楽園 幕間
楽園
パァンッ──
うわぁ! お姉ちゃんすごい! また新記録だ!
フン、大人にしちゃまあまあかな。
おめでとうございます! こちらが賞品のぬいぐるみです。
やったぁ!
ねぇ、黎明破壊者、君もやってみない?
リーベリのお姉ちゃん、黎明破壊者っていう名前なの? かっこいいな!
変な名前……でもまあ強そうだな。射的が得意なのか?
はぁ……言っておくけど、まず、私は黎明破壊者なんて名前じゃないわ。
敬愛すべき我らが上官から授かった役職名じゃないか、大切にしないと。
次に、大の大人が射的の屋台で新記録を作ったぐらい、何も騒ぐようなことじゃない。
いいからやってみなよ。これは銃じゃなくてバネで動かすもの、つまりおもちゃだから、リーベリでも問題なく遊べるはずさ。
……それから、店主さんの顔色があまり良くないんだけど。
とんでもない。どんな商売にも波ってもんがあるからね。こちらのお姉さんも良かったらぜひ……
はぁ、わかったわ。
パァンッ──
おっと、特等賞だ。
いい波ばかりじゃないわよね。
うおおぉ!!! スイーツ食べ放題の年間パスだ!!! しかもラテラーノ全店舗共通のやつ!!!
す、すごい!! あんた、本当は護衛隊のスナイパーなんじゃないのか?
もしかして、教皇庁の偉い人!?
ま、まさか、教皇聖下の側近の……?
店主さん、食べ放題チケットをもらっていく代わりに、このトイガンに小細工したことは見逃してあげるわ。
はい……あの、もしよければ……お名前を、伺っても……
私の名前? もう知ってるんじゃないの?
私の名は……
黎明──
破壊者!!!
黎明──
破壊者!!!
モスティマ! いい加減にしなさい!
そこそこ楽しんでたくせに。
私は……!
はぁ……もう、好きにすればいいわ。
もう抵抗は諦めたの?
抵抗が効果のある時とない時がある。あなたの場合は後者だわ。
ところで、里帰りの気分はどう? 悪くないよね?
たまにならね。
本当は結構ラテラーノが好きなんじゃないの?
当たり前でしょ。ラテラーノは楽園よ、頭がイカれた人だって認めざるを得ないわ。
ラテラーノ人なら、たとえ鉱石病にかかって、街の中に住み続けられなくなったとしても、ラテラーノ公民という身分があるだけでかなりの面倒事を避けられるわ。
もちろん、砂糖アレルギー持ちや、ツイてない堕天使っていうなら話は別だけどね。
ちょっと! 私だってここを気に入ってるんだけど。
あなたが気に入らない場所なんて存在するの? そもそも、自分がどこにいるかすら気にしないんでしょ。
「郷に入っては郷に従え」って表現の方が好きだな。
はいはい、風のごときトランスポーターさんは、一つの所に留まることはない、でしょ。
だけど、君は私とは違うんだ、フィアメッタ。
君には選ぶ権利がある。
……
だから何?
だから、せめて長らく待たせてしまっているあのお客さんに、会いに行ってあげなよ。
銃騎士に報告しなければならないようなことはない。
その銃騎士が君の恩師だとしても?
卒業して何年経つと思ってるの。
君の大好きなおじいさんだとしても?
それはあの人が勝手に言ってるだけだから!
正直に言うと、私は銃騎士と取り合いになるのは避けたいんだ。ああいう人たちの癇に障りでもしたら、私にも変な名前が付いちゃうかもしれないし。
まあ、もう街で行きたいところは一通り回ったんだし、外で待ってるよ。
ちょっと! モスティマ! モスティマ!!
チッ、あいつ、アーツを使ったわね……動きが、ぎこちなくなってる……!
