暴風眺望 9-5・戦闘後
臨界点
親愛なるレディ、晩餐会の準備が整いました――
――おっそいのよ。あんたたち貴族って何やらせてもほんっとノロマでクソうざいわね。
……はっ……おもてなしが至りませんでしたことを、心よりお詫び申し上げます。
謝罪なんていらないわ。で、今日は何人来るの?
ヒロック郡の有識者はすべてご招待いたしました。近頃大いに人気を博している大詩人、シェイマス・ウィリアムズ氏も――
詩人? つまんない人選ね。あんた、貴族や商人も招待するって約束したけどそっちはどうなったわけ?
も、もちろん……もちろん、ご招待しておりますとも。
たとえば、南部地区で織物産業を牽引しているボレ卿ですとか、以前マッコイ賞を受賞されたバシール医師、それから十数箇所もの鉄工所を持つエヴァンズ氏も……
へえ? 本当に来るんでしょうね? 特に最後の人なんて……
ええ、既にご到着になった方々もいらっしゃいますよ。
何しろ、尊きお方がご来訪くださるということで……何名もの著名人が、あなたやあなたのお仲間に一目お会いしたいと他の都市から駆けつけていらしたそうでして。
ああ、それと……ご要望通り、リストを作成いたしましたので、いつでもご自由にご覧くださ――
うるさい、喋りすぎ。……ま、仕事はそれなりにやってるみたいだし……下がっていいわよ。
寛大なお褒めの言葉に感謝いたします。では、ご支度が済まれましたらお知らせください。我が屋敷の質素なホールが、あなたのご到着で明るく照らし出されることを心待ちにしております。
……で? いつまで突っ立ってるつもり? まだ何か話があるの?
恐れながら、もう一つだけ――あの最も尊きお方、高貴なるレディにご臨席を賜る可能性は、ほんの少しでもございますでしょうか?
……あんたにそれを聞く権利はないわ。目障りだから失せなさい。
何かあったの? マンドラゴラ。落ち着かない様子だけど……
やめてよ、白々しい……虫唾が走るわ。あんたが人の心配なんてするわけないでしょ、アルモニ。
はぁ……それじゃ、言い方を変えましょうか。――私はまだこの素敵な小説を読んでいたいのに……そうやってバカみたいに歩き回られると、灯りが遮られちゃうのよね。
チッ……
……ねえ、あんたたち金持ちって皆こういう感じなわけ?
そこら中に楽器を置いて、いくつも本を買って……見た目を飾り立てておけば、空っぽの頭にまでは目がいかないとでも思ってるの?
あら、飾れる見た目があるだけいいでしょ? 少なくとも、見た目も中身もすっからかんよりはマシだと思うけど。
あ、あんたねぇ――!
はいはい、落ち着いて……なんて、言ったところで無駄そうね。それじゃあ、こうしましょう。――舞踏会でのステップをどちらの足から踏み出すべきか悩んでいるなら、私がリードしてあげるわ。
何わけわかんないこと言ってんのよ!
あたしはもっと大事なことを考えてるの。今回は貴族や大商人が大勢来るのよ。彼らの支持さえ得られたら、ヒロック郡を占領するだけではなくて、ロンディニウムだって――
――やめて、マンドラゴラ。
じゃあ聞くけど、あんた、いつまでそのくだらない本を読んでるつもりなの? リーダーやあたしたちのために大事なことを考えようとは思わないわけ?
何か勘違いしてるみたいね。私がやめてほしいのは、慌ただしく歩き回ることじゃなくて……そのナンセンスな発言と、小さな脳みそで巡らせてるばかばかしい考え事の方なんだけど。
はぁ? 今更やめろですって? できるわけないでしょ! 今回の計画のために、人員配置だの集会の手配だの、これまでどれだけ吐き気をこらえて努力してきたと思ってんの?
あたしはこれ以上待てないのよ! ダブリンの炎でこの街を焼き尽くし、足元に広がる偽物の都市をズタズタに引き裂くその時が待ちきれない……!
それに引き替え、あんたはどうなの? 本来ならリーダーの元にあるべき栄光を、我が物顔で振りかざしてるあの恥知らずな偽物と――
――いい加減黙りなさい。
あなた、一体いつから――リーダーに代わって物事を決める立場になんてなったのかしら?
