悪兆渦流 13-16・戦闘前
「我々」
いい知らせと悪い知らせ、どっちだ?
いい知らせとしては、あの工場はまだ完全な状態で残っていた。森の中に潜んでいたおかげもあってか、サルカズや大公爵の手に渡って補給地点に用いられたりはしていないようだ。
悪い知らせとしては中に人が住んでいた。灯りが見えたものでね。近付いて身元を伝えたが、灯りは消されてしまった。
恐らく難民か、あるいは逃亡兵だ。
灯りを消したか……俺たちをかなり警戒しているようだな。
準備はできてる。こっちの戦闘員なら大体の状況には対応できるはずだ。
いや、焦る必要はない。灯りを消したのも単に慎重を期したか、こちらを恐れただけかもしれない。
結論を急ぎすぎるな。
それに、そんなデカい刀を背負ったレイドを見たら、誰だって慎重にもなるよ。
俺が行こう。彼らと話をつけてくる。
お前一人でか?
一人で十分さ。人が増えればそれだけ向こうも緊張してしまうし、それに本当に敵意があるんだったら、こちらの人数によって変わることはないだろう。
数日前から、南の空がずっと真っ赤に染まったままだ。パーシヴァルたちも前に奇妙な法陣を見かけたと言うし……
俺たちにはあまり時間がない。
……危険を伴うぞ。
分かってる。
だが俺たちは、あのチェルノボーグから抜け出したんだ。
そうか、そこまで言うならいいだろう。
我々はいつでも突撃できるよう、周辺で待機しておく。
あそこはヴィクトリアのレユニオンに占領される前は、密造酒の工場だったんだろ?
もうアルコールの匂いが漂ってきた。ロマーヌイチの奴が気に入るだろうな。
こんにちは、誰かいるかい?
俺はGuardという者だ。近くに待機している俺たちの部隊は、君たちもすでに見かけたはずだよな?
そう身構えないでくれ、こちらに敵意はない。
この工場はかつてヴィクトリアのレユニオンが製薬工場として用いていた。
この場所はロンディニウム周辺にいる多くの感染者たちに希望をもたらしていた。ここの薬は、ロンディニウム工業区の下水道に住む労働者たちの間でも流通していた。
君たちが何者であるにせよ、この戦争が以前にも増して遥かに多くの感染者を生み出してるってことは知ってるだろ。
俺たちはここを再稼働させたいと思っている。そうすることで多くの人たちを救えるから。
君たちがこの場所を占拠しているのなら……俺たちに協力してほしい。
こちらからは、薬品やその他の物資を提供してやれる。合理的な取引だ。
レユニオン、ね。
その格好……君は?
メイズよ。
入りなさい。
ジロジロ見てないで、そこをどいてちょうだい。
君がここの責任者か?
ここは私が管理しているの。
二人きりで話しましょう。
ここにしましょう。普段は誰も来ないところよ。
それで、あなたはレユニオン、本物のレユニオンね。あなたたちは北方から来たのかしら?
……ウルサスから?
ああ、そうだ。ウルサス、クルビアと来て、今はヴィクトリアに辿り着いたところだ。
ずいぶん遠くから来たのね。
君の着てるその服は……
これは……シーツを使って自分で作ったの。
前にウルサス人の集団に会ったことがあって、あなたたちはこういう格好をするって言ってたから。シンボルは間違ってないと思うけど。
ちょっと大きすぎる気がするな。
……私の裁縫技術をからかいに来たの?
つまり、それでここを管理してるってことか。何と言っても、君は悪名高い「レユニオン」の格好をしてるわけだからな。
早く本題に入ってちょうだい。時間があまりないの。
この工場を再稼働させたいって言ってたわね? このタンクを使って薬を作りたいの?
そうだ。ここが再びレユニオンの手に戻ったって知らせが周りに広まれば……
お断りね。
ここにはあらゆる人が住んでいるわ。あなたたちが思ってるより複雑な状況なのよ。
毎日続く感染者と非感染者の殴り合いだけで疲労困憊だってのに、感染者のために薬を作るですって? ならいっそのこと、ここを爆破でもしてちょうだい。
彼らの間のバランスを保つのは、ほんとに骨が折れるのよ。
……
君はレユニオンだろ? 少なくとも、レユニオンを自称してる。
かもね。
ここで何があったんだ?
