堅固な氷 幕間
堅固な氷
ドクター、シルバーアッシュ家の外界への探求は、私の先祖――祖父から始まったことは知っているだろう。
イェラグに広く流布している話では、祖父はとある冒険家と冒険に赴き、数え切れないほどの金銀財宝を持ち帰ったとされている。
だが実のところ、確かに祖父は冒険家に同行して十数年も不在だったものの、値打ちのある物は何一つ持ち帰らなかった。
持ち帰ったのは、書籍と、当時は最先端だったいくつかの工具と設計図くらいだ。
とはいえ、それらは私の父――オラファーに影響を与えた。結局、父はイェラグで初めて正式に外国へ留学したのだ。
そして父はヴィクトリアでの留学中に、母エリザベスと出会い、貴族たちとも知り合った。
このウォルトン子爵は、私の父が当時知り合った友人の一人だ。
私がヴィクトリアに留学していた間も、この街を訪れた際には世話になったものだ。さらには、彼の子供たちとも知り合った――兄のカール、そして妹のケイト。
カールは私と同い年だった。プライドが高く、当時は私をライバル視して何をするにも張り合ってきたが、決して性根の腐った人間ではなかった。
ただ残念なことに、私がこの街を離れた後、彼が感染者に襲われて死亡したという知らせが唐突に届いてな。
カールの死後、ウォルトン子爵は次第に感染者を憎むようになり、感染者に不利な規則をいくつか制定した。
実際は、それぞれの都市を管轄する貴族次第だ。
カランド貿易の支店も、それぞれ現地の状況に合わせて、全く異なる感染者対策を講じなくてはならないのだ。
ロドスの名誉は私が保証する。安心してほしい、ドクター。
気を張る必要すらない。ロドスの最近の動向については多少耳にした程度で、お前たちが何をしようとしているのかは知らないが……
権力を握っている子爵と繋がりを持つことは、どう転んでも損にはならないはずだ。
ともかく、子爵の娘のケイトが、今回誘拐された人質だ。そして誘拐犯は、またしても感染者だ。
感染者を憎んでいるにも拘わらず、ウォルトン子爵がこの件をお前たちに依頼することに同意した理由の一つは、それだ。
子爵は、過去の行いに報復されることに相当な恐れを抱いている。だからこそ、今回はお前たちを頼ることも含めて、あらゆる手段を惜しまないのだそうだ。
......
……
ザイック郡の領主、ウォルトン子爵。彼の娘が感染者集団に連れ去られた。犯人は十万ポンドの身代金を二十日以内に支払うように要求しており、用意できなければ人質を殺害すると言っている。
子爵は我々に、娘の捜索と救出を依頼したいとのことだ。
ウォルトンはヴィクトリア西部の貴族たちの間では、いくらか名の知れた男だ。数年前に長男を感染者に殺害されて以来、感染者に対して極めて厳しい態度をとってきた。
彼が治めるザイック郡の感染者を対象にした各種法規は、他のどの郡よりも厳しく、また公の場において、ウルサスの対感染者政策を見習うべきといった趣旨の発言を繰り返している。
さらに重要なのが、ウォルトンの姓がカスターだということだ。
カスター家はヴィクトリア西部で非常に大きな影響力を持つ。もしその一族と繋がりを築ければ、多くの面倒事を避けられるようになるかもしれないな。
だが、まさに問題はそこにある。
感染者を敵視している子爵だ。当然、我々に直接依頼してくるような人間ではない。事実、この依頼はとある仲介者から我々に回ってきたんだ。
その仲介者の名は、エンシオディス。
もし君と関係があれば、本件は君とロドスとの関係を引き裂くための企みだと私は考えるだろう。
しかし、彼はそんなに軽率ではないはずだ。
渡りに船か……そんな偶然があるとは、とても信じられないな。
だが、たとえエンシオディスの件を勘案してもなお、十分に魅力的な依頼であることは認めよう。
同意見だ。
ロドスの停泊地点を探すために、最近我々はヴィクトリア西部の移動都市で活動した。
エンシオディスの留学歴と、ヴィクトリアの一部の貴族界に残した名声を考慮すると、彼が何かを知っていても不思議ではない。
実際、本件での関わり合いを避けるべきなのは我々ではなく、彼の方だとも言える。しかし彼はそうはしなかった。
君を信頼していると解釈する以外、ほかに説明のしようがない。
君はイェラグへの旅で、彼の「信頼」を勝ち取った。違うか?
