紅炎遣らう落葉 CF-2・戦闘前
盤石の守り
これは一体どうやって作ったんですかニャ?
ゴシャハギの毛のように丈夫でありながら、ナルガクルガの鱗にも匹敵する軽さですニャ……
こちらの服はどれも、素材が軽くてなめらかで……柔軟性も抜群ですニャ。
しかし、一番不思議なのは、この辺の人たちが皆この素材で作った服を着ていることですニャ。どの服も、裁断は立派な加工屋の仕事さながらですしニャ……
それに、この量を作るには同じ素材が大量に必要だと思いますが、モンスターの素材だけでまかなうには多すぎますよニャ……
新しい素材、大好きニャ~! 森になら、もっといっぱいありそうだニャ!
だから、ツノのハンターさんと一緒にリオレウスを討伐するニャ!
もう、あなたもちゃんと考えなさいニャ! ここはわたしたちの目指していた大陸とは全然別の場所ですニャよ!
森で狩りをしない村人たちに、モンスターの素材で防具と武器を作ることもしない文化……
彼らが使っているものがどこから来たかもわからない上、村には見たこともない道具がたくさんありますし、もはやどうしたらいいのやら……ニャ~……
ヤトウの話では、こちらの人たちの中にも、古龍観測隊のように自然現象を観測する人と、生態学者がいるようですがニャ……
何もかもが違いすぎますニャ!
違うかニャ?
そうですニャ! だから早く帰る方法を考えましょうニャ! わたしの新大陸最強学者計画には、まだ希望が残っているはずなのですからニャ!
両方、新大陸だと思うけどニャ……
……! つまり、ここも新大陸だってことですかニャ? そう考えると、ここはまだほかの調査団が来ていない、前人未踏の地ということに……
ハンターも研究者もいなければ、古龍観測隊も来ていない、まったくの新大陸! わたしたちしか知らない場所なんですニャ……!
ここで得た見聞や知識を記録して持ち帰れば……元いた場所へと戻る頃には、わたしは一躍大スター学者になれますニャ!
そうなれば、本の山に埋もれていた竜人族のご老人たちも、わたしの学識にあっと驚くに違いありませんニャ! わたしはなんて賢いアイルーなんでしょうかニャ!
ニャ?
はっ……いやいや、やっぱりもっとよく考えるべきですニャ。
大体、リオレウスの討伐だなんて……わたしたちはオトモアイルーではないですし、そもそも二人のことは一度助けてあげたはずですからニャ!
リオレウス、討伐するニャ! ニャ~!
……あなたが行きたいなら止めませんけど、わたしはここから離れませんからニャ……
わあ、見て見て! この子たち、フェリーンかな?
こんなにちっちゃいし、きっと違うよ。すっごくふわふわの毛並みだね……かわいい~!
ちょっと! 何をするんですニャ!
わっ、喋った! ほんとにかわいいね!
そうだ、ちっちゃいフェリーンちゃん、一緒に遊ぼうよ!
抱っこしてあげるし、きれいな服にも着替えさせてあげるから!
高い高いだってしてあげるよ! ほら、こうやって……
おやめなさいニャ、とんがり耳のおちびさんたち! わたしは元王立古生物書士隊の学者であって、あなたたちのおもちゃではありませんニャ!
あっ、こうすれば頭をなでなでできるね。
こら! 勝手に触らないでくださいニャ! すぐにやめ……ニャ……き、気持ちいいですニャ~……
って、違いますニャ!
相棒、あなたも戻ってきなさいニャ! 勝手にどこかへ行かないでくださいニャ!
こほん、いいですかニャ? わたしは決めましたニャ!
博識なわたしの力を借りて、強大なリオレウスに挑みたいと、あんなにも誠意を込めてお願いしてくれたことですしニャ……
誇り高き元王立古生物書士隊の学者として、救いを求められて拒むなどプライドが許しませんニャ!
出発ですニャ! 今すぐに!
