苦難揺籃 7-3・戦闘前
変節の刃
p.m.7:00 黄昏時/龍門アップタウン
極秘指名手配? チェン隊長を!?
そんな馬鹿な……何かの間違いじゃないか?
おい! 待て! 間違いじゃないのかって聞いてるんだ!
クソッ! なんでチェン隊長が……一体何の冗談だ?
チェン隊長を見つけて、本人に確かめないと!
……ふむ、わかった。
ほかに何かご命令はありますか?
いいや。ワシの出した命令を、今まで通りしっかりやってくれればそれで良い。それが終わったら、しばらくは身を隠せ。
かしこまりました。
さあ、行くがいい。
ふう……
——ふふ、あのウェイを出し抜くとはな。
タルラ、タルラよ……これがまことの運命というやつかの?
なぁ、坊(ぼん)よ。あの世にいるお主とて、こんな状況を見たくはないじゃろうな……
はぁ……龍門の栄華もこれまでか。
しかしフェイゼよ……用心するのじゃフェイゼ……命を無駄にするでないぞ!
p.m. 7:20 龍門 艦船停泊所 接舷エリア
アァ……アアアアア! グゥッ、ウゥ……
ったく、この数、冗談じゃないぞ……近衛局の奴らはまだか?
昨日はレユニオンで、今日はこいつら異常感染者かよ。街中で大型武器を使うわけにはいかないし——ったくいくら俺たちでも流石にそろそろもたないぞ?
こんにちは。あれが今日の敵?
ロスモンティス! ふぅ、助かったぜ。
あれはアーツで変異した感染者……? 動きは止められないの?
ああ。俺たちに許可されている装備は、ほとんどが都市防衛用だ。ワイヤーもファイバーネットも効果なし。陸戦用兵器でも使わないと無理だろうな。
防衛ラインのプレッシャーが激しくてな、仕方なく本艦に支援要請したんだ。来てくれたのがお前で助かったよ、これで何とかなりそうだな。
奴らは体内のオリジニウムで身体を強化してるから、こっちは砲撃ぐらいの火力で対抗するしかないぞ。それと……奴らの脳波が検出できない。
恐らくは……実のところ奴らはもう死んでるといったところだ。今は何者かにアーツで操られてるようだ。見た目通りの歩く屍状態だよ。酷い話だ。
そんなことをする人には……代償を支払ってもらうよ。
あっ、でもあなたたちの安全を優先しなきゃだね。
ドクター、作戦を考えておいて。私が……あの人たちを止める。
君が戦うの?
うん。
でも君は——
ドクター……この子が戦ってるところを見たことないんだな?
ドクター、ちょっと下がって。
気をつけるんだな。もっと離れた方がいい。初めて見る光景になると思うぜ。
それは私のだよ。
目標の分析データを教えて。
わかった。情報伝達マニュアルの通りに……あー目標は、えーと、源石組織が異常活性化した大量の感染個体群?
特性・性質は……集団行動、凶暴性顕著、有効目標欠如、経路推測不可。大体こんなもんかな!
――わかった。任せて。
それとケルシー先生からの伝言。ここの処理が終わったら、すぐにロドス本艦を龍門から離脱させるようにって。
こんばんは、隊長。
ホシグマ? なぜお前がここにいる。怪我は大丈夫なのか?
ええ、これでも鬼ですから。あの程度のかすり傷、とっくに治りましたよ。
そうか。すまないが私は今、急いで――
いや……お前はここで私を待っていたのか?
そのバギー、例のレム・ビリトン製の最新モデルですか?
「オフロード、悪路走行もお手の物。抜群の燃費にクリーンな排出ガスで環境への配慮にも死角なし! 極上の乗り心地であなたを新天地へ誘う!」でしたっけ?
…………
ああ、一人で盛り上がってすみません。そこら中で広告を目にするもので、うっかりキャッチコピーを覚えてしまいました。
それにしても素晴らしいマシンですね。さほどオフロードに興味はありませんが、それでも一台買おうかと悩んだ時期もありました。
わざわざそんな話をするために待っていたわけじゃあるまい?
……そんなに急いで龍門を飛び出して、どちらに向かうおつもりですか?
なぜ私がここから龍門を出るとわかった?
