暴風眺望 9-20・幕間
目前の大嵐
……あとは任せてくれ。こんなに急いで彼女を連れ帰ってくれたことだ、きっと疲れているだろう。
残りのことは全部、俺が対応しておくよ。
それは遺品と骨箱か。
チェルノボーグ事変以来、十一ヶ月と二十七日の間、この緊急通信音をロドス甲板で耳にすることはなかった。
――今回の犠牲者は誰だ?
Outcast.
……
では、その手に握っているのは、彼女のシリンダーか。
……甚だ不本意だが、先ほどの通信音が聞こえた時、私は確かにこの事態を予感していた。
Outcastとはかつて、とある賭けをしていたのだが――
勝ったのはやはり、彼女の方だったようだ。
……ケルシー。この後の会議、俺は欠席する。
本来、エリートオペレーターの葬儀はあなたが執り行うのが慣例だが……
今回ばかりは、俺の手で別れを告げさせてくれないか。
……彼女を含めて、異議を唱える者などいないだろう。
ありがとう。では、会議に出ないと決めた以上、ここで俺の最終判断を述べよう――
Misery。君の答えは承知している。
ならば、あなたは俺以外の全員の答えも知っているのだろうな。
状況は変化した。誰もが望まざる変化だったが、今やこれが唯一の選択肢だ。皆もそれをよく理解しているはずだ。
――俺たちは今すぐにでも、ロンディニウムに向かわなければならない。
君たちも知っての通り、私の立場は常に変わらないものだが――
君たちが私の提案を支持するか否かにかかわらず、強調しておかねばなるまい。いかなる場合においても、ロドスが個人的な感情を解決するためだけに航路を変えることはない。
俺がOutcastのための復讐を考えないように、忠告してくれているのか?
安心してくれ。俺の心は悲しみと怒りに満ちているが、それでも自らの職責を忘れることはない。
ただ、あのOutcastを死に至らしめたものが一体なんだったのか、それをこの目で確かめたいとは思う。
恐らくそれは、一個人でも、あるいは複数人の集団でもない、より大きな概念なのだろう。
ケルシー……俺たちが真相を探しに向かわなければ、ロンディニウムを、そしてヴィクトリア全土を覆う暗雲は、より放埒に振る舞うだろう。
そうなれば、Outcastだけには留まらない……
俺たちは全員死ぬことになる。誰一人、逃れることなど叶うまい。
確かに、あなたが言ったように、ロドスは死者のための復讐などしない……
だが、俺たちは皆、今生きている者たちがこの先も生き続けられるよう、チャンスを作ってやりたいと思っているんだ。
えーっと……ここ、どこだろ? また道を間違えちゃったのかな?
って、いけない! もうすぐ約束の時間じゃない! 早く行かないと……はぁ、ここがこんな広いってこと、オリバーおじさんも先に教えてといてくれればいいのに……
……
あれっ、あなたは……!?
ちょ、ちょっと待って!
……何?
ねえ、あなた……
(どうして、あたしを見ても無反応なんだろう?)
(でも、人違いとは思えない。)
(ロドスの船に乗ってから、彼女がどうしてるのか、色んな人に聞いてはみてたけど、みんな知らないか教えてくれないかのどっちかだったんだよね。)
(うーん……彼女の安全のためには、そうした方がいいってことかな……?)
えっと……こんにちは。
あなた……ここで、本を読んでるの? それって、『騎士アイヴァンホーの伝説』だよね? あたしも読んだことあるけど、すっごくお気に入りなんだ。
この本で描かれているヴィクトリアの歴史って、面白いよね。
面白、い……? そう、かもね。だけど……これは、真実じゃない……
小説は……小説でしかないもの。
うん……それもそうだね。ほかに読みたい小説はある? あたし本ならたくさん……あ、ごめん。持ってきそびれちゃったんだった。
この本が好きなら……キミにあげる。
えっ、いいの? あ、ありがとう……
……もう行くよ。
あっ、うん! またね!
(……「また」なんて、あるのかな?)
(そういえば彼女、もう一冊本を持ってたけど……詩集?)
シェイマス・ウィリアムズ……作者の名前も、あの表紙もすごく見覚えがあるような。
約束してた場所って……ここ、かな?
し、識別コード? 何それ? 『新人オペレーターガイド』に書いてあったっけ……?
うわ、確認してたら遅れちゃう! とにかくノックしてみよう!
どうぞ、入ってください!
こんにちは、ウィローさん……いえ、オペレーター・サイラッハさんとお呼びした方がいいですか?
あっ……アーミヤさん!
ふふっ。みなさんのように、気軽にアーミヤと呼んでください。敬語も必要ありませんので、お気兼ねなく。
じゃあ、アーミヤ! ほんとにごめんね、忙しいのに時間を作ってもらっちゃって。二日前の健康診断の時、フォリニックさんから聞いたよ……あなた、一日五時間しか休んでないんでしょ?