……つまり、こう仰りたいのですか? 家ほどの大きさの怪物が、村近くの森で飛び回っている、と……その上それは爪に毒を持ち、火を噴くことまでできる、というわけですか。
ははっ、森とは本当に不思議なものですね。
信じがたい話だとは思うが、この目で確かめた真実なんだ。我々は実際、奴と交戦しているしな。
この先、別の危険が起きないとは言えないし……天災と同等の災害と見なすべきだ。すぐにこのことを村中の人に知らせて、避難を始めるよう勧める。事は早いほうがいい。
そうですか。……お二人とも遠路はるばるお越しいただいたというのに、危険な目に遭われるとは……さぞお疲れでしょう。
申し遅れましたが、この小さな村の村長を務めております、滝居應(たきい・あたる)と申します。……まあ、村の平穏は私一人の力ではなく、皆の努力の賜物なのですがね。
さて、お客様方。よろしければ、このお茶をぜひご賞味ください。
これは我が村の特産品なんです。頭をすっきりさせてくれますし、疲労回復にも役立ちますよ。
そんじゃ、遠慮なく……
滝居さん、事態は一刻を争うことだ。
……や、あとでもらおうかな。
村人全員の安全を守るには、迅速な避難活動が最善だ。皆が退避してくれたら、我々も心置きなく対応に専念できるからな。
おや、お若い方はせっかちですね。ですが、それも悪いことではありません。何しろ、早起きの羽獣は得をすると言いますからね。
さあ、お二人ともまずはお掛けください。まだ時間も早いですし、この件についてじっくりお話ししましょう。
ヤトウ、まずは村長の話を聞いてみようぜ。
……もう一度、ご提案について検討してはもらえないか。それと、できれば村周辺への防衛設備の設置許可もいただけると嬉しい。避難の際、不測の事態があった場合に備え、保険として。
……先ほどもお聞きしましたが、お二人がいらしたのは、確か……ロ……
ロドスだ。
そうだ、ロドスでしたね。
そして、あなたがヤトウさんで、そちらの方はノイルホーンさん……と。申し訳ない、年を取るとどうも物覚えが悪く……
私がロドスへご連絡したのは確か……そう、あなた方が鉱石病対策の専門家だとお伺いしたからなのです。
近頃、露華村では何人も感染者が出ておりましてね。
島長、渡沢、千野、そして石取の家でも……あの家の子はまだ幼いというのに、あのような病気にかかってしまうとは、本当にやりきれない思いです。
鉱石病と、関連の問題については、専門家である我々を信じていただけたらと。
もちろん、心強く思っております。私どもとしても、お二人が来てくださったことには感謝しかありません。……ただ、いくつか気になる問題が……
というと?
あなた方が森の怪物にこだわる理由は何なのでしょうか?
ロドスは製薬会社だそうですね。
……
俺から説明させてもらおう。――普通、鉱石病が広がるのには根本的な原因ってのがあるもんだ。だから対策として一番重要なのは、その感染源を取り除くことなのさ。
実を言うと、俺たちは山での調査で見つけた手がかりから、村に広がる鉱石病はあの怪物と関係している可能性が高いって結論を出したんだ。
まだ決定的な証拠はねえが、事件が起きちまう前に助言をするのも俺たちの仕事の内なのさ。
そういうことでしたか。問題へ丁寧に向き合うその姿勢、さすがは専門家の方ですね。村の若者たちにも、あなた方を見習ってほしいくらいです。
では、考え直していただけないか? これは村の人全員の安全に関わる問題なんだ。
……ならば、お二人に一つ伺ってもよろしいでしょうか?
どうぞ。
ありがとうございます。……お茶のお味はいかがですか?
話を逸らさないでもらえると――
うまいよ、それもかなりな。清涼感があるっつーか、さっぱりしててそこらのバーで飲めるもんよりずっといい。
それはよかった。実は、光元家の尊い方々もこの茶葉を気に入ってくださっているのです。
光元家との取引があるのか……
はい。これの原料となる涼花草という植物は非常に繊細でして……蒼暮山地以外では生育しないものなのです。
つまり、涼花草を使った茶葉は、極東全国でもこの村でしか栽培できないものというわけですね。
またこのほかに、露華村の名産品としては手打ちの鉄器や寄せ木細工などもあるのですが、それを作れるのも、この山の上質な鉱石と多種多様な木材のおかげなのです。
……その話をした意図を伺っても?
