悪兆渦流 13-6・戦闘前
模範の名のもと
彼のノートによれば、チェットリーを守る小隊は楽観視できない状況にあるはずです。
対岸の渡し場が見えますか? あそこに元々あった渡し船はすべて何者かに沈められています。ホルンさんの部隊は対外通信の可能性を完全に断たれたんです。
二日前、その兵士は闇夜に紛れて、泳いで渡河を強行しようとしたところ、対岸の見回りをしていたサルカズにクロスボウで射殺されています。
今のところ、元々広場の市政府ビルに駐屯していたその部隊の行方は完全に不明です。
戦場の環境を見るに、広場の東、北の両面がどちらもカミュ川に囲まれていて、東側の渡し場はサルカズに制圧されています。南側にちらほら見える火明かりはきっとサルカズの兵営です。
さらに彼らがビル内に守りを固めてから、二週間以上が経過しています。
ノートに書かれた状況が事実なら、少なくとも二日前には、市政府のビルから北側の川の対岸にある居住区に繋がる唯一の橋が、サルカズによって襲撃されています……
最悪の場合、彼らはすでに補給源をすべて断たれている可能性が高いです。
……お手上げってわけだね。
だったらどうすんだよ?
グズグズしてる暇があったら、とっとと泳いでじかに確かめに行こうぜ。
ハンナさん、そんな風に無謀な渡河を強行したりして、万が一にも見つかったら――
いや、ハンナのおかげで気づいたことがある。
現在ホルンさんの部隊からの軍用無線信号は完全に途絶えている。今はとにかく、彼女たちとの連絡を回復するのが先決だ。
そこで私の考えはこうだ。まず私と、ハンナ、モーガン、そしてダグザの四人が軽装のままで川を渡り、ビルに潜入して状況を確認する。
ダメですヴィーナ、そんなの危険すぎます!
貴様も分かっているだろう。この部隊でこういった任務に最も適しているのは、私たちだということは。
我々ロドスのオペレーターは小隊単位での特殊作戦に慣れている。それに我々のようなノーポート区のチンピラは、こっそり忍び込んで音もなく去る術を熟知しているんだ。
それと、兵士や市民の何人かが随伴を志願している。彼らもかつて名を馳せた「テンペスト特攻隊」の力になりたいんだろう。だが、あまり大勢は連れて行けないな……
シアラー少尉たちが去った今、部隊の防御が手薄になったという事実を無視するわけにはいかない。
デルフィーン……貴様が何を考えているかは分かる。
これはまたもや個人の私情が絡んだ作戦だ。だが、救援信号を無視するわけにもいかんだろう。
それに彼らは皆優れた戦士たちだ。生き延びてくれさえすれば、心強い助っ人になる。
……分かりました。あなたの判断を信じます。
デルフィーン、貴様は戦士たち数人と共に外で待機してくれ。周辺の警戒が必要だ。
我々からの信号が途切れたら、直ちに部隊を撤退させろ。
はい。
生きて帰って来てください。
岸辺まで渡りきった。巡回部隊が現れたのかどうかを確認しておきたい。
渡し場の哨戒所にサルカズが二人。内一人はハンナさんから見て三時の方向、もう一人は屋内にいます。
了解。
モーガンはもう一人の注意を引け。私とハンナで同時に仕掛ける……スタンバイ……ゴー!
……ヴィーナ!
捕まえた!
ハンナ、あんたこいつをビビらせたろ! こいつは軍用羽獣だぞ!
気付かなかったんだよ……
ビルへの接近を開始した。道中にサルカズの痕跡は見当たらない。
広場に大量の死体あり。暗すぎて身元は判別不能だ……ビル内への侵入準備開始……
居住区に通じる橋は見つけたよー。けど橋の向こう側に防御設備が大量に設置されてて、よく見えないね。
何とかして高所に登って確認してください。ビルの屋上へ向かうんです!
