驚靂蕭然 12-4・戦闘前
高望みの団結
随分と思い切りがいいな、ロドスのドクター。
安全な場所の位置をアレクサンドリナ殿下の端末に送っておいた。そこで指示を待て。指示の範囲を超えたいかなる行動の安全も保証することはできない。
端末? いつの間に……!?
あなた方の中には、何人か腕の立つ者がいる。実に素晴らしいな。それが、我々の協力関係を壊す切っ掛けではなく、共通の目的を達成する力になってくれると信じているよ。
同意を得られるものと思うが?
もちろん、我々はゆっくりと信頼を築いていく必要がある。
用心深い沈黙だな、称賛に値する。
非常に残念ながら、その通りだ。
次の連絡を待っていてくれ。
……
ドクター、私はクロージャに報告に行かなければならない。ロドスの通信セキュリティを見直す必要がある。それまで無線封鎖の状態を保て。
もちろん、それに加え……ヴィクトリアにおける本艦の停泊手続きの処理もな。
イネスさん、ありがとうございます。
こんにちは、イネス。初めましてかな?
恐らく違うわ。
記憶を一部……失っているんだ。
……知ってるわ。
今のあなたにとっては、初対面なのよね。
あなた本当に……記憶を失っているの? それとも、これもあなたの計画の一部かしら。
……
返答は保留するわ。Dr.、軽はずみな判断を下さないようにしてるの。今のあなたに感じるのは、確かに少し……変化が見られることね。
今後、私たちが共に行動する時間はたくさんあるわ。
口先だけの言葉に耳を傾けるくらいなら、自分の目で確かめる方が好きよ。
イネスさん、ドクターに対して……
安心して、アーミヤ。偏見は心にしまっておくから。
ひとまずはね。
撤退がほぼ完了した!
了解、私たちもここから退却しないと。
あのロドスのサルカズが、Logosと呼ばれている方ですか?
Miseryさんとしばらく共闘した経験もあるし、もうロドスの戦い方に驚くことはないだろうと思ってたけど……勘違いだったわね。
そうですね。あのLogosさんが何者であれ、彼の呪術のおかげで我々は大いに助かりました。
ハッ、それに彼はダーツの腕も相当だしな。
何回か勝負をさせてもらったが、あの正確さは彼の術と同じくらい恐るべきものだぞ。
……ある友が、伝授してくれた小技にすぎぬ。
スツール滑走競技においては我に敵わぬが、ことダーツに関しては……あやつも我に引けを取らなんだ。
ホルン女史、サルカズの部隊はすでに一時退却したと見える。急ぐとしよう。
計画では、ロドスと自救軍は補給ルートを通って輸送路の出発点、ブレントウードの町辺りまで撤退し、そこに新たなセーフハウスを設置するはずです。
そこでみんなと合流しましょう。
城壁の方面を突破するのが上策でしょうね。ノーポート区が切り離されて以降、サルカズは城壁を封鎖していますが、その穴を埋める区画の建設にはまだ手が回っていません。
露出している地下構造は我々にとって有利に働きます。
......
どうやら、また一人古い馴染みに再会したようだ。
そのダーツを教えてくれたご友人ですか?
生憎と、異なる。
我の友垣らは、この旧知の者と違い、死して変じることなどない。
皆の者、聞くがよい。我は都市にて対処せねばならぬ些事がある。ホルン女史であればうぬらを連れてロンディニウムから撤退できよう。我が同僚Miseryも必要に応じてうぬらを支援する。
……わかりました。
総員、隠密行動を維持しつつ、私に続け。
昔日の山の頂は、真実斯くも偲ぶべきものであろうか? 涙も血もうぬが魅入られるには値せぬぞ。
そうしたものにさほど興味がないことは認めます。
ですがもし、山の頂だけが住処を与えてくれるなら? 栄光によってのみ温かさを得られるなら?
......
