解離結合 15-21・幕間
大地と片隅の居場所
情報統合ホールの場所は……あれ? ここじゃなかったっけ?
あんたも帰ってきてたのか!?
ホールはこっちだ、ついてきな!
本艦のトランスポーターからメッセージを受けて、急いで帰ってきたんだよ。
人がいっぱい……みんな帰ってきたんだね……
そうなんだ。本艦の内部構造は改良され続けてるけど、みんなそれでも迷っちまってな。
案内標識は印刷してあるから、後で貼っておくよ。
最初本部が移動区画に移るって知った時は信じられなかったよ……あの事件で具体的に何が起こったのか調べる権限も私にはなかったし。
源石に異変によるものだって聞いたよ。当時船に残っていた同僚たちが緊急措置を講じて、やっとみんな撤退できたって。
ハッ、心配することは何もない。ドクターが言ってただろ、元の船はきっちり掘り出すってな。
そうだね……来る途中でアーミヤに会ったよ。ケルシー先生の状況も聞いてみたんだ。
詳しいことは何も言わなかったけど、心配しなくていいって慰められちゃった――
元々はこっちから彼女を慰めようと思ってたんだけどな……
レッドはいまだ希望を抱いていた。
彼女は遠くの暗がりに隠れ、ポケットにはまだ乳歯が保管された袋が入っている。
本当はケルシーが帰ってきた時にこっそりそれを彼女のポケットに入れようと思っていた。だが帰ってきたのは別の人物だった。
……
レッドは今日ケルシーに関する知らせを耳にすることを期待していた。ドクターとMon3trがずっと何かをひそかに研究していることを彼女は知っていた。
えっと、その……ワルファリン先生? 話しをしにきてくれるのはドクターじゃありませんでしたっけ?
何をそう緊張しておる?
単に医療部の論文を共有するだけだというのに。
Dr.は、ほかに大切な用があり身動きがとれなくてな。それに妾より適任はおらぬ。
この重要な論文の著者の一人は妾の患者、名はクロエという。
少し前にロドスで起きた事件の中で、彼女は極めて重要な鉱石病研究の成功に貢献してくれた。
この研究は、当時の妾たちが置かれた状況を好転させ、そして同時に鉱石病の変化に注意を払う全ての医療従事者に対して警鐘を鳴らすこととなるのが定められていた。
毎回話を始める前に、妾たちは常に各著者について詳しく紹介するようにしておる。その者たちの経歴や、成果を……
だがクロエについて詳しく紹介しようとしても、どこから話し始めればよいかわからぬ。
彼女の経歴に、ことさら目立つものはない。彼女を診てきた三年の間、過去を深く理解する必要はないと考えていたくらいには。
注釈として、妾が残した記述も極めて乏しい――
ヴィクトリアの感染者。主治医の指示をあまり聞かず、手作りの時計を使って病室内で騒音を立てるのを好む……
彼女はこの実験において重要な仮説を提案し、貴重なサンプルを提供した最初の研究リーダーでもある。そしてそのサンプルとは――
彼女自身であった。
……彼女は妾に、自分を傷つけてくれと願い出た。そして、客観的に生じる変化からより正確なデータを出してほしいと。
発表会に参加した多くのオペレーターにとって、これほど真剣なワルファリン医師は新鮮だった。
初めは発表者が彼女だと知って、こっそりと抜け出そうとしていた者もいた。
しかし最終的には、誰一人去ることはなかった。彼らはクロエの自己犠牲を尊重し、またあの事件の中でロドスが一体何を経験したのかを知りたいとも思っていた。
彼女を診た医師として、彼女の決定は支持できない。
しかしロドスの一員として、ロドスを助けてくれたその勇気に感謝しておる――
き、決めました……
やはり、あなたの大地に戻りたいの?
はい。
それは、あなたがいずれ再び死に直面することを意味しているわ。
死は本来、あらゆる生命の終点です。
私はここで想像もできない「神様」にたくさん会いました。そして多くのことを教わりました。
帰って同胞に教えてあげたいんです……
終わりは定まったものだとしても、彼らが崩壊や死に対して恐怖を抱いたまま暮らす必要はありません。
もしかしたら、源石がもたらす恐怖を取り除く方法が見つかるかもしれません。
それが、あなたの求める全てなの?
