火山と雲と夢色の旅路 SL-3・戦闘前
指の家族
アタシの目が正しければ、ここってロドスのシエスタ事務所よね?
どうして知ってるんすか――
ちょうど、ロドスに何人か友人がいるの。
アンタって、観光ガイドをしてたはずよね? 鉱石病の製薬会社の事務所って観光地だったかしら?
ここにはお客さんを送ってきたんですよ……
下手な言い訳はよしときなさい。
どんな理由であれ、鉱石病患者であることを隠すのはとても危険なのよ。シエスタでも違法行為よね?
そんなの分かってますよ!
でも、どうしろって言うんだ……
つまりアンタがそんなにバイトを掛け持ちしているのも、アタシからあの手この手でお金を稼ごうとしたのも、全部治療のためだったの?
……それと家族のためですよ。
自分はどうだっていいんす。でも俺がいなくなった後、あいつらが暮らしていけなくなるんじゃないかって心配なんすよ。
あとほんのちょっと時間があればいいんすよ。うちの店が無事に移転したら、色々と選択肢も増えますから……
うーん……
そんな目で見ないでくださいよ、同情を買いたいわけじゃないっすから。
思い出してただけよ。前に計算してみたけど、ここのタクシー料金を基準にしたとしても、あの日のアンタはアタシからだいぶお金を巻き上げてたわよね。
アンタだって、普通の観光客だとか言って俺を騙したじゃないっすか……
あら。気が弱そうな奴だと思ってたけど、意外と口が回るのね?
一体何がしたいんすか?
取引しましょうよ。
アンタも見たでしょ、あの日バーでアタシと話をしていた相手、あれはフェンツ運輸の人間よ。
あいつとは商業エリアの再建をどっちが請け負うかで争う予定なんだけど、向こうはホームでの戦いだから、アタシは不利なのよね。それで現地の人の助けが必要なの。
手伝うと約束してくれるなら、今日のことは見なかったことにしてあげるけど、どう?
脅すつもりですか――
人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。お互いにメリットがあるんだから、助け合いってことにしましょ? 前と同じで、報酬は弾むわよ。
俺はアンタから施しを受けるつもりはありませんよ……
アタシだって理由もなしに、赤の他人に施しを与えるつもりなんてないわ。そんなのは偽善よ。ただ公平な取引をしたいだけ。
ならアンタは、その仕事を請け負って何がしたいんすか……
アタシは法律を守る善良な商人なの。無理に買収したり、取り壊したりは絶対にしないわ。それ以外だと、アタシのスタイルはできるだけウィンウィンを追求するってことかしら。
建て直しって、言葉は簡単だけど、再建なんてのは絶対に取り掛かると色んな揉め事がつきものなのよ。フェンツ運輸よりはうまくやるってことは保証してあげる。
すでに一度協力した仲なわけだし、アタシに一票投じてサポートしてみようと思わない?
俺は、うちのあのバーが何の問題もなく、無事に移転できればそれでいいっす……
じゃ、取引成立ね。
そうだ、一つお節介をしておくわね。
他にどれだけ重要なことがあっても、鉱石病の治療は絶対に先延ばしにしちゃダメよ。早めにどうするか決めた方がいいわ。
アンタ、俺とこんなにたくさん話して……感染者とこうやって関わることを気にしてないんすか?
……
アタシね、友達がいるの。そいつも感染者よ。
閉館が近づき、博物館にはもう観光客の姿はない。解説の音声だけが繰り返し再生され、がらんとした展示ホールには巨大な岩だけが残されていた。
……
ほんとに見たのかよ?
本当だよ! あのイチゴアイスがここに入るの見たもん……
どうせ博物館に来たかっただけだろ。
ここに来たって父ちゃんは見つからないよ。色んな場所に行ったってのも多分嘘ついてたんだよ……
おや。もう営業は終了のはずだけど、君たちどうやって入ってきたんだ?
ごめんなさい……すぐに帰るよ。
すみません、うちの父ちゃん見なかった?
お父さん?
