驚靂蕭然 12-9・戦闘前
情熱に満ちた頃
この部屋……
見ろよ、ダグザ、ここが俺たちの昔の家だ!
わ!
きっと楽しかったんだろうな!
当たり前だろ!
だが、ハンナは掃除をしたことがない。
おい、ヴィーナ! 俺は何べんも謝っただろうが!
あなたたちが出て行った後も、たまにここに来て掃除してた。昔と変わってないはず。
俺のコレクションも全部揃ってるじゃねぇか! ベアード、やっぱお前は頼りになるな!
ハァ、だって私は留守番を任せられた可哀そうな人だし。
それは言わねぇ約束だろうが。あん時残るって決めたのは、お前自身じゃねぇか!
いつものベッドじゃなきゃ眠れねぇから、このノーポート区からは離れられねぇって!
あの時、頑張って克服しておくべきだった。
やめろって! お前がどんな奴か知らねぇとでも思ってんのか? お前が寝つけなきゃ、誰も安心して寝られねぇんだよ!
クソ眠いときに、お前のおしゃべりに付き合わされんのは、もうゴメンだ!
……アハハ、でも最近は私もどこでも寝られるようになった。
どうした、疲れか?
かもね。
私はただ……睡眠が頭を空っぽにする一番いい方法だって気付いただけ。
……ベアード、ロドスの任務が終了次第、私は貴様らを連れてここを離れる。
貴様ら全員だ。
ほらほら、酒でも飲んで数年ぶりの再会を祝おうぜ!
どれも安モンだがよ、こんなに長い間寝かせといたんだから、結構美味くなってるかもしれねぇぜ?
モーガン、ベアードにお前の書いた本を見せてやれよ! 俺たちのこれまでの冒険がどうだったか教えてやれ!
へっ、ベアード、お前国王の冒険メンバーになれるチャンスを逃しちまったな──
……モーガン? どうした? さっきから顔色があんまし良くねぇみてぇだが。
俺たちやっと家に帰ってきたんだぜ! もっと喜べよ!
……さっき踏んだ……手のことを考えてたんだ。
……
ただの事故かもしんねぇだろ。
あの手がはめてたサムリング……どこかで見たことあるような気がするんだ。
絶対に、知ってるはずなんだけど……
どうやっても思い出せないんだよ。
……ベアードちゃん、ノーポート区で最近何が起きたの?
……何もない。さっきのは本当にただの事故かもしれない。
ここではみんな生き延びるために頑張ってる、それだけ。
だけどそれも全部過ぎたこと。今あなたたちが帰ってきた。そして私たちはすぐにでもここを離れられる、それで十分。
ノーポート区、ここは吾輩たちの家だよ。
吾輩は……
ここに帰ってきたら何をしようかって考えたことがあるんだよね。最初の夜はビリヤード場へ行って夜通し遊んで、それから隣のバーでしこたま飲んでさ。
それか、マクラーレンのとこに行ってビデオシアターを貸し切りにしてもらって、冒険映画を十本連続で見るんだよ。
……
だけど、吾輩が見たのはあれだった。目を凝らして見る勇気なんてなかった。
ガラスの破片とガラスに付いた乾いた血、建物の中で倒れてる……いくつかの黒い影。
あなたもしっかり眠った方がいい。私みたいに……
ここに来るまでに、きっと疲れすぎたんだと思う。
ヴィーナ、あんたは国剣を手にしている。きっと、英雄になるんだよね?
ヴィーナは、吾輩たちは、ノーポート区を救えるよね?
こんな苦しみは今だけだよね!
