暴風眺望 9-6・戦闘前
ダブリン
大佐……
ああ。また会ったな、スカマンドロス。
……ここで会うことに、驚きはないようですね。
ハッ、「驚き」だと?
君と初めに会った時から、驚くべきことなど何一つない――このクズどもといることも想定通りだよ。大方、貴族のマナー講座で安っぽい同情心を学んでしまったのだろうな?
……我々に監視をつけていたのですか!?
「合理的管理を行っていた」と言ってもらいたいな。
まあ、ともあれ、君たちには感謝しているよ。こうして案内してもらわなければ、このウジ虫どもを一網打尽にする絶好のチャンスを逃すところだったのだから。
……さて、そこのクズども。貴様らは普段、随分と奥深くに身を隠しているようだが……
一体どうして、こうも大胆に集まろうなどと考えたんだ? まさか数回取るに足らない襲撃を行っただけで、ヒロック郡は既に自分たちの支配下にあるなどと勘違いをしたわけでもあるまい。
あの、その……た、大佐さん、きっと何か誤解があるのではと……
――ボルトン男爵。我々の間に誤解など存在しない。私は貴様らが腹に抱えた企みをはっきりと理解しているのだ。
ですが……っ、今日ここに集まっているのは、私の親戚と一部の友人だけなのです! 私の名誉にかけて、誓い――
口を慎んでいただこうか、男爵閣下。貴様らが祖先から受け継いだ栄誉など、私からすればまったくの無価値なのでね。
な、なんてことを仰るの!
考えてもみたまえ。貴様らのような貴族の品位を貶めているのは私ではない。ヴィクトリアが与えた地位と富を享受しておきながら、裏で最低の反逆者どもと結託しているのは誰だろうな?
そんなっ……まったくの言いがかりですわ!
――くだらん無駄話にはもう飽き飽きだ。貴様らも、クズならクズらしく、外にいる連中と同じように……炎の中で泣き叫びながら、自らの犯した過ちを懺悔するがいい。
彼の言葉通り、外からは、いくつもの泣き叫ぶ声が耳に飛び込んでくる。窓を見れば、ところどころに炎の光が映っていた。
(小声)……隊長、外を見て! 包囲されてるのはここだけじゃないみたい。多分、ターラー人の地区全域だ。
(小声)あの人が言ってること、全然大げさなんかじゃない! 一般市民を武力で脅してるんだよ!
(小声)あっちの通りなんて、いるのはほとんどお年寄りや子供さんだったのに……!
(小声)いきなり過激な手段に出るなんて……彼は、何らかの――恐らく、亡霊部隊に関する情報を掴んでいるみたいね。私たちには隠しているんでしょうけど。
(小声)トライアングルから連絡は? 来てないの?
(小声)午後に入ってからずっとないわ。
(小声)えっ? それって、何かマズいことでも起きてるんじゃ……
(小声)心配しても仕方がないでしょ。今は、駐屯軍を何とかして止めるのが最優先よ。
(小声)それもそうだね。ここで足止め喰らうわけにはいかないし……!
そこのヴイーヴル。壁を破って出ようなどとは考えるなよ。私がいいと言うまで、誰一人としてこの部屋から出ることは許さん。
ありゃ~、目ざといなあ!
出てこい! そこにいるのはわかっている。妙な動きはするんじゃない! そのまま、おとなしくひざまずけ!
きゃっ!
答えろ! 家の中には誰かいるのか?
い、いません……!
ほう。本当に誰もいないんだろうな? では、私が見てこよう。……いいか、そこを少しでも動いたら、どんな理由があろうとも即刻頭を撃ち抜くぞ。
う、ううっ……
あなた、一体何をしてるの!?
誰だ! 急にクロスボウの前へ飛び出してくるとは……貴様、死にたいのか!?
ん? 待てよ、お前……アダムス隊の儀仗兵だろう? 新年の行事で見かけた覚えがあるぞ。だが、お前たちの隊は行動命令を受けていないはずだ。ここで何をしている?
あ、あたしは……
あたしは、近くで別の任務に就いてたの。
そうか。では、各々任務に戻るとしよう。こっちの邪魔はしないでくれよ。
えっと、でも……
(立ち上がらなきゃ……あのバグパイプって子が言ってたもの。嫌な状況を変えることくらい誰だってできるって。)
(でも本当に、そんなことできるのかな……? ――ううん。考えてないで、とにかくやってみなくちゃ……!)
この人たちが……一体、何をしたっていうの? こんな乱暴な扱いを受けるほど、悪いことをしたの?
そんなこと、こいつらに聞いてみたらどうだ?
う、ぅっ……
何を泣いている? 暴徒を匿い、飲み物や食い物を与え、連中のために情報を流していたのは貴様らだろうが。
……それ……証拠はあるの?
証拠? お前の言う証拠とは何だ? 第九隊と十三隊の死して間もない身体に残った傷のことか?
