相変臨界 17-4・戦闘後
沈黙する生命たち
――
――将軍!
ヘラグ将軍!
む?
ふう……はあ。
歩くのがお早くて、追いつけないところでした。一つ前の角で鞘が見えたので後を追ってみれば、もう別の通りを歩いているんですから。
近衛軍の基礎訓練は、これよりも遥かに厳しいだろう。
……最近の私がたるんでいたようです。
それで、何の用だ?
実は、ずっと将軍とお話しする機会を心待ちにしていたのです。
あなたのお仲間様を見送って私の任務は終わりましたが、そちらはいかがですか? これからどちらへ?
日が暮れる前に、新設された感染者治療センターに戻るつもりだ。
慎重でいらっしゃいますね。ですが、少なくとも白昼堂々彼らの安全を脅かす輩が出ることはないかと。
いいや……暇を持て余した老人が、自分にできる手助けをしようと考えているだけだ。
あの施設にはたくさんの子供たちがいるのだが、同僚は私が……彼らの相手をするのに向いていると考えているらしい。
では、お時間があると理解しても構いませんね。
なに?
それと、こちらはあなたがお書きになった本ですよね?
ヘラグが反応する間もなく、若者はボロボロになった糸綴じの本を彼に差し出していた。
ふと一陣の風がそよぎ、本を包んでいた気休め程度のブックカバーをめくった。
表紙を押さえる彼女の手が少しだけ強張った。それはただ経年劣化した残片を押しとどめようとしているように見えるが、実のところ単に待っている間の彼女の緊張の表れかもしれない。
風の音の中、年長者はその本のタイトルを目にした――
『止まらぬ行軍』。
ウルサスは残さないだろうと思っていた。いかなる――
(小声)……いかなる版もあの粛清で処分されたものだと思っていた。
答えてはくださらないのですね。とはいえ、あなたの反応で私の推測はある程度裏付けられましたが――
だが、それは私の著作ではない。
ですが、この本にはあなたの名前が記されています。それはご存じでしょう? あなたはウルサスの戦争の歴史を記した書籍にも名を残すほどの偉大な軍人でしたが、今は――
君は揺るぎない事実を見つけたと考えているようだが、力の使い道を間違っているようだ。
君の父にも同じことを話したが、私は己の身分と名誉の回復をウルサスに求めていない。その代わり、帝国に再びこの身を捧げることもない。
私がこの地に現れ、出歩くことをサンクト・グリファーブルクが黙認しているのは、彼らが無力な亡霊など気にも留めていないからにすぎない。
君が誰を探しているにせよ、その者はここにはいないのだ。
……
ガントレットが表紙にさらなる傷を刻む。幸いなことに、彼女はすぐさまそのことに気づき、それ以上の破損は免れた。
アロイジウスは本をしまい込むと、次に何を言うべきかと考えを巡らせる。
でしたら……
でしたら、ほんの少しだけあなたと同行させてほしいとお願いしたら、どうなさいますか?
どうしても急ぎで子供たちの相手に向かう必要がある……というわけでないのなら、もう一つ、お見せしたいものがあるのです。
貴重なお時間を、そう長くはいただきませんので。
ここでいいわ。
ここまで送るだけでも、あなたは十分に危険を冒しているから。
早く戻ったほうがいいわ。迎えの人を待たせてしまうでしょうし。
私には手足があるんだから、当然自分が行きたいところへ行く。今は私こそが本物の「自由民」になったのよ……
……ふっ。
もしかしたら、ウルサスを離れてカジミエーシュで競技騎士をやるかもしれないわね。
あそこがまだ、感染者騎士を受け入れているならの話だけれど。
愚かなことを言わないで、スチョーパ。
私はもう感染者よ。鎧よりも硬くて曲げがたい事実だわ。
だけど、あなたが過去に未練を持っているのなら、終わりの儀式をしましょう。最後にもう一度、あなたは背中をこっちに向けて、そのまま戻って。
あなたの船に、まだ健康な兄弟姉妹の所に戻るのよ。
「大祖母様」の声が聞こえるまで――死が訪れるその時まで、あなたと私はもう会うことはない。
――を覚まし――
目を覚ましました!
……そうか。
こちらに連れてこい。
くそっ、こいつ、駄獣の成獣より重いぞ。一体何を食って育ったんだ!
とっとと起こさないと。元帥がお待ちなんだ――
*ウルサススラング*!
