解離結合 15-5・戦闘前
喧噪の中の争い
あなたと最初に思考共鳴した際に共有した言葉が、どうして「死」であったのか、ですか……
私にもうまく説明できません。
この「ロドス・アイランド」という名の奇妙な巨大な船の中では、時間の流れをほとんど感じることができない。
彼女はそのことに焦りを感じた。感染者になった日から、「時間」は彼女にとって何よりも重要だった。
時間は彼女に死をもたらすのと同時に、解放をも贈るのだ。
……しかし、この奇妙な場所に住みながらも自身が「神様」であることを否定する存在たちは、そのことを全く気にかけていないようだ。
私は、今まで死にゆくことを恐れたことがなかったのかもしれません。「死」というのは新たな環境へ向かう道にすぎませんから。
(レム・ビリトン語)悲観主義者。
君たちの言語では、このように君を表現するはず。違う?
悲観? 私はそうは思いません。
コータスは反射的にそう言い、口に出した直後に少し後悔した。これまで彼女は多くの修道士の説教に同意してきたが、この場に至ってなおも同じように考え続けるべきなのだろうか?
崩壊する前の経験は、まだ彼女にとって意味があるものなのだろうか?
今や、時間すらもこのコータスを見捨てたというのに。
私は以前、どこまでも坑道が続く鉱山の中で働いていました。現場監督は効率のために、嫌われ者のオリジムシを殺すか追い払っていたんです。
オリジムシ? 鉱山?
えーっと、オリジムシというのは私よりもずっと弱くて小さい生き物のことです。そして鉱山は……鉱山は私の家でもありました。
現場監督が予想していなかったのは、追い出されたオリジムシに対してこっそり餌を与えていた優しい労働者がいたせいで、結果的にもっとたくさんのオリジムシが鉱山に湧いたことです……
オリジムシたちのせいで地面が崩れ、坑道は崩落しました。
でも君は生き延びた?
オリジムシたちの分泌物で生き延びたんです。
鉱山の環境は決して良くはありませんし、ほとんどのオリジムシは寿命が短いです。でも、絶えず新たな個体が誕生します。私はそんなオリジムシたちに励まされたんです――
鉱山労働者、オリジムシ、それと君自身か――君の物語では「大地の死」が無視されているよ、ヒアダ。
君たちは自分たちの「大地」を重視していない。
そんなことはありません! 「ご加護があらんことを」は私たちの言葉においては、何よりも神聖なもので――
うむ……君たちの生命に対する定義は依然として単一であるようだね。
私にはわかりません。あなたは自分とは異なる個体とたくさん会わせてくれました……あなたたちも愛や憎しみを抱き、感情を持っているようですが、個体間の差がとても大きいです。
「墓の中で死を掬い上げる」という私の理解できない目標のもとであなたたちは生活し、団結しています……
私はなぜここに来たのだろう?
コータスはそう思いつつも、答えは彼女に手を差し伸べたあの人にあると直感が告げていた。
彼女は船室の天井にある窓を通して、冷たく、寂寥とした深宇宙を覗き込んだ。遥か遠くの巨大な球体が発する光が再び死した惑星をかすめて、コータスの目に刺さる。
視界を奪う眩い光の中に、彼女は小さな人影を見た。
深宇宙に……人がいる?
――私が探しているあの人でしょうか?
深宇宙に佇む何者かが、コータスの呟きに応じたように見えた。光の中の黒い影がわずかに揺れ動く。
(未知の言語)あたしを探してるの?
一周、二周……小さな丸い点が暗闇の中で回転している。
点同士が段々と間隔を狭め、だんだんと速さを増す。
回転し続ける点によって暗闇に裂け目が生まれ、そこから光が零れ出した。明るく、熱い光が。
私は手を伸ばし、それらを抱きしめた……
深部体温が異常に上昇しておる。神経遮断薬は投与した。
体温の上昇が速すぎる。筋弛緩薬の用意、血液量を上げる。
再度薬の投与を。手術を開始する――
ワルファリン先生?