もう十分な数のうぬを狩ったはずだと思っておったが。
三十一人の「モリー」でしょう。あなたはよく頑張りましたよ、バンシー。
それでもうぬにはしてやられた。うぬはテレシスのために自救軍を瓦解させたのだからな。
それが僕たちの仕事だから。
……変形者よ、ロンディニウムのタイル一つ一つをこじ開け、暗がりに潜むうぬの破片を余さず見つけ出してやろうぞ。
うぬは変化する可能性を信じることを、今もって拒絶しておろう。それがかねてより変わらぬうぬの選択である。
若きバンシー、君ちょっとうぬぼれすぎやしないかい? 僕たちは変化を理解し、変化の中からやってきたんだけど。
でも変化って所詮は適応の手段にすぎないんだ。どんな変化も最終的な目的があるんだよ。
サルカズが今の姿を得るよりも前から、僕たちは大地を歩いていたんだ。
理念、信仰、主義、スローガン……歳月の洗礼を逃れられるものは一つもなかったね。
君が新鮮だと思ってる発想は、とっくに誰かが考えてたものだし、君が高尚だと思ってる道は、とっくに誰かが実践したことがあるんだよね。
でさ、その人たちは今どこにいると思う?
だけど僕たちは、今も君の前に立ってるんだよ。
これこそが一番の証拠でしょ。
バシッ!
バシッ、ビシッ!
ふぅ……
体力を温存して、カドール。あなた食べ過ぎ。
デルフィーンから何度もあなたの食事量について抗議されてる。今はもう前とは違うのを理解して。
安心しろ、ベアード。状況はそこまでひどかねぇ。
あの魔族どもは見た目ほど強いわけじゃねぇ、あいつらはただオレらに不意打ちを食らわしただけだ。
運輸組合のマーシャルが話をしに来たんだが、あいつらの方も団結したってよ。もっと仲間を増やせば、あんなサルカズどもなんざ敵じゃなくなるさ。
前にオレらといくつかのギャングで組んで、ポリ公どもとやり合った時とおんなじさ。
背後から連中を奇襲して「シュシュッ」、「バシッ」ってな具合で終わりだ!
数発ぶん殴りゃノックダウンさ、超簡単だよ。
サルカズの軍隊は警察じゃない。
わかってるさ、ポリ公よか手ごわいだろうよ。
だがオレらは血を流すことも犠牲も恐れやしねぇ! 倒れた仲間を踏み越えて、この拳を奴らの顔面に思い切りぶち込んで──
「スロバーノッカー」っつーこのジムの名前の通り、顎に強烈な一発をお見舞いしてやるさ!
マーシャルとシミュレーション済みだ、オレらなら絶対に勝てる!
あなたのあの、くだらない龍門ビデオ集みたいにってこと?
真剣に言ってんだぜ。オレだって伊達にノーポート区のストリートでやってきてねぇよ。荒波渡ってきた時間はオマエにも劣らねぇ。
オレらは、自分たちのために活路を見出さなきゃならねぇんだ。昔みてぇにな。
あん時、シージの奴があっさりグラスゴーからいなくなったせいでオレらはおめおめと他人にシマを渡すことになった。で、オマエとオレでどうにかして足場をここに再建したんじゃねぇか。
今だって前と同じだ。みんなで一丸となって、準備して、あいつらをぶっ飛ばす。オレらはこれまでずっとそうしてきたんだ。
外がどんな状況だろうが、ストリートにゃストリートのやり方ってモンがあんだよ。
あとは、チャンスさえありゃ……
デルフィーンたちが帰ってきたようね。
……
ハゲ頭のペアの野郎は首を縦に振ったか? こんな状況でも、オレらの提示した金額は相当おいしいはずだ、きっと──
これは……血か? どういうことだ?
ペアは死にました。
!
サルカズか──
い、いや、あれはサルカズじゃなかった! クソッ、あれが何者か知らないが、俺たちがあの店に着いた時は、もう修羅場の真っ最中だったんだ!
奴らは殺人鬼だ! この目で見たんだ、バールを持った奴が一人を地面に押さえつけて、そいつを──
おえっ──ゴホゴホゴホッ!