心当たりがあるようだな。
では、そういうことにしておこう。
君の報告書に目を通した時は、もちろんそうしたい気持ちに駆られたよ。
しかし今、この依頼が届いたことだけでも、君のイェラグ旅行の価値は十分に証明された。
もちろん、私は君の人間関係にまで介入するつもりはない。
ただ、カランド貿易との提携を打ち切らなかった以上、彼との関係については、いっそう注意を払っておく必要がある。
あのイェラグへの旅が、我々に予想外の利益をもたらしたことは認めよう。
だが、君も我々のこれからの行動の特殊性は理解しているだろう。その際は、ヴィクトリアのいかなる関係者ともビジネスパートナー以上の関係を持たないことを強く勧める。
それは双方にとって、非常に危険な行為になり得る。
ドクター、ターゲットを発見しました。郊外の林に隠れています。
ご苦労様。
いえ、スラム街で少し聞き込みをして、ちょっと追跡しただけですぐに見つかりましたよ。
はぁ、本当にこの街は感染者に厳しいですね。感染者というだけで皆ひどい暮らしです。
貴族のお嬢さんを連れ去ったのは、ここで唯一、そこそこの規模を持つ感染者グループのようです。
訓練されていない者たちにしてはなかなかの警戒態勢でしたので、ひとまず周囲の写真を撮影してきました。
どうぞ。こちらは拠点周辺の写真です。
それからこちらは、彼らのリーダーの写真です。
……ほう?
どうされました?
……なるほど。そういうことだった……か。
……ドクター、ぶしつけな要求で悪いのだが……
ボス、食料の備蓄が減ってきました。
持たなくなったら「サンディー」を潰して、皆に肉を食わせろ。
そ、そんなことできませんよ。「サンディー」はボスが可愛がってる駄獣じゃないですか!
人間が飢え死にしそうなのに、動物を気に掛けてどうする?
……そ、そうは言っても……
……あと少しの辛抱だ。金を手に入れたら、身分を変えて、別の街でいい暮らしをしよう。
分かりました。
お兄様。私、一回こっそりお家に戻ってくるわ。そうすれば……
馬鹿なこと言うな。どうせ見つかって戻ってこられなくなる。ここで大人しく人質になってろ。
それから、俺たちに近寄りすぎるなと言っただろう。鉱石病にかかりたいのか? あっちへ行ってろ。
うん……
お、お前ら、何者だ!
慌てるな。お前たちの首領と話をしに来た。
お呼びじゃねぇぞ、とっとと失せろ。言うこと聞かねぇと痛い目見るぜ!
エンシオディス兄様……
カール、私たちを入れてくれぬのか?
……下がれ。そいつを通せ。
ですが……
お前がかなう相手じゃない。
安心しろ。こちらは丸腰で、護衛もいない。
カランド貿易のエンシオディス社長が拙宅へお越しくださるとは、草庵に光がさしますよ。
前回会ったのは、もう八年前、あの舞踏会だったか。
当時、ウォルトン子爵の長男として、意気盛んな様子だったことを覚えている。
ええ。私もあなたが現れた瞬間、全員のまなざしを奪い去ったことを覚えていますよ――
チッ。*ヴィクトリアスラング*、やめだやめだ!
よく聞け、エンシオディス。お前と貴族の繰り言に興じるつもりはない。そんなお遊びはもうとっくにやめたんだ。
それよりも、どうやってここを見つけたんだ? その得体の知れないフード野郎とたった二人で、一体何しに来た!
……お前は感染者の暴動で死んだと聞いていたが、どうやら何か内情があるようだな。
人の話が聞こえねぇのか!?
ここへ来たのは、ただの好奇心だ。
エンシオディス兄様、もしお父様に言われて来たのなら……どうかお引き取りください。
私はあなたと行く気はありません。
ケイト。今回の誘拐事件は、君とカールが協力して画策した。そうだな?
しかも、私の推測が正しければ、発案者はカールではなく、君だ。
……そうです。
お兄様は感染者になってから、ずっとひどい暮らしをしています。私は密かにお兄様とご友人たちを助けたいと思っていたのですが、一人では何もできず……
それで兄に自分を誘拐するよう持ちかけて、父親を強請ったのか。
ウォルトン子爵はあんなにも君を可愛がっていたのに、この件を知れば悲しむぞ。
分かっています……私も、お父様を悲しませたくはありません。けれど、お兄様をこんな風にして……
黙れ、ケイト!
……ごめんなさい、お兄様。話すべきじゃなかったわ。
とにかくだ、エンシオディス。もしお前があのクソじじいの依頼で説得しに来たんなら、さっさと消えることだ。
ケイトを連れて帰るために来たんなら、こいつらにそれが許されるか聞いてみるといい。
そういきり立つな。確かに私はお前の父親の依頼を受けたが、今日は私人としてここへ来たんだ。
こちらは私の友人だ。ドクターと呼んでくれればいい。
……そして私が来たのは、お前を助けるためだ。
助けるため……か。施す、あるいは見下すって言ったらどうだ? いや、お前の大好きな言葉を使うべきかもな。あれだよ……取り引き、そう、取り引きだ。
好きなように解釈してくれて構わない。
お前の目にはまだ、俺は目立つことしか頭にない間抜けな貴族に見えてるんだろう。
あの時の俺だったら、確かにお前と取り引きする手立てくらいあっただろう。
だが今の俺には何もないんだ、エンシオディス。
取引するつもりなら、お前は何をもって、俺の何と引き換える?