……もちろんだ。
私たちは必ず、かつての暮らしを取り戻す。
もしかしたら……
ううん、今日はもう遅い。みんな、休もう。
明日も、まだまだやらなきゃいけないことが山ほどある。
ベアードの言う通りだ。モーガン、我々は……しっかり休息を取る必要がある。
シージはソファの上で体を丸めた。彼女はかつて、ここで数え切れないほどの夜を過ごした。この場所の感触は一つ一つどれも懐かしい。
彼女は何年も昔のことを思い出していた。蚤の市で手に入れたこの古いソファは、四人がかりでどうにかボクシングジムの二階へと運び入れたのだ。
あの時、このソファは彼女にとってまだ大きかったが、すぐに足をひじ掛けに乗せなければ体を収めることができなくなった。
暗闇の中、シージは手でソファを隅々まで撫でた。
ナイフ傷がある。ハンナがナイフ回しの練習をしている時につけたやつで、その後三日間、彼女はバツが悪そうにしていた。
シミもある。飲み物をソファにこぼしたモーガンが、質の悪い洗剤を買ってきて汚れを落とそうとしたが、結局ひどくなっただけで、今も大きなツルツルの跡が残っているのだ。
ベアードは、切り忘れたアイロンをソファの上に置き、危うく部屋が燃えるところだった。
彼女はそうした日々は永遠に変わらないと思っていた。
彼女はかつて、そうした日々は永遠に変わらないと固く固く信じていた。
ここは、彼女たちのグラスゴーだ。ノーポート区は、彼女たちのストリートで、彼女たちの育った場所で、彼女たちの家なのだ。
そう、彼女は帰ってきた。
しかし彼女の心の中には、少しの喜びも湧いてこなかった。
彼女はモーガンの「回顧録」を思い出す。『偉大なるヴィーナ陛下とその偉大なる友人たち』。
シージはそばに置いた「諸王の息」にそっと触れた。
その剣は初めから少しも変わらず、冷たく沈黙している。
リーダー。英雄。国王。
我らが王シージ、ヴィーナ。
アレクサンドリナ・ヴィーナ・ヴィクトリア。
……
どうしたの、ヴィーナ?
……この服が重すぎてな、息苦しくて眠れないんだ。
もっと楽な服はないか。
そこの引き出しの中。
ふぅ……
身長は伸びてないみたいだね?
……幾つだと思ってるんだ? 成長期なんてとっくに終わってる。
終わってるとは限らない。私たちが初めて会った時、あなたの背はあんなに低かった。だからまだ──
分かったから。またいつもの時の流れを嘆く話だろ。
このいつもの話をする相手が、何年もいなかった。
……ベアード、悪かった。
帰ってきてくれたならそれでいい、ヴィーナ陛下。
……その呼び方はやめろ。
あっそ。
じゃあ、前と同じようにこう呼ぶよ、シージ。
......
どうなさいました、ミセス・エルマンガルド?
ミセスはやめて。まだそこまで老いていませんわ。
申し訳ございません。その……ミズ・エルマンガルド? 私はあなた方リッチの年齢はよくわからないものでして……
ハァ、構いませんわ。ミセス・エルマンガルドとお呼びなさい。
この高速軍艦は徹底的に破壊されていますわ。まったく、ブラッドブルードのは、またきれいに掃除していったのですね。
マンフレッド将軍は、これはサルカズの勝利の始まりとなるだろうと仰っていました。
フンッ、サルカズの勝利ですか。
ハァ、ミズ・ケルシーは何度も私に警告してきましたけれどもね。そんな未来は、私たちに何ももたらさないだろうと。
でも、やっぱりわかりませんわ。私の先生にどうしてフェリーンの旧友などがいるのでしょう?
行きましょう、ここの匂いは好きません。
こちらへ、テレジア殿下がお待ちです。
ドクター、おはようございます。
私たちは次の……計画を立てなければなりません。
サルカズはここの住民のみなさんを、外からの攻撃に対する盾にしていますが、軍事委員会と大公爵の良心を無条件に信じることはできません。
それに、彼らの間で行われている駆け引きを考慮に入れなかったとしても、私たちは現在の封鎖エリアの悲惨な状況を見過ごすことはできません。
今のノーポート区の混乱した状況を見たはず。現状を変えるのは簡単なことじゃない。
あなたたちが持ってきた薬……数を数えさせてもらったけど、多分焼け石に水。
はい。私たちだけではできることに限りがあります。ですが、それは行動しない理由にはなりません。
飛空船の調査と民間人の撤退計画は、同時に行う必要があります。どちらも無視することはできません。
あの……
何でしょうか、デルフィーンさん?
あなた方って強いのでしょう? サルカズの封鎖をくぐり抜けてここまでやってきたくらいですし、逆に抜け出すことだって、簡単にできるはずですよね?
今ここにいる皆さんは、ロドスの素晴らしいオペレーターであると誇りを持って言えます。ですが、ごめんなさいデルフィーンさん、私たちは恐らくあなたが想像するほどに強くはないんです。
この戦争を背後から操っている人たちと比べれば、私たちは弱すぎるとさえ言えます。
……ということは、あなた方も誰かの手を借りてこの区画に入ったのですか?
あの人がずっと強調していた言葉を借りれば、「取引」と言うべきかしら。しかも不名誉なね。
あなたは……サルカズ?
