悪兆渦流 13-21・戦闘前
暗紅の君主
なんなんだ……あれは……
ブラッドブルードの大君がサルカズたちに残してやった祝福はまだ消え失せていない。しかしさっきのは――
まさかドクターたちが言っていたのは……
――
……ヘドリー、W、なにボケっとしてるの!
今のうちに早く!
W、埋め込んだ爆弾はどうしたの? さっさと起爆させなさい!
……言われなくとも分かってるわよ!
ヘドリー、いちいちあれの正体を考えてる暇はないわよ! 私たちは自分たちが敵う相手をどうにかするしかないんだから!
……分かってる。
Wの爆弾が守衛部隊の防衛線に穴を開けてくれた。今のうちに突破するぞ、これ以上奴らに足止めされるわけにはいかない。
アーミヤとLogosはすでに先に行ってくれている。二人が一番厄介な相手に対処してくれるはずだ。
あとは……あいつらがこじ開けてくれた道を辿って、あの桟橋から巨獣の骸骨に上がる!
クソォ、こいつら――
今指揮官のウルスラがタラップを回収してくれている! これ以上奴らを通すな!
裏切者をここでぶっ殺せ!
このクソどもの屍をナハツェーラーの王のもとに送り込み、我々が迎える勝利の供物にしてやるのだ!
なんだ?
骨に地雷を埋め込むのも、悪くない体験ね。
ヘドリー、イネス、備えて! 衝撃波が来るわよ!
W、グレネードを三つ、斜め下方向に投げろ。
チッ。
いいアイデアね。
……あなたたちの爆弾みたいな悪ふざけに付き合うのも、これが最後よ。
こっちよ。骸骨の中枢はこの先にあるわ。
私たちの目標はウルスラ。彼女を見つけ、この足元にいるやつの制御権を奪う。
あんたたち、本当にこの骸骨を「奪える」と思ってるわけ? キャラバンを襲うみたいに軽々しく言ってくれるわね。
奪うしかない。さもなければアーミヤとLogosの戦いが無意味になってしまう。
つまりドアをこじ開けて運転手をほっぽり出してからキーを抜いて――「はい、これでこの車はあたしたちのもの」って感じかしら?
……こいつが引き起こした幻覚ならお前も見ただろ? そんな奴の骨の上を渡り歩いてるのに、何も思わないのか?
あの物語を知ってる者はかなり多いと思うがな。
あら、どうしても思っておかなきゃいけないわけ?
いや、お前は歴史にまったく興味がなかったな。忘れていたよ。
数百年前、サルカズたちは危うくいつしかのカズデルを滅ぼしかけた一匹の巨獣を殺したんだ。
その巨獣が死んだ後の行方には色々な説があるが、そのうちの一つとして――
そいつの意識はまだ消えておらず、分解され、幾つもの物体に封じ込められたというものがある。
こうしてみると、どうやらあの説は真実の一片だったようだ。加えてその意識を失った抜け殻も……この戦争が起こる前に、何者かが密かに隠し持っていた。
奴らは多大な労力をかけてこの骸骨を改造することにした。それでこの戦争で、軍事委員会のために大いに役に立っているというわけだ。
「幾つもの物体」って、ウルスラのやつ、懐中時計なんかを持ち歩く習慣はなかったはずよ。スカーモールにいた頃、時間にルーズなのは彼女しかいなかったわ。
しかし、仮に彼女の持つ懐中時計に本当にこの巨獣の意識が封印されていたとしても……その意識は、今かなりボロボロになっている可能性も大きい。
この足元にいる骸骨は確かに「まだ死んでいない」わ。しかし、今はもう最も基本的な条件反射しかできないはず。ウルスラにできるのもせいぜいその反応を誘導することくらい。
だから私たちは――
隠れて!
そうね、人を潰す神経束を避けて、それからいきなり貫いてくる骨の槍にさえ気を付ければ、ほかはどうだっていいわ。
だってこいつは、もう何もかも引き剥がされて白骨しか残っていないんだもの。
まだあなたたちが残っているじゃない、ウルスラ。
この、生きてるか死んでるかすら分からない巨獣よりも危険な存在でしょう。あなたたちは。
そっちの仕事はもう終わったってところかしら?
あんたたちが邪魔さえしに来なければな。
この女がここの指揮官なの? にしては、この白骨にも容赦がないけれど?
骨に食い込むくらい矢を思いっきりぶっ放すなんてね。
あたしが矢を取ってあげましょうか? 手っ取り早くていい方法があるわよ?
うわッ、ゲホゲホッ――あいつイカレてるぜ!
私の目の前でよくも部下たちを殺そうとしたわね?