…………
チッ……
――もしもし。ええ、私。そうね、私たちはまだここにいるわよ。
……へえ?
ようやく、少しは面白くなってきたじゃない。
マンドラゴラ。あなたの無鉄砲な計画が実行可能かなんて、議論する必要はなくなったみたいよ。
……それ、あいつからの情報?
誰かがここを嗅ぎつけたんですって。今夜訪れたお客様は、あなたが招いたお友達だけじゃないみたいね。
……軍人でも来たの?
そんなところね。んー、もしかしたら私の顔馴染みも来てるかも。
チッ……本当に――
はいはい、アーツユニットはしまってちょうだい。チャンスならまた来るわ。
わかったら、もう行きましょ。私たちにはまだやることが残ってるもの。……ここは彼女に任せておけば、きっとすぐ面白いものが見られるわよ。
……フフッ……目に浮かぶわ。このムカつく屋敷がバラバラになる光景がね。
まさかこんな簡単に紛れ込めるなんて思わなかったよ。うちはてっきり……
こっそり潜り込むものと思ってた? まあ、それも悪くないけど、正面から入った方が、誰かと話すには都合がいいのよ。
なるほど~……にしても、もらった情報は相当貴重なものだったんだね。今夜の集会を知ってる人、多くはなさそうだべ。
貴族の秘密集会は、その多くがこうした方法で行われるの――何せ彼らは、招待状なんてありきたりでつまらないと思っているから。
この情報に辿り着く手段と、身分を証明できるものさえあれば、敷居をまたぐ資格があると見なされるのよ。
だけど、隊長の家がそんな有名な貴族だったなんて、初耳だよ。
言ったところで何も変わらないでしょう?
それはそうだけど、うちの学生時代ってさ、クラスメートの貴族さんはいっつもグループ作っててね。授業以外の関わりはなかったから、目の前に貴族がいるって思うとちょっと新鮮だよ。
まさか、あんな煩わしい礼儀作法に憧れなんてないわよね? 一度しか着られないドレスとか、毎週流行りが変わるメイクとか、何かと繰り返される時候のあいさつとか、あとは――
うわわっ、その辺で勘弁して! うちも、仲良しの友達と一、二回そういうとこに行ったけど、ご飯食べるにもフォークを使う順番がどうとかで、もう頭爆発しちゃいそうだったべ。
ならよかった。私も、その手のことはあんまり好きじゃないのよ。
まあ、ただ……どんなに気に入らなくっても、生まれ持ったこの名字が、たまには役に立つってことだけは認めないとね。
ところで隊長、今日ここに集まってる人って、みんな亡霊部隊の支持者なのかな?
……そうとは限らないと思うわ。
先生、やっとお目にかかれましたね! あなたがおいでになると聞いて、ペニンシュラ郡から慌ててお伺いしましたの。よろしければ私のコレクション……大事な詩集にサインをいただけないかしら。
もちろんです、麗しきレディ。身に余る光栄ですよ。
やあシェイマス、ここにいたのか! 敬愛する大詩人よ!
ついこの間、君が新しく出した歴史物語を読み終えたばかりでね。君の作品のなんと胸躍ることか! 我々ターラー人に、まだあんなにもたくさんの素晴らしき物語があったなんて知らなかったよ!
ありがとうございます。ですが、あれは民族伝承を基に脚色を加えたファンタジーにすぎません。私の仕事は、砂に埋もれた宝物を発掘して、多くの人に見てもらうことに最大の価値があるんです。
まあ、なんて謙虚な方なの! ですが、あなたが描いたあのドラコ……光輝溢れるターラー文明を築き上げたゲル王は、素晴らしく聡明で偉大でしたわ。心躍る夢を見た時は、いつも出てきますし――
まったくもって仰る通りだ。私に言わせれば、君ならば、リターニアで最も偉大な音楽家のように時代を変えることさえできるだろうな!
