変化中の不変 幕間
変化中の不変
あなたねぇ。私ちょっとお手洗いに行ってきただけなのに、今度はまたどこへ行っちゃったのよ?
今命の危険に晒されてるって言ったら、信じるかい?
龍門は治安のいい街のはずだけど。
そんな治安のいい街なのに、どうしてすれ違っただけの人間から命を狙われているのか、私も聞きたいよ。
まあいい、理由は大体分かってるさ。
君はとりあえずどっかでミルクティーでも飲んでて。できれば私の分も頼んでおいてくれるかな。それじゃ。
ちょっ、あなた手紙は──
テキサス、君とは一応同僚のはずだよね?
ああ。
街中で相手に剣を向けるなんて、同僚との付き合い方としてはどうなんだい?
エクシアがずっとお前を探している。
だが、お前は一筋縄ではいかないからな。眠らせてからエクシアに引き渡すほうが手っ取り早い。
はぁ、さすがはシラクーザ人。思考が効率的だね。
認めたくないけど、さっきは危うくやられるところだったよ。
けど、今なら君に捕まることはないかな。
お前についてエンペラーから少しは聞いている。だから別に一人で相手するつもりはない。
おーい、テキサス。配達の途中だったんじゃ? アタシを急に呼び出したりしてどうし……ってええ!?
やぁ。
モスティマ!? どうして……
たまたま出くわしてな。
やるねー、テキサス!
いつもの。私は正面から、お前は後ろに回って。
彼女を椅子に縛りつけておけば、お前が知りたがっている情報を聞き出す方法はいくらでもある。
シラクーザ流のやり方で?
テキサス流のやり方で、だ。
エル、まさか私を相手にするつもりなのかい?
……
そうだよ。
ボスは「企業ポリシー」ってよく口にしてるけど、その内容はころころ変わる。でも、あたしのポリシーは最初から変わってない。それはね──
遊ぶなら楽しまなきゃってことだよ!
一緒に遊ぼう、モスティマ。
……
じゃあ警察ごっこでもしようか。私を捕まえることができたら、君たちの勝ちだよ。
どんな方法でも?
手荒になっても構わないよ。その銃も使っていい。
えっ?
安心して、堕天使は戒律に守られてないから。
そうだった……って、市街地で銃なんか使うわけないでしょ! キミもそのアーツを使っちゃダメだからね!
オーケー、ここはハンデとしてひとつ……そして君は──
私もアーツの使用はなしにして構わない。
けど武器を下ろす気はない、そうだよね?
抵抗の度が過ぎなければ、ケガさせることはないはずだ。
よーし! それじゃ行くよ、三──(目配せ)
(軽く頷く)
スタート!
ええっ、早っ!
エル、もうその手は食わないよ。
さすがモスティマだね……
テキサス、ごはんはもう食べた?
ああ。お前は?
適当に腹ごしらえしてきたよ。
じゃもう行くか。
ラジャー!
エクシアはん、今日も忙しそうやな。
あ、クロワッサン。まあね。今日は露店?
せやで~、今日は仕事もそないないし、露店でも出そ思て。
そうだ、青い髪の天使を見なかった? ここを通ったのを、さっき遠くからチラッと見えた気がするんだけど。
あんたはんが探しとるあのモスティマっちゅう人やな? あっちへ逃げたで。
サンキュー、助かった。
これでええか?
途中で私を売るんじゃないかと思ったよ。
ゲームしとるんやろ?
おや、よく分かったね。
あんたはん、この街で今までずっと彼女の目をかいくぐって来れたんやろ? そんなおひとや、自分から付きおうとる場合以外、そう簡単には見つかるわけない思てな。
へぇ。じゃあどうして手助けしてやらなかった?
あんたはんのことが気になっとるからや。
ほな、ごまかしてやったわけやし、売上に貢献してーな。
ああ。じゃあフランクを一つ。
おおきに!
私から何を訊き出したい?
せやな……訊きたいっちゅーより、話したいことがあんねん。
エクシアはんはな、ここに来て、最初はひたすらあんたはんのことを探しとった。しばらくして、あんたはんが顔を出すのをただ待つようになった。そうこうしとるうちに、もう何年も経つんや。
せやけど、それが辛そうには見えへんかったな。そうじゃなかったら龍門であんだけ楽しそうには暮らされへんで。そんくらいはウチかて分かるさかい。
あんたはんのことは何やらすごい奴やとか、言うたらアカン秘密があるとか聞いとるで。せやから、あんたはんにも何か事情があるんやろうけど。
ただ、こんだけ時間も経っとるわけやし、ちゃんと説明くらいはせなアカンと思うで?
