マリア・ニアール MN-3・戦闘前
ローズ新聞
かんぱ――い!
いやぁ、おめでとう嬢ちゃん! 素晴らしい試合だったな。今の老いぼれたフォーより断然強いぞ!
そりゃ、わしより強いのは間違いないが――お主に言われる筋合いはないわ!
ああ!?
またすぐそうやって喧嘩する……他のお客さんに迷惑でしょ!?
あはは……腕相撲始めちゃったね。
いい試合だったよ、お嬢さん。この一杯は君に捧げよう。
あ……ありがとう!
あの試合中にシェブチックの弱点を見つけ、一撃で勝負を決めた。見事だったな。
試合時間約二十分、常に劣勢だった状況下で逆転の糸口を見つけ、僅かな攻撃チャンスを逃さずに勝利するとは――
――実に大したものだよ。
そ、そんなことないよ! もし彼の装備が欠陥品じゃなかったら、全然打つ手がなかったかもしれないし……
Jack2モデル……冷却システムがアーマーの機能を一時的に止めるなんて聞いたことがない。あんなのただの欠陥品だよ。
しかし、シェブチックは歴戦の競技騎士だ。欠陥品の販促の片棒を担がされることは度々あれど、常にそれらの欠点をうまく誤魔化してきた。こんなことは滅多に起きないんだよ。
あまり謙遜しなくていい。乱暴な言い方だが、事実として騎士競技はどんな時でも結果論だからね。
う、うん……
……マリア!
はい!
自惚れるにはまだ早いわ!
は、はい!
これからは、感情を意識的にコントロールすることを学ぶのよ――平常心を保つだけじゃ足りないの。自省を繰り返し、常に冷静でいないと。
……自負や自慢はね、自分の中にないと思えば思うほど危険なの。勝利がもたらす心境の変化は、自分ではなかなか気づけないものなのよ……
そしてそこから来る油断が……君の警戒心を麻痺させてしまうんらから……
わ、わかったよ!
あの……おばさん? もしかして……酔ってる?
酔ってらいわよ! あと、おばさんって呼ばないれ……
――勝ったぞ!!
くそっ、コーヴァル! なんで半年前より強くなっとるんじゃ!?
水道管の修理で鍛えられたんだよ、文句あるか?
ちっ……
コーヴァルおじさん、フォーゲルヴァイデおじさん、ちょっと いい? ……ゾフィアおばさんのあの様子、やっぱり酔って――
マリア……おばさんって呼んじゃ……らめ……
おお……これは酔ってるな。珍しい。
酔ってらんか……らいわよ!
はいはい。マリア、あんたのおばさんを後ろのソファに寝かせといてやってくれ。
え……あ、うん。おばさん……少し足を上げてくれる?
らからおばさんって呼ぶら……!
“ウィスラッシュ”ゾフィアはここらじゃあ“千杯”ゾフィアって呼ばれるほど酒は強いんだがな……まあ、俺には勝てないが。
はいはい、“万両”フルーテン様じゃろう? 炎国の奴らに一回飲み勝ったというだけですっかり調子に乗りおって。若いお嬢さんと酒量を比べるなんぞ、恥ずかしくないのかのう?
彼女も相当気を張ってたんだろう。初めて教官として大会に関わったうえ、あのビッグマウスモーブの減らず口を延々と聞かされたんだからな。
しかし、懐かしいな……はぁ……マリアが勝ってからというもの、懐古主義になったらしい。私もそういう歳だということか。
何を言うておるんじゃ? わしらはほぼ同い年じゃろうが!
そうか、なら無理もないか。
おい!
……そうだな。初めてゾフィアが出場したのはどれくらい前だ? 十二年? いや、十五年前か?
時間もわからなくなるほど老いぼれるのは仕方ないが、ゾフィアはそれほど歳をとってはおらんぞ?
たしか九年前じゃったかのう。ええと血騎士、耀騎士、黒騎士……ふむ、三シーズン前の話じゃな。
黒騎士……あのキャプリニーか。はるか昔の名に思えてくるな。
なんたって、大会をさらに三回分遡ったところから彼女は頂点に君臨し続けておったからのう。メディアも彼女を「時代の象徴」と呼んでいたほどじゃ。
あ、あの前代未聞の三連覇を成し遂げたっていう……?
ああ。騎士の称号は普通「黒」なんて広い表現は使わん。皆がそんな称号を冠すれば、他と被ることになるのは明白だし、間違われたりして面倒だからな。
しかし、あのリターニアの女は、確かに「黒」の称号を独り占めできるほどの実力を持っていた。あれは化け物だ。
まあ今は、境外のどこぞの財閥に仕えているらしいがな。なんて嘆かわしい……
あんなものは騎士とは呼べぬわ……騎士であってたまるか。
そ、そうなんだ……
……マリア、ゾフィアから彼女の競技経歴を聞いたことはあるか?