了解、むっ……
入口がどれも木の板で封鎖されているな。
こっちに来なよ。西側の外壁が爆破されてて、吾輩たちでも入れるくらいの裂け目ができてるよー。
よかった……ホルンさんの部隊は見かけましたか?
いや、まだ……待て! 何か見えた! 全員、通信を切れ。窓辺に正体不明の射撃手あり、屋内から対岸の居住区を偵察している。私の合図を待て。
*サルカズスラング*、このチャンネルから声がしなかったか? どこのどい*ジジッ――*
あなたたちの姿は確認しました。
こちらシージ。
こちらテンペスト特攻隊ホルン、そちらのチャンネルに接続完了しました。聞こえますか?
貴様らの救援信号をキャッチした。位置は確認済みだ――対岸の居住区にかかる橋の前の防御施設だな。
我々は貴様らを助けに来た。
ごめんなさい、皆少し興奮してしまって。ここへ辿り着いた援軍はあなたたちが初めてですから。
今は無線のチャンネルも回復しました。
ホルンさん、我々なら貴様らの小隊を撤退させるのに協力できるが――
感謝いたします。ですがごめんなさい、私たちは撤退しません。町にサルカズたちの求めるものがある以上、彼らは攻撃を諦めないはずです。
直近で私たちの救援信号を受信したヴィクトリア部隊が、遅くとも一週間後にはここに到着します。私たちが入口を守らなければ、背後のチェットリーにいる生存者たちの安全が保証できません。
*無線から響く騒々しい声*
これは我々の全会一致で決まったことです。
……Miseryさんも含めて。彼には感謝しています。
では……
貴様らが一か八かの博打に出る道を選ぶなら、私にはもっと大胆なプランがある。貴様らなら興味を持つかもしれん。
もうすぐ夜明けだが……準備はどこまで進んでいる?
中のドアと窓の補強は順調だよ~。周りの歩哨もMiseryさんがきっちり片付けてくれてるしね。
俺は引き続き周囲の警戒を続ける。
兵営の状況は随時報告しよう。
手間をかけてすまない、Miseryさん。
ロンディニウムで二手に分かれた時はブレントウードで落ち合う予定だったはずだが、なぜチェットリーに?
道中でMiseryさんが異常に気づいて、私たちが駆けつけた時にはちょうど虐殺が行われていました。だから放っておけなかったんです。
本当に私に指揮をやらせるつもりか? ホルンさんはプロの軍人でデルフィーンも軍事面で最高峰の英才教育を受けているだろう。
あなたたちが諸王の眠る地で素晴らしい働きを見せたことは知っています。その剣を持ち帰ってくれたのでしょう?
こんなもの、ただの鉄の棒だ。
て、鉄の棒って、あなた……ヴィクトリアの国剣をそんな風に呼ぶなんて……
「諸王の息」の話はひとまず置こう。失望させてしまうだろうが、これは奇跡など何ももたらしてはくれん。
我々が頼れるのは自分自身だけだ。
だが……たとえ私たちだけだとしても、それで十分だ。
ええ、そうですね。
あなたたちが応援に駆けつけてくれたことが、まさにそれを証明しています。
ここの人員や物資の状況では、複雑な戦術をまともにこなすのは難しいと思います。これからの戦いに求められるのは、むしろ決心や勇気の方です。
災難の前では、伝説や神器なんかよりも、人間自身の方が断然重要なんです。
シージさん、あなたならそのことを証明できます。
……いいだろう。
我々の部隊にプロの戦闘要員はほとんどいない。高所に陣地を構えて防御射撃を行うだけでいいだろう。
サルカズたちが侵入してきた場合は……私たち数人が突撃兵を務めて一刻も早く片付けねばならん。
ホルンさんの部隊は引き続き橋の入り口の防御施設に留まり、橋のたもとに爆撃エリアを展開し続けます。
彼らは元々の計画通り、サルカズが橋を強行突破しようとするのを防ぎ続けることになります。
このビルはサルカズたちが避けて通れない最初の防衛線です。私たちは真っ先に狙われるでしょう。
吾輩たちはただ、この建物だけ守ってればいいんだよね。なんか、そう難しくもなさそうじゃない?
