暴風眺望 9-21・幕間
再燃
a.m. 9:33 天気/濃霧
名もなき荒野に停泊するロドス艦内
クロージャさん、おはようございます。朝食、ここに置いておきますね。
おっ! ありがとー!
……まさかと思うけど~、カビなんて生えてないよね?
えーっと……多分、生えてないと思いますよ。
じゃー食べよ、いっただきまーす! はぁ~あ、この最悪な天気のせいで、もう何日も足止めされちゃってさぁ、今頃どれだけ予定に遅れが出てることやら――うぇっ、この味は……
とは言え、これは天災に誘発された濃霧ですから。下手に動いて天災の余波にでもぶつかったら大変ですし……
そういえば、昨晩の環境源石モニタリングレポートはもう提出しておいた方がいいですか?
んーケルシーは? まだ手術室?
はい。昨晩からずっと手術が続いているようです。
……だったら、急がなくていいよ。
わかりました。
ほかに何か、お手伝いできることはありますか?
うーん……そうだなー。じゃあ、あたしの代わりにこの健康食食べてくれない? 正直、ちょっと変な味するんだよね~。
えっ、こんなにたくさん残しちゃったんですか……!?
あははっ! ごめんごめん、冗談だって。
……ん?
どうされました?
し、新着メール? こんな荒野のど真ん中で?
近くに街か、トランスポーターの拠点でもあるのかな?
そんなはずありませんよ……それなら、数日前には連絡が取れてるはずですし……
ん~~? ってなると変だよねえ。……でもま、読んでみますか。
送信者は、Dijkstra……えっ、嘘!? あいつって今クルビアにいるんじゃなかったっけ!?
……
急性病巣の切除に成功した。
点滴を維持してくれ。
はい!
創部、洗浄完了……
患者のバイタルは?
確認します……!
ッ! 先生! 心拍数が異常です……た、体温が低下しています!
慌てるな。
内圧及び外圧を調整し、すぐに注射を行う。
止血準備。
はい!
……
……やっほー、みんな。そろそろ交代の時間だよ。
あっ、ブレイズさん!
何か異常は?
今のところ、まったくありません――とは言いましたけど、こんなに視界が悪くちゃ、信じられるのは監視装置くらいのもんですね。
見張り担当の狙撃オペレーターたちだって、こんな天気じゃ、何も見えちゃいないでしょうしね……
はぁ、確かにね。毎日毎日濃霧ばっかりじゃ、やる気が出ないのも当たり前だよ……
Stormeyeの出発が半月遅れてたらな~。こんな霧くらい彼ならきっとへっちゃらだったのに!
まあ、でもここに停泊して何日も経ってるし。本当に何か起こるとしたら、今頃とっくにそうなってるはずでしょ?
だから、君たちはもう行って。ゆっくり休んでてよ!
ですね。それじゃ、お言葉に甘えて。
……感染者組織?
ん~……あいつにも感染者との関わりがある、ってことか~……
「だから僕は、この人たちを助けようと決心した。クルビア、カジミエーシュ、それと君がかつて聞かせてくれた、サルカズの家で――」
「僕らは、これまでもずっとこうしてきた。ずっと、ずっと――」
「――そう、今この時もね。」
……これで終わり?
どうしてここで終わっ――って、待って……「今この時も」ってどういう――
うわ~っ!? なに、どうしたの!?
船が揺れてる……! この衝撃、下層の方からだ。揺れ方からして――まさか、爆発!?
わわっ!? な、何事ですか!?
今日の手術は本当に難しいものですから、絶対静かにしてくださいと事前に通達しておいたのに!
……
もうっ……はい、こちら手術室……えっ?
非常ドアが……!? 船室内にいたオペレーターが、全員閉じ込められた!? 一体何が……
落ち着け。
……連絡可能なオペレーター全員に通知してくれ。すぐに監禁室へ向かってほしい、と。
それと、ブレイズには「多少であれば、艦内設備を破壊しても構わない」と伝えてほしい。
は、はいっ!