あたしたちね、えーと……なんて言ったっけ……探検家っていうのを探してるの。
父ちゃんは、色んな場所に行ったことがあるんだよ! 送ってくれた写真には、火山とか、雪山とか、それと移動都市の中の山とかが写ってた……
ヴォルケーノミュージアムなら父ちゃんの写真があるかも!
君たちのお父さんは何という名前かな?
チャックっていうの!
チャックという名前の火山学者は聞いたことないな。探す場所を間違えてると思うよ。
私、そのお父さんを知っているかもしれません。
アデル? どうしてここにいるんだ? 顔色が悪いぞ。
お姉ちゃん、父ちゃんに会ったことあるの?
さっき、お父さんは探検家だって言ってましたよね?
お父さんがどんな所に行ったことがあるか知っていますか?
あたしもわかんない……でも父ちゃんはどこかに行くと、そこの写真を送ってくれるの。
前に送ってくれた写真は、サルゴンで撮ったやつみたいだったよ。
あっ、サルゴン、なら間違いないです!
私のお父さんとお母さんは火山探検家で、こんなお話をしてくれたことがあるんですよ。二人がサルゴンに行った時の話ですが……
葉っぱや枝が入り組んだ大きなジャングルの中で、二人はすぐに迷子になっちゃったらしくて、まるで大きな野獣のお腹の中にいるみたいだったって言ってました。
もうこのジャングルから脱出できずに、野獣のお腹の中に閉じ込められちゃうんだと思ったその時、体中に葉っぱを付けた人が目の前に現れたんです。
「そこの迷子の探検家二人、助けが必要か?」
その人は道を知っていて、二人を連れてジャングルから抜け出しました。途中で、晴れた空から雨が降るという珍しい景色も見れたそうです。私の両親はその人にとても感謝してお礼を言ったんです。
「私たちを連れ出してくれてありがとうございます! あの、お名前を伺ってもいいですか?」
その人は体に付いた葉っぱを落とすと、カメラを取り出してジャングルの写真を撮り、「礼には及ばない。私はチャック、この写真を私の息子と娘に送るんだ」って言ったそうです。
その写真は、それから色んな所を旅して、最後にあなたたちのところに届いたんですよ。
それほんとなの……? なんか、おとぎ話みたいだぞ……
もちろん本当です!
もしかしたらその時の写真が見つかるかも。探してみますね……
アデルは資料を漁り、一枚の写真を取り出した。ナウマン夫妻がカメラに向かって満面の笑みを見せ、その後ろにはいくつかのぼやけた人影があった。
ほら、この人があなたたちのお父さんです。
……
(小声)その人はどう見ても父ちゃんじゃないと思う……
(小声)少しぼやけてるけど、でも……
(小声)本当に父ちゃんだったらいいな! そしたら、父ちゃんはほかの探検家のために道を見つけて、あたしたちにも探検の写真を送ってくれたんだよね。すごい探検家で、カッコいい父ちゃんだ!
(小声)……まさか君がこんなに話が上手だったなんて。
(小声)実は子供の頃にお母さんから聞いたお話に、少しアレンジを加えちゃいました。
(小声)プロの火山探検隊が、素人の助けを受ける必要はないよ。このお話には科学的な「合理性」はないね。
(小声)ですが、科学は人々に「希望」をもたらすものでもありますよ。
良い話だったね。でも、ここは博物館だ。この子たちの保護者も見当たらないし、これ以上、外をふらふらしないように、家に送ってくるよ。
それとアデル、君も今日は疲れてるみたいだから、早く帰って休むといい。
二人とも行こうか、おうちまで送るよ。
待ってください、カーン先輩。私に送らせてもらえますか?
でも君は……
大丈夫です、私が送っていきます。
この子たち、なんだかちょっと寂しそうで……私が一緒にいてあげたいんです。
エニス!
エニス!
二人ともどこ行ってたんだ!
父ちゃんが行った場所見つけたよ!
次遊びに行く時は、ちゃんとおうちの人に言うんですよ。
なんでアンタが……?
え? あなたは……?
