慈悲光塔 14-11・戦闘前
「英雄」とは
見渡す限り、死で満ちている。
永久に終わらぬ殺し合い。生命を終わらせる生命。屍があまねく荒野を覆い、血が大地に注がれる。
最初のナハツェーラーが戦場の廃墟から立ち上がった時、彼は己の存在意義をはっきりと理解していた。
「我こそは、万物の終着点なり。」
「貫け」。
槍のような呪文の力が、ナハツェーラーの肉体にまっすぐ突き刺さる。
その速度は、軌跡をほとんど目で追えぬほど速かった。言葉が舌先を離れた瞬間には、すでに結果は起こっている……そう錯覚するほどに。
ネツァレムの胸に、美しく整然と縁取られた風穴が開いた。
しかし、彼の表情には何らの変化も見られない。枯枝が数本ほど、アーツユニットの先端から胸の穴目掛けて伸びていくと、欠けた部分を素早く埋めた。
その方の言葉では、我輩は殺せぬ。
我輩を呼ぶ声は、その方の呪文よりも遥かに力強く響いているからだ。
……我にも聞こえる。
うぬの体内で奏でられている、戦死者たちの哀歌が。
幾千もの戦争祭壇が、戦場全体に点在している。
死した命が遺していった部分が全て祭壇によって吸収されつつあった。
その力の終着点が、Logosの眼前にまで迫っている。
最も強大なナハツェーラーとは、同時に最も恐ろしき戦争祭壇でもあるのだ。
ナハツェーラーは、死を見届ける。
勇敢なる戦士たちは、友であれ仇敵であれ、例外なく我らに吸収される。その死と生の輪廻で、彼らは脳裏に刻まれ、尊敬を得るだろう。
だが臆病者は、ただ灰と化すのみよ。
答えよ、我が仇――今この時、我輩の前に立つのは、果たして若き英雄なのか? それとも卑劣なる反逆者か?
我を裁くことに、意味はない。
言の葉の力は、そこには存在せぬ。
Logosの掌に、力が再び集積していく。
二つ目の傷口が肩から胸の片側にかけてネツァレムの身体を横切った。
しかし、呪文はなおも消えることなく、枯枝の接近を押し止め、死者のエネルギーがナハツェーラーの肉体を補おうとするのを禁じている。
布切れがひらりと舞い上がると、新たにできた傷口と無数の古傷を全て覆い隠した。
どういうことだ……?
戦場において「死」はナハツェーラーの養分となり得る。されど、バンシーには「死」を葬送することも可能なのだ。
今この時より、うぬは戦場における唯一の支配者ではなくなった。
こと呪文の才に関して言えば、その方は我輩の知るどのバンシーをも超えている……ラケラマリンも含めてな。
……口惜しいことよ。
死者を悼むのであれば、その方はなぜ彼らのために歌わぬ?
挽歌では、死者に真の安らぎを与えることは叶わぬ。
戦争が続く限り、死者には生者と同様、安息は訪れぬ。
愚昧な!
その方は、これまでに――変形者に痛手を負わせ、またブラッドブルードを追放したな。王庭の主として、その両手は王庭の血にまみれている。
これら全てはその方が戦争から逃げたゆえに成せたことと、そう抜かすつもりか?
己の反骨を、我輩を阻む唯一の理由とするつもりなのか?