こちらの事情をお話ししたいと思いましてね。――数年前まで、ここは狩人たちの村でした。皆生きるために狩りをして、その収穫で生きてきたのです。
そうした暮らしは、収穫が多くあれば皆で焚き火を囲み、宴を開くことができますが……収穫のない日には、ただ残りの食料が何日持つかを指折り数えながら、獣害の心配をすることしかできません。
ですが、数年努力した甲斐あって、今では村中の屋根が新しくふきかえられ、村内に街灯を置くこともできるようになり、そして子供たちは毎日温かいシャワーを浴びられるようになったのです。
私たちはもはや、生きるために山へ入って狩りをする必要も、明日を案じる必要もなくなりました。
ですから、お二人が偶然発見したものを根拠に、故郷を離れろと言われても……我々は困ってしまうというのが本音なのです。
何もここから追い出そうというわけではない。危機が去り、状況さえ落ち着けば戻れるようになるんだ。
それには何日かかりますか? 一日、二日、それとも一ヶ月でしょうか? あるいは一年かかるかもしれませんよね。それに、我々の村が無事で済み、今の生活に必ず戻れるという保証はありますか?
ロドスの方に、そこまで保証することができるのでしょうか?
……申し訳ない。確かに、保証はできかねるのが事実だ。現状の情報だけでは、危険の規模を予測することは難しい。けれど……
そうでしょう。ならば、我々も故郷を離れることはできないというのが結論です。
間違ってる……! 村の人たちの安全を第一に考えてくれ! 脅威から目を背けるな、あの生き物は実在しているんだから!
それはどうでしょうか。
……どういうことだ?
この辺りには、こんな言葉がございます。「秋に胡蝶が踊れども、その羽見れば散り紅葉」……
森のことなら、我々が誰よりよく知っています。ヤトウさん、あなたがご覧になったのは「紅葉」だったのかもしれませんよ。
何を――
そうだな、わかったよ。
ノイルホーン……
そんじゃ、俺たちは村の感染状況を確認して、その結果を見つつ対処方法を考えることにしよう。
本当にありがとうございます。……時に、対処と言えば……厚かましいとは思うのですが、よろしければもう一つお願いが。
おう、聞くぜ。
鉱石病の抑制剤を少々分けていただくことはできませんか?
っていうと、理由は……?
村内の状況は芳しくありません。今回はお二人のお陰で助かりましたが、今後のことを考えますと、備えがあったほうが安心できるように思いまして。
薬代についてはご心配なく。きちんとお支払いしますので。
いいや、その必要はない。我々が感染源を……
ヤトウ。
こんなお願いをするのは、ご迷惑でしょうか?
いや……構わねえさ。すぐにでも渡せるぜ。
っと、そうだ。滝居さん、一つ聞き忘れてたんだが……この村は昔狩りの収穫で生活してたんだよな? そんなら、今も狩人がいたりしないのか?
狩りをする必要がなくなりましたので、狩人もおりません。
そうか。村に入った時、狩人名乗ってる爺さんと会ってさ。確か柏生とかいう名前の……心当たりねえかな?
ははは……名乗るだけなら私にもできますよ。
あの人ももう随分なご年齢ですし、山に入っては樹木を相手に素振りの練習をしているような肩書きだけの狩人です。
ただ……これだけはお伝えしておきましょう。お二人はあの人に近付かないほうがいいと思いますよ。トラブルに巻き込まれるかもしれませんし。
あの爺さん、家族もいねえみたいだが、昔になんかあったのか?