「カミュ川防衛戦」――ってとこかな?
おい、それ俺がちょうど言おうとしてたのに! へっ、イカしてるよな。映画でも一本撮れそうなくらいだぜ!
騒ぐな、ハンナ。一時の方向、百メートルの距離から巡回隊が近付いてるぞ。全砲門射撃準備完了。
シージ、射撃指示を出すか?
今だ、撃て!
より多くの、兄弟たちが、俺の屍を越え、お前らを切り刻むぜ……*サルカズスラング*……グッ……
だったら私も、お前たちを切り刻んでやる。
デルフィーン! 外出行動時間の九十秒が間もなく過ぎるぞ、撤退の準備をしろ!
了解、地雷原の穴はまだ一か所残っています。ベントレーがやられました、今から私がその穴を埋めに行きます!
貴重な地雷を、このまま放置しておくわけにはいきません。
三階の射撃地点から援護させる。
ビルの地下室と、橋の方に通じる地下通路は全部綺麗にしたよ! 順調順調! これで、もう怪我人がぎゅうぎゅう詰めになる必要もなくなったね!
モーガン、さっきの怪我は平気か?
まだちょっとナタは握れないけど、物資調達の指揮くらいなら問題ないない。
ハンナちゃんの方はどんな感じ?
破壊工作は俺の得意分野だからな! 部屋の天井くらいなら設備を使うまでもなく直接ぶち抜けるぜ。上下階を素早く移動するためのハシゴは設置完了だ。
ならいい。昨日ダグザへの応援に遅れた時のようなアクシデントは二度と起こすわけにはいかないからな……
地雷原の穴は埋め終わりました! いい知らせです、ベントレーはまだ息がありました。今彼を連れて地下室まで治療に向かってるところです!
ダグザさんは目覚めましたか?
……うん、けどまだうまくは動けないみたい。
あの子、無茶しすぎるから、吾輩がなるべく面倒見ておくよ。
Miseryさん、サルカズの兵営で何か動きはあったか? 奴らはここ三日間ビル攻めを強行しているが成果は芳しくないはずだ。新たな策を講じているかもしれん。
防衛エリアの地雷原拡大のためにも、地雷をもっと入手することはできないか?
おそらく不可能だ。我らがサルカズの友人が誇る遊撃傭兵団は、位置を探り当てるのが困難でな。
俺の力だけでは*ザザッ*――
巫術*ザザッ*信号――阻*ザザッ*――
通信が何かに阻害されているんですか?
ありゃあ――*騒々しい音*――
――デル*けたたましいノイズ*――逃げ――
デルフィーン?
ようやく目覚めたか。
うっ……頭が……
あんたは昨日、外での救助活動中に撤退が遅れ、奴らの可動式戦争祭壇の試射に巻き込まれたんだ……
……昨日? ……可動式……戦争祭壇? ベンは一体どうなったんですか?
ハッ、どうやらお互い、色々と見逃していたようだな――
――ツッ、まだ背中が痛むな。ちっモーガンめ、縫合手術は苦手らしい。ベンのことだが、あいつは生きてるぞ。
誰が……私をここまで運んでくれたんですか?
ハンナだよ。あいつはあんたがまだ外にいるのを見て、一目散に三階の窓から飛び降りてあんたの元へ向かい、そのまま引きずって屋内に戻ってきたんだぜ。
ハンナもついさっき目覚めた。今はシージの応援に向かっている。
彼らは皆……今回負傷した方たちですか?
負傷者で溢れかえった地下通路を進んでいくと、血に染まったいくつもの目が私に視線を送ってきた。
状況は芳しくない……急がねば。
あの地雷原が功を奏して、二台の戦争祭壇の可動式装置を上手く破壊できた。残りの数台も様子を窺い始めている。
前進は諦めたようだ。
あなたがマークした地点には、いつでも二度目の爆撃支援を実行可能です!
