相変臨界 TR-28・戦闘後
責を問えず
苦しみのない永遠の地……それは、古き神話が未来に託した究極の願い。
だけど、誰一人として予測できなかった。私たちの視線が宇宙の果てに届いた時になってやっと、「未来」そのものが高望みであると気づくことになるなんて。
Dr.……今のあなたに、この星に広がる惨状をその目で見てきたあなたに――
今更、どんな未来が描けるというの?
はあ……
PRTSの機能は制限されて、PCSシステムは完全に破壊され、DWDB-221Eも失ってしまった……私たちが使える手段はもう多くないわ。
あなたたちは、かつてこのような結果を予想していたの?
フリストン、エド、ルゥ……
同じものを目指して一緒に動いていた昔が懐かしいわ。あなたたちが希望をもたらす答えを導き出してくれるのではないかと期待したこともあった……
本当に残念よ。あなたたちの行いは尊敬すべきものだけど……その努力がすべて徒労に終わってしまったことを時が証明してしまったのだもの。
……とても、残念。
だから最後に、もう一度遺産を使わせて。あなたたちは最後まで私の設計した未来を受け入れてはくれなかったけど、少なくともこれで「未来」への繋がりは途絶えないのだから。
もしかしたら、未来でまた会えるかもしれないわ。
ロドス新本部 オペレーター宿舎
1101年12月初旬
……
夜も深まった頃。
眠れそうにないアーミヤは、静かにベッドの縁に座っていた。
部屋は真新しく、空気も澄んでいる。
この小さな空間は、艦船だった時の自室とそっくり同じレイアウトになっている。そのため、アーミヤはこれまで無意識のうちに培ってきた習慣を変える必要もなかった。
しかし居を移してからというもの、アーミヤはまだ一度も落ち着いて眠りにつくことができていなかった。
かすかなため息が一つこぼれる。
アーミヤ……
テレジアさん? いえ、呼んだわけでは……
……あの……やはり、聞こえてしまったんですね。
アーミヤ、私はあなたの意識の中に住んでいるのよ。自分にまで嘘をつく必要はないわ。
私……
もうだいぶ遅いわ。眠らなくていいの?
Mon3trさんやクロージャさんが……ケルシー先生を連れ戻すための理論が正しいかどうか、最終実験を行っています。
直接何かを手伝えるわけではありませんが、だからと言ってこのまま自分だけ休むのは気が咎めて……ドクターには、ちゃんと休みますって約束はしたのですが。
でも……
アーミヤ、もし誰かに話を聞いてほしいのなら、私がいるわ。
ケルシー先生を連れ戻すために、Mon3trさんをはじめ誰もが全力を尽くしてくださっているのはわかっています。ですから、私もしっかりとしないといけないんです。
すごく不思議な気分なんです……あの日、事件が起こった時に、私は本当にケルシー先生を永遠に失ってしまったのだと思いました。
でもその後、Mon3trさんが現れて、ケルシー先生を連れ戻せる可能性があるって、まだ一筋の希望は残っているって教えてくれたんです……
この感覚はまるで……ロンディニウムの廃墟で……ふたたびテレジアさんの姿を見た時のようなんです。
あの時の自分の気持ちを、今でもはっきりと覚えています。決して喜びなどではなくて……
すみません……テレジアさん……
大丈夫よ、アーミヤ。
私たちはテレジアとはもう、きちんとお別れしたんだもの。そうでしょう?
はい……
私、わからなくて……本当にケルシー先生を「連れ戻す」ことに成功したとして、そのケルシー先生は、私たちのケルシー先生なのでしょうか? どうしても、そう考えずにはいられないんです。
ケルシーは他の人とは違うわ。アーミヤ、あなたはそれをよく知っているはずよ。
今回のようなことがケルシーの身に起きるのは初めてではないと、Mon3trも話していたでしょう。
私たちが奇跡だと思っていることが、本当に起こりうるかもしれないわよ?
今までずっとケルシー先生を家族のように思っていたので、私たちとは違うということがどうしても想像できないんです。
テレジアさん、もっと昔のケルシー先生とのお話を聞かせていただけませんか?