今の話でモスティマに対する評価が少し上がったな……少なくとも目上の者を敬ういい子じゃ。
……ご無沙汰しております、銃騎士パトリツィオ殿。
久しぶりじゃな──
暗闇を照らす光、太陽を曇らせる影……我が最愛の学徒、黎明破壊者よ!
……失礼させていただきます。
フィア! ちょっと待ってくれ!
相変わらず、時の流れを感じさせませんね。
ワシのことか? 褒めてくれるとは珍しいのう。
いいえ、この修道院のことです。そもそもあなたの顔は兜で見えませんよ、銃騎士殿。
仕方なかろう。教皇騎士たる我々銃騎士には、勤務中はフル装備着用というルールがあるのでな。
今は勤務中なのでしょうか?
勤務中なら最愛の孫に会ってはいけないとでも言うつもりか? そんなバカなことがあるものか!
銃騎士殿、あなたはサンクタで私はリーベリ。血の繋がりはございませんよ。
言ってくれるな! 昔のフィアはそんなことを言うような子ではなかったのに……おぬしをワシに託したご両親も、そんな無礼な物言いを許すとは思えんぞ!
昔はこーんなに小さくて、豆粒ぐらいの大きさしかなかったというのに……
あなたにはじめてお会いした時、私はもう七歳のはずですが。
手取り足取り射撃の方法や弾道の計算を教えたのを、まるで去年のことのように覚えておる……
あの時、おぬしは銃の使い方を学びたいと駄々をこねた挙句、結局暴発させてワーワー泣いていたものじゃ!
何年も経たないうちに、あの可愛いフィアはいつの間にやら苦難監督者……いや、粘着幽光……宣告者? 最新のものは何じゃ?
……黎明破壊者です。
ああそうじゃったな。歳のせいかのう、さっきまで覚えていたというのに……名前は一つに固定してくれんか?
……月替わりにしたのはあなたたちじゃないですか!!
はて? 忘れてしもうた。
じゃあ廃止してもらってもいいですか?
今、おぬしの担当はレミュアンじゃからな。ワシにはどうすることもできんよ。
……
とにかく、昔のフィアはあんなに可愛いかったのに……今はまるでつまらない……お土産の映画すらどんどんつまらなくなってきておるぞ!
じゃが……『片腕チェーンソーガール』はまあまあ良かったぞ。あれは星3.5ぐらい付けてもいいじゃろう。
──ふぅ。
では、親愛なる誇り高き銃騎士パトリツィオ殿、私を呼びつけたのは一体何のためでしょうか?
私にはまだ執行待ちの任務がたくさんあり、多忙なのですが。
任務? モスティマとあちこちフラフラすることがか?
私の任務はモスティマという堕天使を見張り、彼女が守るべき秘密を誰にも漏らさないように監視することです。
またまた。大した秘密なんかなかろう。
仮にそんな秘密があったとして、それが守るべきものかそうでないのか、おぬしはどう判断する? 監視と言うが、モスティマの行為が果たしてルールに則っているかどうか、おぬしにわかるのか?
……
私はただ……
フィアメッタよ、はっきり言うぞ。
今のおぬしの生活にはまるで意味がない。
……自分の生活を批判される筋合いはありません。
筋合いならあるわい。私はおぬしの院長であり、師であり、保護者だ。おぬしが本来どこまでやれる人間なのか一番よく知っている。
今のおぬしは時間をただ無駄にしているだけで、成すべきことを何一つ成しておらん。なにより深刻なのは、今の生活を楽しんですらいないことじゃ。
モスティマ……彼女には私の助けが必要です。
逆じゃよ、フィア……モスティマがおぬしを必要としているのではなく、おぬしが彼女の見張りを言い訳にしているのじゃ。
あのモスティマのことだ、自分のことくらいどうにかできるじゃろう。
まあ、店で洋服を試着する際には、背中のファスナーを閉めてくれる者が必要かもしれぬがな。
……パトリツィオ殿!