お、俺は……
……
俺は今日アンタとぶつかって気絶させた相手です。エニスって言ってこのチビたちの兄ちゃんっす……怪我の方は大丈夫っすか? めまいは? セイロン先生が……えーっと、その……
ごめんなさい! 本当に申し訳ありませんでした! 決して逃げたわけじゃなくて、他に仕事があって! アンタの治療費は必ず――
エニスさん、セイロン先生から話は全部聞いています。あれはあなたのせいではありません。
弟さんと妹さんは、お外で一日中遊んだので、きっとお腹が空いていると思います。早くおうちに戻ってくださいね。
そ、それは……
本当にありがとうございました……アンタのことは何て呼べばいいですか?
アデルって呼んでください。
分かりました……チビたち、アデル姉ちゃんに何て言うんだ?
ありがとう、アデル姉ちゃん!
いたずら好きな男の子が女の子の首の後ろに手を伸ばして、もう一方の肩を軽く叩いた。
ん? 誰?
女の子は疑いつつ、そばに居る「嫌なやつ」を見やった。男の子は平静を装っていたが、堪えきれずに吹き出した。
二人ははしゃぎながら店に入り、母の胸に飛び込むと、今度は幼い獣のように飛び出していった。それが日常なのか、母は二人の様子を気にする風でもなく、コンロの上にある鍋に集中していた。
アデルは思わず笑い出した。
素敵ですね。
……
エニスさん、ペリペさんという方をご存知ですか?
ヴォルケーノミュージアムで最近行っている研究で、黒曜石が必要なんです。聞いたところ、あなたは……
あいつ……どうして、何でもかんでも人に言うんだよ……
あなたから買うことはできますか? 価格はご相談次第で。
はぁ……アデルさんにはかなり助けられましたから、その感謝を示さなきゃなりません。
ここにあるのは三ヶ月前にこっそり火山に戻って掘ったもんです。状態が良いとは言えませんが、火山活動の研究とかなら、使えるはずですよ。
ありがとうございます!
それから、エニスさん、しばらくの間は絶対に火山付近に行かないでください。もしほかに黒曜石を掘っている方をご存知なら、その人たちにもやめるよう伝えてもらえますか。
シエスタ火山はすでに活動期に入っているので、噴火をしていなくても、あの地域は源石の活性化が進んでいます。
専用の防護装備がないと鉱石病に感染するリスクがありますから、くれぐれも近づかないでください。
いや、俺は……
窓の外から幼い笑い声が聞こえてくる。二人の子供はどこへ向かっているのか、通りで追いかけっこしていた。夕日の下に、二人の影が長く伸びていく。
エニスは弟と妹が遠くへ走る姿を見ながら、源石で負傷したみぞおち辺りを無意識に押さえた。
……
分かりました。約束しますよ。もう行きません。
それに、チビたちのお守りもしてもらってありがとうございます。本来なら兄貴の俺がやらなきゃいけないことなのに。
気にしないでください。二人とも、とっても可愛くて私も楽しかったですから。
そうだ、エニスさん、さっき博物館で弟さんと妹さんから聞いたんですけど、あなたたちのお父さんは、もうずっと帰ってきてないんですか?
そうなんすよ。ああいう職業は何て呼ぶんですかね、探検家? 旅行家?
全く音沙汰がないわけでもないんすよ。そういう、無責任な父親ではなないっす。家の中に貼ってあるのはどれも父ちゃんが各地から送ってきたハガキで、定期的にお金も送ってくれます。
距離が近いことが、必ずしも寄り添うってことでもありませんし。ただ……
ただ毎回手紙が来るたびに、あの人はもう手紙を送った場所にはいないんす。俺たちが父ちゃんについて分かってるのは大地の至る所を駆け回ってるってことだけっすね。
時々、あの人が一体どんな場所に行ったのか、見てみたくなるんですよね。
ヘイリーがここに残って、この店を切り盛りして、俺たちを養ってくれてるんす。でもヘイリーは、人生とは旅であり、自分たちはそれぞれ好きな風景を選んだんだって言ってました。
失礼ですが、一つ聞いてもいいですか? どうして、あなたと弟さんと妹さんは、種族が違うように見えるんでしょうか……?