テレジアさんから見て、ケルシー先生がどんな方だったのかを知りたいんです……
アーミヤ、私はテレジアの持っていたケルシーに関する記憶を見せることしかできないわ。彼女に代わって語る権限はないの。
それに、これはあなたが望んでいるものでもないはずよ。
そうですね……もしかしたら、私はただ、もう一度先生の声を聞きたかっただけなのかもしれません。
ケルシー先生は長い間、私のことを見守り、たくさんのことを教えてくださいました……それなのに、よく考えてみると、私は先生についてはほんの少ししか知りません。
本当はいつも、テレジアさんやケルシー先生に聞きたいことがたくさんあったんです……ですが、どれも非常に重い質問だったので、お二人に不要なプレッシャーをかけてはいけないと思って。
もしかしたら……いつか、適切な時期が来たと思った時に、お二人の方から私に教えてくれるのではないかと考えていました。
結局、最後までその時は来ませんでした……
私にはわかるわ……テレジアも、ケルシーも、アーミヤにとってはとても大切な人だから。
アーミヤ、あなたは自分の感情を隠さなくていいし、すべてを一人で背負うべきでもないのよ……そのことについては、ドクターやクロージャたちに打ち明けなさい。
最終的な結果がどうなろうと……後悔することがないように。いいわね?
はい……大丈夫です、テレジアさん。もう少しして、この部屋を出る頃にはいつもの私になっていますから。
心配はいりませんよ。実験結果がどうなっても、クロージャさんやMon3trさんと会った時に、落ち込んでいる姿は絶対に見せません。
いいえ、アーミヤ。私があなたのことを心配しないなんて無理よ。
ここ一ヶ月のあなたの睡眠時間は正常値を大幅に下回っているわ。もっとしっかり休むべきよ。
あの時ウルサスで黒い王冠の力を使ってからというもの、あなたのあらゆる診断結果が極めて異常な状態になっていることには気が付いているわよね?
それに、ケルシーがいなくなってから、あなたはロドスの定期健診を避けるようになったわ。
……私……
実は……もっと前から、何かが変わり始めていることに気づいていました。
私はドクターと一緒に「文明の存続」の中を探索し、「眠りの橋」という名のプロジェクトに由来するモデルを見つけて、その力を借りてプリースティスに対抗しました。
まだ完全には理解できていませんが、それでもこのモデルが私と黒い王冠との繋がりをより強固なものにしてくれたように感じるんです。
「魔王」の力を以前よりも思い通りに使えるようになりましたし、感じ取れる感情も一層強くなりました。時折、力が強すぎて制御できずに、何らかの声が聞こえてくることもありますが。
まるで……ケルシー先生が私にこの指輪をはめてくださる前に戻ったみたいです。
アーミヤ、私は王冠とあなたの繋がりが急速に強まっているのに気づいていたわ。これは、サルカズの歴代「魔王」の誰にも見られなかった現象よ。
私にもこのような変化の理由は説明できない。だけど、安心して受け入れていい事態だとは思えないわね。
アーミヤ、どうか気をつけて。一刻も早くドクターにこのことを知らせるべきだと思うわ。
はい……わかっています。
自分の体調には気をつけると約束します。ただ、今はまだドクターに内緒にしていただけませんか?
……
クロージャさんの方からでしょうか……?
もしかして、結果が……
ロドス新本部 エンジニア部
よし――もう何回エラーを吐いたかわかんないけど、これでやっと全部のデータに問題がないって確認できたよ。
お願い! これが最後のシミュレーションになりますように!
今度こそは……上手くいくよね……
きぃと――どぅあいじょうぶ――
あーっ! Mon3tr、動かないで! 頭のケーブルが落ちちゃうから!
ワルファリンちゃん、Mon3trが動かないように押さえといてね。それから、創生シミュレーションポッドのデータケーブルが全部ちゃんと繋がってるかどうかのチェックもお願い。
うむ、わかった……
そなた、妾がこんなものを理解できると本気で思っておるのか……以前の医療部にはなかったのだぞ。
あたしもMon3trにもらった山積みの資料で一から勉強したんだから! こっちの表示はどれも問題ないし、いけるいける!