フォリニックさんは、いつも私の身体のことを気遣ってくれてますから。でも、大丈夫ですよ。最近は、すごく調子がいいですし。それに私、ずっとあなたにまた会いたいと思っていたんです。
それならよかった! ……ねえ、ところで、ここがOutcastのオフィスだった場所なんだよね?
はい。ですが、彼女はあまりここを使ってはいなかったんです。あの事件の二ヶ月前、私たちで彼女を説得して異動してもらったばかりでしたから。
確かに、ヒロック郡へ来る前に半分引退したようなものだって言ってた……
それでも彼女は、あの任務への参加を強く申し出ていました。
今でもよく、あの数日間に聞いた彼女の言葉を思い出すの。あの人には初めから、すべてに向き合う覚悟があったんだろうね。
そうですね。Outcastさんは、そういう人ですから。
彼女のお人柄は、エリートオペレーターの中でも特別なんです。――あの人は、普通の人には難しい決断を、いつも簡単に下してしまいますから。
そうだね……そういえば、昔ある戦争の調停に失敗して、教会内でのすごく高い職位を放棄した、とも言ってたし。
ええと……彼女がラテラーノの教会を去ったことは事実ですが、戦争調停の失敗、ですか?
Outcastさんのプロファイルにそうした記載はなかったと記憶しています。聞く限りでは、むしろMiseryさんの経歴に似ているような気がしますよ。
……じゃあ、あれは……あたしを慰めるための嘘?
あ、はは……確かに、Outcastらしいや。
はい。そういうところが誠実さに欠けると感じるかもしれませんが……
ううん、そんなことないよ。彼女の話の全部が本当じゃなくても、Outcastはあたしの知る限り誰よりも誠実な人だから。
なるほど、あなたの人柄も思っていた通りです。Outcastさんには、人を見る目がありますから。
ねえ、アーミヤ、あなたの貴重な時間を割いてもらって悪いんだけど……彼女のこと、もっと聞かせてくれない?
ええ、もちろんです。
ただ、彼女にまつわるお話は、本当に長くなりますので――
大丈夫。あなたの手が空いてる時なら、いつでもいいよ。
ふふっ、わかりました。では、そうしましょう。……ロンディニウムへ向かう間、時間はたくさんありますから。
数ヶ月後
修理の目処は立ったか?
そんなに焦らないでよ~。この町は相当僻地の方だし、発信機用のコイルなんてなかなか見つからないんだからさ……
ならば、やはり私がやろう。しかし、デバイスに少し触れただけで煙を上げさせるとは、キミの機械音痴は相変わらずだな。
だけど、そもそもこのセーフハウス自体もうずっと使われてなかったわけだし~……
「そもそも」を語るのなら、こちらのルートへ行こうと言うキミの意見を聞くべきではなかった、という話になるが?
お陰で、数ヶ月もこうした人里離れた僻地ばかりを無意味にうろつき回っているわけだからな!
ひゃ~、チェンちゃんの睨み顔、何年か会ってない内にもっとおっかなくなってる……
……声が大きい。聞こえてるぞ。ぶつくさ言うんじゃない。
まったく、キミは焦るなと言うが、私からすればなぜ焦らないのか不思議なくらいだ!
出発してからどれだけ時間が経ったと思っている? 我々は未だに亡霊部隊どころか、その手がかりすら見つけられていないんだぞ!
もし、私が龍門の警察官だった頃に、同様の状況に陥っていたら、捜査の切り上げを提言していたところだ。……こうも長く持ちこたえられる人質など、いないだろうからな。
……でも、うちは諦めないよ。
隊長はきっと生きてるって、わかってるから。
それとおんなじで、隊長も、うちが何とか助けに行こうとしてるってわかってるしね。きっと今頃、合流するために手を尽くしてくれてるはずだべ。
はぁ。わかった、わかった。キミはそういう奴だったな。
そもそも、キミを容易く説得できるのなら、ここまで引きずり回されずに済んだのだろうしな。
そう言いながら付き合ってくれるんだから、チェンちゃんはやっぱり優しいよね!
はぁ。私もキミの執念深さは理解しているからな。それに、私があいつを探すことで頭がいっぱいだった頃、ずっと応援してくれていたのは他でもないキミで……いや、この話は置いておこう。
――とにかく、キミも知っての通り、だ。
ヒロック郡での事件は、対外的にはとっくに「軍事演習中の事故」として公表されている。
そして、現地の傷病者は全員、補償と定住地を得ることができた――と、政府の公文書に記されているのが実情だ。
加えて、ダブリン――あるいは亡霊部隊はといえば、キミが最後に彼らを見た時、連中がヒロック郡を占拠していた事実の真偽を問わず、今は既に、音もなく去って行ったように見える。
この点については、たとえ我々が現地に向かってこの目で確認したところで、同じことだろう。
うん。うちもそう思うよ。
だけど、うちはあそこで見たものを全部覚えてる。今がどんなに平和に見えても、ヒロック郡と、周辺にある多くの都市には、見えないところで大きな変化が起こったはずなんだ。
それに……たくさんの人の目が向けられてる中で、そういう変化が起きたことが、ここまで上手に隠し通されてるなんてさ……チェンちゃんも恐ろしいと思わない?
