悪兆渦流13-5・戦闘前わだかまる苦厄
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ウルサス炎カジミエーシュクルビアボリバルリターニアヴィクトリアイェラグカズデルシラクーザレム・ビリトンサルゴンミノスラテラーノシエスタイベリア
ウルサスカジミエーシュクルビアリターニアヴィクトリアイェラグシラクーザサルゴンミノスラテラーノシエスタイベリア

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悪兆渦流 13-5・戦闘前

わだかまる苦厄

霧はますます濃くなり、森ほとんどがその中に呑まれつつある。

実を言えば、我はそれほどカズデルに精通しているわけでもない。バンシーの王庭は二百年前の戦争の直後にかの都市を離れた。我が育ったのはバンシーの河谷でのことである。

かつて母上にこう問うたことがある。なぜ母上は「六英雄」の一人として、最後までカズデルのために戦い抜いた過去を持ちながら、なおかの都市を離れたのかと。

当時、母上はそれに答えず、河原から葦を何本か拾い上げては我のために首飾りを編んでくれた。茎と草とが互いにもつれ合い、頭と尾とが連なった首飾りを。

それはとても美しく、我はそれを宝のように思った。だがほどなくして枯れ果て、バラバラの破片と化した。

母上いわく、それはバンシーの伝統的な技術だそうだ。我らは歌声と呪文とを、まさに青草の首飾りの如く編み上げるのだと。

しかし、我らは今や河谷全体を手中に収めておる。

それらはもう摘み取られることも、もつれ合うこともない。ゆえに年月を経るにつれ、いつまでも育ち続ける。

バンシーは挽歌を歌う。なれど挽歌は終末への嘆きにあらず、新生への期待である。

サルカズに必要なのは、死にゆく都市を守ることではなく、生い育つことなのだ。


Logos

この地の環境は不穏であるぞ、ドクター。我らは、先刻まで森の中におったであろう。

しかるに霧が色を濃くするにつれて、眼前の景色もすっかり様変わりをした。

一面の……河谷に。

これは全て幻覚なのか、Logos?

ドクターの負傷は決して軽くはない。しかしその口調はすでに平時の落ち着いたそれへと戻っておった。

アスカロンは黙したまま、いまだ目覚めぬアーミヤを抱えて前列を歩いておる。

彼女は相変わらず、一言も発さぬ。だが我には分かる。今の彼女の沈黙が、平時と比べ……より暗澹としたものであることが。

彼女と慌ただしく合流した折に束の間見えたあの判別し難い表情は、我の記憶に新しい。

Logos

幻とは虚無より来たるものであり、人々の頭蓋の内にある虚構の光景に過ぎぬ。どれほど真に迫っていようと、それはただ偽りとしか見なされぬだろう。

なれどこの地はさにあらず。

この地のあらゆるものが、かつて真実、存在しておったのだ。

かくの如き「幻」を作り出すには情報のみならず、時間と空間をも要する。

まこと難儀なことよ。

骨笛の音?

我はこの河谷をよく存じておる。

我はこの場所を常より愛してきた。

Logos

左様、バンシーたちの骨笛である。必ずしもアーツを放っておるとは限らぬぞ。

我らが幼少のみぎり、よく河原で骨笛の習練に励んでおった。草むらに腰かけ、じっと待つのだ。小虫が鱗獣に呑まれ、鱗獣が羽獣に捉われるまで。

骨笛の音はまさにその時に鳴り響くものである。

どうしてこの地にはこんな光景が広がっている? 我々はどうやったら戻れるんだ?

Logos

今試しておるところだ。

アーツでないとすれば、残る可能性はただ一つ。より古き力に関しておるに違いなかろう。

しかしこの戦場に、ロンディニウム周辺に現れないはずなのだが。

アスカロン

音も景色も、どれも本物と見分けをつけるのが困難だ。我々が本調子ではない以上、警戒を高めていかねば。

河谷の向こう側に、何者かが黙したまま佇んでおるようだ。

Logos

……母上。

Logos、どうした?

