吾れ先導者たらん GA-3・戦闘前
混血児
フィアメッタか……ん? そのツラを見るに、ひと悶着あった様子だな。
あなたには関係ないわ。
そうかっかするなよ、一旦落ち着いて茶でも飲むか?
いいから。どうしてあなたがここにいるの? モスティマからは支援が来るなんて聞いてないわ。
ああ、ヴェルリヴから正式に命令が出たわけじゃないからな。
だが俺個人としては喜んで力になるってことだ。
モスティマから聞いたが、ほかにもこの子を追ってる奴らがいるんだろ? 俺の予想通りなら、ここに来る前にそいつらとやり合ってきたんじゃねぇか?
……その通りよ。
俺はエゼルが位置情報を切ったって公証人役場から聞いて、たぶんお前も足止め食らってるんじゃないかと予想して駆けつけたのさ。その時間差を狙われてたら、この子は奪われてたかもしれないぜ?
モスティマが助けに来ない理由は知らんが、あいつが動けない状態なら、せっかくだし恩を売っておこうと思ってな。
こんな機会そうそうないだろ?
……組織力もないあの程度の連中に止められたりはしないわ。
「慎重に漕げば船は万年沈まず」ってな。フィアメッタ、お前そんなんじゃあっさりヴェルリヴに弱みを握られちまうぞ。
おっと、これは炎国のことわざでな、常に用心深く事を行えって意味だ。
ひけらかさないで。オレン、あなたはいつもそんな調子だから嫌われるのよ。
はいはい、冗談はここまでだ。とにかく、お前が到着して恩も売れたんで俺は帰るぜ。後は任せた。
それとも、エスコートが必要なのかな? ならばフィアメッタお嬢さん、私の手をお取りなさい。
遠慮しとくわ。さようなら、オレン。
執行人エゼル、その子を渡しなさい。
抵抗しない方が身のためよ。
……
フィアメッタさん……でよろしいですか? フィアメッタさん、一つお願いがあります。
言ってみなさい。
でもむやみに動かないで。引き金を引かない保証はできないわ。
……僕がリケーレ先輩の命令に背き、そのうえ端末の電源を切ったことで疑われているのはわかっています。ですが……
信じてください、僕は決してラテラーノを裏切ってはいません。
僕が公証人役場の命令に従わなかったのは、セシリアに不測の事態があってほしくなかったからです……それに、僕はこの子とある約束をしたんです。
それが私と何の関係があるの?
……一つお願いを聞いてください。セシリアを大聖堂へ連れて行くのなら、僕にも同行させてください。教皇庁が事件に関する情報を知りたいのなら、僕もいた方が都合がいいと思いませんか?
先に言っておくけど、あなたがいれば上の判断も変わるかもしれないなんて考えているのなら――そんな幻想は捨てなさい。
もっと言うと……教皇庁の判断が意にそぐわなければ、その時はこの子をさらってしまおうとか……
そういうバカな考えは絶対に起こさないことね。
しませんよ。大聖堂に銃騎士が配属されていることはよくわかってますから。
それに、僕だってラテラーノの執行人なんです。これまではセシリアが置かれている状況も、追われている相手も不明瞭だったので気が気じゃありませんでしたが……
今はもうはっきりしましたので、喜んで指示に従います。
結構。
えーっと……セシリアね? 歩ける?
……エゼルお兄ちゃん……
……セシリア、疲れたなら僕がおんぶするから……
私が抱えていくわ、あなたでは遅すぎるもの。
(小声)エゼルお兄ちゃん……
……大丈夫。きっと大丈夫さ、セシリア。
執行人エゼル・パストーレですが、本日の午前中にステファン区セルヴァティウス通り7-265へ向かい、遺体の身元確認、遺言捜索、及び守護銃の回収任務を遂行しました。
それから昼前に八歳のサンクタの女児をステファン区中央病院に送り届けた後、非常事態発生に伴い女児を連れて病院を離れました。
また、ステファン区セルヴァティウス通り7-265の世帯主、フェオリア・ラポルタは本日午前中に自宅で病死しており、遺体は安魂教会に収容済みです。
該当の住所の戸籍登録人数は一人のみで、役所に記録されている居住人数も一人となっています。
ですが、ここ二十年の住宅補修記録を調べると、七年前に地下室を増築した記録が残っていました。請負業者が残した証票によると用途は物置とされています。
そしてこちらはフェオリア・ラポルタの写真資料と、エゼルが病院に送り届けた際に監視カメラに映った女児の映像です。
女児の正体については、もう概ね想像がついているかと思います。
午前中に届いたエゼルの報告によると、フェオリア・ラポルタは遺言を残しておらず、遺言の事前登録もありません。理由は明確、公証人役場との接触をできるだけ避けたかったのでしょう。
フェオリア・ラポルタは余命がもう僅かであることを悟り、娘が生きていくための道を残してやっていたと推測するのが合理的かと。
現状エゼルがフェオリア・ラポルタの委託対象であるか否かは断定できませんが、彼の背景調査の結果を見るに、その可能性は低いでしょう。
フィアメッタから届いた情報と合わせて推測すると、より可能性の高い依頼受託者はおそらく……
「迷い人」。
モスティマ、これがあなたが大聖堂に残った理由かしら?