はい。
コータスがプリースティスをしっかりと見つめる。彼女から見れば多くの奇跡を創造したその人が、自分の手を取った。
ならば一緒に行きましょう。
おうちへ送るわ。
……
まだここに未練があるの?
コータスは頭を振った。
また、お会いできますか?
私は予言者じゃないもの。あなたの未来は見えないわ。
プリースティスはコータスの手を引き、その巨大な構造の影の中へと入っていった。
彼女たちは数多の文明が沈黙する終わりへと、新たな希望を孕む始まりへと歩んでいった。
……?
コータスの目が暗闇から再び光に慣れた時、彼女は砂埃が帯びる匂いを嗅ぎ取っていた。
ここは自分のテラであると、彼女は確信した。自分は故郷に帰ってきたのだ。
手の平の温度も感じられた。しかしここには彼女一人しかいなかった。
あなたは……行ったのですね。
この荒野に他に人がいるなんて――
……彼女に助けを求めてくるわ……私たちよりもひ弱そうだけど……
うん、痛いのはわかってるわ……助けを見つけてくるから、待ってて……頑張って耐えて……
コータスは慌てて駆け寄ってくる人を見た。
あ、あの、近くの区画の病院に連絡を取ってもらえないかしら――い、いえ、それじゃあ間に合わない――
それか抑制剤を持ってないかしら……見た限り、あなたも感染者でしょう……
採掘労働者は焦ったようにヒアダの手を握った。まるで最後の希望を掴むかのように。
……
彼女に抑制剤はない。どうすれば一番近くの病院に連絡が取れるかもわからない――
だがこのまま同胞の希望を消したくはなかった。
何か困り事ですか? 案内してもらえますか?
もしかしたら力になれるかもしれません。
もしかしたら。
ありがとう! 本当にありがとう!
兄さんはあっちにいるの!
二人は足早に向かい、視界を遮る丘を回り込んだ。その瞬間、目の前に広がった光景にヒアダは唖然とした。
大きく大地が割け、谷ができている。巨大な源石結晶が断崖の間に挟まっていた。
分厚い結晶越し、クラスターの中に巨大な物体が閉じ込められているように見えた。
船?
あ、あれは一体……何ですか?
ここで偶然新たな鉱脈を見つけて、登録前に少し採掘してみようと思ったの――
質が非常に良いし、そ、それに中にはもっと価値のあるものがあるかもしれないから……
だけどまさかこんなことが起こるなんて! 何かがこっちをじっと見張ってる気がするし、兄さんも事故で急性感染してしまって――
(苦しそうに泣き叫ぶ)
非常に深刻な状況です。わかっていると思いますが、彼は間もなく崩れ始めます……私にはどうしようもありません。
こ、このまま放っておくなんてできないわ。家にはまだ十三人の兄妹が私たちを待ってるのよ――
よく聞いてください。あなたはすぐにここから離れる必要があります。今すぐ、できるだけ遠くに。
で、でも……
振り返らないで、我が同胞。行ってください。
こういった状況は対処したことがあります。任せてください。
(苦しそうに話す)……行け……
……
あなたの苦痛は理解できます。目から光が失われる時の恐怖も私は知っています……
私も経験したことがありますから。
(驚いたようにつぶやく)
私にできるのは、終わりを迎えるあなたに付き添うことだけです。
コータスは、死にかけの男のすでに硬直した手を握り締め、最後のぬくもりを与えようとした。
我が同胞よ、あなたの苦痛が少しでも軽くなりますように。
痛みが、き、消えた……
……!?
コータスには何が起きたのかわからなかった。石は、まだ死にかけの男の体で確かに広がっている。
しかし黒い石はだんだんと純化していき、オレンジ色の光まで放ち始めた。
ど、どうやったんだ――!?
もう痛くないぞ、なぜだ……
驚きの中にある男は自分の体を動かし、事故に遭遇する前と全く同じであることに気付く――
いまだ、ゆっくりと成長する源石があることを除いて。
いつの日か、彼の全身は源石に取って代わられるかもしれない……
その日が訪れた時、彼はどうなるのだろうか?
体が回復しているのを感じる。なんて不思議なんだ……
俺は、死から逃れたのか?
彼は、呆然と目の前のコータスの少女を見る。しかし彼女の目も同様に驚きに満ちていることに気付いた。
――あなたが私の願いを叶えてくれたんですか? それとも……?