では、残りの人員で手術を続行しよう。
外で発生した問題は、ほかのオペレーターたちが解決してくれる。
――集中しろ。手術室における最も重要なものは、患者の命をおいてほかにない。
も、申し訳ありません! すぐに準備します!
……
…………
……もっと苦労すると思っていたんだが。
ともあれ、これが我々の初の「正式な顔合わせ」のようだな、レユニオンの「リーダー」よ。
......
お前たちは……レユニオン、か。
驚きはしていないようだな。
私は誰よりも深く理解しているだけだ。感染者の怒りの炎は、そう簡単に消えることなどないということを。
だが……
――久しぶりだな、「リーダー」。
――!
お前は……!
顔を見たってわからねぇか? ハッ、そりゃそうだろうな! あんたからすりゃ、俺は単なる無名の下っ端……運良くあんたに殺されずにチェルノボーグを生き延びただけの奴なんだろうさ!
けどな、タルラ……「リーダー」さんよ! あんたのその顔を、俺は絶対に忘れやしねぇ!
――お前は、我々の部隊が徴収官に滅ぼされた村を通ったその時、一員として加わった。名前は……ワリアだ。
……名前まで覚えてるとは、意外だな。だったら、レオンティ、デニス、アルセーニはどうだ? あんた、あいつらを覚えてるか? あいつらがどうなったか、知ってるのか?
俺がこの作戦に参加したのは、直接あんたに尋ねるためだ――どうしてあんなことをした!? なぜ俺たちを裏切った!?
……
……離してやれ。
まだ、その時じゃない。ここを去ることが先決だ。
……チッ……
今の言葉を聞いたな、感染者のリーダーよ。
誰もが答えを求めている。それに苦しむ者はあまりにも多く、彼らは皆、お前を問い詰める機会を待っているんだ。
お前を裁き、その命運を定め、そしてお前の言い分に耳を傾ける――その権利を有する者たちは、お前のもとに立ち上がり、お前のせいで死んでいった感染者たちであるべきだと忘れるな。
タルラ、お前は我々と共に、行かねばならない。
……
クロージャさん! 大丈夫ですか!? 今のは……
……何これ、ふざけないでよ……
……クロージャ、さん?
Dijkstra本人がこの近くにいて、ロドスのシステムをダウンさせたってこと!? こんなの、冗談じゃ済まされないよ!
監視システム……それに、探知システムまで……!? は、はっ……さすがだね……
はい、こちら後方支援部! 一部のオペレーターが……レユニオンの襲撃を受けた、ですか!?
えっ、レユニオン!?
いやいやいや、それはヤバいって――急いでアーミヤちゃんに知らせて! タルラ目当てで来たのかも、って! それで、こっちは防御システムの復旧を優先しよう。最速でやるよ!
は、はいっ!
何!? 新規メッセージ!? どうしてこんな時に!!
うわわ……!? 操作パネルが、ロックされちゃった!?
ハロー、ハロー?
やあ、Closure。今はシステム復旧に大忙しかな? やっぱり怒ってるよね?
ああ、先に言っておくと、これは録音だから追跡しても無駄だよ。
それから、昨日の夜中、この準備をしてた時に、医療部のシステムモジュールはダウンしないように分けておいたから。これで患者たちへの影響はないってわけだ。さすがは僕!
Dijkstra――!
君には一言謝っておかないとね、Closure。――ごめんよ、君が僕に教えてくれた方法を使って襲撃するなんてズルだよね。だけど……
それでも、今回やったことを、僕は少しも後悔してないんだ。そもそも、君も知っての通り、僕はのちのち後悔しそうな選択なんてしないんだけどさ。
この技術のひな形を僕にくれた時、君はこう言ってたよね。これはクルビアの既存のネットワークプログラムに対処するには最も効果的な方法で、君の最終手段でもあるんだ、って。
ここ数日ひそかに作業を進める中で、君はたしかに嘘なんてついてなかったって気付いたよ。ロドスのセキュリティシステムは、例のひな形と本当によく似ていたんだ。
だから僕は君の信頼を利用したことになるね。でも、君には君の立場が、そして僕には僕の決断がある。そうでしょ?