……
クロワッサン、彼女を引き留めて。
えー、今露店で忙しいねんけどー。
そうか、じゃあ頑張れ。
続けようか、テキサス。
そのフランクはウチのおごりや。ゲームが終わったらちゃんと話すんやで~!
考えとくよ。
雨か。
隠れるにはちょうどいいけど。
ん?
えっ? 会場変更?
嘘でしょ……
こっちは雨だよ、今からじゃ間に合わないし!
自分で何とかしろ?
ちょっと、そんな無茶な──
もしもし!?
もう! あんまり売れてないからって扱いヒドくない……?
今からじゃタクシー拾っても間に合わないよね。テキサスさんに連絡したって無理そう……どうしよう、諦めるしかないのかな……
君ってたしか、ソラ、だったっけ?
え? あっ、はい。あなたは……?
待って、角のある青い髪のサンクタ……あなた、エクシアがずっと探してるっていうモスティマさんじゃ!?
そうだよ。
は、早くエクシアに知らせなきゃ……
急いでるんじゃなかったのかい?
あっ、そうだった!
手を貸してあげようか。
え? でも……
安心して、彼女には後で自分から会いに行くよ。
本当ですか?
ああ。
じゃあお願いします! 住所は──
とりあえず出発しよう、しっかり掴まってて。
ええっ、屋根の上を渡って行くんですか!?
ここまでで大丈夫です。
了解。
予定より十分も早く着くなんて……
本当に助かりました、モスティマ……先輩。
そんなに堅苦しくしなくていいよ。
わかった……でも、なんで急に姿を現したりしたの……?
ずっとエクシアを避けてたんでしょ?
まぁ……
あ、待って。言いたいことがあるなら、あたしにじゃなくて、彼女に直接言って。
そうだね。
関係ないけど、ずっと訊きたかったことを訊いてもいい?
私に答えられることならね。
その、サンクタって……本当にみんなエクシアみたいに毎日屈託もなく生きられるものなの?
ん?
まぁ、結論から言うと、確かにほとんどのサンクタはそうだね。
へぇ……そっか。
こんなこと言うのはアレかもしれないけど、アイドルとして最も重要なスキルの一つが人の心を読むってことなんだよね……
あたしが思うに、誰にでも心を開けるっていうのは、心の扉をたくさん持ってるってことじゃないかな。
誰とでも仲良くなれる人って、心の奥底に何かを隠しているに違いない――
だけど、エクシアにはそれが全然当てはまらないんだよね。
知ってる? ペンギン急便に入ったばかりの頃のエクシアは、本当にひどいトラブルメーカーだったんだよ。
誰に何を言われてもすぐに信じちゃうんだから。
彼女が入社してから二日目の仕事は未だに忘れられないよ。ボスが試験として配達に行かせたんだけど……
その日、テキサスさんは別件の仕事があったから、代わりにあたしがフォローに入ったんだ。
大した問題は起こらないだろうと思ってたけど……
だから、エクシアは騙されたんだって!
えっ、そうなの?
そうだよー! この業界ではね、配達物の中身が違うことになった場合理由はいろいろ考えられるけど、一つだけ絶対にあり得ないものがあるの。
それはあたしたち配達員が間違えちゃったってこと!
そうなんだ。
状況を見る限り、あなたが新人だからって言いがかりをつけて、ペンギン急便の責任問題にしようとしてるに違いないよ。
へぇー、詳しんだね、ソラ。
まぁね、これも全部テキサスさんから教わ……って、言ってる場合じゃないや、なんとかしなきゃ!
何かいい対処法はない?
一番手っ取り早いのはあなたを騙したあのヤクザのボスを取っ捕まえて直談判することだけど、それはつまり組織全員を敵に回すようなことだから現実的じゃないし……
いいじゃん、それで行こう。
だから現実的じゃないんだって!
えっ、テキサスさん……どうしてここに?
噂を聞いて様子を見に来た。
大丈夫そうか?
うーん、状況はあんまり……
今、「それで行こう」と言ってたが、できそうなのか?
分からない。けどあたしのミスだから、全力は尽くすよ。
そう……ならついて来い。
うん!
