局部壊死 6-12・戦闘前
氷原の雪
よし、確認完了。連絡がついたレユニオンの部隊はみな撤退できたみたいだ。
恐ろしいまでの人の量だな。
ひしめき合って……まるで河の流れのようだな。
荒原に河が……避難者たちの河ができるだろう。
ウルサス人も、龍門人もいる。感染者もいれば、非感染者もだ。過ぎし日の貧も富も、明くる日には意味を成さない。
かつての彼らは、どこかに必ず自分たちを受け入れてくれる場所があると信じていた。しかし今の彼らは、自分たちに帰れる場所などないことを知った。
この河は、荒野の中で消え逝くのみだ。
……
(悲しい語り口だな。)
(大旦那のマネだろう。)
(それもそうか。こんな時だ、感傷に浸るのも仕方のないことだろうな。)
もし大旦那がここにいれば、俺たちは絶対に勝てた。こんなことにはなってないよな?
運の良し悪しを持ち出して、別の結果を考えたところでどうにもならないさ。
……準備しろ。あの狙撃手たちと相談してくる。
急かすなよ。俺だってわかってる。
早くしろ、グズグズするな。
俺だって悲しんでんだよ!
あいつら、間違いない?
はい、スノーデビル小隊です。
アーミヤたちは?
既に現場へ急行しています。ちなみに、アーミヤさんから「落ち着いて行動してください」と伝えるように言われています。
……
落ち着いて? 落ち着きのなさにかけては、私がロドスのナンバーワンだってアーミヤちゃんも知ってるでしょうに。
ブレイズさん! どこに行くんですか!
もちろん人助けに!
狙撃手たち! 少し待ってくれ!
スノーデビルか……待て、何をしているんだ?
……姐さんの……フロストノヴァの身体は、もう長くは保たない。
先程の龍門の部隊は撃退したが、力を使い切ってしまったようだ。すぐには目覚めないだろう。
つまり、彼女も連れて行ってほしいと?
だが俺たちは、チェルノボーグに戻る予定はないんだ。ファウストもメフィストをチェルノボーグには連れて行くなと……
頼む! この通りだ!
俺たちは姐さんに、最期の刻をパトリオットの大旦那と過ごしてほしいんだ!
今は少し仲違いをしているようだが、俺たちは知ってるんだ……二人の関係は、血の繋がりなんかよりもずっと強いものだと。
だから……どうか頼む。
……
お前たちはどうするんだ?
お前たちのしんがりを務める。ここで時間稼ぎをしなければ、すぐに龍門の部隊に追いつかれるだろうからな。
お前たちと他の同胞が遠くまで逃げ延び、龍門の脅威になりえないと判断されれば、もう追われることはない。
だがそれでは、お前たちは……
まぁ、この戦いに身を投じたときから、いつかは死ぬと覚悟はできていたさ。それがここになるのも悪くない。
姐さんの言う未来には、まだ少し遠いだろうな。だが俺たちは、必ずしもそれを自分の目で見る必要はないと思っている。
また借りができてしまったな。
姐さんのことを引き受けてくれたんだ。これぐらい借りでもなんでもないさ。
……分かった。お前たちの頼みは必ず果たしてみせる。
これを。サポーターと防護服だ、使ってくれ。
これは?
姐さんの体温が低すぎて、普通じゃ耐えられないだろうからな。
……彼女は……
……こんなにも軽かったのか……
アーツに身体を空っぽにされてしまったんだ。どうか優しく、優しく持ってあげてほしい……
目が覚めてしまわないように。
こんなにも……安らかに眠っているのだから。
さらばだ、姐さん……
向こうで待っている。
……すまない……
では俺たちは先に……行くぞ。
先にいくのは俺たちさ。
ああ、必ずまた会えるさ、雪の化身たちよ。
その日の訪れが、遅くなってくれることを祈る。
……
やっぱり、僕たちは死ぬんですか?