実は、俺たちは血が繋がってないんですよね……
俺たち三人は、みんな引き取られた子なんすよ。
あっ……
そんな顔しないでいいっすよ。別にデリケートな質問でもないですから。
毎年数え切れないほどの人がシエスタに出入りします。ここで新たな生活を始めたいと思う人もいれば、ロマンティックな物語を追い求める人もいます。
この場所に来てから、現実は思っていたほど素晴らしくないと気付いて、失望して去る人も少なくないですし、俺たちみたいに捨てられる子も、少なくないんすよ。
弟さんと妹さんが、あなたのことがとても好きなのは見てわかります……
よその人から見たら、こんな関係は不思議ですよね? でも俺、家族は家族で、血の繋がりがなけりゃ家族になれないわけでもないって思うんすよ……
実の両親がどんな顔だったかは知らないっす。単純に捨てられたのかもしれませんし、とても愛してくれてたけど、アクシデントが起きただけかもしれない。
今の父ちゃんと母ちゃんは、俺と血が繋がってないことを隠しはしませんでした。チビたちはまだ小さいですが、あいつらがもう少し大きくなったら、正直に話すでしょうね。
……
アデルは、店の中で忙しそうにしているヘイリーと、走っていった子供二人を見た。すべてがまるで夢の中のように温かく穏やかだ。
手の中の黒曜石は重い。彼女は顔をそらすと、こっそりと目尻の涙を拭った。
で、エニス、あんたいつまであたしに隠しておくつもりだい?
――母ちゃん?
分かったよ、ここを温泉旅館に改造するのをあきらめてないのは認めるよ……
バーを改造する計画はもう隠さないって約束する! 何かアイデアがあっても、まずは母ちゃんに意見を聞くから――
最初から最後まで全部一人で必死こいて準備して、あたしたちの将来の生活をあんたが期待した通りになるように段取りを済ませて。
それが終わったら、店の酔っ払いを追い出すみたいに、あんたの母親とチビたちを全員置き去りにして、自分はどこか遠くに行って鉱石病の発作で死のうってのかい?
それがあんたが自分のために選んだ、旅と景色かい?
……
ヘイリー……知ってたのか?
あんたから言ってくるのをずっと待ってたんだよ。
エニスさん、あなたはもう――
俺は……
まあ……自分の不注意のせいだよ……黒曜石を掘りに火山に行った時に、源石でひっかいちゃって。
登山は得意な方だと思ってたんだけどなぁ……
説教はやめてくれよ……自分の馬鹿さはもう身に染みてるんだよ。俺だって成長してんだ……
いいや、あんたが覚えたのはどうやってあたしに隠し続けるかってことだけだね。しかも全然隠し通せてないよ。
「全部が終わったらどっか遠くへ行って、ずっと隠してた母ちゃんには突然の訃報ですべて伝えよう」って顔に書いてあるんだよ。しかもそれがカッコいいとか思ってるんだろ。
あっ……それは……
ほら、「そんなことはないって言葉すら出てこない」って表情だ。
そんなのがカッコいいとは思ってないさ。ただ、それを無事にやり遂げたら「兄ちゃん」に……この家の一員になれると思ってるだけだ。
だって、俺たちは結局……
……
エニス。あんたは今のままでも、あの子たちの兄ちゃんで、あたしの息子だ。これは何かと引き換えにしないと手に入れられない関係じゃないんだ。
もしあんたが、それでもこんなやり方で「引き換え」にすることにこだわるなら、あたしのためにずっとバイトしてもらわなきゃいけないね。
……
あっ、邪魔してごめんなさい。音楽にピッタリな雰囲気だと思ったから。
自己紹介をするわね。私はバード、旅する歌うたいよ。
今はうちの店で雇った歌手でもあるね。
歌手を雇ってる余裕なんてあるのかよ……
雇う金なんてないけど、こちらの歌うたいさんが、報酬は物語を一つ聞かせてくれればいいって言うもんでね。
カジミエーシュでの物語は素晴らしいものだったわ。あちらのカントリーミュージックへの理解にとても役立ったもの。
ギターを貸してもらえるかい?