Logos

……いいや、何も。

この景色を直に引き裂いてみるとしよう。いささか危険を伴うが、それが最善の手段であろう。

この場を離れる行為が安全か否か分からぬゆえ。アスカロン。

アスカロンはうなずくと、アーミヤをドクターに託した。ドクターは無事である方の腕で何とか彼女を支えた。

アスカロン、この暗殺の名手は瞬く間に濃霧の中へと消え失せた。

我は目を閉じて、その時を待つ。破壊を構想し、再建を想像しながら。

だがあの人影がまたもや、此度は河谷の周縁の小さな山に現れた。母は我を見ておるようにも、ただ過去の欠片が、在りし日のある時に留まっておるだけのようにも見えた。

あの山には郷愁を覚える。幼少の頃、我はあの場所で呪術の鍛錬に明け暮れておった。日が段々と傾いてくると、母は我の背後に立っておったものだ。

一体いつから来ておったのかは終ぞ分からなんだ。母はこの地の幻と同じく、ただそこに立っておった。

我が疲れ果てると、二人で共に家路についた。

我は自らの骨笛を取り出した。それは初めて受け取った時と同じように、ひんやりと冷たさを湛えておる。

先日、我は消えゆく変形者の王庭のためにこれを吹いた。

それ以前にこれを吹いたのは、まさにこの河谷であった。


Logos

我は明日、バベルへ向けて発つ。

バンシー

うむ。

そなたは今やバンシーの王庭の主である。テレジア殿下に妾からの伺候を伝えること、ゆめ忘れぬよう。

Logos

我は今もって何一つ実感が湧いておらぬのだ、母上。

王庭の主としては、我は若輩である。

バンシー

何を言う、そなたの傑出した才は誰の目にも明らかであろう。

受け取るがよい。

Logos

これは……

バンシー

そなたの骨笛だ。妾が調律し、王庭の紋章を刻んでおいた。

無論、魔力に満ちた口づけも施しておる。

Logos

……うむ。

バンシー

骨笛が鳴り響く時、あらゆるサルカズは知るのだ。それが弔鐘であると。

Logos

……

母上、バンシーの主とは何を成すべきであるのか?

バンシー

そなたがそうと固く思うことを成せばよい。

Logos

母上にかつて我は……戯けた話を語った。

縛られしサルカズに退路はなく、母上が以前我に賜ったあの編み首飾りの如く、ただ崩れゆく途にあると。

翻って我らを縛するものは、まさに我らの身分であり、また所属である。

「王庭」、あるいは「魔王」である。

バンシー

……

Logos

さるに、母上はなおも我にこの地位を我に預けた。

バンシー

滅亡の終点にひとたび辿り着いてしまえば、朽ちた躯は永劫蘇りはせぬ。

されど……これこそが曲がらぬ定めなのだ。

妾たちはあらゆるもののために弔鐘を鳴らす。他者のためにも、そして己のためにも。

しかしながら、それには責任が伴うのだ。

仮に、妾たちが太古の伝承はとうに新生の踏み台と成り果てたと考えておるのならば、そなたは己の足で出向き、確かめるべきだ。

そうしてなお、考えが変わらぬのであれば――

――「新生は滅びより生まれる。」

我は骨笛を口元まで運んだ。

Logos

……スゥ――

バンシー

あなにえや。

新たなる若きバンシーの主よ、そなたが初めて奏でるいとけなき弔鐘は、誰がために鳴らすものか?

Logos

……我自身のため。

あらゆる朽ち果てていった王庭、そしてこれから朽ち果てるであろう王庭のため。


Logos

……

サルカズは新たな言葉を綴らねばならぬ。

Logos

「停滞した景色に如何なる意味があらんや?」

言葉に従い、力が迸った。


アスカロン

これは……

Logos

ブラッドブルードの巫術である。

なれど、あやつに先ほどの景色を作り出すことはできぬ。おそらく別の存在の力を借りたのであろう。

ブラッドブルードはこの法陣で何を企んでいる?