……
*ウルサススラング*、なんで泣いてんだよ?
それでもスノーデビルの一員か!
あんただって泣いてるでしょう!?
誰が泣いてるって! ……あの時、姐さんがなんて言ってたか忘れたか!
ああ……姐さんは泣くなと言っていた。
そうだ! 泣くんじゃない……十数年前のあの時、俺たちはみんな泣くなって言われただろう! 涙を零すのはまだ早い……まだ敵に打ち勝っていないからだって!
我々が勝利し、自由になったら……
「自由になったら、その時大声で泣けばいい。荒野で、雪原で、高く積もった藁の上で、泣き叫べばいい!」
そうだ。姐さんだってそう言いながら泣いてたくせにな。
確かあの時姐さんはまだ九歳だったよな。俺たちはみんな、ずっと年上だってのに情けないもんさ……
ああ、あの時姐さんがいなければ、皆あの採掘場で死んでいたさ。
ところで、持ってきたのか?
何を……ってアレか。いや、作戦への持ち込みは禁止だったろ?
作戦中に飲むのは禁止というだけだ。だが持ってるんだろう。知っているぞ。
僕も飲みたいです……
ダメだ、お前はまだそんな歳じゃないだろう?
で、でもこれまで飲んだことありませんし、味を全然知らないままでなんて……
いいさ、少しだけ飲ませてやれ。
ペトロワ……
わかった。少しだけだぞ。飲みすぎるなよ、みんなで分けるんだからな。
兄弟たち、さぁ、コイツを飲んで身体を温めようじゃないか!
姐さんと大旦那に乾杯!
フロストノヴァとパトリオットに乾杯!
あの感染者たちのこと、知ってるのか?
はい、チェンさん。
だが彼らには、いま引導を渡すしかない。
それ以外の選択肢は本当にないのでしょうか?
ああ、残念だが他にはない。
君の後方、よく目を凝らしてみろ。今の奴らは、姿を隠すことすらしていない。
……黒装束。
そうだ。だからこそ、我々で決着をつける必要がある。
これは我々がやらざるを得ないことだ。敵戦力を発見したにもかかわらず手をこまねいていれば、増援が抑えきれなくなったという口実で特殊部隊を呼び込んだ行為に説得力がなくなる。
だが、彼らを説得し投降させることはできないだろうか?
彼らは撤退するレユニオンの部隊や退避する感染者の時間稼ぎをしようとしています。目的を達成するまでは、恐らく投降はしないかと………
……アーミヤ。
君たちが戦いに参加するかどうかは君たち次第だ。強制はしない。
申し訳ありません、チェンさん。ですが……私たちはこの戦いの証人になります。
近衛局が勇敢に戦ったことは、誰にも否定させません。皆さんはいま龍門のために戦い、侵略者を排除しようとしています。
これが私たちが皆さんのためにできる、あの特殊部隊に対抗する唯一の方法です。
それに私たち自身にも……感染者たちの戦いを、全て記録しておく責任があります。
感染者たちが戦ってきたことを全て。
なぁ、アーミヤ。
チェンさん?
戦いが終わったら、一緒に食事でもどうだ。
で、ですが私は感染者……
気にするな。あの声のデカい奴も、身体がデカい奴もそんなことは気にしない。
この戦いでは……皆が皆、多くのものを失った。
私たちからすれば、あくまで「戦い」ですが……
龍門にとって、これは紛れもない「戦争」です。
戦争というものは、いつも人々から大切なものを奪っていきます。
だがこの全てを画策した張本人は、この場にいない。
……
一つ、君たちに伝えておきたいことがある——
——だがそれを伝えるのは、今ではない。
はい、今は目の前の戦いに集中しましょう。チェンさん。
……
ドクター……
本当はこの戦いを見たくないのでは?
