空想の花庭 HE-2・戦闘前
生命の運河
遥か遠いところに、小さな村がありました。そこでは村人たちが幸せに暮らしていました。
一部の村人は、みんなのために雨風をしのげる小屋を建て、畑を切り拓きました。
また別の者は狩りに行ったり、鉱石を掘りに出かけたりしました。そのついでに、村を襲おうとしている悪人たちを懲らしめました。
村人たちは分け隔てのない態度で協力し合い、誰もが欠けてはならない存在になりました。小さな村の中で共同生活を営む彼らは、みんなここが自分の故郷だと考えていました。
ですが良い事はいつまでも続かないものです。農作物は段々減っていき、狩りも次第に困難になっていきました。食べ物はどんどんと少なくなっていき、みんなお腹をグーグーと鳴らし始めています。
気温もますます低くなってきましたが、全員が暖を取るための燃料はありません……
ああ、どうすればいいのでしょうか! 村人たちは皆、口を揃えてこう言いました。「これはきっと、主が我々に与えたもうた試練に違いない。祈りを捧げ、許しを乞わねば!」
まさにその時、心優しき人々が村へやって来たのです。村の状況を見た彼らは、先頭の村人に向かってこう言いました……
「村人たちよ、我らの都市に移って、そこで暮らすがいい。」
「だが連れて行けるのは、あなた方の一部、我々により近い者たちだけだ。」
「さあ、共により良い生活を送ろう。ただあなた方の内、ごく一部の人間を切り捨てるだけでよいのだ……」
アルトリアお姉ちゃん、もうそのお話はやめようよ!
あら? このお話は嫌い?
嫌い! お腹が空くのは、すっごく辛いもん……!
うん、すごく辛い。それに、他の人を見捨てるのも嫌だ……
集団主義としては、確かに「正しい」考え方ではあるわね。あるいは英雄主義……ロマン主義としての性質であるかもしれないわ。
ロマンはもちろん、人の心を打つものよ。ただ、ロマンや傲慢さは時に他人を、そして自分自身すらも惑わすの。
うーん、難しくてよく分からない……
アルトリアお姉ちゃんがまた変なこと言ってる!
あらあら、ごめんなさいね。お姉ちゃんが悪かったわ。
お話を変えましょうか。何が聞きたい?
うーん……英雄のお話が聞きたい!
あなたたちは、偉大な英雄になってみたい?
なりたい! ママみたいなすごい英雄に!
それは素敵ね。あなたたちのお母さんは、とても偉大な人なのね!
……
あなたたち、少しいい子に待っててね。
お邪魔だったかな、アルトリア? どうやらタイミングが悪かったようだね。
分かっているのに聞くのね。
悪気はないんだ、許してくれたまえ。君に別れを告げに来た。
想定外の同行者が一人増えたものだから、なるべく早めに旅立とうと考えているんだ。同胞は故郷へと送り届けねばならないからね。
その哀れな同行者のために、祈りを捧げるわ。
ここで君と口論するつもりはないのだが……
……とりわけ、この二人の子供の目の前ではね。
しかし、どんな形であれ、命に関わる決心を「哀れ」だなどと表現するのはいただけないな。
決心……ね。
私たちは自分が思うほど、自分自身のことを完璧には制御できないものよ。実際に事が起きる前に、「絶対」と言えるものは何もないの。
絶対にしてはいけないことを思い浮かべながら、ふと我に返った時には、すでにその行為に至った後だった……なんてことも、時には起こり得るのよ。
そんな時、思ってもいない行動を取ったことを咎めるかしら? けれど、決心だとか覚悟が、自分を説得するための「嘘」ではないと言い切れる人なんているのかしらね?
私たちにとって本当の感情、あるいは意図と呼べるものが、どこに隠されているのか……
人々の思想や、感情、行動が一つにまとまる日は、一体いつ訪れるのかしら?
それはあなたが今まさに抱いている疑問ではなくて?