隊長が内密に龍門から出る時はいつもここを通るじゃないですか。抜け道や秘密のルートを知ってるのは隊長だけじゃありませんよ。
——近衛局から、指名手配が出されています。
そんなものを信じるお前ではないだろう。
ええ、もちろんですとも。隊長がどんな方なのかは、小官が一番よくわかっていますから。
……龍門を出るには、ここしかなくてな。
誰にも見つからずにここまで来るには骨が折れたがな。近衛局の者たちが皆、お前と同じように話のわかる奴なら苦労はしなかったのだが……
皆が小官と同じ考えならば、なおさら隊長がこの龍門を出ることは叶いませんね。
……何だと?
それはどういう意味だ?
小官も彼らと同じく、あなたに龍門を去って欲しくないのですよ。
ホシグマ……まさか私を?
お前まで私を止めようと言うのか、ホシグマ!
隊長……今の私は龍門近衛局の督察であり、あなたの友人ですよ。止めるに決まっているでしょう。
一人でヒーローごっこをさせるわけにはいかない。あなたを止める理由は、その一点だけです。
お前は龍門人だろう、ホシグマ!
ウェイの思い通りにさせておけば、より多くの犠牲が出るだけだ!
あなたのやり方でなら解決できると言うんですか?
……他に龍門を救うすべなどありはしない。
お前を「鬼の姉御」と呼び慕っていた者たちを忘れたのか? 彼らはお前が、彼らの愛するこの龍門を守ってくれると信じている。彼らのためにも……そこを退け、ホシグマ!
……はぁ。「鬼の姉御」ね……思い出させてくれたついでだ。昔のように遠慮なく言わせてもらおうか。
なぁチェン、奴らは本当に龍門を愛していたと思うか?
何を——
私は古い人間さ。
酒、漫画、映画、雨の降る街と、そこを傘をささずに急ぐ人々……私が好きなのは、バイク以外はそんな古臭いもんばかりだ。
周りから見れば時代遅れなんだろうな。チェン、私たちは、時間の流れについていけるのか?
私には無理だ。到底できない。早過ぎる時間の歩みに、私の大切なものたちはどれも粉々に踏み潰されてしまった。
私の手に残ったのは、蓋が壊れたスキットル、角の折れた漫画本、血が染み着いた未使用のペアチケット、そんなもんくらいだ。だがそれを遺した連中の名前は皆、今でもはっきりと覚えている。
嫌なんだ。周りの奴らが時間に連れて行かれてしまうのが。
奴らが自分たちの居場所を守るために、犠牲を厭わず戦ったというのに、私は何をしている?
皆一人ずつ、私の前で灰になっていった。私が自ら止めを刺すことさえあったさ。奴らの夢を、私がこの手で叩き壊したんだ。
奴らは龍門を愛していたわけじゃない。行く場所がなかったんだ。そして最後に残った居場所まで、私が奪ってしまった。
だから、お前まで行かせてしまうわけにはいかないんだ、チェン。
…………
ファーの死も、龍門のために犠牲になった者たちも……お前は全てなかったことにするつもりなのか?
わかったような口振りは止してくれ。
奴らとの付き合いはお前よりもずいぶんと長い。連中のことなら、お前なんかよりもずっとよくわかっている。
ああ、もちろんそうだろう。だが、私には龍門を守る責任がある。誰に邪魔されようと、それだけは変わらない。
まだ自分が警司のつもりでいるのか? その責任は誰に与えられたものなんだ?
私自身だ。
……それは自分で自分にそう言い聞かせているんじゃないのか?
お前一人で龍門を救えるのか? たった一人でレユニオンを根絶やしにすることができるのか? 思い上がりもほどほどにしろ!
妙な話だ。これまではウェイ長官を理解し、その命令を実行するのはお前の役目だった。しかし今となっては、私の方がウェイ長官のことを理解している。
長官の考えなら想像がつく。誰かが死ななければならないのなら、自分が犠牲になるつもりなんだろう。チェン家の血筋を考えれば、事後にお前が難癖をつけられることもない。
どういう意味——
ウェイ長官は自分の命を捨ててでも、お前に生きてほしいんだ。
あの男を美化し過ぎだ。
お前も彼を悪く捉え過ぎだ。
奴が死にたいというのなら勝手に死ねばいい。だがそれがいったい何の役に立つ? それで戦争は避けられるのか? 龍門が真っ先に攻撃目標から外れるのか?