私、また眠ってしまったのですか……ごめんなさい、なんだか眠くて。
あまり声を出さないように。そなたは喉も負傷しておる。
そなたは、ただ寝ていたと感じておるのか?
はい、それに長い夢を見ました。
どこか具合が悪いと感じるところはあるか?
うぅ、ありません。ワルファリン先生、何かあったのですか?
大したことではない。どんな夢だったのだ? 何か特別なものは見たか?
特別なもの……うまく言えません。
たくさんの泥団子が黒いベルベットの上でぐるぐると回っていました……
急に大きくなったり小さくなったりして、ビー玉より小さくなったかと思えば、ヴィクトリア全体よりも大きくなるんです。
誰かがそれを拾い上げて、弾き飛ばして……泥団子同士がぶつかって花火のように破裂しましたが、何も音は聞こえませんでした。
……ほかには?
ほかには、一本一本の線が……泥団子と泥団子を結んでいて、線は全て光でできていました。どの線の上にも人がたくさんいて、光の上を走りながら外へと逃げていくんです。
私は彼らについていって、白い大地まで走りました。そこには何もなくて……
石碑がぽつんと立っているだけでした――
石碑? そこには何か書いてあったか??
……何もありませんでした。そこで目が覚めたんです。
奇妙な夢だ。しかし鮮明に記憶しておるということは、そなたの記憶に関与する脳領域がいまだ正常に機能しておることを意味する。
夢が鮮明であるほど、夢を見ておる者は覚醒に近い。妾にしてみれば、そなたがまだ夢の内容を覚えていられるのは良いことだ。
そういえば、今日はTouch先生を見ていませんね……
彼女は他の任務にあたっておる。見ろ、これをそなたに渡すよう彼女に頼まれたぞ。
これは……バネに、歯車、それに針まで……これって時報時計を作る部品ですよね!
精神的ストレスを和らげられるのに役立つと言っておった。
……ワルファリン先生、ロドスはまた何か恐ろしい出来事に遭遇したのですか?
おい、チビすけ、来る場所を間違えているぞ。
(いつものように迷子になる)
(怖がって隠れる)
どうやらクロージャは君のプログラムモジュールをちゃんとチェックしていないようだ。
チビすけ、君の点検リストにここは載っていないはずだぞ。
ゴリアテはロボットを軽く持ち上げると、興味深げに手の中でひっくり返して観察する。
(怒って履帯を回転させる)
本当に変わったものだな。殿下が去ったばかりの頃は、ここもがらんとしていたのに。
今では、面白い人や物事が山ほどいる。そうだろ――
アスカロン。
彼らに心配するなと伝えてくれ。動力エリアは俺に任せておけばいい。
ああ。
アスカロン、ヴィクトリアから戻ってきてから、どうも元気がないな。
……
君の手下のちびたちはどうした?
隔離帯を築くため、外に派遣された。本艦は私がいれば十分だ。
ロドスにとって、暗闇の中に忍ばせた鋭い刃が必要なのは間違いない。だが、君自身があえて沈黙を保たねばならないというわけでもないさ。
時間がある時はおしゃべりしに来るといい。ここには酒もある。
それに、テレシスの話も聞きたいことだしな。
俺はあの英雄の叙事詩の始まりに立ち会い、君はその幕引きを見届けた。見た部分が違うから話せることも多いだろう。
いいだろう。
その考えは、ドクターとアーミヤに時間ができたら、私から伝えておくとする。
ゴリアテは「ブーブーちゃん」をエネルギー動力エリアから外に繋がる通路の前に置いた。
うろつくんじゃないぞ、ここは危険だからな。君だろうと、高濃度の源石環境は容赦しないんだ。
ここでの仕事は、俺が見てれば十分だ。
(慌てて逃げ出す)
ケルシー士爵――何が、君をこれほどまでに緊張させている?