面白いことに興味をお持ちになりますね。単にあの人が偏屈なだけですよ。ああいう変わり者はどこの村にもいるものです。おかしなことでもありません。
さて、そろそろ時間も時間ですし、今日はここまでにしましょう。お二人がこの田舎村で楽しいひとときを過ごせますように。
色々手間かけて悪かった。そんじゃあな。
……村長ではなく私個人として、お二人に一つご忠告を。
熟練の狩人なら誰もが知る道理として……森の中では、好奇心が強い獣ほど罠にかかりやすいものです。
くれぐれも、それをお忘れなく。
私の見通しが甘かった。村人を避難させることがここまで難しいとは……
証拠が足りない状況で、ただ危険だから故郷を離れろというのは確かに賢明ではなかったな。
いやあ、俺としてはなんとなく……証拠が十分揃ってても、村長は俺たちを信じてくれなかったんじゃないかって気がするんだよな。
確かに。彼は意図的に私たちをリオレウスから遠ざけようとしているようだしな。情報収集を嫌がっているような節も見受けられた。
私を止めたのも、あの態度を見てのことか?
ああ。薬がほしい理由も変だったし……なんか隠してそうだから、とりあえず薬を渡してしばらく様子を見たほうがいいと思うんだ。
……村長が最後に言ったこと……あれは忠告っつーか警告かもな。
だとしても構わない。
村の人々にどんな態度を取られようと、我々の目的はただ一つ――この脅威から彼らを守り抜くことだ。
何があっても、必ず解決の糸口を探し出してみせる。
……うん。
それにしても、お前こそ細かいことをあれこれ気にしすぎだぞ、ノイルホーン。
俺はただ、柏生の爺さんが相当変な態度だったから気になっただけで……
お前が心配していることも理解はできるが、我々が考えることではないだろう。
余計なことまで気を配るのはよせ。
奴らを殺せ!
っ……!
チッ……夢か。
また、夢にお前が出てきた……
おじいちゃーん、いる~?
おう、入れ。
おはよう! おにぎりとたけのこの煮物を持ってきたよ。机の上に置いとくね。
町のほうから送られてきた弁当もあるから温めて食べて……あれ、今から出かけるの?
ああ。山へ行ってくる。
そ、それって……お兄さんたちが言ってた、すっごく大きくて、空を飛べる怪物を狩りに行くの?
ただの狩りだ。いつもと変わらんさ。
えっと……あのね、ぼく……この日のために、ずっと準備してきたから……すっごく強い怪物が出た今こそ、ぼくが本物の狩人になるべき時だと思うんだ。
見て、おじいちゃん。これ、ぼくの弓なんだ。登山用の皮靴とナイフもあるよ。それに、ぼくとっても健康だし、手の力だって鍛えてるんだ。
だから、その……狩りについていってもいい?
ダメだ。
そう言わずに、お願い……! ぼく、絶対役に立つから!
おじいちゃんの矛を預かったり、罠を仕掛けたり、毛皮を運んだりもできるよ……!
お前はまだ小さいし、狩りの経験もない。足手まといだ。
小さくないもん! 昔だったら、ぼくくらいの歳の子はみんな山で狩りをしてたんでしょ? おじいちゃんなら、そんなこと知ってるはずじゃない!
おじいちゃんの言いつけは絶対守るから……! 迷惑かけたりしないから……!
……もう言うな。
ぐすっ……だって……だってみんな、狩人なんかもういないって言うんだよ……!
狩人はみんなのために、森で獣を倒してくれる人たちなのに……おじいちゃんみたいな、村で一番の英雄なのに!
ずっとみんなを守ってきたのはおじいちゃんなのに、みんなはどうして、あんなひどいことばっかり言うの……?
おじいちゃんは狩人なんかじゃないとか、山に行ったら骨も残らず獣に食われるに決まってるとか……!
そんなふうに言っていたのか……
だが、森は……日増しに危険になってきている。
あれはもう、人が踏み入れるべき場所じゃないんだ。
おじいちゃん……嘘つきなのはみんなだよね? おじいちゃんは狩人だもんね……?
俺は……
あの怪物を仕留めて必ず帰る。俺を信じろ。
わかったら、もう泣くんじゃない。
……坊主、俺は信じてるんだ。お前なら、いつか必ず本物の狩人になれるってな。
だから、お互い信じているとしよう。これは俺とお前の約束だ。いいな?
うん……! 約束する……!