ドクターは懸命にアーミヤを支えながら、いささか恐れをなしたように巨大な血の色の結晶を見上げる。

Logos

この地の回路は完全とは言えぬが……いくつか読める象徴がある。

「純化」。

……これは我らの血脈に対し影響を及ぼそうとしておる。サルカズの血脈に、だ。

この術式は……サルカズの力と関係があるようだ。

ドクターからの返事はなかった。何やら思考に耽っておるようだ。

???

ちょっと!

ふっ、あやつらもついに耐えかねたか。

我はこの粗暴な放浪者たちの存在に気づいて久しかった。あれら錯乱した時空があやつらの姿形を遮っておったのだ。今や霧も晴れ、彼らもようやっと姿を現した。

アスカロンの手に煌めく銀光が、すでにあやつらの首筋に迫りつつあり、骨筆から流れ出た呪文が彼らの攻撃を防いだ。

土くれとは。まるで幼子の如き粗さよ。

アスカロン

――

待て!

???

だから言ったっしょ、この人たちは本物だって!

パプリカ

この幽霊たちは本物なんだってば!

なんと、真に頑是ない子供であったか。

君は……

ドクターはこのサルカズの少女と知遇があるのか?

パプリカ

えーと……

あんた、あの「ドクター」? ハイベリー区の軍事工場で見かけたことあるっす!

どうしてこんなとこに?

それに気絶したコータスと……サルカズ?

君はノーポート区で難民たちに物資を提供していた。

パプリカ

なんで知ってんすか!?

い、いや適当言うなし! うちはただ、その――

そこのコータスの子、かなり具合悪そうすね? あんたの腕も……

あんたら、その、サルカズと一緒にいても……問題ないんすよね?

疲弊したサルカズ

元の場所に戻って来れたみたいだけど、今回は本物なの?

凶悪なサルカズ

俺は、二度とあの頭に光輪のついた怪物には会いたくない。どう考えたっておかしいぜ。

疲弊したサルカズ

パプリカ、なんで幽霊たちと話してるのよ?

凶悪なサルカズ

フードを被った奴に、気絶したウサギ、それにサルカズか?

パプリカ

ちげーって! 運転手さん、この人らは本物の人間なんだってば!

「運転手」

本物?

そのサルカズは我の前に出ると、訝しげに見定めてきた。

彼女が戦場での経験を持たぬことは一目で分かった。手にあるタコの位置が異なる。

そのパプリカなる娘は、今彼女を運転手と呼んでおったか?

Logos

もし。

「運転手」

うわっ!

ちょっと坑夫、あんたも見てよ。やっぱり本物だわ!

「坑夫」

お前の着てるその服……かなりの値打ちもんだよな?

ずる賢いサルカズ

何を言ってるんだ、よく見てみたまえ! まあ、ウルサスから来た田舎者に分かるはずもないか。

「坑夫」

この小金持ちが、いちいちカズデルの有名人か何かみてぇに気取るんじゃねぇ! お前なんざただの雑貨屋の店主だろうが!

おっと忘れてた、あの店は売っ払っちまったんだったな。ただここに戦争しに来るためだけによ、ハッ!

「資産家」

言葉に気をつけたまえ! この方の前で騒ぐのはよすんだ!

こんにちは、あはは……あなたもひょっとしたらカズデルで僕を見かけたことがあるかもしれません。ちょっとした評判のあるお店でしたから……

金持ちと呼ばれた男は、揉み手をしながら媚びるように我に視線を向けた。

男の持つナイフにはアーツの制御を補助する機器まで搭載されておる。かなり値の張る代物のはずだ。惜しむらくは、ナイフそのものも含めて全く使われた形跡のないことであるが。

「資産家」

あなたは……王庭の方でしょう? 服を見れば分かります……土石の子ですよね?