おかしい。敵が配備している兵器技術は予想していたものを超えている。あぶり出されるリスクがあるぞ。
敵は電気信号検知設備を有している恐れがある。ひとまずドローンの伝送機能を切るぞ。
Logos、ドローン画像のリアルタイム伝送は君に任せた。
準備は済んでおる。
「回路」。言葉によって源石回路を刻み、筆をもって蜂の群れが見たものを描く。
Logosの骨筆が浮かび上がり、ドローンが撮影した画面を自動で書き込む。
黄砂に隠れた高機動車両十二台と武装戦闘員が三十一人。
五つの射撃歩哨ポイントはすでにマークした。天幕内には信号遮断設備があると思われる。スキャンはできない。
全員未識別の武器を所持しており、脅威レベルは不明。さらなる状況の確認が必要だ――
Raidian、あとは君に引き継ぐ。こちらはドローンの撤退準備を始めるぞ。
位置についたよ!
少し待って。そちらから私のことは見える?
骨筆が軽く動くと、文字が大まかな人の形を織り成す。
画面を見ている二人に向かって、Raidianが気はずかしそうに手を振る。揺れ動く文字にも彼女の微笑みがはっきりとかたどられていた。
こちらはいつでも君に合わせられる――
大丈夫だよ。九十秒経ったら、あなたのドローンと一緒に撤退するから。
信号が遮断された天幕にズカズカと入って行くRaidianの姿が画面に映り、通信が途絶えた。
ジジッ――
Logos?
望む時に襲撃が可能である。呪文はすでに、風に乗って陣地付近に至っておる。
ジジ――終わったよ。全情報のコピーが完了したからすぐに戻る。
気取られてないよ。対象全員の脳が受信する視覚電気信号を上書きしておいたから。
彼らの目には、いたずら好きな小さなサンドビーストが、砂埃を避けるために天幕に入ってきたように映っているだろうね。
Mechanist、どう? 解析した情報に何か発見はあった?
全ての武器の出所が抹消され、使用者に適合するよう改造が施されている。
だが、こうしたやり方については見覚えがある。ドクターが少し前にこのような珍しい設計について教えてくれた。
これはエーギルのものだ。
エーギル? でも私たちがやり取りしている人も――
いずれにせよ、脅威は排除する。
かような脅威に我々の設備輸送が妨げられてはならぬ。輸送する同僚や、受取相手の注意を引くような騒ぎを起こしてもならぬ。
事は大事に関わるゆえ、誰にも悟られず解決する必要がある。
ダメだ、相手は特殊防護装備で、こちらの物理攻撃にも対応している。
計画的な犯行だ。奴らはこちらの人員の配置まで把握している。
オーキッドさん、後方に下がってください。奴らは明らかに我々の採掘モジュールが狙いだ。
知ってたわ。どうせ残業になるってね。
スポット、ミッドナイトとカタパルトの支援をしてちょうだい。
ポプカル、増援は呼んだかしら?
うん……ポプカル、もう呼んだよ。オーキッドお姉さん、危ない!
フンッ、無駄だ。ほかの奴が――
声!? 誰だ!?
周到に用意をしていたみたいだが、残念ながらアーツへの対処に関してはまだまだ手が回っていないようだ。
……
お、おかしい、なぜお前たちがここにいる――
負傷者は私が手当てします。ですがミッドナイトさんが激しい興奮状態から戻りません。
オーキッドさん、またあなたにお願いすることになりそうです。
彼のことは私が何とかするわ。
ドクターの推測通りだ。我々の行動の情報を漏らした者がいる。
急ぎ終わらせよう。可及的速やかにこの予備採掘艦を近くの移動都市へと運び、エネルギー室を修復する。
その後、迅速に本艦へ戻り、予期せぬ事態を回避する。
Pithお姉さん、どうしてお姉さんたちが応援に来たの?
PRTSから知らされてたのはMiseryお兄さんだったよ……
直感?
出発前に計画を急遽変更するのは……
君たちを信頼している。
Misery、Stormeye、Sharpは別働だ。
状況をPRTSに共有し、同僚たちに通知する必要はあるか?
必要ない。
傭兵が襲撃してくるのは何度目だ?