……「サルカズ」である君と出会った時、僕たちがどうやって友達になったのかは、今でもよく覚えてる。
僕だって本当は、君とまだ友達……あるいは、昔みたいな戦友で居続けたいんだ。
――でもね、Closure。
そう願う気持ちより前に、大前提として、僕は反逆者なんだよ。僕らはこれまでも、ずっと反逆者として生きてきた。本当に、ずっとね。
……こんの……よくもヌケヌケと~っ……!
……ううん、今はこっちに構ってる暇なんてない。――通信システムは生きてる?
今すぐ、全艦に通達して!
ちっ……アスカロンとLogosたちがいてくれたら、こんなに好き放題させなかったのに――
――いるんでしょ! 出てきなよ!
廊下の両側に隠れてることくらいお見通しなんだから。私の目を誤魔化せるとでも思った? ここはロドスなんだよ!
そうですね、ブレイズさん。確かに、ここはロドスの艦内です。
この廊下で、昔……あなたとエリートオペレーターたちが意気揚々と帰ってくるところを、初めて見たのを覚えています。
――っ……
君は……Guard……?
だからロドスへの襲撃計画を知った時、当然ですけど、俺はためらいました。
自分に言い訳するわけじゃないんですが、俺はそれでも……いや、相手がロドスだからこそ、ここへ来るべきだと――責任を持って、この計画を見届けるべきだと思ったんです。
「責任」って……それ、本気で言ってるの?
はい。ここにいる以上、俺はどんな言い訳もしません。
誰か一人でも裏切られたと感じるオペレーターがいるのなら、俺は確かに「裏切り者」ですから。
……じゃあ、レユニオンとして戻ってきた君は、今更ここで何をするつもりなのかな?
あの後、僅かな生き残りだけでウルサスを去った俺たちは、国境のない荒野をさまよっていました。
最初はクルビア、次にリターニア、そしてシラクーザにヴィクトリア――それぞれの国や地域にはいずれも感染者たちがいて、俺たちとの繋がりを求めていたんです。
レユニオンは、確かに火を灯しました。そして、それは凍土から、次第に大地全体へと燃え広がりつつあります。
でも、俺たちは……かつてタルラの影響を受けて立ち上がった感染者たちに、ウルサスのレユニオンを見て、運命に抗うことを選んだ彼らに、どう伝えたらいいのかわからないんです――
チェルノボーグで経験した、あの失敗のことを。レユニオンは大国に利用された単なる捨て駒に過ぎなかったなんてこと、どうして彼らに伝えられるでしょうか?
……
……あまりにも多くの感染者たちが、あの戦争の中で、理由すら知らないまま戦友と同胞を失いました。
だから、レユニオンはその理由を……真相を知らなければならないんです。俺たちには、「リーダー」の持つ答えが必要なんです。
その答えを手に入れて……
……それからまた、やり直すのさ。
――サルカズ?
でも、君たちはただの傭兵じゃないね。
そりゃあな。
大尉の死後、遊撃隊戦士のみんながみんな、レユニオンと違う道を選んだわけじゃあない、ってことさ。
傭兵と言えば、あのイカレ女――Wはあれ以来、お前らとつるんでるらしいな。まあ、別に構やしないが。
ともかく、要求は一つだ。タルラを渡せ。レユニオンが存在し続けている以上、奴は俺たちの手にあるべきなんだ。
……ハッ。
口先だけで説得できると思ってるの?
当然、思っちゃいないさ。
だが、決して忘れるなよ。お前らロドスや龍門人が、タルラに身内を奪われたように……俺たちは、お前らに大尉とエレーナを殺されているんだ。
慈悲なんざ、これっぽっちもないと思え!
ナイン、この付近の隔離壁をすべて起動して、エリアを封鎖した。これで、少しの間ここに残った連中を相手するだけで済むだろう。
わかった。外のメンバーに、いつでも撤退できるよう準備をさせておけ。
おう、任せといてくれ。
向こうも反撃してきてるわ! 数でも不利よ――
戦うことにこだわるな! 脱出を優先しろ!