じゃ、準備はいい?
いくよ――
一分、二分……十分。前回より遥かに長く感じられる時が経過したが、エラーのポップアップも、不安を煽るような赤色もまだ現れていない。
お願いお願いお願い――
このまま……何事もなく……
すぅ――はぁ――
いや、絶対に進展があるはず!
全部合理的な仮説と綿密な計算に基づいた実験だし、本人の言ってた「生命の相変化」にも合致してるんだから、ちょっとでも……
……ちょっとでも希望が見えてくれれば、それだけでいいんだ。
ブラッドブルードの赤い目が瞬きもせずにモニターを見つめる。彼女の真っ青な顔にまだらな反射光が淡く見え隠れする中で、進捗を表す数字は絶えず動き、変化し続けている。
モニター上のプログレスバーは、端に届く直前で止まった。
希望は――
……ある、よね?
……
またしても、うまくいかなかった。
これほど失敗が重なれば、結果が決して望むものではないことにも慣れてしかるべきだ。だが今回も、クロージャは深い深い敗北感を覚えた。
クロージャは目を刺すような赤で染まったモニターを見つめた。その目は無意識のうちに、エラーを吐いているデータの中から、不具合の原因となった重要な箇所を割り出そうとしている。
しかし何より絶望的なのは、その重要な箇所すべてを、クロージャは不具合が起きないよう何度も確認していることだ。もし手順には問題がないにもかかわらず失敗したのであれば、それはつまり……
はぁ、今度はどこに問題があったんだ? こうなるはずはないんだが――
辛気臭い顔をするな。
これほど複雑な生物工学に触れたことがある者は未だおらぬ。どこかに見落としがあるはずだ。
落ち着くんだ。もう一度丁寧に探せば、きっと何かが見つかる。
わかってるよ、しょげてる場合じゃないって。
ドローン六号、第1860回から第1864回までの状況報告を記録して。
プロジェクト、石棺による復活実験。進捗はゼロ。
どうしてこんなことに……
前の二回はどっちも成功したんだ。たとえケルシーが私との繋がりを断ったとしても、理論上は別の手段で「双生循環システム」の情報伝達機能を代替できるはず。
私の中にはエネルギー弦を単位とするケルシーのすべての記憶が保存されているし、石棺の各パラメータもすべて間違っていない。
含有する情報が失われた空白の源石「オカ」を、ケルシーの身体を再構築するための基盤として使うことは、理論上は間違いなく可能なはずなのに……
だとしたらどこに問題が生じたんだ……私たちに足りないのは一体……
もしかすると……
……
……
それが真実であってほしくない推測が――口に出すことを憚られる一つの推測が、全員の脳裏に同時に浮かんだ。
もしかしたら、足りないのは……
ケルシーが、ケルシーたる所以の部分かもしれない。
ドクター? 来てくれたのか!
すまない、私たちはまだ――
お……落ち込まないでよ、ドクター!
ロドスで一番偉大なエンジニアがまだ諦めてないからね。テラの天才ハッカーの頭脳で、絶対にケルシーが残した資料を解析してみせるよ。カズデルの若き百傑の一人としての名誉にかけて――
あたしが絶対にケルシーを連れ戻す方法を見つけるから!
だってさっき……ドクター、すごくヘコんでそうだったしさぁ。
ケルシーに約束したんだよね。ドクターやアーミヤちゃんに、一人でおっきなプレッシャーを背負わせたりしないって。
ありがとう、クロージャ。
うん!
もう一度出発する時だ。
本当に石棺が見つかれば、もしかすると……
サンクト・グリファーブルク オドエフ区 ロドス臨時治療センター
1102年1月
ほら……怪我をした、関節を……こうやって、固定すれば、痛まなくなります。
ありがとう、「小枝ちゃん」。ずいぶん楽になったよ!