……
今日は色々なことが起こる一日になりそうだわ。外がずいぶん騒がしいみたいだけど、どうやら私の知っている客人が訪れたようね。
アウルスさん、私があなただったら、こんな時に慌てて出発はしないわ。
お待たせ。
お姉ちゃん、遅い!
遅い……
ごめんなさい。お詫びにもう一つ、とっておきの素敵なお話を聞かせてあげるわ。だから許して?
そうね、悪人と戦う英雄のお話なんてどう? 聞いてみたくない?
聞きたい!
じゃあ始めるわよ。よく聞いてちょうだいね。
昔々、とあるお城の中に、無口で表情もあまり動かない上に、ケンカになると容赦ない男の子が住んでいました……
猟師が気に食わないんなら、言い方を変えてもいい。
俺はごく普通の、ちょっとばかり歳を食った、ただのサルカズだ。
それが全てだとは思いません。
あなたは、武器を背後に隠し持ちながら歩いています。自分の行動をわざわざ隠すのは、傭兵の習性です。
……護身のためにやってるだけだ。
あんたらだって見ただろ? あの盗賊どもはひっきりなしに襲って来るんだ。ここはいつも平和ってわけじゃない。
傭兵の習性に関しての釈明がないようですが。
……
あんたらが見ているこの両手は、今や武器よりも、農具を握ってる時間の方が長くてね。
俺はここで狩りを生業にして生きている。畑仕事もするし、必要な時には坑夫にだってなる。
俺の両手に、あんたが警戒する価値なんてないんだ。俺はこの場所で生活に難儀しているだけの、ごく普通の人間さ。
フェデリコ、俺たちの最優先事項をよく考えろ。
今は一つの可能性を追究してるような場合じゃないと思うがな。
……
……もっともな判断です。
状況を説明していただけますか、司教?
ステファノ、すまない、迷惑をかけたな。
……謝ることなど何もない、ジェラルド。
お二方が見てきた通り……
十数年前、ジェラルドはサルカズたちの小さな集団を連れて修道院の近くを通りかかった。その時には彼らの物資は底を尽きており、荒野で向かうべき方向すら見失っていた。
修道院を見つけた彼らが取り得る唯一の選択肢は、我々との接触を試みることだったのだ……
そしてあなた方は彼らを排斥せず、ここに留まることを許可した。
行き詰まった人々を追い払うなどという行為は、彼らを死地に追いやるようなものではないかね?
まあ、それはそうですが……
初めから、全員が隣人たちを受け入れたわけではなかった。
……
だがそういった根拠のない恨みやわだかまりは、生きることの難しさの前では取るに足らんことよ……
我々は彼らに安住の地を提供する代わりに、喫緊の問題を解決する手助けをしてもらうことにした。
食糧難、盗賊の脅威、それから徐々に尽きつつある燃料……
我々は互いに支え合っているのだ。
ですがあなた方は結局、ラテラーノと連絡を取る道を選びました。
他に選択の余地がなかった……
ラテラーノは我らに援助を提供し、我らがラテラーノ本土へと帰る手助けを快く引き受けてくれた。
だがあろうことか、あのレミュアン特使も……でき得る限りの譲歩を示してくれた彼女でさえも、決して譲ることのできぬ条件として我々にこう言い渡してきたのだ──
「楽園はサルカズを受け入れない」と。
なぜだ!?
種族だけを理由に拒むのか!? サルカズだというだけで!?
彼らと我々に何の違いがある? 彼らのような戦に長けた兄弟姉妹がいなかったら、この修道院はとうに瓦解していたのだぞ!
我々が互いに支え合いながら生き抜いていた間、ラテラーノは一体どこで何をしていたのだ!?
