慈悲光塔 14-20・戦闘前
王たちの行方
宇宙……宇宙って何?
君たちのよく知る言語には、この単語は含まれていない。
それは空と大地よりもはるかに広い概念であり、あらゆる時間と空間、そしてそれに含まれる全てだ。
最も傲慢な「神」だろうと宇宙の全てを掌握できると公言すべきではない。なぜならこの言葉自体が際限なき境界、そして時々刻々変化する可能性を象徴しているからだ。
しかし、源石はこの全てを取り込み、その内部に「内なる宇宙」を形成する――
待って。
要するにあんたが言いたいのは、二つよね。
一つ、どんな原因かは分からないけど、あたしたちは飛空船の後について源石の中に入ってしまった。あんな小さな石の中に、どうしてこんな広い場所があるかなんて知らないけど。
二つ、あたしたちはまだ死んでなくて、何かしらの形で源石内部の「宇宙」とやらで生きている。これでいいかしら。
……そう取ってもらって構わない。
……
ん? 何の反応もないわね。泡すら立たないわよ?
Wさん!
今投げたのは……えっと、爆弾ですか?
ほかに何があるの?
模索してみないと始まらないでしょう。爆弾はあたしの手だと思ってちょうだい。
ババアが言うにはあたしたちは源石の中に閉じ込められてるって話だし。なんなら境界に触れて、ついでに爆発で――
危ない!
――何なの今の!?
まるで……何かに引っ張られたみたいだったわ。
下にあるあの黄色いのは液体源石なの? 爆弾は何を爆破したの?
エネルギー反応条件が不足しておるために爆弾は起爆しておらぬ。
この源石の海の中では、源石を全く感知できぬ。
……あるいはこう理解してよいだろう。外部に存在する源石はいずれも他の物質と結合した形式で存在しており、外部の「宇宙」の規則にも適合する必要があると。
そしてここの源石は、即ち規則そのもの。
あんたの話はババアより分かりづらいわよ。
我らはすでに異なる文法の中に入っておる。
この源石の海に含まれる……言語を感じることができる。広大で、盛んで、果てがない。現状はまだ完全には解析できておらぬが。
やめろ、Logos。
少なくとも今この場所で、この「言語」の理解を試みるな。我々は過度に……ここをかき乱してはならない。
すでに何か危険な存在に目を付けられている可能性があるが、この船の存在が許されているということは、我々はひとまず安全だ。
このロドスは……君のおかげで存在している、Dr.。
我々は本来源石に同化され、この海の一部になるはずだった。君が我々を救ってくれた。
君が一部の規則を修正……いや、定め直したんだ。
自分でさえ気づかないうちに、君はその「言語」を使った。
はぁ? そんな力まであったの? 船上のあのわけ分かんない光景も、全部こいつの夢だなんて言わないでしょうね?
あの「心温まる」ファンタジーはほんと……胸糞悪いわ。
……フッ。
Wが後ろを向いて、何かを思案するかのように前方を見る。
内なる宇宙に入ってから、彼女の視線がこちらに向けられることは少なくなった。
さてと問題の核心。この源石の中に突っ込んだとして、ここから出る方法はあるのかしら?
この亡霊だらけの船は、あたしたちを連れてどこへ行こうとしているの?
ロドスが金色の海を航行する。水面にはさざ波がなく、まるで純金色の鏡のように見える。
そこへ、一つの疑問が心に浮かんだ――自分たちは本当に航行しているのか?
海面は静止しているようです……ここにある全てがそう見えます。
あまりに静かで、何も感じられません。流れる感情も、あふれる記憶も……全て消え去りました。
ケルシー先生、ここは源石の内部ですよね? 源石はあれだけ多くのものを呑み込んだというのに……
天災で滅んだ都市や鉱石病で亡くなった人……あらゆる生命が存在した痕跡、それら全てがこの海で見られるはずではありませんか?
なぜ……ここには何もないのでしょう?
……
なぜなら、ここは……果てだからだ。
万物が源石に封じられ、変わらず、滅ぶことすらもない果て。
最高ね、死ぬことすらない「良い」行き先じゃないの。ラテラーノだってこんなに神聖な場所じゃないわ。
道理で、船にサルカズがいないわけね。こんなに心地よい場所が――あたしたちみたいな化け物を受け入れられるわけないものね?
……サルカズがいない?
そういえば確かにそのようです……先ほどからWさんとLogosさん以外に、サルカズは一人も見かけていません。
サルカズは……源石と密接に関わっているサルカズは、どこへ行ったのでしょう?
……
「見定めよ」。
――
――!