別に。とりあえず残ってるだけだよ。
そう気を張るでない、ヴェル。シュークリームはいかがかな?
ふぅ、穏便なやり方を選んでよかったぜ。
フィアメッタが来た時に、ちょうど俺が公証人役場の奴をやっちまうところだったらヤバかったな。
言い訳はいいわ。あんたがあいつとくっちゃべってなければ、セシリアは今頃もう先導者様のところだったのよ。
そんなこと言ってもありゃ執行人だぜ。まだ役場を敵に回すほどの事態にはなってないだろ。
それにあいつも相当単純な考えで動いてるみたいだったぜ。ちょっとばかし同情心をあおられて、可愛い少女に不幸が訪れるのを放ってはおけないってところだろうな。
わざわざ暴力に頼らなくても、あいつの懸念してることが明らかな以上、説得できるのも時間の問題だったんだ。
フィアメッタが来るのがもう少し遅ければ今頃……
つまり、やっぱフィアメッタを止められなかったパティアのせいってわけだな。
……あたしは……
冗談だよ。
しかし、あの人もつくづくツイてないな。簡単に片付くはずの一件がいつの間にかこんな面倒なことになってるなんて……いっつもあと少しのところで何かが起きるんだよな。
これこそ偉大なるラテラーノが俺たちに与えた試練ってやつか?
あら、敬虔な信徒に戻ったの?
本物の信徒はこんなこと言わねぇよ。そういう奴らはな、苦難を試練だと思い込んで、その試練を何だ……「運命の贈り物」とかわけのわからねぇこと抜かしやがる。
お前やあの人の周りは、そういう奴ばっかなんじゃねぇのか?
……それでもあんたみたいに自分勝手なサンクタよりはマシだと思うけど。
それで……これからどうするの? セシリアが大聖堂に着いちゃったら、また出てこられるの? それとも、無理矢理連れ出す方法でもあるの?
そう焦るなよ。セシリアを大聖堂に入れたくない気持ちは俺の方が上なんだからよ……
考えてもみろ、俺たちにもまだ切ってないカードはあるだろ?
パティア、お前はフィアメッタをつけてくれ。近づきすぎてバレないようにな。
じゃああんたは何するの?
俺は忙しいんだよ。俺のことを探してる奴がいるって噂を耳にしてな……人気者ってのも困りものだな。
……あたしたちを余計なことに巻き込まないで。
……うん、手がかりはハッキリしたみたいだな。それでこれからどうするつもりだ?
直接彼を訪ねます。
えーっと……お前のその暴……実力を疑っているわけじゃない。だが相手はベテランのレガトゥスだぜ。もし何か勘違いで揉めちまったらマズいんじゃないか?
彼はこの件に関わっています。
……単に関わってるから調査する、ってことか……お前の思考回路が時々羨ましくなるよ。
だが、もしそいつも事情を知らなかったらどうするんだ?
調べてみないことにはわかりません。
それもそうだな。いずれにせよ、レガトゥスがこの一件に関わってるんなら、調べてみる価値はある。
だがまさか、フェオリアみたいにインドア派で目立たない奴から、こんなにわんさか手がかりが出てくるなんてな。戸籍のない娘に、レガトゥス……
それと……サルカズ。
ん? もう行ったのか? また挨拶もなしかよ?
仕方ねぇ……
行っちまったからには……
オレン、俺を恨むなよ。俺じゃフェデリコは止めらんねぇからな。
情報を流すだけでも、俺にできる精一杯だと思ってくれ。
……寝ちゃったわね。
疲れてたんでしょう。
さっき、この子と約束をしてるって言ってたけど、何の約束?
母親探しを手伝う約束です。
母親? でも、モスティマがさっき送ってくれた情報だと、この子の母親ってもう……?
はい、その通りです。僕もこの目で遺体が安魂教会の霊柩車に乗せられているのを見ましたから。
ならどうして約束したの……?
……この子に出会ったばかりの時は、まだ知らなかったんです。
じゃあ知ってからは? この子には教えたの?