ナハツェーラーの身体が、怒りによって浮き上がっていく。その下では全ての枯枝が瞬時に砕け散り、腐敗の霧が峡谷全体に満ちつつあった。
しかしバンシーの歌声は、わずかたりともたじろぐことはない。
我輩は数十年もの間、ラケラマリンと共に戦ってきた。我らの戦場は都市から荒野に至るまで広大な範囲に及び、ヴィクトリアの甲冑を、ガリアの大砲を、カズデルの城壁の下に葬ってきた。
テレジアと力を合わせ、同じ戦いの中で幾千ものリターニア術師の首を斬り落としたこともある。
彼女らはいずれも比類なく優れた戦士であり、カズデルの戦争の英雄であった。
ラケラマリンはバンシーの未来をその方に託し、テレジアもまた、その方を自慢の弟子と見なしていた。
にもかかわらずその方はロドスに潜み、魔王をかくまった挙句に、盗人さながらにロンディニウムに忍び込んでは、戦場の隙間に隠れながら至る所を破壊して回ったのだ――
戦争では、サルカズの苦痛を終わらせることなどできぬ。
我がこの道中目にしてきたのは、うぬらによって奈落の底へ引きずり込まれる者たちばかりであった。
だから、その方らは逃げることを選んだというのか。
我輩は幾年も前にテレジアに告げたことがある。戦争は、決して避けられぬと。仮にロンディニウムが戦場にならずとも、カズデルがそうなるのは必然であると。
テレジアもこの点には同意していた。事が起こる前に別の解決策が見つかればと、期待を抱いていながら。
結局のところ、彼女の選択は新たな戦争を導いた。魔王の死は、戦争の代償と結果である。
我輩は彼女の死を見届けた。彼女は、全てのサルカズから尊敬されるに値する人間であった。
だが、その方はどうだ?
左様に軟弱な言葉の他に、その方はサルカズに一体何をもたらせるというのだ? 何をもたらすつもりでいるのだ?
アーツユニットが地面に突き立てられる。
腐敗の霧が溢れ出し、呪文で編まれた障壁を呑み込んだ。
(唸り声)
――
サルカズの魂の哀歌が、ますます明瞭に響き渡る。
呪文の力が弱まりつつある。指先と舌先にも、ビリビリと痺れが伝わってくる。
燃え盛る怒りは、目の前に立つ古の王庭の主のものだけではない……
……彼自身の血からも、発されていた。
……
だから言ったでしょう。
ドゥカレ、我は確かにこの目で……
……私の死を見届けた、ですか?
あなたも「魔王」も、私を殺せないことはよくご存知だったと思いますが。
あなた方は私を……面白い場所へ誘ってくれましたね。「歴史の外側」は、決して虚無などではありませんでしたよ。
ですが私は今もなお、帳の陰からあなた方を見つめているのです。
これはずいぶんと遠くまで来たものですねぇ、若きバンシー。あなたは今あの異種族の魔王と共に……私の残した一雫の血を探し求めている。
「ティカズの血」……ふっ。私が渇望した、純潔なる血です。
あれを滅すれば、災厄が再び訪れるのを阻止できると思い込んでいるのでしょう。
それが事実であろう。
「事実」。祭壇を破壊し、「苦難の揺籃」を一時的に止めて、ヴィクトリアに蔓延る数多の無能の輩の命を少しの間永らえさせることが、ですか? なんと退屈なのでしょう。
視野の狭い愚か者は、一体どちらでしょうか?
