慈悲光塔 14-18・戦闘前
灼熱より爆ぜる咆哮
飛空船の動力が増して、骨骸の神経束が引き裂かれている……
そもそも源石のせいで神経束が脆くなっているのに。
骨骸が飛空船から切り離されれば、船を止めたところでドクターたちは戻ってこられなくなる!
我らがすでに支援をしておる。
案ずるな。彼女たちに三十分と諾した以上、我が約束を違えることはない。
バンシーが骨骸の脊椎を踏む。一歩ごとに骨筆を走らせ、呪文が彼の背後にて書き込まれて、ついには神経束に落ちた。
筆を赤い空に走らせると、呪文に囲まれた神経束が収縮し、持ち上げられる……
バンシーは骨筆を支点とし、呪文でもって無数の神経束を自らの支配下に置いた。
収縮していく神経束の中、鋼鉄が轟音を発し続けている。
飛空船が雄たけびを上げ、骨骸が巨大な破片をバラバラと落とす。
テレシスの巫霊部隊が、私たちを砲撃し続けているわ。
そんなに目立ってちゃ、絶好のターゲットになるわよ!
構わぬ。これで良い。
濃霧が自ずと炎を鎮火する。
我が拒絶すれば、烈日でさえ河谷の白霧を抜ける権利を持たぬ。
それらが我を守ってくれよう。
深い霧がLogosの周囲に立ち込め、集まり……次第に、彼の姿は捉えられなくなる。
砲撃が一瞬のうちに音もなく濃霧に突入する。残された軌跡はすぐさま霧に埋められる。
……
W、私たちに稼げる時間は多くないわよ……
Wさん、受け止めましたよ!
ゴホッ……ゴホッ……
老いぼれの家は移動までするわけ!?
あの場所では何も見つけられなかったわ。
飛空船をただの死物だと見なすな。レヴァナントによってこの船はすでに普通の「兵器」とは異なるものとなっている。
身体の内部では、我々の認識はその力の干渉を受ける。
船室内の目の及ぶ全ての場所で黒い波が逆巻き、レヴァナントが身を寄せる檻はあなたたちの視界から消えた。
しかし網状の影はあなたたちの体に這い上がろうとし続けている。
(嫌がるように影を払いのける)
ドクター、Mon3trが我々を守ってくれる。
Mon3tr、ドクターに傷一つ負わせるな。
あなたは自分を肩に乗せるMon3trを軽く叩いた。
心配しなくていい、ケルシー。我々の息はぴったりだ。
(軽快な雄たけび)
……感情が、部屋全体にあふれています。
影が……全てを埋め尽くしています。レヴァナントのアーツの影響で、コアの正確な位置を特定することができません。
明らかに戦術を変えてきているな。
アーミヤがいる以上、短時間のうちに我々に脅威をもたらすことは不可能だと相手もよく分かっている。
……テレジアさん。
……
もう迷ってはいられません。私たちに与えられたチャンスは一度きりです。
彼女が手を掲げると、十個の指輪の紋様が流動し始めた。
黒い鎖が紋様から浮かび上がり、絡みつき……
鎖はアーミヤの手から飛び出すと、逆巻く波に激突した。
黒い鎖は黒い影の海を縛りつけると、それを黒い球体に丸めた。
飛空船が吼え、影の波はアーツの封鎖を打ち続ける。
鎖が震えるたびに、アーミヤは混沌とした感情との共鳴を強いられた。
アーミヤ!
――わ、私なら耐えられます。
ですが、いつまで封じ込めていられるかは分かりません――
アーミヤ、入口を開いてくれ。
Mon3tr、入る準備を――
あたしがやるわ。
フッ、ペットがいなくなったら困るでしょ――
ねえババア、殿下にはあたしたちが見えるのよね?
……
彼女の意志は、常にある。
子ウサギ、扉を開けなさい。
殿下はあたしのことを忘れてるかもしれないから、前もって知らせておかないといけないでしょ。
……
分かりました。中へ入ったら、私も手伝います!
鎖が回転し、影が裂け目からあふれ出す。
老いぼれ、そう縮こまらないの、あたしが入ろうとしてるのが見えないわけ?
チッ、こんなに熱烈に歓迎してくれるなんて、さっきあげたプレゼントをとても気に入ってくれたようね。
だったら、焦らなくてもいいわ、まだたくさんあるから!
彼女は裂け目をこじ開けると、手榴弾をくわえたまま、影を蹴って中へと飛び込んだ。
テレジアが手を出す前に作戦を終わらせる必要がある。
……その通りだ、ドクター。
裂け目はすでに閉じ始めている。
しかし誰も気づかぬ間に、ほんのわずかな影が隙間から流れ落ち……
ゆっくりとアーミヤの方へと進む。
飛空船を阻止すれば――
我々が向き合うことになるのは彼女だ――
レヴァナントの声が唐突にアーミヤの脳内で響いた。
反応する間もなく、彼女の足元まで流れ着いていた影が炎のように爆発した……
――!