それはこの話し合いの結果次第だ。
まず約束しよう。今からここで起こることを、ウォルトン子爵は一切知り得ない。
はは……ケイト以外の人間が、こんなにまともに話しかけてくるのはどれくらいぶりだろうな。
たとえお前の口から出てきた言葉だったとしても、懐かしく感じるものだな。
まずはお前なりの方法で俺を尊重してくれたことに感謝しよう。実際は尊重の欠片も感じなかったがな、エンシオディス。
お前が堂々とここに足を踏み入れ、才徳あふれる輝かしい姿で話しかけてきた時点で、お前に俺は救えないことなんてわかっていた。
なぜ俺が生きてるのか、そしてなぜクソじじいとこんな関係になってしまったか、知りたいんだったな。
なら教えてやるよ。
あの舞踏会で、俺はお前に完全にお株を奪われて、むしゃくしゃしていた。
それでお前がザイックにいる間は、お前が行くところには行かないようにしようなどと考えながら、さっさと会場を後にしたんだ。
それから、くだらないことを考えながら車を走らせていたら、うっかりある女性を撥ねてしまったんだ。
俺はロクな奴じゃないが、ひき逃げするほど腐っちゃいない。すぐに彼女を車に乗せて病院へ向かったよ。
でも病院に着いて、その人が感染者だってことがわかったんだ。誰も感染者を治療したがらないってこともな。
あれは笑えたな。医者たちは領主の息子である俺を見るなり、媚びへつらった顔で集まって、我先にと治療しようとした。だが彼女の肌に源石の結晶を見た瞬間、全員あとずさったんだ。
俺は理解できなかった。本当にまったく理解できなかったよ。鉱石病が恐ろしい病気だってことは知っていたが、だからってこんな仕打ちを受けるいわれはないって。
それでだんだんイラついてきて、思い切って彼女を家に連れ帰り、自分の家のホームドクターを半ば脅して治療させたんだ。
クソじじいはそれを知って、もちろん血相変えて怒ったよ。でも無理矢理追い返して、治療を続けさせた。
その件なら覚えている。私はすでに次の街へ旅立つ準備をしていたから、特に構ってやれなかったが。
そうさ。お前も罪な男だぜ、あんなに派手に目立っておきながら、いくらもしないうちに行っちまいやがって。どれだけのお嬢さんの心を奪い去ったか分かったもんじゃない。
今思い返してみると、当時の俺はちょっと頭がおかしくなってたんだろうな。
鉱石病が怖くなかったわけじゃない。ただ、他の奴らが怖がるのを見て、何がそんなに怖いんだって思ってたのさ。
今はもう鉱石病は怖いもんだって分かってるよ。本当にパンッと爆発して死んじまう奴もいるからな。
そうならない奴もいるが、苦しんで死ぬのは変わらない。ふっ、お前も気を付けるんだな。今すぐ俺も爆発して、お前とご友人を吹き飛ばしちまうかもしれないぞ。
へぇ? フードのあんた。エンシオディスとも違った反応だが、あんたも感染者か?
どうりで落ち着いているわけだ。
もし暇なら、あっちであいつらとお喋りしてな。
この件はあんたにゃ関係ないからな。
あんた、医者なのか?
よせよ、治療費なんて払えないんだ。
ま、とにかく、その後はクソじじいが彼女を家に住まわせるのを許さなかったんで、俺は彼女を自分の別宅に寝かせたんだ。
彼女はずっと、俺が彼女をどうかするつもりじゃないかと疑っていたらしい。だが当時の俺には深い考えなんかなくて、ただ彼女を治したいと思っていただけさ。
あの頃の俺はとんだ間抜け野郎だったよ。誰かが難癖を付けてきた時は、必ず向こうを張って争っていた。
クソじじいが彼女を追い出そうとしたら、頑として突っぱねたし、彼女が俺に迷惑をかけるんじゃないかと心配すれば、意地になって手厚く看病した。
愛し合っていたんだな。
ああそうさ、ありきたりなシナリオだろ。貴族と平民が愛し合った結果、年長者たちに認めてもらえず、最終的に親子は反目する――
少し違うのは、その平民が感染者だってこと。それから間接的にその平民を殺した父に復讐するために、貴族は自ら感染者になったってところだな。
なるほどな。お前の「訃報」と、ウォルトン子爵の唐突な感染者への徹底した嫌悪は、そこから来ていたのか。
そういうこと。大きな期待を寄せていた長男が、感染者と恋に落ちた挙句、自分と敵対して仇となったんだ。自分の失敗を認めたくなかったあいつは、すべてを感染者のせいにするしかなかったのさ。
そして今や、俺自身もあいつが忌み嫌った感染者だ。
俺の訃報は本物だよ、エンシオディス。
カール・カスターという男は、七年前に死んだんだ。
……
ほら見ろ、またそんな顔をして。
エンシオディス。俺が身代金を手に入れたらどうなると思う?