あたしにも一曲弾かせてくれ。
夕方の薄霧が町を包み込む♪
新月が枝の間から昇り、ここは新たな場所に見える♪
大好きな場所は甘美な記憶の中だけに♪
一文無しの私、あるのは甘美な記憶だけ♪
......
なんでまたここに来たんだ。
見て、ここから見える一番遠い所はどこだろう?
真っ暗で何も見えないぞ……全部海で他になんもない。
でも見えないから想像できるんだよ!
実はこの海の向こうには小さな島が隠れてて、シエスタを出てった人はみんな、その島で生活するんだよ。
あたしちょっと怖いんだ……大きくなったら、父ちゃんと母ちゃんはあたしたちに構わなくなって、エニスもどっかに行っちゃって……
そんなことない!
エニスが言ってたろ! 僕たち三人は探検隊なんだって!
探検隊はずっと一緒だ! 僕たちはパパシエスタに戻って、それにたくさんの場所に一緒に行くんだ……
……
エニスに気がかりがあるのが、見て分からないの?
「気がかり」? 「気がかり」って何だ?
……
バカなんだから。
……
女の子は立ち上がると、火山の方向にめがけて力の限り、大声で叫んだ。
おーい――パパシエスタ――
会いたいよ――
いつになったら、もう怒らなくなるの?
黒曜石祭であなたの演奏が聞けないなんて、向こうも残念がっているでしょうね。
残念がることなんてないさ。シエスタはもうあたしの演奏を何回も聞いたんだ。今さら、出しゃばっていって若者と音楽祭で争う必要なんてないんだよ。
あなたはロック精神を持ったシエスタ人なのね。
昔のあたしはただのロックンローラーだったよ。けど今は、シエスタ人の端くれって言っても大丈夫だろうね。
あたしとチャックは、シエスタの旅行中に出会ったんだ。
二人とも、シエスタで「ホワイト・ヴォルケーノ」っていう不思議な現象を見た人がいるっていうのを聞いて来たんだ。特殊な天気だと、火山全体が綿あめみたいに白くなるっていう話さ。
結局、シエスタに丸々一年滞在してもその伝説の景色を見ることはできなかった。けど、その間にあたしたちはこの都市に惚れこんじまったから、小さな店を開いて住みついたんだよ。
それで思ったのさ。「ホワイト・ヴォルケーノ」が見れないならこの店を「ホワイト・ヴォルケーノ」すればいいって。
それが店名の由来だったのか……俺は、てっきり二人がテキトーに付けたもんだと思ってた。
真っ白い火山については、ケラー先生からも以前聞いたことがあります……でも本当にそんな地理的現象など存在するんでしょうか?
もし山の中腹より上が白いなら、積雪などの説明がつきますが、山全体が綿あめのように白いとなると……そのような現象は、類似の記録を見たことがありません。
本当に存在するかどうかは、そこまで重要じゃないわ。かつての伝説の景色は、すでに新たな場所で根付き、芽生え、さらには新たな伝説になったとも言えるもの――
本当に美しい過去ね。
昔聞いた曲を思い出したわ。これもシエスタで作られた曲よ。
気に入ってもらえるといいのだけど。
これは長い旅路さ♪
マストの折れた船で手紙を書く♪
故郷を遠くに置いてきて♪
夏の太陽に首ったけ♪
北風は遠く遠くに吹き渡り、最初の火山を訪ねる♪
荒れ果てた小道に沿って行けば、いつかまた出会えるはずさ♪
そうだよ! やっと思い出したよ! これだ!
「北風は遠く遠くに吹き渡り、最初の火山を訪ねる♪」、そう、これだよ!
これが、あなたの探していた……北風?
歌詞を思い出せないメロディーが、ずーっと耳元で鳴り続けるのはこの世で七番目に辛いことだよ。
ありがと、おかげですっきりしたよ!
アデルさん、誰と話してるんすか?
そ……その、独り言です!
