驚靂蕭然 12-16・戦闘前
空際の夕焼け雲
これが……飛空船。
これまでの我々の潜入計画はことごとく失敗し、接近を試みた者は一人残らず忽然と消えた。
これはサルカズの巫術なのか? 魔王よ、貴様ならこれをどう突破すればいいか知っているだろう。
私は……
テレジアさん……テレジアさんも、ここにいるのでしょうか?
ですが感じ取れません──
うっ!
突如として凄まじい重圧が襲いかかってきた。
それは言葉で表現することはおろか、声を出すことすらできない。それほどまでに強烈で、それほどまでに残酷なものだ。
危うく立っていられないほどの衝撃だった。
これは……何ですか……
何のつもりだ、魔王? 妙な真似はやめろ!
貴様の巫術でこれを破れ! でなければ──
うっ──
来たか、アスカロン。
ドクター、遅れてすまない。
アスカロンさん、落ち着いてくれ。
この同僚の行動は私と関係ない! 彼に言い聞かせようとしたが、聞く耳を持たなかったんだ!
あなたたちのドクターを傷つけるつもりはない。ただ取引を無事に進めようとしているだけだ、あの時のことはあなたも見ていただろう?
であれば邪魔をするな。
――
お前には理解できないだろう。お前はサルカズではないからな。
私たちは……自らの歴史に直面している。サルカズの幾千幾万年にもわたる苦しみに直面している。
それは怒り、訴えている。私たち一人一人にその叫びに耳を傾けるよう迫っている。
……なるほど。
フンッ、大公爵たちは失望するだろう。これは複製可能な工業技術などではないからな。
あの船……あれは「レヴァナント」だ。
うぅ──
この……声は……
アーミヤ、呑み込まれるな!
耐えろ、これはただの幻覚だ!
分かっています、分かって……
ううっ──あぁ──
この影……
おかしい、これはイネスさんの操るアーツのようなものではない。これは何だ?
ドクター、飛空船の影から離れろ!
飛空船の影が身をよじりながら伸びてくる。アスカロンに倒されたもう一人の「グレーシルクハット」は、一瞬にして漆黒の影の海に沈んでいった。
おいおい冗談だろ、一体何なんだ……
深い暗黒、深い絶望、深い怒り。
レヴァナント……
私は……
見るな、アーミヤ! それはレヴァナントの巫術だ!
……
私には、涙が見えます。
レヴァナント、私にはこれまでにない重い悲しみが見えます。
あなたはずっとこの悲しみと共にいたのですか?
あなたは怒りの炎で、血が流れないように傷口を焼いています。
それは……とても苦しいことです。
アスカロンが数歩よろめいた。
大丈夫か、アスカロン?
私は……平気だ……
アーミヤは──
巨大なレヴァナントの影の中、アーミヤは上を向いたままだった。
この角度からは彼女の表情は読み取れない。唯一分かるのは、彼女がいまだ顔を上げたままであるということだけ。
あなたの言う通りです、レヴァナント。それは、私が見るべきものです。私は、たった今――
――全てを見ました。
三千四百二十一回もの破滅する様を、レンガの一つ一つが灰になるのを見ました。
かつての魔王たちの抵抗を、彼ら一人一人の心を見ました。
流された涙と血を、高く舞う塵と破片を見ました。
……みなが同じような姿で折り重なって倒れゆく、似たような光景が繰り返されました。
それが私の目に映りました。そして、私はそれを見続けることを選びました。
レヴァナント、私は一瞬たりとも目をそらしてはいません。
しっかりと記憶に留めておきます。
繰り返し下された重苦しい選択を、一つまた一つ重ねられた死と犠牲を、いつもいつも最後に訪れる破滅を、全ての希望を記憶に刻み込んでおきます。
ですが、私は努力して──
私は……
いいえ、私はこれまでもこれからも絶対に──
テレジアさんは、私がそうなれるよう望んだんです! 彼女はたとえ異種族であろうとも、我が事のように感じることはできると言いました!
私は……
アーミヤはふと、自分が何も言えないことに気付いた。
なぜこの戦争を止めようとしているのだろう?
彼らの憤り、彼らの苦痛、彼らの渇望を目にしてもなお──
自分は何のために、この戦争を止めようとしているのだろう?
これは……この戦争は、確かにサルカズにとって唯一の選択だ。
サルカズの一人一人が、自らを取り巻くものと直面した結果、他に選べる答えなどなかったのだ。
ですが……
アーミヤは気付いた。ふいに彼女は、テレジアの現在の選択を理解したのだ。
涙で涙を覆い、苦しみで苦しみを埋める。
焼き尽くされた土地だけが、サルカズに新生をもたらす。
ですが……
……それでも私はその道を拒みます。
レヴァナントの言うことは、正しかった。
まさに、彼らの進む道を拒むからこそ、自分は未来永劫、真に彼らと共に立つことはないのだ。
自分はいつでも、身を引いて離れることができるのだから。
影が狂ったように震えて分裂する。今にも実体化するのではという錯覚を起こさせるほどに。
狂奔するレヴァナントの影が、がらんとしたドックから溢れ出る。
バカでかい奴だ。
紫の炎が黒い影と衝突した。
レヴァナント、私はお前たちという存在に興味がある。
もしお前が焼かれれば、どのような熾火を残すのだろうな?
──
あのドラコは……エブラナか。
彼女がここに現れるなどという情報は、任務概要になかったぞ!
行くぞ! 早く!
アーミヤ!
私は……私なら大丈夫です……
掴まれ、肩を貸そう。
ドクター、私は……
私は確かに、本当の意味で彼らと共に立つことはできません……
だから君でなければならないのかもしれない。
……え?
急げ! ドラコの火が来るぞ!
彼女は……非常に強い。ここでやり合う必要はない!
……
フッ──面白い。
ロドスか……
最近、よくこの名を耳にするな?
しょ……将軍、あのドラコは……
構わずともよい。
あの炎は、自らの狭隘な野心以外に、何も燃やせはしないのだ。
レヴァナント閣下、我々を連れてドックからお発ちください。この狭いドックでは、あなたのお怒りを受け入れることはできません。やかましい異種族どももあなたがお時間を割くには値しません。
それと、テレシス殿下より連絡を受けました。あちらはすでに準備が整ったそうです。
……
殿下。
サルカズの飛空船はすでに飛び立ち、ゆっくりとロンディニウムの方角へと旋回しています。
我々の高速戦艦編隊も、都市の外周にて応戦する準備が完了しております。
……その他の部隊も集結しているようです。
ほう?
ウィンダミア公爵の艦隊は、早くからこの区画に接近していた模様です。カスター公爵の軍艦も虎視眈々と動く時を狙っています。
どうやら皆、この場所に多大な関心があるようだな。
本当に関心があるのでしょうか?
公爵たちは来るのが遅すぎるのではありませんか?
君は……あのホテルの支配人か?
なぜ君がここに?
……サルカズが元々ロンディニウムに忍ばせていたスパイか?
いいえ、コルバートは自分をヴィクトリア人だと思っている、ただのサルカズの清掃員にすぎません。
ではお前は?
僕たちのことかな……?
僕たちは友達と楽しくおしゃべりしてる途中で、仕事に駆り出された可哀想な人だね。
ほんとにおかげ様で興醒めだよ、ドラコ。
ならば、私とおしゃべりするのはどうだ?
……勘弁してほしいね。
しゃべるくらいなら、さっさと全部終わらせようよ。