こうして、何故か単純な配達の仕事が、最後にはあの二人がヤクザの縄張りに突入してボスを引っ張り出すっていう大袈裟な結末を迎えたんだよね。
それで、その日からテキサスさんはエクシアを色んな仕事に連れて行くようになった。
テキサスさんはエクシアにこの業界のルール――やるべきことやダメなこととかを、たくさん教えたんだ。
今じゃ知っての通り、すっかりいいコンビってわけ。
それで、友達を横取りされた気分なのかい?
それもちょっとあるかな。でもそれよりも不思議に思ったんだ。
「こんな単純な人がいるなんて嘘でしょ」ってね。
今となっては笑い話だけど、一時期は本気で彼女の化けの皮を剥がそうとしていたこともあったくらい。
けどエクシアを深く知れば知るほど、本当に表裏のない人間だってことが分かったんだ。
そしていつの間にか、あたしも友達になってた。
あなたの答えを聞いて、ようやく最後の疑問も解けたよ。
あっ、そろそろ会場支配人のとこに行かないと。今度機会があったらお礼にケーキをおごるね!
ああ。
君はどうなの? 彼女を疑ったことはあるかい?
ない。
人の心を勝手に分析するのは好きじゃない。
私は他人が私に見せてくれる顔をただ信じる主義なんだ。裏切られるその日が来るまではね。
エルと似てるね。
何の話をしてるの?
お前が能天気なバカかどうかって話だ。
それって議論の余地があったの? まさか違うという意見が出てたりする?
この調子だからな。
ふふ、昔からこの調子さ。
あっ。
待って!
どうしたんだい?
ここ、ちょうど配達先の近くじゃん。今気づいたよ。
配達の途中でテキサスに呼ばれてきたんだった。いっけない、先に配達してくるね!
ここでハーフタイム! 二人とも待っててちょ。
……
それで、本当に手出ししてこないんだね?
真剣に遊んでやってるようだからな。
そう? じゃあさ、あそこに良さそうなバーがあるから、行ってみない?
ああ。
さっきから思ってたんだ。私にちょっと怒りっぽい友達がいるんだけど……私の見立てだと、君とは話が合いそうだなって。
私もお前と実際に会って、確かにエクシアが憧れそうな相手だなとは思った。
おや、そうだったのかい?
本人から直接聞いたわけじゃないが、私には分かる。
過去を誰かに押し付けたり、特定の思い出に囚われたりする気持ちというのは、非常に不本意ながら、身をもってよく知っている。
そしてお前は……
エクシアにとっては追いかけていた過去そのものだ。お前がいるだけで彼女の今の生活を壊しかねない。
つまり、本気で私を殺そうとしてるんだね。
少しはな。できれば彼女の知らない場所で静かに死んでくれると助かる。
あるいは、永遠に届かない後ろ姿になってくれれば。
……いい友達を持ったな、エルは。
ヤッホー、みんな!
いい知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聞きたい?
いい知らせ。
いい知らせはね……配達は無事に終わったよ!
なら悪い知らせは、「客を怒らせた」、だな?
その通り!
覚悟しやがれ、このクソサンクタ野郎!
話が途中だったな。
お前にはいなくなってほしかったが、ついさっき気が変わった。
ふぅん?
単に機嫌がいいから少しお遊びに付き合ってやろうなんて上から目線であれば、後悔させてやろうと思っていたが――
それとは違うようだからな。
それだけは違うって断言できるよ。
えっと、もしかしてどシリアスな話をしてる?
こっちは一人で相手しておこうか?
いや、話はもう終わった。ちょうど身体を動かしたいと思っていたところだ。
つ、強ぇ。
は、早く逃げようぜ!
はぁ……ちょっと疲れたかも。
チョコレートはいるか?
いるー。モスティマも……
あれ、モスティマは?
どうやらどさくさに紛れてここから離れたようだな。
えっ、まさか……
手紙が置いてあった。お前宛てのようだ。
あたし宛て? まさかモスティマから……
いや、姉ちゃんからだ!
なるほど、モスティマは手紙を届けるために来たんだね。
でもこの場合、直接手渡したってことになるのかな?
……
とりあえず読み進めたらどうだ。
姉ちゃんを責めるわけないじゃん……
……
良さそうな人だね、お姉さん。
もちろん、最高の姉ちゃんだよ!
ほう、それで姉ちゃんが龍門に来るのか?
ボス!? いつからいたの?
さっきからバーテンダーとしてそこにいたのか?
正確にはお前らがバーに入って来た時からだ。
このバーで間違いあらへんよな?
間違いないよ。ほら、いた!