……教えましたよ。ですがおそらく、この子の年齢では、まだ「亡くなる」、あるいは「死ぬ」とはどういうことなのかわからないんだと思います……
……あなたも大変ね。
……あまり思い詰めないで。きっと、教皇聖下もこの子をそこまで……ひどい扱いはしないと思うわ。
……はい。この子はセシリアと言います。
フィアメッタさん……あの……
そうかしこまらなくていいわ。
ありがとうございます……大聖堂に引き渡した後、セシリアはまた出てこられるのでしょうか。もしかして……
……保証はできないわね。でも何であれこの子は光輪を持ってるんだから、サンクタと見なされるはずよ。
対象がサンクタである以上、教皇庁にしろ公証人役場にしろ、戒律に従う――少なくとも私はそう思うわ。
たとえ戸籍がなくても、ね。
……えっ、問題はそこなんですか?
だけど、後からでも手続きできるかもしれないわ。
……
ですが、セシリアの光輪は……普通じゃないんです。
先ほどのレガトゥスの方はセシリアの身の安全には楽観的な姿勢でしたが、僕はサンクタの混血問題の深刻さをよく理解していないので、それを鵜呑みにもできませんし……
それに最近、外国の使節たちがラテラーノに集まってますよね?
教皇聖下がこれだけ長く準備を進めてきたサミットですから……このタイミングで、セシリアが誰かの陰謀に利用されてしまわないか心配なんです。
……考えすぎよ。
教皇聖下も当然その可能性には気付いていると思いますが、その上でどんな対策を講じるのでしょうか?
フィアメッタさん、僕はこんなことを考えるべきじゃないのかもしれませんが……
でも考えずにはいられないんです。
じゃあはっきり言わせてもらうわ。
あなたがそんなに考えたところで何になるの? あなたにこの先のことが決められるとでも?
セシリアがそういう危険に晒されてるってわかるなら、大聖堂が一番安全な場所だってこともわかるでしょ。
……そうですね。
……うーん……
ごめんなさい、寝ちゃった……
うるさかったかな?
ち、違うよ。えっとね……
エゼル、今鳴ったのはあなたのお腹?
……
セシリア、ドーナツを買ってきてあげようか。
ド、ドーナツ……うん! お兄ちゃんありがとう……
いい、私が買ってくるわ。手も疲れてきたし、そろそろこの子を下ろして休みたいところだったの。
(小声)二人きりにされても、どうしていいかわからないもの。
でも、下手な真似はやめることね。どんな小細工も見逃さないわ。
……まだ信じてもらえてないんですね。
そうだ、端末の電源も入れておきなさい。切るのは禁止よ。
は、はい……
(小声)あのお姉ちゃん、エゼルお兄ちゃんにもすっごく怖くて……わたし話せないよ。
ああ見えて悪い人じゃないから大丈夫だよ、セシリア。
ねぇ、お兄ちゃん……もしかして、わたしをママのところに連れて行けなくなっちゃったの? いってらっしゃいって言うだけでもダメなの?
えっと……まずはある場所に行って、セシリアの安全を確保しないといけないんだ。
ママのことは……ちゃんと説明するから。少しだけ……考えさせてくれないかな?
……わかった。
お兄ちゃん、聞こえる?
聞こえる? 何がだい?
お歌……
歌……あっ、確かに! 綿あめ屋さんのキッチンカーからみたいだけど……でもこんなに騒がしいのによく聞こえたね。
よく知ってるお歌だから!
ママが教えてくれたお歌なんだよ!
うーん……でも行っちゃダメだよね?
……大丈夫、声を掛ければきっと綿あめ屋さんの方から来てくれるはずさ。
すみません――
誰か呼んでないか?
フフフン~♪
またその歌か。好きだねぇ……おっと、本当に客が呼んでるじゃないか。行くぞ、情報収集がてんでダメなら商売に精を出そう。
オッケ~♪
こんにちは……
やあ、お嬢ちゃん。綿あめが欲しいの?
えーっと……
二つ、いや、三つください。この味とこの味、それとミックス味をお願いします。
かしこまり~。
三つなら、俺も一緒に作るよ。
お姉さん、あの……さっきのお歌、何て名前なの?
ママがよく歌ってくれたけど、名前は教えてくれなかったんだ……
……え? あなたのママが……この曲を……?
お姉さん! 綿あめ! 落ちちゃうよ!
わあごめんなさい、すぐに――
あっと、ザラメがこぼれてます――僕が手伝いますから……
ごめんなさいねぇ、ありがとう!
(小声)おい! フード!! フードが引っかかって――
あっ――
……
か、勘違いしないでくれよ。こ、こいつはキャプリニーなんだ……
お姉さん!
お姉さんの角、わたしのパパとよく似てる……
お姉さんもサルカズなの?
――――――
(小声)早くフードをかぶれ!
ち、違うわよ。お嬢ちゃんの……み、見間違いよ……
……
ラテラーノにサルカズが紛れ込むなんて……あなたたちの目的もセシリアですか?
エゼル、何事?
……フィアメッタさん、この人、サルカズです。
――だけどもう一つの事実は決して口には出せなかった。
チッ……仕方ない、やるしかねぇか……
……いい度胸してるのね。