私はここで、今一度請い願う……! ここにいらっしゃるお二方、そして……
叡智ある教皇聖下よ、我らの信仰よ、どうか私の願いを聞き届けてくれたまえ……
痩せこけた老人が両の手を上げた。
その姿は、まるで信仰そのものを頭上高く掲げているようだった。同時に、その重さに耐えきれず、壊れてしまいそうにも見えた。
サンクタの信仰とは、形なく、跡もなく、いずこかに尋ねることもできないものである。
光輪を掴もうとした老人の手は、その甲斐もなく徐々に滑り落ちていき、自らの顔を覆った。
レミュアンの言ったことは間違っていません。ラテラーノには、サルカズの存在できる場所などありません。
……
ラテラーノという都市に、サルカズが足を踏み入れことも許されません。
はぁ……フェデリコ、ちょっとストレートすぎやしないか。
これは事実です。
もう十分だ、ステファノ。
前にも言っただろ。俺たちは条件を呑んでやっても構わないと。
あんたたちはラテラーノへ行き、俺たちはどこかでやり直す。それでいいんだ。あのレミュアンって特使も、援助を約束してくれている。ただ俺たちは建前上……離れ離れになるってだけだ。
……元より分かりきっていたことだ。彼らがこんな条件を提示してくれること自体が予想外だったくらいさ。もう十分なんだよ。
違う! こんな結末が事実になるべきではない! それに十分なはずがないだろう!
お前には分からんのか? そのバカげた建前こそ、私がさらなる不条理を感じる理由なのだ!
……
すまない、ステファノ。
俺たちは、もう諦めたんだよ。
何だと……?
……それは、どういう……
つまり……あんたがそこまで自分を追い詰めちまったのが、俺たちのせいだとしたら、そんな必要はないってことさ。
あんまり自分に厳しくなりすぎるな。
皆にはすでに意見を訊いてある。俺たちは……ここを離れることにした。
何? なんだと……?
……
それで問題はないだろ、執行人。
俺たちはここを離れる。あんたらは、行く宛のない難民を見逃すだけだ。可能だろうか?
公証人役場は、罪のない平民を攻撃の対象にはしません。
……そいつは朗報だ。
本気なのか、フェデリコ?
私は嘘はつきません。
うーむ……どう言えばいいやら……はぁ、まあいい。リーダーのお前が問題ないと判断したなら、俺も言うことはない。
ラテラーノの聖堂内に足を踏み入れたサルカズは、今のところ一人もいないはずだ。その点に関しては俺が保証しよう。
その行為は、罪にはあたりません。
そうなのか?
何と言うか、まあ確かに、禁令として明文化されてるわけじゃないしな。
ステファノ・トレグロッサ司教、あなたの供述に基づき、私は引き続きオレン・アルジオラスの動向を追うことにいたします。
確認します。あなたはラテラーノ側が提示した条件を受諾し、修道院内のサルカズを除く住民を、後日ラテラーノへと移送することに同意しますね?
沈黙を続けるつもりなら、同意したと解釈させていただきますが。
……
ステファノ。
……時間を……
はい?
少し……時間をくれないか……
ここでの最後の説教を行い、最後の夜を過ごしたいのだ。
頼む……少しだけ時間をくれないだろうか。
明日の朝会の後、返答をすると約束しよう。
どう思う、フェデリコ?
いいでしょう。
それではひとまずレミュアン枢機卿補佐官との面会を希望します。
レミュアン特使は我々の客人だ。会いたいと言うのなら、もちろん構わない。
承知しました。
それではお二方、我々はこれで……っておい、フェデリコ、挨拶くらいしろっての……!
……
俺の中に、まだ傭兵時代の習慣が残っていたか?
これだけ時間が経っても、直らんクセってやつがあるんだな。
ジェラルド、本当に決めたのだな?
もちろんだ、ステファノ。俺がこういう冗談を言うタイプじゃないことは知ってるだろ。
……俺たちは皆、生きることに難儀している。
それは決して、嘘なんかじゃない。
誰かいるー? 冬服を届けに来たんだけど!
変ね、今日は誰にも会わないわ。どうしたんだろ……
フィーナちゃん? ボーッとしてどうしたの?
あっ、カロリン! いいとこに来たわね!