ヘドリー、あんたにも舐められたものだわ。
チッ。
あなたも腕が鈍ったわね、ウルスラ。
スカーモールでは相当いい暮らしをしてきたようじゃない。
……確かに、あんたたちは生き残りのプロフェッショナルよ。
まだカズデルにいた頃、よくそこの老いぼれたちと賭けをしたわ。あんたたちが参加した任務で、誰が最後に報酬を勝ち取ることができるかってね。
ヘドリーとイネス、それからイカレたWにさえ賭けておけば、私はいつだって勝つことができた。
それって、分け前を独り占めしてきたってことよね?
「今のW」は本当に弁舌が達者ね。あんた、イネスからロクなものを教わらなかったの?
とまあ、今回は当たりが外れたわね、あんたたち。
二人の王庭の主が、ここで全力で殺し合いをしているのよ? しかも「魔王」まで加わっちゃってることだし。
……
あんたたちはいつも戦場から逃れることができたけれど、それも今日でおしまいね。
なら、お前はどうなんだ?
テレシスがロンディニウムに仕込んだ最後の手段をとっくに聞いているんじゃないのか?
それのもたらす結果が、遥かに常識を超えたものだったとしても……そういった代償を払った先でカズデルを再建することになったとしても、サルカズたちの利になるとまだ思っているのか?
……
……無駄口は結構よ。
兵士たち、今のうちにここで奴らを仕留めてやりなさい。
少佐、見てください。
ここの骨に……
閣下だわ。
どうやらあちらはもうすでに準備が整ったようね。
……なんておびただしい血の量なんだ。
ウルスラ、この血は一体どこから来ている?
そんなの聞かずとも、あいつらの人殺し大好きなブラッドブルードの大君に決まってるでしょ。ここの連中を、皆キレイさっぱり殺したんじゃない。
いや、彼らの腕を見なさい……
「私の血を、鮮血の王庭の主に捧げましょう。」
「主の狩りが万事順調であらんことを。」
「然るに我らの血は、主の疾駆する御輿とならん。」
やめなさいウルスラ! 気が触れたの!
この巨獣……移動するつもりだ!
ここにいては歴史の渦に巻き込まれてしまうぞ!
あの女、ここであたしたちを道連れにするつもりだわ――
私はもうこいつを操ってなんかいないわよ。
――
血がこいつの筋肉を、靭帯を、骨髄に取って代わったの。
操ってもらうには十分よ。
よく頑張ったわね、あんたたち。最後までよく私に付き添ってくれたわ。いずれサルカズの魂が集う場所で会いましょう。
言ったでしょ……この骸骨から逃げようと思っても、生きては帰れないって。
急げ! ひとまず船室まで逃げ込むんだ!
また幻が始まる! 今度はどこに向かうか見当もつかない!
――波を巻き起こしやがった! 気を付けろ!
チッ、あのブラッドブルード、私たちをどこへ連れて行く気?
ねえ、ヘドリーは?
ここだ。ウルスラもいる。
血を出し過ぎている。生き残れるかは彼女次第ってところだな。
私を船室外に置いていっていいわよ、ヘドリー。部下たちと一緒に死んでやったほうがまだマシ。
あれだけたくさんの「顔馴染み」を殺してきたあんたたちが、今日に限っていきなりお人よしになることなんてありえないわ。
お前にはまだ利用価値がある。
言ったはずよ、この骸骨はもうすでに私の制御下にはいないって。
軍事委員会に忠誠を誓っているって言ったよな。
もし軍事委員会はカズデルが「国家」を成す根幹と考えているのなら……なぜあの人は今も摂政王を自称している?
なぜ今もテレジアを必要としている? なぜこの戦争にさえ勝てばカズデルに未来が開かれるとあの人は思っているんだ?
テレシスは一体何を考えている?
……
まあいい、この話は俺たちがこの巨獣に勝ってからにしよう。
あんたたち……何をする気?
目的は最初から変わってない。
故郷に帰る、それだけだ。
……フッ、「故郷に帰る」ねぇ。
それが本来この骸骨が担っていた最後の任務よ。
……なんだって?
こいつには名前がついてるの。コードネームは「ライフボーン」。
あまり使われてはいないけど、マンフレッド将軍がこの名前を決めた時……あんたとまったく同じことを私に話してくれたわ。
同じことを、マンフレッドが……?
これ以上答える義理はないわ、私たちは敵同士だもの。あとは死を待つだけね。
それに……フッ、あんたが今日まで生きてこれたこと自体が一種の答えじゃないの?
本当にマンフレッド将軍の目は節穴で、あんたたちの小細工を見抜けなかったと思ってるわけ?
……
とは言え、「故郷に帰る」話をする資格は、大君閣下の手から生きて帰ることができてからでしょうね。
ああ、その通りだな。
では――お前の懐中時計、少し貸してもらうぞ。
こいつは確かに……思った以上に騒々しいな。
今もこの大地を彷徨う巨獣よ、あなたはまだ死を遂げず、ほかの形で存続することを選んだ。
今も、この中にいるんだろ?