今歌詞の中に「北風」ってありましたよね。
でもシエスタは海の北側にあるので、夏には南風が吹くはずです……
この歌の作者にまつわる物語があるわよ。たしか1060年頃だったかしら?
当時『迷子』という名前のアルバムがリリースされてたんだけど、それは彼がキャンプに行って山の奥深くで迷子になり、最終的に救助隊に命を救われたという話だったの。
アルバムのセールスは大成功でたくさん売れたけど、それだけにその歌手の「方向音痴」のイメージも深く定着してしまったのよね。
もしかしたら、これも方向を間違えていたんじゃない?
本当にそれだけでしょうか……?
多くの場合、過去の歴史というのは冗談のようなものなのよ。私たちに見えるのは今に残るシルエットだけで、真実に何があったのかに触れるのは難しいの。
だから、ちゃーんと触れることのできる今この瞬間こそが、一番貴重なのよ。そうでしょ?
うん、いいこと言うね。
エニス、何してるんだい?
……
……看板を、ゴホンッ、看板を取り付けようと思って。
ハッ! この頑固息子ときたら……
手を貸して……母ちゃん。
エニスは梯子に立って、重みでふらふらと体を揺らしながらも店の看板を掲げた。
彼は母親から釘とハンマーを受け取ると、店のドアの上の方にそれをしっかりと固定した。
ブレーカーが上げられると、ネオンの光が文字をかたどり、夕日の最後の残光を際立たせてちらついた。
「ホワイト」……「ヴォルケーノ」?
もともとの配達担当が、昨日突然休んでしまって、荷物を引き取ったんですが、破けた封筒の宛先が辛うじて「ヴォルケーノ」と読めたので、ここに届けるしかなかったんです。
手紙に差出人の情報が書かれていなければ、私も詳しいことは分かりません……
「元気かい? こちらは元気にやっているよ。」
「もう随分と顔を見ていないから、すごく君に会いたい。」
「火山は壮大で、山頂の風はとても強い。」
「君を愛する父より」
エニスさん、ここに写真があるんですが……これ、もしかして……あなたのお父さんが送ったものではありませんか?
父ちゃんが?
これは……ウナ火山だ! 本当にあそこに行ってたんだ!
母ちゃん! 父ちゃんが写真を送ってきた、見るか?
代わりに返信しといてくれ。もしも次、自分がそこに立ってる写真ではなくて、売り物のハガキに載せるような写真だけを送ってきたら、行く前にあたしとした賭けはあんたの負けだってね。
あたしはイカした息子を育て上げたのに、あいつはただ他人の写真をこっそり借りただけ。
それで、本当に探検家と言えるかい?
この黒曜石は持ち帰ってサンプルにするよ、火山噴火の時期の予測がより正確になるはずだ。
カーン先輩とケラー先生のお役に立てて嬉しいです。
……アデル、ケラー教授がなぜ今回君をシエスタに招いたか知っているかい?
ヴォルケーノミュージアムに保管されている一部の展示品が両親の研究に関連しているので、ケラー先生は、私にその内容の整理を手伝ってほしかったようです……
カーン先輩は何を心配しているんですか……
亡くなる前に両親が研究していたのは、源石鉱脈と火山活動の関係についてだったと記憶しています。同じような研究をしている人は今でもたくさんいるのに、何が問題なんでしょう……?
……
マグナ教授があえてずっと君に隠していたことを、俺から言っていいのか分からない……でもこれ以上隠し続ければ、多分君が真相を知る機会はもうないだろうね。
……
マグナ教授が亡くなる前の年、リターニアのとある選帝侯の配下の軍が、頻繁に彼女たちの研究室に接触していたんだ。
軍……?
ご両親はそれぞれ源石分野と生態環境分野の専門家だ。二人の共同研究は天災の観測と予防に重点を置いていたんだよ。
だけど、何者かが二人の研究に別の可能性を見出した恐れがある。
兵器への研究ですか……
あの時、私は客員研究員として大学の外で学んでいたから、大学内の不穏な噂は同級生の話からしか知り得ることができなかった。
そして当時、お二人以外に研究の詳細を知っていた人物は、たった一人。
……ケラーだ。