気をつけて! 祭壇がエネルギーをチャージしてるよ。まだ攻撃を諦めたわけじゃないみたい!
全員、俺の命令をよく聞け。五度目の砲撃がもうすぐやってくる。まだ一階と二階にいる奴は、今すぐ三階まで撤退しろ!
あのバケモンの砲撃高度は限られてるからな!
俺の推測が正しいのなら、あいつの巫術コアにエネルギーを蓄えるには、操縦者が提供する必要があるはずだ。戦争祭壇そのものは単なる媒体に過ぎない。
つまり、エネルギーの充填が完了したタイミングで巫術コアをぶち壊してやれば、奴もろとも自爆を狙えるということだな?
理論上は可能だが、あんなものを戦場で見るのは、俺も初めてだから保証はできかねる――
それだけ分かれば十分だ。私は屋上で機を伺う。高所からでなければ巫術コアまで接近できる機会はない。
Miseryさん、祭壇が起動した時に砲兵の攻撃を一瞬遅らせることはできるか? 一秒だけで構わない。
……約束しよう。
ヴィーナ――
デルフィーン、ダグザ、無事戻ったか。
サルカズは……こんな兵器を大々的に配備しているんですか?
俺はそうは思わない。あれもおそらくは、軍事委員会がヴィクトリアでの潜伏中に作り出した新兵器だろう。相変わらずお粗末な設計だ。
目覚めたか、デルフィーンさん。調子は悪くなさそうだな。
モーガンの奴、腕にギプス嵌めながらずーっとお前らのこと看病してたんだぜ。
ハンナちゃん!
ありがとうございます、モーガン。それともちろん、ハンナも。
すみませんでした、ご迷惑をおかけしてしまって。
へっ、大したことねーよ。
皆、よく聞け。私はあれらの可動式祭壇を徹底的に破壊したいと考えている。それには貴様らの協力が必要だ。
誰かに囮役になってもらい、ここに残ってあの目障りな砲撃を誘導してもらいたいのだが……
俺にうってつけの仕事みてぇじゃねーか。
ヴィーナ、吾輩もバッチリ――
今はカッコつけてる場合じゃないでしょう? あれの恐ろしさに関しては、私が一番よく知っているんです。
モーガンはまだ腕が治ってないんですから、ハンナのパートナーは私が務めます。
……
それともう一人、いつでも動ける状態で待機していてもらう。私が失敗したら、直ちにコアへの攻撃を引き継いでもらわねばならん。Miseryさんが稼げる時間はそう長くないからな。
私がやろう。
じゃあヴィーナ、吾輩は?
モーガンには……奴らの動向に常に注意していてもらいたい。
……
ふぅ――いつ砲撃されてもおかしくありませんね。
あのバケモンに睨まれるのは、気が気じゃねーな。
Miseryさん?
いつでもいける――
やってくれ。
そんな……ヴィーナ!
ゴホッ……ゴホッ……
気をつけて! あいつら兵士を交代した! 第二射を準備してる!
ダグザ!
全員、身を隠せ!
モーガン、伏せて!
うっ……
ヴィーナ! ヴィーナ!
気をつけて! 祭壇がまだ連鎖爆発を起こしてるよ!
気を失った! クソが、飛んできた破片が胸に刺さってやがる! 誰か力を貸してくれ!
とにかく連れて帰るんだ! 源石粉塵が傷口に入らないよう気をつけろ!
サルカズどもは撤退する気だ!
ハンナちゃん、あ……あそこ!
戦艦か? マジで援軍が来たのか!? ありゃあゴドズィン公爵の旗か?
や……やった……
やってやったぞ! 俺たちは、*ヴィクトリアスラング*守り抜いたんだ! よっしゃ!
おい、ベン! 見ろ、助けが来たぞ! ベン? ベン……
あの*ヴィクトリアスラング*の魔族ども、逃げ出すつもりだ! 追え!