……? なんだ? 村の連中が出てきているな……
手を挙げて。そう、そのまま。
怖がらなくていい。少し見せてくれ。
よし、いい子だ。
では、次。
年老いた狩人はしばし立ち留まる。そして、身を翻そうとした瞬間――
若きオペレーターが偶然そちらを見やり、二人の視線が一瞬だけ交差した。
ふん……
私の身体、大丈夫なんでしょうか? 最近、よく頭痛がして……
大丈夫。今のところ、大きな問題はなさそうだ。
この鎮痛剤を持って行ってくれ。激しい痛みがある時は、一錠だけ服用するように。痛みがなければ、常用する必要はない。
ありがとうございます……!
ヤトウ、ちょっと来てくれ。造影検査の結果が出た。
わかった。――失礼、少し待っていてもらえるか。戻ったら注意事項をお伝えしよう。
……見えるか? これ。
そんなはずが……
……いや、わかった。
お待たせして申し訳ない。悪いが、もう一つ聞かせてもらえないだろうか。
検査の結果を見たところ、少し気になる兆候がある。最近、変わったものに接触しなかったか、あるいは、普段行かない場所に行かなかったかを教えてほしいんだ。
えっ! き、危険な状態だとか……?
今はまだ間に合う段階だが、このまま活性源石との接触が続けば鉱石病になりかねない。そうなってしまえば、訪れる結果は筆舌に尽くしがたいものだ。
最近と言わず、もっと前のことでもいい。思い出してくれないか。特に源石関係の心当たりがあれば。
活性源石って……そんな……あの人たちの言う通り、入る前にちゃんと防護したはずなのに……
入る前……? それはどこにだ?
成松さん、軽率な発言は慎んでください。先生を誤解させかねませんから。
……!
わ、私はただの鍛冶屋ですから、源石に関わることなんてありませんよ! きっと何かの間違いではないかと……!
この人の言う通り、村の人はごく普通の生活をしておりますので、先生が心配なさるような状況に置かれることはないと思いますよ。
……わかった。では、皆よく聞いてくれ! 今後は活性源石が存在しうる場所には近付かないように! それと、出所のわからないものに触れることもしないでくれ!
今のが最後の一人か。一通り検査は終わったな。
お疲れさん。何か新しい情報は?
なかった。皆「ずっと村に居た」と言い張るか、口を閉じて何も言わないかのどちらかだ。
症状が悪化した場合のことを話して、協力への理解を得ようとしてみたが、それも失敗した。行動範囲の話題であるとか、症状以外の話になると彼らは途端に警戒してしまう。
結局、鉱石病の感染者は数名に留まっていたし、その数名にも処置は行ったとはいえ……鉱石病が村に及ぼしている影響を軽視することはできないな。
さっきお前が見せてくれた検査結果だが……今来た全員、ああいう状況だったのか?
ああ。
……
感染が最近のことでないのなら、原因はどこにあるんだ……?
造影検査の結果を見るに、この辺の住民たちは数年前から活性源石の影響を受けてると考えるのが妥当だ。
それでも、その影響が弱かったから、明らかな症状が出なかったんだろう。現に感染者は数人で済んでるわけだしな。
ここからは俺の推測だが――多分、村人たちが接触したのは濃度の低い源石粒子で、接触時間も限られてたんじゃねえかと思う。
ふむ。リオレウスの爪痕から検出した粒子と濃度は同じくらいか?
いや……爪痕に残ってたやつは濃度が高かったんだ。あれだけで鉱石病を引き起こしてもおかしくないくらいにな。感染者になった数人は森に行ったことを認めてたし、手がかりはそこにありそうだ。
(深呼吸をする)
この近辺は長く源石の影響を受けていたが、ある日突然、爆発的にその影響が表面化した。そう仮定すると、やはり一つの可能性に行き当たる。
爪痕の源石粒子にしろ、彼らの源石接触にしろ……原因は同じ場所にあるように思う。
同感だ。可能性は高そうだな。
お二人とも、こんにちは。
あなたは、先ほどの……
失礼、自己紹介がまだでしたね。私は利藤裕(りとう・ひろし)と申します。先祖代々、この露華村に住んでおります。
よろしく。それで、用向きは?