これは、ロドスのお医者さんに、教わったんです。
それにしても、サンクト・グリファーブルクはずいぶん違うな。暖を取るのにこんなストーブが使えるなんて。どうりで都市に住むお偉いさんたちは冬でもへっちゃらなわけだ。
「小枝ちゃん」、俺たちは本当にずっとここに住めるのか?
大丈夫……です。Raidianおねえちゃんが、守ってくれるって、言ってました。
それにもう、わたしたちは、怖がらなくても、いいですから。
相変わらず寒いわね、まったく勘弁してほしいわ……
もう少し薪をくべられないのかしら――ああ、ごめんなさい、薪が足りないなら手伝うという意味よ。他意はないわ。
あの人は……近衛軍? なんでここに近衛軍が?
あ……あ、あの……怖がらないで、ください!
あ……あの、助けてくれたこと、ありますよね……? 覚えていませんか?
どうも、「小枝ちゃん」。私を庇ってくれてありがとう。そして、まだ私のことを覚えていてくれたことにも感謝するわ。
はぁ……一緒にあの過酷な状況で逃避行をした仲なのに、そんな態度を取られると少し悲しいわね。
そんな身なりをしてる自分のせいだと思うよ、「軍曹」さん。
あら、ごめんなさい。私は外出の度に違う服を着る暇があるほど優雅な身分ではないの。サンクト・グリファーブルクであっても、他の場所ではこの服を身分証代わりにしなければいけないのよ。
しばらく挨拶に来られなかったのだけど、こちらは順調かしら? 薬が不足したりはしていない?
そうだね、他の物資はなんとか誤魔化せるけど、ご存じの通りこの街で鉱石病の薬を手に入れるのは不可能に近いよ。本部から調達してこようにも、ものすごく遠いしね。
源石鉱脈の件さえなければ、サンクト・グリファーブルクでの鉱石病治療薬の生産ライン建設なんて、とうに日程まで決まっていたはずなのに。
まさか、あんなことがあるなんてね……
何はともあれ、こうやって身を寄せる場所をくれたことには感謝してるよ。
私が約束したことだもの。それに、一族の持つ放置されていた工場の一つを貸したに過ぎないし、全員を屋根の下に入れることすらできていないのだから……ここは本当に寒すぎるわ。
それと、受け入れた感染者に関する手続きは追って済ませたけど、少しの間は無闇に出歩かない方が無難よ。
残念ながら……現状、私でもこれ以上の環境を揃えてあげることはできないわ。
うん。彼らがサンクト・グリファーブルクに留まることを許されているのは、あの惨劇の重要な証人だからって理由だしね……その裁判自体はまだ開かれてないけど。状況はよくわかってるよ。
この国に彼らの居場所がないって事実に変わりはない。
……もしかしたら、すぐにでも変わるかもしれないわ。
ごめんね、今なんて?
何でもないわ、この話は後にしましょう。今日は、ロドスに別件があって来たのよ。
あなたたちの「ドクター」は、今どこにいらっしゃるのかしら?
ウルサス ロドス駐サンクト・グリファーブルク事務所
ゼルグラード?