長官が死ねば、他国から龍門が糾弾されることはなくなるだろう。全ての責任は、彼の死と共に煙と消えるのだから。
そううまく行くと思うか?
まあ、言うほど甘くはないだろうな。だから長官は、お前に近衛局を任せたいと思っているはずだ。
近衛局局長の座はそう遠くない。そしていずれこの都市の主にも。……チェン、お前は彼の後継者になるんだ。
龍門にまとわりつく数々の問題も、残留する害悪も……全てお前が一掃していくんだ。
私はウェイ長官の志を理解しているつもりだ。彼はこの時をずっと心待ちにしていたんだ。あの眼、あのやり方、初めて会った時から少しも変わっていない。
…………
龍門にはお前が必要だ、今、お前に危険を冒して欲しくはない。
反吐が出そうだ。
たとえ彼の死に心が動かなくとも構わない。彼が死んだ後、お前は自らの手でこの龍門を変えられるようになる。
一つ教えてやろう、ホシグマ。私がこの龍門にいられない理由を。
適当なことを言ってはぐらかすな。お前以上にこの龍門に相応しい者など——
私は、感染者だ。
……何だと?
…………
いつから……?
3年前。
私にすら黙っていたのか!?
私の意志ではない……
なぜ……言ってくれなかった?
この事実を誰にも知られたくなかったのは、他でもないウェイだ。近衛局に感染者がいることなど許されない、だから私の感染は隠蔽された。
ホシグマ、感染者の居場所など、この街にはない。この大地のどこにもな。
ウェイの操り人形はもううんざりだ。これ以上、奴に従うつもりはない。
……そうか。ようやくわかった。
お前がなぜ龍門を離れるべきではないか。その理由が今、はっきりとわかった。
……ホシグマ?
もしお前がここを離れて、チェルノボーグの中枢区画に向かえば、長官はお前を敵と見做すほかなくなる。それもただの敵ではない、感染者だ。龍門に仇なす感染者……
そうなれば、全龍門人がお前が感染者であることを知る。そして、レユニオンとの共謀すら疑われるだろう。
そうなれば二度と龍門に戻れなくなるぞ。覆水盆に返らず、だ。
構わない。
それはこちらのセリフだ。
「お前が感染者だろうと、構わない。」
私も、スワイヤーお嬢様も、ナインも、そして近衛局も、皆同じ考えだ。
ウェイ長官だってそう言うだろう。彼の願いはお前が龍門を変えることだ、ここから去ることではない。
お前は、奴の感染者に対する所業を見ていないから言えるんだ。私はそれをまじまじと見せつけられた。
それにナインなら、もうとっくに出て行ったぞ。あいつが近衛局を離れた理由も、感染者になったからだ。
……そうか、ナインも。
思い返せば、私とナインは同じ任務で感染したのかもしれん。
近衛局を離れた後、ナインは私の諜報員となり、レユニオンに潜入した……しかし最後には、レユニオンのために龍門を捨てたんだ。
この街の真実を、見抜いたからだ。
だがお前は龍門を裏切ってはいない。犯してもいない罪を、お前に背負わせるわけにはいかない。
ホシグマ。一つ問おう……私があの中枢区画を目指す理由、それがお前にわかるか?
悪いが謎解きは好きじゃない。はっきり言ってくれ。
フッ……
レユニオンのトップが誰か知っているか?
名前までは知らない。
タルラだ。
……スワイヤーから聞いていないのか?
何をだ?
タルラは私の姉だ。
……ああ、なるほど……はぁ。そういうことか。
チェン、やはり今日はここを通す訳にはいかない。
……どうしてまだそんなことが言えるんだ? 私の家族など、たいした問題じゃないとでも!?
いや、だからこそ——
だからこそ、お前を行かせられないんだ。
私がここで命を落とす羽目になろうと、お前だけは通さない。
…………
それはお前が決めてどうにかなるものではない、ホシグマ。
私と、この般若にならできる。
――たとえ天災が立ちはだかろうとも、今日ばかりは大人しく引くつもりはない。ましてや盾の一枚、鬼の一匹など!