あんなに大きな騒ぎを起こした後に、もう一度潜伏を選んだと考えると……あいつらはまだ、もっと大きな陰謀を企ててるってことになるべ!
つまり、ヴィクトリアは今……ヒロック郡での事件よりも大きな危機が、いつ訪れてもおかしくない状況なんだよ。
ああ。キミを信じているさ。
……だからこそ、私はここにいるんだ。
とは言え、キミを信じてくれる人間がほかにどれだけいるのかは、私にも確証がない。
みんなに信じてもらうためにも、頑張り続けないとね!
そう考えると、我々はやはりなんとかして大都市に入らねばならないな。
……ヒューズのことは覚えているか?
ぽっちゃりした男の子だよね? 訓練中によく転んで、いつもたんこぶ作ってたっけ。
……そう。その彼は今、トレーダーズミルの商業連合で副会長をしている。
我々の同級生の中でも、意図的に隠された情報に最も近付けるだろう人物がヒューズなんだ。
なるほど……実は、うちもヒューズを探しに行こうと思ってたんだよね。正確に言うと、ヒューズだけじゃなくて……巨漢のグリムとか、赤髪のビルも探して、助けてもらおうと思ってたの!
でも、一人で探すのは難しくてさ……
だけど今なら、チェンちゃんもいてくれるし、ロドスのみんなが物資や情報を提供して支えてくれるし――
これはもう、絶対なんとかなるべ!
言っておくが、彼らを説得できるかどうかはわからな――わっ!?
こらっ、*ヴィクトリアのご挨拶*! 何をする! 急に引っ張るんじゃない!
見て、発信機が光ってる!
――ロドスからの緊急連絡か?
発信機が故障する前に送ったのは、こちらの位置情報だけだ。こんなに早く連絡が来たということは、まさか、ロドスはずっと私を探していたのか……?
……
…………ッ!
どうしたの? そんな顔して……
んー、うちわかったかも。きっと、あの人のことで来た連絡だべ?
……キミの推測通りだ。
――
どう動くべきか、考えなくてはな。
ジェシカ、状況は?
こちら、現在移動中です。
了解。警戒は怠らないで。
大丈夫ですよ、リスカム先輩。……ヴィクトリアに戻ったことはあまりないですけど……この飛行ユニットはもう通行許可を得てますし、ナビゲーションシステムも正常に動いてますから。
確かに、今回の――クルビアへ帰国する駐在員の護送任務は、特別難しいものじゃないけど、いつハプニングが起きてもおかしくはないと思うよ。
そう、ですね。駐在員のみなさんから救難信号が届いた時は、正直少し驚きました……
ここまでは何事もありませんでしたが、本当に、状況はそこまで深刻なんでしょうか……?
ふぅ……すみません。隊長や隊員たちの前では見せずに済みましたけど、やっぱりちょっと緊張しちゃって……
……隊長はいないの?
えっと、実はそうなんです。ヴィクトリアに到着したらすぐ、何人かを連れてどこかへ行ってしまって。
多分……彼女の方は、別の任務があるんじゃないでしょうか?
……駐在員の引き揚げ任務は、あなたたち装備・応用技術部に託された、ってことか。明らかに、何らかの意図を感じるね。
い、意図ですか?
まあ、気付かない方が幸せなのかも。
まさか、外部の誰かと業務連携しようとしてるんでしょうか?
で、でも、ヴィクトリア政府からの正式な依頼は受けてません……
……機密保持契約に基づいて考えるなら、部門外の情報に対して無闇に意見や憶測を口にするべきじゃなかったね。
さっき言ったことは忘れて。
今は任務に専念するように。何かあったら、すぐに連絡してね。
それから、もう一つ。これはBSWが受けた任務だけど、わたしたちとロドスの協力関係はまだ有効だってこと、覚えておいて。
はい、了解しました。
ロドス側のチームがロンディニウムに接近するのを待って、必要に応じて連携を取ろうと思います。
……もうじき、か。
……数ヶ月前、ケルシー先生から、「準備はできているのか」と問われてな。
私はその時、「わからない」と答えた。
そして今も……その答えは、変わらないままだ。
ゆえに、緊張していない、とは言えないな。
ドクター。こうして傍らにいてくれることに感謝する。
もし私がいまだ、貴様と共に在る穏やかな時間を望むのならば、それは、逃避と取られるのだろうか。
ああ。私もまた、あの日逃げることを選んでからというもの、かの地へ戻る日を待ち望んでいた。
しかし……私は、考えずにはいられない。元いた環境からあまりにも長く離れていた人間に、帰る家など本当にあるのだろうか?