怒ったのか? それだけの気骨はまだあるようじゃな。
おぬしには大いに期待しておった。なにしろ、ワシの最も自慢の生徒で、史上初のリーベリの銃騎士になれる可能性だってあった。
本来なら、もっと背負うべきものもあったはずじゃ。
まぁ、そこまで大仰な話にせんでも、銃騎士というのは楽しい仕事じゃぞ! おぬしはサンクタではないし、この忌々しい輪っかもないから、兜を被っても頭が痛くならずに済む。
大型の銃は扱えぬじゃろうが、特大のグレネードランチャーくらいなら支給しても問題ないはずじゃ。
何より、銃騎士は街中で暴れ回った損害も自腹で弁償しなくていいんじゃぞ!
フィア、おぬしには才能も経験もある。戻ってくるべきだと思うがのう。ラテラーノにはおぬしが必要なんじゃ。
しかしパトリツィオ殿、私は銃騎士にはなりたくありません。
子どもの頃はそうじゃなかったぞ。おぬしがあれだけ訓練熱心だったのも、すべては銃騎士に──
大人になるためです。大人になり、すべての選択肢の前に立つ資格を得るためです。
それで、結局選んだのがモスティマの付き人なのか?
最初こそは後ろめたさで彼女について行ったのかもしれません。彼女が堕天使になったのは私の責任でもあり、彼女が自暴自棄からどん底まで転げ落ちてしまうのではないかと心配していたのです。
それは当時のおぬしがまだモスティマをよく知らなかったからじゃろう。
ええ、確かに。あのモスティマですしね、アハハッ……
後になって思いました。アンドアインはいつかまた彼女のところに舞い戻ってくるはずだと。ずっと彼女のそばにいれば、あの狂人に相応の罰を与える機会が巡ってくるのでは、と。
先日の万国サミットで彼に会ったそうじゃないか。
逃げられました。次こそは必ずこの手で彼を捕えます。
じゃったら、なおさらモスティマについていく必要はなかろう。執行人になって、その件のためだけに動けばよいではないか。
いいえ、それは違います。
今回戻ってきて、ふいに気がついたのです。これまでモスティマとあちこちを旅し、様々な人に会ってきましたが、目的や意味抜きに考えても、行動そのものは私自身の選択なのです。
おぬしは言っておったな……ラテラーノは楽園だ、誰もそれを否定できないと。
ええ……だけど、一度も故郷から出たことがない人間には里帰りの意義を理解できないものです。ラテラーノより魅力的な場所はたくさん見てきましたが、ラテラーノは唯一ここにしかないのです。
それに、悪い旅路ではなかったのですよ。
パトリツィオ殿、確かにあなたのおっしゃる通り、私は今の生活を楽しんでなどいません。
私は経験しているのですから。
ワシの目には、何の成長にも繋がらず、ただただ苦労しているだけにしか見えぬぞ。
フィアよ、ワシらはみな君に残ってほしいと思っておる。銃騎士の議事堂に席を一つ増やすくらい、造作もないことじゃ。
どうしても破天荒な仕事がしたいというのなら、レミュアンの下で枢機卿を務めるのもよかろう。明日にでも教皇聖下のところへ行って話を通してやってもいい。
銃騎士よりは苦労の多い仕事じゃが、常に転々とするよりはマシなはずじゃ。
いっそのこと、「残れ」とおぬしに命令してもよいかもしれぬな。
そんな命令はなさらないでしょう。あなたは他ならぬパトリツィオ殿なのですから。
……
ああ、おぬしをここまで育てたのはこのワシじゃからな。
年を取るのは何ともひどい心地じゃ、フィア。
日々衰えていくのがよくわかる。毎朝、目覚める度に昨日よりも死に近づいたと実感するんじゃ。すべてがワシから離れていく……
友は次々と亡くなり、生徒たちも散り散りになってしもうた。修道士たちはワシを敬うが、話にはめったに付き合ってくれぬ。
退屈じゃ、フィア……この上なく退屈なんじゃよ。過ぎ去った日の思い出を噛みしめても、ぼんやりした感情しか浮かばぬ。自分が何に思いを馳せているのかすら、思い出せない時もある。
八年前、私が荷物をまとめていた時、ドアの外にいらっしゃっていましたね。
どうしてそれを知っておる?