彼らの中には、恐ろしいアーツで殺された者もいれば、我々の装備と同じモデルのクロスボウや刀で殺された者も……首に農業機具の跡が残っていた者すらいるんだぞ……!
……想像したことがあるか? 頭をコンバインで麦みたいに切り落とされ……まるで地面を耕すみたいに、トラクターで体を平らに押し潰される……そんな惨状を!
えっ……
吐き気がするだろ? 私は、それをこの目で見た。しかもその頭の持ち主は知り合いだったんだ。……死体を目にした日は、ずっと吐きっぱなしだったよ。
ど、どうして……同じ人間なのに、どうしてそんな残酷なことができるの……
ハッ、いいことをいう。「同じ」じゃないんだろうよ、奴らは人間と呼ぶには値しない連中だからな……!
お前も、こいつらがこういう扱いを受ける理由がわかっただろ?
……
……おい、何をぼんやりしてるんだ?
……だから……この人たちはみんな、悪い人だっていうの? この人たちが……ターラー人だから?
う、ううっ……あぁ……私は、私は何もしていません……
……ねえ、こんなふうに泣いてる人を、あなたは疑ってるの?
彼女の旦那さんはもう鉱石病で亡くなってて、お子さんはまだ十歳くらいなんだよ。こんな、誰も頼れずに苦しんでる人が、人を殺したりなんかすると思う?
何度言えばわかるんだ! こいつらは皆同類なんだよ! たとえこの女やその子供が、まだ何の過ちも犯してなかろうが、こいつらは全員一緒だ!
……
もし、この人たちがターラー人じゃなくて、ほかのヴィクトリア公民だったら……
それでも、あなたたちは彼らを暴徒の仲間と見なすのかな?
……
もし……もしも、あんな差別的な法律が初めから存在しなかったら……ターラー人もほかの人たちと同じように、収入や治療を受ける機会を得ることができたなら……
争いなんて起きなかったんじゃないの!?
……もういい。質問がしたいだけなら勝手にしろ。答えのない質問など、誰にも応じようがないだろうがな。ともかく、この家の捜索はほぼ終わったんだ。私は次の家に行く。
っおい、貴様! 立っていいとは言っていないだろう!
ううっ……み、見逃してください……あの子は……クレイグは私がいないとダメなんです……!
このっ……! そうやって子供子供と泣きわめいて、同情を引こうとしても無駄だぞ!
……見逃してあげてよ。
お前か。はぁ、まあいい、私は忙しいんだ。この女一人に構っている暇はない。
……おい、儀仗兵。お前は親切心でこいつらを守ろうとしてるんだろうが、せいぜい不意を打たれないように気を付けるんだな。
あの憎しみに満ちた目を見ただろう? お前がどう振る舞おうと、こいつらの目から見れば、お前もこちら側の人間――私たちと同じにしか見えないってことを忘れるなよ。
……お願いだから、早く行って。
チッ、忠告はしたからな。
ふぅ。……ねえあなた、大丈夫!?
……は、い……
よかった。シアーシャと話した後、なんだか胸騒ぎがして戻ってきて正解だったよ。
立ち上がることで、変えられるものはあるんだ……本当に、ほんの少しだけど。
ほら、家に帰ろう。あたしが支えて歩くから。今夜は……ううん、明日も家から出ないようにね。外は危ないし、それに……ええと、とにかく、最近のヒロック郡は安全とは言えないからね。
そういえば、息子さんは? ええと、クレイグだっけ……?
クレイグ……あの子は……う、ぅっ……
まさか、捕まったの!?
わ……わからないの……
それなら、私が探しに行くよ。
どうした、ヒル!
ご報告します、大佐! 廊下の窓から逃走を図った男を発見、捕縛いたしました。
ひっ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!
ほう。では、当ててみようか。この男が貴様らのうち、誰の手の者で……そして、誰に情報を伝えようとしていたのかをな。
わ、私は……
べ……弁護士を呼べ! 私は市長だけでなく、議員たちとも親交があるんだぞ!? だっ、だから我々を解放しろ! お前たちにはこうして我々を拘束する権利などないはずだ!
ふむ。私の予想は的中したようだな。貴様らは全員、反逆者と結託しているのだろう?
さあ言え。誰でも構わんぞ。――共犯者はどこにいる?
おや、返事がないな。 では、こうしよう。三つ数えたら――
う、うわあああっ! こ、殺さないで……!
キャーッ! な、なんてこと……! どうしてそんな残酷なことをなさるの!?
そうだよ! そんな資格あるわけないでしょ!?
何? ――スカマンドロス、君の部下に教えてやれ。私に「資格」があるかどうかをな。
ッ、隊長……!