甘いな、そう簡単には行かせねぇぞ!
――逃げられると思うなよ!
チッ、しつこいわね……
ナイン、あなたたちは先に行って!
……了解、必ずついてこい。またあとでな。
――ルートの確認を!
もうやっといた、問題なしだ! 計画通り進んでいけば、脱出に支障はない!
よし、外のメンバーにも連絡しろ。当初の計画通り行動する、と!
了解!
そうはさせません!
……
――止まってください。ここからは、出られませんよ。
私が、通しはしませんから。
……タルラさん。あなたは、あの部屋から出るべきではありませんでした。
この人たちは――レユニオン? 彼らが、あなたを助けに来たのですか?
……
ロドスのリーダーだな。「助けに来た」というのは、あまり適切な表現ではないが……まあ、いいだろう。
それより、お前には理解してもらいたいものだ。彼女には我々と共に行く以外に選択肢などない、ということをな。
……いいえ、それはできません。彼女はここに留まるべきです。
確かに、ウルサスと龍門にはタルラを捕らえる理由があり、ロドスにも当然彼女を拘束する理由があることだろう。
だが、タルラにはレユニオンに――そして感染者に、納得のいく答えを与える義務があるのだ。
――では、タルラさんがその答えを与えられるようになるまで、ロドスを信頼して、待っていただくことはできませんか?
Guardも同じようなことを言っていた。ロドスを信じてくれ、とな。
それに、チェン……龍門のチェン警司も。彼女のような感染者を裁くために、公正な条件を用意したい、と言っていたな。
しかし、その「公正」とは何だ?
……
チェルノボーグと龍門にもたらされた、数多の犠牲と無意味な死を思えば、たとえ何千何百もの逃げ口上があったとしても、彼女はその咎から逃れることはできまい。
ロドスだけが未来を創造し、待ち続けることを許される一方で、深刻な裏切りに苦しむレユニオンは、発言さえも許されない……これが、公正なのか?
ロドスのリーダーよ、答えてくれ。
ならば、私たちは共に待つことができるはずです。
あの盾兵の方たちも、ロドスのオペレーターたちも、心から信じてくれているんです。私たちはいつか、一つの答えを導き出すことができる、と……
にもかかわらず今、あなたたちは――こんな暴力的な手段でロドスから彼女を奪い取ろうとしている。この状況で、どうやって人々にまたレユニオンを信じてもらうつもりなんですか?
私はもう、感染者たちに血を流させたくありません。レユニオンと敵対したくもありません。なのに……あなたたちは、どうして――
仮に、私やほかの者たちが待つことを良しとしていても――「レユニオン」はこれ以上待てないんだ。
……どういう意味ですか?
……伝えるべきことは、これですべてだ。
ナイン! もうすぐ時間だ! お喋りしてる場合じゃないぞ!
行くぞ、タルラ。
……
待ってください、行ってはいけません――!
お前が決めることじゃねぇだろうが!
みんな、このコータスを止めてくれ! こいつのアーツには気を付けろよ!
大した実力だな、ロドスの感染者よ! 俺一人なら歯が立たなかったに違いない!
お褒めの言葉をどうも! そう思うならどいてくれない?
そいつは無理な相談だな! 俺はただ、エレーナが命を託したその一戦――あいつが立ち向かったのは、本物の戦士だったと知っただけのことだ!
だったら――ごめんね! 私、急いでるから、ちょっと痛い目に遭わせちゃうかも!
――狙撃兵、彼女を止めろ!
はぁ!? また新手――!?
……
待って、君たちは――! それに、その手に持ってるのって!
隊長のクロスボウ……よく、保管しておいてくれたな。
お前たちには感謝しよう。
だが、俺たちがここに立つと決めたからには、このクロスボウは、遺品としてしまい込まれるにはまだ早い。
総員、準備。
このウサギ……まだ子供だってのに、一体どこからこんな力が!?
はぁ……はぁ……っ!
どいて……ください!