ううん。録画や戦績データは残っているけど、本人から直接聞いたことは――
たしか、たしかあの年、ゾフィアおばさんはベスト8決定戦で……
ああ、重傷を負ったんじゃ。
相手はあの「亀裂」騎士じゃったな。はっ、そういえば奴は今年も参加しておったかのう?
……
……おい! なんだなんだ、今日は打ち上げだろう? なんで急に昔の話を蒸し返したりするんだ?
マリア、どうせ楽しい話じゃないんだ、無理して聞く必要ないぞ。
で……でも、やっぱり知っておきたいかな。
今回運よく試合に勝てたのはいいけど、おばさんは……あんまり嬉しくなさそうで。さっきもほとんど喋ってなかったし、ただひたすらお酒を飲んでばかりで……
おばさんは私のことをすごく考えてくれてるから、期待を裏切りたくなくて……おばさんが何を考えてるか知りたいの。そのためには過去も知っておかなきゃって。
ふむ……そういうとこはやっぱりお前の姉ちゃんに似ているな。
私が? お姉ちゃんに?
そうじゃのう。悪いことには妙に鋭いし、それを良くしようと頑張るところなんぞ、姉そっくりじゃな。
それに最後の剣捌き、あれはゾフィアから教わったのか?
あ、いや、実は――
マーガレットだね?
え? あ、うん……そんなにわかりやすかった?
ははは、もちろん。君たち姉妹は本当にそっくりだ。私はあの日を忘れたことはないよ。
史上最年少の優勝者、耀騎士の奇跡……彼女は自分の力であの場所まで登り詰めたんだ。
特に表立って公言してはいなかったが、ゾフィアもマーガレットをかなり慕っていてね。
ただの従者だった彼女は、誰にも負けたくない一心で、私たちのような老いぼれに訓練に付き合ってほしいと頼み込んできた。
そして彼女は騎士競技に参戦し、メジャー入りを勝ち取ったんだ。順風満帆に見えるが、彼女は最初から最後まで、スポンサーを受け入れたこともなければ、他人に援助を求めることもなかった。
私が顔の利く小さな企業数社に声を掛けてやろうかと聞いた時も、彼女はやんわりと断っていたよ。
……どの企業もゴミみたいなもんだ。断って正解さ。
お主は黙っておれ……そういうわけじゃから、ゾフィアは「亀裂」のような輩に敗北したんじゃ。
おばさんが……?
マリア……競技騎士がどれほどの後ろ盾を必要としているか、君にはまだわからないだろうが、武器や装備の性能差は、どうあがいても補えないものがある。
シェブチックが君に負けたのも、欠陥のあるアーマーを着せられたせいかもしれないが――
もし、彼が欠陥など一切なく、なおかつ性能面でも優秀なアーマーを着ていたとしたらどうだ? それでも勝てたと言い切れるかな?
それは……
勝てなかった、と思う……
ゾフィアは、そういう騎士を相手に戦ったんだ。完璧な鎧、完璧な武器、そして完璧なサポート。その戦力差は計り知れない。
自分のわずかな蓄えで揃えた装備に、自分で磨いてきた戦闘技術、そして自分一人で築いてきた人脈。彼女はそれらを武器に、孤軍奮闘した。
……はぁ。
私たちは何もしてやれず、彼女が怪我を負い、退場するのを黙って見ているしかなかった。
あのとき、私たちは無力だったんだ……
マーティンおじさん……
まあ、少なくとも今は、この嬢ちゃんの教育を手伝ってやることくらいはできるんじゃないか?
ははは! ゾフィアの怪我の元凶とも言えるこのマーティンだぞ? おまけに自分の腕まで失くしてるんだ、私に教育係が務まるわけがないじゃないか。
そんな――とんでもない! みんなのことは、これまでずっと尊敬してきてる! 本当だよ!
おや? 珍しいな、君たち以外のお客さんが来るとは。
それじゃこの店が潰れるのも時間の問題じゃのう。
……ええと。
あのう……失礼ですが、あなたがマリア・ニアール様でしょうか?
あ……はい、そうですけど。
お目にかかれて光栄です、マリア様。少しお時間をいただいても?
ええ、大丈夫です。何かご用でしょうか?
ご挨拶が遅れました、私はスウォマー社の者でございます……こちらが私の名刺です、どうかお見知り置きください。
今まで何度かご邸宅に招待状をお送りしたのですが、ご返信を頂けませんでしたので、大変失礼ながら、直接お伺いさせていただいた次第でございます。
あ……屋敷のほうにですか。すみません、たぶん……郵便ポストが壊れてたんじゃないかと! ははは……
それで、ご用件は?