ええ。あなたたちの得た情報から判断して、ウルサスがサンクト・グリファーブルク周辺で、密かに石棺に関する研究を行ってると推測できるわ。
クラウンスレイヤーから提供された情報にも、この推測を裏づけるような手がかりがいくつかあったの。
ウルサスの源石事情は逼迫してるのに、毎日大量の源石がこの街の外へ、それも同じ方角に向かって運ばれてるのよ。
源石は厳重に輸送されてたからあまり深追いできなかったけれど、この街の周辺にある都市を全部調査しても、あれほど大量の源石を必要とする工業設備は見つけられなかった――
第一軍が駐在する周辺都市、ゼルグラード以外はね。
でもここへ来て、全部の手がかりが途絶えてしまったのよ。エネルギーの行方を隠すために、この街がどれほど骨を折っているかがわかるわね。
初めて聞く都市名だ。
ウルサス人ですら、普通の人はゼルグラードの存在について知らないことがほとんどよ。
理由があってそれほど厳重に隠蔽しているのだろう。
でしょうね。こんなご時世に大量の源石がどこかに消えちゃうなんて、自前で産業を抱える貴族であれば誰も納得しないはずよ。
何より、第四軍はもうこの街の近くにまで迫ってる。彼らにもきっと、街の一挙一動を監視するスパイがいるに違いないわ。
でもだからこそ……もう一つ、すごく不可解なことがあるの。
本来は情報が秘匿された特殊行政区のゼルグラードが、最近になって「感染者受け入れ」の広告を打ち出し始めたことよ。
第一軍は、表向きでは先日クライニ・セーヴェルの採掘場で起こった惨劇を糾弾してる。だからこそ、行き場を失った感染者をすべて受け入れるんだって説明してるけどね。
「皇帝陛下が感染者を等しく慈しまれていることを示すため」だそうよ。
……
もちろん私たちはみんな、この話を聞いて疑いを抱いたわ。しかもゼルグラードに入ったという感染者の情報も全く追えなかった。
クラウンスレイヤーが見つけたゼルグラードの出入り記録からも、問題の片鱗が窺えるわ。サプライヤーを経由して偽装された部分を差し引くと、医薬品や原料の輸入はほとんどゼロに近いのよ。
だけど、こうしたことはどれも確たる証拠にはならないわ。本当に知りたいのなら、やはり実際に現地へ行ってみるしかないでしょうね。
とにかく、私から提供できる手がかりは今のところこれだけよ。私たちも引き続きサンクト・グリファーブルク周辺で動いて、できるだけ多くの情報を集めるようにするわ。
そうそう、ドクター。今度会った時には、自治団のクマちゃんたちをいっぱい褒めてあげてね。
情報収集でももちろんだけど……この前サンクト・グリファーブルクで起きた悲惨な事件でも、みんな本当に頑張ってくれたから。一人ひとりが、立派なロドスのオペレーターに成長したのよ。
チェルノボーグにいた頃、ケルシーは石棺のコアをロックした。ウルサスの今の技術力では、理論上は石棺を再起動できないはずだ。
まだ不可解なことがある。このエネルギー危機にこそ、ウルサスは石棺をエネルギー源にしようと考えるはずだろう。それなのに、逆に大量の源石を使っているのは何故だ? 一体何を企んでいる?
確かにそうですね……それとドクター、私はジュナーさんが言っていた、ゼルグラードが感染者受け入れに動いているという話が、とても気になっています……
理性的な考えではないのはわかっているのですが……第一軍が真っ当な理由で感染者を受け入れ始めたとはとても思えないんです。
クロージャ……?
クロージャさん、何をされているんですか?
あ、ちょっと待ってね、すぐ終わるから。どれどれ……このサイトには一体どんな秘密が隠されてるかなーっと。
待ってください……まさかウルサスのサイトをハッキングしているんですか?
いやいやいや、全然ハッキングなんかじゃないって。ほら、「ウルサス帝国議会常務部門ウェブサイト」って名前でしょ。ここの情報は全部一般公開されてるものだよ。
議会が公式発表してるニュースに、直近の天災の警報に、案の定、ゼルグラードの感染者受け入れ広告もあるよ……ただ通信が不安定で、フィルタリングとダウンロードの速度がすごく遅いんだよね。
だけど、ちょっと見るだけでも、体裁を保つだけのフェイクニュースがたくさん入ってるのがわかるね。
公開されてる都市航路の運行予定表を照らし合わせると――表に間違いがないなら、ここ一ヶ月間、サンクト・グリファーブルク周辺で移動都市の衝突事故が三回も起きてることになるんだから!
こんな風に嘘の情報を載せてるってことは、絶対に何か隠したいことがあるよね。それをちょっと深掘りすれば……
クロージャさん、本当に一線を越えるようなことはしていないんですよね?
してないってば! うん……せいぜいギリギリ踏んでるかなってとこ?