ははは……そんな、大げさですよ。
いやいや、大げさではないさ! 君が望むなら、ヴィクトリア中の出版社が喜んで君を受け入れることだろう。何しろ皆、君の作品が多くの言語に訳されるのを待ち望んでいるからね。
無論そうなれば、この大地にあるすべての国が、ターラー文化独自の魅力を知ることになる。当然、それがヴィクトリアの永久不変の機械が立てる轟音に埋もれるべきではない、と気付くことだろう。
本当にそうなったら素敵ですわね。より多くの国際人から支援していただけるようになれば、私たちの声が議会や公爵にもっと届きやすくなりますもの。
いやはやその通り! 今の政治はデタラメだ! 同じヴィクトリア公民であるにもかかわらず、昔私のひいひいひい爺さんがゲル王の臣下だったというだけで、多額の相続税を払わないとならんとは!
まあ、エヴァンズさん! そうは仰いますけれど、あなたは寛大にも多くの同胞を雇い上げ、この素晴らしい都市で足場を築く機会をお与えになっているではありませんか。
あなた方の一族は、我々ターラー人の誇りですわ。
ええ、まったく。我々の同胞がまともな仕事を見つけるのは難しいことですからな。聞いた話ですが、ほかの工場では、一週間ずっと必死に働いても、ほんの少しの硬貨しか得られないそうですよ。
……ですがあなたの工場では、出身の違うヴィクトリア人労働者なら倍は稼げているはずです。
う、ウォッホン、ゴホンッ……
少々場違いな発言かもしれないが――我々の存在を強大な隣人たちに認めさせるのは、そう簡単なことではないだろう?
皆さんには、今一度考えていただきたいのだよ。リターニアという国は、音楽や詩歌だけを頼りに、今日のリターニアになることなどできただろうか? とね。
実際問題、かの国には世にも恐ろしき術師がいたように――
我々ターラー人がより多くの国々に認められたいと望むなら、やはり実用的な力に頼らざるを得ないのだ。たとえば、遠方からの友人の……技術的支援を受ける、というのも一つの選択だろう。
ちなみに、私は偶然にも、その支援を得るためのコネクションを少しばかり持っていてね。この機会に、男爵のご友人たちにも喜んで共有させていただくとしよう。
ハハッ、ぜひぜひ! まったくあなたの仰る通り、援助というのは大切ですな。どれだけ舌が回る人でも、水分補給を怠れば、次第に喉が渇いてしまって何も話せなくなりますから。
うむ、うむ。しかし、こうしてみると……我々は皆、新時代を切望する同志のようだ。――ならば、この共通の夢に献げて乾杯といこうではないか?
本当に刺激的な夜ですこと! ……あら? そういえば、ウィリアムズさんはどちらに……?
ご機嫌よう、ウィリアムズさん。
ああ、こんばんは。
こうして急に話しかけて、お邪魔にならないといいんですが。……お仕事中でしたか?
ははっ、いえ。ちょっとした詩を書いていただけですよ。……実はもう何日もかけているんですが、なかなか仕上がらなくて。
今日の集会でインスピレーションを得られないかと思ったのですが……やはり、無理に書こうとしたところでダメな時はダメですね。
こうした場所では、気力も体力も消耗するものですからね。少しお疲れなのでは?
はは、お気付きでしたか。……もしチャールズの――いえ、男爵様の熱心なご招待がなければ、我が家の暖炉のそばで、本を読みつつ夜を明かしたかったのですがね。
誰しも、そういうものではありませんか? 自ら社交場に向かう人は皆、生活のために仕方なく足を運んでいるのでしょう。
いい考え方だ。気に入りました。……ときに、あなたはターラー人ではないですね?
ええ、そうです。この辺りでは、あまりループスは見かけませんものね。
ふふっ、種族で出身を判断するようなことはしませんよ。
あえて我々に伝わりやすい言葉を選ぼうとも、言葉のアクセントがあなたの出自を示しています――ロンディニウムの標準教育を受けた、ヴィクトリア貴族、といったところでしょうか。
さすがは大詩人、鋭いですね。
創作とは、観察から始まるものです。私には、あなたが彼らと違う理由でここを訪れた、ということもわかりますよ。
……私をお疑いですか?
何を疑えと仰るんです? 私は、思想にまつわる意見交換のために来た。そして今、あなたは私と言葉を交わしてくれている。それで十分でしょう。
つまり……私がターラー人でなくともいい、と?