……
すでに感じているのでしょう? 自分が祭壇と深く結びついているということを。今この瞬間でさえ、あなたは祭壇により増幅された力を用いている最中なのですから。
「苦難の揺籃」を呼び覚ましたのは決して、血や、誰かの意志ではありません。
「源石」はあらゆるサルカズの呼び声に応えて降臨したのです。生者であれ、死者であれ、例外はありません。
……サルカズの魂のささやきは、至る所から聞こえてくる。
決して止まぬ亡者の痛哭が、我には聞こえる。
サルカズは生まれ落ちた時より過去に縛られてきた。死せども、そこからは逃れられぬ。
初めて挽歌を歌い上げた時、あなたはサルカズの魂の存在を垣間見た……かつてラケラマリンが、あなたがいかに才能豊かな子であるか自慢気に語っていたのを覚えていますよ。
ええ、そうです。まさにその才能ゆえに、反逆の種を蒔いてしまったのでしょう。
あなたの感じる苦痛は、他者だけでなく、自分を哀れんだものでもあります。私が歩む道をそれほど憎んでいながらも、私に哀れみを抱いているところにそれがよく出ていますよ。
うぬもまた、過去に縛られし人間であった。嘆かわしい。
思い上がったことを言いますね……ここで今一度あなたの始末を試みたいところですが……
むしろ私は、あなたを祝福することに決めました。
屠る者、屠られる者は……どちらも元より循環の一部です。
私がここに立っているのは、あなたが原因なのです。
Logosの鼻に、血の匂いは少しも感じられなかった。
呪文は、ただブラッドブルードの大君の身体に少しのさざ波を立てると、あっけなく通り過ぎていく。
……うぬの血は、なおも我の挽歌と連なっておる。
ええ……もちろんです。あなたがどれだけ拒もうとも、我々は共に在るのですよ。
何と言っても、我々は同じく王庭の主……最古のサルカズの血脈を受け継ぐ者同士ですからね。
私はあなたに打ち倒されたことを喜ぶべきなのでしょう。なぜならあなたは私よりも強大であり、サルカズの運命を背負って皆を導くべき者であると証明してくれたのですから。
ブラッドブルードの大君はそう言って笑うと、踵を返して洞窟の奥へと歩いていった。
彼の姿が源石のクラスターの狭間にゆっくりと消えていく。しかしその声は、今でもLogosの耳元で響いているようだ。
祝福いたしましょう、親愛なるアエファニル……私を殺した者よ。
我が血を受け入れて、我が力を使いなさい。私への憎悪を、さらなる戦いへの養分と成すのです!
私の代わりに前へ進み、見届けてください――サルカズの復讐の烈炎が、これより先一体どこに向けて燃え広がるのかを。
……
我は……
拒否する。
ナハツェーラー、ブラッドブルード。我らには同じ泣き叫ぶ声が聞こえる。
サルカズの運命は、循環の中に陥っておる。我自身とて、例に漏れぬ。
我もまた、己が抗おうとする相手である。
サルカズの怒りの炎は、我の血管と臓腑の中でも火の手を上げている。
炎と化したあらゆる言葉が天から降り注ぎ、地に蒔かれた種の一つ一つに火を点していく。
呪文の力が、Logosの指先で、舌先で、胸の中で燃え盛っている。
彼を取り囲む源石の結晶が徒長を続けるにつれ、亡者の叫びもまたますます高らかに響いてくる。彼を受け入れ、呑み込む用意が整っているのだ。
彼はそれ以上、血脈の力を拒むことをやめた。ブラッドブルードがサルカズの烈火を彼に差し向けると、彼はその炎を受け入れた。
「深淵はそこにある。我らは肉体によって深淵を埋め、鮮血でもって瓦礫を焼き尽くそう。」
もしも……あらゆる腐敗を焼き尽くさねば、新たな命を生み出せぬのならば、我は烈炎となり、薪となろう。
これぞ、我が選びし血の終着点である。
炎が峡谷全体を包み込む。
後にはただ、若きバンシーが幼少の頃より書き綴ってきた全ての呪文だけが残った。
それらはLogosの周囲を巡る。言葉こそ彼の忠実な盾であり、剣だ。
もし、戦争こそが理想を真となす唯一の方法であるなら。新生は死の中より萌え出づる他ないのなら……
我が死をもたらそう。
そして、死を迎え入れよう。
我は血でもって我が過去に火を点そう。復讐のためではなく――
ただ、来るべき未来のために。この炎でサルカズを縛する鎖を焼き尽くし、この朽ち果てし大地に穴を穿つ、その日のために。
骨笛の澄んだ音色が響き渡る。
それがこだまであることをLogosは知っていた。正式にバベルへと向かう前夜、バンシーの河谷で吹き鳴らしたあの骨笛の音が、返ってきているのだ。
「新生は滅びより生まれる。」
弔鐘が鳴り響く。
朽ち果てていった王庭、そしてこれから朽ち果てるであろう王庭のため。何よりも、己がために。