でも、このサイトを作った人はそもそもあんまりセキュリティ意識が高くないみたいだね。ここのサーバーが直接内部のデータベースに繋がっちゃってるし。
データベースにはそんなに重要な資料はなくて、移動都市の運行に関する基本情報ばっかりだけどね。でも、ゼルグラードの都市識別コードと、表向きの物流運輸の記録は見つけられたよ。
よしっ、これで三分もあれば、ZOOTがサンクト・グリファーブルクからゼルグラードまでの最適なルートを算出できるね。
……
アーミヤちゃん、絶対に! 痕跡なんて何一つ残さないって約束するって!
でも、ゼルグラードの位置を特定したとして、私たちはどうやって中に入ればいいんだ?
正面突破するか? 私は全然問題ないが……
もし石棺が第一軍の手にあるのなら、ゼルグラードには必ず厳重な警備網が敷かれているはずです。私たちが直接乗り込むのは不可能でしょう。
ドクター、ゼルグラードが感染者を受け入れているというのなら、それを利用できるのではと思うのですが――
Raidianさん……それにアロイジウス中尉?
ちょうどばったり会ってね。ドクターと直接話したいことがあるっていうから連れて来たの。
そういうことよ、お久しぶりね、皆さん。
そして、こちらの初めてお会いする……ブラッドブルードのお嬢さんをご紹介いただける?
それ、久々に言われたな~。自分でもブラッドブルードだってこと忘れかけてたよ。
彼女はクロージャという。
お会いできて光栄だわ、クロージャさん。
一目でわかるわ、あなたは優秀な……ええと……
ええと……?
アロイジウスはRaidianの方を向き、手話で意図を示した。
「ここは安全?」
少なくとも私の側で出所の疑わしい電気信号は感知してないね。それに、クロージャも私たちの会話の安全を保証してくれてるはずだよ。
ん? あたし手話なんてわかんないよ――
ここで使ってるのも、私たちの独自回線だったよね?
そうだよ?
(小声)それって、今の私たちの会話も、とりあえず盗聴はされないってことだよね……?
うん、絶対にされないよ。少なくともあたしがここにいる間は、そんなことさせないから。
まだ本艦に――じゃなかった、本部にいると思ってくれれば平気。安心して。
ありがとう。では、早速本題に入りましょう――前回の話し合いは石棺の行方で終わっていたわね。
私の把握する石棺に関する情報に少し……いえ、かなり大きな更新があったわ。
情報の共有に感謝する。
礼には及ばないわ。これも私が約束したことで、私たちの協力関係の一部だもの。
それに、ずっと新しい情報提供がない状態が続いているから、ロドスのやり方からして、そろそろあらゆる手段を使ってゼルグラードに潜入しようとする頃じゃないかしら。
あっ……!
端末の通知音が鳴り響く。アーミヤは咄嗟にその方向に目を向け、クロージャは反射的にモニターの前に立ち視線を遮った。アロイジウスはその光景を目にしつつも、何かを指摘することはなかった。
なるほど……信頼関係を築くのがどれほど難しいことか、痛いほど理解できたわ。
そうであっても、心からの助言をひとつ贈るとしましょう。ロドスには合法的な身分で行動することをお勧めするわ……これから面倒なことが多くなるから。
彼女の言う通りだ。そしてロドスはすでにその準備を整えている。
あなたは……フラトフ将軍?
ヘラグと呼んでくれればいい。
ドクターの指示通り、帝国議会副議長のヴァシリー・ゴルシコフとの接触を試み、無事に目的を果たした。
その結果、ロドスはサンクト・グリファーブルクに合法的に滞在する権利を得た。
あなたが手を打ったのね、どうりで……待って、どうしてヘラグ将軍が必ず副議長に――私の父に会えると思っていたの?
どうやら私は、ロドスの持つ情報や人脈をまだ過小評価していたみたいね……
そういうことなら、これで遠慮せずに、ロドスへ正式な招待を出せるわ。
フョードル陛下直々の招待よ。
――?
これこそ、私が今回ここを訪れた理由よ。これから皆さんを陛下の御前まで案内するわ。
よく来てくれたな。
作らせた服の縫製は体に合っているか? さあ、こちらへ。よく見せてくれ。
よし。少なくとも前よりは見れる格好になった。
ありがとうございます。ぴったりで、とても着心地がいいです。
客であるお前に対して、これくらい用意するのは当然だ。他に何か必要なものがあれば、遠慮なく私の副官に言え。
ヤーシャ、アナトリーは?