実は、弊社がスポンサーを務めている「ムーンクラスタ」騎士団の団長様が、あなたがシェブチックさんとの一戦で見せた高等技術を大絶賛しておられまして。
そんなあなたが、どこにも所属していないと聞いたものですから、取り急ぎ商務部に連絡し、マリア様と入団の交渉をするよう指示を下されたのです。
……入団、ですか?
はい……実は、スウォマー社のCEOもぜひマリア様にご加盟していただきたいと考えておりまして……
(おいコーヴァル、スウォマーってのは、あの稲穂みたいなマークの食品会社か?)
(さっき食ってたクッキーのパッケージ裏側を見りゃわかるだろ、老いぼれが。)
(「ムーンクラスタ」も騎士団百強に入ってるはず……だが決して競技のおかげじゃない。あれは広告料とスポンサー料だけで食ってる、くだらない商売人の集まりにすぎん……)
もちろん、それだけではありません。マルト社カジミエーシュ本部の宣伝部門からも、マリア様さえ頷けば、スウォマーと共に騎士団の発展に協力していただけるとのお言葉を……
マルト? それって、あのファッションブランドのマルトですか?
ええ、そうです。他にも疑問点がございましたら、どうぞ遠慮なく私にお尋ねください……
う……あれ……私、どれくらい寝てた?
あ、ゾフィア姉さん、起こしちゃった?
そんなに経ってないよ、十分くらいかな。もう少し寝てたら?
ダメよ、メジャーまでの必要ポイントも計算しておかないといけないし、今月中には絶対――あれ?
君は……
……ゾフィア様? あ、あなたなんですか?
ええ。君のことはなんとなく覚えてるわ。あの新人マネージャーさんでしょ……
いえ……もう違うんです。今は……スウォマーの使いっぱしりをしている、ただの一社員にすぎません……
なるほど、マリア様の教官は「鞭刃(べんじん)」騎士――“ウィスラッシュ”ゾフィア様でしたか……ならば、話は早いですね。
「ムーンクラスタ」騎士団には、お二方のような若い騎士が揃っております。弊社の商務部門は、皆さんの価値をより引き出す方法を知っているんですよ。
でも、それって――
つまり、スターとかアイドルとか、ネットならインフルエンサーとやらになるんでしょ? 競技の成績なんてお構いなし。顔を見せるだけでお金をたっぷり出してくれるお客さんがいるってことね。
そんなことって……あるの?
マーケティングってのは、そういうものよ。九割の予算で「顔」を探してくれば、後はパクれそうな商品を見つけて、大げさな広告を出すだけ。
簡単な手段だし、君の想像を絶するほど効果抜群なのよ。そういうやり方の問題性に気付ける人だってほとんどいない。
……端的に申し上げると、確かに仰る通りです。しかしスウォマーは商業連合会を代表して、マリア様が騎士の勲位と称号を授かれるように手配することをお約束いたします。
……どうする?
どうするって聞かれても、急すぎて考えが……
本音を言うと……私はこの話に乗ってもいいと思うわ、マリア。
え?
怪我を負うリスクもなく、ニアール家の貴族の地位を保てるのよ。美味しい話じゃない? 来年には、私の屋敷より大きい庭園が買えるかもしれないわね。
ゾフィア姉さんの庭、手が回らずにあんな風になってるじゃない。私がもっと大きい庭園なんて買っても、同じように雑草まみれにするだけだよ。
同じように? なんですって?
な、なんでもない。
マリア様に頷いてさえいただければ、好条件の契約書が今すぐにご用意できます。どうかご安心ください。
……
それは……できません。
ごめんなさい……私、ニアール家の紋章を企業の付属品にされたくないんです。少なくとも、私は自分の実力を試したいので……
……えっと、それはつまり?
マリア?
うん、ゾフィア姉さん。わかってるよ。
ムリナール叔父さんのやり方は好きじゃないし……お祖父ちゃんやお姉ちゃんが守り抜いたものを、簡単に手放すわけにはいかない。
だから……ごめんなさい。私にはそれが正しい選択だとは思えないんです……
なんと……マリア様がそのような決断をされるとは、確かに予想外でした。
し、しかし、まだ他にも商業連合会が用意した様々な契約書があります――ぜひ、目を通してください。
……商業連合会? それは協会が担当しているはずでしょう?