この盾を鍛えた職人は、流れ者の悪鬼たちに一家全員を殺された。その怒りは、天災よりもずっと恐ろしい。
そしてこの盾が吸った血の悲劇は……天災よりも遥かに残虐だ。
チェン、ウェイ長官が悪だと言うのなら、二人で殴り飛ばしに行くのもいい。
やりたいことがあるんなら、どんなことだろうと付き合う。私のクルビアハイパワー70VVを気に入ってただろう? バイクなどいくらでもくれてやる。
だから行くなチェン。私に手を出させないでくれ。この私の一生の願いだ。
手を出させるなだと? ウェイと同じような口を利くんじゃない。私を諭すような……その話し方をやめろ!
ウェイが手を出そうが出すまいが私はもう……いや——
奴が兄弟と呼んだ男を売り、私の母を裏切り、この街をその罪深い手で闇に沈めたあの時に、私はもう決心していたんだ。
お前は長官のやってきたことのすべてが、自分に関係することだと考えているのかもしれないが、私はそうは思わない。
何だと……?
彼が街のためにやってきたこと、そしてお前のためにやったこと。それらとお前がやるべきことには、何の関係もない。
長官もそれは自覚している。彼は悪者になりたいわけでも、龍門の支配を望んでいるわけでもないんだ……
だからこそ、お前にその剣を預けたんだ。
……お前は何もわかっていない。
――わかっていない? 何をだ?
何度も、何度も……自分の居た場所を、家を、家族をこの手で始末してきた。
常に血に塗れながら、最後まで戦った。立っている者が私一人になるまで。
それが正しいと信じたから。相手が間違っていると思ったから。
私も時折自らに問いかける。自分に生きる価値はあるのか、と。
きっとそんなものは無いのだろう。だが結局生き延びてしまった。今はもう、自分のためだけに生きることなどできない。
独りよがりで善悪を決め付け行動する……そんなのは人として最も愚かな行為だ。
後悔の苦味は、いつまで経っても舌から消えはしないぞ。
重い十字架を背負っているのは、自分だけだとか思っているんじゃないだろうな、チェンお嬢様?
その呼び方をやめろ!
……どうして私の気持ちを少しは理解しようとしてくれない?
これほど長く苦楽を共にしてきたというのに、腹を割って話せないのは何故なんだ?
私たちにはそれぞれ苦しい胸中がある。それはお互いさまだろう。それなのに……
なぜ解ってくれないんだ? お前たちのことは誰一人として巻き込んでいないと言うのに……相手の気持ちを理解しようとしていないのはどちらだ!
……無用な死を迎える者を、見過ぎたんだよ。
お前が何者であろうと別に構いはしない。だが、お前があの場所に向かおうとするのを見過ごすことはできない。
この先には行かせない。敵がすでに一線を越えている以上、お前が何をしようと現状は覆せない。ただ無駄死にするだけだ。
そんなことは誰も望んでいないんだよ。近衛局に、いや龍門にも、お前の死を望む者など、誰一人いない。
——その言葉には、感謝しておく。ホシグマ。
だが私は、やはり行かなければならない。
本気か?
たとえお前を相手に剣を抜くことになろうと、恐れる私ではない。
これだけ言葉を、心を尽くしても、か? 一度自分の取った選択は鋼の杭で固定されて動かせないとでも思っているのか?
前にも言ったはずだ、お前は自分の考えに固執し過ぎる癖がある。そして周りが見えなくなる。周りがどれだけお前のために努力しているのかも。
意地の張り過ぎが、身を滅ぼすことになるのが何故わからない?
フンッ……これ以上は不毛な堂々巡りだ。
仕方ない。一度しこたま殴られないと、自分の執念が幼稚で無謀なただの妄執だと気付かないのだろう。昔の私と同じようにな。
それでもやるというのなら……2年前からどれほど成長したのか、見せてもらうとしようか、チェンお嬢様。
その呼び方をやめろと言っただろう!
EX-42、使用者ロスモンティス、許可を。
生体コード遠隔照合を完了。使用者:ロドスエリートオペレーターロスモンティス。
アーツ遠隔操作型機EX-42、起動を承認。防衛戦限定での運用及び艦外への携行を許可。
うん。じゃあ行ってくる。
ロドス本艦の移動の件、クロージャに伝えて。
ドクター、早く乗れ! いいから早く、もう見るな!
あの子の戦闘中に飛び散る破片に当たっただけでも死ぬぞ。