この影は、サルカズです! 彼らは今――
――行軍しておる。
外の戦場であろうと、ここであろうと、戦争は常に続いておるのだ……生きていようと死していようと。
水面に無数のサルカズの影が現れた。
ウェンディゴ、炎魔、ナハツェーラー、バンシー……そして時間によって摩滅した多くの古の氏族。
ある者は棍棒や槍を持ち、ある者は弓や剣を持ち、そしてある者は巫術の火砲を背にしている。
水面は静止している、だがこれらの人影は奔流を成し、前へと激しく流れていく。
突撃、そして殺し合い。
永遠にやむことはない。
戦争。
サルカズと万物との戦争は一万年以上も続き、止んだことはない。
なるほど、ここ即ち、サルカズの魂の帰する所であったか。
ロドス本艦はすぐ目の前だ、持ちこたえろ!
(重苦しく息を切らす)
あの――
シャイニング? どうした!
……あの扉はすでに開かれました。
死と生の距離が、かつてないほどに近づいています。
全てのサルカズが、その音を耳にしています。
……
この衝撃に耐えるわよ! 飛空船は源石に呑み込まれたから、王庭術師は当面の間ここに構ってはいられない! それに脊髄の損傷が大きすぎる。これは唯一のチャンスよ――ヘドリー?
聞こえる……
巨獣がまたあなたに話しかけてるの? 何て言っている?
違う……別の声だ……
……歴史上起きたあらゆる戦争が、同時に進行しているのが聞こえる。
ヴィーナ、見ろ! ロンディニウムの上――あの赤いやつがまたでかくなってねぇか!?
……
でっかくなっただけじゃなくて、赤黒くもなってるよ。
まるで……空全体が源石になっちゃったみたい……
……嵐は真の意味で止んではいない。
「諸王の息」がこれ以上に広い範囲を覆うことはできない……サルカズはこの都市全体を滅ぼすだろう、ひいてはそれだけに止まらない。
アーミヤ……
……間に合ってくれ。
サルカズの魂が……私たちを阻んでいます。
なにもかもが源石の作用で止まっているこの場所で、サルカズの魂だけが、今も戦っています……
金色の海上で響き渡る低い怒号がその場にいた全員の耳に届いた。
サルカズの戦争は止まらない。サルカズの怒りに終わりはない。
面白いわ、サルカズの死んだ英雄たちが目の前で全力を尽くしているわよ。「ろくな死に方をしない」っていうのはこういう状況を言うんでしょうね。
でもこいつら、どうしてあたしたちの前に立ちはだかるのかしら……?
……
てか、目の前のこの木の根っこみたいなやつ、なんだか塔に見えないかしら?
甲板に出た時から、あなたはそれに気づいていた。
それは視界の中央にそびえ立ち、金色の水面そして静寂の空と溶け合いつつも、全く相容れない。
あれは本当に塔だろうか?
仮に本当に塔だとするなら、きっと想像を絶するほどの高さであろう。
なぜこの源石の海の中に、万物が停滞する果てに塔があるのだろうか?
答えは自明である
……バベル。
飛空船の目的地は最初からここだった……
あの塔に彼女がいる。サルカズの魂を率いているわ!
はい、彼女は私たちを待っています。
あの塔は……この方向の区別がつかない海における、唯一の標識です。
全ての答えは、私たちの始まりの地にあります。
バベルに登り……彼女の所に行きましょう。
それから……
アーミヤ。
はい?
あたしは至って冷静だからね。
ここまで来たからには……自分が何を求めているか分からないはずがない。
今生きてる奴が、あれだけ外で命を懸けてるんだもの。早くしないと、ここでさらに見覚えのある半人前の英雄を見ることになるわ。
ババア、あんたのペットも出して仕事させなさいよ!
これからの道は歩きにくいったらないんだから。
それは……できない。ここではMon3trを出すことはできないんだ。それに必要以上に注意を引くことを私は望まない。
――!?
チッ、また言えない理由かしら?