その話は、聞いたことがある。
貴様は目覚めてすぐ指揮官としての働きを求められ、チェルノボーグでの大きな事件を乗り越えた……並みの人間なら成し得ないことだ。
アーミヤ、か……彼女にとって、貴様は本当の家族のようなものだからな。
ロドスは貴様を必要としている。我々オペレーターもまた、それは同じことだ。その点について、疑いの余地はあるまい。
ロンディニウムには、君を待つ人もいるだろう。
グラスゴーのことであれば、きっと新たなリーダーがいるはずだ。でなければ、ロンディニウムで足場を築けはしない。
ほかの者たちも……同様だ。
私がこれだけ久しく離れていれば、その穴埋めは為されている。ロンディニウムには、一本の釘の欠落すら存在しないだろう。
答えを知るためにも、一緒に進もう。
一緒に進もう、か。
そういえば……貴様も、ロンディニウムへ真相を探しに行きたい、と言っていたな。
いいだろう。確かに貴様らが傍らに在れば、私も活力を貰えるというものだ。
我々を待ち受ける答えが、最悪でないことを祈るとしよう。
とは言え、何があろうと……私は己のハンマーで、往くべき道を叩き出してみせるがな。
彼奴らはすべて揃っているか?
間もなくでございます、殿下……ナハツェーラーの王と、ブラッドブルードの大君は、三日の内にロンディニウムに到着いたします。
ふむ。王庭が再び集いてこの方、我らサルカズは内戦後で最も統一に近い段階にある。
いかなる勢力にも、我らの歩みを妨げさせてはならぬ。
……ときに、殿下。ヒロック郡からの使者はまだロンディニウムに留まっておりますが……
その件であれば、既に結論は出ているであろう。
ええ。確かに殿下が以前仰せになりましたように、奴らは心から同盟関係を望んでいるわけではございません。
かように影へと身を潜め、姿を現すことすらせず、愚かで狂った下僕だけを寄越してくるなど……真に誠意ある盟友ならば、決していたしますまい。
しかし、欲するものを手にすることは叶わないというのに、かの者はこの地を去りません。その上彼女の率いる部隊は、ロンディニウムの周辺で貴族の残党や地域住民と幾度も衝突を起こしています。
奴らは探りを入れているのだ。ロンディニウムの現状を探り、同時に我らの実力を推し量ろうとしているのだろう。
仰る通りでございます、殿下……仮に、我々が軟弱な振る舞いをすれば、彼女の背後にいる者が早々に動きを見せることでしょう。
一方で我々が強硬な態度を取れば、彼女は奴らにとって価値を失くした捨て駒となり、盤上から取り除かれたところで何の痛手にもならぬものかと。
――サルカズを剣にしようと企む者は、その刃に刺されて死ぬことになる。
あの女は、タルラにすら及ばぬ。
左様でございましょう。血筋こそ似通うものはあれど、ダブリンの統率者とあのタルラとでは、まったく異なりますゆえ。
レユニオンに比して、ダブリンが南部で起こした波乱は……奴らが十分な武力を有し、ヴィクトリアを引き裂く準備を整えている最中か、あるいは既にそれが整った段階であると証明するばかりです。
混乱に乗じて利を貪らんとする者たちは、混乱が頂点に達した時にのみ姿を現すものだ。
現段階においては、我らの当面の目的やサルカズ自体と無関係である限り、奴らが外で何を企もうとも、それは私の関心が及ぶところではない。
だが、このロンディニウムで余計な問題を起こすことは許さぬ。
この件はマンフレッドに任せよ。彼奴にはできうる限り早い成長を望んでいる。そも、あの貴族たちへの対処など彼奴には児戯に過ぎぬであろうしな。
マンフレッドは常より殿下のお考えを承知しておりますゆえ……既に準備は整っております。
それでも、まだ足りぬと言うのだ。……して、ロドスに動きはあったか?
この幾月か、彼らは常の通り表向きの顔である「商業活動」を続けております。
あの陸上船は昨年末にカジミエーシュを離れて以降、幾度もヴィクトリアに接近しておりますが……我らの目を逃れたことなど、そうはございません。
であれば、船がロンディニウムに近付いた時……いや、例の者たち数名がヴィクトリアに入った時点で、すぐ私に報告をしろ。
あるいは、彼女に直接報告をしても構わぬ。
かしこまりました、殿下。――サルカズの王は、彼女自身の王冠をいかように取り戻すべきかを、当然おわかりでございましょうからね。