今日七度目です。
さほど脅威はないとはいえ、この一週間毎日何度も襲撃があるのはさすがに異常です。
カズデルとの境にあたる地帯に入ったばかりだというのに……
連中の死を恐れない様子は、サルゴンでの傭兵たちを想起させる。
信念がまるでない。
Miseryはやたら時間がかかっているようだが何故だ? 予定ではもう帰路に就いているはずだ。
ここからスカーモールまでそこそこの距離があることを理解していてほしいものだ。
付近の道に詳しいとはいえ、それでも時間はかかる。
調査結果はどうですか?
ここ二週間、何者かが複数の第三者を介して、スカーモールのほとんどの注文をこの区域に集中させた。
発注元の身元は全く調べがつかない。うまく隠れている。
つまり、俺たちはただ「運悪く」この傭兵たちに遭遇したってことか。
こいつらの狙いは俺たちではないのか?
恐らくそうです。
出発前にドクターが抱いていた懸念は杞憂ではなかったようです。
皆さん、歩哨所から新たな情報が届きました。
新たな傭兵の行動ルートがこちら側へと移動し始めており、じきに接敵する可能性が極めて高いとのことでした。
はぁ……
Miseryさん、何かがおかしい気がします。
次々にやってくる傭兵は私たちに損失を与えたいというより、むしろ……
時間を稼いでいる。
我々はこの場に残って引き続き部隊の護送を行えます。皆さんは先行して本艦に戻り――
焦るな、フェン。
向こうの計画の思い通りにはならない。
空気が揺れ動いている。
……風?
いえ……あれは、「ライフボーン」!?
空の上、巨大な骨骸が歴史の塵を波打たせながら現れ、大きな影を落とした。
かつてヴィクトリアの混乱の中で出現した巨大な存在――ロドスの多くの者にとって、これが骨骸との初めての対面だった。
……ほんとにすごい……
スカーモールを調査した時、ついでにカズデルに寄り、何人かの古い友人に会ってきた。
あとは彼らに任せよう。
我々はそろそろ家に帰る時間だ。
周囲の可視範囲内にある通信は全部まとめて黙らせたから、そのままどうぞ。
(骨笛を吹く)
ふっ、彼らの武器は私の装置は抑制できても、君の骨笛と呪文に抗うことはできないようだ。
さにあらず。いまだ我の用いる言語の規則を理解しておらぬだけであろう。
かように精妙な武器を創造するエーギルの発想には、我も興味がある。
では少し持ち帰っておまえの分まで分解して研究してみるか。
ちょっとあなたたち! まだ任務中だよ!
前方に少なくともあと三部隊が待ち伏せしてて、私たちじゃ対処しきれない。
秘密裏に片付けるのは無理そうだね。みんなに衝撃に備えるよう知らせなきゃ――
もしもーし、ドクター急便の支援のご到着だよ!
Raidian、Mechanist、位置をマークしておいて。「バッドガイ」号がすぐに駆けつけるからね!
ブレイズ!?
そちらの通信機器を確認してくれ。位置情報を共有した。
了解――
待って、ロスモンティス、私が先に飛んで攻撃を引き付けるって話したよね!?
アーツはうまく制御できるよ。
終わった?
周囲の全ての信号をチェックした。全部片付いたみたいだよ。
えーっと、誰か教えてほしいんだけど……これって一体何?
……
こいつ自爆しようとしててさ、全力でぶん殴ってやっと止まったんだよ。
私たちと機械の受け渡しをするのもエーギルだよね、どうしてロドスの人たちや設備を襲撃してくるの?
ケルシー医師とドクターに判断を任せよう。
人員と設備を無事クレメンティアの部下に引き渡したら、即座に本艦に引き返すとしよう。
こうした状況は迅速に処理しなければならない。
未だ正体の知れぬ漏洩者の件もある。これは始まりにすぎぬであろう。
おかしいなぁ、PRTSの応答速度が遅くなった? あたしの気のせい?
いやいや、もう一回チェックしてみよっと――
PRTS、直近二週間の全てのバックグラウンドログを出力して。
うんうん、ここは問題なしで……こっちも問題ないね……
――あれ、全部問題なし?
……