冬用の厚手の服を皆のために持ってきたんだけど、さっきから誰もいなくて。何かあった?……みんな何してるの?
今日は……みんなちょっとやることがあって。
わざわざありがとね。けど、その……私たち、冬服は間に合ってるんだ。だからそれは、持って帰って。それと私たちのことは心配しないでって、他の人にも伝えておいてね。
冗談言ってもしょうがないでしょ? ここ数年は冬越え用の物資が十分だったことなんてないんだから。
カロリン、あんただってずっとその薄手のジャケットじゃない? もうすぐうんと寒くなるんだから、とにかくもっと暖かい服を用意しないと……
……
フィーナちゃん? どうかした……?
カロリン、あんたが持ってるそれ、何?
これは……何でもないよ。ただの携帯食。
違うでしょ、見せなさい!
あっ……ダメ!
サンクタの少女は、相手が後ろに隠した「携帯食」を取り上げた。ほとんど直感に従っただけだったが、相手が止めるより早く、彼女はその乾燥した硬い物体を二つに割った。
その食料の中身にあったのは、これまでずっと隠され続けてきた真実だった。今この瞬間、それが彼女の眼前に突きつけられたのだ。
何よ……これ……?
もみ殻……? それにこれって……おが屑じゃない!
……
カロリン!?
あんた、食べ物には困ってないって言ってたわよね……これを食べてたってことなの?
違うよ、フィーナちゃん、話を聞いて。私たちは、ただ……
ただ……何だって言うの?
教えてちょうだい、カロリン。
あたしたちの暮らしは、一体どうなってるの?
コン。
コン。コンコン。コンコンコン。
ドアがノックされている。
実のところドアには鍵などかかってはいなかった。しかし外の来訪者は返事があるまで、ノックを続けていた。
これは学生時代、親友たちとの間で決めた合言葉だった。あまりに昔のことで、とうに忘れたものとレミュアンは思っていたが、実際は忘れてなどいなかったことがたった今、判明した。
来訪者のノックが示す合言葉の意味はこうだ。
「救出成功。」
それからもう一つ。「一番乗り。」
どうぞ。
お待たせしましたー。ルームサービスでーす。
どうも。料理はテーブルに置いといてちょうだい。チップを払った方がいいかしら?
そういうのって、普通相手に訊いたりしないでしょ。払う側の気持ち次第じゃないの?
うーん、それもそうかもね。
ちっとも驚いてないみたいね、レミュアン先輩。
私だと分かって、がっかりしちゃった?
そんなはずないでしょ。
あなたが来たなら、ラテラーノはこちらからの連絡を受け取ったってことね?
ん? まあ……そんなとこかな。オレンの奴、先輩一人置いて逃げ出すだなんて……帰ったらモスティマとフィアメッタに言いつけてやらなきゃ。
ふふっ、今回は勘弁してあげなさい。
ちぇっ、つまんない。
まあまあ、さっそく本題に移りましょうか。教皇聖下があなた一人をここに遣わすはずがないってことくらい、私にだって分かるわ。だとしたら……
与えられた任務の総括、及び部隊構成を報告して。
あら、お仕事モードに変わっちゃったか。イエッサー、レミュアン枢機卿補佐官殿。
今回の任務は、教皇聖下直々に下されたものだよ。部隊を率いるのは公証人役場の執行人フェデリコ。隊員に執行人のリケーレ・コロンボと、自ら参加を申請した私ね。
任務はいくつかあるけど、メインはあなたとオレンを見つけることでその次に、この修道院の調査ね。
ああそうだ、フェデリコには治安維持の任務もあるんだった。今回ばかりは、教皇聖下も人選を誤ったと思うけどね。
報告は以上よ。
なるほど……そうだったのね。教皇聖下があのフェデリコを……
状況は大体分かったわ。お疲れ様、リア。
あれ、今度は名前で呼んでくれるんだ。
それで、先輩は次にどうするか決めてるの? 拘束されてるように見えるけど、実際はただ先輩本人がここを出ようと思ってないだけなんでしょ?