その金を子分たちと分け合って、それから皆で別の街へ行き、さらに本名を隠して暮らしさえすれば、本当に何の心配もなく穏やかな日々を送れると思うか?
いいや、俺たちはそれでも感染者として、そこら中で門前払いをくらうだろう。
見下され、石を投げられ、スラム街に追いやられてひもじい思いをするかもしれない。
仕事を探したくても、誰からも必要とされなければ路地裏で孤独に死を待つしかない。
この金は俺たちにとっても当然役に立つものだ。すでに多くの仲間たちが、飯にありつけず飢え死にしている状況だからな。
だが、いつまで持つっていうんだ?
ここ数年間、俺は感染者の仲間たちと必死にもがき苦しんで、やっと悟ったんだ。
感染者は生きていけない。
噂によると、感染者を団結させているレユニオンという組織や、感染者を助けているロドスという組織もあるにはあるらしい。
いつになったら俺たちに救いの順番が回ってくるんだろうな。
きっとその頃にはもう生きていないだろうけど。
だけど、俺たちの力になってくれるのはそういう奴らだけさ。俺やここで必死に生きている奴らのことを理解しているはずだからな。
――お前と違ってな。
お兄様……
……
というわけで、エンシオディス、選択肢は二つに一つだ。今俺を殺して、ケイトを連れ帰ってクソじじいから褒賞をもらうか――
或いは、諦めて帰るかだ。クソじじいに全部話したって構わない。それが何だって言うんだ。
結局のところ、お前じゃ俺を助けられないってことだ。
どうやら私は、わざわざ恥をかきに来ただけのようだな。
行こう、ドクター。
……
......
ドクター、一つ聞かせてくれ。
カールの前で、私は進退窮まっているように見えたか?
つまり、いつも通りの振る舞い方では、彼には効果がないということか。
……うん?
あれは……カールか?
一人でどこに……市街地の方角だが……
……
お願いです。妹には感染を防ぐ装備がどうしても必要なんです。
今はこれだけしかお金がありませんが、あと数日で大金が入るので安心してください。ひとまず掛け売りにしてもらえませんか。必ず倍にしてお返しします!
しっしっ、毎日来ては騒ぎやがって、うるさいんだよ。
数日後に大金が入るなんて話、今どき誰が信じるんだよ。金がねぇ奴はみんなそう言うんだ。モノが手に入ったらそのまま逃げるつもりだろ?
それにウォルトン様の条例で、市街地では感染者に物を売っちゃいけないことになってるんだ。
ですが、スラム街にはそんな装備は売っていないんです! そこら中駆け回って、ようやくあなたのお店にたどり着いたんです……
頼れるのは、もう心優しいあなた様しかいないんです。私を憐れに思うなら、どうか今回だけお助けください。
私の身につけている物で欲しいものがあれば、何でも持って行っていただいてかまいません。
あるいは、ここで働かせてもらえないでしょうか? 私が感染者だということは、絶対に他の人に悟らせません!
頼みます……お願いです……どうか……
……分かった分かった。そのみすぼらしい恰好を見てみろ。どこに金目の物がある?
入れよ。これ以上騒がれて、衛兵が来たら面倒だからな。
ありがとうございます、ありがとうございます!
膝をつくな、床が汚れちまうだろ。
簡易防護スーツを一セット用意してほしい。
すぐに用意します。
……
意外だったか?
少しな。
いや、認めよう。かなり驚いた。
彼が私では助けられないと言った理由が、今なら少し理解できる。
……ケイト、いつまで付いてくるつもりだ?
ごめんなさい……
お前は知っていたのか?
ええ、知っていました。でも私には何もできません。
もし私が今飛び出していっても、お兄様は私を追い返すでしょう。
……
エンシオディス兄様、恥知らずなお願いと分かっています。ですが……どうか、お兄様を助けてください!
カールは私の手助けを拒否したのだ。
お兄様が身代金を欲しているだけなら、私もわざわざ見つかるリスクを冒してあなたに会いに来たりしません……お兄様に誤解されたくありませんから。
ですが、あなたは頼れる方だと知っていますし、私には他に頼れる人もいません。あなたにお願いするしかないんです!
ならば、できる限りのことはしよう。
誘拐の計画は、確かに私からお兄様に持ちかけました。
私は「誘拐」された後、兄とそのご友人の感染者の方たちと一緒に暮らしていました。
彼らのことを完全に理解したとはとても言えませんが、考えさせられることはありました。
お兄様は当時、お父様とお母様、それに私の目の前で、源石の欠片を自分の腕に突き刺して、家を飛び出したんです。
それから二年後に、偶然スラム街でお兄様を見つけました。
元々せっかちだったお兄様の気性は、今の荒っぽいものに変わってしまっていました。ですが一番の変化は――
お兄様は……確かに生きているのに、まるで生きていないかのようなのです。
すみません、なんと表現したらいいか……
感染者のご友人のために、お兄様はスラム街で喧嘩を繰り返していました。自分がこてんぱんにやられても、ちっとも気にしません。
先程のように、他の人のためならば、どれだけ頭を下げることも厭いません。
ですが、自分のことだけは、もうどうでもよくなっているかのようで……
……
今回の誘拐だってそうです。お兄様は本当は……
ええ。その通りです……
……ケイト?