Dr.、ここでの私は、多くの制限を受ける。だが君は、何の影響も受けていないはずだ。
君にこの船を動かしてもらう必要がある。
その必要はない。
このロドスがどこへ進むかは、君の操縦技術、あるいはいかなる機械やエネルギー装置にも依存しない。
ここは源石の内部だ。
とうに気づいているだろう、君にとって源石は特殊な意味を持つということを。そして源石にとって君も、同様にかけがえのない存在だ。
私が沈黙を選ぶには、多くの理由がある。
率直に言えば、君がこうした知識を取り戻すべきかどうかについては、いまだ疑問が残る。
かつての行いのせいだろう……
憎しみ、苦しみ、怒り、その全てを私は否定できない。
あの瞬間、私が失ったのはテレジアだけではない。
もう一人……一度は自分の信頼に値する人物になってほしいと思っていた人もだ。
私が失望したのは……私自身に対してだ。
君の「変化」を完全に察知していたわけではなかった。私がしたことは、当時の結果を覆すに足りなかったんだ。
私たちはかつて理想が叶う曙光を垣間見たが、テレジアが急に去ったことで、かがり火は消えてしまった。
我々は再度一番深い闇夜に足を踏み入れた。もしも最も正しい選択ができなければ、この瞬間の暗闇は永遠となるだろう。
確かに君はもう自分を信じない方がいいかもしれない。
……いいや。私は君を信じるべきだ。
確かに私は君が源石に関する記憶を取り戻し……再び予想できない変化をもたらすのではないかと危惧している。
しかし君は何度も私に、アーミヤに、皆に……私が危惧している問題は現実にはならないと示した。
今唯一確信が持てるのは、私たちは同行者ということだ。チェルノボーグからロンディニウムまで、君の経験、君の感情が、今の君を形作った。
今この瞬間――
君が私たちを守ったように。おかげで、私たちがすぐさま源石に呑み込まれて、雑然とした情報の流れの一部にならずに済んだ。
君がロドスを出現させ、停滞する中でも私たちが前へと進み続けるチャンスを持たせた。
Dr.、君自身のために航路を示してくれ。
我々の未来がいずこに向かうか、ロドスがどちらへ進むかは――君の意志により決められる。
ロドス――
前進。
足元の船が進んでいるのをあなたははっきりと感じる。
源石の海、そしてサルカズの魂の陣形を抜ける。
塔が次第に近づく。
なに? 海が急に荒れはじめた?
サルカズの魂が周囲の環境に影響を与えているんだ。
内なる宇宙は……もはや安定しない。
サルカズの魂が怒っています。
彼らの視線は――全てこちらに向けられています。
別にいいわ、見たけりゃ見ればいいじゃない。
あたしがどうやって、頭を踏み越えていくかよーく見てなさい!
大波が掌のように、小さなロドスを叩く。
それを見たWが歯をむき出して笑った。
彼女は波に向かって跳び上がった。
――Wさん!
Wの姿が、一瞬にして逆巻く大波の中に消えた。
しかし次の瞬間、彼女の笑い声が金色の霧の中から聞こえてきた。
アハハ、やっぱりね――
これは源石の海じゃないから、爆破できると思ったのよ!
まさか――このあたしが――
バベルをぶち壊したいと思うなんてね!!
砕ける音が、次第に大きくなる。
天へと通ずる巨塔が、小さな爆弾数個で揺れ動くことなどありえない。しかし巨塔から一本のひげ根が剥がれて、ちっぽけな人々に向かって垂れ下がり、甲板から塔の底へと繋がる道となった。
ここだ、早く!
垂れ落ちた塔の底の構造へと素早く登っていく。
予想外なことに、その白い物体は柔らかな感触だった。まるで……何かの織物のように。
アーミヤ――
アーミヤはそっとその「ひげ根」に触れた。
一瞬、無数の両手が海から、塔から、虚空から彼女へと伸びる。
……
サルカズの魂……
源石の海は沸き立ちそうな様子だ。
サルカズの魂は魔王を切望している。サルカズの魂は魔王を留めたいのだ。
――アーミヤ、行くがよい。
テレジア殿下に会いに行け。そこで答えを得て、答えを越えよ。
Logosさん……?
殿下に対しては、我も切なる思いを抱いておる。
されど、我らの別れはすでに何年も前に済ませてある。
当時バベルはまだ大地に没しておらず、最初の同僚たちは命でもって理想を実行すると決意した。殿下と我も例外ではない。
サルカズの魂の声には……我が応えるとしよう。
初めて挽歌を響かせたその時から、我はこの瞬間を待っておった。
サルカズの魂の意志が、荒れ狂う大波の下から立ち上がる。
そこに手に宝剣を持つ者、巨獣を使役する者、そして大軍を統率する者がいた。
彼らは同じ王冠をかぶっている――
彼らはサルカズの君主。
彼らはサルカズの存続。
我らはかつてあらゆる道を歩んだ。我らはかつてあらゆる苦難にさらされた。
お前が我らより強大であるなど不可能。
お前が我らより無畏であるなど不可能。
彼らは凝視し、彼らは詰問する。
過去からやってきた無数の感情が凝縮し、いかなる個体の意志もさらう実体を持つ大波となった。
しかし幾千幾万の波が襲おうと、彼らの前の者はいまだその場に立ち続ける。
若きサルカズは骨筆を持ち上げ、名もなき魔王たちへと向ける。
言葉は必要ない。
彼の呪文が即ち彼の答えだ。