吾れ先導者たらん GA-1・戦闘前
灯台下暗し
ねぇ、ユカタン……ラテラーノ人の食生活っておかしいと思わない……?
イェラグと比べると、確かに甘めの味付けに偏ってるね。
だけどウースも甘党だろう?
それにしたってどれもこれも甘いのは無理よ!
はぁ、イェラグが恋しくなってきたわ。
これも全部ラタトスのせいよ。「一族の地位を再確立するために、どんなチャンスにでもすがりつけ」とか何とか偉そうに……そのくせ自分は来ないなんて。
お義姉様がウースを信頼している証拠さ。あんな事があっても二人が協力して頑張っているからこそ、今のブラウンテイル家があるんだ。
またそうやって我関せずって言い方して。ユカタン、あなた本当は裏方のポジションを楽しんでるんじゃないの。
僕は輝いてるウースを見ていられるだけで満足だ。
……もうっ、あなたの口まで甘口になっちゃったわけ?
ハハ……それよりウース、このサミットは思っていた以上に価値があるのかもしれない。
招待に応じる国なんてほとんどないと思っていたけど、この規模を見るに、ラテラーノの影響力を過小評価していたと言わざるを得ない。
それはそうかもしれないけど……話をそらさないでよね!
(リターニア語)まあっ、どこを見ているのかしら。
(リターニア語)そっちがぶつかってきたんでしょ。
あらあら、拙いリターニア語ですこと。あなたはどちらの田舎からいらっしゃったのかしら。
イェラグよ。どこが田舎なのよ。
イェラグ?
イェラグ……ってどこですの?
シャロン夫人、イェラグと言いますと、ヴィクトリア、クルビア、カジミエーシュの緩衝地帯に位置する雪国でございます。
あんな雪山の中に国がありましたの? ふん、それこそ田舎ではありませんこと!?
片田舎の小国の使者風情が、わたくしのような公爵夫人に楯突く気ですの?
……ご夫人、改めて申し上げますが、イェラグは「田舎」などではありません。イェラグという国を知らないのは、おそらくあなたの見識が狭いからでしょう。
それともう一つ……ご夫人の方からぶつかってきたのは明らかですので、謝罪を要求いたします。
まぁ……!
シャロン夫人、ここは大聖堂ですので……
シャロン夫人、恐れながら申し上げます。あなたが今おられるのはラテラーノであって、リターニアにあるご自身の領地ではありません。
あなたは誰ですの?
ラテラーノのレガトゥスです。
レガトゥスがどういうおつもりかしら? ここが大聖堂だから何ですの? ラテラーノはそこの田舎者の味方だとでもおっしゃりたいの?
ラテラーノは規則の味方です。ですので、シャロン夫人はスキウース夫人に謝罪すべきと考えております。
あたしの名前を知ってるの?
各国の使者の名を把握しているのは、レガトゥスとして当然のことでしょう?
へぇ? それなら、わたくしが誰かもわかっているのでしょうね。
もちろんです、リターニアのフランシス公爵夫人であられるシャロン様ですね。
ですがもう一度申し上げます。ここはラテラーノなのです、夫人。
ラテラーノにおいては、何卒戒律と規則を尊重していただくようお願い申し上げます。あなたがリターニアでどれほどの特権を有していようと、ラテラーノでは効力を発揮しません。
これがラテラーノ流のおもてなしですの?
いえ、あなたが「ラテラーノの客人」でいてくだされば、我々は当然誠意を尽くしておもてなしいたしますが……
――オレン、あなたはいつからラテラーノの代表者になったの?
ラテラーノの使者である俺に、まさかその資格がないとでも?
ええ、ないわ。ここ大聖堂ではね。
シャロン夫人、大変失礼いたしました。どうか寛大な心でお許しください。
フン、枢機卿が今さらしゃしゃり出てきて穏便に済まそうなんて、対応が遅すぎませんこと?