あっ、お兄様……
それにエンシオディスとフードの……おっ、お前たち、全部見ていたのか?
ケイト、お前が連れて来たのか?
違うの。お兄様……
私がお前をつけて来たのだ、カール。
今時のご貴族様は、人を尾行していたことさえそんなに堂々と公言するのか。はっ!
カール。
俺言ったよな、エンシオディス。お前じゃ俺を救えない。
……
お前はいつまでも雲の上からすべてを見下ろしてろよ。俺みたいなみすぼらしい奴が、お前の心を乱しちゃいけないんだ。
その方が、互いに気まずい思いをしなくて済む。そうだろ?
行くぞ、ケイト。
……はい。
ごめんなさい、エンシオディス兄様。
……
ドクター、ご注文の物を持ってきましたよ。
ありがとう。
……
君はどう思う?
……
って、ドクター、俺に聞いてるんですか?
そうだ。
ええと、ここまであなたの護衛として近くから様子を窺っていましたので、一通りの流れは把握しています。
確かに、考えさせられることもありましたね。訊かれた以上は答えますので、変なことを言っていたら指摘してください。
まずカールにとって、身代金は彼の目的の一部に過ぎません。
彼は確かに身代金を必要としていますが、それは彼自身のためじゃなく、周りにいる感染者の仲間たちのためです。
そして自分自身のことは、全く気にかけていないようです。
彼は元々貴族の坊ちゃんだったにも拘らず、自ら感染者となってからは、浮浪者としてこの街で何年も暮らしてきました。
感染者に対する抑圧に直面した時に、その身分の落差をよりはっきりと実感したことでしょうね。
なぜなら過去の彼は、抑圧する側だったかもしれないからです。
一方で愛する人の死によって、彼は衝動的に、父親への報復手段としては最も理性に欠ける方法を選択しました。
それにより彼は、自分が路頭に迷うことになっただけではなく、父親が感染者に対する抑圧をさらに強めるという結果を招いてしまいました。
きっとそれが心のわだかまりとして、ずっと残っているんですよ。
思うに、彼が本当にやりたいことは、身代金を受け取った後にあるんだと思います。
具体的に何をするかについては……一般人の命さえあまり顧みられない世の中で、ましてや我々感染者の命ですからね。
そんな命の使い道といえば、自ら命を絶つか、人殺しくらいのものでしょう。
……
行こう。
ドクター、そちらはカールの野営地の方向だが。
道なら分かっている。
……
ならば、どうやらここで一先ず別れの挨拶をせねばならんようだ。
少々、お前には謝らなくてはならないな。
元々、仲介者としてこの依頼をロドスに託した後、私は再度介入すべきではなかったのだ。
しかし、状況は変わったようだ。
認めねばなるまい。お前がイェラグの件に介入した時ですら、今の状況ほど厄介には感じなかった。
お前は私に、一年以上も保留している答えを出すように促しているのだな。
ならばもう一度聞こう、Dr.。この答えはお前にとって、本当に重要なのか?
……ならば、私も自分の答えを示さねばなるまい。
ロドスはロドスのやり方を貫き通す。
私も私のやり方を貫くつもりだ。
一つだけ聞きたい。
エンシオディス、君は何をもって彼の命に代えるんだ?
……
三日後
……ドクター。正直言って、今でも不思議な感じだよ。まさかあんたが、あの感染者を助けるロドスの人だったなんて。
あんたらのことは、ただの伝説だと思ってた。
それ以上に予想外だったのは、あんたらがエンシオディスと手を取り合っていたことだ。
……はは、そうだな。人生は不思議だ。
あの頃の俺は、腹の底からエンシオディスって男を嫌っていた。
だが実際は奴には人に嫌われる所なんかなくて、俺はただ嫉妬していただけなんだ。
今だってそうさ。
まぁともかく、あんたのことは信じるよ、ドクター。
だから、もしこの後で俺の身に何かあったら……ケイトと俺の仲間たちを、よろしく頼む。
......
エンシオディス? どうしてお前が!?
まさかウォルトン子爵本人が、お前と取引するために危険を冒して人里離れた荒野に来ると思っていたか?
……何だと!?
私は子爵から代理人として、お前と取引する権限を与えられた。
あいつめ……自分の娘のことだぞ。どうして……なんでそんなことができる!
まさにその娘を誘拐したお前に、子爵の決定を評価する資格があるのか?