チッ……! 来い、コータス! 俺だって、死ぬ覚悟決めてここまで来たんだ!
俺は中枢区画で、お前らの戦いを見た。正直、お前らを尊敬してるくらいだ!
けどな、今回ばかりは譲れねぇんだよ! たとえ今日、そのために再び感染者が血を流すことになったとしてもな!
私は――
――っ!
……時は来た。さあ、咲き誇れ――
こ、これは……花? 一体いつの間に――
――この期に及んで、彼らの急所を避けているとは。ロドスの統率者は、評判に違わぬ人物のようだな。
だが、お前には暫し、眠りについてもらうとしよう。
……だ……め……
(行っては……だめ……)
ふぅ、やれやれ……あんたのアーツ、もっと早く効くようにできないのかよ。まあいいや。これでどんくらい時間を稼げるんだ?
撤退するには十分と見込めるだけの時間だ。さあ、全小隊を現在の座標付近に向かわせてくれ。すぐに飛行ユニットが――
待てナイン! Dijkstraからだ! 監視システムに、物凄いスピードでここへ近付く何かが映ってるらしい!
……まさか、まだほかにもオペレーターが……
ち……違うっ! ありゃ人間じゃねぇっ!
(歓喜に溢れた雄たけび)
そ、そいつを止めろッ! ナインとタルラを狙ってやがるっ――
(寛いだ様子で身体を伸ばす)
(鋭い叫び)
う、うわあぁっ!
――ッ――これは、一体――?
(咆哮)
(まずい! アーツでは間に合わな――)
……
(挑発的な唸り声)
……お前……
――沈黙を以て答えとすることはできまい、レユニオンよ。
お前は私に選択肢などないと言ったが、今、この行動こそを私の答えとしよう。
……
ナイン! もう時間がない! あのフェリーンにしろ、この化け物にしろ、長くは足止めできんぞ!
(咆哮)
ぐっ――この野郎ッ……!
……あと、三十秒。
うっ……ううん……
(激高するような雄たけび)
奴がまた突っ込んでくるぞ、ナイン――!
……ロドスよ。
私は誰かを説き伏せるつもりもなければ、私の考えを受け入れるよう強制するつもりもない。
だが、まだ終わりではない――ただ、それだけのことだ。
私は、その日が訪れるのを待っている。彼女の言う裁きにせよ、お前の言う答えにせよ、それが下される日を、私は待ち続ける。
だが、それまでは――
彼女の指先から炎が上がる。
それはまるで、怒りが生んだ高い壁のようだった。
――!(一瞬怯む)
死ぬわけにはいかない。
あなたは身を挺してアーミヤを庇った。
業火が周囲の酸素を燃やし、意識を朦朧とさせる。しかし、襲い来る炎はあなたたちを避けた。
……安心しろ。この火が彼女を焼くことはない。
お前たちは遠き道のりを往くことになる……その心が、曇りなきものであることを願おう。
ナイン、時間だ! これ以上は待てない!
わかっているさ。
では、ロドスの諸君……また会おう。
待て!
まさか、あれは――飛行ユニット?
撃ち落とせ、Mon3tr。
(鋭い叫び)
……
クルビアの飛行ユニットか。奴らは、濃霧の中で好機を待ち続けていたのだろう。
とにかく、今は一刻も早くアーミヤを床に寝かせてやってくれ。
わかった!
……
……
あれがケルシーか。
Guardが言っていた。艦内のエリートオペレーターとケルシーを足した数が三名以上であればこの襲撃は成功しないだろう、と。
だから、今日この時が唯一のチャンスだった。
……準備に掛けた時間は?
数え切れないほどだ。
それで、我々はどこへ向かっているんだ?
……すべてが始まった場所へ。
う、ぅっ……
落ち着け……眠っているだけだ。
だがこれは、単純なアーツとは思えない。恐らく、植物性の毒素によるものだろう。……――ブレイズ。
……
アーミヤを医務室へ運んでくれ。
……うん。
そう自責の念に駆られる必要はない。あのサルカズたちも、決して並の相手ではなかったのだから。
でも、逃がしちゃったのは確かだよ。
せめて、Guardの口からもっと情報を引き出せてたら――
……Guardか……
十全な準備を整えて来た彼らに対し、こちらは不意を突かれてのことだった。あまり気に病むな。
み、みんな! 今、どんな状況――
あ……アーミヤちゃん!