あれ? みんなまで、なんで?
ボスに呼ばれたもんやさかい来たんやで。
あの嫌な支配人をボスが何とかしてくれたんだよね。で、そのまま来ちゃった。
ボス、まさか……
そうだ。今日は記念すべき日だ、パーティをしねぇとな!
何の記念なん?
もちろん、エクシアの姉ちゃんが手紙を寄越した記念だ!
それは今わかったばっかりのことやん!
長期出張要員として活躍していた、モスティマが帰還した記念も兼ねてな!
それは悪くないね。
だけどモスティマは……
呼んだ?
えっ! だってキミは……
お手洗いに行っただけだよ。
君のお姉さんは今、私の上司なんだよ? その手紙を君に渡すことも直々の命令として言われたんだ。
えっ、辞めてやるって抗議しなかったんだ?
辞職届を出さなかったと思う?
じゃあ断られたんだ! アハハ!
さぁお前たち、存分に騒げ! ここの酒もデコレーションも音楽も今日は全部ペンギン急便の貸し切りだぞ!
イェ~イ!
何食べたいん?
チョコレート、コーヒー。
ケーキ!
ピザ、あと焼肉も!
自分ら、ここはバーやで、バー!
ええわ、聞いたウチがアホやった……キッチンに何があるか覗いて来るわ、あるモンで何とかしたる!
あっ、そうだ、ソラちゃんの新曲もうお披露目できるんだよ! みんな、聞きたくない?
この前、こっそりあたしに聴かせてくれたあの曲?
そう! テキサスさんにすら聴かせてないの!
ええー、あの曲、ロマンティック過ぎるよ。あたしの好みじゃないかなー。
知ってる! エクシアが好きなのは激しいヤツだもんね。バラードに関してはあなたの好みじゃない方がいい曲の証だよ!
えー、でもなんでパーティでバラードなんか歌うの? もっと刺激的な方がいいじゃん!
さっきの連中がちょっかい出しに来ないか見てくる。
あっ、ならあたしも一緒に行くよ。やらかしたのはあたしだし。
いい、すぐに戻る。
テキサス、戻ってくるときついでに酒を買ってきてくれ。ここにはロクな酒が置いてねぇ。
了解。
何か私にできることは? 一応ペンギン急便の一員だし。
うーん──残念ながら、ねぇな!
なんならお前の杖の中にいる老いぼれを呼び出して、みんなにダンスでも披露してもらうってのはどうだ?
それはさすがに難しいかな。
モスティマ。
ん?
手紙の内容は知ってたの?
いいや。でも大体想像はつくさ。
私はアドバイスできる立場じゃないと思うけど、少なくとも──
エルにはいい友達がたくさんできたんじゃないかな。違う?
そうだね!
手が足りへんわ、誰かー!
私が手伝うよ。
……
(姉ちゃん、ほら、これが今のあたしの生活。)
(姉ちゃんとモスティマに避けられてたことについては、確かに少し文句を言うべきなのかもしれない。でも今の素敵な友達と楽しい生活を手に入れたのも姉ちゃんたちのおかげ。)
(あたしは今の生活をとても気に入ってるよ。)
(一つだけ姉ちゃんの言う通りのことがある。)
(龍門での暮らしが、あたしの生活を過去に囚われる日々から、ペンギン急便の楽しい仲間たちと過ごす日常へと変えた。)
(うーん……それもちょっと違うかも。)
(これまでの日々で気づいたのは、あたしはただみんなと毎日を楽しく過ごしたいだけじゃないってこと。)
(あたしは知ってる。テキサスには過去がある。クロワッサンは商売を大きくする夢を見ている。ソラもきっといつか、もっと大きい舞台に上がることになるだろう。)
(そしてみんなも、あたしがまだ姉ちゃんたちを追いかけ続けているのを知ってる。)
(終わりのない宴なんてない。でも、あたしたちには終わりを恐れる必要もない。)
(だって、友達の定義というのは、同じ生活を過ごす中で仲良くすることじゃなく……)
(離れ離れになってもお互いを想い続けることのはずだから。)
(だから、姉ちゃんが来たら、きっと驚くよ。)
(なぜなら、あたしはきっと迷わずに、姉ちゃんにこう返事するから――)
何をボーッとしてやがるんだ、エクシア?
一緒に盛り上げていこうぜ!
はいよー!
さあさあみんな、そこの巻き込まれた人たちもご一緒に! せーの──
アップルパイ!