先輩が本気で出ようと思ったら、ここの人たち程度じゃ止められないだろうし。
私の脚はまだ完治してないのよ。
だとしても同じことでしょ。
リア、あなた私のことを信じすぎ。別にいいけど……まあ、自分の意志でここに残ってることは事実だわ。
もしフェデリコが監禁罪のような容疑で司教を逮捕しようって動きを見せたら、手間をかけるけど私の代わりに事情を説明してちょうだいね。
あと悪いけど……今のところは、まだここを出るつもりはないの。
理由を訊いてもいい?
理由……そうね……外交というのは、銃と弾丸に頼れば解決できるような問題ではないから、かしら。
射撃勝負なら自信はあるけど、話し合いとなると、説得されるのは私の方になっちゃうかもしれないし。
それに、ここの人たちとはとても気が合うの。最後に考えを改めるのは誰になるのか、私も知りたくなっちゃったのよ。
あーあ、まるでほんとに譲歩する気があるみたいに言っちゃって。
学生の頃、私を出席させるためだけに、一学期中ずっーと監視してた先輩が。
ふふっ、あれはただ、リアがあまりにサボりすぎたせいで卒業証書をもらえなくなっちゃったら惜しいなって思っただけよ。
ここでのことに関しては……少なくとも今のところは、友好的な態度を取ってるわ。
オレンはきっとここの状況を正直に報告するだろうし、私は残った方がいいかなって思ったの。司教をこれ以上刺激したくないのよ。何だか嫌な予感がしちゃって……
修道院の情報を十分に把握した今なら、もう一度話し合う機会さえあれば、司教の態度を緩和させて、こちらの案を受け入れてもらうことだってできるかもしれないし。
はぁ、まあそんなことだろうとは思ったけど。
理解してもらえたなら嬉しいわ。
そこまでは言ってないよ……
でも、そう思ってくれてるってことは感じるわよ。
なんだか、共感能力がちょっと嫌になってきちゃった。
そんなこと言わないの。で、あなたはここの状況についてどれだけ認識しているの?
少しだけだよ。
サルカズの集団を受け入れてるってこと以外は、特別目立ったところはないみたいだけど。
知ってるかしら? 彼らはこれまでに、全部合わせて三人のトランスポーターを派遣したのよ。
……リア。
なに?
あなたって外勤任務が嫌いだったわよね。なのに今回はどうして自分から申請なんてしたの?
……先輩のため、って理由だけじゃダメ?
嘘ね。
……
とにかく、私はひとまずフェデリコたちと合流して、先輩の状況を伝えることにするよ。
けど正直に言わせてもらえば、先輩の努力が本当に実を結ぶとは思えないかな
……やってみなきゃ分からないわ。
……
ふぅ、レミュアン先輩はどんどんおっかなくなっていくなぁ。
ま、私は別に構わないけど……
ようやく俺に連絡する時間が取れたか?
お前のことだから、てっきりレミュアンの顔を見ただけで任務を放棄したんじゃないかと思ってたぜ。
どうかしらねぇ。まだその可能性はあるかもしれないけど。
……勘弁してくれよ。冗談きついぜ。
そっちが先に言い出したんでしょ。
やめやめ、無駄話してる時間はないの。さっさと本題に入ろ。
ふぅ……あのタイプを相手するのはほんと疲れるよ……
しんどい任務だなー。こんなことなら受けなければよかった。
ん? 誰かいるの?
あら、ほんとについて来てたんだ、お嬢ちゃん。
……
あ、あなたに修道院内で好き勝手させるわけにはいかないから! 悪さしないように見張ってなきゃいけないの!
……それと……
それと、あなたに一つ頼みたいことがあって……報酬はきちんと用意するから!