会いたかった人物はいなかったが、崖の頂に立って自分を遠目に見ている人影を彼女は捉えた。
……
そして、彼女たちを遠くから見ていた人物は身を翻して去った。
――この論文は妾自身にとっても、多くを意味しておる。
クロエの意志が、ロドスが何のために存在しているのかを、そしてケルシーがなぜ我々の道を貫いてきたのかを今一度妾に思い出させてくれた。
これまでのどの段階とも異なる。今のロドスは鉱石病がもたらす苦痛の解決を試みる製薬会社であり――
源石問題の解決を試みる製薬会社でなければならぬ。
妾たちは絶望している者たちに希望を与え、彼らもまた希望でもって妾たちに報いてくれる。
この論文はロドスからクロエへの敬意であり、妾たちの約束でもある――
――ケルシーに対する約束だ。
あなたが駆け付けた時には、ワルファリンの演説は終わっていた。
自分の代わりに話してくれて感謝する。
クロエは尊敬に値する人物だ。
医者を救った、偉大な患者だ。
そちらは終わったのか? なんだかうれしそうだが。
こちらも、いくらか進展があった。
そうなんです、ワルファリン先生。
Mon3trの協力のおかげで、ケルシー先生が残した数々のデータの中からいくつか重要な情報を見つけました。
それはつまり……!?
Mon3trから伝えてもらおう。
ワルファリン先生! 方法を見つけたぞ!
彼女との接続はすでに切断されたが、私の脳内には、まだ彼女の基本的な生体識別信号とニューロンデータが保存されているんだ。
そうした情報と、今までずっと彼女と共有していた思考ネットワークを合わせ、さらに十分なパワーを持つ大型生命維持装置さえあれば、理論の上では私たちは彼女を――
待て待て待て、落ち着け! そなたは一体何が言いたい?
つまり、理論上の可能性ではあるが……
石棺の力を借りれば……
ケルシーを連れ戻せるかもしれないってことだよ!
やはり、ケルシーがそう簡単にくたばるはずがなかったな……
だが、石棺? 前にロドスにあったあの装置か?
ウルサス。
まるで……最初に戻ったみたいですね。
これは簡単なことではない。ウルサスは今なおロドスにとって危険に満ちた場所だ。
だがケルシーがテラ各地の事務所に予備策を残している。目下の急務は全ての事務所間の通信を可能な限り早く復旧することだ。
これからの行動には、彼らの力が必要となる。
まずはウルサスエリアとの連絡を回復せねば。
その後、ケルシーを連れ戻す方法を見つける。
今のテラはこんな姿だったのね。
「コロッサル主鉱脈」? あの源石って、今こんなふうに呼ばれているのね。
うん……これは次の計画を支えるための合理的な選択になるかもしれないわ。
源石の拡大レベルは私たちの想定を遥かに下回り、AMa-10も多くの面倒事をもたらしたわ。
プロジェクトの進捗を早めなければならない。時間は本当に残り少ないもの。
この星の進化は、あまりに遅すぎる。
どうやらより過激な手段を講じる必要があるわね――
彼女は源石に封じられたAbyssの、さらに深部へと入っていった。
……現状はPRTSを使用してのアクセスは無理みたいね。
うん、もしかしたら――
随分と歩かせるじゃねぇか、サンクタ。
なんだ、お前たちみたいな連中が、いつから賞金を狙うようになったんだ?
口数が多いな、サルカズ。
罪のないシラクーザのキャラバンを襲おうと決めた時から、お前たちの末路は決まってんだよ。
ただあそこはカズデルの国境に近すぎるからな。教皇が表向きの平和を良しとして旗を振ってんなら、俺も規定に反する理由はねぇ。
この辺りでいいだろう。
俺に言わせればお前たちは家から離れすぎた。
傭兵、お前たちはカズデルとかいうクソみたいな場所に一生引きこもってるべきなんだよ。
チッ。
オレンが銃を構えた。
……?
……は、外れた?
お――お前――
手元が狂った。次はない。
お前は俺を恐れるべきだ、サルカズ。終わりだ。
待て! おい――
テメェ、一体何の化け物だ!
オレンは疑問に思いつつも、引き続き銃を構える。そこで銃の金属面に映った自分の姿が目に入り、彼は衝撃を受けた……
頭上の光輪が狂ったように明滅している。
あまりに現実感のない光景に、オレンは放心した。銃に映った自分と、目の前で処刑されようとしている悪魔は――
瓜二つだった。