意識が混濁しているようだな。激しい拷問をしろと命じた覚えはないのだが。
はい、元帥。我々はご命令通り、水責めの拷問に留めました――すべてはこいつに罪を認めさせるためです。
それで、目的は果たせたのか?
いえ……
では、私自ら試みる必要がありそうだな。
君たちは彼に手を貸してやれ。
我らが親愛なる少佐を床から立たせろ。いつまでもあの無様な姿のままにさせてやるな。
待て、この動きは――こいつ、また逃げる気だ! 早く押さえつけろ!
全員、しっかり押さえていろ! 気を緩めるな!
ぐっ、なんて力だ。手持ちのものを全部取り上げておいて正解だったな。
よし、そのまま動かさないように。そうだ、それでいい……ご苦労だった。
スチョーパ・ラージン、顔を上げろ。
うっ……
誉れ高き……エフゲニー総司令……
申し訳ないのですが、自分の何があなたの怒りを買ったのか、まったく見当もつきません。
君は私を怒らせたわけではない、ラージン少佐。ただ君の虚言と忠誠心の欠如が、私を失望させただけだ。
だが、前線で命を懸けて戦う第四軍の全将兵に示しをつけるためにも、私は君の背信行為に対し、然るべき対応をとらねばならない。
答えてくれ。君自身と、君の戦術兵団「セーチン」は、これまでに何度も感染者が軍営から脱走する手助けをしてきたのか?
俺は感染者を助けてなど――
そうだな、君は感染者を助けたわけではない。君が助けたのは、不幸にも鉱石病に感染した戦友だ。そうだろう?
……違います!
俺がやったと証明できるような証拠も見つからないと思いますよ。
確かに君たちは慎重だったが、何事にも見落としはあるものだ。戦時中に感染者兵士の脱走を手助けするのは、今回が初めてだったのではないか?
君たちの行動はあまりにも性急すぎた。ウルサス族以外の兵士が軍営でどれほど目立つか、どれほどの人間が君たちの行動に目を光らせているかを忘れてしまっていたようだな。
まさか忘れるわけないでしょう。だからこそ、そんな日々を過ごす中で、脱走兵となる選択をしても何一つ不思議ではないんですよ。
……
――そのため、彼らにさらなる重い罪を科し、感染者という汚名を着せる必要がどこにあるのか、まったく理解できません。
もし彼らを捕らえ、裁判にかけようというのであれば――ゴホッ、ゴホッ――自分の監督不行き届きでもありますし、もちろん全面的に協力しましょう。
しかし、俺にまで適当な重罪を着せようと考えたところで……
あなたがどれだけ噂話を知っていようが、そんなものは軍事法廷で俺を追い詰める事実の証拠にはなりません。
あなたはお望みの返答と確証が得られるまで、俺をこのまま痛めつけ、拷問し続けることしかできないでしょう。
もっとも、それで望みは叶えられませんがね。
そうか……
では、当事者から聞かせてもらうとしよう。
……当事者?
……スチョーパ……?
ゴホッ、ゴホッ!
嘘だ。
そんなはずはない! 俺はあいつを逃がしたんだ、この目で確かに――
ごめんなさい、スチョーパ、私……
もういい、切れ。
彼女は捕まった後、即座に君たちを守るため自殺を図った。彼女の一命を取り留めるため、私は随分と苦労させられたよ。
――!
しかし残念ながら、仲間を想って一人で背負い、勇気を奮った彼女の行為を、君は裏切ったということになるな?
……
彼は罪を認めた。拘束を解け。
では、裏切りの代償について話すとしよう。
彼に上着を。
私の艦で誰かが凍え死ぬのを見たくはないからな。
それはそれは、お慈悲に感謝いたします……
総司令閣下。
そのわざとらしい態度は不要だ。君が何を言いたいかはわかっている。
君の忠実な副官が護送され、前線から離れた後も駐屯地の近くをうろついていなければ、私の部下も彼女を捕らえることはできなかっただろう。
君たちの手際は悪くなかった。だが、周到さが足りなかったな。
……
あいつは本当に自殺しようと――
ああ、もう一度彼女に話を聞くか? 短剣で自らの胸を貫いたせいで、未だ満足に話すこともできない有様だが。
使用した短剣は軍の支給品ではなく、君たち各々が一本ずつ持っている手製の武器のようだ。
そう言いながら、エフゲニーは何かを思い出したかのように手のひらを広げると、傍らの従者がすかさずその手の上に銀白色の短剣を置いた。
エフゲニーはそれを手に取りしばらく見つめた後、突然手の力を緩めて床に落とした。
スチョーパは、床に落ちた銀白色の短剣をじっと見つめる。
暗闇の中でも、彼にはその鞘に刻まれた赤い呪文の痕跡が見えた。肌身離さず持ち歩き、使い込んだことで名前はかすれてしまっていたが、彼の目にははっきりと見えた。
貴様――
見覚えがあるだろう。
……それで、さっきの「協力」ってのは?