患者にしていた質問に割り込んだことを、お詫びしたいと思いまして……私はただ、彼が人々の前で間違ったことを言ってしまえば、彼自身のことに影響するのではと心配だっただけなのです。
彼自身のことに……? どういう意味なんだ?
それが……この村の人の多くは、とある事件のせいで、皆口封じをされているような状況でして……
――あ、あの! お二人はお医者様ですか!?
いや……我々には、鉱石病の検査くらいしかできないんだが。
そんなに慌てて、何かあったんですか?
あっ、まさか……
お願いします! 石取さんの子を助けてください!
あ、ええと、石取さんとは家が隣同士で……! とにかく、あの子が大変なんです……ずっと血を吐いていて……!
それはまずいな。
すぐに向かおう。
わ、私もお供します!
――ガイド管を。
次は鉗子だ、早く!
ガーゼをくれ!
こほっ……けほ、ごほっ……
ふう……なんとかなったな。似たような経験があったことが功を奏したようだ。
あったな、そんなこと。あの時は確か、お前が自分で……
余計なことを言うな。それより、あの子に抑制剤を投与してくれ。
先生……この子は大丈夫なんでしょうか?
危険な状態は脱した。
肺から出血している状態でおかしな姿勢で休んでいたことに起因して血の塊が詰まり、気管が塞がれていたようだ。……座った状態で休ませるようにしてくれ。
そうですか……た、助かってよかった……
気を抜くのは早い。まだ予断を許さない状況だからな。
この子の感染状況は村の誰より重篤だ。抑制剤の投与が間に合ったことは不幸中の幸いと言えるだろう。
だが、それでも症状を遅らせることしかできないし、今後も継続的に治療しなくてはならない。ロドスに連れて行く必要すらあるかもしれないな。
ここまでひどい状態だとは……この子の感染経路に心当たりは?
わ、わかりません。何もないと思うんですが……
ないわけがないだろう。この子の家族は?
何も……何も知りません……!
あなたたちは一体何を隠しているんだ?
……う……父、ちゃん……
っ……父ちゃんは……絶対、嘘をついたり……しない……
……怪物が……おっきな、怪物が……
――!
怪物というのは?
い、言わないで!
うおっと! 今は近付くなって!
ノイルホーン、その人を止めてくれ。
のど……かわい、た……みず……
ここにあるから――気を付けて、ゆっくり飲むといい。
(水を飲む)……
怖がらなくていい。君を助けにきたんだ。
……君の家族はどうした?
父ちゃん……洞窟から、帰ってきて……すぐ、村長さんに……連れてかれ、ちゃった……
洞窟?
そ、外の人に言ったりしたら……!
黙っていてくれ! この子の命より大切なものがあるのか!?
けほっ……
……父ちゃんは、毎朝……洞窟に、行って……夜遅くに……帰ってくるん、だ。
でも、おととい……ごほっ……洞、窟から……すごく、大きな音が……聞こえて……
村長、さんが……誰か、見てこないとって、言うから……父ちゃんが洞窟に……でも、帰ってきたら、すぐ……熱が出て……身体に、石が生えてきて……
そこまで急速に進行したのか……
聞いてる限り、多分活性源石に直接晒されたんだろうな。その親父さんの身体が汚染されてたせいで、この子の状態まで悪化しちまったわけか。
父ちゃんが、洞窟には、怪物がいるから……危ないって言ってた……だけど、村長さんは……そんなの嘘だ、って……だからみんな、信じてくれ、なくて……父ちゃんは、連れてかれて……
だけど……父ちゃんは絶対、嘘なんかつかない……絶対、だよ……
話してくれてありがとう。……君の言う通り、お父さんは嘘なんてついていない。怪物は本当にいるんだ。私たちも、この目で見ているしな。
ほん、と……?
ああ。だが安心してくれ。私たちはとっても強いんだ。あんな怪物くらいすぐに倒して、村の人たちを守ってみせるさ。
お姉さんが……倒して、くれるの……? 村のみんなを、守ってくれる……?