……はい。
私は……
だが、チェルノボーグの時も……
……
はい。もう決心しました。
絶対に……この目で見届けたいと思います。
ああ、一緒に見届けよう。
はい、一緒に。
姐さんって呼ぶのは……別に年齢は関係なかったんですね? なんで今まで知らなかったんだろう。
いやいや、お前がそう呼ぶのは当然だろう。年齢で計算するなら当時お前は三歳だからな。
ちぇっ!
オイオイ……ふて腐れるなよ、まさか一口で酔ったのか? お前が腹が減ったって言えばパンやスープを分けてやったのは誰だったか忘れたのか?
それはそれ、これは……これです!
そういえば、急にロドスのことが頭に浮かんできた。こんな時に連中のことを思い出すなんて、なんだか笑えてくるな。
あいつらがどうしたんだ?
あの全身から熱気が立ち昇ってたネコ女、覚えてるか。今度一緒に飲もうって言ってた奴だ。
少し残念に思ってな。あれは呑める口のヤツさ。酔って暴れ回ったらきっと面白かっただろうな。
でもあの小さなウサギは、どう考えてもそんな歳じゃないだろ?
何歳くらいだろうな? 十六? 十七?
十四くらいだろう。無理して大人の振るまいをしていたが。
あの時の姐さんと……同じだな。
最後の一口はあいつらに乾杯してやろう。
全部うまくいくようにってな!
乾杯!
うぐ、うえっ……乾杯!
……
龍門人の団結力は、本来なら彼ら以上であるべきなのだがな。
急ぐぞ、見ててもしょうがない。スノーデビルだって大した時間は稼げない。
彼らの行動を尊いとは思わないのか?
ああ、だがもし俺たちがここで死んじまえば、あいつらの尊い行動も無駄になるだろう?
狙撃手たちの話では、チェルノボーグにはもう帰れなそうだ。新しい拠点へ向かうことになる。
……
新しい拠点がどこか、興味ないのか?
どこだって同じだ。ただ共に征くだけだ。
そうか。あんたたち龍門人も、俺たちと何も変わらないんだな。
龍門では感染者も多少はまともな扱いを受けてると思ってたが、まさかウルサスと同じようなことになってるとはな。
感染者は、所詮どこに行っても同じさ。
待てよ、あんたが来たばかりの頃は、そんな風には言ってなかったよな。
人は変わっていくものさ。
あれは? あれはスノーデビル……?
やっぱり! 間違いない!
あいつら……! 何でそこまで意固地に粘ってんの!
クソッ、クソッ! 死なないで! 死なないでよ!!
私が行くまで耐えて……! 私が君たちを助けて、一緒に……一緒に連れて帰るから!
どうして君たちみたいな感染者ですら、こんなとこで死ななきゃいけないの!
特殊部隊が攻撃を止めた? いや、撤退している……?
どうやら……主導権をこちらに明け渡したようだ。
龍門の治安維持部隊としての実力を見せろというところか? *龍門スラング*、甘く見られたものだな!
……まあいい。
各位へ、最後の一波だ。攻勢に出る。市民とチェン隊長の期待に応えるぞ。
奴らに、あのレユニオンに龍門の実力を教えてやるんだ! いかなる感染者も、二度と龍門を侵略できないように!
ふぅ……
狙撃手たち、失望させてくれるなよ。必ず姐さんを大旦那の元まで連れて行ってくれ。
……もう残された時間は少ない。最後のひと時ぐらいは大旦那と過ごしてくれ、姐さん。
俺たちにもそれほど時間は残されてないよな?
準備はできたか?
ああ、全て整った。迎えに行こう、俺たちの人生の結末を。
奴らに見せつけてやる。ウルサスで最も偉大な戦士ボジョカスティに鍛えられ、冷艶な悪夢と恐れられた姐さんが率いたこの部隊が、一体どんなものなのかを!
姐さんが最後に残したアーツを……
霜凍源石(フロストオリジニウム)、解放準備!
ビッグベア! いくぞ!
スノーデビル!!!