第三軍と第七軍の前線付近に落ちた「爆弾」のことは、覚えているだろうな?
「セーチン」にはそれを奪ってきてもらいたい。
あれはもう爆発した。駐屯地にいた人間なら誰でも知っていることだ。それとも灰をかき集めて献上すれば、閣下にご満足していただけるとでも?
……
君たちのような常日頃から死と隣り合わせで生きている人間であっても、目の前にある危険は見えないようだ。であれば、この戦争のすべてを俯瞰しろと求めるのも酷か。
許してやろう。
よく聞くがいい。ウルサスの敵は、命令を受けて我々と戦っている第二軍ではない。常に頑迷な帝国議会こそがウルサスの敵なのだ。
反乱、内紛、潜入工作、そして腐敗。その掃除に、私はあまりにも多くの時間を無駄にしてきた。事態を本来の軌道に戻さなければならないのだ。
そのための第一段階として「セーチン」の主力艦「リヴァーノフ」を、第一軍駐屯地の周辺都市へと直接派遣する。連中の兵器開発エリアへ乗り込み、あの代物を奪い取るのだ。
……正気か!?
中央区の境界を越える際に、敵の自動防衛システムに探知される懸念はさておくとしても……我々の前方に展開している第二軍の先鋒大隊だけでも、船を撃沈するには十分すぎるくらいなんだぞ!
私が何も準備しておらず、奴らの軽蔑に「礼」をするつもりもないとでも? 十二月に帝国議会がしでかしたことに対しては、十倍、百倍にして報いるつもりだ。
まさか、すでに第二軍と話がついているのか?
言葉を慎め。また、それは君が詮索していいことではない。
はいはい、あなたに「何らかの準備」がおありで、第二軍が我々の行動を阻まないとしても、周辺都市に近寄った後はどうしたらいいんですか? 我々はアレについて何も知りませんよ。
私が下す軍令を粛々と実行すればいい。その後の行動については、然るべき時に私から指令を出そう。
いくらなんでも情報が少なすぎます。部下の安全を守るためにも、計画の全体像が必要です。
そうは言っても、私の忍耐にも限界があるのだ、ラージン少佐。
一つ勘違いを正しておこう。これは「協力」ではない。脅迫だ。
ゆえに、これが本当にただの自殺行為に等しい作戦だとしても、君と君の兵団にそれほど選択の余地は残されていない。
もっとも、君の副官や、これまで君たちが逃がしてきた大勢の感染者たちが、捕らえられた後に「罪を恐れて自ら命を絶つ」のを、このまま黙って見過ごすつもりなら別だが。
一つ強調しておくが、私は彼らのうち大半の行方をすでに把握している。
「セーチン」はあなたにとって一体――
どうか理解してくれ、ラージン少佐。私もこれまで幾度か、文明的な手段で君たちを扱おうとしたのだ。しかしその結果はあまりにも……期待外れだった。
異種族の寄せ集めである君たちを第四軍に受け入れた時、君が私に何を約束したかをもう忘れているようだな。
特殊戦術兵団「セーチン」の独立した立場を維持することと引き換えに、君たちは私、そして第四軍に対する絶対的な忠誠を永遠に誓うと言ったはずだが。
もはや複数の軍の間で揺れ動くことも、不敬や反逆の噂が立つことも許されない。命じられた時は駄獣のように従順に、噛み付く時は牙獣のように凶暴であり続ける! そう誓わなかったか?
……今の姿を見てみろ、君たちはそのうちのどれか一つでも果たしているのか?
へえ、つまり離婚裁判みたいに過去のあれこれを引っ張り出す気だと。それなら話してあげましょうか。
遡れば、これまで陰から行ってきた支援は全部、あなたへの忠誠のためです。最近でも、「セーチン」は十二月の暴動への対処や、似たような汚れ仕事を数え切れないほどやってきました……
誰もやりたがらない「斬首作戦」も含めてね。
それがこの期に及んで、あれもこれもすべてあなたの中ではなかったことにすると? 誉れ高き――総司令閣下?