まずは被害状況を確認し、負傷者を安全な場所へ移動させよう。話はそのあとだ。
……
あいつに、付け入る隙を与えてなければ! あたしがしっかりしてれば、この襲撃自体止められたはずなのに……
あたしは信じてたから、あれを教えたのに――!
――ケルシー!
聞いている。
この船は……あたしたちのロドスは、もっと直接的な脅威に曝されることになるかもしれないよ。昔みたいにね!
すぐに緊急会議を開かなくちゃ!
……ヴィクトリアへの入国予定日は既に近付いている。
君にあてがえる人員は、非常に限られているぞ。
うん、わかってる。
……では、ドクター。
悪いが、先にクロージャの件を手伝ってやってくれ。彼女は……滅多なことでは、こんな目をしないんだ。
……君は、最後に身を挺してアーミヤを守ってくれた。
ありがとう。
……
……
……これは?
新しい拘束具だ。
これをつけている限り、お前の位置は常に監視される。そして、先ほどのようにアーツを放とうとした場合には、不幸な結果が訪れることになるだろう。
……
タルラ、お前は我々の囚人となるんだ。
お前はいつレユニオンに加わったんだ? 龍門人よ。
……
この大地に生きる人々は皆、いずれは死ぬ定めにある。それが感染者であれば、ましてや私であるならば、なおのことだ。
しかし、感染者が受けた屈辱や、奴隷のように扱われてきた者たちの怒りの炎は、未だに消えてはいない。
ゆえに、私はまだ死ねないのだ。
……ならば、それらが終わりを迎える時、お前は死ぬに違いない。
いつか、同胞が旧時代の旗を引き裂いて、すべての不平等と強権を焼き尽くす日が来たとしたら、その灰を私の墓に撒いてくれ。
もちろん、お前たちがそれまでに、真相を知りたいと思っていることは、わかっている。
……チェンとお前は、本当によく似ているな。
彼女を知っているのか?
ああ。私はチェン警司を知るだけでなく、チェン・フェイゼをもよく知っている。だから、お前たちが似ていると感じるのだろう。
だが、それは、またいずれ話すとしよう。
みなさん……ご心配をおかけして、本当にすみません。
アーミヤちゃん! もう大丈夫なの?
……はい。
ですが、私は……タルラさんを止めることができませんでした。
レユニオンは濃霧と天災に身を隠し、この船を十数日は追跡した上でシステムへの侵入を早期に行っていた……すぐに手を出してこなかったのは、我々が最も気を緩める時を待っていたためだろう。
確かに、我々はタルラを取り戻さなければならない。だが現時点においては、龍門とウルサスにロドス本艦を追われる理由がなくなったと考えれば、悪いことばかりというわけでもない。
……アーミヤ。ヴィクトリアは近付きつつあるんだ。
……はい。
あいつがあたしのシステムに手出ししてきたからには……あたしも向こうの位置を特定してやれるしね。
あいつにはすべての記録を削除するほどの時間はなかったし、この中に何かしら手がかりを残してるはず。端末の製造地とか、位置情報とか、偽装の手段とか――色々とね!
今に見てなさいよ! 絶対、見つけ出してやるんだから!
……気にしないでください、ドクター。
実は、私……この件に関しては不思議と、何か感じるものがあるんです。
恐らく、こうしたことはいずれは起きる運命だったのでしょう。そして、遅かれ早かれ、私たちはそれと向き合わなければならなかったんだと思います。
私には、なんだか……
これで終わりだとは思えないんです。
――タルラさん。またいつか、お会いしましょう。
……
――大ニュース! 力になってくれるトランスポーターが見つかったよ! うちが前に――
って、チェンちゃん? 何ぼーっとしてるの?