えっと、どれどれ……
小麦粉と、卵と……
それから……前回少し残しといた砂糖はどこへ置いたっけ……
……はぁ、毎日頑張って夕飯に使う食材を節約してるはずなのに、どうしてこれだけしか残ってないんだろ……
スプリアさん、ステファノおじいさん、フィーナ、ライムント……それとジェラルドおじさんに、クレマンおじさん、カロリンさん、後は……
……
どうやっても足りない……
フォルー?
入るわよー。ちょっと話があって……あれ、何してるの?
あっ、フィーナ! ちょうどいいとこに!
前にニーナおばさんの畑仕事を一ヶ月手伝った時に、お礼でもらった砂糖って、どこに置いたか知らない?
ずいぶん前のことじゃない。とっくになくなっちゃったかも。
ていうか砂糖なんて探してどうするのよ? それにこの食材、一体どこから……
……ちょっと待って、フォル。あんたまさか、こんな時にスイーツ作りをする気じゃないでしょうね?
えっ、うん……フィーナ、どうしたの……もしかして怒ってる?
別に悪いことしようとして材料を隠したわけじゃないよ。ただ皆にサプライズを用意したくて。怒らないでよフィーナ、作ったら真っ先に食べさせてあげるから!
フォル、あんたね……いいわ、ひとまずそれを置いてちょうだい。今はそれどころじゃないのよ!
えっ、でも……
でも……何よ?
でも、お礼にハーブピッツェルを作ってあげるって、ある人と約束しちゃって……
……お礼?
うん! その人、守護銃を直してくれたの! だからちゃんとお礼をしなきゃって!
ほんとに不思議だったんだよ、フィーナ。直してもらった後にこの銃を握った瞬間、何もかもがまるっきり別物のように感じたの! まるで……生まれた時からこれの使い方を知ってたみたいに!
見て! すっごく綺麗になったでしょ? これからは一緒にこの銃を使えるんだよ!
……
ねえ、フィーナ。
正直言うと、あたしは自分が銃を持ってるかなんてどうでもいい。ステファノおじいさんがいつも話してる信仰とかも。
それに、行ったことすらないラテラーノもね。
え?
フィーナ、何言ってんの……?
こんなあたしは、サンクタとして失格かしら?
おそらくそうでしょう。
けどあたしは、あんたやライムントのことは大事なの。ステファノおじいさんや、ジェラルドおじさん、クレマンおじさんに、ニーナおばさん、カロリン……
みんなのことが大事。あたしにはこの家しか……あたしの家族はあなたたちだけだから。
一体全体なに言ってるの、フィーナ! 私だってみんなのことは気にかけてるよ。フィーナと同じように──
違う! 同じなんかじゃない!
同じだったとしたら……
ライムントたちがどんな暮らしを送ってるか、あんたが知ってたとしたら、こんな時にスイーツを作るなんてバカげたことしたり……そんなのんきなセリフを吐く余裕なんて、あるはずないじゃない!
最近気づいたの。ラテラーノの人たちが来てから、あんたちょっと変わったよね。
……変わったって何が? 私は別に……
フォル、その銃、あのレミュアンってラテラーノ人に直してもらったの?
司教、あなたの言いつけ通り、あの客人たちには修道院内を自由に行動させております。
これでよかったのですか? 司教……どこか具合が悪そうですが、早めに休んだ方がよろしいのでは?
クレマン、私なら大丈夫だ。心配はいらない。
鐘を鳴らしに行ってくれ。今週の説教を前倒しして今日行うことにする。その旨を皆に知らせなくては……
ジェラルド、お前たちは来られるか?
すまない、ステファノ。まだ色々と準備することが多くてな。何人ほど出席できるかは保証できん。
……そうか、仕方ないな。
しかし……
本当に彼らの言う条件を呑むおつもりですか? こんな形で、他の者たちを見捨てねばならないのですか……
……
それ以上聞くな。
もう行け、クレマン。
分かりました……
……
……信仰が信仰に背くと言うのであれば、私もまた、決断を下さねば……
懺悔せねばなるまい……