アーミヤの耳元で慌ただしく自身を呼ぶ声が響く。
ドクター……ケルシー先生……
レヴァナントの怒号が、船室の壁の隅々まで震わせる。
影から束縛を抜けて現れた槍が奇妙な形状の記号と化し、アーミヤを貫く……
彼女は宙に浮かび黒い球体の前ではりつけとなった。
鎖がこすれ、断ち切れ、緩む……
鮮血が床へと落ちた。
――!?
何の音?
Wにはアーミヤがいまだどこかで自分と共にいるのが感じられた。
子ウサギは……ひとまずいいわ。さっさとあの老いぼれを見つけ出さないと。
「感情の起伏が最も激しい場所」は……どこかしらね?
暗いわね、あんたのために明かりをつけてあげましょうか、老いぼ――
――?
――!
*サルカズスラング*爆薬は!? 忘れるはず――
流れる影が彼女を呑み込んだ。
彼女は不意に足元の支えがなくなるのを感じた。それはまるで一瞬にして深淵に溺れるかのようだった。
うっ――
冷たい。なぜ命の気配がないのか?
ここは……飛空船じゃない?
彼女は……錆びだらけの巨大な鎧が荒野で大きな岩を叩き切っているのを見た。
動く鉄の……しかも、首がない?
一言も分からないわ――
待って……石が、しゃべってる?
彼女が自分の持ち物を確認すると、用意していた全ての爆発物が確かになくなっていた。
レヴァナント。意識。感情。
彼女の頭の中で突然、途切れ途切れの言葉が飛び出してきた。
あの石の中のも……レヴァナントなの?
フッ、子ウサギ、あんたがしゃべってるの? これがあんたの言ってたお手伝いね。
答える者はいない。
……
耐えなさいよ、アーミヤ。すぐに戻るから。
巨岩を引きずり、天災へと入っていく首なし鎧を見やる。
しばしの沈黙の後、彼女はそれを追いかけようと天災へと突っ込んだ――
天災の中で襲い掛かってくる嵐。一人のレヴァナントを引き裂くもう一人のレヴァナント。
Wはそこからいかなる感情も感じなかった。そこにはただ源石暴風によってかき乱された砕けた意識があるのみだった。
コアはここにはない。
戦場の廃墟の中で、血に染まった剣に宿る狂ったレヴァナントは、首なし鎧に拘束され、古の巨岩へと押し込まれた。
コアはここにもない。Wは失望する。
密林の中で、首なしの巨大な鎧は巫術集団が崇める祭壇を砕き、印が刻まれたルーン石を背負った。
軟弱にも逃げ出したレヴァナントがその中に身を隠しているのだ。
しかしコアはここにもない……
人里離れた砂漠。
略奪された居住地……
Wは感情を追って探し求め、歩き続ける。恐怖……喜び……貪欲……嫌悪……
鎧に宿る強大なレヴァナントは、同胞たちを巨岩一つ一つに封じ込めていく。彼は同胞の魂を引きずりながら、この大地を歩む。
だが火山の下の、金属の身体に隠れるレヴァナントは見逃してやった。
レヴァナントが大地を歩く際に発するかすかな感情をWは感じたものの、何も得られるものはなかった。
彼女は困惑さえ覚えていた。同類を集めるこのレヴァナントは……一体何がしたいのか?
微弱な炎が炉の中で消えかけている。
これは……カズデルの魂の溶炉?
ありえないわ。炉の光は、夜だって都市の空を照らせるものだったはず。
どうして……炎がこんなに弱いの?
待って――これはあたしの知るあの魂の溶炉じゃない……
――!
……
レヴァナントが怒号する。
彼は錆びだらけの首なし鎧を炉に投げ入れ、続いて同胞を封じ込めた巨岩も投げ入れた。
真っ先に自らを燃やしたそのレヴァナントは己の同胞を縛り、火をつけた……
魂の溶炉が炎を噴いている!
彼は興奮し、苦しんだ。やがてその感覚すらなくなった。
……
ハッ、なんだかあんたのこと少し気に入ったわ、老いぼれ。
レヴァナントは赤々と燃える炎へと突入する。彼が最後に燃やしたのも、また自分だった。
Wは炉の縁に立ち、炎が彼女の毛先を揺らしている。
彼女はため息をつくと、火の粉をもみ消した。
……
ちょっと、あたしの探してるものがどこか、まだ教えてくれてないじゃない!
ここで爆弾を使えたら、最高だったのに……
「パンパンパァン」! 爆発で火の中に道を作り出してやれたわ――
チッ……
彼女が飛び降りて炉の中へと落ちる。
激しい炎が彼女を焼く。苦痛。彼女は怒りのままに罵る。
レヴァナントの叫び。
悲しみ。尽き果てぬ悲しみ。
Wは落ちた。落ちて、落ちて、最初の薪へと……
最初に自らを燃やしたレヴァナントへ近づく。
すると、彼女は炉の烈火の中に絶えず脈を打ち続けるコアを見た。
涙が熱気で乾いたわ……フッ。
彼女は笑う。そして全てを焼き尽くすほどの魂のコアを掴んだ――
捕まえたわよ、老いぼれ……
あんた、下りてきなさい!