……いや。
何かを感じたような気がしたんだが……まあいい。
んえ? おめーさんたち炎国人って、み~んなそういう第六感が発達してるの? これがいわゆる「天人相関」ってやつ?
ああ。私たちは普段から、捜査中もこの直感に頼って真犯人を推測するんだ。
え~っ!? ほんとに!?
……ふっ。
冗談だよ。ほら、出発するぞ。
身を切るような冷気。
以前はあれほど馴染み深く思えた風雪が、久しぶりに再会してみるとなぜか未知のもののように感じた。
吹雪に混じった細かい砂利が、ドラコの顔にぶつかって、僅かな痛みを与える。
ウルサスの凍原は、色あせた思い出の中のそれよりもはるかに荒々しく、そして生気に満ちていた。
体の芯まで凍えるような寒さ。
この冷たさに身を置くのは、いつぶりだろうか?
数ヶ月? 半年? あるいは、一年?
......
あれから……
もうそんなにも、時間が経ったのか?
で!? どうして俺らはこの感情を抑えてまで、わざわざあいつを生かしておかなきゃならねぇんだよ!?
いいか。タルラを一番殺してやりたいのは俺たちだ。
……
雪原に始まり、チェルノボーグで終わるまで……何年もの間、道行きを共にしてきた同胞ほど、あの女の裏切りを受け入れることなんてできない。
かつてのタルラは……――チッ。
はぁ、とにかくだ。俺たちは、チェルノボーグで起きたことの全容を知っているわけじゃない……あの事件には妙なところもあったしな。だから、俺たちには納得のいく答えが必要なんだ。
答えっつったって、どうやってあいつを信じろってんだよ!?
……ナインに任せよう。
隊長だって、きっと感染者たちの士気が地に落ちることなんか望んでない……この件で冷静なのはナインだけだ。彼女に任せるしかないだろう。
そりゃあいつは冷静だろうよ! 途中で入ってきた龍門人なんだからな! あんな奴、これっぽっちもレユニオンのことをわかって――
――少しは考えてものを言え!
あの時部隊を去り、他の国へ向かった同胞たちが、どこから歩み始めたと思ってるんだ!?
タルラ――あの残虐極まりない裏切り者のもとで始まったこの歩みは……足元に広がるこの凍土から、今や大地全体へ広がっていったんだぞ!
それを思えばこの裏切りは、あの女を殺せば済むような話じゃないだろう!?
……っ……俺は……いや。悪かった……
少し、頭を冷やしてくるよ。
連絡はロンディニウムにおける労働者階級の感染者たちからだ。彼らは国外からの援助を頻繁に求めることで、ほかの地域の感染者と関係を築こうとしている。
タルラ。……ヴィクトリアの感染者もまた、お前の影響を受けて立ち上がったんだ。――そして、言うまでもないことだが、お前は一人のドラコでもあるだろう。
……
ゆえに、お前自身が言ったように――お前には軽々に死ぬ権利などない。仮に、お前のもとで、この大地すべてのレユニオンが動き始めたならば……
――お前は、彼らのあらゆる抵抗を無に帰すか、あるいは爆ぜる薪となって燃え盛るよりほかないんだ。
では、お前たちの次の目的地はヴィクトリアか。
そればかりでもないがな。
……
まさか、まだウルサスに留まりたい理由でもあるのか?
探したい奴がいる。
私は、奴を焼き尽くしておくべきだった。
……一体、誰のことだ?
不死の邪神を自称する者だ。
今更それを探して、どうする?
奴に抗う。
……
この国は広大だ。たったの数ヶ月で見つけられるとは思えない。
いいや、それだけあれば十分だ。
私は奴を見つけ出す。
……
また黙り込むのか。
……少し、昔のことを思い出していただけだ。
そうか。……さて、着いたぞ。
……ここは……
かつてレユニオンの拠点だった場所。
無論、当時の様子など、私のあずかり知るところではない。これは生き残りが教えてくれたことだ。
お前はどうだ? 覚えているか?