別のサルカズと結託した大公爵がいるんですね……
へぇ、あなた、随分と察する能力が高いわね。
……いえ、私はただよく新聞を読んでるだけです。
すごく良い習慣ね。
あなた方は今、撤退作戦を計画しているのですよね? その「取引相手」というのは、支援を約束してくれたのですか?
残念だけど、違うわ。彼女は全く気にかけていないみたいよ。
でも、すごく信頼しているように見えます。
ハッ、だってこの人たちはロドスだもの。
これについては、私は意見を控えるわ。私が気にかけてるのは生きてここから出られるかどうかよ。
ロドスの皆さん、一つ提案があります。少し危険かもしれませんが……
ノーポート区では、外部に情報を発信するためのルートが全て遮断されています。サルカズたちが、対外的にどう言い訳しているかは想像できますが……
……どの大公爵も、それがただの「言い訳」にすぎないということは分かっているでしょう。
だけど彼らは率先して暴こうとはしないでしょうね。むしろ、大公爵とカズデル軍事委員会は、この点において暗黙の了解を取り交わしたと言ってもいいわ。
サルカズがここの住民を盾にしているというなら、大公爵たちだって同じでしょう? 住民がサルカズに皆殺しにされれば、大公爵の中には大きく胸を撫で下ろす人だっているでしょうね。
戦争において、道徳なんて煩わしい重石くらいにしか思わない人もいるのよ。
ええ、あなたの言う通りです。
それなら私たちが……その暗黙の了解を破ってやるんですよ。
大公爵たちのアクションを誘うんです。もっと思い切った行動を取るように、追い詰めねば。
……私たちが、本当にここで全員仲良く死ぬ前に。
……
もう何日目かな、ゴールディング。君はあれからうんともすんとも言わないね。
僕たちの知る限り、君はここまで寡黙な人じゃないはずだけど?
ロンディニウム市民自救軍の状況は、どうなっている?
大部分はこの都市を離れたよ。
残りの人数は?
多くはないんじゃない。
……
まーた、だんまりか。別にいいけど。沈黙が君に安らぎでももたらしてくれるの?
私は、ただ……彼らを、彼ら一人一人を思い出してるだけだ。
あのさぁ、ゴールディング……君は生まれつき、彼らに属してるわけじゃないよ。そんな思い込みだけの帰属意識なんて忘れちゃっていいんだよ。
君が彼らを殺したわけでもないよ。何もしなくたって、ほとんどがこの戦争で死ぬだろうしね。君たち「人」は、そういった死のために、言葉だって発明したじゃないか、「犠牲」って言うやつ。
大体ね、犠牲っていう言葉で表される人のうち、本当に君が「知り合い」って言えるのはどれくらいいるの? 自救軍って名前で括られる人のうち、何人と会ったことがあるの?
ある集団の一員になるのは、君にとって喜びと誇りを感じることなのかな? 君を満たしてくれるのかな?
でも残念だけど、君が見た通り、僕たちって僕たち自身に属することしかできないんだよ。
違う、私はかつて……
自分が奮闘しているのは、共通の夢のためだと思っていた。自救軍の大義のためだと。
だが、ここ数日間で気付いたんだ。もしかしたらそうではないのかもしれないと。
レトの言った通りだった。私たちは同類なんだ。
私は、彼のことを悲観的だと評したことがある……だが私自身だって同じだ。自分が認めようと認めまいと……私は容易く失望する人間なんだ。
自救軍のメンバーたちは、それぞれ純粋な理念を持って奮闘しているのかもしれない。だが、自救軍自体は違うんだ。
クロヴィシアにしろアラデルにしろ……彼女たちの人柄は尊敬しているが、彼女たちの目的は決して口に出しているようなものだけではない。
私は長い間、それについて全く気付かないふりをしてきた。
君は今そのことに幻滅してるんだね。ようやく、自分の大義が初めから純粋なものではなかったと気付いたんだ。
君は自分の努力が、全部無駄だったと思っているんだろう。
まさか。
だからこそ、私は大義なんてものは考えないことにしたんだ。一人一人の顔だけを思い出しているんだ。
ハイディに、フェイスト、ロックロック、ビル、アダムス、ジョージ……
ロンディニウム市民自救軍に対して、すまないと言う資格も権利も私にはない。罪を悔いようとすることすら、お門違いなんだ。私はあの虚構の上に成り立った集団に所属する必要はないのだから。
だが、それでも……人と人として、私は彼ら全員に真正面から向き合わなければならない。