よ……よぉし、いいだろう! その通りさ!
そういうことなら、おい、人質を連れてこい!
お兄様……
金と人は同時に受け渡す。
お前たちが中間の位置に箱を置いたら、こっちも人質を解放する。
問題ない。
行け、ケイト。
(小声)帰るべき場所に帰るんだ。
お兄様……うっ……
取り引きは成立したようだな。
ボス、箱は受け取りました!
受け取ったなら、さっさと逃げやがれ!
えっ?
お前ら、本当にクソじじいが見逃してくれると思ってんのか?
そうだろう、エンシオディス。
ちっ。おい、お前ら! 逃げるぞ!
ドクター、どうしましょう?
子爵の衛兵に手を出せば、面倒事に巻き込まれるでしょう……とはいえ、まさかこのまま見ているつもりですか?
彼らの安全を確保しろ。
だが手を出す必要はない。
あらかじめ仲間は遠くへ逃がしていると思っていたが。
金はあいつらが持っていかないと意味がないんだ。それに、あいつらの実力なんてたかが知れてる。初めから逃がしてたら、今ごろお前に捕まって、俺を脅す材料にされてただろうよ。
彼らに持っていかせる……つまり、お前は初めから生きてここを離れるつもりはなかった。そうだな?
……
生きて?
どういう状態なら生きていると言えるんだ、エンシオディス。
心臓が動いているときか?
愛する人の遺体が、ボロ布のように引きずられていくのを見ているときか?
それとも、他の病人たちが、薬がなくて自分の目の前で無残にも事切れるのを見ているときか?
エンシオディス、俺にはもう、生きるとはどういうことか分からないんだ。唯一分かるのは、自分がどうやって死にたいかだけだ。
本当なら今日、俺とクソじじいは、ここで共に死ぬはずだった。
奴に息子がまだ生きていることを伝え、奴がひとしきり絶望したあとに殺して、それから自ら命を絶つつもりだった。
俺の望みはたった一つ、それだけだったんだ、エンシオディス。
どうしてお前は、そんな最期の望みまで奪うんだよ?
お前が私の助けを拒絶したのだ。ならば、私は私のやり方で問題を解決するほかない。
……はは、それもそうだ。お前は確かにそういう奴だ。
それから、子爵はもうお前の事情を知っている。その点は安心するがいい。
息子が生きていると聞いた瞬間の、あの驚愕に歪む顔は、実に見ものだった。
なんだよそれ、心置きなく死ねってか。
そうとも言える。
エンシオディス、気が変わったよ。俺はまずお前を殺して、それからクソじじいを殺しに行くことにする。
その後は?
そんとき考えるよ!
死ね、エンシオディス!
!?
目が覚めたか。
エンシオディス、俺、どうして……
……
どうして俺を殺さなかった? 同情か?
カール。私ではお前を助けられないと言ったが、その実お前が言いたかったのは、私は感染者の立場を理解していないということだった。
確かに、それは事実だと認めねばなるまい。
……子爵の元へ戻る道中、ドクターに聞かれた。
何をもってカールの命に代えるのだ、と。
ずいぶんと考えた。復讐、希望、未来などといった言葉を、その問いの答えにしたくなかったものでな。
そして、現時点での結論を出した。
お前の友人全員の命をもって、お前の命に代える。
なにっ!?
今この時、お前も含め、お前たちはこの街でもう死んだのだ。
これから、彼らには近くの都市にあるカランド貿易の支店で、新たな生活を始めてもらう。
お前もだ。もちろん、もしお前に他の考えがあるならば、それを尊重しよう。
……あいつらは、死んでいないのか?
彼らを追っていたのは私の手の者だ。
……は、はは……お前って奴は、本当に、傲慢な野郎だ。
ああ、否定はしない。
子爵についても心配はない。ただ妹については……残念だが、別離は避けられないだろう。
……お前の計画なんて関係なく、初めからもう会いに行くつもりはないさ。
俺みたいな兄貴は、このまま忘れ去られるのが一番だ。
とにかく、少し……考えさせてくれ。
ああ。この先、時間はたっぷりある。
……ドクター。
ああ、完璧だった。
そうだな。
この依頼をロドスに委ねた本意は、お前への詫びの一環とすることにあったのだが、結局さらに大きな借りを作ってしまうとはな。
そのうえ、お前とウォルトン子爵の仲を取り持ってやることもできなかった。
未だかつてない失態だ。
だが今回の出来事を通して、いくつかの物事に対する新たな知見も生まれた。
少し時間をいただけるか、ドクター。お前を満足させられる見返りを用意しよう。
任務報告書を見たぞ。
結果から言えば、この依頼は失敗に終わった。我々はウォルトン子爵とコネクションを築けなかったばかりか、彼に排斥されてしまう可能性すらある。
ウォルトン子爵を通じてロドスの停泊地点を探す計画も、当然破綻した。
まだ話は終わっていない。
ロドスの立場から言えば、君は正しい選択をした。
後悔すべき点などない。
やむを得ない場合を除いて、私もロドスがこのような貴族と関わりを持つことは望まない。
私ならば、更に思い切った手段に出ただろうな。
だが、同じような結果に至ったであろうことは否定しない。
さらに言えば、本件は全く収穫が得られなかったわけではない。
その収穫がどんな結末をもたらすのかは、私でもすぐには判断しかねるがな。
ケルシーはそう言って、書類の山から一つの文書を取り出し、手渡した。
それは臨時オペレーターの協力申請書であり、コードネーム欄にはシルバーアッシュと記されていた。
エンシオディスだ。
昨日到着した。
彼がオペレーターとしてロドスに加入したいと申し出た時の、人事部の困惑ぶりを想像してみるがいい。
さすがにこればかりは、私が表に出て対応するしかなかった。その結果――
私が出した数々の条件を受け入れた上、完璧な成績でオペレーター試験にパスした。
さっきすれ違った人たちの不思議な表情は、そのせいか。
今、彼は応接室で君を待っている。ちょうどいい、ロドスを案内してやってくれ。
......