ええと……ど、どうかお察しください。これもCEOが、ぜひともマリア様にご加入いただきたい理由の一つでございまして……
……
うん……でも、ごめんなさい。全部お断りします。
は、はい、それは確かに聞きました。先ほど、お断りの言葉を……ええと……
その、ゾフィア様、マリア様! これからはもう業務外の話になりますので、私個人のお願いとして、どうか一言だけお聞きくださいませんでしょうか……
あの、歯が震えているみたいですけど……え、ちょっと、泣かないでください。断られるくらい、そんな大したことじゃ……
い、いえ、ただ、これだけは知っていただきたいのです。今後誰かが再びお二方のもとを訪ねた時、特にマリア様にお話があるというのならば、どうか――
どうか、それが他の会社の者でも、できる限り話に乗ってやってください! これは、私たちにとっては切実な問題なんです……
で、では。これ以上失態をお見せするわけにもまいりませんので、失礼いたします……
なんだ? 他の会社の代わりに頼み込むなんて、おかしな奴だな。
そうじゃな……確かに妙な話じゃ。
……マリア、次の試合はいつ?
三日後だったと思う。
相手は誰? 協会から連絡は?
えっと……来てないかな?
帰るわよ、マリア。今回の試合を見る限り、まだまだ課題はたくさんあるわ。
今から? おいおい、打ち上げがまだ終わってないぞ!
コーヴァル、行かせてやろう。
ゾフィア、いつも以上に気を付けるんだよ。
――わかってる。行くよ、マリア。
え、ええ? ちょっと待ってよ――!
……イングラ? 「錆銅(しょうどう)」騎士イングラのことか? 国民議会は再び奴を釈放したのだな。
さすがは大企業を味方につけた騎士……奴に使い物にならなくなるまで叩きのめされたヴィクトリア人は、さぞかしご不満だろうな。
まあ……それならそれでちょうどいい。
レディース&ジェントルメン!
規則なし、縛りもなし、そして怪我や命の保障さえもなし!
今、目の前に在るのは、鎧を纏った二名の騎士と競技場のみ!
カジミエーシュ騎士競技の肝となるメジャー選抜戦は、すでに三ヶ月も行われてきました! ですが、新たな参戦者は未だに後を絶ちません!
しかし! 私は本日、今までの予選試合とは一味も二味も違う戦いが観られることを、ここでお約束いたします!
そして今、舞台に立っているのはなんと! 古の伝統ある貴族を代表する二名の騎士!
おっとっと! ブーイングが聞こえてきましたよ。しかし心配はご無用! 本日の試合の面白さは、私の長年の伴侶であるこのマイクに賭けて誓いましょう!
彼らの名前を聞けば、皆様はきっと叫ばずにはいられなくなる! そう言い切れる自信が私にはあります!
さあ、前置きはこのくらいにして、まずはこちらの選手からご紹介致しましょう――イングラ家の末子、オルマー・イングラ!
そう! 彼こそが、対戦相手をことごとく血祭りにあげ、度重なる審判堂送りにもかかわらず、多額の企業献金によって無罪判定を出させ続けた「錆銅」騎士イングラです!
ブラッドボイル騎士団を代表する競技場のブッチャー! 決して敵を五体満足のままでは退場させない残酷なる騎士!!
その威容、暴力、そして残虐性――彼が戦いで放つ全てが、相手の骨と心の髄まで刻み込まれるのは必至!
さてさて、もう片方の騎士は――!
Oh! Yeah!! 現存する中では最も悠久な歴史を誇る、伝統ある騎士名家の一つ! その名を大きな声で叫びましょう、せーの! ニアーーーーール!!
たった一人の知恵のみでリターニアに立ち向かったカジミエーシュの英雄、国賊に仕えた侍従を刺殺した無光騎士、そして耀騎士の名を持ちながら、鉱石病に感染し流罪に処された屈辱の象徴!
これらは全て、彼女のファミリーの歴史にございます!
おや、歴史に興味はない? いいでしょう! それではつい先日、無称号の身でありながらロアー騎士団の大先鋒であるシェブチックを倒したのは誰だ!?
ロアー競技場の月間MVPを獲得し、現在最高の人気を誇っている騎士は誰だ!?
果たしてこの名誉が、今日の試合で覆されてしまうのでしょうか? あの美しい御令嬢の顔が「錆銅」によって原形を留めないほどに滅茶苦茶にされるのでしょうか?
そんな姿は見たくないというあなたも、いやそれこそが見たいんだというあなたも! 共に大きな声で迎え入れようではありませんか――マリア・ニアール――!!
さあ、この戦いの結末はどうなる? 最後に笑うのはどっちだ? 座席の横の端末から、彼らに投票してください!
ルールはいつも通り! お金を出しても試合の結果を100%決定づけることはできませんが、皆様のお財布の未来はそれで決まることでしょう!
――マリア!
え?
お願い……お願いだから、棄権して! 今回だけは私の言うことを聞いて。せめてこの一戦だけは……
……おばさん?
一度戦いの舞台に降りたら……騎士に引き返すなんて選択肢はないはずだよ。
……そうだったわね。
頑張りなさい、マリア。
君の力を、皆に見せつけてやって。