勿論だ。約束する。ロドス行動隊A4の隊長として、このヤトウがあなたの依頼を受けよう。
私は、約束を破ったりはしない。
あり、がとう……
どういたしまして。……さあ、君はゆっくり休んでいるといい。
ノイルホーン、退いてくれ。
……!
この子がどんな顔をしていたか、見ただろう?
このままでは、感染者が増える一方だ。原因を取り除かないと、いずれあなたたち全員が鉱石病になり、あの子と同じ――あるいはより重篤な症状に見舞われることになる。
次はあなたの番かもしれないと、本当に理解しているのか!?
教えてくれ! あなたたちが隠そうとしている事実を!
ごめんなさい……ごめんなさい……! 何も、何も知らないんです……!
……
皆、色々と事情があるのです。どうか許してやってください。代わりに、私がお話ししますから。
あなたは先に戻ってください。私からお伝えしておきますよ。
ありがとうございます……
ようやく話す気になったのか。
……あの子が言っていた洞窟というのは、村の裏山にあります。村長が管理しているそこで、多くの村人が働いているのです。
その洞窟には何がある?
私はその仕事に関わったことがありませんので、わかりません。たとえ知っていたとしても、何も言えないと思います。
口封じというのは、村長がしているのか?
私からは何とも申し上げられません。
……この子の看病は頼んだ。村長のところへ行ってくる。
お待ちください。本当に向かわれるおつもりですか?
すぐにも解決しなければ、状況はさらに悪化していくんだぞ!
直接訪ねていっても、真相を掴むことはできないと思いますよ。何一つ問題は解決しないまま、適当にごまかされて終わりでしょう。
ヤトウ、この人の言う通りじゃねえかな。
実は……
洞窟の位置なら知っています。よろしければお教えしましょうか。
さっき教えてもらった場所を中心として、周りは全部調べてみたが……この辺はほとんど建物がないし、地形も複雑だな。一見して疑わしいところはない。とはいえ――
見ろ。あそこに二人、村人がいるよな。ぱっと見は裏山で気分転換してるだけって感じだが……
視線を追うと、向こうの建物を意識してるように見えるぜ。
では、あの二人は任せろ。寝かせておくから、お前が様子を見てきてくれ。
待て待て、誤解だったらどうすんだ?
無関係な二人をのしちまったなんてことになりゃ、村から叩き出されるぞ。
話は聞かせてもらいましたニャ! お喜びなさい、相棒に考えがあるそうですニャ!
――!
お前ら、一体どこから来たんだ? 急に出てくるから、ちっと驚いたじゃねえか。
あなたたちのリオレウス討伐に助太刀してあげるべく、駆けつけたのですニャ。せいぜい感謝してくださいニャ!
はいはい。そんで、お前らが村人たちを建物から引き離してくれんのか?
わたしではなく、相棒がそう言ってただけですがニャ。
だとさ。こいつらに任せて、俺たちは裏から潜入するとしようか。
ちょ、ちょっと……本当にこれで作り方合ってますかニャ?
それにこの食材も、一体どこから調達したんですかニャ?
刻んで刻んで、まぜまぜするニャ! 誰もこの誘惑には抗えないはずだニャ!
ああもう、何なんですかニャ、この状況は!
元王立古生物書士隊の学者にして、新大陸随一の研究者となる予定のわたしが……
料理人の真似事をするなんてニャ!
ここで裏返して……焼けたニャ! 完成だニャ~!
そろそろ夕飯の時間かなあ。
何言ってんだ、まだ太陽も沈んでねえぞ。
今日は朝も昼も食べそびれたし、おやつも何にも食べてないんだよ……
あのよそ者たちが来たせいで村長に見張りを押しつけられて、ずっと待ちぼうけ……もう限界だ。
腹減ったなあ……
そうボヤくなよ、俺だって腹ぺこなんだから。
そもそも、あの二人本当にこんなとこ来るのか? 村のみんなの検査をしてるって話だったろう。
村長の命令なんだから、黙って見張ってりゃいいんだよ。
あの小娘の時みたいになりたかないだろ? お陰で村は大騒ぎだったじゃねえか。
わかった、わかった……我慢するよ。
……待った、何か良い匂いがしないか?
良い匂い? 一体何の……あっ!