当て擦りはよせ。
行軍中に犯した職務怠慢の数々は、とうに君自身と君の部隊を十回以上も軍事法廷に送り、縛り首にできるほどだ。
直近の例を挙げると、君の忌々しい臆病さがなければ、クライニ・セーヴェルへの遠征は完璧な軍事作戦となり、あの場から誰一人として生きて逃げ延びることはなかったはずだ。
しかし当時、君は通常ではあり得ないことに、呼びかけに応じることなく、適切な時に掃討すべき土地を放置し、身を隠す害虫を四方に残した。そのような落ち度があっても、私は容認した。
その後の暴動で、君たちは短期間ながら自分たちにまだ利用価値があることを証明した。たとえそれが君の部隊の兄弟姉妹を犠牲にすることであったとしても、君は甘んじて受け入れただろう。
……
要するに、私は君に三度目のチャンスを与えているということだ、ラージン少佐。
無駄にするな。
ゼルグラード接続エリア 林の中
自分の位置につき、整然と列に並べ! 森を抜けて街に入ろうなどと考えるな!
捕まった者は即座に資格を剥奪し、東部採掘場送りにする!
次の方、どうぞ。
俺! 俺だ――俺の番だ!
やっと……
次、前へ。
……感染者に、坑夫……ゼルグラードが必要としているのは、我々のような技術者ではないのか?
はあ。もうあいつらとは顔を合わせたくない。今は私自身も感染者になってしまったが……あいつらと同じ列じゃなくてよかった。
気を取り直しなさいよ! 中に入れば、きっと生きていく方法が見つかるんだから。
「ゼルグラードは新しい時代のトゥーリスカヤ、ウルサス最大規模の工業地帯になるだろう」。荒野を疾走するトラックの広告にも、そう書かれていたでしょ?
かつて帝国の砲弾はすべて、トゥーリスカヤで生産されていた。今後は帝国の精密チップがすべて、ここゼルグラードで生み出されるのよ!
こういう建設事業への参加を許されるなら、それは感染者であっても、私たちは必要とされているということ――
つまり私たちの頭脳がどれほどの価値を持つかを、元帥が真の意味で理解したということよ。
……
ほとんどが感染者ね。
姉ちゃん、どうしてこっちの列に並んでるんだ? あんたは、その……貴族みたいな格好だが。
「みたいな」で済んでよかった。
え?
あなたたちも、ゼルグラードに入るために並んでいるの?
ああ、さっきこの列の坑夫が一人入っていっただろ? 西部の採掘場から来たって話だが、もしかしたら、あっちも北の方と同じように閉鎖されちまったのかもしれないな。
まっ、ここに並んで順番が来ても、その先にはまだ関所がある。あいつらが本当に入れるかどうかは、結局運次第だろうな。
ゼルグラードはこれまで、たとえ陛下の勅令であっても、感染者を受け入れたことはなかったはずだけれど。
俺も不思議に思ってたんだが、街にいる親戚が最近工場で人を募集してるって聞いたらしくてな。その人から仕事を探しに来いって言われたんだ。
俺はただの源石ストーブの修理人だから、どうせ役に立たないだろうと思いつつ様子を見に来てみれば、まさか接続エリアでこんなに大勢の感染者を見るとはな。
……ああ、でもあれのせいかもしれないな。
そこまで言うと、作業着を着た男は警戒するように辺りを見回してから、彼女に向き直って話を続けた。
(小声)なんでも、鉱脈の中の源石が全部消えちまったって噂だ。
私の知る限り、少なくとも南東の採掘場にはまだ源石があるはず。
その辺は、俺にはわからんが……昨今、どこもかしこも混乱してるからな。でも失業した感染者を好き勝手に出歩かせるわけにもいかないし、どこかに彼らを収容する場所は必要なんだろう。
それであんたは、どうしてこんなところに? さすがに感染者じゃないんだろ。
……いいえ、感染者よ。
気にするなら、ここを離れて他の列に並び直すけど。
離れるって言っても、そもそもここにいるような身分じゃなさそうだが――
傭兵か?
退役軍人よ。
所属部隊の番号は?
47800。
特殊部隊か?
皇帝陛下は約束した。「特殊」扱いはないと。
……だがお前はクランタだ、ウルサスじゃない。
まあいい、ついてこい。
なぜ私をここへ?