――臨時統制法。我々がロンディニウムから直接命令を受けられない場合において、ハミルトン大佐は確かに、ヒロック郡駐屯軍の最高司令官として、都市全体に戒厳令を敷く権利を持っているわ。
うちだってそのくらい知ってるよ! でも、だからって本当にそんなことしたら、亡霊部隊に宣戦布告するようなもんだべ!
だけど彼らの言うことには、正しい部分もあると思うの。私たちは既に、戦争の中に身を置いているのよ。
でも、うちらは敵部隊のこと、ほとんど何にも知らないようなものでしょ。
向こうはきっとうちらのことをよく知ってる……どう考えても、今はこっちから仕掛けるべきタイミングじゃないよ。
ハッ……タイミングだと! 連中はこちらの都合など考えずに襲撃してくるんだぞ!
大佐。我々小隊の意見を一切受け入れていただけないとしても、現在あなたが取っている行動には、明確に反対の意思を表明せざるを得ません。
己の立場をわきまえてくれたことには感謝しよう。
正直に言えば、私もこんなことはしたくない。ほかの選択肢が残されている限りは、帝国の法を破りたくはなかったよ。
だが――事実として、もう時間がないのだ。今もなお、あの連中は暗闇の中一歩ずつこちらへと迫っているのだから。
そして、君も言っていただろう、スカマンドロス? 君たちも、あの亡霊を白日の下に晒すべくここへやってきたのだ、と。
今こそ、陰謀のすべてを明るみに出さなければならない。でなければ我々は、明日を待たずしてヒロック郡を失うことになるだろう。
ですが大佐……危急の状況だからこそ、一つの選択を誤ればより深刻な事態を招くこともあるかと。
何より、この場の人々の多くは無実だと、私は確信しております。まずは彼らを連行し、それから……
いいや、無意味な取り調べに時間を浪費するわけにはいかん。今ここで、このクズどもに吐かせねばならないのだ。こいつらの仲間が一体どこに隠れているのかをな!
これ以上は時間の無駄だ――ヒル、やれ!
……大佐。
この*ヴィクトリアスラング*はどこのどいつだ?
――私を連行してください。何せ私はボルトン男爵の招待を受けた客人です。この今にも卒倒しかけている可哀想な若者より、多くを知っていますから。
シェイマス! どうして君がそんなことを!
シェイマス? 詩人のシェイマス・ウィリアムズか?
はい、大佐。
ふむ、いいだろう。元々貴様には会いたいと思っていたんだ。愚か者どもを文字で扇動する物書きなど、いつまでも野放しにはしておけんからな。
ウィリアムズさん……!
大丈夫ですよ。どうかご心配なく。私は、むしろ大佐に感謝しなくてはならないくらいですから。……つい先ほど、あの詩をどう終わらせるべきか思い至ったのです。
――捕らえろ!
えっ……ボール?
ヒル! 外にいる見張りに、窓を割ったクズを探させろ――
待って、なんか変だよ!
……ッ! ボールの中から音がする!
なッ!?
伏せてっ!!
……
だっ、誰だ? どこから出てきやがった!?
ぐあッ――! き、貴様ら……! と、とにかく大佐に報告を……第四隊が暴徒に遭遇、広場西側の路地に――
――これで、この小隊は殲滅した。
リーダー。付近にあるターラー人地区を完全に占拠しました。
あんた、たちは……一体……
……
あっ!? あなたは、あの方ですよね! 俺たちが、待っていた、あの……!
あなたが……手を差し伸べて、くれるなんて……お、俺は……!
……キミを虐げる者は、もういない。
キミはもう、誰かに助けてもらう必要もない。
これからは、この大地を一人で、自由に歩いて行ける。
ありがとう……ありがとう、ございます! 俺がやってきたことは……やっぱり、正しかった……!
きっと俺たちターラー人も……いつかは、自分たちの都市を持って胸を張って街を歩けるようになる日が来るんだ。その時には、不公平な扱いを受けることだってなくなるんだ……!
ええ。私たちは、その日のために来たの。
リーダー! あの、あちらを見てください。あれは、俺たちが、あなたのために灯した火なんです!
あれは……パーティーホール……
マンドラゴラ様からの情報によると、駐屯軍上層部は現在、全員あの場所にいるようです。
とはいえ、この程度の爆発では、駐屯軍の勢いは殺せど、殲滅まではできていないかと。
駐屯軍のほかに、誰がいるの?
我々に好意的な地元住民たちです。が、彼らはこちらの内情をいくつか知っているそうで……幹部の方々のお考えとしては、今後を見据えれば生かしてはおけないとのことでした。
……
それから、もしあなたが手を下さないのなら、自分たちで処理するとも、仰っていました。
……だったら、私の炎で……その方が早い。
彼らに伝えて。やるべきことはわかっている、と……
――あの会場は、私が制圧する。
はい、リーダー! ――あなたの炎なら、数百年もの間、我々を抑圧してきた束縛を必ず打ち破れるはずです!