公爵夫人、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。失礼を働いたレガトゥスには、当然相応の処罰を与えます。後ほどご宿泊先にて、教皇庁の誠意をご確認いただけるかと。
スキウース夫人もどうかご容赦ください。些細な誤解によるものとは言え、我々の至らなさが原因です。もし寛大にも私の謝意を受け入れてくださるなら、後ほど別室で改めてお詫びいたします。
スキウースがユカタンを見ると、ユカタンは小さくうなずいた。
フンッ、これだからラテラーノ人は……まぁよろしいですわ。
ありがとうございます。アレッソ、マルティナ、こちらの御三方を誠心誠意もてなすように。
オレン、あなたは私と来なさい。
処罰だろ。へいへい……
はい。こちらのステファン区の故人は、遺言に類するものや遺言の事前登録情報を一切残してません。後ほど公証人役場に戻って二次確認フローを提出します。
今ですか? ステファン区中央病院ですが……いえ、僕は何ともありませんよ。転んで怪我をしてしまった女の子がいたので、検査に連れてきたんですが……
いえ、交通事故を起こしたわけでは……
はい、両親は近くにいませんでしたし、その子もまだ意識を失ったままなので家庭情報は未確認です。目を覚ましたら保護者の元へと送り届けようと思います。
そうだ、しばらく目を覚ましそうにない場合、公証人役場の権限を行使することも視野に……
……え? これを実践研修任務の一環としていい? ……わかりました、完了後追加の任務書類を提出します。
……あっ、お待たせしてすみません。連絡は終わりました。
お気になさらず! 簡単な検査は終えましたが、外傷も頭部の異常も確認されませんでした。気を失ったのは、頭部への衝撃が原因ではなさそうです。
ただ、微熱がありましたので元々病気だった可能性があります。気を失った原因についてはさらなる検査が必要ですが、大きな問題はなさそうです。
あ、病室は2127号室になります。検査結果が出るまでそちらでお待ちいただいて構いませんよ。
あの子は妹さんですか? 勤務中とお見受けしますが、どうして執行人が勤務中に妹さんを連れているんですか? このステファン区で執行人に会うことなんてめったにないんですよ!
……いえ、妹じゃありません。
ならどうして執行人がわざわざ病院まで? まさか任務対象? そんな……執行人ってそんなに冷酷なんですか? あんな小さな子供にまで律令の執行をするの? あの子は一体何をしたんですか?
……僕はただ、偶然あの子が倒れるのを見かけただけです。もちろん任務対象でもありません。おそらく近所の子供だと思いますが……
そうなんですか? ならきっと越してきたばかりですね。
ステファン区の病院はここだけなので、病気の子はみんなここに集まるんですよね……繁忙期の小児科診察室を見せたかったなぁ。ほんっと忙しくて大変なんですから!
あ、でも実は私、幸いなことに来週療養部に異動するんです。当院の療養部はご存じですか? すっごく有名なんですよ!
去年の療養部の車椅子早撃ち大会の優勝者がもうすごくって! 見たことない速さの銃さばきで、もしかして銃騎士なんじゃないかって疑うほどで……それにしてはまだちょっと若かったですが……
なんでそんな難しい顔してるんですか? とにかくうちの療養部は有名なんですよ。大聖堂の人たちだってここで療養してるんですから!
……先ほど、あの子は越してきたばかりとおっしゃいましたが、それはどうしてですか?
ああいけない、私っていつも言葉足らずなんですよ。ええと、初めて見る子なのでそう思ったんです。あなたの妹さんじゃないなら、あんな小さな子がほかの区から来るなんて考えられませんから。
もちろん偶然一回も見てないだけって可能性もありますけど、あんなどう見ても病気がちな子を私が見逃してるなんて考えづらいですよ!
あ、さっき小児科診察室の話をしましたよね? 実は先週……
エリザ、また患者のご家族とおしゃべりしちゃって。検査センターへ結果を取りに行くよう先生が言ってるわよ。
はーい――
……
……本当に検査結果を取り違えてないんだね?
はい、何か問題でもありましたか?
こんな不思議な血液サンプルの分析結果は初めて見たんだ。
……コピーはとったから、原本を院長室へ届けてくれるかな。私のメモも一緒に頼む。
私は療養部へ行ってくるよ。
……チッ、あの看護師、院長室の方へ向かったぞ。パティア、どうする?