貴族には「専用ルート」がある。
でも、あなたは私が誰なのかを知らないわよね。
退役軍人か、少尉か。公爵か、侯爵か。跡継ぎか、隠し子か。私にとってはどれも同じだ。
お前は感染者になったのだ。今ゼルグラードに入りたいのなら、まずはここで待っていろ。
身元の確認が取れ次第、街へ案内する者が迎えに来る。
話しているのは誰――
なんてこと! グリーシャ、貴族の方をそんな風に扱っちゃだめでしょう!
どうやらその辺については、お前の方が詳しいようだな。なら、彼女のことはお前に任せる。
……
ええと……お嬢さん……
シルカ。
ああ、シルカさんと言うのですね!
ええ。
あっ、そうでした。先ほどグリーシャがお伝えした通り、ここでお待ちいただくことになります。
つまり、ゼルグラードは本当に門戸を開いて感染者を受け入れたのね。
これまで第一軍が陛下の命令に従ったことなんてなかったのに、なぜ今になって?
正直なところ、私もよく存じ上げていないのです……ですが、おそらく若将軍に関係しているのではないかと。
それは、武勲の一つも立てていないのに、第一軍の誰もが「将軍」と呼んでいる、あの子供のこと?
ご存じだったのですか――
軍人たちの雑談の中では、それなりの有名人だから。
若将軍について、こうして噂話をしてはいけないのです。やっぱりやめておきましょう。
誰も聞いていないわ。
なぜわかるのですか?
私のアーツ。今ここで、あなたが外に向かって「元帥、あんたのろくでなしの息子を殺してやる」と大声で三回叫んでも――
しーっ!
……誰にも聞こえない。
シルカは相手に合わせ、素直に口をつぐんだ。テントの外からは変わった音一つせず、近くに駐屯する兵士も反応する様子はない。
(首を横に振る)
でももしかすると、盗み聞きしている人がまだ耳を疑っているだけかもしれないじゃないですか。
話したくないなら無理強いはしないけど、ただの雑談よ。家に帰ってキッチンでラジオをつけて、水を飲みながらベランダの植物に話しかけるのと同じ。
……
では……何をお聞きになりたいのですか?
あなたが話したいこと全部。
うーん……
だったら、その若将軍の話から始めるのはどう?
それなら、私の推測を話しましょう。
ゼルグラードが門戸を開いて感染者を受け入れ始めたのは、若将軍のためだと思っています。
それがあなたの見解なのね。理由は?
(小声)若将軍も感染者になったからです。
……正直に話してくれてありがとう。
おそらく私はただ……あの人の脅しを受けない誰かに、このことを知っていてほしかっただけなんだと思います。
……
私の兄も、かつては若将軍の親衛隊の一員でした。あの人が感染する原因となった暗殺未遂事件の後、兄は仲間と共に刑に処され、両手両足を切り落とされて失血死したのです。
……そして、弔慰金を届けに来た人は、兄が殉職したのだと言いました。カジミエーシュの遊撃隊の爆弾を踏んで、遺体は見つからなかったと。
……
本当に遺体が見つからなかった方が、いっそよかったかもしれません。
結局は見つけてしまったのね。
私たちの母は衛生兵で、よく遺体の回収も担当していました。
その後の話は、言わずとも想像がつくでしょう。
……お悔やみ申し上げるわ。
それでも、生きていかなければいけませんから。
一つ聞かせて。若将軍はどこで襲われたの?
ゼルグラード中心部の大通りです。白昼堂々の襲撃で、下手人はその場で殺されました。
その若将軍が、またこの街に戻ることを選ぶなんて。
ええ、私も思いもしませんでした……
重い話をしてくれたわね。
申し訳ありません。
謝るべきはあなたではないわ。お返しにいくらか軽い話をしましょうか。
外の列、今は感染者と非感染者が混ざって並んでいるのを知っている?
本来なら、非感染者には専用の列があるべきじゃないの?
――!
なんてこと! す、すぐに確認してこないと!
シルカさん、申し訳ありません。グリーシャが戻ってくるまで、ここでお一人でお待ちください――
……
ごめんなさい。
失礼。身元は確認できたが、通行の許可は出せないことになった。
名簿を確認したところ、お前は脱走兵のようだな。我々はお前を第四軍に引き渡さなければ――
……あれ、さっきの奴はどこだ?