妹のエンシアがここで治療を受け、同時にオペレーターとして勤務している。兄である私は、彼女が心配で追ってきた――
それのどこにおかしい点がある?
その通りだ。
熟考に熟考を重ねた結果だ。
一族の名をコードネームにすれば覚えやすい。違うか?
カールは私の提案を受け入れた。彼と友人たちの行方は誰にも知られていない。安心してくれ。
ところで、この配布されたサーベイランスマシンをしばらく使用してみたが、今まで使っていたものより際立って優れている。
大口注文に非常に興味があるのだが。
よければ少し話し合わないか。
ケルシー女史が起草した、不平等な契約にサインしたことを言っているのか?
あれはロドスの一員になるために、支払うべき代価だ。
そう凄まないでくれないか。
もし私がロドスをどうにかしようと企んでいるならば、こんな行動は取らない。違うか?
お前ほど聡い人間なら、てっきり見当がついているものと思っていたが。
「君はロドスにふさわしくない」と、はっきり言えばいい。
たとえ私であっても、大胆な挑戦だと認めざるを得ないのでな。
……
私はお前と友人になりたいのだ、。
私には、ビジネスパートナー、部下、ライバル、敵ならば無数にいるが、唯一いないのが――
友人だ。
お前とは、確かに阿吽の呼吸で理解し合えることもあるだろう。
しかし人と人との理解には、常にズレが生じるものだ。だから私はそれをあまり信用してはいないのだ、ドクター。
相手の考えを知りたい時、最良の方法は直接本人に問うことと相場が決まっている。そうだろう?
例えば?
エンヤは。
エンヤはよくやっている。私の想像以上だった。
確かにエンヤとはある意味での相互理解を築いている。しかし、だからこそ、互いに相手の選択がはっきりと分かってしまうのだ。
彼女は良きライバルになるだろう。ドクター、私にはそうとしか言えない。
エンシアは。
エンシアは成長し、多くの物事を鋭く洞察するようになった。
私としては、エンシアが必要とするものはすべて与えるし、本人の意見も尊重するつもりだ。
しかし私は、エンシアに告げられることよりも、告げられないことの方が多い。
ノーシスは。
ノーシスはその実力と性格から、すでにお前たちの研究室でも名が広まっているようだな。彼は多くのことを知っているが、それは私との長年の付き合いの結果に過ぎない。
我々は何かを分かち合う相手にはなり得ない。それは彼の方がより深く理解していることだろう。
デーゲンブレヒャーは。
彼女とは浅からぬ縁があるし、多方面への洞察力は評価できる。
ただ、彼女は無関心なのだ。できるだけ物事の外に身を置こうとしている節がある。彼女からすれば、多くの場合、私は好き好んで苦労をしているだけに見えるらしい。
私もそれは否定しないが。
マッターホルンとクーリエは。
ヤーカとヴァイスか……二人のことは信頼しているし、多くの仕事を任せられる相手だ。
上下関係により隔たりが生じているとは言わないが、事実として、私たちは頼む側と頼まれる側の関係であり、互いに分かち合う関係にはなり難いのだ。
ご覧の通りだ。
お前が名前を挙げた者たちとは、自分の一部分を共有することはできる。
だが様々な要因により、すべてを分かち合うことはできない。彼らもまた私とすべてを分かち合うことができないように。
……望んでそうしているわけではない。
あの年、当主になる意志があるか否かすら、誰も私に問わなかったように。
知り合った者一人一人の価値を秤に掛け、私の進む道での位置づけを決めてやることには慣れている。
彼らがその位置に立っている限り、私は彼らに対して誠実だ。
だがすべてを引き受けてくれる者は誰もいない。
ああ、そうだ。
私の事業の核はイェラグという土地にある。そのために、周囲を見渡せば、この土地と密接な関係にある者ばかりがいるのだ。
多くの場合、それは悪いことではない。
だが、私に紐付くすべてを客観的に評価し、分かち合いたいと思った時、その客観的な視点が欠けていることに気付かされるのだ。
……
思いがけず両親を亡くした年、エンヤとエンシアはまだ幼かった。
当主の重責はおのずと私の肩にのしかかり、妹のため、そして一族のために、私は歯を食いしばってシルバーアッシュ家を支えた。
だが当主を務めて数年経った頃、私は気付いたのだ。イェラグでこの家の当主をしているだけでは、何も変わらないと。