肉の焼ける匂いだ! 焼き加減が絶妙で、溶けた脂が野菜の上で踊り出すようなやつ! それに、焼いた果物の甘い香りまで……!
ごくっ……
やめろやめろ、俺まで我慢できなくなる……
この匂い、あっちからだ! 誰かが差し入れを持ってきてくれたのかもしれないし、行ってみよう。
一人で行ってこいよ。俺はここで待ってるから……
そう言わず、一緒に行こう。な、お前だって腹ぺこなんだろ?
……ちょっと見に行くだけだからな。
ニャーニャー! アイルーお手製、栄養満点のお料理で、つらい夜にもスタミナ注入してあげますニャ!
お二人とも、ご飯はいかがですかニャ?
! お前……!
あっ! こいつら――
相棒、出番ですニャ!
こっちだ! ちゃんと構えてるから、降りてこい。
できれば着地は優しめに――うわっ!
ここが、あの子の言っていた洞窟か……?
壁に掘削の痕が残ってる。自然にできたもんじゃなさそうだな。
地面にレールがあるな……この真新しい痕跡を見るに、最近まで使われていたようだ。
俺たちが入ってきた時、入口は閉じられてたよな。ただ、外から入らせないために閉じたっていうよりは、中にいる何かを食い止めるために閉じられてたって感じに見えた。
あの子供の話と合わせて考えると、この数日で何か異変が起きたんだろうが……その先に、リオレウスとの繋がりが見えてくるのかねえ。
奥に進めばわかるさ。
前のほうにあるのは……
待て――動くな!
俺が見てくるよ。
気を付けてな。
……大丈夫だ。生き物じゃない。
焦げた服が落ちてる……身体に燃え移る前に脱いだって感じだな。
向こうにもあるぞ。
ヘルメットにサーチライト……あの子の親父さんの物かもな。
目の前に通風口があるな。恐らく、持ち物を捨ててここから逃げようとしたのだろうが……うまくはいかなかった、ということか……
何とか逃げようとしてたんだな……
……この大きさの洞窟なら、リオレウスでも入れるだろう。この人が遭遇したのは、恐らく……
ノイルホーン、この衣服も源石粒子の確認を行おう。
結果が出たぜ。これも源石粒子の反応ありだ。濃度は森の爪痕に近いが、こっちのほうがちょっと高いな。
……なあヤトウ、なんか変なにおいがしねえか?
血のにおいだな。前方からだ。
了解。確認してくる。
これは……肉の塊か?
すべて肉獣のものか。並の量ではないし、どれも新鮮に見えるな。私たちがここへ来る少し前に置かれたんだろう。
人為的に運ばれてきた物のようだが、なぜここに……
何かをおびき寄せるために置いたみたいだな。――ってことは……
リオレウスを呼び込むつもりか!
ニャー!
おわああっ!?
ニャアア~ッ!?
いきなり大声出さないでくださいニャ!
お前らが音も立てずにいきなり出てくるからだろうが!
うわっ、なんだ……? 急に良い匂いが……
見張りの引き離しクエストを完璧に達成した結果、思いのほかご飯がたくさん余っちゃったんですニャ。
ハンマーでえいってしといたニャ!
おいおい、結局殴ったのかよ……大体、「ご飯が余った」ってどういうことだ?
細かいことは気にしないでくださいニャ! とにかく、どんどん進みましょうニャ!
ちょっと待ってな、まだいくつか調査が残ってるんだ。
でも、もうじき追いつかれちゃうニャ。
追いつかれるって、何にだ?
村の人たちだニャ。
どうしてそんなことになってんだよ!
他人の所有地に忍び込む時は、捕まる覚悟もすべきなのですニャ!
仮に相棒があの人たちのキッチンから食材を盗んでいなくても、このことは絶対バレてたと思いますしニャ。
なに訳わかんねえこと言ってんだ……
――全員、静かに。
耳を澄ませてみろ。
どんどん音が近付いてますニャ!
早く行かないと追いつかれちゃいますニャ!
いいや……この音は……
洞窟の奥から聞こえるぞ。
感染生物か!