私のバッグに、膨大な量の見たい映画が書かれたリストが入ってたからです。
ああ、そういえばそうじゃったな。
あの時はランクウッド映画にハマりすぎていたからうっかりおぬしを行かせてしまったが、次の日にはもう後悔していたんじゃ!
たとえ私が本当に映画を持って帰ったとしても、それは早くとも数年はかかると気付いたからですね?
……さすがは我が孫よ。
……
ハハハハハッ!
つまるところあなたはさっさと代役を見つけて、修道院で映画三昧の生活を送りたいだけでしょう。
そうかもしれぬな。しかし、映画もいつか、すべて見終わってしまう日が来る。
今回はいつ出発する?
そろそろです。
もう少しゆっくりしていかぬのか? もうすぐラテラーノ目隠し逆立ち射撃大会じゃというのに。
結構です。子供の頃に一生分見ましたからね。あなたに連れられて参加したこともあります。
ああ、覚えておるよ。おぬしは優勝したからのう。トロフィーだってまだ裏の部屋にとってある。
まだ残してるんですか?
ならば、また一人ぼっちで見に行くしかないのか……
可哀想アピールはよしてください。どうせ修道士たちの付き添いはありますよね。
それはそうじゃが。
ところで『片腕チェーンソーガール』シリーズの新作が出るらしいです。次に帰ってくる時のお土産にしますよ。
次に帰るのはいつになるんじゃ?
おそらく来年になります。
その頃にはブームも終わっとるわい。
見られるだけありがたいと思ってください。
……
……
そろそろ時間です。
ああ。
フィア!
まだ何かあるんですか、ご老体?
いや、やっぱりいい。さっさと行ってしまえ!
では、失礼いたします、銃騎士パトリツィオ殿。
さらばじゃ。再開を心待ちにしとるぞ――
黎明破壊者よ。
今すぐあなたの修道院を燃やしてきます。
冗談じゃよフィア、冗談!
ふぅ……
私ってこんなにツイてなかったっけ?
ハハッ! ぼっちのサンクタ野郎を捕まえるなんてツイてるぜ!
さぁ、どんな死に方をしたいか言ってみろ!
このサンクタ、なんで角なんか生えてんだ?
フン! 知るかよ、殺せば分かるさ!
こっちは急いでるからさ、やめてもらえないかな?
命乞いか? 無駄だ! うちの兄貴がお前らサンクタ野郎のせいで──
なっ……!?
グハッ!
普段旅路が楽なのは誰のおかげなのか、これで分かったかしら?
あっ! その声はまさか!? 黎明──
そのネタまだ飽きないの?
いや、さすがにちょっと飽きてきたかも。
君が身動きを取れるまであと何日はかかるだろうから、先に行かせてもらおうと思ったんだ。あのじいさんが直々に孫を捕まえに来たことだし。
私があのままラテラーノに残るかもって考えなかったの?
まさか。
私に秘密を守らせなきゃならないんでしょ?
……はぁ。
そのじいさんが、今度ラテラーノに帰って来た時は一緒に映画鑑賞会でもやろうって言ってたわ。
ど、どういうことだ! たった二人しかいないんだぞ!
全員でかかるぞ!
それは光栄だね。
考えておこう。
はぁ、今日も適当に見て回るとしよう。
ん、これは? スイーツ食べ放題チケット……しかも年間パスじゃと? どうして私のポケットにこんなものが?
知らぬうちに何かの抽選に当たったのか? それともこのあいだ教皇聖下からもらったんじゃったか?
まあよい、とりあえず食べに行くか!
パスの期限が切れる頃には……あの子も帰ってくるじゃろう。