状況は良くありません。おそらく空腹で気が立った浮浪者がペアのお店を狙ったのだと思います。あのおバカときたら、パンをショーケースに入れていましたから。
結果がどうなるかなんて、簡単に想像つくでしょうに。
だって今現在、この封鎖されたエリアで、そういった「浮浪者」がどれくらいいると思いますか?
……
クソったれの狂人どもめ、禁制品か何かで頭がイカれちまったか!
……バールを持っていた人は知っています。尻尾のトリートメントクリームを売る販売員で、いつも笑顔の方でした。
何度か商品を買ったことがありますし、割引もしてくれましたよ。クリーム自体は微妙でしたけど。
だけど……さっき見かけた時、彼の目は血走っていました。口からは血が流れて、バールは殴りすぎて変形していて……あれが彼だと気づかないところでした。
街ではパニックが広がっています、カドール。
運輸組合の奴も同じようなことを言ってたぜ。ちょっと臆病なら気が狂っちまうかもしれないってな。だがどうして……
ドアを押さえて!
わ、私が……?
ぼさっとしないで、手伝って! カドール、ソファを持ってきて!
バカが、オマエら死にてぇのか? *ヴィクトリアスラング*、一体どういうつもりだよ?
……
失せやがれ、ここはグラスゴーのシマなんだぞ! こちとら、まだテメェらみたいな*ヴィクトリアスラング*にどうこうされるほど落ちぶれちゃいねぇ!
……
ベアード、危ねぇ!
一本の消防斧がボクシングジムの分厚い扉を突き破り、鋭い刃先がベアードの毛先を掠めた。
髪の毛が数本、はらりと落ちる。
言っただろうが! *ヴィクトリアスラング*! ここにはな、まだグラスゴーがいるんだよ!
カドールはドアを押さえ、突き破ってきた斧の刃を両手でがっしりと掴んだ。扉の外にいた者は何度か斧を引き抜こうとしたが、それはかなわなかった。
オマエが誰かは知らねぇが、とっとと消えろ! さもなきゃこの斧をオマエの脳天に突き立ててやる! 冗談なんかじゃねぇぞ!
……
斧がまた何度か動き、ドアが数回激しく蹴られた後、外の者はとうとう諦めたのか、足音をバタバタと響かせて徐々に遠ざかっていった。
君、手が……君の指が……
……
ありがてぇことに、ジムってのは包帯にだけは事欠くことはねぇからな。
ベアード、デルフィーン、もう一回全部の物資を確認するぞ。
オレはサンドバッグを何個か下ろして、扉を補強する。
こ……ここの人たちは、みんな狂ってしまったのか!?
彼らは……ノーポート区民はみんな善良な市民だったはずなのに……警察は? 普段は誰よりも熱心に切符を切っているだろう!
もしオレが区画から逃げ遅れたツイてねぇポリ公だったら、今頃は武器を握りしめて家に閉じこもってるだろうな。
もう一度……運輸組合に行かなくちゃな。ここの連中はマーシャルの話なら一応は聞いてくれる。
あいつなら──普段からみんな、あいつの言葉には耳を傾ける。あいつなら何か考えがあるかもしれねぇ。
クソッ……クソったれめ! サルカズがまだ外にいるってのによ、トチ狂いやがってこいつら、なんで身内同士で──
我々は……これからどうすればいいんだ? カドールが言っていただろう……
チャンスさえ来れば?
あのさ「次期会員」さん、十五年前に発生した、ノーポート区の大火事は知ってる?
ああ、聞いたことがある。たしか埠頭で……
埠頭を丸ごと火の海にすることは別に難しくない。
猛暑日、木屑で満たされた倉庫、火の消え切っていない吸い殻……それだけでも十分火災は起こり得る。
だけどそうした火は、誰にも消し止めることができない。
私たちは、目の前のものが燃え尽きて灰になるのを、何もできずに見てるしかない。