止まりなさい、巨獣よ。
あなたはカズデルへ、我々の都市へ進み入ろうとしています。そこに住まう人々はあなたを歓迎などしておりませんよ。
ここから立ち去りなさい。
さもなければ、サルカズがあなたを屠りましょう。
これは我々からの最終警告です。
……
なるほど、では仕方ありませんね。
魔王の意志に従い、あなたを前進させるわけにはいきません。私の兄上からの命令ですので。
鮮血の王庭よ、私に汝を捧げよ。
あれら幻覚のような過去と記憶に比べ、あなたは確かに……私により価値のある景色をもたらしてくれましたね。
お二方よ、このような景色を前にして、その手に弄んでいるか弱くて愚かしいアーツを解除してはどうですか?
周りの景色をぜひともご覧なさいな。少し時間をかけて鑑賞に浸るのもよい選択かと――
ここは……私があなた方のために選んだ墓場なのですから。
さっきまで日が明るかったのに、でもここには……
ここには暗い夜と、果てのない海しかありません。
……周りの景色が変わったか。
このような場所、如何なる書物や伝説においても見聞きしたことはないぞ。
となればここはあそこでしか……
遥か彼方のその先です。
あぁ、私たちはすでにカズデルからどれだけ遠く離れてしまったものなのでしょうか。
誰しもテラと呼称されたかの土地は、果たしてあまりにも広大過ぎたものなのか。はたまたあまりにも狭すぎたものなのか。
アーミヤ、気を付けろ。
あやつの血が……昇華しておる。
あやつは先ほどの巫術の力を借りて、己の血脈を呼び覚ました。
まるで他人事のように言ってくれますね、バンシー。
知っているはずでしょう? 純潔なる者であれば誰であれ、私は同等に扱って差し上げていると。
果てしない歳月をかけて浄化を追い求めた鮮血の王庭と比べて、多分な源石の影響をあなたは受けてしまったのかもしれませんね。
まあ良いでしょう。サルカズの中でも、あなたはまだ純潔で……強大な部類なのですから。
さあ、遠慮せず私の祝福を受けなさい。この贈り物を拒めはしないでしょう? 私が呼び起こしたその力によって、あなたはようやく私と同じ土俵に立つことができたのですから。
あなたの弔鐘の音色が果たして今も月明りの光を仄暗いものにできるかどうか、ぜひ私に聞かせてくださいな。
――
「此処に書する物、それ則ち我が下命なり。」
「黒夜は我が為に死を遮らん。」
……また呪文ですか。
またそのような浅はかな呪文を。
あなたは確実に、類稀な素質を備えているはずです。口で念じ、骨筆で書くだけで、凡人どものあの哀れな「アーツ」とやらを睥睨するに能うでしょう。
なのにあなたは、どうして継承へとそれほどまでに強い反抗心を抱いているのですか?
私にあなたを見せるのです! 王庭の主バンシーよ!
この――ブラッドブルードの大君ドゥカレに、すべての血を統べる者に、あなたという存在を示してみなさい!
そこまでです、ブラッドブルード!
Logosさん、どうか持ち堪えて――
そうでした、「魔王」よ。うっかりあなたの存在を忘れてしまっていました。
コータス、「魔王」。
なんとも見すぼらしい姿ですね。私からほんの僅かな栄誉すら授かることができないとは。
コータスの血は実に煩わしく、取るに足らないものです。私があらゆる手段を尽くして引き出そうとしたにもかかわらず、これっぽっちの才幹と力も見つけられない。
あなたの血が穢れていると、雑駁であると言ってやることすら躊躇われます。なぜならその言葉には、混じりけのないものへと帰せる希望が含まれていますからね。
しかしあなたは……
フッ。
確かに、私の賛同を得られる混沌とした血脈は存在するでしょう。しかし彼らのそれは、どれも疑いようもなく「強大」かつ「壮麗」なるものだからです。
それに比べて、あなたには何があるというのですか? その愚かしい動機か、あるいは薄っぺらい信仰心?
……あなたに答える義理はありません。
私は、ただあなたを倒すことさえできれば十分です。
これが「魔王」ですか? 所詮は周りの僅かな造詣を盗んだものに過ぎませんね。実に雑然としていて、まるで秩序が見当たらない。
そちらのバンシーが反抗心から造り出した小細工のほうがまだ面白みがあるというもの。
――ましてやあの兄妹とは比べ物になりません。
アーミヤ。
あやつの挑発に乗るでない。今もあやつの力は増幅し続けている。
ここは速攻で片を付けようぞ。
分かっています。
もう一度、青空のもとに帰りましょう。
……過去に。
私はそのいわゆる「魔王」という存在を殺しました。そう難しいことではありませんでしたよ。
あなたにも同じ結末を用意しましょう。
あなたが漆黒の刃をもって、私に問いかけるなら……
死を贈ることでそれに応えますよ。