あなたがターラー人ではないからこそ、ですよ。
すみません、ビールを一杯……ありがとうございます。――あなたも何か飲まれますか?
私は結構です。窓辺で夜風に当たれれば、それで満足ですから。
それでは、楽しいお喋りを続けましょうか。さて、先ほどの話題は何でしたっけ?
……ああ、思い出しました。そう――言語や文化というものは、過去と未来の対話、あるいは、まさに今ここで私とあなたがしているような交流のために生まれたものです。
それも、あなたが私を気遣ってくださるからこそですよ。もしあなたがターラー語で話していたら、私は何も聞こえないのと同じようなものですから。
ははっ。このパーティーでは、ターラー語はほとんど使われませんがね。
そういえば、私が読んだ限りでは、あなたの作品はどれもヴィクトリア語で書かれていましたね。
ええ。「韻」というのは、詩人の想像力を制限するものです。たとえば、ヴィクトリアの詩歌を読むと、リターニアのそれとはまったく趣が異なりますよね。
私は古いターラー語で書かれた詩歌が本当に好きでしてね。そうした文字を追っていると、まるで歴史の別の側面に触れているように感じるんです。
けれども、だからといって自分を偽るつもりはありません。
私は幼少期からヴィクトリア語を母語として育ちましたから、当然それで思考が形成されています。もしターラー語で文章を書けば、ぶかぶかの靴で踊るピエロのようになってしまうでしょうね。
ターラー文化の復興を望む方は大勢いると聞きましたが――
ええ。もちろん、私もその一人です。
――我々の都市は、この大地を放浪しています。この土地は不変のものですが、常に変化し続けるものでもあるのです。
いつの日か、ターラー語が、我々の子供たちの思考を構築する言語となる時が再び来るのかもしれません。その時が来れば、私は喜んでその変化を受け入れることでしょう。
ではもし、その「変化」を急速に――自然な形を逆転させるほどの勢いで、爆発的に生じさせることを望む者がいるとしたら?
――
「思想は何の役に立つ? 土に一本の羽を植え、それが羽獣になるまでを想像するのはどうだろう。」
……あなたの最初の詩集からの引用ですね。私、その一文が特に好きなんです。
……これが、そのご質問への答えです。
私には、この土地を変えることはできないし、変えたいとも思いません。私は、ただ懸命に羽を植え続けるだけの人なのです。
そして、思想とは本来自由であり、誰も干渉できないもの――ですから、一人一人の心に育った羽獣はそれぞれ違うのでしょう。誰もがこの土地の未来に異なる望みを抱くのと同じで。
……わかりました、ウィリアムズさん。
あなたとお話しできたことを、心の底から嬉しく思います。
――隊長、何か変だよ。
どうしたの?
チェロたちからの連絡が、もう四十分以上も途絶えてるんだ。……三十分ごとに連絡しろって、隊長が命令してたのに。
向こうは今頃、兵営で駐屯軍への対応をしてるはずだよね? うちらが出発する時は、こんな任務退屈すぎる~ってチェロが不満そうにしてたけど、何かあったのかな?
……
それに……なんか、周りがちょっと静かすぎると思わない?
窓から外を見てたらさ……さっきまでは、広場をたくさんの人が行き来してたんだよ? でも急に、何かがあったみたいにみーんないなくなっちゃったんだ。
……まさか、私たちをつけていたのは――駐屯軍?
その時、会場のドアが突然蹴り開けられた。
続けて、完全武装の兵士数十名がなだれ込んでくる。
な、何事です!? どうしてこんなにたくさんの兵が……!?
しかも、私に武器を向けるだなんて……! あなた方、私たちの身分を承知の上でそんなことをなさってますの!?
だっ、誰だ!? ここをバラした奴は……!!
クソッ……こんなところにいられるか!!
(小声)は、早くマンドラゴラ様に伝えてこい! トラブルが起きたと……
(小声)何ッ!? 全員帰っただと!? 一体いつ……いっ、一時間前!?
(小声)それを早く言え、このバカッ……!!
全員、動くな!
――
紳士淑女の皆様。お察しの通りだが――あなた方を逮捕する。