若将軍は現在、随行する親衛隊を選抜しておられます。
全く、せっかちな子だ。今回は必ず体力のある新兵を選ぶよう言っておいてくれ。老獪な古株どもに声をかけないようにな。
はっ、僭越ながらすでに進言しております。
なら良い。
お嬢さん、名前は何だ? いつまでも「お嬢さん」と呼ぶわけにはいかないだろう。
ヒアダです。私はヒアダといいます。
では、ヒアダ嬢。
私は暫く駐屯地に残り、軍紀を粛正せねばならない。そこでお前には「医師」として、我が子に付き添ってゼルグラードへ向かってもらいたい。
あの子には今後ゼルグラードを巡回させ、そのまま管理を任せることになる。お前にはあの子を何くれと気にかけ、傍で世話をしてもらいたい。
知っていると思うが、ウルサスは目下深刻な事態に直面している。拡大が続く動乱の最中にあって、あの子の命を狙う者の数は、私の権力を狙う者の数より多いことはあれど少ないことはないだろう。
傍から確固たる決意であの子を守り抜き、すべてに片がついた後で安全に私の元へ連れ帰ってきてほしい。
……「すべてに片がつく」?
お前がすべきは回答することだけだ。今伝えたことを成し遂げられるか?
私と一緒に来た方々の行方と、安否を確認した後でないと答えられません。
私の落ち度だな。知らせるのを失念してしまったが、彼らは一足先に向かっている。
「向かっている」、とは?
ゼルグラードへ、だ。あの都市は今、一般市民や感染者にも開放されている。お前の同行者たちは、その政策による恩恵を受けた最初の幸運な者たちだ。
お前がゼルグラードに到着した暁には、彼らに会えることだろう。
……
……ここは?
さっきもここを訪れたような気がします。ですが、彼はいないようですね。
(この船は大きすぎます。どこへ行けば若将軍を見つけられるのでしょうか?)
えっと……
……くそっ……
あっ、向こうに人が。
こんにちは、少し聞きたいのですが――
……あのガキの親衛隊になるのは自殺と変わらないとわかっているのに、誰が好き好んで行くと言うんだ?
奴も近頃は知恵をつけて、後ろ盾のない世間知らずの若者ばかりを選ぶようになりやがって――
あの恥知らずめ!
(小声)しっ、声が大きいぞ! こっちで話そう、監視カメラの目を避ける方法は知っている。
今日はどうしても、全部言ってやらないと気が済まん。
(小声)わかっている、十分わかっているさ、兄弟。だからこそ、犠牲を覚悟してでも、我々は奴の親衛隊に息のかかった者を送り込み続けなければならないんだ。
(小声)元帥は明らかに国の情勢に対する判断力を失っている。新たな兵器さえあれば安泰だと思い込み、内部に問題が生じていることに気づいていない。
(小声)無能な子供に箔をつけるために、軍をままごとの玩具のように扱っているんだろう。そのせいで、あのガキは切れ味の鋭い刀を、まるで全能の権杖のように振りかざしている!
(小声)あまつさえ、子供が兵士を好き勝手に罰し、殺しさえしても元帥は知らんぷりだ……あまりにバカげている。
我々には「ウルサスのために働け」などともっともらしく言っておきながら――クソったれが、こんなののどこがウルサスのためだ!
(小声)あんなガキの玩具にされて、どうやって反乱軍に対応しろというのだ? 私の部下のアンドレイ伍長に至っては、元帥の命令で奴を止めに行って、一太刀で喉を切り裂かれたんだぞ。
(小声)アンドレイはあの「死の親衛隊」のメンバーですらなかった。死体を見に行ったが、白い布の下にあったのは、死んでもなお目を見開いて戸惑うばかりの若い顔だった……
我々は行動を起こさねばならない!
(小声)ああ……
我々は何らかの行動を起こさねばならない。
「行動」……?
どのような……
行動なんでしょう。