どこにでもあるようなことよ。帰る場所のない感染者に戦争難民、すべてを失った人。私たちはどうしても、雨風をしのげる屋根を必要としているの。
最初にここへ来たのは、私と他の何人かの感染者よ。廃屋があるのを見つけてね。
それからどんどん人が増えてきて……かなり乱暴な奴らも何人か来たわ。今はよそ者を受け入れないことにしてるの。
あなたたちレユニオンの同胞に会えて嬉しいわ。けど私は、ここの人たちに疑念を抱かせたくないの。
疑念?
今、私とあなたが皆に隠れて陰謀を企ててるんじゃないかっていう疑念よ。ここにいる非感染者たちを排除するっていうね。
ドアを開けさせるための口実だったかどうかは知らないけど、物資の交換には応じるわ。だけどそれ以上の話し合いは……やめにしましょう。
……ここには非感染者も大勢いるから、君の考えも理解はできる。
だがやはり、もう一度皆と相談し合ってから決めてほしい。ここの薬品生産の再稼働さえできれば、俺たちは長期的にも――
いいえ、結構よ。
今すぐお引き取り願えるかしら。会えて嬉しかったわ。
力ずくで攻め落としに来ても構わないわよ。やれるものならね。
分かった。
ねえ、レユニオン!
なんだ?
あなたたちの部隊に、タルラさんはいるの?
……ああ。
彼女は移動都市を一つ手にしていると聞いたわ。
その移動都市では、感染者以外は受け入れていないの?
……
非感染者も、その都市へ行くことは許されているの?
前にレ……その、通りかかったキャラバンから聞いたの……あそこはいい場所だって。
こ……ここには、あまり境遇のよくない人たちがいるの。荒野出身の流民とか、家族をすべて亡くした孤児とか……レユニオンの都市の話をすると、皆喜んで目を輝かせるのよ。
……けれどあなたたちは、感染者以外の人々と共に立つ気はないんでしょう?
……都市だって?
何か誤解してるようだが――
メイズ! お前、あいつらが何を仕出かしたか知ってるか?
まさかお前がやらせたんじゃねぇだろうな! 気が狂ったのか!?
ちょっと、何を言ってるの?
あいつら――あのクソバカども!
あいつ、ひょっとしたら戦争してる兵士かもしれねぇんだぞ! それか、面倒事を引き起こすようなお偉いさんかもしれねぇ!
あと二時間もすりゃ、全身武装した大量のサルカズどもが俺たちを皆殺しに来るに違いねぇよ!
一体何があったんだ?
お……お前もメイズと同じレユニオンだな?
全部お前の、お前らの仲間のせいだ――
あの感染者どもが、倉庫でサルカズを一人殴り殺しやがったんだ!
――
ふざけないで!
あ……あいつも感染者だから、爆発しちまうんだろ!?
すぐにあいつの死体を処理しねぇと!
……
俺も様子を見に行こう。
なら早く! あなたの力は役立つはずだわ!
こいつ……死にやがったぞ。サルカズも脆いもんじゃねぇか。
ほら……こいつが持ってた薬と、乾パンだ。
ざまあ見やがれってんだ。
そこのあんた! あんた、レユニオンだろ?
メイズの奴、いつまで経ってもあんたらの傘下に加わる方法を教えてくれねぇんだ!
なぜ彼をリンチした?
脅迫を受けたのか? 攻撃されかかっていたのか?
ふん、なぜか、だと?
サルカズどもが俺たちの畑を燃やした時や、俺の娘を好き勝手した時に、奴らにその理由を訊いたことあんのか?
……彼は軍人じゃないし、カズデルから来た殺人鬼でもない。この戦場で物を売り歩いていただけの、ただの流れ者だった。
あんたらは……彼の助けを受けたことすらあっただろ。
おい、どういうことだよ? こいつもレユニオンなのか?
俺「は」レユニオンだ。
……レユニオンが何のために戦っているか、あんたらは知っているはずだ。
もちろんさ、すべての感染者を救うためだろ!
じゃああんたらに死ぬまで殴られ続けたこの人は、まだ自分の名前すら考えついていなかったこの人は……
感染者じゃないって言うのか?
だがこいつはサルカズだぞ。
……
ちょっとGuardさん、彼の遺体が……光り出してるわ! もうすぐ崩壊するわよ!
——
ここから離れろ! 早く!
に――逃げろ!
メイズさん! ここでは感染者の処理をどうしている!?
そこの部屋よ! あの一番奥の!
急いで彼を放り込まないと!
ああ、もう……もう少し離れなきゃ……それから口と鼻と、あと傷口を防護して――
ダメだ、早く逃げるぞ!