……何人か妨害に行かせて。ちょっと時間稼ぎができればそれでいいから、騒ぎにならないように気をつけて。
あの医者は?
おそらく療養部へ向かった。セシリアのところへは行ってない。
そう、ならいいわ。まだあの執行人にバレずに済みそうね。
残りの人はあたしと一緒に来て。さっさと執行人を引き剥がして、病院の人が来る前にセシリアを連れ去るわよ。
ただし、セシリアに手荒な真似はしないようにね。いい?
あの子はあたしたちの仲間なんだから。
くれぐれも嫌われちゃわないようにしないと。
ううっ……うーん……
ママ……
目が覚めたんだね!
お兄さん、誰……ここはどこ……
ここは病院だよ。君が急に倒れちゃって、すぐにご両親が見つからなかったから、僕が病院まで連れてきたんだ。
びょういん……ここが病院なの?
でも……お、お兄さんが着てる制服、ママが言ってた……
……
ママはなんて?
(そういえば、あの時この子に避けられていたような……)
えーっと、僕は悪い人なんかじゃないよ。ちゃんとママのところまで連れて行ってあげるから心配しないで。
ママを探してくれるの? ママはね、マントみたいな服を着た人に連れて行かれちゃったの!
(……まさか誘拐事件!? だからこの子はあの場所に一人で?)
……ひとまず落ち着いて。僕は公証人役場の執行人なんだ。探すのを手伝ってあげるから、ママが連れて行かれた時のことを教えてくれるかな?
……公証人役場……
うん。僕は公証人役場のエゼル。ほら、名札を見て。
……
本当にママを探してくれるの?
もちろん。お名前を教えてくれるかな?
……セシリア。
……ううっ……
なっ……!? 光輪が……どうして……
(どういうことだ……どれだけ気分が優れなくても、光輪がここまで暗くなることはないはず……)
(唯一考えられる可能性は……)
(……でもこの歳なら守護銃はまだ持ってないだろうし、そんなことあり得るはずが……)
……うーん……
(いや、それよりも……)
セシリア、苦しくないかい? 君の光輪が……
……たまにこうなるの……ママは病気だって言ってた……ちょっと我慢すればよくなるよ……
……
エゼルはあることに気付いた。
セシリアは今、体調不良の苦しみと母親が見つからない焦燥感の渦中にいるはずだ。
しかしエゼルには、セシリアからそんな苦しみや焦りは伝わってこなかった。
セシリアが……サンクタであるのは間違いないだろう。
ならば何故?
セシリア、君は一体……
こんにちは、この子のご家族の方ですか?
ええ、そんなところです。
この子の状況は少し特殊でして、先生があなたと二人でお話をしたいそうです。案内いたしますね。
……
……先ほど強い風が吹いていたので、この子が風邪をひいてしまわないように窓を閉めておいてもいいでしょうか。
風? ええ、ご自由にどうぞ。
よし。じゃあセシリアはゆっくり休んでて。すぐ戻ってくるから。
セシリアちゃん、大丈夫よ。私たちが一緒にいるからね。
……
屋上で話すんですか?
セシリアの状況が特殊だと言ってましたけど、詳しくはどんな状況なんですか?
ええ、具体的なことは……診断結果が出ないことにはなんとも。先生がまもなくいらっしゃいますので、先生にご確認ください。
……セシリアの状況はすでに公証人役場に報告済みです。僕の同僚がここへ向かってるところですよ。
……えっ!?
あなたは何者ですか。
……私は看護師ですよ。どうしたんですか急に。先生がすぐに来ますから、もう少しだけお待ちください。
ただの看護師が「公証人役場」と聞いて驚いたりしますか?
チッ……カマをかけやがったな。ここでしばらく時間を潰してくれればそれでよかったってのに、わざわざ面倒事に首を突っ込むとはな。
パティアからはセシリアに手荒な真似はするなとは言われてるが……お前にもそうしろとは言われてないんだぜ。
「パティア」、ですか?
……忘れた方が身のためだ。
みんな出てこい。この公証人役場のあんちゃんを休ませてやるとしよう。