で、もう一つ注意すべきことがある。
……はい、サルカズの飛空船は現在のノーポート区に停留している可能性が高いです。
つまり……
そこに……テレジアさんが、いるかもしれないということを意味しています。
遅かれ早かれ、この戦争の途中で――私たちは必ず彼女と向き合うことになります。
それともう一つ、Logos氏から言われたことだが──
緊急……連……緊急……!
サルカズの奇襲……! カルダン区のセーフハウス……我々は……奴らの部隊……
ぐあっ!──
カルダン区? どういうこと?
オークタリッグ区のセーフハウスが……
……襲撃、警報……
フェイスト! ハイベリー区のセーフハウスがサルカズの襲撃を受けてるよ!
そっちの状況は!?
みんなで反撃しながら、地下の深層部分まで撤退しようとしてる。危機的状況だよ、恐らく……
……今回のは単なる掃討作戦じゃないね、奴らは……
……絶対……
ばあちゃん? 応答して! ばあちゃん?
クソッ、切れた!
どうなってんだ? セーフハウスが三箇所同時にサルカズの襲撃を受けるなんて!
通信が途絶えちまった、助けに行かないと──
……
いや、その三箇所だけではない。
ここの通信も切断されている。
ドクター、伏せろ!
指揮官、どういうこと!?
この場所までやられるなんて、そんな……ここは自救軍の最高機密エリアなのに!
……Logosさんから以前言われていたが、サルカズが我々の情報網を把握している恐れがある。
現在の状況を鑑みるに、機密漏洩の程度は我々の見通しをはるかに上回っていると言わざるを得ない。
すべての自救軍の拠点が襲撃に遭っていると見て、間違いはないだろう。
じゃあ撤退しないと!
……
……だが、どこへ行くんだ?
皆さん、サルカズの攻勢は苛烈です。とうに目をつけられていたのでしょう。外層の通路はすでに陥落しました。
奴らは──
……これで中層の緩衝エリアも突破されたな。
ドクター、サルカズは新型の巫術装置を使っているようだ。あの数と威力……都市防衛軍と自救軍の友人たちじゃ対応するのは難しいだろう。
率直に言うと、我々に勝算はありません。守備を担うロッベンたちも長くは持たないでしょう。
長くは持たないというと……どれくらいだ。
十五分……いえ、三十分。
我々に残された時間は、多く見積もってもそれだけです。
撤退か。考えるのは容易いが、一体どこへ撤退すればいい? 自救軍にとって安全な場所など、今のロンディニウムにはないというのに!
計器工場の第三倉庫? いや、シーズンズ百貨店の駐車場か? それともバーンのアパートか……
……ダメだ、どれもリスクが高すぎる。
考えろ、きっとどこかにあるはず……
どこも危険ならば、一時的に外への撤退もありだ。
ロンディニウムの外に出ろと?
しかし……
そうだ! サルカズの補給ルート!
ハイベリー区の補給ルートを利用して外に向かえば、ロンディニウムから撤退できるよ!
負傷者や非戦闘員がたくさんいるし、戦闘はできるだけ回避したいでしょ。地下を行けばリスクは低いよ!
だけど俺たちのロンディニウムでの成果が……
サルカズの今の動きを見ると、以前の奴らは単に我々を滅ぼす必要性を感じていなかっただけだというのが分かります。
戦争が勃発した今、軍事委員会は自救軍を脅威だと見なし始めているのでしょう。
迷っている時間はありません。
私はすぐにロッベンたちの支援へと向かわねばなりません。我々ができるだけサルカズの主力部隊を引きつけ、あなた方の撤退を援護します。
……分かった。
アーミヤ、ドクター、この撤退戦において自救軍にはキミたちの支援が必要だ。
断る理由はありません、私たちは盟友を見捨てたりしませんから。
了解。
すでに着手している。
Logos.
おるぞ。
ホルンと彼女の部隊の時間稼ぎを手伝ってくれ。
安心せよ、ドクター。
うぬらの安全は、我が保証しよう。
情報の転送と再暗号化の計画は、いまだ実行されておらぬ。王庭は掃討に最適な機会を狙ったな。
想像以上に相手は我々を理解しているようだ。
テレシス、あやつも以前装っていたよりよほど……切れ者であるようだ。
この拠点が陥落する定めにあるのならば……多少派手にやろうと問題はなかろうな。
Logosさん、あたしたちはまたここに戻ってくるんだよ!
であれば、戻りし時に再建すればよい。
あとは、ハイベリー区の補給ルートの入口を見つけさえすれば……
オッケー、みんな、ちゃんとついてこいよ。
安心して、負傷者を連れて慎重に撤退するから。
クロージャ、非戦闘員も連れて彼らと共に行け。
ケルシーは……君とシャイニングに任せた。
えっ? はぁ!?
ちょっとDr.、こんなときに何ボケをかましてるの! あたしが非戦闘員なら、君だってそうでしょ!
いや、むしろあたしの方が絶対強いよ! 君なんか、ぶっ飛ばせるもん。彼らと一緒に撤退するのは君の方だって!
ドクターは……私が絶対に傷つけさせません。
ちぇっ、ずるいなぁ。カッコつけちゃって。
それじゃ、部隊を三つに分けるんだね。
ホルンちゃん、Miseryちゃん、Logosちゃんたちがサルカズの包囲に対抗する主力。ドクターとアーミヤちゃん、それからシージちゃんたちが他のサルカズの追撃部隊を牽制。
あたしとシャイニングちゃんは自救軍に続いて、慎重に撤退する。
ところで、あたしたちは最終的にどこで合流するの?
ロンディニウム郊外の町……ブレントウードです。
おっけー、了解。
戦争は、すでに始まりました。
争いは、私たちの誰一人として見逃してはくれません。
ですが私たちは決して……希望を手放してはならないんです。