何をしてるの!? どうして死体を――
ここは源石が堆積しすぎてる! 一体何人の感染者がここに放り込まれてきたんだ?
それは……前は……あの頃は、全部この部屋を使ってて!
源石粉塵が舞い上がって来てる。もうここはこれ以上の激しい崩壊には耐えられない!
すぐに全員ここから離れさせるんだ、早く!
……な、なんだって?
聞こえなかったのか? ここの源石環境はすでに極めて不安定な状態にある。いつ爆発を引き起こしてもおかしくないんだ!
離れるって? どこへ?
外はどこも――
無駄口を叩くな!
この人は本物のレユニオンよ! 彼らのところには*ヴィクトリアスラング*の移動都市があるのよ!
走れ! 急いで皆をここから避難させろ!
外の部隊には連絡しておいた。彼らがここの人たちを受け入れてくれる!
ここの蒸留器にはまだ濃度の高いアルコールが残ってるのよ。もし爆発したら、こんなとこ焼けて跡形もなくなるわ!
そうだわ、あれを――
おい、メイズさん、どこへ行くつもりだ?
何しに来たの?
私は――クッ――ちょっと、このレバーを引くのを手伝ってちょうだい――
君はこの工場の作業員なのか? だが感染はしていないはずだ!
バラさないでいてくれてどうも! クッ――もっと力を入れて!
そのレユニオンの服はどうやって手に入れた?
かつてレユニオンの拠点だったこの場所で、多くの人が命を落としたとなれば――俺の我慢にも限度があるぞ!
わ――私は何もしてないわ!
誰でもそう言うさ。
私は……ここの操作員だったの。醸造所を占領したレユニオンが、この機器を操作できる人を求めていたのよ!
けど私は……領主に雇われたあの傭兵たちがここに攻め込んできた時に逃げ出したの……感染者でもない私が、レユニオンと一緒にここで死ぬ理由なんてないでしょ!?
だったらなぜ戻ってきたんだ?
……
なぜ戻ってきた、ですって?
他に行けるところなんて、なかったからよ! それ以外の理由なんてある!? 密造所なんかで必死に働くところまで落ちぶれた人間が、他にどこへ行けるって言うの!?
私は感染してないけど、自分がレユニオンじゃないことを時々恨めしく思うわ! 彼らは、彼らには少なくとも抗うべきものが、目標があるじゃない!
もっと力を入れないと――クッ、このレバー、ちっとも動かない!
まずはこれを――この取り出し口を開けないと。前にここのレユニオンが残していった原材料がまだかなり余ってるの!
あの医者が前に教えてくれたわ。これは長い間試してきた中でも、一番安価に作れる痛み止めの配合法だって。ただ痛みを止めるだけだけど、それで十分でしょ?
これがあれば……私も本物のレユニオンとしての資格が得られるかしら?
あなたたちの移動都市で……住むところを分けてもらえるんじゃないかしら?
……
俺たちは移動都市など持ってはいない。
だけど、あのレユニオンの人たちは皆――
あなたたちは……でも……
……はは、あはは……そう、よね……
それもそうだわ……だって……移動都市って……都市を丸ごと一つなんて……私たちなんかが……
その薬草を持ったら、すぐにここを離れるぞ。
レユニオンに参加を申請する必要なんてない。君に俺たちと共に戦う覚悟があるなら、もうその一員になるんだ。
だけど……私は感染者じゃないのよ。
抗おうと願う者は感染者だけじゃないさ。
それに、君にはあのサルカズを殺した者たちが誰なのかを確認してほしい。
奴らには相応の罰を受けさせなきゃならない。
走れ、早く!
出口はもうすぐだ、急ごう。
ああっ! 薬草が――
ほら……持っていけ。
出口はすぐそこだ。今度は落とすなよ。花びらがいくつか……潰れてるが、ナインって人に渡せば、何とかしてくれると思う。
グズグズするな、早く行け。
ナイン、レイド、パーシヴァル、タルラ……ぐっ、うっ……
君たちが見つける頃には、俺は燃え尽きて灰になってるかもしれないが……この録音機が無事残ってくれることを祈る。
君たちは、こう言っていたな――
俺たちは、すべての「感染者」のために戦うと。
それは、たとえそいつが卑劣漢や、権力者や、果ては……皇帝だったとしてもか?
それとも、こう言うべきか……俺たちが団結すべき人々は、共に肩を並べ、いばらの道を切り拓かんと望む人々は――
感染者だけなのか?
彼ら……だけなのか?