……

どうやらこの者は、王庭の何たるかを知らぬと見える。

Logos

……我はバンシーだ。

「運転手」

男のバンシー? バンシーって大体女性なんじゃないの?

Logos

左様。

「運転手」

へぇ、カジミエーシュでは男のバンシーがいるなんて聞いたこともなかったけど……あら、ちょっと失礼だったかしら……

パプリカ、あんたこんなすごい人と知り合いだったの!?

パプリカ

……いや、知り合いってほどじゃ……

Logos

うぬらは荷を運んでおるのか?

彼らの輸送車の布が掛かっておらぬ部分から、血色の紋様が流れる結晶が見えておった。

Logos

うぬらはこれらの物資をどこへ運ぶつもりだ? どうやら儀式の材料のようだが?

パプリカ

えっと……いいのか分かんないけど、うちらは単にルートに沿って巡回してるだけなんすよ。壊れてる法陣があったら、うちらが修理することになってるんす。

ドクターがこちらに視線をくれ、それで我も悟った。サルカズの輸送車ならば、我らを乗せて戦場を越えるための移動手段となってくれよう。

今のアーミヤの状態では、徒歩で大部隊と合流するのはおよそ不可能である。

影に潜んだアスカロンが、目の前にいる素人で組織された小隊にいつでも攻撃を仕掛ける用意を整えたことが、我には分かった。

しかしながら、ドクターにはより良い考えがあるようだ。

高貴なるバンシー様、このままでは我々が生きて戦場を越えるのは不可能です。いっそのこと、あなた様の手で我々を楽にしてください。

Logos

……

我はドクターの考えを直ちに理解した。が……このような行いには慣れておらぬのだ。

Logos

……

うぬらの輸送隊は我が徴用しよう。我らは目下極めて特殊な任務に就いておるところだが、生憎と襲撃の憂き目に遭ってしもうてな。うぬらの力添えは、我の胸にしかと刻まれるであろう。

「資産家」

ははっ、王庭の者のお役に立てるのでしたら誠に幸甚に存じます、閣下!

ただ……死を告げるバンシーの胸に刻まれるというのは……何だかあまり縁起が良くないような気が。どうかその……

Logos

これが報酬である。

我のポケットにコインを押し込んだMechanistに感謝せねばな。

「資産家」

ははっ、ありがとうございます!

パプリカ

けどうちらの輸送任務は……

Logos

後ほど我の方からうぬらの上役に説明しておこう。

「坑夫」

特殊任務だって? それならなんで異種族の奴らを二人も連れてんだよ?

Logos

……この者たちは我の捕虜だ。

パプリカ

捕虜? けどあんたらは……

……

まあ分かったっす……けど終わったら、うちらと一緒にマンフレッド将軍のとこに行って説明してもらうから。

じゃあ、うちらはひとまず片付けて場所を空けてくる。

ドクターが我に歩み寄り、至って真剣な口調で口を開いた。

Logos、何とかしてアスカロンに車を一台分けてやれないか。

聴罪師たちの襲撃は単純じゃない。奴らはブラッドブルードと行動を共にしていたが、アーミヤをあの船から連れ去った。

Logos

ドクター、うぬは案じておるのか?

クロージャたちと自救軍の中には、この状況に適した戦闘要員がいない。ケルシーは手負いで、シャイニングについては聴罪師たちがきっと対彼女の策を用意しているに違いない。

Logos

……承知した。

アーミヤの容態はおそらく薬で治るものじゃない。今の彼女に必要なのは、目覚めるまで二度と聴罪師たちの視界に入らないことだ。

この小隊と共に行動していたほうが、かえって安全なはずだ。

アスカロンはケルシーの応援に向かわせるつもりだ。ここには君がいるからな。

それに……

ドクターは気遣わしげに血色を帯びた法陣に目を向けた。

言われずとも、我にはよく分かった。

Logos

これらの結晶は……単なる源石ではない。