ゆえに私はイェラグを離れ、父親のようにヴィクトリアで学ぶことにした。
留学中の出来事について、もし興味があるのなら、後日良い話の種になるだろう。
結果から言えば、この道を選んだのは正解だった。もし外に出ていなければ、イェラグに何が必要なのか、そしてイェラグが直面するだろう問題について、真に理解することはできなかっただろう。
数年後、私は留学を途中で切り上げ、築き上げた資本と人脈を両手にイェラグへ戻り、カランド貿易を設立した。
本来ならもう少し時間をかけるべきだった。正直に言えば、留学中ほとんどの時間は勉学と戦略的な社交で埋め尽くされていたが、全く余暇の時間がないわけでもなく、充実した日々を過ごせていた。
ただ残念なことに、私の心の中で四六時中鳴り止まない警鐘が、早めの選択を迫ったのだ。
そこから先はもう、カランド貿易の発展史だ。
カランド貿易の今日の成功は私一人の功労ではない。だが私がカランド貿易のため、そしてこの土地のためにすべてを捧げてきたこともまた事実だ。
ドクター。我々は人をからかう時のセンスも少し似ているようだ。
疲れを感じたことがないとは言わないが、私は一息ついて疲れを癒やす術も熟知している。
もし現状に疲弊し、ただ心を打ち明けられる相手が欲しくてここに来たのだとしたら……私にお前と友人になる資格はないだろう。
その通りだ。
私やお前のような人間は、自分がやると決めたことを苦労という言葉で形容したりしない。ましてやそれを軟弱になることへの言い訳にするなど、なおさら考えられないだろう。
私の目的はまさにその正反対であり、自分の認めた人間と、これまでの歩みの中で見てきたすべてを分かち合いたいのだ。
でもそれがロドスへの加入と何の関係が?
元々両社の事業は貿易面でしか交わることはないと思っていた。だがお前は、ロドスの事業はすべての人間と密接に関わるものだと伝えようとした。
そして、お前はそれに成功した。
イェラグは今まで天災をほとんど免れていたこともあり、イェラグ人は感染者に対してあまり偏見を持たない。
しかし感染者がこの社会においてどんな立場に置かれているのか、そしてどんな経験をしてきて、これから何を経験するのか――
今までの私は、深く考えていなかったと言わざるを得ない。
ヴィクトリアの法規に従って定めた企業規則も、せいぜい管理学ではありふれた技巧をなぞったに過ぎないのだ。
お前と友人になろうと思うなら、それでは不十分だろう?
だがもし友人になれば、お前は押しつける権利を手にする。
私は感染者について理解を深めなくてはならないし、ロドスの事業についても理解を深めなければならない。
それはカランド貿易にとってのみではなく、私のこの大地に対する考え方にも重大な影響を及ぼすだろう。それをお前は気付かせてくれたのだ。
そしてお前と出会った今、その目的を達成する一番の近道は、ロドスと、お前と、行動を共にすることだった。
だから私はオペレーター・シルバーアッシュになったのだ。
あるいは、もっと単純な理由もある。友人ならば、たまには顔を合わせるものだろう?
......
私は取引として人と係わることに慣れてしまっている。一方がある価値を差し出せば、もう一方も同等の価値を差し出し、貸し借りなしとする。
だが友情や血のつながり、愛情によって差し出されたものは、価値によって量ることができない。
それゆえ、相手は慎重に選ぶ必要がある。
ロドスには数日滞在するつもりだ。時間ならある。
もしかしたらそうしたエピソードの中から、ヴィクトリアの貴族が他人に漏らすことのない秘密を知ることができるかもしれないな。
当然だ。ドクター、もしこの会話を第三者が見ていたら、その者はすぐに気付くだろう――
私が今日ここへ来たのは、友情を「確立」させるためではなく、ただ友人とお喋りをするためだったのだと。
だとしたら、お前も見る目があるとは言えないだろうな。
さて。ドクター、お前にはまだ私に艦内施設を案内する任務があるはずだ。
歩きながら話すとしよう。
……それから、ドクター。
確かに、今回のやり方は少々唐突だった。お前を困惑させてしまったかもしれない。
だが次に会う時は、喜びを露わにしてもらいたいものだ。
お前が抱えている問題を解決できるのは、この私のほかにはいないのだからな――そうだろう?