飛空船内の魂を燃やす炉へWの両手が触れた瞬間に、爆ぜる炎が散り、彼女を包み込んだ。
熱気が絶えず彼女を襲う。レヴァナントは種族を裏切ったサルカズを焼き尽くそうとしている。
エンジンの高熱がWの両手を焼いていた――
クソ野郎が、うっさいのよ!
彼女は一切を顧みずに、飛空船の真のエンジンを握り締めた。
あぁ――
レヴァナントの影がこれまでにない速さですぼみ、縮まっていく……
彼は自らの炉へと、己を燃やし、罪を受け入れる炉へと戻ろうとする――
「Wさん……!」
黒いアーツが炎を貫いてWを囲んだ。
Wを襲う影はほんの一瞬停滞し、その後に黒い障壁を突き破ることはできなくなった。
レヴァナントがWの背後を巡る。彼はすなわち影……
そして、彼は今この瞬間自らを完全に広げ、黒い両翼が広がるかのように、全てを覆った――
下りなさい!
飛空船のエンジンが音を立てて砕ける。
ロンディニウム上空で唸り声を上げ、全てのヴィクトリア人を脅かしていた空飛ぶ要塞の心臓は、ついに鼓動を止めた。
はぁ……はぁ……
「W! W! 目を覚ませ!」
ババア――?
(興奮したように低く唸る)
――!?
なんであんたが抱きついてきてんのよ! 放しなさい、でないとあんたの爪ごと吹っ飛ばすわよ!
(見下すようにつつく)
W、すまないが簡単な手当てしかしてやれない。今は解決しなければならないもう一つの厄介事がある。
いいわよ別に。あたしはしぶといもの。
子ウサギは? あたしたちってほんとに息がぴったり――
アーミヤ、あんた……なんでそんなにひどい怪我を負ってるの?
あなたはアーミヤを支える。少女の華奢な身体はわずかに震えていた。
ゴホッ……心配はいりません……この程度の傷なら、大丈夫ですから。
今すぐ骨骸に戻る準備をしなければならない。
動力を失い、飛空船は完全に制御不能となった。
Logos、こちらは終わった。
うぬらが無事で、うれしく思う。
しばし待たれよ。すぐにうぬらを迎えに行く。
まだ間に合うといいが……
待って、なんであいつが見当たらないの?
あたしが取り外したあの老いぼれは――
彼女の瞳に地面に転がる破損したエンジンコアが映った。燃えておらず、叫んでもいない。
魂を拘束していたコアがついに真の姿を現した。
この大砲みたいなやつがあいつのコアなの? まあまあ使いやすそうじゃないの。
チッ、あたしの武器はさっき老いぼれに壊されたわけだし、その弁償ってことにしましょう。
あいつ……
子ウサギ、あんたも見たんでしょ? あの老いぼれの一生は……何て言うんだったかしら?
波瀾万丈だっけ?
Wさん……
別にあいつが可哀想だなんて、これっぽっちも思っちゃないわよ。
……あたしはただ殿下のことを考えてただけ。
この船、あのバベルの亡霊たち、それとレヴァナント……
私たちはここまできてもまだ、テレジアさんに会えていません。
彼女は今、どこにいるのでしょうか?
クソフード、そんな目でこっちを見ないでもらえるかしら。今その言葉をあんたの口から一番聞きたくないのよ。
クソババア、なにこっち見てんのよ?
あんたの顔は立ててやるって言ったでしょ。あんたの目の前でこのフードを殺しやしないわよ。
……君は何も違和感を感じないのか?
違和感?
レヴァナントはすでに死と完全に無縁になっている。
だが彼は、その砕けたコアの中にいない。
なに、あいつがあたしの身体の中に隠れたって言ってるわけ? 脅さないでよ。
見てみるわ……
ここにいない……ここにもいない……ここにもいるはずないわ……
W、君の背中……
なに、あの飛空船のコアでしょ? あたしがどうやって取り外したかはあんたたちも見てたじゃないの。
待って……これ壊れてたんじゃないの?
なんで今になって新品みたいに見えるのかしら――
影がコアのパイプを流れ、破損した部分はすでに飛空船の破片による金属で補われていた。
自己修復?
いや、これは自己修復ではない。
Mon3tr、構造強化!
(怒り狂った咆哮)
(苦しそうな雄たけび)
影がコアの外殻から流れ落ちる。そこに枯渇した兆しはまるでない……
瞬く間に、視界は黒色のみとなった。
あなたは黒よりも深い影を目にした。
それは魂の色だ。
彼の生涯の苦しみが凝縮された槍が、すでにあなたたちに向けられていた。