……
寡黙な戦士は立ち止まる。
ウルサスには、再び冬が訪れていた。その薄い灰色の中、廃墟と化した拠点は大雪に埋もれ、過去の痕跡などは欠片も残っていなかった。
しかし不思議なことに、タルラがそこへ立つと、いまだ当時の光景がありありと目に浮かぶようで、一目見れば、かつて焚き火をしていた場所を見つけることができた。
彼女たちの部隊はその頃、懸命に歩みを進め、少しずつ大きなものになりつつあった。戦士たちは円になって座り、共に歌い、僅かな塩みを帯びたスープで満たされたことのない胃を温めたものだ。
そして今――在りし日に焚き火が燃えていたそこには、いくつかの不揃いな石碑が静かに立っていた。
あれは……
……遺品を埋めた塚だ。慰霊碑とでも言おうか。
あの時を生き残った戦士たちが建てたものだ。
お前をここに連れてきたのは、生きている者がお前をどのように裁こうとも、お前の未来がどこへ向かうことになろうとも、お前は何より先にここへ戻ってくるべきだからだ。
お前はまず、己に問わなければならない。
……
ナイン、前方のルートは確認済みよ。
西の村から回っていくわね。あそこには私たちの協力者がいるし、戦士も待っているでしょうから。
了解。だが、あまり時間はないぞ。予定時刻より早く拠点に戻れるよう、皆には少し頑張ってもらわなくてはな。
ええ、わかった……
……何か、用でもあるのか?
……タルラ。チェルノボーグで、私たちに向かってあなたが言ったこと……そして、中枢区画であなたがやったこと。私は絶対に忘れないわ。
すべての出来事、すべての決定について、あなたには一つ一つ説明してもらうから。
逃げられるとは思わないことね。
……
……お前も聞いた通り、ここは今、決して安全な場所ではない。
我々はこの先で待つ。だが、長くは待てないぞ。
――行け。
お前が踏みにじった犠牲をその目で確かめ、彼らの存在を心に留め……その頭に、永遠に刻みつけるんだ。
……わかったな。
……
ドラコは黙したまま、一歩を踏み出した。真っ白な雪に彼女の足跡だけが残り、分厚い雪が踏まれて潰れたその下には、先ほどまで一人分の体重を支えていた土が見えた。
タルラの背中はまっすぐに伸びていた。
あの年の冬、背中で徐々に消えゆく温度に息が詰まったあの時を除けば、彼女は決してその背を曲げたことなどない。
粗末な墓に刻まれた名前は、時折誰かが拭いてやっているためか、既に少しぼやけ始めていた。
……
…………
それは、すべてが静止したかのような一瞬にも感じられ、一方で、雪と共に土に染み込む感情を大地が受け止められるほど長い時間のようでもあった。
遠目から見れば、戦士は、沈黙する彫像のようでも、吹雪の中で成長し樹木と化したようでもある。
彼女の根は土へと深く入り込む。雪の上に見えるその姿は、彼女のほんの一部に過ぎない。見えざる土のその下では、ドラコの身体から伸びた巨大な根が絶えず広がって、次第にそこへと落ち着いた。
風雪はまるですべての音を飲み込んだかのようだった。この瞬間、沈黙さえもがこの雪景色に吸い込まれていた。
戦士が顔を上げると、彼女の頬に雪が舞い落ちる。しかし、それは融けて頬を濡らす間もなく、冷たい空気の中に消えていった。
――雪は、とうに止んでいた。北風は僅かながら、それでもかつてないほどに和らぎ、雲は晴れ、温かな日が射していた。
凍原の冬には珍しく、今日は良い天気だ。
……
寒いな。
どうやら今度は私一人でこの冷たさに慣れないといけないらしい。
……すまないな。あまり長くはいられないんだ。私は、行かねばならない。多くの人が求める答えを出すために。
いつの日か、我々は皆、この吹雪を越えて、自らの在るべき終着点へと辿り着くことになるだろう……
だが、この大地にはまだ、その目覚めをもたらす炎が欠けている。
――私が、それを灯しに行く。